第2部『403_FORBIDDEN』THREAD_06|CUSTODIAN

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クロス・バグ三部作(絶賛連載中)

TASK_01|INTRUSION

 〈Halo Limousine〉は旧搬送網の低層区画へ降りながら、封鎖された管理線の上を静かに進んでいた。

 車体の下では復旧用照明が一定間隔で白い路面を照らしている。

 換気設備は動いている。

 非常誘導灯も消えていない。

 都市機能を残したまま、一部の経路だけが閉じられていた。

 前方の交差区画で赤い誘導灯が点滅する。

【HOUND CONTROL ZONE】
【LOCAL ACCESS:RESTRICTED】
【CIVIL FUNCTION:ACTIVE】

 〈Halo Limousine〉の速度が落ちた。

 車内中央へ現地構造図が展開される。

 固定座標設備を中心に三つの基準ノードが灰色へ変わっていた。

「リッジ」

 通信が開く。

『いる』

「帰還面の形成は確認したんですね?」

『確認した』

「転送前に中断?」

『七割を越えたところで現地基準を崩した』

「対象側が切断した?」

『そうだ』

 オリヴィアは灰色になった三点を見る。

 外部接続そのものを阻止したわけではない。

 接続後に現地側の条件を失わせている。

「現場へ入ります」

『こっちは処理済みだ』

「ハウンズは?」

『外周へ下げてある』

「了解しました」

 通信が閉じる。

 〈Halo Limousine〉は封鎖灯の手前で停止した。

 側面扉のロックが解除される。

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を取り出した。

「二人はここに残ってください」

 LINがオリヴィアを見る。

「分かりました」

 ヴァレンは周囲を一度見てから小さく頷いた。

 オリヴィアはAureaへ顔を向ける。

「二人をお願いします」

「了解しました」

 オリヴィアだけが車外へ降りた。

 扉が閉じる。

 〈Halo Limousine〉はその場に残り、車体表面の光だけを低く落とした。

 オリヴィアが封鎖線へ近づくと[ネクス・ハウンズ]の認証灯が青へ変わった。

 簡易隔壁が左右へ開く。

『Secure Linkを維持します』

「お願いします」

 Aureaの声は通信へ変わっていた。

 旧管理区画へ入る。

 床には落下した隔壁が横たわっている。

 壁面の一部が裂け、内部配線が露出していた。

 その横で照明と換気だけは何事もなかったように動いている。

 破壊された場所と残された場所が明確に分かれていた。

 オリヴィアは固定座標設備へ近づく。

 正面操作部は停止している。

 電源そのものは落ちていない。

 基準ノードとの接続だけが失われていた。

「局所切断ですね」

『はい』

「設備停止ではない」

『現地側の固定条件のみが失われています』

 オリヴィアは設備の右側へ回った。

 外装板が一枚だけ開いている。

 内部には旧式の手動入力端子が露出していた。

 端子そのものには見覚えがある。

 旧[A.R.K.]系設備で使用されていた保守規格だった。

 しかし現在の管理手順では使わない。

「ここはハウンズが開けましたか?」

『いいえ』

「現場作業員は?」

『接触記録はありません』

 オリヴィアは外装板の留め具を見る。

 曲がっていない。

 工具痕もない。

 無理に剥がした形ではなかった。

「対象側?」

『現場映像ではスプロケットが接触しています』

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を展開した。

 白銀の軸が伸びる。

 先端を床面の管理接続点へ静かに置く。

 円環部に青白い光が走った。

【LEGACY MANAGEMENT LINK】
【A.R.K. AUTHORITY:ACCEPTED】
【LOCAL ARCHIVE:READ ONLY】

「この端子の現行操作手順を」

『該当しません』

「旧保守領域まで下げてください」

『照合します』

 表示が切り替わる。

 現在の都市管理層が消える。

 その下から旧A.R.K.社運用期の保守項目が浮かび上がった。

『該当記録があります』

 手動入力端子の展開手順が表示される。

 外装板の下部を押す。

 固定を解除する。

 左へずらす。

 内部端子を展開する。

 補助線を接続する。

 手動リンクを起動する。

 オリヴィアは表示から実物へ視線を移した。

 外装板は記録と同じ位置まで正確にずれている。

「スプロケットの動作と比較」

『照合します』

 短い待機のあとで結果が出た。

【PROCEDURE MATCH:HIGH】
【FORCED ENTRY:NOT DETECTED】
【CURRENT MANUAL ACCESS RECORD:NONE】

 オリヴィアは最後の行を見る。

「現行資料からこの手順へ到達できますか?」

『できません』

「スプロケット側の携行端末に保存履歴は?」

『確認できません』

「都市網から取得した形跡は?」

『ありません』

「[スペリオルズ]側の既知資料は?」

『現在参照可能な範囲では該当しません』

 正しい手順だけが残った。

 そこへ至る経路がない。

 オリヴィアは端子へ視線を戻す。

 スプロケットは偶然これを開いたわけではない。

 その先の操作も続いている。

「帰還面形成までの操作を重ねてください」

 新しい記録が開いた。

【MANUAL LINK:ACTIVE】
【MOORING RESPONSE:STABLE】
【LOCAL COORDINATE:LOCKED】
【HEAVEN LINK:ESTABLISHED】
【TRANSFER:ABORTED】

 手動系は正常に機能していた。

 誤操作による偶発的な接続でもない。

 外部接続成立後にハウンズが現地条件を変え、スプロケット自身が転送を中断している。

「この手動起動列の出所を」

『旧A.R.K.管理端末系統です』

「年代は?」

『現行〈Conductor〉規格以前』

 オリヴィアの手が〈A.R.K. Conductor改〉の軸上で止まる。

「旧使用者系統まで照合してください」

 Aureaの返答まで数秒かかった。

『一致しました』

 表示が一段だけ深くなる。

【LEGACY CONTROL LINE】
【A.R.K. ADMINISTRATIVE SYSTEM】
【SOURCE AUTHORITY:ZEON ZELLER】

 オリヴィアは画面を見たまま動かなかった。

 スプロケットの遺伝情報。

 旧A.R.K.認証。

 削除された記録。

 そして今度は操作手順だった。

「この端子は現状維持」

『再使用の可能性があります』

「分かっています」

『ハウンズへ封鎖を要求しますか?』

「外周だけで構いません」

『端子そのものは?』

「触れさせないでください」

 オリヴィアは手動端子を見る。

「まだ調べます」

『了解しました』

 〈A.R.K. Conductor改〉の円環部で青白い光が静かに脈動する。

 オリヴィアは旧管理記録を閉じず、その一つ前の階層を開いた。

【LEGACY CONTROL LINE:OPEN】
【SOURCE AUTHORITY:ZEON ZELLER】
【CURRENT ACCESS HOLDER:OLIVIA O'CONNELL】
【TRACE STATUS:CONTINUE】

 ジオンから現在まで残った管理系統が、一本の線として表示された。


TASK_02|LEGACY

 〈A.R.K. Conductor改〉に残った旧管理線は、固定座標設備の内部では終わっていなかった。

【LEGACY CONTROL LINE:OPEN】
【DOWNSTREAM NODE:01】
【PHYSICAL LINK:DETECTED】

「位置を」

『現在地点から32メートル先です』

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を接続点から外した。

 円環部を走っていた青白い光が消える。

「車両はそのまま維持してください」

『了解しました』

「二人に変化は?」

『ありません』

 オリヴィアは開いた保守板を残し、壁際を走る旧管理線を追った。

 数メートル先で復旧材による補強が途切れ、壁面は煤けたコンクリートへ変わる。

 新しい配線の束から離れるように、古い管理線だけが奥へ延びていた。

 床にはネクス・ハウンズが残した識別灯が置かれている。

 その先に、半開きになった旧点検扉があった。

 オリヴィアは扉脇の認証部を見る。

 表示は消えている。

「最終稼働記録は?」

『現行管理層にはありません』

「旧層で確認してください」

『照合します』

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉の先端を壁面接続点へ当てた。

 反応はない。

 数秒後、壁の向こうで重い継電音が響いた。

 消えていた認証部へ細い光が戻る。

【LEGACY AUTHORITY:ACCEPTED】
【CUSTODIAN ACCESS:VALID】

 点検扉のロックが外れた。

 扉は途中で止まり、隙間から冷えた空気が流れ出す。

 オリヴィアは身体を横にして中へ入った。

 補助制御室は狭く、壁のほとんどを旧式の継電盤が占めていた。

 中央にある制御卓だけが、微かな待機光を残している。

『監査官』

 リッジの通信が割り込む。

『そっちで固定系の反応が戻った』

 オリヴィアは制御卓へ視線を移した。

 暗かった表示灯が一つ点く。

 続いて、隣の表示灯も点いた。

【LOCAL REFERENCE NODE:PARTIAL RESTORE】
【MOORING RESPONSE:WEAK】

『落とすか?』

「待ってください」

『今なら切れる』

 壁の奥で低い振動が続いている。

 帰還面は形成されていない。

 それでも、失われていた現地側の反応が戻っていた。

「外周封鎖を維持してください」

『設備は?』

「触れないでください」

 短い間があった。

『了解』

 リッジの通信が閉じる。

「復旧原因を」

『あなたの認証が旧管理線を通過し、停止していた補助基準ノードが待機状態へ移行しました』

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を見る。

 現在の管理権限が、スプロケットの残した経路をもう一度起こしている。

「前回接続の記録を固定」

『開始します』

【TRACE CAPTURE:ACTIVE】
【CURRENT AUTHORITY:OLIVIA O'CONNELL】
【PREVIOUS SESSION:RECOVERING】

 制御卓の表示が一度乱れた。

 断片化していた前回セッションが順に戻る。

【PREVIOUS USER AUTHORITY:NONE】
【MANUAL PROCEDURE:VALID】
【LOCAL CONTROL:ACCEPTED】

 オリヴィアは上段から読み直した。

「認証は通っていない」

『はい』

「それでも局所制御は成立している」

『記録上はその通りです』

「手動系の設計元を」

 Aureaの応答まで少し時間がかかった。

『旧設計記録と一致しました』

【LEGACY MAINTENANCE ROUTE】
【SOURCE SYSTEM:ZEON ZELLER ADMINISTRATIVE LINE】

 同じ名前が今度は設備側から現れた。

「ジオン本人の使用履歴と比較してください」

『照合します』

 制御卓の奥でファンが回り始める。

【SEQUENCE SIMILARITY:HIGH】
【AUTHORITY SIGNATURE:NO MATCH】

 オリヴィアは表示を閉じない。

「ジオンとして認証されたわけではない」

『はい』

「正式な権限移管もない」

『確認できません』

 オリヴィアは別の記録を重ねた。

【LEGACY ASSET ORIGIN:ZEON ZELLER】
【CURRENT ADMINISTRATIVE HOLDER:OLIVIA O'CONNELL】

 その下へ、もう一つの記録を呼び出す。

【BIOLOGICAL ORIGIN:ZEON ZELLER】
【BIOLOGICAL DESCENDANT:KYRA NORA KEEGAN】

 同じ名前から伸びた二本の記録に共通する移管番号はない。

 片方には管理権限の継承記録があり、もう片方には血縁の継続記録がある。

 前回セッションの操作列だけが、その間に重なった。

『係留反応が低下しています』

 オリヴィアが表示を切り替える。

【MOORING RESPONSE:DECLINING】
【LEGACY NODE LOAD:RISING】

「前回ログの取得率は?」

『92%』

「続けてください」

『設備保護を優先する場合、切断を推奨します』

 継電盤の奥から小さな異音がした。

 黄色い警告灯が点く。

「取得を優先します」

『了解しました』

【TRACE CAPTURE:94%】

 振動が強くなる。

【TRACE CAPTURE:96%】

 制御卓の端で警告灯が増えた。

【TRACE CAPTURE:98%】

 継電盤の奥で乾いた破裂音がした。

 火花が一度だけ床へ落ちる。

『100%』

「切断」

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を接続点から離した。

 青白い光が消える。

 制御卓も同時に沈黙した。

【LOCAL REFERENCE NODE:OFFLINE】
【MOORING RESPONSE:LOST】
【TRACE CAPTURE:COMPLETE】

 補助制御室にファンの残響だけが残る。

「取得記録を表示してください」

【ADMINISTRATIVE SUCCESSION:OLIVIA O'CONNELL】
【BIOLOGICAL CONTINUITY:KYRA NORA KEEGAN】
【PROCEDURAL CROSSOVER:DETECTED】
【TRANSMISSION ROUTE:UNKNOWN】

 オリヴィアは最後の二行を見た。

 スプロケットへ管理権限は渡っていない。

 資産も渡っていない。

 それでも手順だけが、記録のない場所を越えている。

『リッジへ共有しますか?』

「旧手動経路が再使用可能だったことだけ伝えてください」

『ジオンとの関連は?』

「監査範囲に残します」

『了解しました』

 オリヴィアは保存指定を開いた。

【EVIDENCE STATUS:PRESERVE】
【LEGACY NODE:DO NOT REMOVE】

 破損した継電盤を止めるだけなら、撤去した方が早い。

 オリヴィアはその指定を変更しなかった。

 〈A.R.K. Conductor改〉を短縮し、点検扉へ向かう。

 背後では、もう何も点灯していない。

 それでも取得した記録には、同じ人物から伸びた二本の線が残っていた。


TASK_03|PRESERVATION

 点検扉を抜けると、旧搬送路の空気がわずかに暖かく感じられた。

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を短縮したまま封鎖線へ戻る。

 前方で〈Halo Limousine〉の側面灯が静かに点いた。

 認証と同時に扉が開く。

 LINは降車前と同じ席に座っていた。

 向かいではヴァレンが窓の外を見ている。

 Aureaは車内中央の定位置に浮かんでいた。

「異常は?」

「ありません」

 Aureaが答える。

「二人とも車内待機を維持しました」

 オリヴィアは乗り込んだ。

 扉が閉じる。

「移動を再開してください」

「次の経路を設定します」

 〈Halo Limousine〉が浮上した。

 封鎖灯が後方へ流れていく。

 旧搬送路を抜ける直前、車内表示へ経路変更が入った。

【ROUTE UPDATE】
【PRIMARY PATH:RESTRICTED】
【HOUND FIELD CONTROL:ACTIVE】
【ALTERNATE PATH:SELECTED】

「リッジ側ですか?」

「はい。残存する帰還用固定座標候補の一つへ部隊配置が始まっています」

 車体が緩やかに進路を変える。

 地下管理線から復旧済みの都市交通層へ入り、窓外の景色が開けた。

 低層街区の上を複数の輸送路が交差している。

 その向こうには再建された建物と旧市街の残骸が混在していた。

 LINが窓へ顔を向ける。

 オリヴィアは端末を開いた。

「先ほどの記録を監査領域へ保存してください」

「完了しています」

「旧設備の撤去申請が上がった場合は保留」

「了解しました」

 LINがオリヴィアを見る。

「壊さないんですか?」

「今は」

「危ないものなんですよね?」

「使い方によっては」

 LINは少し考えてから、もう一度窓へ向いた。

「じゃあ、残すんですね」

 オリヴィアは端末から視線を上げた。

「調べるものが残っています」

「そうですか」

 LINはそれ以上聞かなかった。

 車内へ小さな振動が伝わる。

 進路の先で二本の交通線が閉鎖され、誘導表示が切り替わった。

 〈Halo Limousine〉は速度を落とさず、その手前で別の高架線へ移る。

「LINの照合状況を」

 Aureaが表示を開く。

【SUBJECT:LIN】
【CURRENT REGISTRATION:ACTIVE】
【PREVIOUS CIVIL RECORD:PARTIAL MATCH】
【IDENTITY CONTINUITY:UNRESOLVED】

「旧記録との照合を継続しますか?」

 オリヴィアは表示を見る。

「優先度を下げてください」

「理由を記録しますか?」

「現在個体の観察を優先」

「了解しました」

【CURRENT SUBJECT RECORD:PRIORITY】
【LEGACY IDENTITY MATCHING:SECONDARY】

 LINが表示に気づいた。

「私のですか?」

「はい」

「前の名前を調べてるんですよね」

「調べています」

「まだ分からない?」

「まだ」

 LINは膝の上で指を組み直した。

「分からなくても、ここにいていいですか?」

 オリヴィアは彼女を見る。

「保護観察は継続しています」

「それなら、いいです」

 LINは小さく頷いた。

 Aureaが表示を閉じる。

 ヴァレンは会話へ入らず、窓外へ視線を向けたままだった。

 高架線の下を旧市街の道路が流れていく。

 半壊した建物の間に新しい照明が設置され、その先では小さな公園が復旧していた。

 ヴァレンの視線が一ヶ所で止まる。

 オリヴィアがそれに気づく。

「何かありましたか?」

 ヴァレンは少し遅れて振り向いた。

「いえ」

「そうですか」

 数秒後、彼が口を開く。

「私は、いつまで一緒に?」

「確認が終わるまでです」

「確認というのは?」

「あなたについて」

 ヴァレンはオリヴィアを見る。

「危険だから?」

「それも確認します」

 ヴァレンはわずかに首を傾けた。

「危険なら?」

「その時に判断します」

「今は?」

「同行してください」

 ヴァレンは少しだけ間を置いた。

「分かりました」

 オリヴィアはAureaを見る。

「ヴァレンの監視区分は現状維持」

「拘束区分への変更は?」

「必要ありません」

「了解しました」

 表示に変更なしの記録だけが残る。

【SUBJECT:VAREN】
【OBSERVATION:CONTINUE】
【RESTRAINT:NOT REQUIRED】

 管理し、記録し、保存するための機能は最初から与えられている。

 だが、何を残し、何を拘束しないかはオリヴィア自身が判断していた。

 窓外で建物の間が一瞬開けた。

 遠くに中央研究柱が見える。

 その手前をネクス・ハウンズの識別灯を付けた車両群が別方向へ移動していた。

 オリヴィアの端末へ通信要求が入る。

【INCOMING:RIDGE】
【PRIORITY:OPERATIONAL】

「繋いでください」

 Aureaが通信を開く。

『監査官』

「聞いています」

『残り二候補のうち一つを押さえる』

 オリヴィアは前方へ視線を戻した。

『ただし、完全封鎖するなら周辺の復旧経路も止まる』

「止めないでください」

『なら選択肢を減らすだけになる』

「それで構いません」

『対象が来ても?』

「生存回収条件は維持します」

 短い沈黙があった。

『了解した』

 通信は切れなかった。

『もう一つ』

「何ですか?」

『現場から上がった記録を見た』

 オリヴィアは返事を待つ。

『あの設備、残すんだな』

「はい」

『そうか』

 それだけで通信が閉じた。

 オリヴィアは端末を下ろした。

 〈Halo Limousine〉は次の分岐へ入る。

 後方では、ハウンズの車両群が別の固定座標候補へ向かっていた。


TASK_04|DEVIATION

 〈Halo Limousine〉は復旧区画外縁の作業道路へ降りた。

 前方では稼働中の搬送線を挟み、赤、桃、黄の識別灯がそれぞれ異なる位置で止まっている。

 その中央に帰還用固定座標候補となる旧設備が残されていた。

 基部は旧A.R.K.規格だが、上部には後年の補修材と現行都市設備が継ぎ足されている。

「到着しました」

 Aureaが車体を停止させた。

 オリヴィアは窓外を見る。

 リッジが固定設備の手前に立っている。

 その奥ではセッターが外装を開き、複数の無人機を内部へ送り込んでいた。

 ドゴは搬送線との分岐部で床面を確認している。

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を持った。

「二人をお願いします」

「了解しました」

 LINは窓の外を見たまま頷いた。

 ヴァレンは一度だけ周囲を確認し、そのまま席に残った。

 オリヴィアが降車する。

 扉が閉じた。

『Secure Linkを維持します』

「お願いします」

 リッジがオリヴィアを見る。

「条件を確認する」

「設備は保存します」

「都市機能は?」

「維持」

「対象は?」

「生存回収」

 リッジはそれ以上聞かなかった。

「セッター」

「聞いてる」

 セッターは設備内部から手を出した。

 指先に小さな基準器が挟まれている。

「これを抜けば終わる」

 オリヴィアは基準器を見る。

「影響範囲を」

「だから今見てる」

 セッターが基準器を戻す。

 隣の無人機が配線の奥へ走査光を当てた。

『現行系との共用を確認しました』

 Aureaの声が通信から入る。

 オリヴィアの端末へ構造図が開く。

【LOCAL FIXED COORDINATE:ACTIVE】
【RESTORATION TRANSPORT LINK:SHARED】
【EMERGENCY SERVICE ROUTE:SHARED】

「切断した場合は?」

『搬送線二系統と緊急保守経路一系統が停止します』

「復旧時間」

『最短6時間40分』

「撤去しません」

 セッターが顔だけを上げる。

「本気か?」

「はい」

「一番早いぞ」

「使いません」

 セッターは数秒だけオリヴィアを見た。

「なら残したまま奪う」

 リッジが視線を向ける。

「方法」

「旧手動系を現行系から分離する」

「所要」

「12分」

「8分でやれ」

「は?」

「8分」

「ならドゴ側の補強を先に回すな」

 ドゴが床面から顔を上げた。

「現在位置では支持力が不足しています」

「移動できる位置は?」

「前方7.8メートルです」

「そこを使う」

「床面補強が必要です」

 セッターが無人機を二機そちらへ振る。

「今送る」

「固定完了まで3分20秒必要です」

「長い」

「必要時間です」

 セッターが舌打ちする。

 リッジは上空を見る。

「ハリアー」

『見えてるよ』

 青い識別信号が高架の外側を高速で横切る。

『現在、上空進入は二本』

「予測は?」

『対象がこの設備を選ぶなら三本目が増える』

「どこだ」

『西側の搬送塔』

「見えてる?」

『今は見えてない』

 ハリアーの返答は速い。

『予測なら西。移動履歴と高さで六割』

「プロットへ送れ」

『もう送った』

 通信が切れる。

 数秒後、別の通信が入った。

『違う』

 プロットだった。

「何が?」

『西は入口じゃない』

「理由」

『戻れない』

 短い沈黙が入る。

『南を使う』

「根拠は?」

『送った』

 リッジの端末へ経路図が届く。

 正規保守路ではない。

 設備裏側の排気シャフトから旧点検層へ入る細い経路だった。

「使える?」

『途中まで』

「捕獲点は?」

『作る』

 通信が切れた。

 リッジは図を見たまま言う。

「三経路」

「はい」

「二つを使えなくする」

「設備そのものは残してください」

「分かってる」

 リッジは図の一本を消した。

「最後は残す」

 オリヴィアは彼を見る。

「捕獲経路として?」

「そうだ」

 オリヴィアは答えなかった。

 セッター側で金属音が響く。

「切るぞ」

「現行機能は?」

「残すと言っただろ」

 セッターが工具を差し込む。

 複数の無人機が同時に位置を変えた。

【LEGACY MANUAL LINE:SEPARATING】
【CIVIL FUNCTION:ACTIVE】
【LOCAL CONTROL:TRANSFER】

 固定設備の内部で一度だけ照明が落ちる。

 隣接する搬送線は止まらない。

 輸送車両がそのまま通過した。

「ドゴ」

 リッジが呼ぶ。

「位置を」

「移動します」

 ドゴが接地アンカーを解除した。

 重装甲の巨体が固定設備正面へ進む。

 床面へ補強材が展開される。

 ドゴは指定位置で止まった。

「固定条件を確認」

『右側荷重、あと0.6メートル』

 ハリアーが上空から告げる。

 ドゴが一歩だけ位置を修正する。

「ここで保持できます」

「時間」

「現状条件なら問題ありません」

「対象が正面突破した場合は?」

「進行方向を固定します」

「それでいい」

 リッジがプロットへ通信を開く。

「南経路」

『残した』

「出口」

『ドゴ前』

「他は?」

『閉じた』

 それだけで通信が切れた。

 セッターが設備から手を引く。

「終わった」

【CIVIL FUNCTION:ACTIVE】
【LEGACY NODE:ACTIVE】
【MANUAL ACCESS:CONTROLLED】
【LOCAL AUTHORITY:HOUND】

 オリヴィアは最後の表示を見る。

「手動系は使用可能?」

「私を通せば」

「対象からは?」

「使わせない」

 セッターは外装を閉じた。

「壊してない」

 リッジが周囲を確認する。

 上空ではハリアーが巡回を続けている。

 ドゴは正面進入路を塞いでいる。

 プロットの識別信号は表示から消えていた。

 セッターの無人機だけが固定設備周辺へ残る。

「条件更新」

 リッジが端末へ入力する。

【RETURN COORDINATE CANDIDATE:ACTIVE】
【CIVIL FUNCTION:ACTIVE】
【TARGET ACCESS:CONSTRAINED】
【CAPTURE ROUTE:ESTABLISHED】
【RECOVERY CONDITION:ALIVE】

「これで固定する」

「お願いします」

「次へ回る」

 リッジは歩き出した。

 オリヴィアも〈Halo Limousine〉へ向かう。

 途中で端末に通信要求が入る。

【INCOMING:MIURA】

「繋いでください」

『監査官』

「何ですか、三浦主任」

『現場処理を確認しました』

「はい」

『設備は残したんですね』

「必要です」

『都市機能も維持されています』

「はい」

『対象の生存回収条件も変更なし』

「変更していません」

 三浦主任はそこで黙った。

 通信の向こうから小さな操作音だけが聞こえる。

『どれも根拠はありますね』

「あります」

『分かりました。そのまま記録します』

「お願いします」

『それと、残りの候補を確認してください』

 オリヴィアの端末へ新しい位置情報が届く。

 帰還用固定座標候補は一つだけになっていた。

【UNCONTROLLED RETURN CANDIDATES:01】
【LEGACY LAYER:UNRESOLVED】
【CURRENT ACCESS:PARTIAL】

「通常系統では?」

『途中で止まります』

「理由は?」

『まだ分かりません』

 三浦主任の声が少し低くなる。

『分からない以上、開いたことにはしないでください』

「分かっています」

『お願いします』

 通信が閉じた。

 〈Halo Limousine〉の扉が開いた。

 オリヴィアが乗り込む。

 LINは窓の外を見ている。

 ヴァレンはオリヴィアより先に端末へ表示された最後の座標へ視線を向けていた。

 オリヴィアが彼を見る。

 ヴァレンは少し遅れて顔を上げる。

「何か?」

「いいえ」

 オリヴィアは端末を閉じなかった。

 〈Halo Limousine〉が発進する。

 後方では、壊されなかった固定設備を中心に、ハウンズの捕獲経路だけが残っていた。


TASK_05|RECONTAINMENT

 〈Halo Limousine〉が次の分岐へ入る直前、進路表示が書き換わった。

【ROUTE PRIORITY:REQUESTED】
【SOURCE:LEGACY MANAGEMENT LAYER】
【CURRENT ROUTE:OVERRIDE PENDING】

「Aurea」

「車両制御は保持しています」

 正面の搬送路ではなく、右側の壁面に埋まっていた旧保守ゲートが開き始める。

 その先に道路表示はない。

「この経路は登録されていますか?」

「現行都市網には存在しません」

 通信が割り込んだ。

『そっち、何に進路を掴まれてる?』

 セッターだった。

「旧管理層です」

『切るか?』

 オリヴィアは開き続けるゲートを見る。

「待ってください」

『入る気か?』

「車両制御を保持したまま追います」

『なら勝手に持っていかれるな』

「Aurea」

「手動優先へ移行します」

 進路表示から自動承認が消える。

【VEHICLE CONTROL:AUREA】
【LEGACY ROUTE:FOLLOW】

 〈Halo Limousine〉が速度を落とし、開いたゲートへ入った。

 外の復旧灯が後方へ消える。

 壁面の照明は点いていない。

 それでもヴァレンは前方を見ていた。

 LINが隣から顔を向ける。

「何か見えますか?」

「いいえ」

 ヴァレンは視線を動かさない。

「でも、次で左へ曲がります」

 オリヴィアが彼を見る。

「なぜですか?」

 ヴァレンが僅かに眉を寄せる。

「……分かりません」

 数秒後、暗闇の中で左側の誘導灯が一斉に点いた。

 Aureaが減速する。

「左方向に経路を確認」

 LINがヴァレンを見る。

 ヴァレンは何も言わなかった。

 旧搬送路は地下へ傾斜していく。

 進むほど壁面の規格が古くなり、補修材も消えた。

 やがて前方に閉鎖隔壁が現れる。

「停止します」

 〈Halo Limousine〉が隔壁の手前で止まった。

 その直後、後方で重い音が響いた。

 通過してきたゲートが閉じている。

「外部経路は?」

「遮断されました」

『見えてる』

 セッターの声が入る。

『通信は残す。何か起動してるぞ』

 隔壁の表面に光が走った。

【LEGACY AUTHORITY:DETECTED】
【CUSTODIAN AUTHORITY:VALID】

 続いて別の表示が現れる。

【SUBJECT RESPONSE:DETECTED】
【LEGACY PROTOCOL:V-0】

 オリヴィアの視線が止まる。

「反応源を」

 Aureaが短い走査を行う。

「車内です」

 表示の下に新しい項目が加わった。

【SUBJECT CORRELATION:UNRESOLVED】
【RECONTAINMENT PROTOCOL:STANDBY】

 LINが表示を見る。

「V-0って、何ですか?」

「旧管理コードです」

 オリヴィアはヴァレンを見る。

 ヴァレンは表示ではなく、車両左側の床を見ていた。

「ヴァレン?」

「そこから来ます」

 床面の継ぎ目が開いた。

 細い拘束支柱が立ち上がる。

 LINが息を呑む。

 ヴァレンの手が先に動いた。

 LINの肩へ触れる直前で一度止まり、彼女を見るように僅かに間を置いてから身体を右側へ移す。

 拘束支柱が伸び切った場所には、もう誰もいなかった。

「どうして分かったんですか?」

 LINが聞く。

 ヴァレンは自分の手を見る。

「分かりません」

 もう一つの継ぎ目が開く。

 ヴァレンがそちらを見る。

「次は後ろです」

 背後の床から固定アームが展開した。

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を持って立ち上がる。

「Aurea、扉を」

「外部環境は呼吸可能です」

 扉が開く。

 ヴァレンが先に外へ出た。

「待ってください」

 彼は止まらない。

 数歩進んだところで今度は自分から動きを止めた。

 床面に円形の誘導線が浮かぶ。

 ヴァレンはその中心を避けて立っていた。

 オリヴィアも降車する。

 扉の内側からLINが二人を見ている。

『旧設備が対象位置を追跡しています』

 Aureaの声がSecure Linkへ変わる。

「対象はヴァレン?」

『反応位置は一致しています』

 隔壁が開く。

 その先は円形の収容区画だった。

 壁面へ複数の固定機構が収納されている。

 中央だけが空いている。

 ヴァレンの呼吸が浅くなった。

 右手が僅かに上がる。

 何もない空間へ伸びかけて止まる。

「ヴァレン」

 オリヴィアが呼ぶ。

 彼はすぐには反応しない。

 視線だけがオリヴィアの手へ落ちた。

「聞こえていますか?」

「……はい」

 ヴァレンの右手がゆっくり下がる。

「今のは」

 言葉が途切れる。

「何ですか?」

「私が決めた動きではありません」

 収容区画の表示が更新された。

【V-0 PROTOCOL:ACTIVE】
【RECONTAINMENT:READY】
【CUSTODIAN CONFIRMATION:REQUIRED】

 固定機構が一斉に展開を始める。

『承認要求です』

「拒否します」

【RECONTAINMENT:DENIED】

 固定機構は止まらない。

『旧規定が自動保持へ移行しました』

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を床へ接地した。

「管理権限を上書き」

【CUSTODIAN AUTHORITY:PRIORITY】
【LEGACY HOLD:SUSPENDED】

 金属音が途切れた。

 ヴァレンの目前まで伸びていた拘束アームが停止する。

 彼はそれを見ない。

 オリヴィアを見ていた。

 その目が一瞬だけ焦点を失う。

 右手が再び上がった。

 今度はオリヴィアへ向かう。

 途中で止まる。

 指先が僅かに震えた。

「どうしました?」

「……違う」

「何が?」

 ヴァレンは答えない。

 自分の手を下ろす。

 車内からLINの声が届く。

「ヴァレンさん」

 彼が振り向く。

「前にここへ来たことがあるんですか?」

「ありません」

 返答はすぐだった。

 その後に長い間が入る。

「でも」

 ヴァレンは停止した拘束機構を見る。

「次に何が動くか、分かりました」

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉の表示を切り替える。

「Aurea、V-0管理記録との照合を開始」

『了解しました』

【CURRENT SUBJECT:VAREN】
【LEGACY RESPONSE:V-0 PROTOCOL】
【IDENTITY CORRELATION:UNRESOLVED】
【OBSERVATION:CONTINUE】

「拘束指定は?」

『現在設定されていません』

「そのまま維持」

『了解しました』

 収容区画の奥で別の機構が起動した。

 低い回転音が床下へ伝わる。

『待て』

 セッターの声が割り込む。

『そっちで何を戻した?』

「旧管理層が再起動しました」

『それだけじゃない』

 オリヴィアの端末へ外部データが送られる。

【LOCAL REFERENCE:RESTORED】
【FIXED COORDINATE:STABLE】
【MOORING RESPONSE:RISING】

 最後の帰還用固定座標候補だった。

「切断できますか?」

『できる』

 返答は即座だった。

『ただし今切れば、そっちの旧層もまとめて落ちる』

 オリヴィアは停止した拘束装置を見る。

 その向こうにヴァレンが立っている。

「外周を維持してください」

『切らないのか?』

「まだです」

 短い沈黙が入る。

『了解』

 通信が閉じた。

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を床から離した。

 収容機構は停止したまま残る。

 ヴァレンがその動きを目で追う。

「オコネルさん」

「何ですか?」

「来た記憶はありません」

「はい」

「それでも」

 ヴァレンは閉じた拘束アームへ視線を戻す。

「知っていました」

 オリヴィアは答えない。

 端末には二つの表示が並んでいる。

【LEGACY RESPONSE:V-0 PROTOCOL】
【IDENTITY CORRELATION:UNRESOLVED】
【LOCAL REFERENCE:RESTORED】
【MOORING RESPONSE:RISING】

 床下では、停止していた旧基準器が回り続けていた。


TRACE_06|DRIFT

 暗い空間を細いシアンの粒子が横切った。

 真っ直ぐ伸びていた軌跡が途中で僅かに曲がる。

 エウロスがその変化を追って顔を上げた。

『変わった』

 フラマがエウロスへ視線を向ける。

『何がだ』

『片方』

 エウロスは曲がった粒子へ指を向ける。

『前と同じ方向じゃない』

 テリオンが二人の会話へ入る。

『距離が開いたのか』

 エウロスは首を横へ振った。

『逆』

『近づいた?』

 今度はアクエルがエウロスへ尋ねる。

『近くなってる』

 エウロスは少し考えてから続ける。

『でも、こっちへ来てる感じじゃない』

 フラマの右腕を走るマゼンタの亀裂が僅かに明るくなる。

『意味が分からない』

『ぼくも』

 エウロスは曲がった粒子の先を見る。

『前は探してなかった』

 テリオンがエウロスへ確認する。

『何を』

『こっち』

 テリオンの古金色の粒子が足元へ広がる。

『接近ではなく、観測へ変化したと判断するのか』

『そんな感じ』

『感覚ではなく条件で答えろ』

『まだ条件がない』

 エウロスは困ったように笑う。

『だから見てる』

 フラマがテリオンへ顔を向ける。

『待ちすぎた』

『何を指している』

『判断だ』

 フラマは曲がった粒子を見る。

『向こうがこちらを認識し始めたなら先に動くべきだった』

 アクエルがフラマへ静かに尋ねる。

『何をするの?』

『接触する』

『どちらへ?』

 フラマは答えなかった。

 アクエルがもう一度聞く。

『切らないの?』

 マゼンタの光が一度だけ強くなる。

『切れるなら切る』

『切れないんだね』

 フラマがアクエルを見る。

『決めつけるな』

『じゃあ切る?』

 沈黙が返る。

 アクエルはそれ以上聞かなかった。

 テリオンが四人の間へ条件を置く。

『二つとも残っている』

 エウロスがテリオンを見る。

『うん』

『一方は従来の方向を維持』

『そう』

『もう一方だけが変化している』

『そう見える』

 フラマがテリオンへ言う。

『なら変化した方を戻せ』

 テリオンはすぐには答えない。

 アクエルが先にフラマへ向く。

『戻すって、どうやって?』

『必要な方向へ動かす』

『引っ張るの?』

『必要なら』

 アクエルは首を横へ振った。

『たぶん逆になる』

 フラマの目が細くなる。

『根拠は』

『近づいてるのに離れ始めてるから』

 エウロスがアクエルを見る。

『それ、ぼくが言ったのと似てる』

『少し違う』

『どこが?』

 アクエルは曲がった粒子を見る。

『距離じゃない』

 テリオンがアクエルへ視線を移す。

『では何だ』

『向き』

『物理方向ではない』

『うん』

 アクエルは僅かに目を伏せる。

『こっちに来るために近づいてるんじゃない』

 フラマが低く言う。

『なら危険だ』

『危険だから切る?』

 アクエルが再び聞く。

 フラマは今度も答えなかった。

 エウロスがその沈黙に気づく。

『切れないんでしょう』

『黙れ』

『必要だから?』

『黙れと言った』

 テリオンがエウロスを止める。

『推測を重ねるな』

 エウロスは肩をすくめる。

『でも二つある』

『それは確認済みだ』

『一つじゃ駄目?』

 テリオンの返答だけが遅れた。

 古金色の粒子が足元で止まる。

『足りない』

 フラマがテリオンを見る。

『何に』

『不明』

『ならなぜ言える』

『条件だけが残っている』

 今度はエウロスも笑わなかった。

『二つ必要』

『そうだ』

『何をするため?』

『分からない』

 アクエルが四人を見る。

『それでも失くしたくない?』

 テリオンは答えない。

 フラマも答えない。

 エウロスが先に口を開く。

『ぼくは見たい』

 フラマがエウロスへ返す。

『お前はいつもそうだ』

『今回は違う?』

『違わないから問題だ』

 エウロスが少し笑う。

 アクエルは曲がった粒子へ近づいた。

 触れようとはしない。

『前に待ってたでしょう』

 エウロスがアクエルを見る。

『何を?』

『選ぶところ』

 フラマの表情が僅かに硬くなる。

 テリオンは何も言わない。

 アクエルが続ける。

『選んだね』

 エウロスが頷く。

『思ってたのと違った』

 フラマが短く言う。

『一度だ』

 テリオンがフラマへ向く。

『一度でも結果には含まれる』

『評価するのか』

『記録する』

 アクエルが静かに笑う。

『それでいいと思う』

 フラマはアクエルから目を逸らす。

『今はな』

 再びシアンの粒子が伸びた。

 もう一方の細い光は、以前とほとんど同じ方向を保っている。

 エウロスが二つを見比べる。

『やっぱり違う』

 テリオンが尋ねる。

『修正可能か』

『分からない』

 フラマが続ける。

『放置できるか』

 エウロスは答えない。

 アクエルがフラマへ向く。

『無理に戻したら、もっと曲がると思う』

『では待つのか』

『見ていた方がいい』

『またそれか』

『今度は向こうも見てるから』

 フラマが黙る。

 テリオンは二つの軌跡から目を離さなかった。

『現条件を維持する』

 エウロスが聞く。

『近づく?』

『こちらからは動かさない』

 フラマがテリオンへ確認する。

『異常なら』

『再判断する』

 アクエルも頷いた。

『失くす前に』

 誰もそれ以上は言わなかった。

 二つの細い反応はまだ消えていない。

 一つはそのまま。

 もう一つは、僅かに角度を変え続けていた。

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