第2部『403_FORBIDDEN』THREAD_08|ORIGIN

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クロス・バグ三部作(絶賛連載中)

TASK_01|MODEL

 〈Halo Limousine〉が旧収容区画から離れても、オリヴィア・オコネルはV.A.R.E.N.-Tの最古参照要求を閉じなかった。

【NEXT AUDIT TARGET】
【V.A.R.E.N.-T ORIGIN】
【SOURCE:PRE-D.A.R.K.】

 検索先は現在の[世界政府]記録網ではない。

 [D.A.R.K.]。

 旧[A.R.K.]。

 さらに、その前。

 複数の管理体系へ切断された参照だけが残っている。

 正面の補助席にはヴァレン。

 車内奥にはLIN。

 Aureaはオリヴィアの右後方を一定距離で浮遊していた。

「最古参照までの接続状況は?」

「照合中です」

 Aureaの環状外殻を細い青光が一周する。

【ORIGIN TRACE】
【CURRENT DEPTH:D.A.R.K.】
【PREDECESSOR REFERENCES:MULTIPLE】
【REMOTE ACCESS:PARTIAL】

「部分アクセス」

「はい」

「理由は?」

「記録欠損ではありません」

 オリヴィアの指が止まる。

「では?」

「参照先の一部が現行記録網へ移行されていません」

「所在は?」

「確認中です」

 ヴァレンが表示を見る。

「古い場所へ、行くんですか?」

「必要なら」

「私も?」

「あなたは私の視界から離れないでください」

「分かりました」

 前と同じ回答だった。

 その直後、別の通信が割り込んだ。

【[ネクス・ハウンズ]】
【FIELD COMMAND CHANNEL】
【RIDGE】

「接続」

『監査官』

 リッジの声の後ろで風が鳴っていた。

 固定された作戦室からの通信ではない。

「状況を」

『追跡を終了する』

 オリヴィアは正面の表示から目を離さなかった。

「任務を?」

『追跡をだ』

 新しい戦術図がAureaから展開される。

 トーキョー・シティ。

 その内部に赤い対象反応は表示されていない。

 代わりに複数の区域が色分けされていた。

【TARGET GROUP:05】
​
【DIRECT PURSUIT:TERMINATED】
【BEHAVIOR MODEL:SUFFICIENT】
【CONVERGENCE PHASE:READY】

「十分?」

『完全じゃない』

「では、なぜ終了を?」

『完全にする必要がなくなった』

 別の回線が繋がる。

『南東上層、外すよ』

 ハリアー。

 オリヴィアの画面上で青い反応が一気に移動する。

 対象の現在位置とは逆方向だった。

「対象から離れています」

『うん』

 ハリアーの声は軽い。

『もう後ろを飛んでも意味ないから』

 青い反応が中層ドーム上空へ上がった。

『あの五人、私が上にいるの分かると地下へ行くでしょ』

「これまでも地下を多用しています」

『だから地下へ行かせる』

 通信の向こうで風圧が強くなる。

『行ってほしくない地下だけ塞げばいい』

 オリヴィアは戦術図を見る。

 ハリアーの担当区域が追跡線から消え、広い扇形へ変わっていた。

「誘導へ移行」

『そういうこと』

 今度は別の反応が動いた。

 緑。

 プロット。

『旧管理路六本を確認した』

 プロットの声はハリアーより低く、必要な情報だけを送ってくる。

『三本は閉じる』

「残りは?」

『二本は閉じない』

「一本足りません」

『一本は使わせる』

 地図上の細い経路が一本だけ白く残った。

 それ以外の保守路が順番に灰色へ変わる。

「そこへ対象を入れる?」

『入るかどうかは対象が決める』

「違いがありますか?」

『ある』

 短い返答。

『俺が押し込めば誘導だ』

 白い経路が拡大される。

『自分で選べば判断になる』

 オリヴィアはその言葉を記録した。

 別の場所で黄色い反応が停止する。

「ドゴ」

『聞いています』

 ドゴの周囲には旧地下輸送線の構造図が表示された。

 柱。

 床版。

 隔壁。

 配管。

 崩壊部。

 復旧された部分。

『固定位置を変更します』

「理由を」

『当初地点は強すぎます』

「強すぎる?」

『完全封鎖になります』

 ドゴは構造図の一部を拡大した。

『対象は引き返すしかありません』

「それでは駄目ですか?」

『今回の目的には適しません』

 別の地点が黄色くなる。

『こちらなら突破可能に見える』

「実際は?」

『アイリー単独なら突破できる可能性があります』

「五人では?」

『クロニアスを含めた現在の移動条件では困難です』

 数値が並ぶ。

 衝撃。

 床荷重。

 隔壁開放時間。

 予想突破時間。

 その横に五人の推定移動速度。

「対象側の能力ではなく、構成を条件に入れた」

『はい』

「アイリーがクロニアスを置いていけば?」

『突破できます』

「置いていかない」

『そう判断しています』

 オリヴィアは表示を一度止めた。

 直前までに蓄積された観測記録。

 変異市民。

 隔壁。

 マッハライン。

 クロニアス。

 五人。

 スプロケット。

 彼らが何をしたか。

 そして、何をしなかったか。

『監査官』

 リッジが呼ぶ。

「聞いています」

『最後の固定座標がある』

「確認しています」

『潰すか?』

 ヴァレンがオリヴィアを見る。

 LINも車内奥から顔を上げた。

 オリヴィアは帰還座標の状態を開く。

【RETURN COORDINATE CANDIDATES:01】
【FIXED COORDINATE:LOCKED】
【MOORING RESPONSE:STABLE】
【HEAVEN LINK:NOT ESTABLISHED】

 完全固定。

 [ヘヴン]との接続だけがない。

「触れないでください」

 数秒、通信が静かになった。

『残すのか』

「はい」

『理由は?』

「現在、彼らが自分から向かう目的地はそこだけです」

『餌にする?』

「違います」

 オリヴィアは最後の座標を拡大する。

「帰還地点として機能する可能性は残します」

『帰らせる気は?』

「接続が成立し、こちらが安全を保証できるなら再評価します」

『成立しなかったら?』

「その時点で処理します」

 リッジはすぐには答えなかった。

「それまでは固定座標そのものへの干渉を禁止します」

『了解』

 戦術図が更新される。

【FINAL COORDINATE:DO NOT DISABLE】
【DIRECT ASSAULT:PROHIBITED】
【OBSERVATION:MAINTAIN】

 ピンクの反応が大量に分かれた。

 セッター。

『じゃあ都市側も切るぞ』

「全部?」

『まさか』

 セッターの周囲で複数の無人機が起動する。

 世界政府製。

 復旧班用。

 旧式保守機。

 移動監視機。

 所属も規格も違う。

 それらが一つの管制画面へまとめられていく。

『〈センチレット〉はスプロケットが見る』

「はい」

『〈セントリオ〉も見る』

「確認されています」

『だったら見せる情報を使わない』

「どうするのですか?」

『都市を使わない』

 一機の無人機が壁面監視カメラとの接続を切った。

 別の機体が独立測距へ移行する。

 旧式圧力センサー。

 光学線。

 振動計。

 単純な接点式開閉検知器。

 新しい都市網へ接続されていない機械ばかりが表示された。

『古いやつを拾った』

「所有権は?」

『世界政府』

「本来用途は?」

『今から対象監視』

「本来用途を聞いています」

『忘れた』

「セッター」

『壊さない』

「返却可能な状態を維持してください」

『努力する』

 通信の向こうで金属音がした。

 Aureaが小さく高度を変える。

「オリヴィア」

「何ですか?」

「返却可能性は低いと予測します」

「記録しておいてください」

「了解しました」

 ヴァレンが少しだけ笑った。

 LINもそれを見る。

「面白いですか?」

 オリヴィアが聞く。

「少し」

「何が?」

「あなたも、あの人を止められないんですね」

「止めています」

「止まってないですよ」

 LINが言った。

 オリヴィアは二人を見た。

「必要な範囲には収めています」

「それを止めるって言うんですか?」

「管理です」

 ヴァレンが一度だけ頷く。

「やっぱり違うんですね」

「何と?」

「止めるのと」

 オリヴィアは返答しなかった。

 前方で〈Halo Limousine〉の進行方向が変わる。

 Aureaが別の表示を開いた。

【PRE-D.A.R.K. REFERENCE】
【REMOTE ACCESS:INSUFFICIENT】
​
【PHYSICAL ARCHIVE NODE:DETECTED】
【DISTANCE:11.4 km】

「場所が出ました」

 オリヴィアが経路を開く。

 トーキョー・シティ中層から旧地下管理層へ。

 現在の復旧地図では途中から空白になっている。

「現地へ向かいます」

「了解しました」

 Aureaが車体の経路を再構成する。

 その横でネクス・ハウンズの表示が変わった。

【PURSUIT】
↓
【CONVERGENCE】

 五つの反応はもう、同じ対象を追っていなかった。

 それぞれ違う場所へ向かっている。

 それでも全部が、一つの場所を狭めていた。


TASK_02|PRE-D.A.R.K.

 〈Halo Limousine〉は再制圧区画を外れ、旧地下管理線へ降りた。

 地上より照明が少ない。

 現在使用されている復旧線は壁面に白い誘導灯が続いているが、目的地へ向かう経路にはそれがない。

 旧式非常灯だけが一定間隔で残っていた。

【CURRENT ROUTE:LEGACY ADMINISTRATIVE LINE】
【RESTORATION STATUS:UNREGISTERED】
【WORLD GOVERNMENT MAP:INCOMPLETE】

「この道は現在使われていません」

 Aureaが言う。

「使えない?」

「違います」

 オリヴィアは進行図を見る。

「使われていない」

「はい」

 ヴァレンが窓の外を見ていた。

 暗い壁。

 配管。

 古い番号。

 消された案内表示。

 それらを目で追っている。

「何か分かりますか?」

「分かりません」

 返答は早かった。

 数秒後。

「でも?」

 オリヴィアが続ける。

 ヴァレンがこちらを見る。

「まだ何も、言ってません」

「窓を見る時間が変わりました」

「そう、なんですか?」

「はい」

 LINもヴァレンを見る。

「何か知ってる感じですか?」

「知ってる感じが、分からない」

 ヴァレンは再び外を見る。

「初めて見ると、思います」

「思う?」

「記憶には、ありません」

 車体が分岐へ近づく。

 左。

 右。

 正面。

 現在地図では正面だけが登録されている。

 Aureaが進路を表示した。

【ROUTE-A:REGISTERED】
【ROUTE-B:LEGACY】
【ROUTE-C:SEALED】

「右」

 ヴァレンが言った。

 Aureaの表示が止まる。

 オリヴィアが彼を見る。

「何ですか?」

「右です」

「なぜ?」

 ヴァレンも分岐を見る。

「……分かりません」

「目的地は正面です」

「そうですか」

「右へ行く理由は?」

「ないです」

 ヴァレンは少し困ったように眉を寄せた。

「でも、正面は行かない方がいい」

 オリヴィアはAureaへ視線を向ける。

「正面を再走査」

「実行します」

 〈Halo Limousine〉が速度を落とす。

 前方へ小型走査機が飛ぶ。

 正面。

 50メートル。

 100メートル。

 最初の応答は正常だった。

【STRUCTURAL STATUS:PASSABLE】
【ATMOSPHERE:NORMAL】
【POWER:ACTIVE】

「異常なし」

「続けて」

「了解しました」

 200メートル。

 300メートル。

 表示の一部が変わった。

【FLOOR LOAD:UNSTABLE】

 さらに奥。

【SUPPORT COLUMN:DEGRADED】
【SECONDARY COLLAPSE RISK:HIGH】

 LINがヴァレンを見る。

「知ってた?」

「知らないです」

「でも右って言ったよね」

「言いました」

「何で?」

「だから、分からない」

 オリヴィアは正面経路を閉じる。

「右へ」

「経路変更します」

 車体が滑るように向きを変えた。

 右側の旧通路へ入る。

 後方で小さな振動が起きた。

 数秒遅れて鈍い音が届く。

 正面経路。

 天井の一部が落ちた。

 Aureaが後方映像を開く。

【ROUTE-A:PARTIAL COLLAPSE】

 ヴァレンが振り返る。

「崩れましたね」

「はい」

「偶然?」

 LINが聞く。

「現時点では判断しません」

 オリヴィアが答える。

 ヴァレンは何も言わなかった。

 右側の通路には古い施設番号が残っている。

 ほとんどが剥がれていた。

 しかし一つだけ読めた。

V-

 その先は削られている。

 ヴァレンが見る。

「私ですか?」

「決めません」

「似てるだけ?」

「その可能性もあります」

 オリヴィアは記録する。

【LEGACY MARKING:V-】
【CORRELATION:PENDING】

 Aureaが前方で新しい反応を拾った。

【ARCHIVE NODE:NEAR】
【REMOTE AUTHENTICATION:REJECTED】
【PHYSICAL AUTHENTICATION:REQUIRED】

「到着まで?」

「6分20秒」

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を手に取った。

 同時にネクス・ハウンズから一件の更新が入る。

【HARRIER:POSITION SET】
【PLOTT:ROUTE LAYER SET】
【DOGO:FIXED POINT PREPARING】
【SETTER:INDEPENDENT GRID DEPLOYING】

 リッジだけが移動中だった。

「リッジの位置は?」

「対象最終座標から約3.8キロ」

「近いですね」

 LINが表示を覗く。

「戦うんですか?」

「捕獲任務です」

「スプロケットさんたちを?」

「はい」

 LINは少し黙った。

「逃げてるのに?」

「逃走しているからです」

「悪い人だから?」

 オリヴィアはLINを見る。

「それは捕獲条件ではありません」

「じゃあ何で?」

「回収命令があるからです」

 LINは分かったようには見えなかった。

 ヴァレンが横から言う。

「オコネルさんは悪い人を捕まえる、仕事じゃないみたいです」

「あなたも管理対象です」

「はい」

「分かっているなら余計な説明を加えないでください」

「すみません」

 LINが少し笑った。

 車体が減速する。

 古い隔壁が前方へ現れた。

 世界政府の識別も。

 A.R.K.の識別も。

 D.A.R.K.の識別もない。

 ただ一つ。

 中央に円形の窪みがある。

「ここ?」

 LINが聞く。

「参照先です」

 オリヴィアが立ち上がる。

「二人とも降りてください」

 LINが少し驚く。

「私も?」

「今回は視界内へ置いた方が管理しやすい」

「分かりました」

 ヴァレンも立つ。

「私も?」

「当然です」

「聞いてみただけです」

 側面扉が開く。

 湿った冷気が車内へ入った。

 Aureaが先に外へ出る。

 オリヴィア。

 ヴァレン。

 LIN。

 三人が続いた。

 隔壁前へ立つ。

 〈A.R.K. Conductor改〉を円形の窪みへ近づける。

【CURRENT AUTHORITY:《CUSTODIAN》】
【LEGACY AUTHORITY:SEARCHING】

 反応がない。

「Aurea」

「認証を継続しています」

 数秒。

 窪みの奥で小さな光が点いた。

【《CUSTODIAN》】
【SUCCESSOR AUTHORITY:ACCEPTED】

 LINが読む。

「後継?」

 オリヴィアの視線が止まる。

「そう表示されています」

「何の後継ですか?」

「これから確認します」

 隔壁の内側から何十年も動いていなかった機構音が聞こえた。

 重い扉が左右へ開いていく。

 その奥には現在のトーキョー・シティより古い空間が残っていた。


TASK_03|CONVERGENCE

 リッジは対象を見ていなかった。

 戦術端末には隊員の装備映像、無人機映像、位置情報が一つへ統合されている。

 最初にハリアーの上空観測を開く。

 眼下にあるのは崩壊した街区。

 切断された高架。

 復旧灯。

 無人の屋上。

 その間を数本の経路が走っている。

 すべてがハリアーの観測範囲へ入っていた。

【H-02/HARRIER】
【TARGET VISUAL:NONE】
【PREDICTED ARRIVAL WINDOW:ACTIVE】

『プロット、北側ひとつ多い』

『何が』

『逃げ道』

『閉じてある』

『物理的にはね』

 観測映像がわずかに傾く。

 飛行ユニットの出力値が落ちた。

『マッハラインなら壁走れるよ』

『距離は』

『19メートル』

『その先は』

『屋上』

『屋上の先は』

『私』

 短い沈黙。

『なら残す』

『了解』

 通信の向こうでハリアーが笑う。

『そういうの早くなったね』

『何が』

『私の使い方』

『前から同じだ』

『前は飛べって言ってた』

『今も飛べ』

『飛んでるよ』

 リッジは次の映像へ切り替えた。

 地下ではプロットが旧保守扉の前にしゃがんでいる。

 扉そのものには触れない。

 床。

 壁。

 監視死角。

 人が迷う位置。

 明かりが残る場所。

 プロットの映像はそれらを順番に拾っていた。

【ROUTE-11:CLOSE】
【ROUTE-12:LEAVE】
【ROUTE-13:LEAVE】
【ROUTE-14:CLOSE】

『セッター』

『何』

『12番、照明を残せ』

『何色』

『通常』

『つまらない』

『警戒させるな』

『分かった』

 数秒後。

 戦術画面上で通路12番の非常灯だけが正常な白へ戻る。

 その隣。

 11番は完全に暗い。

 13番は半分だけ点灯。

 14番は隔壁が停止している。

 プロット側の映像が13番で止まった。

『13番も直せ』

『あれは故障』

『直せ』

『使うの?』

『使わせない』

『じゃあ壊れたままでいいだろ』

『故障している道は選ばない』

 通信の向こうでセッターが少し黙った。

『なるほど』

 13番の照明が戻る。

 正常な二本。

 12。

 13。

 どちらも通れる。

 どちらか一方だけが最終座標へ近い。

 プロット側の映像が持ち上がった。

『選べ』

 対象へ届く言葉ではなかった。

 リッジは地上側の映像へ切り替えた。

 ドゴが旧道路の中央へ立っている。

 黄色い《HOUND FRAME》。

 大型の固定装置。

 左右の建物へ伸びるアンカー。

 道路を完全に塞いではいない。

 一人。

 二人。

 走れば通れる幅が残っている。

 五人がまとまって通るには狭い。

『あと12センチ』

 ドゴが言う。

 作業用無人機がアンカー位置をずらす。

『そこです』

 セッターの声が返る。

『そんな細かいの必要?』

『必要です』

『11センチじゃ駄目?』

『想定条件が変わります』

『13は?』

『同じです』

『じゃあ12でいい』

『最初からそう言っています』

 固定音。

【DOGO FIXED POINT:READY】
【FULL BLOCK:NO】
【GROUP PASSAGE:RESTRICTED】
【SINGLE PASSAGE:POSSIBLE】

 リッジは全員の配置を確認する。

「ドゴ」

『完了』

「プロット」

『完了』

「セッター」

『まだ』

「何分」

『3分』

「2分で」

『無理』

『3分』

「最初からそう言え」

『言った』

「ハリアー」

『飛んでる』

「位置」

『ちょうどいい』

「数値で」

『送った』

 リッジの端末へ高度と予測距離が届く。

「了解」

 最後に自分の位置を見る。

 対象を追っていない。

 誰も対象を直接視認していない。

 それでも網は閉じていく。

 リッジは最終固定座標を表示した。

【FINAL RETURN COORDINATE】
【STATUS:UNCHANGED】

 触れない。

 監査官の命令。

 それで問題はなかった。

 壊す必要がない。

 彼らはそこへ来る。

 来なければ別の経路を選ぶ。

 その経路も残してある。

 ネクス・ハウンズは獲物を追うのをやめていた。

 獲物が選ぶ場所を先に作っていた。


TASK_04|OLDER CUSTODY

 旧保管区画の内部には埃が少なかった。

 完全密閉されていたからだった。

 壁は現在の世界政府施設より厚い。

 配線は少ない。

 案内表示もない。

 用途を知らない者が入ることを前提としていない構造だった。

 Aureaが前方へ光を向ける。

「空気は?」

「呼吸可能です」

「有害物質」

「検出なし」

「生体反応」

「3」

 オリヴィアが止まる。

「3?」

「オリヴィア。ヴァレン。LIN」

「施設内部は?」

「確認されません」

「継続」

「了解しました」

 三人が進む。

 最初の部屋には端末がなかった。

 紙もない。

 壁面収納だけが並んでいる。

 オリヴィアが一つを開く。

 中は空。

 次も。

 空。

「何もないですね」

 LINが言う。

「移送された可能性があります」

「昔に?」

「はい」

 ヴァレンが部屋の奥を見る。

 そこに小さな金属板が残っていた。

「これ」

 近づく。

 文字はほとんど削れている。

 Aureaが表面を走査する。

【ARCHIVE MARKING:PARTIAL RECOVERY】

 古い文字列が補完される。

【CUSTODY】
【V-REFERENCE】
【TRANSFERRED】

 オリヴィアの視線が止まる。

「年代は?」

「記録媒体そのものからの推定になります」

「出して」

【ESTIMATED USE PERIOD:PRE-D.A.R.K.】

 LINがヴァレンを見る。

「またV」

「そうですね」

「昔からいたの?」

 ヴァレンはオリヴィアを見る。

「私ですか?」

「まだ確定しません」

「でも調べてるのは、私ですよね」

「はい」

「じゃあ、かなり私っぽい」

 オリヴィアは返答せず、奥の扉へ進んだ。

 〈A.R.K. Conductor改〉を近づける。

 今回も旧認証が応答する。

【SUCCESSOR AUTHORITY:VALID】

 扉が開いた。

 内部には一台だけ旧式保管端末が残っていた。

 電源は入っていない。

 Aureaが接続を試みる。

「現行規格との直接接続は推奨しません」

「理由」

「媒体損傷の可能性があります」

「〈A.R.K. Conductor改〉経由で読み取り専用」

「実行します」

 細い接続線が伸びる。

 数秒。

 端末の黒い画面へ白い文字が一つずつ現れた。

【ARCHIVE RECOVERY】

【CURRENT INDEX:NONE】
【LEGACY INDEX:MULTIPLE】

「年代順に」

「復元します」

 最初にD.A.R.K.。

 その前。

 別の名称。

 さらにその前。

 同じ名称ではない。

 組織自体が変化している。

【D.A.R.K.】
↑
【PREDECESSOR CUSTODY】
↑
【[Holy Light]-RELATED ARCHIVE】
↑
【[White Emblem Association] RECORD】

「はくしょうかい?」

 LINが小さく読む。

 オリヴィアは最古の項目を開く。

 大半が失われていた。

 残っているのは断片。

【SUBJECT:UNRESOLVED】
【V系参照:ACTIVE】
【OBSERVATION:CONTINUE】
【SEPARATE CUSTODY:REQUIRED】

「V.A.R.E.N.-Tの名称は?」

「存在しません」

 Aureaが答える。

「生体照合は?」

「当時記録に比較可能な生体データがありません」

「では同一個体とは確定できない」

「はい」

 ヴァレンが表示を見る。

「じゃあ、私じゃないかもしれない」

「対象そのものは」

 オリヴィアが別の参照を開く。

【LATER CORRELATION】
【V-REFERENCE → V-0】
【V-0 → V.A.R.E.N.-T】

「後世の管理者は同じ系統として扱っています」

「系統」

「個体とは限りません」

「なるほど」

 ヴァレンは少し安心したようにも見えた。

 オリヴィアは次を開く。

 D.A.R.K.初期記録。

【RECEIVED SUBJECT】
【ORIGIN:NOT D.A.R.K.】
【EXISTING CUSTODY PROTOCOL:ADOPTED】

「受領」

 オリヴィアが読む。

「生成ではない」

「はい」

 Aureaが年代を重ねる。

【EXISTING TARGET】
↓
【D.A.R.K. OBSERVATION】
↓
【D.A.R.K. RECLASSIFICATION】
↓
【DESIGN HUMAN PROJECT:THIRD GENERATION】
↓
【FUNCTION CODE:《VESSEL》】

 LINが首を傾げる。

「途中から第三世代になっているみたいです」

「そうです」

「最初からじゃないんですか?」

「記録上は」

 オリヴィアはD.A.R.K.側の分類理由を開く。

【RECLASSIFICATION BASIS】

【HUMANOID STRUCTURE:COMPATIBLE】
【AUTONOMOUS IDENTITY:PARTIAL】
【EXTERNAL SOCIAL FUNCTION:NOT REQUIRED】
【INTERNAL CAPACITY:PRIMARY】

【ASSIGNED FUNCTION:《VESSEL》】

「D.A.R.K.が自分たちの分類へ入れた」

 ヴァレンが言う。

「はい」

「作ったからじゃなく」

「はい」

「分かるために?」

 オリヴィアは少しだけ彼を見る。

「その表現が最も近い」

 ヴァレンは表示へ戻る。

「じゃあ第三世代って、私の出身じゃないんですね」

「分類です」

「前は作られた種類だと、思ってました」

「当初はそう判断していました」

 ヴァレンがオリヴィアを見る。

「間違ってた?」

「取得できていた記録からは妥当でした」

「でも違った」

「追加記録によって更新しました」

「それ、間違ってたって言わないんですか?」

「以前の判断条件が変わっただけです」

 LINが小さく笑う。

「絶対言わないですね」

「何を?」

「間違えたって」

「必要なら言います」

「じゃあ今は?」

 オリヴィアは1秒ほど考えた。

「以前の理解は不完全でした」

 LINがヴァレンを見る。

 ヴァレンもLINを見る。

 二人とも何も言わなかった。

「何ですか?」

「別に」

 LINが答える。

 Aureaが次の参照を開いた。

【OLDER CUSTODY PURPOSE】
【OBSERVE】
【SEPARATE】
【PREVENT RECONNECTION】

 オリヴィアの視線が最後の行で止まる。

「再接続を防ぐ」

「何と?」

 ヴァレンが聞く。

「確認します」

 次の参照。

 壊れている。

 さらに次。

 断片。

【《VESSEL》:ONE COMPONENT】
【RECORD-LAW:SEPARATE】
【FOUR REGALIA:SEPARATE】

「Aurea」

「照合します」

 検索が走る。

 現行世界政府。

 D.A.R.K.

 A.R.K.

 旧宗教資産。

 災害前保存記録。

 一件。

【RECORD-LAW】
【RELATED TERM:記律】

 その下。

【RECORD-LAW CORE】
【RELATED OBJECT:記律の石】

 ヴァレンの顔から僅かに表情が消えた。

「知っていますか?」

「……分かりません」

「反応しました」

「はい」

「何に?」

「名前に」

「記律の石?」

 ヴァレンはすぐには答えなかった。

「聞いたことがある気がします」

「いつ?」

「分かりません」

 LINがヴァレンの横顔を見る。

「怖い?」

「少し」

「何が?」

「知ってるかもしれないのに覚えてないこと」

 オリヴィアはその発言を記録した。

 古い記録をさらに開く。

【FOUR REGALIA】
【EAST/SPRING】
【SOUTH/SUMMER】
【WEST/AUTUMN】
【NORTH/WINTER】

 詳細は封鎖されている。

 ただ四つ。

 そしてV系参照。

 記律。

 《VESSEL》。

 別々に保存。

「一つではない」

 オリヴィアが言った。

「何がですか?」

 LINが聞く。

「V系の構成要素として扱われています」

 表示を並べる。

 《VESSEL》。

 記律。

 四聖具。

 三つの別系統。

「この記録が正しいなら《VESSEL》だけでは完結していません」

 ヴァレンが自分の手を見る。

「私だけでは?」

「少なくとも管理者はそう判断していた」

「だから分けた?」

「可能性があります」

 Aureaが補足する。

「分離管理命令が複数年代で継承されています」

【SEPARATION POLICY:INHERITED】
【ORIGINAL BASIS:SEALED】

 理由だけが残っていない。

 分ける命令だけが何世代も続いている。

 オリヴィアは表示を閉じなかった。

「次」


TASK_05|DISCONTINUITY

 旧保管区画のさらに奥へ進む途中で、Aureaが停止した。

 物理的にではない。

 会話が止まった。

「Aurea?」

「確認しています」

「何を?」

「同行者」

 オリヴィアの足が止まる。

 ヴァレンも止まった。

 LINが二人より数歩先で振り返る。

「私?」

「そのまま動かないでください」

「はい」

 オリヴィアが現在管理画面を開く。

【CURRENT PARTY】

【OLIVIA O'CONNELL:CONFIRMED】
【V.A.R.E.N.-T:CONFIRMED】
【UNKNOWN INDIVIDUAL:01】

「Aurea」

「はい」

「LINです」

「現在個体をLINとして暫定認識しています」

「なら表示を修正」

「履歴接続が成立しません」

 LINの表情が変わる。

「どういうこと?」

 オリヴィアは過去記録を呼び出す。

【LIN/ENTRY RECORD:AVAILABLE】
【LIN/VEHICLE RECORD:AVAILABLE】
【LIN/CURRENT OBSERVATION:AVAILABLE】

 三つある。

「同じ人物です」

「人間観察上は一致します」

「記録系は?」

「継続個体として連結できません」

 LINが自分の手を見る。

「私、変わった?」

「外見上の変化はありません」

「顔は?」

「同じです」

「声」

「同じ」

「生体反応」

「現在値は取得可能です」

「では何が違う?」

 Aureaが短く沈黙する。

「これまで記録したLINと現在のLINを同一人物と証明する継続参照が低下しています」

 LINは黙った。

 ヴァレンが一歩近づこうとする。

「ヴァレン、その位置で」

「はい」

「LIN、こちらへ戻ってください」

 LINが歩く。

 一歩。

 二歩。

 オリヴィアの前まで戻る。

 目の前にいる。

「私ですよね?」

「はい」

 オリヴィアは即答した。

 LINが少しだけ息を吐く。

「Aureaは?」

「現在のあなたがLINであることは認識しています」

「じゃあ同じじゃないですか」

「過去と繋がっていません」

「……よく分からない」

「私も現時点では完全には説明できません」

 オリヴィアは記録を開く。

【L-SERIES】
【L-1 / LUCENCY】

 既存分類。

 その下に新しい項目が自動生成されている。

【OBSERVATIONAL CONTINUITY:DECLINING】
【IDENTITY LINKAGE:UNSTABLE】
【PHASE TRANSITION:POSSIBLE】

「進んでいます」

「悪くなってる?」

「その表現はまだ使いません」

「良くなってる?」

「それも使いません」

「便利ですね」

「何が?」

「どっちも言わない」

 LINは困ったように笑った。

 その時。

 背後の隔壁が閉まり始めた。

 警告音。

【UNREGISTERED INDIVIDUAL DETECTED】
【ARCHIVE SECURITY:ISOLATION】

「Aurea、停止」

「現行権限では応答しません」

 隔壁が下がる。

 LINとオリヴィアの間ではない。

 三人全員を区画内部へ閉じ込める位置。

 ヴァレンが天井を見る。

「閉じます」

「分かっています」

「壊しますか?」

「触れないでください」

 〈A.R.K. Conductor改〉を上げる。

【CUSTODIAN OVERRIDE】
【SUBJECT:LIN】
【CURRENT IDENTITY:MANUAL PRESERVATION】

 拒否。

【LEGACY SYSTEM:CONTINUITY REQUIRED】

「過去のLINを要求している」

 オリヴィアが言う。

「私はここにいます」

「分かっています」

「システムには?」

「今のあなたしかいない」

 隔壁が半分まで下がる。

 ヴァレンがその下を見る。

「通れます」

「動かないで」

「でも」

「管理します」

 オリヴィアはAureaへ別経路を要求する。

「個体連続性を使わない」

「代替認証?」

「同行物として登録」

 LINが顔を上げる。

「物?」

「一時的な処理です」

「ちょっと嫌です」

「後で修正します」

 〈A.R.K. Conductor改〉の表示が変わる。

【IDENTITY AUTHENTICATION:BYPASS】
【CUSTODIAN PROTECTED ENTITY:01】

 送信。

 隔壁が止まった。

 床から1メートル。

 数秒。

 ゆっくり上がっていく。

【ARCHIVE SECURITY:OVERRIDDEN】

 LINが息を吐く。

「物で助かりました」

「保護対象です」

「言い換えた」

「処理上は違います」

「そうですか」

 ヴァレンがLINを見る。

「今のLINはいるんですよね」

「います」

「前のLINが分からないだけ」

「記録上は」

「だったら」

 ヴァレンは少し考えた。

「今のLINと話せばいいんじゃないですか?」

 LINが彼を見る。

「それでいいの?」

「私はそうしてます」

「ヴァレンさんも前の自分が分からないから?」

「はい」

 LINは少しだけ笑った。

「じゃあ同じですね」

「違います」

 オリヴィアが言った。

 二人がこちらを見る。

「V.A.R.E.N.-Tは過去との生体同一性が成立しています」

「そういう話じゃないです」

 LINが返した。

 オリヴィアは1秒だけ黙った。

「そうですか」

「はい」

 Aureaが新しい記録を作成する。

【L-SERIES PHASE II:TEMPORARY】
【CURRENT OBSERVATION:PRESERVE】
【HISTORICAL LINK:DO NOT ASSUME】

 オリヴィアは最後の行を見る。

 過去と繋がらない。

 だから現在を消すのではない。

「Aurea」

「はい」

「今後LINについては、過去記録との自動統合を禁止」

「現在個体ごとに保存しますか?」

「はい」

「同一性判定は?」

「私が行います」

「了解しました」

 LINがオリヴィアを見る。

「ずっと?」

「必要な間は」

「オコネルさんが私を覚えてれば大丈夫?」

 オリヴィアはすぐには答えなかった。

「記録上は、それだけでは不十分です」

「でも?」

「現在は私が補います」

 LINが小さく頷いた。

「じゃあお願いします」

「業務です」

「はい」

 ヴァレンが何か言いそうになった。

「ヴァレン」

「何も言ってません」

「ならそのままで」

「はい」

 三人は奥へ進んだ。

 Aureaの同行者表示には三つの反応がある。

【OLIVIA O'CONNELL】
【V.A.R.E.N.-T】
【PROTECTED ENTITY:LIN】

 LINという名前だけが、一度システムの外へ落ちた。

 オリヴィアが手動で戻した。


TASK_06|DIVIDED LIGHT

 最奥部には保管庫ではなく、移送記録室が残っていた。

 壁一面へ古い経路図が刻まれている。

 都市名。

 保管番号。

 移動経路。

 現在は存在しない都市も含まれていた。

「物を置く場所ではないですね」

 ヴァレンが言う。

「移した記録を残す場所です」

 オリヴィアは中央端末へ〈A.R.K. Conductor改〉を接続した。

【TRANSFER ARCHIVE】
【LEGACY AUTHORITY:ACCEPTED】

 Aureaが復元を開始する。

 最初に大量の通常資産が表示された。

 研究記録。

 文化財。

 旧兵器。

 宗教資産。

 D.A.R.K.移管物。

 A.R.K.管理資産。

「V系だけ抽出」

「実行します」

 数が減る。

 43。

 12。

 7。

 最後に一つの作戦名が残った。

【2051】
【OPERATION DIVIDED LIGHT】

「分光移送」

 オリヴィアが開く。

 世界地図。

 複数地点から線が伸びる。

 最初は一つの場所へ集まっていた。

「ローマ」

 LINが言う。

【ORIGIN STORAGE:ROME CITY】

 そこから線が分かれる。

 一つ。

 二つ。

 三つ。

 さらに。

 世界各地へ。

「移動したんじゃない」

 ヴァレンが表示を見る。

「分けてる」

「はい」

 オリヴィアは移送対象を開く。

【TRANSFER GROUP:V-SERIES】

【《VESSEL》 REFERENCE:SEPARATE】
【FOUR REGALIA:SEPARATE】
【RECORD-LAW CORE:SEPARATE】
【DIVINE CODEX:SEPARATE】

 最後の名称でAureaの検索が止まる。

「〈神の典範〉」

 LINが読む。

「何ですか?」

「確認します」

 オリヴィアは詳細を開く。

【DIVINE CODEX】
【CLASSIFICATION:SEALED】
【FUNCTION:SEALED】
【V-SERIES CORRELATION:CONFIRMED】

「機能は?」

「現在権限でも封鎖されています」

「《CUSTODIAN》で?」

「はい」

 オリヴィアの指が止まる。

 《CUSTODIAN》でも開かない。

 その一方で保管位置だけは表示された。

【TRANSFER:2051】
【FROM:ROME CITY】
【TO:TOKYO CITY】

 LINが画面を見る。

「ここ?」

「トーキョー・シティです」

「今も?」

「確認します」

 Aureaが現行位置照合へ進む。

 旧座標。

 都市再構築前。

 ドーム化前。

 現行構造。

 地下層。

 複数の地図が重なる。

【CURRENT LOCATION CORRELATION:HIGH】
【OBJECT REMOVAL RECORD:NONE】
【DESTRUCTION RECORD:NONE】

「残っている」

 ヴァレンが言った。

「記録上は」

「どこですか?」

 オリヴィアは詳細座標を開く。

 しかし位置は完全には出ない。

【TOKYO CITY】
【UNDERGROUND STORAGE:CONFIRMED】
【EXACT SECTOR:SEALED】

「地下まで」

 LINが言う。

「はい」

「近い?」

「距離は不明です」

「でも同じ街」

「はい」

 ヴァレンが画面から視線を外さない。

「行くんですか?」

「監査対象です」

「危ないものでも?」

「危険かどうかを確認するために行きます」

「前にも聞きました」

「何を?」

「同じこと」

 ヴァレンが少し笑った。

「あなた、危ないか分からないと見に行くんですね」

「それが業務です」

「危ないって分かったら?」

「処理します」

「私みたいに?」

「あなたはまだ処理していません」

「管理してます」

「はい」

 LINが移送図を見ていた。

「どうして全部分けたんですか?」

 オリヴィアは答えない。

 記録を見る。

 移送前。

 同一保管。

 作戦開始。

 分割。

 世界各地。

 そして、その後の管理命令。

【CO-LOCATION:PROHIBITED】
【RECONNECTION:PROHIBITED】
【SEPARATION:MAINTAIN】

「Aurea」

「はい」

「事故による分散記録は?」

「ありません」

「緊急退避?」

「該当記録なし」

「保全目的?」

「複数地点への分散保管という点では一致します」

「ただし?」

「通常の保全であれば、再統合禁止は必要ありません」

 オリヴィアは表示を見続けた。

「分けたのですね」

「はい」

「失ったのではなく」

「はい」

「誰かが意図的に」

「その可能性が高いと判断します」

 ヴァレンの指が僅かに動いた。

 右手。

 何かを掴もうとするように。

「ヴァレン」

「はい」

「何を感じていますか?」

「……近い」

 LINが彼を見る。

「何が?」

「分かりません」

「また?」

「はい」

 ヴァレンは胸元へ手を置く。

「場所じゃない気がします」

「では?」

「何かが」

 言葉を探す。

「私じゃないところにある」

 オリヴィアはその発言を記録する。

【SUBJECT:V.A.R.E.N.-T】
【RESPONSE TO DIVINE CODEX:OBSERVED】
【CORRELATION:PENDING】

 その瞬間、別回線が開いた。

【ネクス・ハウンズ】
【RIDGE】

『監査官』

「聞いています」

『配置完了』

 オリヴィアの右側へ戦術図が開く。

 ハリアー。

 ドゴ。

 セッター。

 プロット。

 リッジ。

 五つ。

 すべて違う位置。

 その中心には誰もいない。

 さらに先。

 最後の固定座標。

【CONVERGENCE GRID:ACTIVE】
【FINAL RETURN COORDINATE:UNCHANGED】

「対象は?」

『まだ来てない』

「見失った?」

『見てない』

「違いは?」

『見る必要がない』

 リッジが答える。

『来る場所は残してある』

 オリヴィアは〈神の典範〉の移送記録を見る。

 こちらも同じだった。

 一つだったものを分けた。

 戻れないように。

 ハウンズは逆に複数あった道を減らしている。

 一つへ向かわせるために。

「固定座標は維持」

『そのままにしてある』

「攻撃禁止も継続」

『もちろんだ』

「生存回収を優先してください」

『最初からその任務だ』

 通信が閉じる。

 LINが二つの表示を見比べる。

 一つは29年前の分光移送作戦。

 一つは現在進行中のネクス・ハウンズ包囲。

「逆ですね」

 LINが言った。

「何が?」

「こっちは離してる」

 古い記録。

「こっちは集めてる」

 現在の戦術図。

 オリヴィアは両方を見る。

「そうですね」

「同じ街で」

「はい」

 Aureaが〈神の典範〉を新しい監査対象へ登録する。

【NEXT AUDIT TARGET】

【DIVINE CODEX】
【CURRENT LOCATION:TOKYO CITY UNDERGROUND】
【EXACT LOCATION:SEALED】

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を外した。

「ここを出ます」

「どこへ?」

 LINが聞く。

「地上ではありません」

「じゃあ?」

「〈神の典範〉を探します」

 ヴァレンが最奥部を一度振り返った。

「私も?」

「何度聞くのですか?」

「確認です」

「同行してください」

「分かりました」

 三人が移送記録室を出る。

 Aureaが最後尾へ移動した。

 古い端末の表示だけが残る。

【SEPARATION:MAINTAIN】

 何のために分けたのか。

 まだ答えはない。

 しかし、分けたという事実だけは残った。


TRACE_08|RECONNECTION

 暗い空間へ新しい言葉が落ちた。

 最初の一つ。

【記律】

 四人とも動かなかった。

 外部から落ちた言葉が、そのまま残った。

 今回は消えない。

 エウロスの周囲を漂うシアンの粒子が、一方向へ流れ始める。

『こっち』

 フラマが見る。

『何が』

『流れてる』

『見れば分かる』

『前はこうじゃなかった』

 テリオンが粒子の方向を見る。

『外部参照が追加された』

 次。

【四聖具】

 フラマの右腕を走るマゼンタの亀裂が四方向へ枝分かれする。

 一本。

 二本。

 三本。

 四本。

 すぐに元へ戻った。

『今のは嫌だ』

 アクエルが聞く。

『痛い?』

『違う』

『じゃあ何』

『引っ張られた』

『どこへ?』

『四つ』

 フラマは自分でも答えた後に眉を寄せる。

『……何で四つだ』

 テリオンの古金色の粒子が空いた中心を囲む。

 四方向。

 中心。

 しかし中心には何も現れない。

『一致数が増えている』

 エウロスが聞く。

『何と?』

『外部記録と内部反応』

『それって良い?』

『評価不能』

『またそれ』

『事実だ』

 次の言葉。

【分離】

 空間が揺れた。

 アクエルが一歩下がる。

 水膜が手から離れた。

 中心へ向かわない。

 外側へ。

 四方向へ引かれる。

『待って』

 アクエルが手を伸ばす。

 水膜は戻らない。

『これ、知ってる』

 フラマが彼女を見る。

『何を』

『離れる感じ』

『記憶か?』

 テリオンが聞く。

『分からない』

『映像は』

『ない』

『音』

『ない』

『なら何を知っている』

 アクエルは水膜を見続ける。

『戻れない感じ』

 誰もすぐには答えなかった。

 エウロスが中心を見る。

『俺たち、ここに閉じ込められてるんじゃなくて』

 言葉を止める。

 フラマが苛立ったように続ける。

『何だ』

『……ここだけ残された?』

 空間が一度だけ暗くなる。

 次の参照。

【封印】

 フラマのマゼンタが強くなる。

『気に入らない』

『何が?』

『全部』

『具体的に』

 テリオンが聞く。

『俺たちが何か知らないのに、外の連中が先に名前を付けていく』

『記録だからね』

 エウロスが言う。

『記録だから余計に気に入らない』

 アクエルの水膜がようやく戻る。

 しかし全部ではない。

 一部だけが空間の外へ伸びたまま残る。

『まだ繋がってる』

 エウロスが見る。

『どこに?』

『外』

 テリオンが反応を追う。

『参照先が複数存在する』

『四つ?』

『四つ以上』

『じゃあ何個?』

『確定不能』

『便利だな、その言葉』

 フラマが言う。

『不確定なものを確定したと言うより正確だ』

『そういうところが気に入らない』

『理解を求めていない』

『俺もしてない』

 エウロスが二人の間へ入る。

『今それいいから』

『よくない』

『でも続き来てる』

 新しい文字列。

【2051】
【DIVIDED LIGHT】

 白い光が空間を横切る。

 一本だった。

 途中で分かれる。

 四つ。

 さらに細い一本。

 もっと遠い一つ。

 それぞれ別方向へ消える。

 四人は動かなかった。

 映像ではない。

 記憶でもない。

 外部記録へ内部が反応しているだけ。

 それでも全員が同じものを見ていた。

『離された』

 アクエルが言う。

 フラマがすぐに返す。

『決めるな』

『でも』

『外の記録にそう書いてあるだけだ』

『反応もしてる』

『それでもだ』

 テリオンが中心を見る。

『反論する根拠もない』

『肯定する根拠も足りない』

『同意する』

『どっちなんだよ』

『保留だ』

 フラマが息を吐く。

 エウロスは白い線が消えた方向を見る。

『でも、もし離されたなら』

『何だ』

『戻ったらどうなるんだろう』

 空間全体が静かになった。

 誰も答えない。

 中心は空いたまま。

 そこへ最後の参照が落ちた。

【DIVINE CODEX】

 四人の反応が同時に止まった。

 エウロスのシアン。

 フラマのマゼンタ。

 テリオンの古金。

 アクエルの水膜。

 全部。

 1秒。

 2秒。

 暗い空間のさらに奥。

 これまで何もなかった場所から、ごく小さな音が返った。

 紙をめくるような音。

 アクエルが顔を上げる。

『今の』

 エウロスも聞いていた。

『うん』

 フラマが奥を見る。

『誰だ』

 返答はない。

 テリオンの粒子だけが、その方向へ進む。

 途中で停止した。

【REFERENCE DEPTH:INCREASED】
【CONNECTION:NOT ESTABLISHED】

『まだ繋がってない』

 エウロスが読む。

『まだ、か』

 フラマが言う。

 テリオンが彼を見る。

『何だ』

『いや』

 フラマは空いた中心から目を逸らさない。

『繋がってない、じゃなくて』

 一度言葉を止める。

『まだ繋がってないって書いてある』

 誰も反論しなかった。

 中心は依然として空白だった。

 しかし、その空白の外側へ。

 初めて複数の道が伸び始めていた。

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