第2部『403_FORBIDDEN』INTERRUPT_03|ADAPTATION

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クロス・バグ三部作(絶賛連載中)

 〈センチレット〉の反応はまだ残っていた。

 スプロケットは崩れた商業区画の裏手で足を止めた。

 頭上では仮設送電線が低く唸っている。

 通りの向こうには半壊した共同住宅。

 その奥では復旧灯が一定間隔で点滅していた。

 [ネクス・ハウンズ]の姿は見えない。

 だから安全とは限らない。

【〈CENTILLET〉:LINK AVAILABLE】
【LOCAL MANAGEMENT ACCESS:PARTIAL】
【CITY RESTORATION NETWORK:ACTIVE】

「また使うの?」

 アイリーが横から画面を覗いた。

「……見るだけ」

「前もそれで色々やったじゃん」

「今回はまだやらない」

「まだ?」

「うん」

 スプロケットは《サイバー・リゾナンス》を細く伸ばした。

 前回のように都市側へ広げない。

 近くを巡回している一機の〈センチレット〉だけを拾う。

【〈CENTILLET〉:CONNECTED】
​
【SURVEILLANCE:AVAILABLE】
【EVACUATION ROUTE:AVAILABLE】
【BARRIER STATUS:AVAILABLE】
【RESTORATION STATUS:AVAILABLE】

 拒否はされない。

 〈センチレット〉そのものが使えなくなったわけではなかった。

 スプロケットは周辺経路を開いた。

【ROUTE-A:BLOCKED】
【ROUTE-B:HIGH RISK】
【ROUTE-C:AVAILABLE】
​
【VISIBLE HOSTILE RESPONSE:LOW】
【PASSAGE STATUS:OPEN】

「……南東」

 旧避難路が表示される。

 マッハラインが身体を傾けた。

「じゃあ俺が一回――」

 右足が前へ出る。

 半歩で止まった。

「……いや」

 マッハラインは自分で足を戻した。

「スプロケット。今は待つ?」

 スプロケットが少しだけ顔を上げる。

「待って」

「了解」

 マッハラインは笑って答えた。

 走り出さなかっただけで身体は落ち着いていない。

 踵を浮かせながら避難路の奥を見ている。

「俺ならすぐ見て戻れるけどね」

「だから待って」

「分かってるって」

 その横で明が入口を見続けていた。

「……ちょっと変です」

 スプロケットが画面から視線を外す。

「何が?」

「ここ避難路なんですよね?」

「うん」

「今も使える状態で?」

「そうなってる」

 明は床へ目を落とした。

「だったら人が使ってないのがおかしいです」

 アイリーも入口を見る。

「使ってない?」

「たぶんですけど」

 明は通路手前を指した。

「復旧班が通ってるなら資材を運んだ跡がもっと残ると思います」

 床面には新しい擦過痕が少ない。

 壁際にも人が頻繁に通過した形跡がほとんどない。

「表示では開いてるのに?」

 アイリーが眉を寄せる。

「はい」

「じゃあ私が先に入って――」

「駄目」

 スプロケットがすぐに止めた。

「早っ」

「罠だったらアイリーが入る意味ない」

「でも何か出てきたら私が止められるよ?」

「入らなければ止めなくていい」

 アイリーは一瞬黙った。

「……それはそうか」

 マッハラインが笑う。

「同じこと考えてた」

「マッハラインは見たいだけでしょ」

「それもある」

「私は守るため!」

「はいはい」

「そこ一緒にしないで!」

 短いやり取りの間もスプロケットは〈センチレット〉を見ていた。

【ROUTE-C】
【PASSAGE STATUS:OPEN】
【STRUCTURAL RISK:LOW】
【CIVILIAN TRAFFIC:LOW】
【SECURITY ALERT:NONE】

「……嘘ではない」

「〈センチレット〉がですか?」

 明が聞く。

「たぶん」

「じゃあ何が変なんです?」

「持ってない情報がある」

 スプロケットは管理情報を一段深く開いた。

 復旧部隊。

 一般警備。

 管理設備。

 周辺武装反応。

 ネクス・ハウンズだけが見えない。

【TACTICAL POSITION DATA:PARTIAL】
【FIELD UNIT STATUS:UNAVAILABLE】
【NETWORK INTEGRATION:DISABLED】

「……切った」

 アイリーが首を傾ける。

「何を?」

「自分たち」

「街から?」

「全部じゃない」

 必要な部分だけを都市側から外している。

 前回こちらが〈センチレット〉を利用した。

 その次には情報そのものを見えなくした。

 明も画面を見ていた。

「対応早いですね」

「うん」

「一回で変えてきたんですか?」

「たぶん」

 マッハラインが口元を上げる。

「面白いじゃん」

 アイリーが横を見る。

「喜ぶところ?」

「だって向こうも変えてきたならこっちも変えればいい」

「そういう意味なら分かるけど」

 スプロケットは避難路を経路候補から外した。

「……行かない」

 マッハラインがすぐ反応する。

「別の道?」

「探す」

「今度は俺も待つ」

「自分で言うんだ」

 アイリーが笑った。

「成長したから」

「自分で言うと安くなるよ」

「そこまで?」

   ◇

 北側へ戻り始めた時だった。

 低い駆動音が響いた。

 全員が振り返る。

 先ほどまで開いていた避難路の奥で巨大な隔壁が動いていた。

【BARRIER:CLOSING】

「ほら!」

 アイリーが指を差す。

「やっぱり罠だった!」

「まだ罠とは――」

 明が言いかける。

 スプロケットはすでに〈センチレット〉へ接続していた。

【OPEN REQUEST:SUBMITTED】
【OPEN REQUEST:DENIED】
​
【CONTROL MODE:LOCAL MANUAL】

「……手動」

「開かないの?」

 アイリーが聞く。

「都市側から切ってる」

「じゃあ壊す?」

「壊さない」

「即答二回目!」

「必要ない」

 頭上で青い光が一度横切った。

 マッハラインが先に見上げる。

「あれは空飛ぶヤツだ」

 明も追う。

「〈センチレット〉には出てません」

「だからだよ」

 マッハラインは少し楽しそうに笑った。

「本当に見えなくしてる」

「感心してる場合?」

「敵でも上手いものは上手い」

 アイリーが肩を落とす。

「そういうところ変わらないね」

「そこは変える必要ないだろ」

 スプロケットは二人の会話を聞きながら取得項目を減らした。

【TACTICAL DATA:DISABLED】
【HOSTILE POSITION SEARCH:DISABLED】
​
【STRUCTURAL STATUS:ACTIVE】
【POWER GRID:ACTIVE】
【CIVILIAN MOVEMENT:ACTIVE】
【RESTORATION ACTIVITY:ACTIVE】

 明が表示を見る。

「ハウンズを探すのやめるんですか?」

「うん」

「見えないから?」

「見えないものを探すと向こうの情報に引っ張られる」

「じゃあ街だけ見る」

「そう」

 アイリーが覗き込む。

「建物とか人とか?」

「電気も」

「それで逃げられる?」

「……やってみる」

 アイリーがすぐに笑った。

「じゃあやろう!」

 スプロケットが彼女を見る。

「軽い」

「やってみなきゃ分からないでしょ」

「それアイリーの理屈」

「こういう時は使えるよ」

 マッハラインが先の通路を指した。

「で。今度はどっち?」

 スプロケットは都市の環境情報だけを見た。

「……右」

「了解」

 今度は誰も勝手に先行しなかった。

   ◇

 旧商業区画の保守路を抜ける。

 復旧班の使用区画を外す。

 一般市民が多い場所も避ける。

 敵の位置は見えないままだった。

 数十メートル進んだところでクロニアスが止まった。

「待ってくれ」

 全員が止まる。

 クロニアスは後ろの隔壁を見ていた。

「これ二回目だ」

 明が振り返る。

「二回目ですか?」

「いや違う」

 クロニアスは自分で否定した。

「二回見たんじゃない」

 手帳へ手を伸ばす。

「閉じる前に閉じた後を知ってた感じがした」

 アイリーが顔をしかめる。

「未来が見えたってこと?」

「それはない」

 クロニアスはすぐに首を振った。

「《タイムエコー》は未来視じゃない」

「じゃあ?」

「だから変なんだ」

 手帳へ短く書き込む。

「記憶の混線かもしれない。疲労もある。能力残響の可能性もある。いやそれなら前後関係が――」

「クロニアス」

 スプロケットが止める。

「今は?」

 クロニアスは一度考えた。

「危険とは判断できない」

「じゃああとで」

「うん。必ず」

 手帳を閉じる。

「これは残す」

「分かってる」

   ◇

 数分後。

 スプロケットは再び一機の〈センチレット〉へ接続した。

 今度は敵を探さない。

 〈センチレット〉自身の判断経路を見る。

【〈CENTILLET〉】
【LOCAL JUDGMENT:ACTIVE】

「何見てるの?」

 アイリーが横から覗く。

「こいつが何を見てるか」

「〈センチレット〉を?」

「うん」

 判断履歴を遡る。

【LOCAL JUDGMENT:〈CENTILLET〉】
↓
【CITY AGGREGATION:〈CENTRIO〉】

 スプロケットの指が止まる。

 視界の端に白いものが立っていた。

 人影だった。

 以前は横顔の輪郭までしか掴めなかった。

 今は肩の位置まで分かる。

 顔がどちらを向いているのかも、前よりはっきりしている。

『――まだ』

 男の声だった。

 スプロケットが振り返る。

 誰もいない。

 アイリーがその動きに気づいた。

「スプロケット?」

「……また聞こえた」

 アイリーの表情から笑みが少し消える。

「前と同じ?」

 スプロケットは一度だけ迷った。

「……前より近い」

「大丈夫?」

「うん」

 アイリーは数秒だけスプロケットを見た。

「じゃあ続けよ。変だったら今度はちゃんと言ってね」

「……分かった」

 スプロケットは再び表示へ視線を戻した。

 人影はもういない。

 それでも声だけは少し長く残っていた。

【LOCAL JUDGMENT:〈CENTILLET〉】
↓
【CITY AGGREGATION:〈CENTRIO〉】

 今度は別の文字がスプロケットの視線を止めた。

「……〈セントリオ〉」

 明が画面を見る。

「これが上なんですか?」

「みたい」

「AIですか?」

「まだ分からない」

 マッハラインも覗き込む。

「繋がってみれば?」

 スプロケットが無言で見る。

「……今のなし」

 マッハラインは自分から引いた。

「今は危ないな」

 アイリーが少し笑う。

「本当に自分で止まるようになったね」

「だろ?」

 スプロケットは〈セントリオ〉への接続を開かなかった。

 名前と位置だけを残す。

 今はそれで十分だった。

「固定点を探す」

 ヴォルトへ繋がる可能性がある中継点を開く。

【FIXED RELAY CANDIDATE:07】
【DISTANCE:1.8 km】

「ここなら――」

 表示が変わった。

【FIXED RELAY CANDIDATE:07】
【ACCESS STATUS:BLOCKED】

 マッハラインが眉を上げる。

「早いな」

 明も画面を見る。

「先回りされたんですか?」

「……可能性高い」

 別候補。

【FIXED RELAY CANDIDATE:04】
【ACCESS STATUS:UNAVAILABLE】

【FIXED RELAY CANDIDATE:09】
【STATUS:UNRESOLVED】

 使える場所が減っている。

 ハウンズは追いついてこない。

 進める場所を少しずつ消している。

 スプロケットは別の画面を開いた。

 さらに一枚。

 もう一枚。

「スプロケット」

 アイリーが呼ぶ。

「何?」

「画面多い」

「必要だから」

「必要でも多い」

 スプロケットの指が止まる。

「今いらないの閉じよ」

「どれ?」

「それは私に聞くの?」

「アイリーが言ったから」

「そこはスプロケットが決めてよ!」

 マッハラインが笑う。

 明も僅かに口元を緩めた。

 スプロケットは数秒考えた後に二枚閉じた。

「……これでいい?」

「うん」

「適当」

「でもさっきより顔上がったよ」

 スプロケットがアイリーを見る。

 アイリーは笑っていた。

「ヒーローは仲間が下向いてたら気づくから」

「……そう」

「そうなの」

 残った候補は少ない。

 安全な場所はさらに少ない。

 スプロケットは〈センチレット〉との接続を細く残した。

 敵を見るためではない。

 まだ使える街を見るために。

「……追いつかれてる」

 明が後ろを見る。

「ハウンズですか?」

 スプロケットは首を振った。

「違う」

 使えない区画。

 閉じた中継点。

 信用できなくなった戦術情報。

「逃げ道が」

 誰もすぐには答えなかった。

【AVAILABLE FIXED POINT:DECREASED】

【〈CENTILLET〉TACTICAL RELIABILITY:LOW】
【〈CENTRIO〉:UPSTREAM JUDGMENT DETECTED】

【EXTERNAL CONNECTION:NOT ESTABLISHED】
【NEXT FIXED POINT:SEARCHING】

 逃げることには成功していた。

 自由になったわけではなかった。

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