第2部『403_FORBIDDEN』INTERRUPT_07|LAST COORDINATE

スポンサーリンク
クロス・バグ三部作(絶賛連載中)

 最後の座標は消えず、むしろ遠回りを続ける五人を待つように一定の強さで反応を返していた。

【RETURN COORDINATE CANDIDATES:01】
【LOCAL REFERENCE:RESTORED】
【MOORING RESPONSE:RISING】
【FIXED COORDINATE:STABLE】

 スプロケットは表示を残したまま歩き、現在位置から固定座標まで伸びる複数の経路を順番に外していく。

「もう近い?」

 アイリーが横から画面を覗く。

「距離だけなら……うん」

「じゃあ、まだ遠回り?」

「近い方には行かない」

 マッハラインが前方へ身体を傾け、すぐに走り出せる姿勢のままスプロケットを見る。

「先、見てこようか?」

 スプロケットは答える前に通路の上部を漂っている〈センチレット〉へ視線を向けた。

 一機は後方、二機は前方に残っているが、どれも接近せず、一定距離から五人の移動だけを拾っている。

「……まだ」

「了解!」

 マッハラインは返事だけは勢いよく返したものの足は動かさなかった。

 五人は正式な復旧路を外れ、黄色い誘導線が途中で途切れている旧搬送通路へ入る。

 先頭を歩いていた明が数歩先で止まり、床へ落としていた視線を左右へ動かした。

「ここ、最近何か通ってます」

 スプロケットが近づくと、埃の表面には靴底とは違う幅の擦過痕が何本も残り、同じ方向へ重なっていた。

「人?」

 アイリーが聞く。

「たぶん違います。こっちも」

 明が指した先では一体のリピーターが短い範囲を往復し、その奥には壁際で動かないロストが立っている。

 アイリーが一歩前へ出たところで、スプロケットが小さく手を上げる。

「待って。まだ……触らないで」

「何かいる?」

「それを見てる」

 スプロケットは近くの〈センチレット〉へ浅く接続し、位置、電力、気圧、隔壁と通行情報だけを取り出した。

【LOCAL ROUTE:AVAILABLE】
【RESTORATION LINE:ACTIVE】
【SECURITY RESPONSE:NONE】

 復旧路は生きており、封鎖もなく、最後の固定座標へ近づくには都合がよすぎた。

「何もないね」

 アイリーが言う。

「……だから行かない」

「また?」

「うん」

 マッハラインが通路の先へ目を凝らし、落ち着かなそうに指先を動かす。

「いるんだろ?」

「たぶん」

「ハウンズ?」

「それも、たぶん」

 スプロケットは接続を切り、最後の固定座標だけを表示へ戻した。

 [ネクス・ハウンズ]は姿を見せず、固定座標にも手を出していない。

 近づく方法だけが残されている。

「戻る?」

 アイリーが聞く。

「戻っても……次がない」

「じゃあ行く?」

 スプロケットは答えず、正面の壁を見た。

 白いものが視界を横切った。

 現在の通路には存在しない白い壁と、その前に立つ人影。

 手袋をした手ではない。

 白い指が壁の端へ触れ、上から下へ何かを確かめるように移動する。

 一度押す。

 位置をずらす。

 もう一度押す。

 最後の動作へ入る前に残像が途切れた。

「……また」

 クロニアスがスプロケットを見る。

「うん」

「見えた?」

「場所だけ」

 スプロケットは残像が触れていた壁へ近づき、手を伸ばしかけてから一度止めた。

 現物には端末も扉もない。

「そこに何かあるの?」

 アイリーも近づく。

「分からない。でも……ここ」

 明が横から壁を見ると、現在の補修材の下に、上下へ細く続く継ぎ目が残っていた。

「本当だ。塞いだ跡があります」

 指では開けられない幅だったため、明は壁の表面を軽く叩きながら音の違いを探す。

「この辺だけ空洞です」

「壊す?」

「待ってください」

 明が先に止めると、アイリーは壁へ掛けかけた手をすぐに離した。

 スプロケットは継ぎ目の下へ指を当て、記憶にはない位置を押す。

 反応はない。

 それでも次の位置だけは分かる。

 もう一度押し、さらに下へ指を滑らせて小さな部品を回すと、壁の一部が数ミリ沈んだ。

「開いた!」

 アイリーがすぐ横から覗き込む。

「スプロケット、これ知ってたの?」

「……知らない」

「でも開けたよ?」

「ぼくが知ってるんじゃない」

 壁から引き出された古い操作板を見ながら、スプロケットは少し遅れて言葉を続ける。

「手順だけ……分かる」

 クロニアスの表情から笑みが消えた。

「前と同じ?」

「近い。でも、もっと先まである」

 操作板に残った旧端子から接続すると、〈セントリオ〉の現在管理層と、その下へ残っていた旧系統が重なった。

【〈CENTRIO〉 LINK:ACTIVE】
【LOCAL MANAGEMENT:CURRENT】
【LEGACY REFERENCE:DETECTED】
【FIXED COORDINATE:EXTERNAL】

 スプロケットの視界へ白い人影が戻り、古い操作板へ触れる指の順番だけが現在の表示へ重なる。

 上位管理。

 区域分離。

 局所移行。

 旧基準優先。

「……あ」

「何か分かった?」

 アイリーが聞く。

 スプロケットは最後の固定座標を含む区域だけを抜き出し、現行都市網との接続位置を確認する。

「ここ、二つに繋がってる」

「二つ?」

「今の都市と……古い方」

 現在は〈セントリオ〉側が上位にあり、旧系統は残存しているだけで固定基準として使われていない。

 自分から〈セントリオ〉との接続を切れば、スプロケット自身も区域へ介入できなくなる。

 白い残響が示したのは別の切断だった。

【LEGACY LOCAL FAILOVER:AVAILABLE】

 クロニアスが表示を覗く。

「上から切られた時だけ、下が動く?」

「……たぶん」

 マッハラインも反対側から顔を出す。

「じゃあ切ればいいんじゃないの?」

「ぼくにはできない」

「誰ならできる?」

 スプロケットは〈センチレット〉へ視線を移した。

 その向こうにある現行都市網を見てから、さらに奥へ意識を伸ばす。

「……向こう」

 アイリーが眉を寄せる。

「ハウンズにやらせるってこと?」

 スプロケットは少し間を置いて頷いた。

「ぼくが触れば……切ってくる」

「それ、めちゃくちゃ危なくない?」

「うん」

「うん、じゃないって!」

 アイリーの声が上がったが、スプロケットはすでに〈セントリオ〉への接続範囲を広げ始めていた。

「他にない」

 それだけ言って、最後の固定座標へ必要な局所設備を順番に起動する。

【LOCAL POWER:PRIORITY】
【MAINTENANCE ROUTE:OPEN】
【LEGACY TERMINAL:ACTIVE】
【FIXED REFERENCE:REQUESTING】

 周囲の〈センチレット〉が同時に向きを変え、スプロケットの接続量が通常の逃走時より明らかに増えた。

 マッハラインが表示と天井を交互に見る。

「これ、絶対見えてるぞ!」

「見せてる」

「おお……マジでやるんだ」

「もう隠しても同じだから」

 スプロケットは電力を寄せ、旧端末、保守設備、空間基準器を一つずつ起こしていく。

 最初に変化したのは〈センチレット〉だった。

 一機が停止したまま接続を失い、その数秒後には通路の照明が半分だけ落ちた。

【〈CENTRIO〉 LINK:DEGRADED】

 遠くから重量隔壁の駆動音が続けて響く。

「来た!」

 マッハラインが前へ出かける。

「待って」

「まだ?」

「まだ」

 スプロケットが止めると、マッハラインは前方を見たまま歯を食いしばり、足をその場へ残した。

 都市機能そのものは止まっていない。

 換気も電力も残したまま、スプロケットへ繋がる経路だけが一本ずつ切り離されていく。

 壊し方ではない。

 隔離するための切り方だった。

「……やっぱり」

 スプロケットは小さく呟く。

 これまでなら逃げるために接続を残そうとした。

 今回は切られる順序だけを見ている。

 その時、壁へ手を添えていたクロニアスが急に顔を上げた。

「待って、今ちょっと整理してる」

「何?」

 アイリーが振り返る。

「ここ、変だ」

 クロニアスは壁から手を離さず、通路の左右を何度も見比べた。

「同じ場所を誰かが通ってる。それ自体はいいんだけど……いや、違うな」

「何が違うんですか?」

 明が聞く。

「同じ一回じゃない」

 クロニアスの視線が右へ動き、少し遅れて左へ戻る。

「右へ行った残響がある。左へ行った残響もある。戻ったのもある……でも、全部同じ場所から始まってる」

「リピーターじゃない?」

 アイリーが聞く。

「うん、それなら動きまで同じになるはずだ」

 クロニアスは眉間へ指を当てる。

「これは……誰かが別の結果を何度も見たみたいだ」

 そこから先は言わなかった。

 安全な方向が分かるわけではない。

 残っているのは、選ばれたはずのない複数の移動だけだった。

 現行側の接続がさらに落ちる。

【〈CENTRIO〉 LINK:PARTIAL】
【CURRENT MANAGEMENT:ISOLATING】

「隔壁、動きます」

 明が先に気づいた。

 前方の古い重量隔壁が閉鎖を始め、その向こうには動かないロストが二体、横の狭い区画には同じ動作を続けるリピーターが残っている。

 スプロケットの視界へ、白い人影が再び重なった。

 区画切断。

 局所閉鎖。

 固定基準優先。

 最後の入力まで進めれば、旧管理への移行は早い。

 アイリーが隔壁の向こうを見る。

「スプロケット!」

「……見えてる」

「このまま閉めるの?」

 スプロケットは旧端末へ伸ばしていた指を止めた。

 白い指だけが先へ進む。

 自分の指は動かさない。

「明」

「はい」

「あれ、少しだけ遅らせられる?」

 明は隔壁そのものではなく、上部レールと補助機構へ視線を走らせた。

「壊すのは無理です。でも、留め具なら……たぶん5秒ぐらい」

「お願い」

 明はバッグから軽い金属片を取り出し短くチャージする。

「アイリーさん、離れてください」

「分かった!」

 小さな爆発音と光が走り、隔壁を支える補助留め具だけが外れた。

 閉鎖速度が目に見えて落ちる。

「今!」

 明の声と同時にアイリーが隔壁の向こうへ走った。

 ロストを殴らず、掴まず、進路へ自分の身体を入れることで歩く方向だけを外側へ変える。

 もう一体が続く。

 狭い区画のリピーターは同じ往復を繰り返していたため、アイリーは折り返し位置へ身体を入れ、次の一歩だけを別方向へ誘導した。

「アイリーさん、戻って!」

「分かってる!」

 隔壁の速度が戻り始める。

 アイリーは最後のリピーターが外へ出たのを確認してから滑り込み、重量扉が背後で閉じた。

「間に合った!」

 マッハラインが笑う。

「俺ならもっと速かったけど!」

「だったら先に言ってよ!」

「走るなって言われてる!」

「今のは走っていいでしょ!」

 言い返しながらも、アイリーはすぐに閉じた隔壁の向こうを確認した。

 スプロケットは二人のやり取りを聞きながら、旧端末へ視線を戻す。

 マッハラインなら確かに一人で固定座標側へ抜けることもできた。

 それでも彼は行かなかった。

 マッハライン自身もその方向を一度見たが、足を動かさない。

「……今じゃないな」

 スプロケットが顔を上げる。

 マッハラインは少し悔しそうに笑った。

「だろ?」

「うん」

「よし!」

 待つことを決めた直後なのに返事だけはいつも通り速かった。

 現在管理側の切断は止まらない。

 別の区画ではロストが通路を横切り、その間だけ閉鎖処理が数秒遅れた。

 アイリーがそれを見る。

「今の……ハウンズ?」

「たぶん」

「巻き込まなかったんだ」

 スプロケットは答えず、切断された経路だけを確認する。

 目的は違う。

 それでも、変異者を排除してまで近道を作る処理ではなかった。

 最後の現在線が落ちる。

【〈CENTRIO〉 LINK:LOST】
【CITY NETWORK:ISOLATED】

 通路の照明が一度消え、非常灯だけが数秒遅れて点灯した。

 明もアイリーも動かない。

 クロニアスは《タイムエコー》から意識を戻し、マッハラインも走り出す姿勢を取らなかった。

 スプロケットだけが、暗い操作板の前に残っている。

 白い人影が最後の入力へ指を伸ばした。

 その順番も分かる。

 意味も、さっきより分かる。

 それでもスプロケットはすぐには押さなかった。

「……これは、ぼくの記憶じゃない」

 誰へ言うでもなく、確認するように口へ出す。

 白い指は変わらない。

「でも……使うかは、ぼくが決める」

 自分の指で最後の入力を選んだ。

【LEGACY LOCAL MANAGEMENT:ACTIVE】
【CURRENT MANAGEMENT:OFFLINE】
【LOCAL REFERENCE:PRIMARY】

 床下の旧基準器が低く唸り、最後の固定座標へ向かって数値が一気に立ち上がる。

【FIXED COORDINATE:LOCKING】
【MOORING RESPONSE:RISING】

「いけそう?」

 アイリーが近づく。

「……まだ」

 固定値が一度大きく揺れた。

 クロニアスが反応して壁を見る。

「待って。それ、さっきの残響と重なる」

 スプロケットの指が止まる。

「どれ?」

「今の順番で進んだ跡がある。たぶん……いや、成功したかまでは分からない」

 クロニアスは自分で言葉を修正する。

「でも、その先が残ってない」

 表示上は継続できる。

 白い人影も同じ順番を示している。

 スプロケットはその入力を戻した。

「やめるの?」

 アイリーが聞く。

「違う。もう一回……見る」

 明が基準器の下へしゃがみ、床へ伝わる振動を確かめる。

「さっきより揺れてます」

「今は?」

「戻したら小さくなりました」

 スプロケットは白い残像を見る。

 残像の手順は変わらない。

 クロニアスが感じた複数の過去。

 明が拾った現在の振動。

 自分が今接続している旧系統。

 それらを順番に重ねる。

 白い指とは違う位置へ、自分の指を置いた。

【FIXED COORDINATE:LOCKING】

 数値の揺れが小さくなる。

 数秒後、表示が変わった。

【FIXED COORDINATE:LOCKED】

「おおっ!」

 マッハラインが一番先に声を上げた。

「できた!?」

「固定だけ」

「じゃあ帰れる?」

「まだ……[ヘヴン]と繋がってない」

 次の状態が表示される。

【MOORING RESPONSE:STABLE】
【EXTERNAL ANCHOR:AVAILABLE】
【HEAVEN LINK:NOT ESTABLISHED】

 アイリーが最後の行を見る。

「あと、そこまで行けばいいんだよね?」

「行って……繋ぐ」

「ハウンズは?」

「いると思う」

「やっぱりいるのか!」

 マッハラインは笑いながらも、閉鎖された正面経路を確認する。

 スプロケットは周辺へ接続を伸ばそうとして、何も返ってこないことを確かめた。

 〈セントリオ〉との接続は失われ、この区画の〈センチレット〉も上位都市網から切り離されている。

 代わりに最後の固定座標だけは今までで最も明確になった。

 その外側にはハウンズの監視だけが残っている。

 攻撃は来ない。

 追跡も来ない。

 アイリーが変異者を置いていかなかったこと。

 明が隔壁そのものを破壊しなかったこと。

 マッハラインが一人で走らなかったこと。

 クロニアスを含め、五人が最後まで同じ区画へ残ったこと。

 全部、見られていた。

「……向こうも、取った」

 スプロケットが呟く。

 明が振り返る。

「何をですか?」

 スプロケットはすぐには答えず、四人を順番に見た。

「ぼくたちが……何をするか」

 マッハラインが首を傾げる。

「でも捕まってないぞ?」

「うん。まだ」

 スプロケットは最後の固定座標だけを表示へ残した。

 もう近道はなく、〈セントリオ〉も使えない。

 それでも、帰るために必要な一点だけは初めて完全に固定されている。

「行こう」

 アイリーが先に言う。

 スプロケットは頷く。

「……うん。今度は、そこまで行く」

 マッハラインがすぐにゴーグルを下ろした。

「今度こそ走る?」

 数秒だけ前方を見て、自分で首を横へ振る。

「いや……まだだ!」

 アイリーが少し笑う。

「ちゃんと待てるじゃん」

「走る時は走る!」

「それは知ってる!」

 明が先の暗い通路へ視線を送り、足元と天井を確認してから歩き出す。

「先、見ながら行きます」

「お願いします」

 クロニアスも手帳をしまい、まだ気になるように一度だけ背後の壁を振り返った。

「何度通ったのかは分からないけど……僕らは今の一回しかないからね」

 スプロケットはその言葉には答えず、固定された座標を閉じないまま四人の後を追った。

【RETURN COORDINATE CANDIDATES:01】
【FIXED COORDINATE:LOCKED】
【MOORING RESPONSE:STABLE】
【〈CENTRIO〉 LINK:LOST】
【HEAVEN LINK:NOT ESTABLISHED】

 最後の出口は初めて動かない一点になった。

 そこへ辿り着くまでに使える都市だけが、もう残っていなかった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました