第2部『403_FORBIDDEN』INTERRUPT_09|FINAL HUNT

スポンサーリンク
▼オリジナル小説

 後ろで閉じた隔壁の音は、もう聞こえなくなっていた。

 スプロケットたちは、[ネクス・ハウンズ]が閉じなかった一本の通路を走っている。

 前方は暗い。

 追跡音はない。

 それでも五つの反応は消えていなかった。

【HOUND SIGNATURES:05】
【DIRECT PURSUIT:NONE】

「まだいる?」

 アイリーが走りながら聞く。

「うん」

「後ろ?」

「違う」

 スプロケットは意識を広げる。

 右。

 左。

 上。

 さらに前。

「……囲んでる」

 明が振り返る。

「追ってこないんですか?」

「追わなくていいんだと思う」

 マッハラインが前を見た。

「だったら、前にいるってこと?」

「たぶん」

 クロニアスは何も言わない。

 手帳を持ったまま、通路の先を見ている。

 スプロケットも正面へ戻る。

 一本道。

 五人で進める。

 走るしかない。

 通路が終わった。

 その先に広い旧搬送区画が開いている。

 天井は高い。

 上部に整備通路。

 左右に搬送レーン。

 正面に三つの出口。

 スプロケットが足を止めた。

「待って」

 五人が止まる。

 誰もいない。

 そう見えた。

 上部通路の奥で暗い赤色の識別灯が一つ点いた。

 人影が立っている。

 黒い装甲。

 赤い識別線。

 リッジだった。

「あの人」

 明が見る。

「前にもいた」

 スプロケットは覚えている。

 直接追ってこない。

 前へ出て戦うことも少ない。

 それでも、いつも最後に残る男。

 リッジが右手を上げる。

 指を二本。

 右へ。

 次の瞬間、上空で推進音が響いた。

「来る!」

 ハリアーが整備通路から飛び出す。

 可変翼が開く。

 スプロケットたちへは向かわない。

 正面右側の出口へ先回りする。

「右、駄目!」

 マッハラインが左へ身体を向けた。

 ハリアーの短銃身カービンが火を噴く。

 銃口はマッハラインを狙っていない。

 床。

 壁。

 柱。

 白い発泡材が着弾地点から膨張する。

 走れる幅が消える。

「撃ってこない?」

 アイリーが言う。

「場所に撃ってる!」

 スプロケットは叫ぶ。

 続けてワイヤーが飛ぶ。

 上部梁と壁面の間に張られる。

 マッハラインが使おうとした壁走りの線を横切った。

「だったら――」

 マッハラインが身体を沈める。

「待って!」

「大丈夫!」

 踏み込む。

 姿が消える。

 最初の発泡材を飛び越える。

 壁。

 柱。

 次の壁。

 ハリアーは追わない。

 先へ飛ぶ。

 マッハラインが次に足を置く位置へ粘着性の捕獲弾が着弾した。

「うわっ!」

 足を引く。

 勢いを殺す。

 横へ。

 そこへ捕獲網が落ちてくる。

 マッハラインが身体を捻った。

 網の端だけが肩へ触れる。

 転がる。

 即座に立つ。

「マッハライン!」

「平気!」

 ハリアーはさらに前へ出る。

 追いつこうとはしない。

 走り続けた先だけを奪っていく。

 マッハラインが止まった。

「……速さで追ってない」

 スプロケットにも分かった。

 マッハラインがどこへ行くか。

 そこへ先に物を置く。

 リッジが上部から腕を下げた。

 ハリアーが高度を変える。

 右出口から離れた。

 代わりに中央だけが開く。

「中央へ行かせたい」

 スプロケットが言う。

「でも他にないです」

 明が周囲を見る。

 左は発泡材。

 右はワイヤーと粘着剤。

 後方は閉鎖。

「行く」

 アイリーが前へ出る。

 五人が中央へ走る。

 床面を小型無人機が横切った。

 一機。

 四機。

 八機。

 さらに増える。

 攻撃してこない。

 壁面端子。

 旧搬送機。

 照明。

 固定器。

 機械へ次々と取り付いていく。

 切れていた設備が一つずつ起動する。

 桃色の識別灯を持つセッターが、搬送機の陰から現れた。

 片手の制御端末には複数の回線が同時に流れている。

「この人が……」

 スプロケットが足を止める。

 周囲の電子音が一気に増えた。

 バラバラだった設備が繋がっていく。

 監視器。

 隔壁。

 無人機。

 捕獲器。

 旧搬送レーン。

 全部が一つの塊になる。

「スプロケット?」

「繋いでる」

「何を?」

「全部」

 セッターが端末を操作する。

 左右の搬送機が動いた。

 巨大な機材が移動し、通路幅を削る。

「前!」

 アイリーが走る。

 五人が狭くなった中央路へ入る。

 その先。

 黄色い識別線。

 巨大な黒い防盾。

 ドゴが通路の中央へ立っていた。

 重火器はない。

 超重量複合防盾。

 分割式重装甲。

 脚部から接地アンカーが展開される。

 一本。

 二本。

 床へ食い込んだ。

 背部の〈LOAD CORE〉が低く唸る。

 アイリーが止まる。

「また、この人」

「正面を塞ぐ人」

 スプロケットが言う。

 ドゴは動かない。

 五人が近づいても前へ出ない。

 通路中央を保持している。

「私がやる」

 アイリーが前へ出た。

「アイリー」

「ここを抜けないと進めないでしょ」

 拳を握る。

 ドゴも防盾を少し下げた。

 アイリーが走る。

 踏み込み。

 拳。

 防盾へ当たる。

 重い衝突音。

 床まで震えた。

 ドゴの身体は動かない。

 アイリーが跳ね返される。

「っ……!」

 数歩戻る。

 拳を振る。

「硬い……!」

 違う。

 スプロケットは床へ走った振動を感じた。

 衝撃が男の身体だけに入っていない。

 盾。

 腕。

 装甲。

 脚。

 接地アンカー。

 床。

 全部へ流されている。

「あの人、自分だけで受けてない」

 アイリーも床を見る。

「地面?」

「たぶん」

 ドゴが盾を構え直した。

 動くつもりはない。

 アイリーが息を吐く。

「だったら」

 目を閉じた。

 スプロケットには、周囲のノイズが変わったのが分かった。

 電子音ではない。

 人間から出るもの。

 怖い。

 明から。

 それでも進みたい。

 マッハラインから。

 みんな一緒に戻りたい。

 クロニアスから。

 誰も置いていきたくない。

 自分から。

 それらとは別にアイリー自身の闘志が中央にある。

 《ソウルドライブ》。

 周囲の生物が発する感情を取り込む。

 吸収する。

 エネルギーへ変える。

 そのエネルギーを自分自身の肉体へ通す。

 感情の種類で出力も変わる。

 怒りは強い。

 闘志は安定する。

 信頼は身体と心を支える。

 希望は力を長く繋ぐ。

 今、この場所には全部あった。

 アイリーが息を吸う。

 深い。

 ゆっくり吐く。

 髪が僅かに浮いた。

 金。

 橙。

 赤。

 白。

 淡い粒子が身体の周囲へ現れる。

「……借りるね」

「何を?」

 マッハラインが聞く。

「みんなの」

 アイリーの足が床を踏む。

 筋肉が膨れ上がったわけではない。

 立ち方が変わった。

 全身が一本に繋がる。

 ドゴの〈LOAD CORE〉が出力を上げる。

 盾が下がる。

 アンカーがさらに深く床へ入った。

「行く!」

 アイリーが消える。

 拳が盾へ突き刺さった。

 音が一瞬遅れた。

 衝撃。

 超重量複合防盾の表層装甲が割れる。

 犠牲装甲が弾け飛ぶ。

 ドゴの右側アンカーが床ごと引き剥がされた。

 巨体が後ろへ滑る。

 数十センチ。

 さらに。

 床面へ深い亀裂が走った。

「動いた!」

 明が叫ぶ。

 アイリーの拳から血が落ちた。

 肩が震えている。

 呼吸も荒い。

 それでも立っている。

 《ソウルドライブ》のエネルギーに理論上の明確な上限はない。

 限界になるのは力を通すアイリー自身だった。

 筋肉。

 骨。

 神経。

 心臓。

 呼吸。

 今の身体で耐えられる量。

 その境界近くまで使っている。

 アイリーが拳を握り直す。

「もう一回」

 ドゴは壊れた犠牲装甲を切り離した。

 残ったアンカーを再配置する。

 一歩だけ左。

 盾の角度を変える。

 アイリーが踏み込もうとする。

 上部でリッジが動いた。

 彼はドゴを見ない。

 床を見る。

 次に奥の柱。

 最後に緑色の識別灯へ視線を向ける。

 右手を握る。

 プロットが動いた。

 それまで姿が見えなかった。

 上部梁の裏からワイヤーで降りる。

 床へ着地する前に壁面の小さな機械式レバーを引いた。

 電子音はない。

 スプロケットにも接続反応は聞こえない。

「何?」

 床の奥で金属音がした。

 先ほどアイリーの一撃で入った亀裂。

 その左右から固定ピンが外れる。

 床下の支持荷重が変わった。

 同時に二本の拘束ワイヤーが柱間へ展開される。

 アイリーとドゴの間ではない。

 アイリーの後ろ。

 スプロケットたちが立っている床の両脇。

「アイリー、待って!」

 スプロケットが叫ぶ。

 アイリーも気づく。

 もう一発。

 同じ方向へ最大出力を入れる。

 ドゴを突破できるかもしれない。

 その衝撃は、今度は亀裂を越えて後ろへ逃げる。

 支持点を失った床へ。

 四人が立っている場所へ。

 アイリーの周囲で粒子が強くなる。

 拳が引かれる。

 ドゴも盾を構える。

 今度は完全には受けきれない。

 そう見えた。

 アイリーの拳が止まった。

「……最悪」

 奥歯を噛む。

 ドゴを睨む。

 次に緑色の男を見る。

「二人がかりじゃん」

 プロットは答えない。

 ワイヤーの張力を手動で調整する。

 アイリーの拳がゆっくり下がる。

 金、橙、赤、白の粒子も薄くなる。

「ここでは撃てない」

 ドゴは前へ出なかった。

 倒しに来ない。

 そこに立ち続ける。

「別を探す!」

 スプロケットが叫ぶ。

 五人が後退する。

 プロットが床のレバーから手を離す。

 追ってこない。

 彼が変えたのは一か所だけだった。

 それだけで正面が消えた。

 横から無人機が入ってくる。

「また!」

 明が小さな金属片を拾う。

 指先に光が走る。

「どれですか!」

「左の大きいの!」

 スプロケットが指す。

 明が投げる。

 爆発。

 無人機そのものではない。

 無人機が接続した搬送機の駆動部が弾けた。

 横へ動いていた機材が止まる。

「開きました!」

「行く!」

 マッハラインが走る。

 今度は一人で先へ行かない。

 開いた場所まで進む。

 戻る。

「通れる!」

 ハリアーが降下する。

 床へ発泡硬化弾。

 マッハラインの帰路が塞がれる。

「こっち!」

 クロニアスが突然叫んだ。

 別方向を指す。

 マッハラインが考えずに跳ぶ。

 直後、元いた場所へ捕獲網が落ちた。

「見えた?」

「後だけ!」

 クロニアスが走る。

「捕まった後の残響だけが、先に重なった!」

「十分!」

 マッハラインがクロニアスを引く。

 二人が戻る。

 ハリアーが上を取る。

 追わない。

 残された出口を減らす。

 スプロケットは周囲へ意識を広げる。

 五人の位置。

 ハウンズ。

 無人機。

 旧設備。

 まだ繋がっている。

 まだ使える。

「ぼくがやる」

「何を?」

 アイリーが聞く。

「向こうが繋いだもの」

 スプロケットは床へ手をつく。

 《サイバー・リゾナンス》。

 最初に聞こえたのは無人機。

 次に旧搬送機。

 監視器。

 隔壁。

 固定器。

 照明。

 セッターが〈PACKLINK〉でまとめ上げた戦場。

 別々だった機械が一つの系統へ束ねられている。

 スプロケットには、それが一本の大きな音として聞こえた。

「見つけた」

 接続する。

 セッターの端末が反応した。

 一機の無人機が停止する。

 次。

 二機目。

 三機目。

 セッターが即座に回線を切り替える。

 止まった一機を系統から除外。

 別の無人機を中継へ変更。

 切断された経路を別回線で繋ぎ直す。

 スプロケットは追う。

「まだ」

 照明が消える。

 セッターが別系統へ逃がす。

 スプロケットがそこへ触れる。

 右側隔壁が開いた。

「開いた!」

 明が言う。

「行って!」

 アイリーたちが走る。

 セッターの手が止まらない。

 無線回線を落とす。

 無人機が個別制御へ切り替わる。

 スプロケットの意識から大きな網が細かく分裂する。

「切った」

 次の瞬間。

 セッター自身が走った。

「来た!」

 桃色の識別灯が近づく。

 セッターはスプロケットを撃たない。

 壁面設備の前へ滑り込む。

 外装を開く。

 ケーブルを引き出す。

 制御端末から直接差し込む。

 無線ではない。

 有線。

 閉じかけていた隔壁が再び動く。

「そう来るんだ」

 スプロケットも触れる。

 ケーブル。

 その先。

 端末。

 〈PACKLINK〉。

 繋がっている。

 なら聞こえる。

 セッターが顔を上げた。

 スプロケットの視線とぶつかる。

 次の瞬間、セッターの端末表示が乱れた。

 無人機一機が方向を変える。

 スプロケットたちを向いていたセンサーが逆に壁面へ向く。

 隔壁が止まる。

 捕獲固定器が解除される。

 セッターがケーブルを引き抜いた。

 別の差込口。

 繋ぎ直す。

 スプロケットが追う。

 また一つ奪う。

 セッターがさらに回路を切る。

 今度は外装内部へ直接手を入れた。

 物理スイッチ。

 別電源。

 独立制御。

「まだ!」

 スプロケットは深く入る。

 電子信号だけではない。

 古い制御履歴。

 AIの残響。

 機械へ残った命令。

 セッターが作った接続。

 全部が重なる。

 《サイバー・リゾナンス》は単なる侵入ではない。

 繋がっているものへ共鳴する。

 セッターが戦場を一つへ束ねるほど、スプロケットには大きな一つとして聞こえる。

 無人機群の半分が止まった。

 開いていた捕獲網が巻き戻る。

 右側の道が完全に開く。

「行ける!」

 マッハラインが叫ぶ。

「全員、右!」

 五人が走る。

 セッターは端末を叩く。

 反応しない。

 もう一本のケーブルを抜く。

 その先もスプロケットが掴んでいる。

 初めてセッターの動きが止まった。

 その時。

 上部のリッジが片手を水平に上げた。

 拳を閉じる。

 セッターが彼を見る。

 一瞬だけ動かない。

 リッジがもう一度、拳を閉じた。

 セッターが舌打ちするように顔を動かす。

 〈PACKLINK〉の主回線を自分で引き抜いた。

 無人機が一斉に停止する。

 隔壁。

 照明。

 捕獲機。

 搬送機。

 戦場全体から電子音が消えた。

 スプロケットの中にも突然、静寂が来る。

「……切った?」

 セッターは端末を捨てていない。

 ただ繋ぐことをやめた。

 奪われるなら使わない。

 開いた右側通路も停止した。

 開いたまま。

「今!」

 スプロケットが走る。

 リッジが上部通路から降りた。

 落下。

 着地。

 赤い識別灯が目の前まで来る。

「あの人!」

 スプロケットが壁へ手を伸ばす。

 旧端末。

 反応。

 リッジが腰の指揮端末を外した。

 床へ落とす。

 外部通信モジュールを切る。

 赤い表示が一つ消える。

 スプロケットは彼自身の装備へ触れようとする。

 〈HOUND FRAME〉。

 補助骨格。

 装甲。

 まだ電子制御がある。

「そこ!」

 接続。

 リッジの右腕が一瞬だけ止まった。

 補助出力が乱れる。

 スプロケットの目が開く。

「入った!」

 リッジは右肩のクイックリリースを引いた。

 補助モジュールが外れる。

 装甲の一部が床へ落ちる。

 腕の自動補助が消えた。

 それでも本人の腕は動く。

 スプロケットが一歩下がる。

「まだ!」

 床の旧搬送端子へ接続する。

 非常扉が開き始める。

 リッジは扉を見ない。

 スプロケットだけを見る。

「スプロケット!」

 アイリーが戻ろうとする。

 ドゴが動いた。

 短距離加速。

 巨大な盾がアイリーとスプロケットの間へ入る。

「どいて!」

 アイリーの周囲へ再び粒子が集まる。

 プロットが横の手動装置を起動した。

 拘束ワイヤーが床から跳ねる。

 アイリーの足元ではない。

 明とクロニアスの前。

「っ!」

 アイリーが拳を止める。

「また……!」

 ハリアーが上から捕獲網を落とす。

 マッハラインがクロニアスを抱えて避ける。

 着地点。

 そこへ発泡硬化弾。

「うわ!」

 マッハラインが方向を変える。

 クロニアスを置かない。

 速度が落ちる。

 捕獲ワイヤーが脚へ絡む。

「マッハライン!」

「まだ!」

 明が金属片を掴む。

 チャージ。

 投げようとする。

 クロニアスの脚が近い。

 明が角度を変える。

 ワイヤーの固定部へ。

 爆発。

 固定具が一つ外れる。

「外れました!」

 マッハラインが脚を抜く。

 クロニアスを引く。

 その先。

 プロットが張った別の拘束ワイヤーがある。

 電子反応はない。

 スプロケットにも聞こえない。

「止まって!」

 クロニアスが先に止まった。

 マッハラインも急停止する。

 目の前を細いワイヤーが横切っている。

「見えた?」

「また同じ残響だ」

「もうそれでいい!」

 マッハラインが逆へ走る。

 ハリアーがその帰路へ降りる。

 前へ進めない。

 後ろへも戻れない。

 それでもマッハラインは一人で抜ける線へ行かなかった。

 スプロケットは非常扉へ手を伸ばす。

 あと少し。

 リッジが来る。

 拳ではない。

 銃でもない。

 身体ごと間合いへ入る。

 スプロケットが腕を伸ばす。

 指先が端末へ届く前に手首を掴まれた。

「離して!」

 蹴る。

 リッジの脚へ当たる。

 体勢が僅かに崩れる。

 スプロケットは腕を引く。

 抜ける。

 もう一度端末へ。

 リッジが肩を入れた。

 正面からぶつかる。

 スプロケットの身体が床へ倒れる。

「っ!」

 すぐ起きようとする。

 リッジが腕を取る。

 スプロケットは反対の手を床へ伸ばす。

 床下配線。

 近い。

 まだ聞こえる。

 接続。

 非常扉がさらに開く。

 リッジがスプロケットの身体を回した。

 配線から手が離れる。

「やだ!」

 肘。

 膝。

 何でも使う。

 リッジの装甲へ当てる。

 離れない。

 自動補助を落とした腕でスプロケットの両手を床へ押さえる。

「スプロケット!」

 アイリーが叫ぶ。

 《ソウルドライブ》の粒子が爆発的に増える。

 ドゴが盾を構える。

 プロットのワイヤー。

 明。

 クロニアス。

 マッハライン。

 全員が近い。

 アイリーは踏み込めない。

「くそっ……!」

 セッターが走ってくる。

 電子端末はもう使っていない。

 手にはプロットが配置していた拘束ワイヤー。

 リッジがスプロケットを押さえたまま腕をずらす。

 セッターがワイヤーを手動で通す。

 右手。

 左手。

 機械的な固定部が締まった。

 電子接続はない。

 スプロケットは手首を捻る。

 外れない。

「……そんなの」

 周囲へ意識を広げる。

 何もないわけではない。

 機械はある。

 旧設備もある。

 でも手が届かない。

 リッジが身体を起こす。

 スプロケットから離れない。

 その視線だけが周囲へ動く。

 アイリー。

 明。

 クロニアス。

 マッハライン。

 次に四人のハウンズ。

 リッジが二本の指を下へ向けた。

 ハリアーが高度を落とす。

 マッハラインが一度だけ走った。

 ハリアーも動く。

 真正面から追わない。

 左へ発泡硬化弾。

 右へ拘束ワイヤー。

 上へ捕獲網。

 マッハラインに残った線は後ろだけ。

 クロニアスがいる。

 マッハラインはそこへ戻った。

「やっぱり」

 マッハラインが息を切らす。

「そこなんだ」

 ハリアーの捕獲網が今度は二人の後ろへ落ちる。

 マッハラインがクロニアスを押し出す。

 自分が網へ入る。

「マッハライン!」

「行って!」

 クロニアスは走らない。

 マッハラインの腕を掴む。

「置いてかない」

「お前まで捕まるぞ!」

「知ってる」

 ワイヤーが二人をまとめて固定する。

 明が再び金属片を拾う。

 指先へ光。

 プロットが明の前に立つわけではない。

 足元に発泡硬化材を流す。

 明の逃げ道だけを狭める。

 爆発させれば抜けられる。

 その先にはアイリーがいる。

 明は手の中の金属片を見る。

 アイリー。

 床。

 支持柱。

 小さく息を吐いた。

 チャージを止める。

 金属片を落とした。

 発泡材が靴の周囲で硬化する。

 ドゴの前でアイリーだけがまだ立っていた。

 金。

 橙。

 赤。

 白。

 粒子は消えていない。

「最後まで私?」

 返事はない。

 ドゴ。

 プロット。

 二人の配置。

 アイリーは後ろを見る。

 明。

 クロニアス。

 マッハライン。

 床に押さえられたスプロケット。

 全員いる。

 アイリーが拳を握る。

 今ならまだ出せる。

 もう一度。

 現在の身体が耐えられる最後の出力。

 ドゴの壊れた盾。

 残ったアンカー。

 プロットが変えた支持構造。

 全部まとめて壊せるかもしれない。

 その先に仲間がいる。

 アイリーの拳が震える。

 粒子が一つずつ消えた。

「……やめる」

 両手を開く。

 ドゴは動かなかった。

 プロットが拘束ワイヤーを伸ばす。

 アイリーは抵抗しない。

 腕。

 腰。

 脚。

 固定される。

 最後の一人が止まった。

 搬送区画から音が消えていく。

 ハリアーの推進器が低出力へ落ちる。

 ドゴの〈LOAD CORE〉が停止する。

 セッターは切断した〈PACKLINK〉を復旧させない。

 プロットは手動罠の固定だけを確認する。

 リッジはスプロケットの前に立った。

 息が少しだけ荒い。

 右肩の補助装備は外れたまま。

 装甲にもスプロケットが蹴った痕が残っている。

 スプロケットは彼を見上げる。

「……全部、分かってたの?」

 リッジは少し間を置く。

「全部ではない」

「嘘」

「お前が接続網を奪うところまでは想定していた」

「じゃあ」

「セッターが維持できなくなるところまでは読めていなかった」

 スプロケットは桃色の識別灯を見る。

 セッターは壊れた接続器を回収している。

「アイリーも?」

 リッジが黄色い装甲を見る。

 ドゴの盾は割れている。

 アンカーも一本失われている。

「固定点をあそこまで動かすとは見ていなかった」

 アイリーが顔を上げる。

「じゃあ、勝てたじゃん」

 リッジはアイリーを見る。

「可能性はあった」

「……何それ」

「だから作戦を変えた」

 スプロケットはリッジを見る。

 最初に立っていた上部通路。

 ハリアーの移動。

 ドゴの固定位置。

 プロットの介入。

 セッターの接続。

 そして最後。

 全部が一つの予定だったわけではない。

 崩れるたびに、この男が次へ繋ぎ直していた。

「ずるい」

 スプロケットが言う。

「五人で一人を捕まえて」

「五人を五人で捕まえた」

 短い返答だった。

 リッジが外部通信を復旧する。

 赤い識別灯が再び点く。

「対象5名」

 スプロケットは四人を見る。

「全員生存」

 アイリー。

 明。

 クロニアス。

 マッハライン。

「捕獲完了」

 全員いる。

 帰還地点は失った。

 逃走経路も失った。

 《ソウルドライブ》も使った。

 小さな爆発も使った。

 マッハラインも走った。

 クロニアスも見た。

 スプロケットも最後まで繋いだ。

 ネクス・ハウンズも最後まで五人だった。

 それでも結果は変わらなかった。

 スプロケットは拘束された両手を見る。

 最後まで誰も置いていかなかった。

 その選択だけは、捕まっても失われていなかった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました