第1部『404_NOT_FOUND』INTERRUPT_08|ONSITE

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クロス・バグ三部作(絶賛連載中)

 中央物流センターを包囲していた[ネクス・ハウンズ]から進入報告が入った。

【UNIT:ネクス・ハウンズ】
【CENTRAL LOGISTICS CENTER:ENTRY】
【COMMAND NETWORK:INACTIVE】
【KNOWN EGRESS ROUTES:CONTROLLED】

 渡辺亘の命令網は復活していなかった。

 ロストは別々の方向へ歩いていた。

 リピーターは同じ動作を繰り返していた。

 ブーステッドは近くの刺激だけへ反応していた。

 統一された動きはない。

「リッジ、中央へ入って」

『了解』

 五つの位置情報が動いた。

【H-01 RIDGE:ENTRY】
【H-02 HARRIER:UPPER SECURITY】
【H-03 DOGO:GROUND ROUTE】
【H-04 SETTER:LOCAL SYSTEM ACCESS】
【H-05 PLOTT:REAR CLOSURE】

 位置表示上でハリアーが上層連絡路へ移った。

 ドゴの反応は中央通路へ入った。

 プロット側から後方経路の閉鎖完了が返った。

 セッターの端末だけが壁際の旧認証盤へ接続していた。

 リッジは四人の動きを中央で統合している。

 オリヴィア・オコネルは細かな経路指定を出さなかった。

 そこから先は彼らの仕事だった。

「対象反応は?」

『生体反応はまだ取れてない』

 セッターの声だった。

『でも施設側が動いてる』

【LOCAL AUTHENTICATION:DETECTED】
【NETWORK SYNC:NONE】

 三浦主任が別の画面を開いた。

「認証者を照合します」

 結果はすぐに出た。

【AUTHENTICATION ID:WATARU WATANABE】
【AFFILIATION:TOKYO CITY LIFE LOGISTICS CORPORATION】
【ASSIGNMENT:CENTRAL LOGISTICS CENTER】
【ROLE:EXCEPTION PROCESSING】

「渡辺亘」

 オリヴィアは経路履歴を開いた。

【ROUTE HISTORY】
CENTRAL CONTROL ROOM

STAFF MANUAL ACCESS

FIRE PARTITION

OLD DRAINAGE SECTOR

NORTH EXTERNAL TRANSFER

 三浦主任が続きを表示した。

NORTH EXTERNAL TRANSFER

STAFF ROUTE

CENTRAL LOGISTICS CENTER

「戻っています」

「一人?」

「北側までは複数です」

【GROUP CORRELATION:SEPARATED】
【RETURNING SUBJECT:WATARU WATANABE/HIGH】

 スプロケットたちは北側へ進んだ。

 渡辺亘だけが中央物流センターへ戻った可能性が高かった。

「こちらの包囲を認識していた?」

『認識できたはずだ』

 リッジが答えた。

『政府識別信号は旧保守層へ入る前から出してる』

「逃げ道は?」

『本人が施設構造を覚えてるなら、こちらより多く知ってる』

「それでも戻った」

『そう見える』

 オリヴィアは渡辺亘の記録を更新した。

【SUBJECT:WATARU WATANABE】
【ESCAPE CAPABILITY:POSSIBLE】
【ESCAPE ATTEMPT:NOT DETECTED】
【RETURN ACTION:VOLUNTARY/PROBABLE】

 降伏とは記録しなかった。

 逃走不能とも記録しなかった。

『見つけた』

 ハリアーの声が入った。

 リッジから送られている現場映像に一人の男が映った。

 暗い職員通路。

 赤い非常灯。

 壁へ片手をついて歩いている。

 右足を僅かに引きずっていた。

 首から社員証が下がっていた。

 位置表示上でリッジが停止した。

 ドゴとハリアーが左右へ分かれる。

 プロットは後方へ回った。

 渡辺亘も映像の中央で足を止めた。

『渡辺亘』

『そうです』

 渡辺亘は否定しなかった。

『抵抗する意思は?』

『今はありません』

『今は?』

『質問へ正確に答えただけです』

 リッジはそれ以上確認しなかった。

『拘束する』

『好きにしてください』

 ドゴの位置が渡辺亘へ近づいた。

 渡辺亘は逃げなかった。

 手を上げもしなかった。

 映像の中で拘束具が両手首へ装着された。

【SUBJECT:WATARU WATANABE】
【BIOLOGICAL STATUS:ALIVE】
【NETWORK CONTROL:INACTIVE】
【RESISTANCE:NONE】
【LIVE RECOVERY:COMPLETE】

 三浦主任が回収一覧を更新した。

「渡辺亘、回収完了」

【PRIORITY 06:WATARU WATANABE/RECOVERED】

「人物はね」

 三浦主任の手が止まった。

「監査官?」

 オリヴィアは映像に残る渡辺亘の胸元を見た。

「記録が残ってる」

 プロットが所持品確認へ移った。

 社員証へ手を伸ばす。

『それは外さないでください』

 渡辺亘が自分から口を開いた。

『理由は?』

『施設内で必要です』

『もう移動しない』

『僕が使わなくても記録は残っています』

 プロットが社員証の表示を確認した。

【認証者:渡辺亘】
【勤務状態:終了未処理】

『勤務状態が残ってる』

『知っています』

 渡辺亘はそれ以上話さなかった。

「社員証をセッターへ」

『了解』

 プロットが社員証を外さず認証面をセッターへ向けた。

 セッターの携帯端末から認証要求が送られた。

【LOCAL AUTHENTICATION TOKEN:VALID】
【CENTRAL NETWORK SYNC:INCOMPLETE】
【LOCAL ACCESS HISTORY:AVAILABLE】

『取れる』

「現在図と照合して」

 履歴が展開された。

【UNKNOWN LOCAL NODE:01】
【UNKNOWN LOCAL NODE:02】
【OLD MANUAL PARTITION:03】
【LEGACY MAINTENANCE NODE:04】

『合わない』

「何が?」

『現在図にない』

 三浦主任も同じ記録を受け取った。

「旧図を出します」

 比較結果が表示された。

「一部は一致します」

「一部?」

「改修前に存在した設備です」

「残りは?」

「統合記録にありません」

 オリヴィアはスプロケットの移動履歴を横へ並べた。

【SUBJECT:SPROCKET】
【LAST VERIFIED:CENTRAL LOGISTICS CENTER】
【ROUTE HISTORY:MISSING】
【CURRENT CORRELATION:NORTH LOGISTICS DISTRICT】

 記録の欠落区間が重なった。

 渡辺亘の社員証だけが、その空白の内部を通過していた。

「前に取れなかった旧保守層」

 三浦主任が表示を拡大した。

「一致します」

「見落としたわけじゃない」

「現在図に経路そのものがありませんでした」

 オリヴィアは社員証履歴から経路だけを抽出した。

【LEGACY ROUTE:CONFIRMED】
【CURRENT CITY MAP:NOT REGISTERED】
【REMOTE MONITORING:NONE】

 [ネクス・ハウンズ]が包囲しなかった経路ではない。

 包囲に使用した現在図に存在しなかった経路だった。

 同じ情報が現場回線へ送られた。

『なるほど』

 リッジの声が返った。

『こっちの穴じゃなくて地図の穴か』

「そういうこと」

『次は記録に入れとく』

「お願いします」

 セッターが渡辺亘の社員証を利用してローカルノードへ接続した。

【LOCAL NODE ACCESS:REQUESTING】
【AUTHENTICATION:ACCEPTED】

『まだある』

 新しい表示が開いた。

【AUDIT PARTITION:DETECTED】

 オリヴィアの視線が止まった。

「開いて」

『やってる』

【REMOTE EXTRACTION:DENIED】

『駄目』

「権限不足?」

『違う』

 セッターから認証条件が送られた。

【NETWORK ACCESS:DISABLED】
【REMOTE AUDIT:NOT SUPPORTED】
【PHYSICAL AUTHENTICATION:REQUIRED】

 三浦主任が別系統から同じ領域を確認した。

「必要権限を照合します」

【REQUIRED AUTHORITY:SPECIAL RECORDS AUDIT】

 三浦主任がオリヴィアを見た。

「監査官」

「見えています」

 現場からセッターの声が返った。

『オコネル監査官の権限だ』

「代理認証は?」

『拒否』

「セッターの端末へ委任した場合は?」

『それも駄目』

 三浦主任も監査系統から代理処理を実行した。

【INITIAL AUDIT AUTHORIZATION】
【REMOTE:DENIED】
【DELEGATED:DENIED】
【ONSITE IDENTITY VERIFICATION:REQUIRED】

「監査官」

「何ですか」

「こちらでも同じです」

 オリヴィアは結果を見た。

「遠隔では開かない」

「はい」

「代理も使えない」

「はい」

 三浦主任はそれ以上の結論を付けなかった。

 セッターが取得できる範囲だけを送ってきた。

【ARCHIVE STRUCTURE:DISTRIBUTED LOCAL STORAGE】
【ACTIVE NODES:MULTIPLE】
【CENTRAL COPY:NONE】
【REMOTE EXPORT:UNAVAILABLE】

「媒体ごと回収できる?」

『一台じゃ無理』

「数は?」

『今確認できるだけで中央物流センター内部に四つ』

 続いて地図情報が更新された。

『旧排水区画に二つ』

 さらに一つ反応が追加された。

『北部物流区画にもある』

【LEGACY AUDIT NODE:PARTIAL RESPONSE】
【SPROCKET CORRELATION:HIGH】

 またスプロケットだった。

 旧A.R.K.認証。

 未登録経路。

 認証要求より先に発生する設備応答。

 渡辺亘の命令より先に生成された経路情報。

 遠隔から取得できたのは結果だけだった。

 原因へ続く記録は都市内部に残っている。

「三浦主任」

「はい」

「構造だけ保存して」

「了解です」

 別の警告が入った。

【SUBJECT GROUP】
【PREVIOUS COUNT:6】
【CURRENT COUNT:5】

「一人減った」

 三浦主任が照合した。

【SPROCKET:DETECTED】
【AIRIE:DETECTED】
【AKIYAMA AKIRA:DETECTED】
【CHRONIAS:DETECTED】
【MACHLINE:DETECTED】
【VAREN:SIGNAL LOST】

「ヴァレン」

 オリヴィアは最後の反応を開いた。

【SUBJECT:VAREN】
【LAST VERIFIED AREA:NORTH LOGISTICS DISTRICT】
【LAST VECTOR:UNREGISTERED MAINTENANCE ACCESS】
【CURRENT LOCATION:UNRESOLVED】

「追える?」

 三浦主任が周辺ノードを確認した。

「現在網では無理です」

 現場側でもセッターが同じ結論を返した。

『最後の反応から先に監視設備がない』

「旧ノードは?」

『応答なし』

 オリヴィアはヴァレンの分類を開いた。

【CLASSIFICATION:UNRESOLVED】
【RECOVERY ORDER:PENDING】
【TRACKING STATUS:UNAVAILABLE】

「捜索班を出しますか?」

「出さない」

「記録は?」

「残して」

【ACTIVE PURSUIT:NONE】
【REFERENCE PRESERVATION:CONTINUE】

「回収対象ではないから?」

「まだね」

 三浦主任はそのまま記録した。

 見失ったことと回収対象であることは別だった。

 その直後に北部物流区画から登録設備の起動反応が入った。

【EMERGENCY MEDICAL TRANSFER STATION 03】
【LOCAL ACCESS:ACTIVE】

 三浦主任が画面を切り替えた。

「五人です」

 旧認証反応が続いた。

【LEGACY AUTHORIZATION:PARTIAL MATCH】
【SUBJECT CORRELATION:SPROCKET】

「現在網へ戻った?」

「はい」

 未登録経路の中では消えていた五人が、登録設備へ接続したことで再び都市網へ現れた。

 同じ情報がネクス・ハウンズへ送られる。

『位置が出た』

 リッジの声が入った。

「距離は?」

『今なら追える』

 オリヴィアは緊急医療搬送所のアクセス履歴を開いた。

【REGISTERED MEDICAL COORDINATE:ACCESSED】
【DESTINATION:MEDICAL SATELLITE DOME】
【FACILITY:EMERGENCY WING 06】

「クロニアス」

 三浦主任が負傷記録を横へ出した。

「重傷です」

「なら次は救急棟六号」

「経路相関を取ります」

 数秒後に結果が出た。

【MEDICAL TRANSFER LINE:PARTIAL OPERATION】
【SUBJECT GROUP MOVEMENT:MATCH】
【DESTINATION CORRELATION:EMERGENCY WING 06/HIGH】

「高相関です」

「十分」

 ネクス・ハウンズの五つの位置情報が変化した。

 中央物流センターへ向けられていた配置が解かれていく。

『監査官』

 リッジからだった。

『医療搬送所へ向かう』

「渡辺亘は?」

『ドゴが搬送準備中』

「それを先に」

『その間にまた消える』

「もう次が分かってる」

 オリヴィアは正式回収順位を表示した。

【PRIORITY 01:SPROCKET】
【PRIORITY 02:CHRONIAS】
【PRIORITY 03:MACHLINE】
【PRIORITY 04:AIRIE】
【PRIORITY 05:AKIYAMA AKIRA】
【PRIORITY 06:WATARU WATANABE/RECOVERED】

「追い回さなくていい」

 三浦主任がオリヴィアを見た。

「直接追跡を止めますか?」

「対象を見失うという意味ではないわ」

 オリヴィアは作戦更新を送った。

【OPERATION UPDATE REQUEST】
【DIRECT PURSUIT:SUSPEND】
【INTERCEPTION AREA:MEDICAL SATELLITE DOME】
【PRIMARY POINT:EMERGENCY WING 06】
【RECOVERY CONDITION:ALIVE】

 承認はすぐに返った。

【UPDATE:AUTHORIZED】

「リッジ」

『聞いてる』

「渡辺亘を搬送したら医療衛星ドームへ」

『今度は途中で取らない?』

「目的地を取って」

 一拍だけ間があった。

『了解』

 作戦表示が更新された。

 ハリアーの位置が先行経路へ移った。

 ドゴは渡辺亘の搬送側へ残った。

 セッターの監視対象が医療搬送線へ切り替わった。

 プロットは新しい閉鎖候補の抽出を開始した。

 リッジが全体をまとめて移動させた。

【UNIT:ネクス・ハウンズ】
【PRIMARY RECOVERY:WATARU WATANABE/COMPLETE】
【NEXT INTERCEPTION:EMERGENCY WING 06】
【STATUS:REPOSITIONING】

 三浦主任が表示を確認した。

「対応が早いですね」

「だから使ってるの」

 三浦主任はそれ以上何も言わなかった。

 緊急医療搬送所の反応が変わった。

【MEDICAL TRANSFER ACCESS:ACTIVE】
【UNDERGROUND ROUTE:OPEN】

 五人の位置反応が順番に消え始めた。

【SUBJECT GROUP:5】
【ROUTE:MEDICAL TRANSFER LINE】
【DIRECT SURFACE TRACKING:LOST】
【MOVEMENT:CONTINUING】

 三浦主任が確認する。

「地下へ入りました」

「次の固定座標は?」

「救急棟六号」

「なら問題ない」

 ネクス・ハウンズも同じ地点へ向かっていた。

 オリヴィアは旧監査領域へ戻った。

【REMOTE AUDIT:DENIED】
【ONSITE IDENTITY VERIFICATION:REQUIRED】

「三浦主任」

「はい」

「別経路は?」

「監査系統を三つ試しました」

「結果は?」

 三浦主任が表示を並べた。

【WORLD GOVERNMENT AUDIT NETWORK:DENIED】
【SPECIAL RECORDS REMOTE AUTH:DENIED】
【DELEGATED FIELD AUTH:DENIED】

「物理認証以外はありません」

「確定?」

 三浦主任はもう一度条件を確認した。

「確定です」

 オリヴィアは椅子の背から身体を離した。

「なら現地で開く」

 三浦主任の手が止まった。

「監査官が行くんですか?」

「私の本人認証しか通らないのでしょう?」

「そうですが」

「なら私が行く」

 三浦主任は反対しなかった。

「出発手配は?」

「こちらでやります」

「通常監査は?」

「引き継ぎます」

「旧監査領域は触らないで」

「了解です」

 オリヴィアは極秘回線を開いた。

【SECURE CHANNEL:REQUESTED】

 応答は早かった。

『何だ』

「現地へ入る」

 短い沈黙があった。

『理由は』

「中央物流センターで旧監査領域を確認した」

『内容は』

「まだ読めない」

『なぜ』

「現地本人認証が必要」

 オリヴィアは取得済みの記録を送った。

「遠隔も代理も拒否された」

「スプロケットが通過した旧経路と重なってる」

「ヴァレンも未登録経路へ消えた」

「渡辺亘の社員証から現在図にないノードも出た」

「ここから先は画面を見ていても増えない」

 Mr.Xはすぐには答えなかった。

『決めたのか』

「ええ」

『許可する』

「止めないのね」

『止める理由がない』

「知られたくないものがあっても?」

『何を見つけるかも分からないのに止めるのか』

「あなたならやりそうだけど」

『必要ならな』

「今回は必要じゃない?」

『それもお前が判断しろ』

 オリヴィアは目を細めた。

「スプロケットを最優先にした理由も?」

『それは別だ』

「またそこだけ隠す」

『現地監査とは関係ない』

「本当に?」

『少なくとも今は』

 オリヴィアは返答を急がなかった。

「ネクス・ハウンズは救急棟六号へ回した」

『承認済みだ』

「私は中央物流センターから入る」

『分かった』

「その後は記録次第」

『一つだけ』

「何?」

『スプロケットを見つけても一人で接触するな』

「能力が危険だから?」

『そうだ』

「それだけ?」

『今はそれで十分だ』

「分かった」

『納得したのか』

「してない」

『なら問題ない』

 回線が切れた。

【SECURE CHANNEL:CLOSED】

 Mr.Xは現地行きを命じなかった。

 オリヴィアが決めた後で承認しただけだった。

 理由の一部はまだ渡さなかった。

 それでも旧監査領域へ触れることは止めなかった。

【MR.X INTENT:UNRESOLVED】

 オリヴィアはその項目を保留した。

 今必要なのはMr.Xの意図ではない。

 現地へ入る準備だった。

「三浦主任」

「はい」

「引き継ぎます」

 三浦主任が監査卓を切り替えた。

【PRIMARY REMOTE AUDIT:TRANSFER】
【FROM:OLIVIA O'CONNELL】
【TO:MIURA NAOTO】

「通常復旧記録は今まで通り」

「はい」

「渡辺亘の搬送記録も継続」

「はい」

「ネクス・ハウンズの作戦記録は?」

「こちらで残します」

「ヴァレン」

「位置不明。追跡なし。参照保存を継続します」

「スプロケット」

 三浦主任が一度だけ画面を確認した。

「最優先回収対象」

「それだけ?」

 三浦主任の視線がオリヴィアへ戻った。

「続きは監査官が現地で確認するのでしょう?」

「そうね」

 三浦主任はそれ以上聞かなかった。

 オリヴィアは現地監査申請を開いた。

【SPECIAL RECORDS AUDIT】
【CURRENT MODE:REMOTE】
【AVAILABLE CHANGE:ONSITE】

 本人認証。

【AUTHORIZED PERSONNEL:OLIVIA O'CONNELL】

 目的地。

【PRIMARY LOCATION:TOKYO CITY】
【INITIAL AUDIT AREA:CENTRAL LOGISTICS CENTER】

 監査対象を設定した。

【PRIMARY SUBJECT:SPROCKET】
【AUDIT OBJECTIVES】
【LEGACY ACCESS HISTORY】
【A.R.K. CORRELATION】
【UNREGISTERED CONNECTION SOURCE】
【LOCAL AUDIT ARCHIVE RECOVERY】

 ヴァレンを追加した。

【SECONDARY SUBJECT:VAREN】
【STATUS:LOCATION UNRESOLVED】
【ACTION:REFERENCE PRESERVATION】

 申請を送った。

【ONSITE AUDIT:REQUESTED】

 承認まで数秒もかからなかった。

【ONSITE AUDIT:AUTHORIZED】

 三浦主任が表示を見た。

「早いですね」

「予想していたでしょう?」

「監査官が決めてからなら」

 オリヴィアは監査端末から携行端末へ記録を移した。

 スプロケット。

 アイリー。

 クロニアス。

 マッハライン。

 秋山明。

 渡辺亘。

 ヴァレン。

 旧A.R.K.認証履歴。

 現在図から消えた旧保守経路。

 渡辺亘の社員証が残したローカル認証。

 旧監査領域のノード一覧。

 Mr.Xの最優先回収指示。

 最後にスプロケットの項目が残った。

【SUBJECT:SPROCKET】
【DECLARED PRIORITY BASIS:ABILITY RISK】
【ABILITY RISK:HIGH】
【SYSTEM INTERACTION RISK:HIGH】
【HOSTILE USE:NOT CONFIRMED】
【ADDITIONAL BASIS:UNRESOLVED】

 オリヴィアは閉じなかった。

 そのまま携行端末へ移した。

【TRANSFER:COMPLETE】

 現場から最後の更新が入った。

【WATARU WATANABE】
【RECOVERY:COMPLETE】
【TRANSPORT:IN PROGRESS】

 続いてネクス・ハウンズの作戦情報が更新された。

【SUBJECT GROUP:5】
【MEDICAL TRANSFER ROUTE:ACTIVE】
【DESTINATION:MEDICAL SATELLITE DOME】
【UNIT:ネクス・ハウンズ】
【INTERCEPTION PREPARATION:ACTIVE】

 三浦主任がオリヴィアへ顔を向けた。

「監査官」

「何ですか」

「こちらは引き継ぎます」

「お願いします」

 それだけだった。

 オリヴィアは監査卓の中央画面を閉じた。

【REMOTE AUDIT:ENDING】

 オリヴィアは監査室の扉を開いた。

 三浦主任が数歩だけ後ろをついてきた。

 通常職員用の昇降機を通り過ぎる。

 さらに奥の壁面へオリヴィアが手を触れた。

【IDENTITY:OLIVIA O'CONNELL】
【SPECIAL TRANSFER ACCESS:AUTHORIZED】

 継ぎ目のなかった壁が左右へ開いた。

 三浦主任が足を止めた。

「監査官」

「何ですか」

「専用機を使うんですか」

「ええ」

 三浦主任は開いた通路の奥を見た。

「急ぎですね」

「遠隔で開かないなら現地へ行くしかないでしょう」

「それはそうですが」

 三浦主任はそれ以上聞かなかった。

「こちらはお願いします」

「引き継ぎます」

「何か変わったら送って」

「監査官が移動中でも?」

「そのための回線があります」

「分かりました」

 オリヴィアは通路へ入った。

 三浦主任はついてこなかった。

 扉が閉じる。

【SPECIAL TRANSFER AREA】
【AUTHORIZED PERSONNEL:1】

 一般監査系統との接続が切れた。

 代わりに別の認証経路が起動した。

【PRIVATE ADMINISTRATIVE NETWORK:ACTIVE】
【PUBLIC DIRECTORY:DISCONNECTED】

 照明が順番に点いた。

 突き当たりで小型昇降機の扉が開いた。

 オリヴィアが乗り込む。

 行き先表示はなかった。

 本人認証だけが処理された。

【DESTINATION:RESTRICTED TRANSFER DECK】

 昇降機が下降した。

 [統律特命局]本部の通常階層が上へ離れていく。

 到着音は鳴らなかった。

 扉の向こうには細長い乗降区画があった。

 一台の白銀色の浮遊車両が待機している。

 窓は外側から内部を確認できない濃度まで暗くなっていた。

 車体側面に所属表示はない。

 オリヴィアが近づくと側面扉が開いた。

【〈Halo Limousine〉】
【PERSONAL AUTHORIZATION:CONFIRMED】
【PASSENGER:OLIVIA O'CONNELL】

 オリヴィアは乗り込んだ。

 扉が閉じる。

 外部の音が消えた。

 向かい側の壁面に細い光が走った。

 収納部が開く。

 内部に一本の杖が固定されていた。

 銀色の環状部。

 黒い芯材。

 握りに合わせて調整された細いグリップ。

 オリヴィアはそれを取り出した。

【〈A.R.K. Conductor改〉】
【PERSONAL CONFIGURATION:OLIVIA O'CONNELL】
【AUTHENTICATION:START】

 環状部へ青白い光が点いた。

【BIOMETRIC MATCH:CONFIRMED】
【ADMINISTRATIVE LINK:ACTIVE】

 通常の[世界政府]端末には接続されていない。

 公開装備一覧にも表示されない。

 オリヴィアは杖を膝の横へ置いた。

 別の収納部が開いた。

 白銀色の環状端末が静かに浮上した。

 中央に小さな球状機構が収まっている。

【〈Aurea Unit〉】
【PERSONAL SUPPORT MODE:ACTIVE】

 環状端末はオリヴィアの右側で停止した。

 携行端末から監査記録を受け取る。

【AUDIT DATA:SYNCHRONIZING】
【SPROCKET:PRIORITY 01】
【VAREN:REFERENCE PRESERVATION】
【WATARU WATANABE:RECOVERED】
【LEGACY AUDIT NODES:PENDING】

 オリヴィアは転送状態だけを確認した。

「不足は?」

 Aurea Unitの表示が変わった。

【LOCAL ARCHIVE DATA:UNAVAILABLE】
【ONSITE AUTHENTICATION:REQUIRED】
【MISSION DATA:SUFFICIENT FOR TRANSIT】

「ならいいわ」

 車両が動き始めた。

 加速感はほとんどなかった。

 窓の外を隔壁が流れていく。

 一般交通網とは接続していない通路だった。

 [統律特命局]本部の深部を横切り、海上ドーム外縁部へ向かっている。

 オリヴィアは携行端末を開いた。

【TOKYO CITY】
【CENTRAL LOGISTICS CENTER】
【ONSITE AUDIT:AUTHORIZED】

 北部物流区画ではスプロケットたちの位置が再び途切れていた。

【SUBJECT:SPROCKET】
【CURRENT POSITION:UNRESOLVED】
【ESTIMATED DESTINATION:MEDICAL SATELLITE DOME】

 目的地は変わっていない。

 [ネクス・ハウンズ]も移動を続けている。

【UNIT:[ネクス・ハウンズ]】
【INTERCEPTION POINT:EMERGENCY WING 06】
【STATUS:REPOSITIONING】

 オリヴィアは画面を閉じなかった。

 Haloが減速した。

 前方の隔壁が左右へ開く。

 広い格納区画が現れた。

 中央に白銀色の航空機が待機していた。

 通常の政府輸送機より低い機体。

 左右へ広がる可変翼。

 機体下部には垂直離着陸用の推進部が収納されている。

 外装には最低限のA.R.K.識別だけが残されていた。

 公開された[統律特命局]の装備一覧には存在しない機体だった。

 Haloが機体横で停止した。

【PERSONAL AIRFRAME:STANDBY】
【DESTINATION:TOKYO CITY】
【FLIGHT AUTHORIZATION:VALID】

 扉が開いた。

 オリヴィアはA.R.K. Conductorを持って降りた。

 Aurea Unitが後方へ続く。

 格納区画に待機していた職員は近づかなかった。

 本人認証が済んでいる。

 搭乗手続きも必要なかった。

 機体側面の扉が開いた。

【OLIVIA O'CONNELL】
【ACCESS:CONFIRMED】

 オリヴィアは機内へ入った。

 Aurea Unitも後に続いた。

 扉が閉じる。

 機内前方の表示が起動した。

【DEPARTURE:SEA DOME CITY】
【DESTINATION:TOKYO CITY】
【ROUTE:RESTRICTED GOVERNMENT AIRSPACE】
【PUBLIC FLIGHT RECORD:NONE】

 オリヴィアは座席へ腰を下ろした。

 A.R.K. Conductorを右側の固定部へ置く。

 Aurea Unitが正面へ移動した。

 トーキョー・シティの監査情報が空中表示へ展開される。

 中央物流センター。

 旧排水区画。

 北部物流区画。

 医療衛星ドーム。

 現在図から消えた複数の旧経路。

 その中央にスプロケットの監査記録が残っていた。

【SUBJECT:SPROCKET】
【RECOVERY PRIORITY:01】
【ABILITY RISK:HIGH】
【HOSTILE USE:NOT CONFIRMED】
【ADDITIONAL BASIS:UNRESOLVED】

 オリヴィアは最後の項目を見た。

 Mr.Xは答えを渡さなかった。

 遠隔監査でも答えは出なかった。

 旧監査領域は現地認証を要求している。

 なら行けばいい。

 機体が静かに浮上した。

 格納区画の天井が開く。

 海上ドーム都市の人工照明が下へ離れた。

【FLIGHT STATUS:AIRBORNE】
【DESTINATION:TOKYO CITY】
【ETA:CALCULATING】

 オリヴィアはトーキョー・シティの地図を拡大した。

 これまで情報だけがそこから届いていた。

 今度は自分がそこへ向かっていた。

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