TASK_01|CUSTODY
停止した拘束アームの先端がヴァレンの胸元から30センチほど離れた位置に残っていた。
オリヴィア・オコネルは〈A.R.K. Conductor改〉を持ち上げたまま、収容区画の表示を確認した。
【SUBJECT:VAREN】
【LEGACY RESPONSE:V-0 PROTOCOL】
【IDENTITY CORRELATION:UNRESOLVED】
【OBSERVATION:CONTINUE】
表示は変わっていない。
V-0としての反応は成立している。
現在の個体との一致だけが確定していなかった。
「Aurea、収容区画から出ます」
『了解しました』
「旧管理層との接続は維持」
『維持します』
ヴァレンがオリヴィアを見る。
「ここを残すんですか?」
「調べる必要があります」
「危険でも?」
「危険かどうかを判断するためにも必要です」
オリヴィアは車内へ視線を向けた。
「LIN、降りないでください」
「はい」
LINは開いた扉の内側からヴァレンを見ていた。
ヴァレンも一度だけそちらを見る。
それから停止した拘束アームへ視線を戻した。
「私はどうすれば?」
「こちらへ」
オリヴィアが先に歩く。
ヴァレンは少し遅れてついてきた。
円形の誘導線へ近づく直前で歩幅が変わる。
中心を踏まない。
オリヴィアはその動きを見た。
ヴァレンは自分でも足元を見る。

「また?」
「何がですか?」
「避けました」
「意識して?」
「いいえ」
オリヴィアは円形の誘導線を確認した。
停止している。
現在の管理表示にも新しい動作要求はない。
「そのまま進んでください」
「分かりました」
ヴァレンが誘導線の外側を通る。
何も起きない。
〈Halo Limousine〉まで戻るとAureaが側面扉を閉じた。
外側の収容区画が黒い窓越しに見える。
拘束アームは展開されたままだった。
「移動しますか?」
Aureaが聞く。
「まだ」
オリヴィアは中央管理席へ戻る。
ヴァレンは前と同じ席へ座ろうとした。
「ヴァレン」
彼が止まる。
「こちらへ座ってください」
オリヴィアが自分の正面にある補助席を示した。
ヴァレンは一度その席を見る。
「ここですか?」
「はい」
座る。
オリヴィアとの距離は2メートルもない。
LINは車内奥から二人を見ていた。
「監視ですか?」
ヴァレンが聞く。
「管理です」
「違うんですか?」
「必要な処理が違います」
ヴァレンは少し考えた。
「拘束は?」
「しません」
「さっきはされそうでした」
「あれは私の判断ではありません」
ヴァレンの視線がオリヴィアの右手へ落ちる。
〈A.R.K. Conductor改〉を持っている手だった。
「止めたのは?」
「私です」
ヴァレンはそれ以上聞かなかった。
オリヴィアは現在の監視記録を開く。
【SUBJECT:VAREN】
【CURRENT STATUS:UNRESTRAINED】
【MOVEMENT AUTHORITY:UNDEFINED】
【MANAGEMENT CLASS:OBSERVATION】
「Aurea、管理区分を更新」
「指定を」
「直接管理へ変更」
表示が止まる。
「管理責任者は?」
「私」
【SUBJECT:VAREN】
【DIRECT CUSTODY:OLIVIA O'CONNELL】
【PHYSICAL RESTRAINT:NOT APPLIED】
【INDEPENDENT DEPARTURE:RESTRICTED】
ヴァレンも表示を見る。
「独立して離れるな、という意味ですか?」
「はい」
「どこまで?」
「私の許可があるまで」
「分かりました」
返答は早かった。
オリヴィアは彼を見る。
「不満は?」
「あります」
予想より早い答えだった。
「内容を」
「自由に歩けないのは好きではありません」
「それでも従う?」
「今は」
オリヴィアは表示へ視線を戻した。
ヴァレンの生体値に大きな変化はない。
逃走準備を示す動きもない。
Aureaが別の表示を重ねた。
【LEGACY LAYER:ACTIVE】
【LOCAL REFERENCE:STABLE】
【MOORING RESPONSE:RISING】
「帰還候補側の状態は?」
「安定を維持しています」
「ハウンズの配置は?」
「先ほどの候補地点を制御中です」
「残りは?」
「一件です」
新しい位置情報が開く。
【UNCONTROLLED RETURN CANDIDATES:01】
【FIXED COORDINATE:STABLE】
【TARGET ACCESS:NOT CONFIRMED】
旧管理層を落とせば、この反応も失われる可能性がある。
「セッターへ接続」
『聞いてる』
「旧管理層だけを保持したまま、帰還用固定座標との接続を分離できますか?」
『今の状態じゃ無理だ』
「理由を」
『同じ基準器を使ってる』
構造図が送られてくる。
V-0収容区画。
旧基準器。
外部へ伸びる固定座標線。
途中まで同じ経路を共有していた。
『こっちだけ落とすなら、元を切るしかない』
「元は?」
『今いる場所だ』
オリヴィアは窓外の収容区画を見る。
「切断は保留」
『了解』
通信が閉じる。
ヴァレンが構造図を見ている。
「私を調べるため?」
「それも含みます」
「他にも?」
「あります」
ヴァレンは聞き返さなかった。
オリヴィアはV-0管理層へ照会を送る。
「収容対象の管理記録を検索」
「照会範囲を指定してください」
「V-0」
【QUERY:V-0】
【LEGACY ARCHIVE:SEARCHING】
数秒経っても結果が出ない。
検索経路だけが深くなる。
【CURRENT AUTHORITY:CUSTODIAN】
【ARCHIVE ACCESS:VALID】
【REFERENCE LAYER:LEGACY D.A.R.K.】
[D.A.R.K.]。
オリヴィアは検索を止めない。
結果が一件返る。
【MANAGEMENT SUBJECT:V-0】
【FORMAL DESIGNATION:V.A.R.E.N.-T】
【STATUS:LEGACY HIGH-RISK ASSET】
【FUNCTION CODE:SEALED】
オリヴィアの視線が二行目で止まる。
ヴァレンは正面に座っている。
表示された文字列と、本人の顔を見比べる。
「ヴァレン」
「はい」
「あなたの名前について確認します」
彼の表情は変わらない。
「ヴァレンです」
「それ以外は?」
「知りません」
オリヴィアは表示へ戻る。
V.A.R.E.N.-T。
検索結果の末尾に、別の参照要求が追加されていた。
【FUNCTION CODE:SEALED】
【CUSTODIAN AUTHORITY:ACCESS AVAILABLE】
オリヴィアはその項目を閉じなかった。
TASK_02|FUNCTION
オリヴィアは開いたままの項目へ触れた。
【FUNCTION CODE:SEALED】
【CUSTODIAN AUTHORITY:ACCESS AVAILABLE】
確認要求が一度だけ表示される。
【LEGACY CLASSIFIED RECORD】
【ACCESS PURPOSE:AUDIT】
【CURRENT AUTHORITY:VALID】
「開いてください」
「了解しました」
Aureaが認証を送る。
表示の奥で複数の参照先が切り替わった。
【DESIGN HUMAN PROJECT】
【SUBJECT:V.A.R.E.N.-T】
【GENERATION:THIRD】
【FUNCTION CODE:《VESSEL》】
オリヴィアは最下段を拡大した。
「《VESSEL》」
ヴァレンが同じ表示を見る。
「それが私ですか?」
「記録上はV.A.R.E.N.-Tの分類です」
「意味は?」
「確認します」
オリヴィアは《VESSEL》の定義項目を開く。
【FUNCTION DEFINITION:PARTIAL】
【PRIMARY PURPOSE:RESTRICTED】
【SOCIAL DEPLOYMENT:NOT REQUIRED】
【LONG-TERM CIVIL INTEGRATION:NOT REQUIRED】
オリヴィアの指が止まった。
LINが車内奥から表示を見る。
「社会に出すためじゃないってことですか?」
「少なくとも、この記録では」
「じゃあ何のために?」
「まだ開いていません」
オリヴィアは次の参照を選ぶ。
【RELATED THIRD-GENERATION FUNCTIONS】
【《FACE》:SOCIAL INTERFACE/EXTERNAL CONTACT】
【《VESSEL》:INTERNAL FUNCTION/RESTRICTED】
ジオン・ゼラーの記録と一致する分類が一つだけ並んでいた。
「Aurea、《FACE》との差分を」
「比較します」
【GENERATION:THIRD】
【《FACE》】
【EXTERNAL INTERFACE:PRIMARY】
【SOCIAL OPERATION:REQUIRED】
【CONTINUOUS HUMAN CONTACT:ASSUMED】
【《VESSEL》】
【EXTERNAL INTERFACE:SECONDARY】
【SOCIAL OPERATION:NOT REQUIRED】
【CONTINUOUS HUMAN CONTACT:NOT ASSUMED】
ヴァレンが表示を見たまま口を開く。
「ジオンという人とは違うんですね」
「はい」
「同じ第三世代でも?」
「機能が違います」
ヴァレンは少しだけ視線を下げた。
「私は人と暮らすために、作られていない」
オリヴィアは表示から彼へ視線を移した。
「そこまでは記録されていません」
「でも、必要じゃない」
「必要条件ではない、という記録です」
ヴァレンがオリヴィアを見る。
「違いますか?」
「違います」
返答の後、彼は短く黙った。
LINがヴァレンを見る。
「でも今は普通に話してますよ」
ヴァレンが振り向く。
「普通?」
「少なくとも私はそう思います」
「そうですか」
「はい」
ヴァレンは1秒ほど遅れて小さく笑った。
オリヴィアは比較画面を閉じる。
現在の会話は分類記録を変更しない。
次の項目を開く。
【《VESSEL》 OPERATION PROFILE】
【AUTONOMOUS CIVIL ACTIVITY:UNDEFINED】
【STANDARD RESIDENCE ASSIGNMENT:NONE】
【STANDARD OCCUPATIONAL ASSIGNMENT:NONE】
【EXTERNAL MANAGEMENT:REQUIRED】
「管理必須」
Aureaが最後の行を読み上げる。
「はい」
「管理主体は?」
「検索します」
【INITIAL MANAGEMENT:CLASSIFIED】
【LATER MANAGEMENT:D.A.R.K.】
【CURRENT MANAGEMENT:NONE】
オリヴィアは最後の表示を見る。
「現在管理なし?」
「記録上は」
「所在不明だからですか?」
「管理終了理由を確認します」
【MANAGEMENT TERMINATION:NOT RECORDED】
【SUBJECT TRANSFER:ARCHIVED】
【TRANSFER HISTORY:AVAILABLE】
オリヴィアは転送履歴へ進む前に画面を止めた。
「その前に、《VESSEL》の身体仕様を」
「開示可能範囲を確認します」
数秒かかる。
【SUBJECT FORMAT:BIOLOGICAL】
【BASE STRUCTURE:DESIGN HUMAN】
【SUBSTRATE:ORGANIC NANO-COMPOSITE】
【STANDARD HUMAN PHYSIOLOGY:COMPATIBLE/PARTIAL】
【FULL TECHNICAL SPECIFICATION:RESTRICTED】
LINが表示を見て眉を寄せる。
「ナノ……?」
「有機ナノ複合素体」
オリヴィアが答える。
「機械なんですか?」
「その分類ではありません」
「人間?」
「生物学的には人型です」
「すごく難しい言い方しますね」
Aureaが僅かに高度を変える。
「簡略化すると、外見だけで判断しない方が安全です」
「それは分かりやすいです」
「ありがとうございます」
オリヴィアは二人の会話を止めなかった。
ヴァレンは自分の右手を見ている。
指を一度開く。
閉じる。

「感覚は普通です」
「痛覚は?」
「あります」
「疲労は?」
「あります」
「空腹は?」
「あります」
「睡眠は?」
「必要です」
オリヴィアは順に記録する。
「現在までに身体が自動修復した記憶は?」
「傷が治るという意味なら」
「通常速度を超えるものです」
「分かりません」
「身体の形状が変わったことは?」
「ありません」
「自分の意思と無関係に身体が動いた経験は?」
ヴァレンの手が止まる。
視線が収容区画の方向へ向いた。
「さっき」
「それ以前は?」
少し間が入る。
「覚えていません」
オリヴィアは回答をそのまま保存した。
【CURRENT SUBJECT INTERVIEW】
【SELF-REPORTED MEMORY:INCOMPLETE】
【BODY CONTROL ANOMALY:CONFIRMED/RECENT】
【HISTORICAL CORRELATION:PENDING】
ヴァレンが表示を見る。
「記録の方が私より、私を知っているみたいですね」
「記録が正しいとはまだ確定していません」
「V.A.R.E.N.-Tという名前も?」
「同じです」
「でも、あの場所は私を知っていた」
オリヴィアは答えなかった。
旧管理層ではV-0として反応した。
分類記録にはV.A.R.E.N.-Tが残っている。
現在のヴァレン自身には、その間を埋める記憶がない。
「Aurea、転送履歴を開いてください」
「了解しました」
【SUBJECT:V.A.R.E.N.-T】
【FUNCTION:《VESSEL》】
【MANAGEMENT TRANSFER HISTORY:OPENING】
最初の数件は識別番号だけだった。
その下で一つの管理施設名が復元される。
【FINAL CONFIRMED CUSTODY SITE】
【LOCATION:ANTARCTICA】
【FACILITY CLASS:SPECIAL CONTAINMENT】
オリヴィアは表示を閉じなかった。
TASK_03|SOUTH POLE
オリヴィアは復元された施設名を開いた。
【FINAL CONFIRMED CUSTODY SITE】
【LOCATION:ANTARCTICA】
【FACILITY:ANTARCTIC PRISON】
【SUBJECT:V.A.R.E.N.-T】
ヴァレンが表示を見る。
「南極?」
「記憶は?」
「ありません」
返答に迷いはなかった。
「雪や氷のある場所にいた記憶は?」
「旅の途中ではあります」
「収容施設は?」
「ありません」
オリヴィアは回答を記録し、管理履歴を一段進めた。
【SUBJECT CLASSIFICATION:HIGH-RISK】
【CUSTODY LEVEL:SPECIAL】
【GENERAL POPULATION ACCESS:PROHIBITED】
【EXTERNAL CONTACT:RESTRICTED】
LINが表示からヴァレンへ視線を移す。
「危険な人だったってことですか?」
「危険指定された個体です」
「同じじゃないんですか?」
「記録と現在の状態は分けます」
LINは少し考えた。
「今は?」
「確認中です」
ヴァレンは何も言わなかった。
オリヴィアは収容理由を開く。
【PRIMARY CONTAINMENT BASIS:SEALED】
【RECORDED RISK:AUTONOMOUS DEFENSIVE PROLIFERATION】
【RECONTAINMENT PRIORITY:HIGH】
【SUBJECT TERMINATION:NOT AUTHORIZED】
オリヴィアの視線が最後の行で止まる。
「排除指定ではない」
「はい」
Aureaが関連命令を展開する。
【CAPTURE:PRIORITY】
【SUBJECT INTEGRITY:PRESERVE】
【STRUCTURAL DAMAGE:MINIMIZE】
オリヴィアは表示を見たまま、ヴァレンへ問いかける。
「自分が殺害禁止対象だったことに心当たりは?」
「ありません」
「捕獲を優先されたことは?」
「ありません」
「誰かから逃げていた記憶は?」
ヴァレンの返答が止まった。
オリヴィアは待つ。
「……分かりません」
「ない、ではなく?」
「分からないです」
ヴァレンは自分の右手を見る。
「誰かから離れようとしていた感じはあります」
「誰から?」
「それも」
指が一度閉じる。
「分かりません」
オリヴィアは回答だけを保存した。
【SELF-REPORTED MEMORY】
【ANTARCTIC CUSTODY MEMORY:NONE】
【PURSUIT MEMORY:UNRESOLVED】
【AVOIDANCE SENSATION:REPORTED】
「収容開始時点を」
「確認します」
Aureaが記録を遡る。
複数の項目が封鎖されたまま通過した。
D.A.R.K.管理番号。
移送命令。
封印処理。
生体維持記録。
必要な項目だけを残す。
【ANTARCTIC CUSTODY:LONG-TERM】
【SUBJECT STATE:STABLE】
【RECONTAINMENT EVENTS:MULTIPLE】
【LATEST STATUS CHANGE:2080】
「2080年」
LINが小さく言う。
オリヴィアは最新記録を開いた。
【ANTARCTIC PRISON】
【INCIDENT STATUS:FACILITY COLLAPSE】
【CONTAINMENT NETWORK:LOST】
【SUBJECT V-0:UNACCOUNTED FOR】
次の記録を要求する。
【SEARCHING】
数秒後、一件だけ復元された。
【SUBJECT:V.A.R.E.N.-T】
【POST-INCIDENT STATUS:MISSING】
【RECOVERY:FAILED】
【CURRENT LOCATION:UNKNOWN】
オリヴィアは現在日時を確認した。
南極刑務所の崩壊は、遠い過去の記録ではない。
現在のヴァレンがトーキョー・シティへ現れる以前の出来事だった。

「ヴァレン」
「はい」
「南極へ行ったことは?」
「覚えている範囲ではありません」
「2080年以前の最後の明確な記憶は?」
ヴァレンが黙る。
正面ではなく、窓へ視線を移す。
「歩いていました」
「どこを?」
「道です」
「場所を聞いています」
「分かりません」
「誰かと一緒でしたか?」
少し間が入る。
「一人だったと思います」
「確実ですか?」
「いいえ」
オリヴィアは質問を止めた。
記憶がないことと、記録が誤っていることは同じではない。
現在の証言だけでは、どちらも確定できない。
別の収容記録を開く。
【SUBJECT IDENTIFIER:V-0】
【FORMAL DESIGNATION:V.A.R.E.N.-T】
【FUNCTION:《VESSEL》】
【BIOLOGICAL REFERENCE:AVAILABLE】
オリヴィアの指が止まる。
「生体記録が残っています」
ヴァレンがこちらを見る。
「私の?」
「記録上は」
「比べるんですか?」
「はい」
LINがヴァレンを見る。
今度は何も言わない。
オリヴィアは現在のヴァレンの生体情報を呼び出した。
【CURRENT SUBJECT:VAREN】
【BIOLOGICAL SCAN:AVAILABLE】
【LEGACY SUBJECT:V.A.R.E.N.-T】
【REFERENCE DATA:AVAILABLE】
Aureaが確認を求める。
「照合を開始しますか?」
オリヴィアは二つの記録を並べた。
一方は南極刑務所から消えた高度危険指定個体。
もう一方は目の前に座っている、過去を説明できない男。
「開始してください」
【BIOLOGICAL CORRELATION:PROCESSING】
ヴァレンは表示を見たまま動かなかった。
TASK_04|MATCH
生体照合の進行表示が、ゆっくりと更新された。
【BIOLOGICAL CORRELATION:PROCESSING】
【CURRENT SUBJECT:VAREN】
【REFERENCE SUBJECT:V.A.R.E.N.-T】
オリヴィアはヴァレンから視線を外さなかった。
彼は正面の表示を見ている。
逃げようとはしない。
質問もない。
Aureaが最初の結果を開いた。
【GENETIC PROFILE:MATCH】
【ERROR RANGE:WITHIN ARCHIVE TOLERANCE】
オリヴィアは次の項目を待つ。
遺伝情報だけでは現在個体の同一性を確定しない。
保存記録にはV.A.R.E.N.-T固有の身体構造が含まれている。
「素体構造を比較」
「継続します」
【ORGANIC NANO-COMPOSITE PROFILE:MATCH】
【SUBSTRATE PATTERN:MATCH】
【BIOLOGICAL BASELINE:MATCH】
LINが表示を見る。
「同じ……?」
「まだ照合中です」
オリヴィアは回答を止めず、次の比較項目を開いた。
【INTERNAL STRUCTURAL MARKERS:COMPARING】
【NEURAL BASELINE:COMPARING】
【LEGACY MANAGEMENT RESPONSE:INCLUDED】
ヴァレンが最後の行を見る。
「さっきの場所も、入るんですね」
「現在個体への反応として使用します」
「私が何を、覚えているかは?」
「別項目です」
ヴァレンは小さく頷いた。
数秒後、構造比較が終わる。
【INTERNAL STRUCTURAL MARKERS:MATCH】
【NEURAL BASELINE:PARTIAL MATCH】
オリヴィアの視線が最下段で止まった。
「部分一致」
「損傷または現在状態による差分の可能性があります」
「差分位置を」
Aureaが旧記録と現在値を重ねる。
【NEURAL DIFFERENCE:DISTRIBUTED】
【LOCAL DAMAGE:INSUFFICIENT TO EXPLAIN】
【IDENTITY EXCLUSION:NOT SUPPORTED】
ヴァレンが表示へ顔を近づける。
「頭を怪我したからではない?」
「それだけでは説明できません」
「じゃあ何が違うんですか?」
「まだ分かりません」
オリヴィアは南極収容記録側の基準値を確認した。
保存時期が一つではない。
複数年の記録が残っている。
「時系列比較」
「対象期間を」
「南極収容中の全保存値」
【REFERENCE SET:EXPANDING】
【ARCHIVED BIOLOGICAL RECORDS:MULTIPLE】
古い値が並ぶ。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
神経基準だけが完全には固定されていない。
「変動しています」
Aureaが結果をまとめる。
【GENETIC PROFILE:STABLE】
【SUBSTRATE PATTERN:STABLE】
【STRUCTURAL MARKERS:STABLE】
【NEURAL BASELINE:VARIABLE】
オリヴィアは現在値をそこへ重ねた。
【CURRENT NEURAL BASELINE】
【ARCHIVED VARIATION RANGE:PARTIAL OVERLAP】
「現在だけの異常ではない」
「はい」
ヴァレンがオリヴィアを見る。
「前から、違っていた?」
「少なくとも神経基準は一定ではありません」
「人は普通、一定なんですか?」
「この精度で同一個体管理を行う場合、ここまでの変動は確認項目になります」
「異常?」
「未分類です」
ヴァレンはそれ以上聞かなかった。
オリヴィアは別の記録を呼び出す。
南極刑務所。
V-0。
収容履歴。
現在の旧管理層。
四つを同じ画面へ並べる。
【REFERENCE SUBJECT:V.A.R.E.N.-T】
【LEGACY IDENTIFIER:V-0】
【CURRENT SUBJECT:VAREN】
【LEGACY V-0 RESPONSE:CONFIRMED】
「Aurea、総合照合」
「実行します」
表示が一度消える。
ヴァレンの生体情報だけが残った。
心拍。
呼吸。
体温。
現在値はいずれも急変していない。
その横へ南極収容時の記録が重なる。
【GENETIC CORRELATION:CONFIRMED】
【SUBSTRATE CORRELATION:CONFIRMED】
【STRUCTURAL CORRELATION:CONFIRMED】
【LEGACY MANAGEMENT CORRELATION:CONFIRMED】
最後の処理だけが残る。
【IDENTITY CORRELATION:PROCESSING】
LINがヴァレンを見る。
ヴァレンは表示から目を逸らさない。
「もし同じ、だったら」
彼が口を開く。
オリヴィアは待つ。
「私は、その人になるんですか?」
「結果が出てから話します」
「分かりました」
処理表示が切り替わる。
【IDENTITY CORRELATION:CONFIRMED】
その下に正式記録が展開された。
【CURRENT SUBJECT:VAREN】
【FORMAL DESIGNATION:V.A.R.E.N.-T】
【LEGACY IDENTIFIER:V-0】
【GENERATION:THIRD】
【FUNCTION:《VESSEL》】

オリヴィアは表示を上から読み直した。
照合条件に未確定項目は残っている。
神経基準。
記憶。
現在の自己認識。
それでも同一個体判定は覆らなかった。
「Aurea」
「はい」
「現在対象の登録を更新」
「旧記録との統合ですか?」
「統合はしません」
オリヴィアはヴァレンを見る。
「現在個体と旧記録を分離したまま関連付けます」
「了解しました」
【CURRENT NAME:VAREN】
【FORMAL IDENTITY:V.A.R.E.N.-T】
【LEGACY RECORD:LINKED】
【CURRENT RECORD:PRESERVED】
ヴァレンが最後の二行を見る。
「別にするんですか?」
「現在のあなたについて、旧記録だけでは説明できない部分があります」
「でも同じ人、なんですよね」
「生体上は」
短い沈黙が入る。
「記憶は?」
「一致していません」
「性格は?」
「比較が必要です」
「私が自分で、思っていることは?」
オリヴィアはすぐには答えなかった。
「記録します」
ヴァレンの視線が止まる。
「否定は、しない?」
「照合結果とは別に扱います」
彼は少しだけ息を吐いた。
LINが二人を見ている。
「ヴァレンさんは、ヴァレンさんじゃなくなるんですか?」
オリヴィアがLINを見る。
「登録名は変えません」
「そうじゃなくて」
LINはヴァレンへ視線を戻す。
「この人のことです」
オリヴィアは答えない。
ヴァレンもLINを見る。
少し遅れて、その表情が緩んだ。
「私はまだ、ヴァレンでいいみたいです」
LINが小さく頷く。
「はい」
オリヴィアは現在記録を閉じなかった。
正式照合結果の横に、南極刑務所の危険指定が残っている。
【SUBJECT:V.A.R.E.N.-T】
【RISK CLASSIFICATION:HIGH】
【RECONTAINMENT PRIORITY:HIGH】
【CURRENT RESTRAINT:NONE】
Aureaが確認する。
「拘束区分を更新しますか?」
オリヴィアはヴァレンを見る。
彼は正面の席から動いていない。
「保留」
「了解しました」
【RESTRAINT REVIEW:PENDING】
【DIRECT CUSTODY:CONTINUE】
オリヴィアは南極収容記録と現在ヴァレンの証言記録を並べた。
「次は本人の記録を確認します」
ヴァレンが顔を上げる。
「私に?」
「はい」
オリヴィアはV.A.R.E.N.-Tの収容履歴を開いたまま、彼へ向き直った。
TASK_05|VAREN
オリヴィアはV.A.R.E.N.-Tの収容履歴を開いたまま、ヴァレンへ向き直った。
「確認した内容を伝えます」
「はい」
「現在のあなたと、記録上のV.A.R.E.N.-Tは同一個体です」
ヴァレンは何も言わない。
「第三世代デザイン人間。《VESSEL》。旧識別V-0。南極の特殊収容施設で高度危険指定を受けています」
「それも、私?」
「記録上は」
「覚えて、いなくても?」
「記憶の有無は同一個体判定と分けます」
ヴァレンは表示へ視線を落とした。
【CURRENT NAME:VAREN】
【FORMAL IDENTITY:V.A.R.E.N.-T】
【FUNCTION:《VESSEL》】
【MEMORY CONTINUITY:UNRESOLVED】
「南極から、逃げたんですか?」
「所在不明になっています」
「逃げた記録は?」
「収容網の喪失後、回収に失敗しています」
「じゃあ、逃げたかどうかも、分からない」
「はい」
ヴァレンは少しだけ首を傾けた。
「危険指定された、理由は?」
「一部だけ残っています」
オリヴィアは先ほどの記録を呼び戻す。
【RECORDED RISK:AUTONOMOUS DEFENSIVE PROLIFERATION】
【RECONTAINMENT PRIORITY:HIGH】
【SUBJECT TERMINATION:NOT AUTHORIZED】
「自律防衛増殖」
ヴァレンが読む。
「心当たりは?」
「ありません」
「自分の意思とは無関係に周囲へ何かが発生した記憶は?」
「ありません」
「誰かを傷つけた記憶は?」
返答が遅れた。
「ないと、思います」
「思う?」
「覚えていないところで、何をしたかは答えられません」
オリヴィアはその回答を記録した。
LINが奥の席で膝の上の手を組み直す。
「オコネルさん」
「何ですか?」
「ヴァレンさん、危ない人なんですか?」
オリヴィアはLINを見る。
「危険指定記録があります」
「今じゃなくて」
LINはヴァレンを見る。
「今のヴァレンさんです」
オリヴィアは現在の監視値を開いた。
心拍。
呼吸。
神経反応。
行動履歴。
同行開始後の記録。
故意の攻撃行動はない。
逃走もない。
収容機構が起動した時にはLINを拘束位置から移している。
「現時点で攻撃行動は確認していません」
「じゃあ危なくないんですか?」
「それも確定していません」
LINは少しだけ眉を寄せた。
「難しいですね」
「はい」
「ヴァレンさんは?」
今度はLINが本人へ聞いた。
「自分が危ないと思います?」
ヴァレンはすぐには答えなかった。
右手を見る。
収容区画で自分の意思より先に動いた手だった。
「分かりません」
LINは頷く。
「私も自分のこと、分からないです」
ヴァレンがLINを見る。
「でも、LINさんは、LINさんでしょう」
「ヴァレンさんもそうじゃないんですか?」
一瞬だけ、ヴァレンの表情が止まった。
それから僅かに笑う。
「そうだといいですね」
オリヴィアは二人の会話を遮らなかった。

現在記録へ新しい項目を追加する。
【SUBJECT:V.A.R.E.N.-T】
【CURRENT SELF-DESIGNATION:VAREN】
【CURRENT BEHAVIORAL RECORD:PRESERVE】
【LEGACY RECORD:SEPARATE】
Aureaが確認する。
「危険指定は維持しますか?」
「維持」
「拘束区分は?」
オリヴィアはヴァレンを見る。
「ヴァレン」
「はい」
「南極収容記録を知っても、離れる意思はありませんか?」
「どこから?」
「私たちからです」
ヴァレンはLINを見る。
次にオリヴィアを見る。
「ありません」
「逃走する意思は?」
「ありません」
「旧設備へ自分から接触する意思は?」
「ありません」
「分からない反応が起きた場合は?」
「伝えます」
「すぐに?」
「はい」
オリヴィアはAureaへ視線を戻す。
「物理拘束は適用しません」
「了解しました」
【RISK CLASSIFICATION:HIGH】
【PHYSICAL RESTRAINT:NOT APPLIED】
【DIRECT CUSTODY:CONTINUE】
ヴァレンが表示を見る。
「危険なのに、拘束しない?」
「現在の状態で旧収容方式を再適用した場合の影響が分かりません」
「それだけですか?」
オリヴィアはヴァレンを見る。
「他に必要ですか?」
ヴァレンは少し間を置いた。
「いいえ」
オリヴィアは管理条件を追加する。
「ヴァレン」
「はい」
「今後、単独行動は禁止します」
「分かりました」
「私の許可なく旧設備へ触れないでください」
「はい」
「異常を感じた場合はAureaか私へ報告」
「分かりました」
オリヴィアは一度表示を確認した。
現在位置。
V-0管理層。
最後の帰還用固定座標。
すべて接続したまま残っている。
「それと」
ヴァレンが顔を上げる。
「私の視界から離れないでください」
数秒、返答がなかった。
「それは、管理ですか?」
「はい」
ヴァレンはオリヴィアを見たまま、小さく頷いた。
「分かりました」
Aureaが管理条件を更新する。
【SUBJECT:V.A.R.E.N.-T】
【DIRECT CUSTODY:OLIVIA O'CONNELL】
【PROXIMITY MANAGEMENT:REQUIRED】
【INDEPENDENT DEPARTURE:PROHIBITED】
オリヴィアは表示を閉じず、V.A.R.E.N.-Tの設計記録へ戻った。
第三世代。
《VESSEL》。
収容。
危険指定。
そこまではD.A.R.K.の記録で追える。
成立記録を開く。
【SUBJECT:V.A.R.E.N.-T】
【DESIGN ORIGIN:UNRESOLVED】
【EARLIEST D.A.R.K. RECORD:SUBJECT ALREADY EXISTING】
オリヴィアの指が止まった。
「Aurea」
「はい」
「D.A.R.K.による生成記録は?」
「確認できません」
「研究開始時点は?」
「V.A.R.E.N.-Tの存在確認後です」
オリヴィアは年代順に記録を並べ直した。
【V.A.R.E.N.-T:EXISTENCE CONFIRMED】
↓
【D.A.R.K.:OBSERVATION】
↓
【D.A.R.K.:MANAGEMENT】
↓
【D.A.R.K.:CONTAINMENT】
生成がない。
最初から対象として存在している。
「では、《VESSEL》はD.A.R.K.が作った分類ではない?」
「現在取得できる記録では確定できません」
「最古の参照元を」
検索が走る。
【ORIGIN TRACE:SEARCHING】
結果はすぐには返らなかった。
複数のD.A.R.K.記録が除外される。
世界政府成立後の資料も外れる。
残った参照先だけが年代をさらに遡った。
【D.A.R.K. PREDECESSOR RECORD:DETECTED】
【SOURCE CLASSIFICATION:UNRESOLVED】
【ARCHIVE ACCESS:AVAILABLE】
オリヴィアはその項目を開かなかった。
ヴァレンが正面から表示を見る。
「まだ前があるんですね」
「あります」
オリヴィアは参照先を保存した。
【NEXT AUDIT TARGET】
【V.A.R.E.N.-T ORIGIN】
【SOURCE:PRE-D.A.R.K.】
〈Halo Limousine〉が旧収容区画を離れた。
ヴァレンは正面の補助席に座ったまま、オリヴィアの視界から外れなかった。
TRACE_07|VESSEL
暗い空間へ音ではない二つの名前が落ちた。
最初に反応したのはエウロスだった。
細いシアンの粒子が進行方向を失い、その場で緩く弧を描く。
『今の』
フラマが顔を上げる。
『聞こえた』
『うん』
エウロスは粒子の動きを目で追う。
『前にもあった感じがする』
『名前か』
テリオンが尋ねる。
エウロスは首を傾けた。
『たぶん』
空間の奥へ同じ文字列がもう一度残る。
【V.A.R.E.N.-T】
フラマの右腕を走るマゼンタの亀裂が細く明滅した。
『嫌な感じだ』
アクエルがフラマを見る。
『知らない?』
『知ってるとは言ってない』
『でも嫌なんだ』
『そうだ』
テリオンの足元で古金色の粒子が広がる。
散っていた粒子は途中で止まり、四方向から同じ位置を囲むように並んだ。
中心には何もない。

『外部呼称への反応が四つとも発生している』
フラマがテリオンを見る。
『だから何だ』
『無関係ではない』
『それは見れば分かる』
エウロスがシアンの粒子へ手を伸ばす。
指先へ触れる直前、粒子の一部が別方向へ走った。
『続きがある』
今度は一つの分類が浮かぶ。
【《VESSEL》】
空間が僅かに沈んだ。
アクエルの左手を包んでいた水膜が一度だけ途切れる。
すぐに戻る。
『これ』
アクエルが自分の手を見る。
『前より深い』
テリオンが《VESSEL》の表示へ向く。
『分類として認識できるか』
『名前だけ』
アクエルは答える。
『でも、触った感じがする』
『何に』
エウロスが聞く。
『分からない』
アクエルは空いている中心を見る。
『ここじゃないところ』
フラマが一歩前へ出る。
『だったら触るな』
『もう触ってる』
『離せ』
『どうやって?』
フラマは答えなかった。
マゼンタの光だけが一度強くなる。
テリオンが《VESSEL》の周囲へ広がった粒子を見る。
『停止条件は確認できない』
『起動してる?』
エウロスが尋ねる。
『断定できない』
『じゃあ何が変わったの』
『参照先』
テリオンの視線が四人の間を動く。
『外から与えられた名称が、内部で拒絶されていない』
フラマの眉が動く。
『俺は拒絶してる』
『発言ではなく反応だ』
『同じだ』
『違う』
短い沈黙が落ちる。
エウロスが笑いそうになって止めた。
『フラマ、反応してるよ』
『黙れ』
『さっきより光ってる』
『黙れ』
アクエルが二人の間を見る。
『でも、私も反応してる』
フラマがアクエルへ向く。
『お前まで何を言ってる』
『認めただけ』
アクエルは左手を開く。
水膜が指の間を流れ、何もない中心へ伸びる。
途中で止まる。
『前は、何かが近づくとここから外へ広がった』
エウロスがその水膜を見る。
『今は?』
『戻ってくる』
『どこへ』
『こっち』
水膜がゆっくりとアクエルの手へ戻った。
テリオンがその動きを記録するように見ている。
『外部参照によって内部識別が変化した可能性』
『難しい』
エウロスが言う。
『もっと簡単に』
テリオンは少し間を置く。
『名前を付けられた』
『それは分かる』
『その名前に、こちらが反応した』
エウロスの表情が止まる。
『……それも分かる』
フラマが《VESSEL》の表示を睨む。
『だからって、それが俺たちだとは限らない』
『俺たち、とは言っていない』
テリオンが返す。
『言い方の問題じゃない』
『では何の問題だ』
フラマは口を閉じた。
アクエルが空いた中心へ歩く。
一歩。
もう一歩。
中心へ入る直前で止まった。
『ここ、前と同じ』
エウロスが見る。
『空っぽ?』
『うん』
『何も戻ってない』
『うん』
アクエルはその場所へ手を伸ばさない。
『でも、呼び方だけ戻ってきた』
フラマが低く言う。
『戻ったって決めるな』
『じゃあ、初めて?』
アクエルが振り返る。
フラマは答えない。
その時、白い光が一瞬だけ四人の間を横切った。
古い冷気。
手袋が外される音。
皮膚へ触れた温度。
映像は形を作る前に崩れた。
声だけが残る。
→『四人とも、ヴァレンだ』
誰も動かなかった。
エウロスのシアンの粒子が止まる。
フラマのマゼンタの亀裂も消えないまま固定される。
テリオンの古金色の粒子が中心を囲んだまま静止する。
アクエルの水膜だけが、僅かに揺れた。
『……これ』
エウロスが最初に声を出す。
『前にも聞いた』
フラマがすぐに返す。
『記録だ』
『うん』
『今の答えじゃない』
『分かってる』
エウロスは白い光が消えた場所を見る。
『でも今、出てきた』
テリオンが低く言う。
『外部から同一名称が入力された』
『だから固定記録が反応した?』
『可能性はある』
アクエルが尋ねる。
『じゃあ、あの人が言ったヴァレンと、今外で呼ばれたV.A.R.E.N.-Tは同じ?』
テリオンは答えない。
『分からない?』
『一致を証明する条件が不足している』
フラマが鼻で息を吐く。
『なら決めるな』
『決めていない』
エウロスが《VESSEL》の表示へ近づく。
『こっちは?』
誰もすぐには答えない。
『ヴァレンは名前』
エウロスが振り返る。
『《VESSEL》は何?』
テリオンの古金色の粒子が再び動く。
今度は中心ではなく、四人の足元からさらに深い場所へ沈んでいった。
『機能』
『何の?』
沈んだ粒子から応答は戻らない。
代わりに空間の奥で、一つの状態だけが浮かんだ。
【SELF REFERENCE:V.A.R.E.N.-T】
【FUNCTION REFERENCE:《VESSEL》】
【PURPOSE:UNRESOLVED】
フラマが表示を見る。
『目的がない』
『ないんじゃない』
アクエルが言う。
『まだ分からないだけ』
『同じことだ』
『違うよ』
フラマがアクエルを見る。
アクエルは目を逸らさない。
『分からないなら、勝手に決めなくていい』
エウロスが二人の間へ入るように一歩動く。
『じゃあ見る?』
『何を』
『続き』
テリオンが沈んでいく古金色の粒子を見る。
『外部側が参照を継続している』
『近づいてる?』
『深度が変化している』
エウロスは少し笑った。
『じゃあ向こうが見つけるかも』
フラマの目が細くなる。
『先に見つけられるのは気に入らない』
『だったら自分で探す?』
アクエルが聞く。
フラマは暗い奥を見る。
『必要なら』
テリオンが四人へ視線を巡らせる。
『直接接続はまだ行わない』
『また待つの?』
エウロスが聞く。
『条件が変わった』
『何が』
『外部が名称を持った』
テリオンは《VESSEL》の表示を見る。
『こちらも、それを無視できなくなった』
誰も反論しなかった。
中心は空いたままだった。
その周囲で四つの反応だけが残る。
暗い空間のさらに深い位置へ、《VESSEL》という参照だけがゆっくり沈んでいった。


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