第2部『403_FORBIDDEN』INTERRUPT_06|ISOLATION

スポンサーリンク
クロス・バグ三部作(絶賛連載中)

 旧管理路を抜けてから五人は一度も立ち止まっていなかった。

 先頭を行く明が分岐表示を確認し、その後ろをアイリーとクロニアスが進む。

 スプロケットは歩きながら、残った二つの帰還用固定座標だけを表示していた。

【RETURN COORDINATE CANDIDATES:02】
【NEAREST COORDINATE:ACTIVE】
【SECONDARY COORDINATE:PARTIAL】

 近い方までの距離は縮んでいる。

 電力反応も消えていない。

 固定設備も登録上は残っている。

 それ以上は見ない。

 スプロケットが端末を閉じる。

 マッハラインが横へ並んだ。

「先、見てくる?」

「次の交差点まで」

「了解!」

 赤い影が前方へ走る。

 アイリーがその先を見る。

「ちゃんと戻ってきてよ!」

 クロニアスが歩きながら手帳を閉じる。

「次の交差点まで、だね」

「そういう確認いらないから!」

 スプロケットは前を見る。

 マッハラインが消えた方向から風が戻ってきた。

 赤い影が床を滑る。

「どうだった?」

「追ってきてない!」

 マッハラインは笑って戻ってくる。

 そのまま通り過ぎかけて止まった。

「でも、いる」

 ゴーグルを上げる。

 アイリーが眉を寄せる。

「どっち?」

「俺を追ってない」

 スプロケットが顔を上げる。

「見た?」

「次の交差点」

 マッハラインが後方を指す。

「青いやつが上にいた」

「追われた?」

「全然」

 笑顔が消える。

「俺が着いた時には、もういた」

 スプロケットは都市構造だけを開く。

 現在位置。

 交差点。

 固定座標。

 その間を結ぶ三本の経路。

【ROUTE-A:CLOSED】
【ROUTE-B:CLOSED】
【ROUTE-C:OPEN】

「一つだけ」

 明が表示を見る。

「通れるんですか?」

「登録上は」

「見てきます」

 明が先へ進む。

 スプロケットも続いた。

 旧管理路の先で通路幅が広がる。

 正面の重量扉は閉じていた。

 左側の保守通路も遮断されている。

 右側だけが開いている。

 照明もそこだけ点いていた。

 アイリーが右を見る。

「分かりやすいね」

 明は進まない。

 床を見ている。

「どうしたの?」

 アイリーが聞く。

「ここだけ、跡が新しいです」

 右側の通路中央に細い擦過痕が続いている。

 壁際の埃は残っている。

 床の中央だけが清掃されたように途切れていた。

「復旧班?」

 アイリーが聞く。

「違うと思います」

 明がしゃがむ。

 床へ手を触れないまま、擦過痕を追う。

「何かを運んだ跡じゃないです」

「じゃあ何?」

「閉じたり、開けたりした跡だと思います」

 明は正面の重量扉を見る。

 次に左。

 最後に右。

「この道だけ残してあります」

 マッハラインが右側を覗く。

「通ってほしいってこと?」

 明はすぐには答えない。

「たぶん」

 クロニアスが右側へ一歩入った。

 床の傾斜が僅かに下がっている。

 数歩進んで止まる。

「僕には少し悪い道だね」

 アイリーが見る。

「脚?」

「歩ける」

 クロニアスは左脚を一度動かす。

「ただ、この幅だと僕が速度を落とせば後ろも止まる」

 右側の通路は途中から狭くなっていた。

 一人ずつなら通れる。

 追い越す幅はない。

 マッハラインが壁へ手を当てる。

「俺なら抜ける」

「私は?」

 アイリーが聞く。

「普通に行ける」

「明は?」

「行けます」

 明が答える。

 全員の視線がクロニアスへ向く。

「そんなに申し訳なさそうに見なくてもいいよ」

 クロニアスが笑う。

「怪我をしたのは僕だけど、道を狭くしたのは僕じゃない」

 スプロケットは右側の奥を見る。

 固定座標から微弱な反応が届いている。

 近い。

 生きている。

 マッハラインがゴーグルを下ろす。

「反対側、見てきていい?」

「駄目」

 スプロケットが言う。

「まだ何も見てないぞ」

「だから」

 マッハラインは右側を見る。

「……了解」

 スプロケットは右側の経路を閉じない。

「そこに行くのを待ってる」

 アイリーが正面の重量扉へ近づく。

「じゃあ、こっち開ける?」

 両手を扉へ掛ける。

「これぐらいならいけると思う」

「待ってください」

 明が横を見る。

 重量扉の脇に古い非常表示が残っていた。

 塗装は剥がれている。

 その下だけ新しい表示が点いている。

【EMERGENCY SERVICE ROUTE:ACTIVE】

「向こう、使ってます」

 スプロケットが都市構造を重ねる。

 扉の反対側を現行の復旧経路が通っている。

 さらにその下へ電力線が重なる。

 アイリーが扉から手を離す。

「壊したら?」

「止まる」

「何が?」

「復旧経路と電力」

 アイリーが顔をしかめる。

「それは駄目」

 スプロケットは左側を見る。

 封鎖された保守通路。

 明がそちらへ移動する。

 扉の下を見る。

「こっちは使ってないと思います」

 アイリーがすぐ隣へ来る。

「じゃあこっち!」

 明は立ち上がらない。

「でも」

「何?」

「向こう側に何かあります」

 床と扉の隙間。

 数センチ先の床へ、新しい金属片が固定されている。

 一つ。

 その奥にもう一つ。

 等間隔。

 クロニアスが覗く。

「補強材かな」

「たぶん」

 明が答える。

「この扉を開けるためじゃなくて」

 少し位置を変える。

「開けた後の道を狭くするための物に見えます」

 アイリーが黙った。

 マッハラインが壁から身体を離す。

「右は通れって道」

「正面は壊せない」

 クロニアスが続ける。

「左は開けても、その先が狭い」

 明が立ち上がる。

「偶然じゃないと思います」

 スプロケットは三本をもう一度見る。

 追跡反応はない。

 現在位置を囲む動きもない。

 近い固定座標だけが生きている。

「……やっぱり追ってない」

「だろ?」

「追ってるのは、ぼくらじゃない」

「じゃあ何?」

「固定座標」

 右側だけが開いている。

「ぼくらは、そこへ向かうか見られてる」

 誰も返さない。

 遠くで金属音がした。

 右側の通路のさらに奥。

 重い。

 一度。

 もう一度。

 マッハラインの表情が変わる。

「でかいのもいる」

 アイリーが肩を回す。

「突破する?」

 スプロケットは首を横へ振った。

「行かない」

「でも、もうすぐだよ」

「うん」

 スプロケットは固定座標を開く。

【FIXED COORDINATE:ACTIVE】
【LOCAL BEACON:ACTIVE】
【MANUAL ACCESS:AVAILABLE】

 全部残っている。

 アイリーも表示を見る。

「全部生きてるんだ」

「使えるようにしてる」

 スプロケットが答える。

 マッハラインが右側を見る。

「入ったら?」

「閉じられる」

 クロニアスが左脚へ体重を移す。

「僕を置けば少し速くなる」

 クロニアスは右側を見る。

「たぶん、それも向こうが期待している選択だけどね」

「駄目」

「確認しただけだよ」

「却下」

「了解」

 クロニアスは笑って引いた。

 アイリーが腰へ手を置く。

「じゃあ私が先に行って、でかいのどかす?」

「駄目」

「マッハラインが一気に抜ける?」

「俺はできる!」

「駄目」

 スプロケットが言う。

 マッハラインが口を閉じる。

 明は右側の照明を見ていた。

「一人ずつなら行けるようにしてるんですね」

 スプロケットが明を見る。

「うん」

「でも、みんなでは行きにくい」

「うん」

 明の顔が少し強張る。

「僕たちが離れないことまで、分かってるんですか?」

 スプロケットは答えない。

 代わりに固定座標の表示を閉じる。

「戻る」

 マッハラインが右側を見る。

「あと少しだぞ」

「だから」

 スプロケットは後ろを向く。

 アイリーも数秒だけ固定座標の方向を見る。

「……分かった」

 先にスプロケットを追う。

 明も続く。

 クロニアスが最後に右側を見た。

「ずいぶん丁寧な歓迎だ」

 マッハラインが隣に並ぶ。

「入ってないから歓迎されてない」

「それなら幸いだね」

 五人が来た経路へ戻る。

 追ってくる足音はない。

 マッハラインが何度も後ろを見る。

「来ない」

 アイリーが聞く。

「嬉しくないの?」

「全然」

 マッハラインは振り返る。

「なんか気持ち悪い」

 スプロケットは歩きながら近い固定座標を選ぶ。

 削除はしない。

 使用候補から外す。

【RETURN COORDINATE:ACTIVE】
【ACCESS CONDITION:COMPROMISED】
【CURRENT USE:SUSPENDED】

 候補数が更新される。

【CURRENT RETURN CANDIDATES:01】

 アイリーが数字を見る。

「あと一個」

「うん」

「遠い方?」

「うん」

 マッハラインが小さく笑う。

「遠いなら走れるな」

 アイリーが見る。

「今そこ喜ぶところ?」

「近い方であれだったんだぞ」

「それもそうだけど!」

 明が前方の分岐で止まる。

「こっちです」

 来た時とは別の古い通路を指す。

 スプロケットが構造だけを見る。

 通行可能。

 現行都市網との接続は薄い。

「行く」

 明が先へ入る。

 数十歩進んだところで、スプロケットの端末が振動した。

 止まる。

「どうしたの?」

 アイリーが振り返る。

 表示を開く。

【RETURN COORDINATE CANDIDATES:01】
【LOCAL REFERENCE:RESTORED】
【MOORING RESPONSE:RISING】

 スプロケットは画面を見たまま動かない。

「何?」

 マッハラインも戻ってくる。

「最後の場所」

「駄目になった?」

 スプロケットは首を横へ振る。

「逆」

 クロニアスが近づく。

「何が変わった?」

「固定基準」

 数秒前まで微弱だった反応が強くなっている。

【FIXED COORDINATE:STABLE】
【EXTERNAL REFERENCE:DETECTED】

 アイリーの顔が明るくなる。

「直ったの?」

「分からない」

「誰かが直した?」

「分からない」

「使える?」

 スプロケットはすぐには答えない。

 信号だけを見る。

 都市の深い位置から、消えかけていた線が戻っている。

 [ヘヴン]側の《モアリング》へ近づいている。

「前よりいい」

 マッハラインが笑う。

「じゃあ、行けるな」

「先、見てきていい?」

 スプロケットはすぐには答えない。

「まだ」

「了解」

 アイリーが少し笑う。

「すごい走りたそう」

「走りたい!」

 明だけが少し笑った。

 スプロケットは最後の座標を表示したまま、別経路を重ねる。

 近い道は選ばない。

 正式な復旧路も外す。

 固定座標だけを残す。

「遠回りする」

 マッハラインがゴーグルを下ろす。

「今なら先に行っていい?」

 スプロケットは彼を見る。

「見えるところまで」

「了解!」

 赤い影が暗い通路へ走る。

 アイリーも歩き出しながら、その背中へ声を飛ばす。

「見えるところって言ったからね!」

「見えてる!」

「もう見えない!」

 明がクロニアスを見る。

「行きましょう」

「今度は前を見るよ」

「お願いします」

 二人も歩き出す。

 スプロケットは最後に端末を見る。

 残った一点だけが、さっきまでより強く応答していた。

 理由は分からない。

 閉じない。

 スプロケットも四人を追った。

コメント

タイトルとURLをコピーしました