TASK_01|SEPARATION
〈Halo Limousine〉は旧管理層の搬送路を下っていた。
窓外を流れる壁面から、復旧用の白い照明が少しずつ減っている。
オリヴィア・オコネルは移動経路ではなく、正面へ展開した三つの記録を見ていた。
2051年分光移送作戦。
[聖光派]から継承された分離管理記録。
V系対象の旧管理資料。
記録年代も形式も一致していない。
Aureaが三系統を時系列から切り離し、保管位置だけを重ねる。
【CROSS-REFERENCE:03】
【FILTER:CUSTODY LOCATION】
【ANALYSIS:ACTIVE】
複数の地点が浮かぶ。
ローマ・シティ。
トーキョー・シティ。
世界各地の旧保管地点。
途中までは一つだった線が、2051年を境に分かれている。
オリヴィアは分岐点を拡大した。
「分光移送作戦前の状態を固定してください」
「固定します」
地図が止まる。
一か所に複数の対象が集まっていた。
「移送後」
線が四方へ伸びる。
さらに別方向へ一本。
同じ地点に重なるものがなくなった。
「再集合した記録を検索」
「条件を指定してください」
「一時保管を含めます」
Aureaが処理を開始する。
【SEARCH:POST-2051 CO-LOCATION】
【TEMPORARY STORAGE:INCLUDED】
【EMERGENCY TRANSFER:INCLUDED】
「それ」
ヴァレンの声だった。
オリヴィアは表示から目を離す。
正面補助席に座ったヴァレンが、分岐した線を見ていた。

「何ですか?」
「やめた方が、いい気がします」
「検索を?」
「違います」
ヴァレンは自分でも確信できないように画面を見る。
「一緒にすることを」
LINもヴァレンを見る。
「何か思い出したんですか?」
「いいえ」
ヴァレンは首を横へ振る。
「何も」
オリヴィアは彼の生体反応を開く。
「いつからそう感じましたか?」
「今です」
「どの表示を見た時?」
ヴァレンは一本ずつ離れていく線を指す。
「これが」
指先が止まる。
「戻るところを考えた時です」
検索結果が出た。
【POST-2051 CO-LOCATION】
【RESULT:0】
【RECONNECTION:PROHIBITED】
オリヴィアはヴァレンを見る。
彼はまだ結果を見ていなかった。
「ヴァレン」
「はい」
「今の発言を記録します」
「分かりました」
LINが画面へ目を戻す。
「本当に、一度も戻していないんですね」
「確認できる記録上では」
「そんなに、長い間ですか?」
「はい」
オリヴィアは検索範囲をさらに古い年代へ広げる。
別の管理者。
別の書式。
別の保管制度。
同じ命令だけが残る。
【SEPARATE】
【ISOLATE】
【DO NOT RECONNECT】
さらに後年。
【MAINTAIN SEPARATION】
【CO-LOCATION:DENIED】
オリヴィアは〈神の典範〉の記録だけを残した。
【DIVINE CODEX】
【DESTRUCTION RECORD:NONE】
【DISPOSAL RECORD:NONE】
【TRANSFER:PERMITTED】
【ISOLATION:PERMITTED】
「廃棄不能と確定できますか?」
「できません」
「破壊試験は?」
「完全記録が存在しません」
「結果だけ残っているものは?」
Aureaが二件を抽出する。
【PHYSICAL DISPOSAL:UNRESOLVED】
【INFORMATIONAL DISPOSAL:FAILED】
【CUSTODY:CONTINUED】
壊せないとは書かれていない。
壊したとも書かれていない。
残された選択は保管と分離だけだった。
「配置条件で再解析」
「実行します」
V.A.R.E.N.-T。
《VESSEL》。
記律。
四聖具。
〈神の典範〉。
別々に置かれたものが、同じ画面へ戻される。
【COMMON CONDITION】
【CO-LOCATION:RESTRICTED】
【RECONNECTION:PROHIBITED】
【SEPARATION:MAINTAINED】
ヴァレンが僅かに姿勢を変えた。
オリヴィアはその動きを視界の端に残す。
「Aurea」
「はい」
「分離そのものを封印条件として仮登録」
「確定ではなく?」
「仮説です」
【TEMPORARY CLASSIFICATION】
【SEPARATION AS SEAL】
【STATUS:UNCONFIRMED】
通信要求が重なった。
【INCOMING:RIDGE】
【PRIORITY:OPERATIONAL】
[ネクス・ハウンズ]。
「接続してください」
『監査官』
「状況を」
『五人とも入った』
戦術図が開く。
五つの対象反応。
その外側に、五つのハウンド反応。
【TARGET GROUP:05】
【CURRENT AREA:ENCLOSED】
【DIRECT PURSUIT:NONE】
【FINAL INTERCEPTION:STANDBY】
「負傷者は?」
『現在確認なし』
「帰還座標」
『使えない』
追加情報が表示される。
【CURRENT RETURN CANDIDATES:00】
オリヴィアは数秒だけ画面を見る。
五人は一つの区域へ集められている。
その横にはV系対象を一か所へ集めなかった古い配置図が残っている。
「生存回収条件を維持してください」
『了解』
「まだ入らないでください」
『分かってる』
通信が閉じる。
オリヴィアは二つの画面を残したまま〈神の典範〉の現在座標を開く。
【DIVINE CODEX】
【CURRENT LOCATION:TOKYO CITY UNDERGROUND】
【EXACT SECTOR:SEALED】
「2051年の移送記録を現在地図へ重ねてください」
「実行します」
ローマ・シティから伸びた一本の線が、現在のトーキョー・シティへ重なる。
現在都市の地下構造。
再構築以前の基盤。
さらにその下。
旧東京の地下構造が断片的に浮かび上がった。
【LOCATION CORRELATION:92%】
【LEGACY FOUNDATION LAYER:DETECTED】
表示が一度揺れる。
相関値が上がった。
【LOCATION CORRELATION:97%】
【PHYSICAL CUSTODY NODE:DETECTED】
「経路を」
「現行車両経路では途中までです」
「そこまで向かってください」
「了解しました」
〈Halo Limousine〉が次の分岐へ入る。
オリヴィアは古い配置図を閉じた。
分離された線だけが最後まで画面に残った。
TASK_02|DESCENT
〈Halo Limousine〉が止まった。
前方には[世界政府]管理区域の終端ゲートがある。
ゲートの向こうに車道はない。
「車両経路はここまでです」
Aureaが地下構造を表示する。
【VEHICLE ROUTE:END】
【NEXT ACCESS:SERVICE SHAFT】
【TARGET DEPTH DIFFERENCE:184 m】
「184メートルですか?」
LINが表示を見る。
「直下距離です」
「歩く距離はもっと長くなりますよね」
「可能性があります」
「地図は?」
「途中までです」
LINは少しだけ困った顔をした。
「途中まで……」
側面扉が開く。
オリヴィアが降りる。
ヴァレン。
LIN。
最後にAureaが車内から浮上する。
三人と一機がゲート前へ揃った。
オリヴィアが〈A.R.K. Conductor改〉を短縮状態で保持する。
【CUSTODIAN AUTHORIZATION:ACCEPTED】
ゲートが開いた。
その先は、まだ現在の管理区域だった。
白い壁面。
床の誘導光。
等間隔の監視端末。
奥に昇降機がある。
「こちらです」
三人と一機が乗り込む。
扉が閉じた。
下降が始まる。
現在管理層。
復旧基盤層。
表示される設備年代が古くなる。
【CURRENT ADMINISTRATIVE LAYER】
↓
【LEGACY INFRASTRUCTURE】
壁面の白い内装が途切れた。
黒ずんだ金属部材が現れる。
[A.R.K.]系統の識別番号が残っていた。
「ここも使われているんですか?」
LINが壁を見る。
「昇降機の主要部分は更新されています」
「箱だけ昔のものなんですか?」
「一部は」
「それなら、まだ安心しても大丈夫ですか?」
「保守記録上は問題ありません」
LINが小さく息を吐く。
「その言い方だと少し不安です」
ヴァレンが僅かに笑った。
昇降機はさらに下がる。
【A.R.K. LAYER】
↓
【D.A.R.K. LEGACY LAYER】
[D.A.R.K.]。
表示が切り替わった直後、Aureaの照明が一瞬だけ壁を横切った。
光が通り過ぎる。
その後に細い青い線が残った。
オリヴィアの視線が戻る。
「停止」
昇降機が減速した。
「何ですか?」
LINも壁を見る。
線は消えている。
「Aurea」
「確認しています」
【VISIBLE LIGHT SOURCE:NONE】
【REFLECTION SOURCE:NONE】
【RESIDUAL WAVELENGTH:DETECTED】
「あなたの照明では?」
「一致しません」
「設備灯」
「該当なし」
オリヴィアは直前映像を保存する。
「継続してください」
昇降機が再び下がった。
数秒後。
今度は照明の届いていない場所で、古い固定具だけが弱い金色を返した。
Aureaが光を向けた時には通常の金属へ戻っていた。
「今のも記録」
「保存しました」
ヴァレンが固定具を見ている。
「何か感じますか?」
「まだ分かりません」
「まだ?」
ヴァレンは少し考える。
「近づいている気はします」
「何に?」
「それが分かりません」
昇降機が停止した。
【REGISTERED LOWER LEVEL:END】
扉が開く。
照明がない。
Aureaが先へ出る。
白い光が狭い通路を照らした。
「ここから徒歩です」
オリヴィアが先へ進む。
現在の補修材は数メートルで終わった。
新しい配線も途切れる。
換気音も遠ざかった。
壁面は石質へ変わる。
後から加えられた金属補強だけが所々に残っていた。
【CURRENT MAP:NO DATA】
【LEGACY MAP:PARTIAL】
【STRUCTURAL SCAN:ACTIVE】
分岐へ出る。
左。
右。
正面。
正面は崩れていた。
「目的地方向は?」
「左下方です」
オリヴィアが左を見る。
ヴァレンは右を見ていた。
「何ですか?」
「右だと思います」
「目的地から遠ざかります」
「はい」
「根拠は?」
「ありません」
LINがヴァレンを見る。
「また分かるんですか?」
「分かってはいません」
ヴァレンは右側の暗闇から目を離さない。
「でも、そっちです」
オリヴィアは左側を走査する。
【ROUTE-L】
【STRUCTURAL STATUS:PASSABLE】
【TARGET VECTOR:NEAR】
右。
【ROUTE-R】
【STRUCTURAL STATUS:PASSABLE】
【TARGET VECTOR:FARTHER】
「右へ進みます」
「最短ではありません」
Aureaが確認する。
「分かっています」
三人と一機が右へ入る。
通路の奥で、壁の亀裂に赤紫色の光が走った。
短い。
LINが足を止める。
「今、光りましたよね?」
「確認しています」
【OPTICAL EVENT:RECORDED】
【LOCAL POWER SOURCE:NONE】
「さっきと同じですか?」
「波長が異なります」
オリヴィアは赤紫色が消えた壁を見る。
「保存」
「完了しました」
先へ進む。
20メートルほどで行き止まりになった。
「壁ですね」
LINの声に、ヴァレンは答えなかった。
壁の直前まで進む。
右下を見る。
「ここです」
オリヴィアも近づく。
「Aurea」
【SURFACE:STONE COMPOSITE】
【HOLLOW RESPONSE:DETECTED】
「奥に空間があります」
「開閉部」
「検出できません」
オリヴィアが〈A.R.K. Conductor改〉を近づける。
反応はない。
Aureaが照明角度を変える。
石材の一部だけが青灰色の鈍い反射を返した。
「そこ」
オリヴィアが指を当てる。
僅かな段差がある。
押す。
反応しない。
「別の接点があります」
Aureaが壁面上部を照らした。
摩耗した石が一つある。
オリヴィアが押す。
内部から低い音が返った。
壁が数センチ奥へ沈む。
そのまま横へ滑った。
下り階段が現れた。
「地図には?」
「存在しません」
「旧記録にも?」
「ありません」
ヴァレンが階段を見る。
「やっぱり」
「何がですか?」
「こっちでした」
「来た記憶は?」
「ありません」
オリヴィアはヴァレンの表示を残す。
【V.A.R.E.N.-T】
【LEGACY ROUTE RESPONSE:POSITIVE】
【DECLARED MEMORY:NONE】
階段を下りる。
途中から金属補強もなくなった。
石。
暗闇。
三人の足音。
Aureaの駆動音。
それ以外が消えていく。
最後の段を下りた時、Aureaが止まった。
「現在位置の確定精度が低下しています」
【POSITION ERROR:±39 m】
「通信」
「維持しています」
「地上側とのリンク」
「有効です」
「〈神の典範〉」
「直接反応はありません」
オリヴィアは周囲を見る。
三方向に通路が伸びている。
どれも同じだった。
「ヴァレン」
彼はすぐに答えなかった。
左。
右。
正面。
順番に見る。
「下です」
オリヴィアは床を見る。
「Aurea」
【SUBFLOOR VOID:DETECTED】
【DEPTH:8.7 m】
床の中央に円がある。
暗闇では継ぎ目にしか見えない。
照明を斜めから当てる。
円の中心から四方向へ細い溝が伸びていた。
オリヴィアはしゃがむ。
「開閉構造を探してください」
「実行します」
円周上に四つの接点が見つかる。
オリヴィアが最初を押す。
何も起きない。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
最後の接点が沈んだ。
円形床が静かに下降を始める。
Aureaの白い照明が、開いた穴の中へ吸い込まれていった。

TASK_03|CONTINUITY
円形昇降床は8.7メートル下で止まった。
正面に一枚の扉がある。
黒い石材。
中央には細い金属線。
認証端末だけが後から追加されていた。
オリヴィアは扉へ近づく。
「入室対象を確認」
「確認します」
【BIOLOGICAL ENTRY COUNT:02】
オリヴィアは表示から顔を上げた。
自分。
ヴァレン。
LIN。
三人いる。
「再走査」
【BIOLOGICAL ENTRY COUNT:02】
「個別表示」
【OLIVIA O'CONNELL:CONFIRMED】
【V.A.R.E.N.-T:CONFIRMED】
LINがない。
オリヴィアが右を見る。
少女はそこにいる。
ヴァレンもLINのすぐ後ろに立っていた。
「LIN」
「はい」
「動かないでください」
「分かりました」
ヴァレンがLINを見る。
視線に迷いはない。
「Aurea」
「現在映像を再取得します」
【CURRENT VISUAL TARGET:01】
【IDENTITY:UNRESOLVED】
「LINとして照合」
【QUERY:LIN】
【CURRENT TARGET MATCH:INSUFFICIENT】
LINが表示を見る。
「また繋がらなくなったんですか?」
「前より進んでいます」
「私は見えていますよね?」
「はい」
「声も聞こえていますか?」
「聞こえています」
オリヴィアはLINの手首へ触れる。
皮膚温。
脈。
物理的な接触。
何も消えていない。

「ヴァレン」
「はい」
「LINを見失いましたか?」
「いいえ」
「最初から?」
「ずっといます」
LINがヴァレンを見る。
「私に変化はありますか?」
「私には分かりません」
ヴァレンは少しだけ首を傾げる。
「同じLINに見えます」
オリヴィアは直前の昇降床映像を開く。
三人が乗っている。
そこにもLINがいる。
「過去映像と現在個体を接続」
「実行します」
【PAST TARGET:AVAILABLE】
【CURRENT TARGET:AVAILABLE】
【IDENTITY CONTINUITY:FAILED】
「映像にはいるのに」
LINが小さく言う。
「はい」
「同じ人だって分からないんですか?」
「システム側では」
オリヴィアは現在のLINを見る。
「私は現在個体を確認できています」
LINは小さく頷いた。
「扉へ同行者登録」
「過去IDを使用しますか?」
「使用しません」
「登録名称は?」
「LIN」
【TEMPORARY ENTRY SUBJECT】
【NAME:LIN】
【SOURCE:CURRENT OBSERVATION】
登録数が変わる。
【AUTHORIZED ENTRY COUNT:03】
扉が開いた。
オリヴィアが先へ入る。
LIN。
ヴァレン。
Aurea。
三人と一機が通過した。
背後で警告音が鳴る。
【ENTRY COUNT MISMATCH】
【AUTHORIZED:03】
【DETECTED:02】
扉が閉まり始めた。
「停止」
「停止要求を送信します」
反応しない。
開口部が狭くなる。
LINはオリヴィアの目の前にいる。
ヴァレンも隣にいる。
誰も扉の外には残っていない。
オリヴィアが〈A.R.K. Conductor改〉を向ける。
【CUSTODIAN OVERRIDE:ACCEPTED】
扉が止まった。
「現在対象を再保存」
「識別情報が不足しています」
「名前はLIN」
「継続個体として証明できません」
「不要です」
一秒。
「現在個体をLINとして保存してください」
「過去記録との接続条件は?」
「外してください」
Aureaが処理する。
【CURRENT OBSERVATION HOLDER:OLIVIA O'CONNELL】
【SUBJECT NAME:LIN】
【HISTORICAL ID LINK:DISABLED】
LINが表示を見る。
「これなら大丈夫ですか?」
「現在のあなたは維持できます」
「過去の私は?」
「別に残します」
「繋がらないまま?」
「現状では」
LINは少し黙った。
「オコネルさんが私を見失ったらどうなりますか?」
「再確認します」
「どうやってですか?」
「あなたに聞きます」
「私も名前を忘れていたら?」
オリヴィアは答える前に少女を見る。
制服。
今まで同行してきたLIN。
「その時に確認できるあなたを見ます」
LINはしばらくオリヴィアを見ていた。
「……分かりました」
その後ろでヴァレンが何も言わず二人を見ている。
オリヴィアは彼へ視線を移す。
「何ですか?」
「逆だと思って」
「何が?」
「私は調べるほど、昔の名前が増えています」
ヴァレンはLINを見る。
「LINは、今の名前だけになっていく」
LINも彼を見る。
オリヴィアは扉へ向き直る。
「進みます」
停止を解除する。
扉が閉じた。
【ENTRY RECORD】
【OLIVIA O'CONNELL】
【V.A.R.E.N.-T】
【LIN/CURRENT OBSERVATION ONLY】
三人と一機が奥へ進む。
背後の黒い扉は完全に閉じた。
TASK_04|SEAL
通路の終端で、Aureaの光が途切れたように見えた。
実際には消えていない。
光が届く先が急に広がっていた。
オリヴィアは入口で足を止める。
円形の空間。
天井は高い。
壁面には現在設備がほとんど見当たらない。
中央に一つだけ台座がある。
その上に黒い書物が置かれていた。
通常の書籍より大きい。
黒灰色の厚い表紙。
古金色の縁。
四隅の金属装甲。
中央には円環。
円環から四方向へ細い線が伸びている。
「これが……」
LINが声を抑える。
Aureaが走査する。
【OBJECT CORRELATION:99.8%】
【DIVINE CODEX】
「〈神の典範〉です」
ヴァレンが入ってこない。
入口から一歩だけ進んだ場所で止まっている。
「ヴァレン」
「はい」
「異常がありますか?」
「分かりません」
「入れない?」
「違います」
ヴァレンは台座を見ている。
「近づきたいです」
「その場にいてください」
「分かりました」
オリヴィアが中央へ向かう。
一歩。
床面の一部が淡い青を返した。
足を止める。
「Aurea」
「記録しています」
【SPECTRAL EVENT:01】
【LOCAL LIGHT SOURCE:NONE】
消える。
さらに一歩。
今度は別方向の溝に赤紫色が走った。
それも短い。
台座の左側では、古い金属部だけが照明を受ける前から鈍く輝いている。
反対側の壁は黒いまま青灰色の反射を返した。
オリヴィアは一つずつ見る。
「同一現象?」
「波長特性が異なります」
「数は?」
「四種類です」
【SPECTRAL RESPONSE:04】
【SOURCE:UNRESOLVED】
台座を中心に配置が分かれている。
東。
南。
西。
北。
「四方向」
「対称配置です」
オリヴィアはそれ以上分類しなかった。
ヴァレンの生体反応が上がる。
【V.A.R.E.N.-T】
【BASELINE DEVIATION:RISING】
【RESPONSE NODES:04】
オリヴィアは四つという数だけを残す。
「ヴァレン」
「聞こえています」
「何を感じていますか?」
「閉じています」
「〈神の典範〉が?」
ヴァレンは首を横へ振る。
「もっと向こうが」
「向こう?」
「……分かりません」
オリヴィアは台座へ近づいた。
四本の柱が周囲にある。
認証機構はそれぞれ異なる年代に追加された形跡がある。
「通常権限から確認」
「準備できています」
[統律特命局]の監査権限。
【SPECIAL AUDIT AUTHORITY】
【ACCESS:DENIED】
世界政府管理権限。
【WORLD GOVERNMENT AUTHORITY】
【ACCESS:DENIED】
《CUSTODIAN》。
【CUSTODIAN AUTHORITY】
【ACCESS:DENIED】
D.A.R.K.旧認証。
【D.A.R.K. LEGACY AUTHORITY】
【ACCESS:DENIED】
全部拒否された。
LINが台座から少し離れた位置で見る。
「オコネルさんの権限でも開かないんですか?」
「はい」
「それなら、誰が開けるんでしょうか」
オリヴィアは〈神の典範〉中央の円環を見る。
完全な円ではない。
外周の一部だけが欠けている。
手元の〈A.R.K. Conductor改〉を見る。
円環部。
形状は違う。
欠けた位置が近い。
「Aurea」
「照合しています」
【GEOMETRIC CORRELATION:DETECTED】
【LEGACY INTERFACE COMPATIBILITY:POSSIBLE】
オリヴィアはConductorを中央円環へ近づける。

接触する前に反応した。
普段は青白いConductorの円環光が、一度消える。
次に現れた光から色がなくなっていた。
白。
青みもない。
同時にAureaが停止した。
環状外殻の光も白へ変わる。
「Aurea?」
返事がない。
0.4秒。
「……はい」
いつもの青白い光が戻った。
Conductorも同時に戻る。
オリヴィアはすぐにログを開く。
【LEGACY RESPONSE:DETECTED】
【DURATION:0.4 sec】
【SOURCE:UNRESOLVED】
「あなたにも?」
「内部処理の一時停止を確認しました」
「外部介入」
「痕跡なし」
「再現してください」
Conductorを同じ位置へ戻す。
何も起きない。
「もう一度」
変化なし。
「保存」
「完了しました」
その直後、Conductorの画面が切り替わった。
【LEGACY RESPONSE】
【DEVICE:A.R.K. CONDUCTOR MODIFIED】
【SOURCE AUTHORITY:ZEON ZELLER】
オリヴィアの指が止まる。
ジオン・ゼラー。
Aureaも表示を保持している。
「今の0.4秒と関連は?」
「証明できません」
「ジオン由来反応?」
「確定できません」
オリヴィアは白くなった瞬間の記録だけを別保存する。
Conductorをさらに近づける。
【CUSTODY SUCCESSOR:OLIVIA O'CONNELL】
【LEGACY INTERFACE:AVAILABLE】
中央円環の古金色の縁が僅かに動いた。
ヴァレンが息を止める音が聞こえた。
オリヴィアは振り返らない。
「接続だけ送ってください」
「封印解除は実行しません」
「了解しました」
【LEGACY INTERFACE:CONNECTED】
【SEAL CONTROL:AVAILABLE】
【UNSEAL AUTHORIZATION:AVAILABLE】
初めて拒否されなかった。
TASK_05|CHOICE
室内は静かになっていた。
先ほどまで断続的に見えていた色も消えている。
〈神の典範〉も動かない。
ヴァレンも元の位置にいる。
LINはその少し前。
Aureaだけが通常の青白い光を維持していた。

「解除せずに取得できる情報を全て出してください」
「実行します」
【DIVINE CODEX】
【SEAL STATUS:ACTIVE】
【ACCESSIBLE METADATA】
【CUSTODY:VALID】
【TRANSFER:PERMITTED】
【ISOLATION:PERMITTED】
【UNSEAL:AUTHORIZED】
【CONTENT:INACCESSIBLE】
「外部走査」
「遮断されています」
「内部構造」
「取得できません」
「安全条件」
「不明です」
「開放時の影響」
「算定できません」
オリヴィアは選択肢を開く。
【AVAILABLE ACTION】
【HOLD】
【REQUEST UPPER AUTHORITY】
【REQUEST MR.X】
【RETURN TO ANALYSIS】
【UNSEAL】
誰も喋らない。
LINが表示を見る。
「誰かに確認しなくていいんですか?」
「できます」
「それなら、聞かないんですか?」
「聞きません」
LINはそれ以上聞かなかった。
ヴァレンが〈神の典範〉を見る。
「私に聞きますか?」
オリヴィアが彼へ向く。
「開いてほしいですか?」
ヴァレンはすぐには答えない。
「分かりません」
「閉じていてほしい?」
「それも分かりません」
「近づきたい?」
短い沈黙。
「はい」
「理由は?」
「分かりません」
「怖いですか?」
ヴァレンの視線が初めて〈神の典範〉から離れる。
「怖いです」
LINが彼を見る。
オリヴィアはConductorへ戻る。
「Aurea」
「はい」
「今回の監査命令に、〈神の典範〉の開放は含まれていますか?」
「含まれていません」
「開放禁止は?」
「現在有効な[世界政府]命令としては確認できません」
「旧管理命令」
「分離維持および再接続禁止が存在します」
「現在の法的効力」
「確認できません」
「技術的には?」
「封印状態が継続しています」
Aureaが一つ確認を返す。
「上位判断を要求しますか?」
「いいえ」
「外部照会を行いますか?」
「いいえ」
「監査を保留しますか?」
オリヴィアは〈神の典範〉を見る。
「しません」
Conductorを持ち直す。
「外部回線を監査通信以外遮断」
「実行します」
【LOCAL AUDIT MODE:ACTIVE】
【EXTERNAL AUTOMATION:BLOCKED】
【REMOTE UNSEAL COMMAND:BLOCKED】
「解除操作を私の手動入力だけに限定」
【UNSEAL AUTHORITY:LOCAL MANUAL ONLY】
【AUTHORIZED OPERATOR:OLIVIA O'CONNELL】
「室内観測を継続」
「継続します」
「異常発生時は封印復帰」
「復帰不能の場合は?」
「三人を退避させます」
「了解しました」
オリヴィアはLINを見る。
「私の後ろへ」
「はい」
LINが下がる。
「ヴァレン」
「ここにいます」
「その位置を維持してください」
「分かりました」
Aureaへ視線を向ける。
「記録開始」
【DIVINE CODEX AUDIT】
【OPERATOR:OLIVIA O'CONNELL】
【ACTION:UNSEAL】
【RECORDING:ACTIVE】
オリヴィアは中央の円環へConductorを近づけた。
TASK_06|UNSEAL
〈A.R.K. Conductor改〉の円環部が、〈神の典範〉中央の均衡環と重なった。
触れてはいない。
数センチ離れている。
Conductorがゆっくり右へ回転する。
〈神の典範〉の均衡環が逆方向へ動く。
欠けていた部分が一致した。
【LEGACY KEY:ACCEPTED】
【SEAL CONTROL:SYNCHRONIZED】
室内照明が落ちた。
Aureaの光だけが残る。
「外部電力」
「正常です」
オリヴィアが最終入力を開く。
【SEPARATION SEAL:ACTIVE】
【UNSEAL READY】
【EXECUTE UNSEAL?】
【YES/NO】
指を置く。
YES。
【UNSEAL:EXECUTING】
「……来ます」
ヴァレンが言った。
まだ〈神の典範〉は動いていない。
オリヴィアが振り返る。
「何が?」
「分かりません」
ヴァレンが胸元を押さえる。
「でも、来る」
Aureaが生体値を開く。
【V.A.R.E.N.-T RESPONSE:RISING】
【RESPONSE NODES:04】
【STRUCTURAL CHANGE:NONE】
床から音がした。
台座の東側。
淡い青。
すぐに消える。
南側の溝を赤紫色が走る。
西側では古金色の細線が浮く。
北側だけは光らない。
黒い溝の表面が青灰色へ変わる。
【SPECTRAL RESPONSE:04】
【SOURCE:DIVINE CODEX AREA】
ヴァレンの反応値が同時に上がる。
「接続していますか?」
「直接接続は確認できません」
中央の均衡環が回る。
四隅の固定具が外れた。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
【SEAL STATUS:RELEASED】
表紙が僅かに浮いた。
隙間から白金色の光が漏れる。
LINの姿が揺れた。
オリヴィアがそちらを見る。
「LIN」
「はい」
声はある。
姿もある。
Aureaの表示だけが乱れる。
【CURRENT OBSERVATION:――】
【SUBJECT:――】
「現在対象をLINとして維持」
「……処理します」
【SUBJECT:LIN】
【SOURCE:OLIVIA O'CONNELL】
オリヴィアは〈神の典範〉へ戻る。
黒い表紙がゆっくり開いていく。
誰も触れていない。
最初のページが現れる。
何も書かれていない。
白い紙面。

数秒。
一点だけ白金色の光が浮かんだ。
次。
さらに次。
光点が線になる。
線が文字のような形へ変わる。
紙面に印刷されているのではない。
ページの数ミリ上に浮いている。
「文字でしょうか?」
LINが聞く。
「解析してください」
【OPTICAL PATTERN:DETECTED】
【LANGUAGE MATCH:NONE】
【SYMBOLIC STRUCTURE:HIGH】
「既知の記律情報と照合」
Aureaの処理が一瞬止まる。
【RECORD-LAW CORRELATION:POSITIVE】
オリヴィアの視線が固定される。
「一致率」
「通常言語として算出できません」
「構造は?」
「相関があります」
白金文字がページからさらに浮き上がる。
円を作る。
その周囲から細い線が四方向へ伸びた。
ヴァレンが一歩出る。
「ヴァレン」
止まった。
「すみません」
「何が起きましたか?」
ヴァレンは胸元へ手を当てたまま〈神の典範〉を見る。
「足りない」
「何が?」
「ここに」
「あなたに?」
「違います」
少し間がある。
「全部に」
オリヴィアはそのまま記録する。
【SUBJECT:V.A.R.E.N.-T】
【RESPONSE:ACTIVE】
【DIRECT CONNECTION:NONE】
白金文字の一部が向きを変えた。
ヴァレンではない。
オリヴィアでもない。
部屋の外。
もっと遠い場所へ向く。
Aureaが追う。
【EXTERNAL REFERENCE:DETECTED】
【SOURCE:DIVINE CODEX】
【DESTINATION:UNRESOLVED】
「トーキョー・シティ内?」
「判定できません」
「現在ネットワーク上の対象?」
「該当なし」
「記録を保持」
「保持しています」
次のページは動かない。
それでも白金文字だけがページを越えた。
閉じたままの次のページ上へ、新しい光が浮かぶ。
オリヴィアは封印復帰状態を確認する。
【RESEAL:AVAILABLE】
戻せる。
現時点では。
ヴァレンが目を閉じた。
「ヴァレン」
「聞こえています」
「名前を」
目を開く。
「ヴァレンです」
「現在地」
「トーキョー・シティ地下」
「同行者」
オリヴィアを見る。
「オリヴィア」
その後ろ。
「LIN」
LINが小さく息を吐いた。
「意識状態に大きな変化なし」
「同意します」
Aureaが現在状態を保存する。
【DIVINE CODEX】
【SEAL STATUS:RELEASED】
【CONTENT ACCESS:PARTIAL】
【EXTERNAL REFERENCE:ACTIVE】
【V.A.R.E.N.-T】
【RESPONSE:ACTIVE】
【DIRECT CONNECTION:NONE】
【LIN】
【CURRENT OBSERVATION:MAINTAINED】
【HISTORICAL CONTINUITY:UNRESOLVED】
保存完了。
〈神の典範〉は閉じない。
白金文字も消えない。
部屋の四方向には、もう色の光は見えなかった。
ただ中央へ伸びた四本の溝だけが、以前よりはっきり見えていた。
TRACE_09|CONVERGENCE
最初に変わったのは中心ではなかった。
エウロスは外へ伸びていたシアンの粒子が止まるのを見た。
戻ってくる。
中心へ。
空白の直前で止まった。
【DIVINE CODEX:OPEN】
『開いた』
アクエルの声が届く。
黒と青灰の水膜が、中心の外周へ静かに広がっている。
フラマのマゼンタも同じ方向へ伸びていた。
テリオンの古金色の粒子は、空白を囲う位置で動きを止めている。
『一つ目』
エウロスが言う。
フラマが中心を見る。
『オリヴィアか』
『うん』
『自分で開けたな』
テリオンが外部表示を見る。
【KEY-01】
【OLIVIA O'CONNELL】
【STATUS:OPEN】
アクエルが空白へ近づく。
『じゃあ』
手を伸ばす。
届かない。
中心の直前で水膜が止められる。
『まだ駄目』
『当たり前だろ』
フラマが別方向を見る。
そこだけ何もない。
色もない。
一本の経路が暗いまま残っている。
『もう一つがない』
エウロスにも分かっていた。
鍵は二つ。
何を開くためなのか。
開いた後に何が戻るのか。
そこまでは見えない。
それでも、二つ必要だという処理だけは四人とも知っている。
テリオンが暗い経路へ粒子を伸ばす。
途中で止まった。
【KEY-02】
【STATUS:NOT PRESENT】
フラマが言う。
『あいつだろ』
アクエルも同じ方向を見る。
『スプロケット』
表示が変わった。
【KEY-02】
【SPROCKET】
【STATUS:NOT PRESENT】
『どこにいる?』
フラマが聞く。
答えは返らない。
『外』
エウロスが言う。
『それは分かってる』
『ここにはいない』
『だから、どこだ』
テリオンが処理を追う。
『位置参照はない』
『役に立たねえな』
『存在条件は残っている』
フラマがテリオンを見る。
『それで?』
『失われてはいない』
アクエルが少しだけ表情を緩める。
『じゃあ来られる』
『可能性の話だ』
『来られないとは言ってない』
フラマが息を吐く。
『お前ら、そういう言い方好きだな』
エウロスは空白を見る。
一つ目の経路は開いている。
〈神の典範〉へ続く光。
もう一つは暗い。
スプロケット。
二本が中心の手前で並ぶ。
【KEY-01:OPEN】
【KEY-02:ABSENT】
【FULL RECONNECTION:LOCKED】
『二つ揃ったら?』
アクエルが聞く。
誰も答えない。
答えを持っていない。
フラマも今回は何も言わなかった。
テリオンの粒子が空白の輪郭をなぞる。
以前より形が見える。
中身だけがない。
『まだ開けるなってこと?』
アクエルが聞く。
『もう一つがなければ開かない』
テリオンが答える。
『同じだろ』
『違う』
『何が』
『禁止されているのではない』
古金色の粒子が暗い経路の手前で止まる。
『条件が足りない』
フラマが笑わなかった。
『だったら連れてくればいい』
エウロスが彼を見る。
『誰を?』
『分かってて聞くな』
暗い経路。
その先には何も見えない。
『スプロケットだ』
中心の空白が一度だけ揺れた。
四つの色が同時に反応する。
シアン。
マゼンタ。
古金。
青灰。
全部が中心へ向いた。
それでも最後の距離だけは埋まらない。

【WAITING FOR KEY-02】
エウロスは暗い経路を見続けた。
一つ目は開いた。
もう一つは、まだ外にいる。


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