Scene.12a -「まぶしすぎて、だれも見えなかった」(前編)

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▼オリジナル小説

【REFLOG:Δ.H1】

【MULTI-NODE CONFLICT:PREDICTED】

【TARGET:Δ.H0】

【TRACE:CONTINUED】

 トーキョー・シティ地下。

 廃止された通信中継区画。

 湿った空気の中で、旧式冷却機の駆動音だけが続いていた。

 壁面に並ぶ端末の半分は暗いままだった。

 スプロケットは稼働している一台の前へ座り、そこに接続していた。

「……また、いる」

 黒いパーカーの背中が小さく震える。

 VRゴーグルの内側。

 大量のノイズ。

 その向こうに、一人の少女が映っていた。

 白い服。

 小柄な身体。

 陽名。

【PERSON DETECTED】

【ID:UNRESOLVED】

【TRACKING:UNSTABLE】

 映像そのものは鮮明だった。

 少女は歩いている。

 周囲の人間と話している。

 熱源もある。

 声も記録されている。

 それでも人物タグだけが何度も外れた。

「スプロケット」

 ポイゾナスが呼ぶ。

「一度切って」

「もう切った……」

 スプロケットがゴーグルへ手を添える。

「でも、残ってる」

「何が?」

「分かんない」

 息が浅い。

「音……みたいで、声みたいで……ぼくのじゃないものが、ずっと混ざってる」

⸻

 ポイゾナスはすぐ隣へ膝をついた。

 スプロケットのゴーグルを少し持ち上げ、瞳孔を確かめる。

 元へ戻して手首に指を当てた。

 脈を取りながら浅い呼吸と手の震えを確認する。

「再接続した?」

 スプロケットは答えなかった。

「したのね」

「……ちょっとだけ」

「何回?」

「……」

「スプロケット」

「分からない」

 ポイゾナスが小さく息を吐いた。

 責めなかった。

 《ヴェネナム》で生成する成分を調整する。

 神経過負荷を抑えるごく弱い鎮静作用に留め、呼吸の変化を見守った。

「これ以上、自分から繋がらないで」

「でも」

「分からないものを放っておけないのは知ってる」

 ポイゾナスはスプロケットの肩へ手を置く。

「それであなた自身が消えたら、確かめる人間がいなくなる」

 スプロケットが黙った。

 後方。

 タウロスが腕を組んでいる。

「言うこと聞け」

「……二人とも同じこと言う」

「正しいからな」

「たぶん」

 フェイズは壁際から端末を見ていた。

「まだ繋がってるな」

「分かる?」

「お前の顔見りゃ分かる」

「それ、解析じゃない」

「俺は解析屋じゃねぇ」

 オラトリオだけが少し離れた場所に立っている。

 白いフード。

 目隠し。

 両手には水晶玉。

 彼女は映像の陽名ではなく、スプロケットの方へ顔を向けていた。

「名は、もうある」

 小さな声。

「けれど、呼ぶ声が多すぎる」

 スプロケットが顔を上げる。

「……ぼく?」

 オラトリオは答えなかった。

 その時。

 中継端末の画面が切り替わった。

【EXTERNAL ACCESS】
【SOURCE:UNRESOLVED】

「来た」

 フェイズがナイフへ手を伸ばす。

「待って」

 ポイゾナスが制した。

 画面に赤い髪の青年が現れる。

「こんにちは」

 ラズだった。

「相変わらず物騒だね」

「要件を言いなさい」

 ポイゾナスの声は冷たい。

「もちろん」

 ラズは笑う。

「スプロケットの状態、良くないでしょ?」

 タウロスの表情が変わる。

「見てんのか」

「生体データまでは取ってないよ」

「信用できるか」

「できないね」

 ラズはあっさり認めた。

「でも、原因候補なら知ってる」

「陽名?」

 ポイゾナスが尋ねる。

「正確には、陽名そのものというより――」

 ラズがスプロケットを見る。

「君のところの電子戦担当が、陽名の周囲にある何かへ繋がり続けてる」

 スプロケットの指が止まった。

「ぼくが……?」

「《サイバー・リゾナンス》って便利だよね」

 ラズの笑みが少し薄くなる。

「電子信号だけなら良かったんだけど」

「どういう意味?」

「僕にも全部は分からない」

 フェイズが鼻で笑った。

「またそれか」

「分からないから観測してるんだよ」

「お前の観測に付き合う気はない」

「僕も頼んでないよ」

 ラズが肩をすくめる。

「ただ、このまま遠隔で引っ掛かり続けたら、先にスプロケットの方が持たないかもしれない」

 タウロスが一歩前へ出た。

「なら切れ」

「できたらやってる」

 ラズは即答した。

「EVA側のアクセス制御を閉じても残る。都市ネットワークから切っても残る」

 スプロケットの呼吸がまた乱れる。

「……切れない」

「だから」

 ラズが別の画面を開いた。

 都市地図。

 一本の移動経路。

「陽名の現在位置を送る」

 ポイゾナスがラズを見る。

「直接会えと?」

「会うかどうかは君たちが決めればいい」

「あなたは結果を見る」

「もちろん」

「私たちを実験材料にして」

「その部分は前にも説明したよ」

 フェイズが舌打ちする。

「本当にムカつくな、こいつ」

「褒め言葉として受け取るね」

 ポイゾナスは転送された位置情報を見る。

 数秒。

「ラズ」

「うん?」

「あなたが何を狙っているかは後で考える」

「合理的だ」

「今はスプロケットが先」

 ラズの笑みが消えた。

 一瞬だけ。

「それでいいと思うよ」

 通信が切れた。

【EXTERNAL ACCESS:TERMINATED】

 静寂。

 タウロスがスプロケットを見る。

「行くぞ」

「……うん」

 ポイゾナスが立ち上がる。

「フェイズ」

「先に見る」

「無茶はしないで」

「それ俺に言う?」

「あなた以外に誰へ言うの」

 フェイズが笑う。

「分かったよ」

 フェイズは経路に沿う建物配置を確認した。

 視認済みの座標から中継点を選び、障害物のない出現場所を確かめる。

 青白い歪み。

 フェイズの姿が消えた。

 一人だけ。

 タウロスがスプロケットを抱き上げる。

「歩けるよ」

「今のお前より俺の方が速い」

「重くない?」

「軽すぎる」

「失礼」

「食え」

「リョウみたいなこと言う……」

「誰だそれ」

「知らない人」

 タウロスが首を傾げる。

 ポイゾナスが先頭へ立つ。

 オラトリオが続く。

「行くわよ」

 四人は地上への通路へ向かった。

⸻

 数時間後。

 トーキョー・シティ市街地外縁。

 ガンマチームは〈レイヴン〉で指定回収地点へ向かっていた。

 後部区画ではマナイアが座席を倒し、腹部の治療を継続している。

 その隣にミーラが座っていた。

 アビゲイルが後方を確かめると陽名もマナイアの近くにいる。

 少女はそこを離れようとしなかった。

「前方に複数反応」

 助手席のジャンが顔を上げた。

「五名」

 アビゲイルが速度を落とす。

「識別」

「[スペリオルズ]」

 表示が並ぶ。

【POISONOUS】
【TAURUS】
【PHASE】
【SPROCKET】
【ORATORIO】

「一名、バイタル低下」

「スプロケット?」

「はい」

 アビゲイルは〈レイヴン〉を停止させた。

「ジャン、車内防護を維持」

「了解」

「リョウ」

「前だな」

「まだ戦わない」

「分かってるって」

 リョウがドアを開く。

「向こうが殴ってきたら?」

「その時は止めて」

「了解」

 アビゲイルも降りる。

 最後に陽名を見る。

「ここにいて」

 陽名が首を傾げる。

「なんで?」

「危険かもしれない」

 陽名は車外を見る。

「……あの子、苦しそう」

 スプロケットだった。

 タウロスに支えられている。

「まず話す」

 アビゲイルが答えた。

「分かった」

⸻

【REFLOG:Δ.H1】

【TARGET:Δ.H0】

【VISUAL:CONFIRMED】

【THERMAL:CONFIRMED】

【AUDIO:CONFIRMED】

【PERSON ID:UNRESOLVED】

【TRACKING:UNSTABLE】

【SECONDARY SUBJECT:SPROCKET】

【BIOLOGICAL LOAD:ELEVATED】

⸻

 高架橋の陰で二つの集団が向かい合った。

 アビゲイルは〈レイヴン〉を背に立ち、リョウが横を固めている。

 前方ではタウロスがスプロケットを支え、その脇にポイゾナスがいた。

 アビゲイルは〈高周波刀〉へ手を掛けている。

 抜かない。

「止まって」

 ポイゾナスたちが足を止める。

「私たちは[統律特命局]ガンマチーム」

「知ってる」

 フェイズが言った。

「ラズから情報をもらった」

「目的は?」

 ポイゾナスが前へ出る。

「陽名と話をしたい」

「理由」

「スプロケットとの接続を切るため」

 アビゲイルがスプロケットを見る。

 顔色が悪い。

 呼吸も浅い。

「こちらで治療できます」

「違う……」

 小さな声。

 スプロケット自身だった。

「治療じゃ……切れない」

「何が起きてる?」

「ぼくにも……分かんない」

 ゴーグルを押さえる。

「ずっと、何か聞こえる」

「陽名の声?」

「それだけじゃない」

 スプロケットの表情が歪む。

「いっぱい……混ざってる」

 ポイゾナスが彼女を支える。

「神経負荷は私が抑えてる。でも原因は止められない」

「だから陽名へ接触させる?」

「確認するだけ」

「安全の保証は?」

「ない」

 アビゲイルは即答しなかった。

 ポイゾナスも続ける。

「そっちにもないでしょう?」

 沈黙。

 フェイズが口を開く。

「時間がねぇ」

「だからといって通せない」

「話すだけだ」

「陽名本人の安全を確認できない」

 タウロスの声が低くなる。

「スプロケットは今苦しんでる」

「見れば分かる」

「なら――」

「タウロス」

 ポイゾナスが止める。

 アビゲイルを見る。

「直接、陽名へ聞けばいい」

 その言葉で。

 アビゲイルは一瞬だけ止まった。

 背後の〈レイヴン〉には陽名がいる。

 アビゲイルは刀へ掛けた指をわずかに緩めた。

 ここまで全員が、

 保護。

 治療。

 観測。

 接触。

 安全。

 それぞれの言葉を使っている。

 だが。

 誰も陽名本人へ何をしたいのか聞いていない。

 アビゲイルが振り返ろうとした。

 その瞬間。

 フェイズが消えた。

「フェイズ!」

 ポイゾナスの声。

 アビゲイルの《ミライメージ》が反応する。

 数秒先。

 複数の未来。

 〈レイヴン〉の側面。

 フェイズ。

 陽名へ接近。

 アビゲイルは一つを選ぶ。

 アビゲイルは車両側へ踏み込みながら〈高周波刀〉を抜いた。

 振動音に重なって青白い歪みが生じる。

 出現したフェイズと車両の間へ身体を入れた。

「そこまで」

「退け!」

 フェイズのナイフがアビゲイルの〈高周波刀〉とぶつかった。

 金属音とともに火花が散る。

 フェイズはすぐに後方へ跳ぶ。

「話すだけだって言ってるだろ!」

「今のが話しに来た人間の動き?」

「時間がねぇんだよ!」

 アビゲイルが構える。

「だからって勝手に近づけさせない」

 タウロスが前へ出た。

「なら押し通る」

「おっ」

 リョウが笑う。

「デカいな」

 両腕が黒銀へ変わる。

 《クロガネ》。

「悪いけど、こっちも通すわけにゃいかねぇ」

「退け」

「それは無理」

 タウロスの肩と背中が膨張する。

 巨大な角。

 低い重心。

 《ブルホーン》。

「なら来い」

「ヒーロー様相手に正面勝負とはいい度胸だ!」

 二人が正面からぶつかった。

 鈍い衝撃が響き、踏ん張った足元にひびが走る。

 リョウの足が後ろへ滑った。

「重っ……!」

「そっちもな」

 リョウが笑う。

「気に入った!」

「俺はまだ決めてねぇ!」

 再び衝突。

「リョウ、出力を上げすぎないで!」

「分かってる!」

 アビゲイルがフェイズを見る。

 その背後。

 ジャンが車内防護の表示を端末で確かめ、車両横へ出た。

 カスタム拳銃は下げたままだった。

「ポイゾナス!」

「何?」

「スプロケットの状態を見せてください!」

「今さら信用しろと?」

「治療できますとは言いません!」

 ジャンは端末を構える。

「でも、何が起きてるか比較はできる!」

 ポイゾナスが迷う。

 スプロケットが身体を震わせた。

「っ……」

「スプロケット!」

 ゴーグルへノイズ。

【CYBER RESONANCE:OVERLOAD】
【SELF-BOUNDARY:UNSTABLE】

「ぼく……」

 声が震える。

「また……増えてる」

「切って!」

「切ってる!」

「じゃあゴーグルを外して!」

「違う……これ、機械からじゃない……」

 スプロケットが顔を上げる。

 〈レイヴン〉。

 その中。

 陽名。

 まっすぐ見ていた。

「……ヒナ」

 少女がその声に反応する。

 ドアへ近づく。

「陽名!」

 アビゲイルが振り返る。

 陽名が開いたドアに手を掛け、車外へ降りた。

「戻って!」

「でも」

 陽名はスプロケットを見る。

「あの子、苦しい」

「危険かもしれない」

「わたしが?」

 アビゲイルが答えられなかった。

「それとも、あの子が?」

 陽名は聞いた。

 戦場が一瞬だけ静かになった。

 リョウとタウロスも動きを止める。

 フェイズのナイフが下がる。

 ポイゾナスはスプロケットを抱えている。

 誰もすぐには答えられなかった。

 陽名が一歩進む。

 何も起きない。

 重力も変わらない。

 光も曲がらない。

 音も消えない。

 ただ、一人の少女が歩いている。

 アビゲイルの〈T.A.S.S.〉だけが追跡に失敗した。

【TRACKING……】
【FAILED】

 再取得。

【PERSON DETECTED】
【ID:UNRESOLVED】

 陽名はアビゲイルの横を通った。

 止めようと思えば止められる。

 だが。

 アビゲイルは手を伸ばさなかった。

「……陽名」

「うん」

「自分で決めて」

 陽名が少しだけ頷く。

 ポイゾナスの前まで歩く。

 スプロケットを見る。

「痛い?」

「わかんない……」

 スプロケットの声は弱い。

「ぼくじゃないのが……いっぱい入ってくる」

 陽名が首を傾げる。

「わたしも、前はそうだった」

 スプロケットが目を開く。

「え……?」

「どれが、わたしか分からなかった」

 短い言葉。

 陽名はスプロケットの顔を見ながら手を伸ばした。

 その指先が震える手へ近づく。

「待って」

 ポイゾナスが反射的に言う。

 陽名の手が止まる。

「危ない?」

 ポイゾナスは答えられない。

 スプロケットが、自分から手を伸ばした。

「……ぼくが、触る」

「スプロケット」

「確かめたい」

 ポイゾナスを見る。

「ぼくが」

 その一言で。

 ポイゾナスは手を離さなかった。

 ただ、止めるのをやめた。

 スプロケットが腕を上げた。

 震える指先が陽名の指先に触れる。

⸻

【REFLOG:Δ.H1】

【TARGET:Δ.H0】

【ASSOCIATED SUBJECT:SPROCKET】

【PHYSICAL CONTACT:CONFIRMED】

【《CYBER RESONANCE》:ACTIVE】

【CROSS-SYSTEM LINK:UNSTABLE】

【PERSON ID:UNRESOLVED】

【TRACE SYNCHRONIZATION:FAILED】

⸻

「っ――!」

 スプロケットの身体が跳ね、支えていたポイゾナスの腕に重みが掛かった。

 ゴーグルの画面が白く染まる。

 だが、外の空間は変わらない。

 地面も。

 重力も。

 音も。

 異常を起こしたのは、接続側だった。

 スプロケットの《サイバー・リゾナンス》。

 電子信号。

 記憶。

 感情。

 誰かの声。

 区別できない大量の情報が流れ込む。

「多い……!」

 スプロケットが叫ぶ。

「多すぎる……!」

 陽名が手を離そうとする。

 だが。

 スプロケットの指が掴んだ。

「待って……!」

「でも、痛い」

「分かりそうなんだ……!」

「スプロケット!」

 タウロスが駆け寄る。

 《ブルホーン》を解除する。

「離せ!」

「嫌だ!」

 タウロスの足が止まる。

 スプロケットが初めて強い声を出した。

「ずっと分かんなかったんだ!」

 呼吸が乱れる。

「なんでぼくに聞こえるのか!」

「そんなもん後でいい!」

「ぼくには後じゃない!」

 ノイズ。

 声。

 映像。

 知らない感情。

 それらがゴーグルの奥で重なる。

『……』

『……な……』

『……名前……』

『……帰り……』

『……忘れ……』

「やめろ!」

 タウロスがスプロケットの肩を掴む。

「お前が消えるぞ!」

「ぼくは――」

 スプロケットの声が詰まる。

「ぼくは、誰……?」

 陽名の表情が変わった。

 初めて。

 はっきりと心配していた。

「スプロケット」

「……」

「名前」

 スプロケットが震える。

「それ、あなたの名前?」

「……そう」

「誰が呼ぶの?」

 タウロスが答えた。

「俺たちだ」

 ポイゾナス。

「私も」

 フェイズがナイフをしまう。

「嫌ってほどな」

 オラトリオが水晶玉を抱く。

「呼ばれた名は、戻る道になる」

 スプロケットの喉から息が漏れ、次を吸い込めなくなる。

「ぼく……」

 タウロスが肩を掴んだまま言う。

「スプロケット」

 ポイゾナス。

「スプロケット」

 フェイズ。

「スプロケット」

 陽名も言った。

「スプロケット」

 ノイズの中で。

 その名前だけが残った。

⸻

【OBSERVATION NODE:MEERA MALIK】

 〈レイヴン〉内部。

 ミーラは端末へ流れ込むデータを見ていた。

【TARGET:HINA】

【SECONDARY SUBJECT:SPROCKET】

【VISUAL:CONFIRMED】

【THERMAL:CONFIRMED】

【PHYSICAL CONTACT:CONFIRMED】

【PERSON ID:UNRESOLVED】

【CYBER RESONANCE:ABNORMAL EXPANSION】

【CROSS-SYSTEM SYNC:UNSTABLE】

「違う……」

 ミーラが呟く。

 重力異常はない。

 空間歪曲もない。

 熱源異常もない。

 陽名が何かを放出した痕跡もない。

 変化しているのは。

 スプロケット側。

「陽名が攻撃してるんじゃない」

 ジャンが車外から通信する。

『何が起きてます?』

「接続している側が拾いすぎてる」

『《サイバー・リゾナンス》?』

「たぶん」

 ミーラは即座に訂正する。

「いいえ。まだ断定できない」

 画面を見る。

 陽名の記録。

 スプロケットの能力反応。

 本来なら同じ分類へ入らない二つ。

 それが接触点で重なっている。

「違う系統が……繋がった?」

 ミーラの指が止まる。

「そんなはず……」

 言葉を止める。

 そんなはずがない。

 そう言い切れるだけの答えを、自分はまだ持っていない。

 端末へ新しい警告。

【EXTERNAL DISPLAY CONTROL:OVERRIDDEN】

「……また」

⸻

 高架下。

 壊れていた公共案内ディスプレイが一斉に点灯した。

 ジャンが拳銃を上げる。

「外部侵入!」

 アビゲイルが陽名とスプロケットの前へ戻る。

 映像が出た。

 赤い髪。

 赤い瞳。

 ラズ。

「いやぁ」

 画面越しに、ゆっくり拍手する。

「これは予想より面白い」

 フェイズが睨む。

「お前……!」

「待って待って」

 ラズが両手を上げる。

「僕も全部分かってたわけじゃないよ」

 視線がスプロケットへ向く。

 次に。

 陽名。

「直接会わせれば何か起きるとは思った」

 ラズの笑みが薄くなる。

「でも――」

 端末上に流れる異常な接続ログを見る。

「これは、僕のΩにもなかったな」

 陽名はラズの映像を見なかった。

 スプロケットの手を見ている。

 スプロケットも。

 ラズを見ていない。

 自分を呼ぶ四人の声を聞いている。

「スプロケット」

 タウロス。

「スプロケット」

 ポイゾナス。

「スプロケット」

 フェイズ。

「スプロケット」

 陽名。

 ラズの声より。

 観測ログより。

 Ω計画より。

 その名前の方が、今の彼女には近かった。

【REFLOG:Δ.H1】

【TARGET:Δ.H0】

【ASSOCIATED SUBJECT:SPROCKET】

【CONTACT:ACTIVE】

【IDENTITY COHERENCE:UNSTABLE】

【TRACE:CONTINUED】

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