第2部『403_FORBIDDEN』THREAD_01|WITNESS

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▼オリジナル小説

TASK_01|ARRIVAL

 雲の切れ間からトーキョー・シティの中核ドームが見えた。

 オリヴィア・オコネルは正面の管理卓に開いていた記録を閉じた。

 見る必要があると思ったからだった。

 眼下には以前訪れた都市と同じ輪郭が残っている。

 中央研究柱。

 そこから周囲へ広がる高層区画。

 旧トーキョー・シティの都市構造を残しながら、その上へ重ねるように構築された交通網。

 さらに外周へ連なる衛星ドーム群。

 形は同じだった。

 それだけだった。

 幹線道路の一部は途中で暗く途切れ、複数の区画から煙が上がっている。

 以前なら一定の間隔で流れていた都市交通も見えない。

 辛うじて残っている照明も、街全体を照らしてはいなかった。

 点だった。

 [世界政府]と[統律特命局]が再制圧した場所。

 自律系統だけが動き続けている場所。

 そして、理由の分からないまま電力だけが残っている場所。

 同じ都市の中に複数の状態が混在していた。

 オリヴィアは窓際まで歩いた。

 以前ここへ来た時、都市東部の再現街区を予定より2時間長く歩いたことを覚えていた。

 先端技術によって管理された都市の中へ、旧日本の街路構造や建築意匠が意図的に残されていた。

 効率だけで都市を作らなかったことが興味深かった。

 その場所がどこにあったのか、上空から探す。

 見つけるまでに少し時間がかかった。

 建物は残っていた。

 その間を走っていた高架交通網が、一部崩落している。

「これほどの都市でも、条件が揃えば短期間でここまで崩れるのですね」

 独り言のつもりだった。

「同意します」

 右後方から声がした。

 白銀の環状ユニットが、音もなくオリヴィアの肩より少し高い位置へ移動する。

 〈Aurea Unit〉。

 オリヴィアが窓へ近づいたことに合わせて、同じ方向を向いていた。

「ただし、観光案内をご希望でしたら訂正が必要です」

「何を?」

「現在、安全に推奨できる観光地点は三件です」

 オリヴィアはAureaへ顔を向けた。

「観光する予定はありません」

「予測済みです」

「では、なぜ提案したのですか?」

「会話です」

 即答だった。

 オリヴィアは1秒ほどAureaを見た。

「そうですか」

「はい」

 Aureaの環状外殻に走る光が、一度だけ弱く明滅した。

「会話は終了しましたか?」

「今のところは」

「了解しました」

 オリヴィアは再びトーキョー・シティを見た。

 Aureaが必要のない提案を行うことは珍しくない。

 正確にはAurea自身が不要と判断した情報をわざわざ出してくることがある。

 任務中の認知負荷。

 睡眠時間。

 連続監査時間。

 会話量。

 周辺環境。

 複数の要素から話しかけるべき時を選んでいる。

 機能として理解していた。

 止める理由もなかった。

 窓の外で一つの交差点が見えた。

 車は一台も走っていない。

 人影もない。

 それでも信号だけは切り替わっていた。

 赤。

 青。

 黄色。

 また赤。

 つい最近まで、そこには渡る人間がいたはずだった。

 オリヴィアは三回目の切り替わりまで見た。

「オリヴィア」

 Aureaが呼んだ。

「何ですか?」

「降下経路が確定しました」

 オリヴィアは窓から離れた。

「表示してください」

 中央管理卓へ都市図が立ち上がる。

【TOKYO CITY/LOCAL CONNECTION】
【DESCENT ROUTE:AUTHORIZED】
【LANDING POINT:RECONTROL SECTOR 03】
【LOCAL SECURITY:O.S.M.B.】
【ESTIMATED ARRIVAL:04 MIN 18 SEC】

 表示の脇へ、もう一つの情報が浮いた。

【PRIMARY AUDIT SUBJECT:SPROCKET】
【LEGACY AUTHORIZATION ORIGIN:UNRESOLVED】
【A.R.K. CORRELATION:UNRESOLVED】

 オリヴィアの視線はそちらへ移った。

 トーキョー・シティの崩壊は確認した。

 原因も大枠では分かっている。

 しかし、これはまだ分からない。

 本来使用できない認証。

 発行元の存在しない旧権限。

 現在の統律特命局にも接続されていないA.R.K.系統。

 そのいくつかが、スプロケットへ反応していた。

「Aurea」

「はい」

「渡辺亘の収容状態を」

【SUBJECT:WATARU WATANABE】
【TEMPORARY DETENTION:ACTIVE】
【ABILITY NETWORK:DISCONNECTED】
【EXTERNAL COMMAND LINK:NOT DETECTED】
【INTERVIEW AUTHORIZATION:CONFIRMED】

「変化は?」

「直近6時間ではありません」

「生体状態は?」

「安定。睡眠不足、軽度脱水、神経負荷残存。会話能力に問題なし」

「では予定通り」

「中央物流センターより先に?」

「はい」

 Aureaが一瞬だけ沈黙した。

「確認の必要はありませんでしたね」

「ありません」

「聞いてみました」

「会話ですか?」

「学習が速くて助かります」

 機体が傾いた。

 外の景色がゆっくりと持ち上がる。

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉へ手を伸ばした。

 白銀の長い杖が、固定部から静かに外れる。

 武器ではない。

 そう説明するのが最も簡単だった。

 彼女が必要とする場所で、必要な権限を実行するためのものだった。

 握った直後、中心部の光が青白く灯る。

【AUREA SECURE LINK:ESTABLISHED】
【CUSTODIAN SYSTEM:STANDBY】

 オリヴィアはそれ以上確認しなかった。

 認証は成立している。

 それで十分だった。

 機体は、崩壊したトーキョー・シティへ降りていった。


TASK_02|RECEPTION

 着陸脚が地面へ触れた時、衝撃はほとんどなかった。

 外ではすでに統律特命局O.S.M.B.の兵士が待機していた。

 黒を基調とした耐性装備。

 非致死制圧用の火器。

 周辺には複数の小型ドローン。

 通常の施設警備ではない。

 対ネクスおよび変異個体を想定した配置だった。

 機体側面のハッチが開く。

 オリヴィアが降りるより先にAureaが外へ出た。

 周囲を一周する。

 それだけだった。

「危険反応なし。視界内の武装者はすべて登録済みです」

「分かりました」

 オリヴィアが地面へ降りた。

 何人かの兵士が一瞬だけ機体を見上げていた。

 無理もない。

 この〈Halo-Class〉は部隊輸送機ではない。

 乗員を満載する設計でもない。

 オリヴィア一人を運び、その人物が必要とする監査・通信・管理機能を現地へ持ち込むための機体だった。

 正面から一人の男が近づいてきた。

 40代半ばほど。

 前線用の制服。

 肩部には現場責任者を示す識別章がある。

「オコネル監査官!」

「はい」

「お待ちしておりました」

 男は敬礼した。

 少し速く緊張した面持ちだった。

「自分は前線第三臨時収容区画の現場責任者です。対象についてご説明します」

「お願いします」

「ただ、その前に――」

 男の視線が一瞬横へ逸れた。

「申し訳ありません。現場資料の統合がまだ完全ではありません。中央から監査官ご本人が来られるとは聞いておらず、現在、各班の記録を――」

「謝罪の必要はありません」

 現場責任者が止まった。

 心なしか冷や汗を掻いているような一瞬の緊張感が流れる。

 オリヴィアは声の調子を変えなかった。

「現在確認できているところまで教えてください。足りない分はこちらで取得します」

「……了解しました」

 肩が僅かに下がった。

「対象、渡辺亘。収容後から能力反応は低下状態を維持しています。変異市民への再接続は確認されていません。ただ、能力が完全に消失したのか、一時的に使用不能なのかについては現在確認中です」

 Aureaがオリヴィアの左後方へ移動した。

「訂正します」

 現場責任者がAureaを見る。

「何を?」

「確認中ではありません。判定方法が確立されていないため未確認です」

 男が口を閉じた。

「報告書第三版でも同じ表現が使用されています。語感を改善しても情報量は増えません」

「Aurea」

「はい」

「続きは私が聞きます」

「発言強度を下げます」

「停止してください」

「了解しました」

 現場責任者が視線を戻した。

「……高性能ですね」

「ええ、そのようです」

 オリヴィアは否定しなかった。

 現場責任者は咳払いを一つした。

「対象に攻撃行動はありません。収容時も大きな抵抗はなし。鎮静剤は使用していません。食事、水分は摂取。睡眠は断続的です」

「拘束理由を本人へ説明しましたか?」

「はい」

「反応は?」

「納得はしていません」

「理解は?」

「していると思います」

「思う、ですか?」

 現場責任者の顔が固くなる。

「……理解していると判断しています」

「根拠は?」

「こちらの説明内容を自分の言葉で言い換えていました。そのうえで反論しています」

「十分です」

 現場責任者は小さく息を吐いた。

 オリヴィアは歩き出した。

 現場責任者も隣へ並ぶ。

 臨時収容区画は、もともと別用途だった施設を隔離用へ転用しているらしい。

 壁面へ新しい監視機器が後付けされ、古い配線の上を仮設ケーブルが走っている。

 角を曲がるたび、警備の種類が変わった。

 一般執行兵。

 対ネクス制圧兵。

 観測兵。

 収容室前には、さらに二名。

「厳重ですね」

 オリヴィアが言った。

「危険度分類が特級です」

「現在の能力出力は低い」

「はい」

「それでも?」

 現場責任者は少し迷った。

「一度、1000体以上を動かした人間です」

 オリヴィアは男を見た。

 合理的な回答だった。

「その判断を維持してください」

「了解しました」

 収容室前で止まる。

 現場責任者が認証端末へ手を伸ばした。

「私が開けます」

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉の先端を床へ軽く触れさせた。

 青白い環が一度だけ広がる。

【LOCAL SECURITY NETWORK:CONNECTED】
【DETENTION AREA:AUTHORIZED】
【TEMPORARY ACCESS:AUDITOR】
【DOOR CONTROL:GRANTED】

 現場責任者の手が止まった。

 扉が先に開いた。

「……早いですね」

「現地認証へ接続しただけです」

「それを普通は『早い』と言うんだと思います」

 Aureaが小さく明滅した。

「現場責任者の発言に同意します」

 オリヴィアはAureaを見た。

「今回は発言を許可していません」

「会話です」

 現場責任者が思わず笑った。

 ほんの一瞬だった。

 緊張が抜けた。

 オリヴィアはそれを確認し、何も言わず収容室へ入った。


TASK_03|INTERROGATION

 渡辺亘は椅子に座っていた。

 第一印象だけなら、警備配置と一致しなかった。

 30代半ばの日本人男性。

 痩せてもいない。

 鍛えられてもいない。

 黒縁眼鏡。

 疲労の残る顔。

 現在着ている簡素な収容服を除けば、会社帰りの一般市民と説明されても違和感はなかった。

 外見は評価項目にならない。

 オリヴィアはその認識を切り分けた。

 亘は入ってきた彼女を見た。

 次に手にしている〈A.R.K. Conductor改〉。

 最後にAurea。

「ずいぶん大袈裟ですね」

「何がですか?」

「僕一人に」

 亘は扉の向こうを見る。

「外に何人いるんです?」

「人数を知る必要がありますか?」

「別に」

「では進めます」

 オリヴィアは向かい側へ座った。

 Aureaは室内へ入ったが、先ほどまでとは違った。

 壁際。

 オリヴィアから約2メートル。

 高さも下がる。

 声は出さない。

【INTERVIEW MODE:ACTIVE】
【AUDIO ANALYSIS:ACTIVE】
【VISUAL ANALYSIS:ACTIVE】
【PHYSIOLOGICAL ESTIMATION:ACTIVE】
【RECORD CROSS-CHECK:ACTIVE】

 表示は一瞬で消えた。

 亘がAureaを見る。

「さっきから浮いてるそれ、録音ですか?」

「それも行います」

「それも?」

「必要になれば説明します」

「便利ですね」

「便利ですよ」

 亘が少し意外そうな顔をした。

 オリヴィアは質問を始めた。

「能力が最初に成立した時について確認します。最初に命令した相手は?」

「もう話しました」

「私にはまだ話していません」

「記録にあるでしょう」

「あります」

「なら読むだけでいい」

「記録と証言が一致するか確認します」

「一致しなかったら?」

「不一致として残します」

「僕が嘘をついたことになる?」

「嘘とは限りません。記憶違い、認識差、記録側の誤りも含みます」

 亘は数秒黙った。

 攻撃先を探すような沈黙だった。

「……班長ですよ」

「最初の命令は?」

「止まってください」

「次は?」

「僕を守ってください」

「その二つは生存目的と判断できます」

「でしょう?」

「その後、膝をつかせた」

 亘の口が止まった。

「それも生存目的ですか?」

「そこだけ抜き出すのは卑怯じゃないですか」

「前後も記録しています」

「だったら、あの状況で僕がどれだけ――」

「生存目的ですか?」

 亘の眉が動いた。

「人の話を聞かないんですね」

「質問にはまだ答えていません」

「だから、その背景を説明してるんです」

「背景は後で聞きます。生存目的でしたか?」

 亘は身体を背もたれへ預けた。

「……違いますよ」

「分かりました」

 オリヴィアは次へ進んだ。

「最大接続数」

「何です?」

「あなたが同時に命令可能だった変異市民の数です」

「1407」

「その数字を把握していた」

「管理してたんだから当然でしょう」

「管理?」

「また言葉尻ですか?」

「あなたが選んだ言葉です」

 亘が鼻から息を吐いた。

「そっちは『支配』って呼びたいんでしょう」

「分類上は精神・行動支配です」

「じゃあ最初からそう言えばいい」

「あなた自身がどう認識していたか確認したかったので」

 亘の視線がオリヴィアへ戻った。

 初めて少し長く見た。

「嫌な聞き方しますね」

「よく言われます」

「本当に?」

「今のは二回目です」

「数えてるんですか」

「記憶しています」

 亘は口を開きかけて、やめた。

 オリヴィアは質問を切り替えた。

「《GOD MODE》について」

「それ、僕が付けた名前ですよ」

「把握しています」

「正式名称みたいに使うんですね」

「識別しやすいので」

「世界政府って、そういうところだけ柔軟なんだな」

「発動理由を」

「秋山明を止めるためです」

「なぜ彼を止める必要があったのですか?」

「邪魔だったから」

「戦術上?」

「そうです」

 Aureaは何も言わない。

 オリヴィアは亘の顔を見る。

 声。

 視線。

 回答までの時間。

「他にも敵対者はいました」

「いましたね」

「それでも秋山明への処理負荷が突出している」

「能力が厄介だった」

「それだけですか?」

「それ以外に何があるんです?」

 オリヴィアは一度止めた。

 今ここで必要な情報ではなかった。

「では、スプロケット」

 亘の反応が変わった。

 僅かだった。

 視線が先に動いた。

「あの子?」

「あなたの支配網を切断した時の状況を確認します」

「ハッキングされたんですよ」

「それは結果です。最初の異常は?」

「侵入でしょう」

「どこから?」

「だから、それをあの子が――」

「場所を聞いています」

 亘が舌を鳴らしかけて止めた。

「中央物流センターの内部ですよ」

「範囲が広すぎます」

「覚えてません」

「では順番に確認します」

 オリヴィアは中央物流センターの簡易構造図を開いた。

 亘の目がそちらへ向く。

「最初に異常が出たのは統合管制室?」

「違う」

「主搬送系統?」

「違う」

「都市ANIとの接続部?」

「そこまで行く前です」

「地下設備」

 亘が黙った。

「地下ですね?」

「……たぶん」

「旧設備?」

「だったと思います」

「あなたは使っていましたか?」

「一部は」

「権限は?」

「社員証ですよ」

「15年間勤務していた」

「そうですよ」

「旧設備の存在も知っていた」

「全部じゃないけど」

「スプロケットは?」

「知るわけないでしょう」

 返答が速かった。

 オリヴィアはそこを止めた。

「なぜ、そう判断したのですか?」

「外から来た人間だから」

「それだけ?」

「古い施設ですよ。現役の職員でも知らない場所がある。あの子が知ってる方がおかしい」

「それでも入った」

「……入った」

「あなたが封鎖した後?」

 亘の表情が僅かに変わった。

「そうです」

「方法は?」

「知らない」

「認証画面は見ましたか?」

「全部見てる余裕なんてなかった」

「何か覚えていることは?」

 亘はすぐに答えなかった。

 オリヴィアも待った。

 オリヴィアは質問を重ねなかった。

 亘が自分で記憶を探す時間を取る。

「……変だった」

「何が?」

「開き方が」

「具体的に」

「僕が社員権限で通す時と違った」

「警告は?」

「出たと思う」

「内容は?」

「そこまで覚えてない」

「色」

「色?」

「画面表示です。青、白、赤。覚えている範囲で」

 亘は目を細めた。

「白……いや、青だったか」

「どちらでも構いません」

「何か、確認してた」

「何を?」

「認証」

「現在権限?」

「知らないって言ってるでしょう」

「分かりました」

 オリヴィアは追及を止めた。

 この証言だけで十分だった。

 現行権限ではない何かを亘自身も見ている。

「クロニアスについて」

「また話が飛ぶんですね」

「必要な順番です」

「あの記録係?」

「あなたは彼を重要対象として扱った」

「能力を持っていたから」

「それだけ?」

「研究材料にもなるでしょう」

「誰の?」

「僕のですよ」

「あなたは医療研究者ではありません」

「別に自分で研究する必要はない」

「では何に利用する予定でしたか?」

「まだ決めてなかった」

「取得すること自体が目的だった?」

「ゲームでも先にレアユニットを取るでしょう」

「私はしません」

「ゲームやらないんですか」

「ほとんど」

「でしょうね」

 初めて亘の口元に少し笑みが出た。

 オリヴィアは意味を問わなかった。

「ヴァレン」

「誰?」

「スプロケットたちと同行していた旅行者です」

「ああ」

 亘の反応が急に薄くなった。

「何か異常は?」

「別に」

「能力使用」

「見てない」

「支配を試しましたか?」

「してない」

「なぜ?」

「何もしないから」

「あなたは利用可能な個体を選別していた」

「だから使えないと思ったんですよ」

「根拠は?」

「ただの旅行者に見えた」

 オリヴィアは一度だけAureaを見た。

「Aurea」

 十数分間沈黙していたAureaが即座に応答した。

「亘氏のヴァレンに関する回答は、収容前の現場聴取二件と大筋で一致します。能力行使の目撃記録なし。積極的敵対行動なし。ただし情報量不足です」

「ありがとう」

 Aureaは再び黙った。

 亘がそれを見ていた。

「喋れるんですね」

「必要な時は」

「さっきから全部聞いてた?」

「聞くだけではありません」

 Aureaはそれ以上説明しなかった。

 亘が顔をしかめた。

「気持ち悪いな」

「Aureaへの感想ですか?」

「両方ですよ」

 オリヴィアは質問を終える前に、もう一つだけ確認した。

「支配網を失った原因を現在どう考えていますか?」

「あの子が壊した」

「それだけ?」

「秋山明も邪魔した。あの陽キャラ女もいた」

「あなた自身の判断は?」

「何がです?」

「原因に含めますか?」

 亘が笑った。

 今度は明確に不快そうだった。

「僕が悪かったって言わせたいんですか?」

「いいえ」

「じゃあ何です?」

「あなたがどう認識しているか確認しています」

「負けたから間違ってたって話なら、そんな単純じゃないでしょう」

「同意します」

 亘の表情が止まった。

「……同意するんだ」

「敗北と判断の正誤は別です」

「なら」

「ただし、あなたが他者の意思を奪った事実とも別です」

 亘の笑みが消えた。

「それについては評価を変えません」

 オリヴィアは記録終了を指示した。

【PRIMARY INTERVIEW:COMPLETE】
【RECORD INTEGRITY:CONFIRMED】
【LEGACY ACCESS TESTIMONY:ACQUIRED】

 必要な情報は取れた。

 全てではない。

 それでいい。

 次に見るべき場所も決まった。


TASK_04|IMITATION

 オリヴィアが立ち上がる。

 Aureaも壁際から動いた。

「終わり?」

 亘が聞いた。

「今回の聴取は」

「僕はどうなるんです?」

「継続収容です」

「能力、もう使えませんよ」

「現在は」

「誰も僕の言うことなんて聞かない」

「能力の再発条件が未確認です」

「また管理するんだ」

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を手に取った。

「必要な範囲で」

「それ、便利な言葉ですね」

「何がですか?」

「必要な範囲」

 亘が拘束された両手を少し上げる。

「僕だって必要だと思ってやった」

「最初の二件については、その可能性を認めました」

「その後は駄目?」

「他者の意思決定を恒常的に奪う必要性は確認できません」

「でも、そいつらは動いた」

「能力によって」

「結果は出た」

「命令へ従ったことは、命令が正しかった証明にはなりません」

 亘がオリヴィアを睨んだ。

「お前らだって同じだろ」

「何がです?」

「僕は能力でやった」

 亘は収容室の扉を顎で示した。

「お前らは法律とか規則とか権限とか、そういうので人間を動かす」

「根本的に異なります」

「そうやって分類して安心してるだけじゃないの?」

「あなたは対象の意思決定能力そのものを上書きしました」

「あんたは?」

「制度上の制限には異議申立て、再審査、第三者確認が存在します」

「僕にはない?」

「ありませんでした」

「でも今の僕は嫌だって言ってる」

「聞いています」

「出してくれない」

「危険性が解除されていないためです」

「ほら」

「同じではありません」

 オリヴィアは迷わず答えた。

 比較条件が違う。

 処理構造も違う。

 議論を続ける必要はなかった。

「聴取は終了です」

 扉へ向かう。

「……気味悪いな」

 オリヴィアは足を止めた。

 振り返る。

「私ですか?」

「そう」

 亘は椅子へ座ったまま、こちらを見ていた。

 さっきまでの反論とは少し違う。

「理由を聞いても?」

「へぇ、聞くんだ」

「発言した以上、何か理由があるのでしょう」

「普通、もう少し怒るでしょう」

「何に?」

「嫌味言われた時とか。話そらされた時とか。喧嘩売られた時とか」

「怒る必要がありませんでした」

「そういうところ」

 亘は鼻で笑った。

「ずっと同じなんですよ。声も。顔も。こっちが何言っても」

「表情は変化しています」

「そういう意味じゃない」

 亘はオリヴィアを上から下まで見た。

 視線に好意はなかった。

「頭もいい」

 オリヴィアは黙って聞いた。

「顔もいい。立場もある。喋れば何聞いてもすぐ返ってくる。変な機械まで連れてる」

 Aureaは反応しなかった。

「嫌味言っても怒らない。質問そらしても戻してくる。こっちが何か言う前に答え用意してるみたいで」

「それが気味悪い?」

「出来すぎなんですよ」

 亘は眼鏡の位置を直した。

「なんつーか――」

 少し間が空く。

「完璧すぎて作り物みたいだな、と」

 オリヴィアは亘を見た。

 意味は理解できた。

 嫌味。

 亘自身との比較。

 劣等感。

 あるいは、聴取の主導権を最後まで取り返せなかったことへの反発。

 どれでも説明できた。

「そうですか」

「それだけ?」

「感想について反論する必要はありません」

「……最後までそれか」

「何を期待していたのですか?」

 亘は答えなかった。

 オリヴィアは扉を開いた。

 外の兵士が姿勢を正す。

 廊下へ出る。

 扉が閉まる直前、亘の姿が一度だけ見えた。

 黒縁眼鏡。

 収容服。

 椅子。

 少し前まで、自分を神だと思っていた人物には見えなかった。

 扉が閉じた。

【SUBJECT:WATARU WATANABE】
【STATUS:DETENTION CONTINUED】
【BEHAVIORAL RISK:CONTROLLED】
【ABILITY STATUS:UNRESOLVED】
【DISPOSITION:PENDING】

 オリヴィアは表示を見た。

 分類。

 状態。

 処理待ち。

 必要な情報だった。

 そのまま閉じる。

 歩き出す。

 Aureaが右後方へ戻った。

 普段なら次の予定をすぐ提示する。

 今回は少し遅かった。

 ほんの僅か。

「Aurea」

「はい」

「次へ行きます」

「了解しました」

 それだけだった。


TASK_05|APPROACH

 〈Halo Limousine〉の扉が閉じると外の音がほとんど消えた。

 前線拠点の発電機。

 ドローン。

 兵士たちの声。

 遠くで鳴っていた警報。

 すべてが一枚の壁を挟んだように遠ざかる。

 オリヴィアが座る。

 シートが僅かに動いた。

 同時に照明が落ち、正面ガラスの透過率が変わる。

 中央卓から複数の記録が立ち上がった。

 オリヴィアは何も指示していない。

 亘の聴取記録。

 中央物流センターの構造図。

 旧設備アクセス履歴。

 スプロケットの異常認証。

 次に必要になるものだけが並んでいた。

「中央物流センターでよろしいですね」

 Aureaが所定位置へ収まった。

「ええ」

「すでに設定済みです」

「では、なぜ確認したのですか?」

「会話です」

 オリヴィアはAureaを見る。

「気に入ったのですか?」

「有効性を確認しています」

「結果は?」

「オリヴィアが三回返答しました」

「そうですね」

「有効です」

 Haloが動き出した。

 加速感はほとんどなかった。

 外周ゲートが開く。

 前線拠点を出る。

 そこから先は統律された街ではなかった。

 三つの経路が正面へ表示された。

【ROUTE A:SHORTEST】
【STATUS:CENTILLET AUTONOMOUS ACTIVITY】

【ROUTE B:AVAILABLE】
【STATUS:ANOMALOUS POPULATION DENSITY/HIGH】

【ROUTE C:SECURED CORRIDOR】
【STATUS:PARTIAL INFRASTRUCTURE CONTROL】

「最短経路は推奨しません」

「理由は?」

「〈センチレット〉23機が独立稼働中。〈セントリオ〉からの同期要求に応答していません」

「敵対?」

「現在は未確認です」

「では刺激しない方がいい」

「同意します」

「Bは?」

「変異市民が約380。大半は低活動ですが、進路上にブーステッド反応が二件」

「C」

「4分22秒延長します」

「問題ありません」

「予測済みです」

 経路が切り替わった。

 Haloは大通りを避け、再制圧済みの細い確保経路へ入った。

 車窓の向こうに停止した街が流れていく。

 店舗のシャッター。

 放置された車。

 割れた窓。

 壊れた歩道橋。

 その中にときどき以前と変わらないものが残っていた。

 自動販売機の照明。

 避難案内表示。

 無人の駅入口。

 営業表示を出したままの店舗。

 都市は壊れていた。

 機能の全てが壊れたわけではなかった。

「トーキョー・シティの都市ANIは?」

「中枢演算自体は残存。ただし全市統合管理は成立していません。各区画の下位AIが独立判断へ移行しています」

「〈セントリオ〉」

「稼働中。ただし一部制御ノードと同期不能」

「〈センチレット〉」

「個体差が大きいです。正常な警備行動を続けるもの。停止したもの。命令系統を失ったまま巡回を続けるもの」

 車窓の上を一機の小型機が横切った。

 〈センチレット〉。

 こちらへセンサーを向けた。

 Haloの認証信号を受け取る。

 1秒。

 2秒。

 そのまま離れていった。

「今の個体は?」

「旧警備命令を継続中。敵対判定なし」

「記録してください」

「済んでいます」

 通信音が一度鳴った。

「三浦主任です」

「接続を」

 三浦主任の姿が中央卓へ現れた。

「監査官」

「はい」

「聴取記録、もう上がってます」

「早いですね」

「そちらのAureaが早すぎるんです」

「褒め言葉として受理します」

 Aureaが割り込んだ。

 三浦主任が少し眉を上げる。

「本人も聞いてるのか」

「聞いています」

「そうですか」

 三浦主任はそれ以上気にしなかった。

「中央物流センターへ向かってます?」

「はい」

「まあ、そう言うと思いました」

「では、なぜ確認したのですか?」

「念のためです」

 オリヴィアは少しだけ口元を緩めた。

「三浦主任らしいですね」

「監査官に言われたくありません」

 Aureaの環状光が小さく動いた。

「会話として良好です」

「何の評価ですか、それ」

「無視してください」

「そうします」

 三浦主任の横に記録が開く。

「それより、亘の証言と現場ログを重ねました」

「結果は?」

「大筋は合います」

「大筋」

「だから困ってます」

 オリヴィアは姿勢を僅かに変えた。

 三浦主任がこの言い方をする時は数字の大小を話していない。

「亘の社員認証は追える。旧設備へ入った履歴も残ってる。15年勤務してるから、そこは問題ない」

「スプロケット」

「追えません」

 表示が切り替わる。

【CENTRAL LOGISTICS CENTER/LEGACY ACCESS】

【WATARU WATANABE】
【AUTHORIZATION SOURCE:EMPLOYEE CREDENTIAL】
【TRACE:VALID】

【SPROCKET】
【AUTHORIZATION ORIGIN:UNRESOLVED】
【ISSUING AUTHORITY:NOT FOUND】
【CURRENT REGISTRATION:NONE】
【TRACE:INCOMPLETE】

「先行記録で確認した結果と同じですね」

「いいえ」

 三浦主任がすぐ否定した。

 オリヴィアは画面を見る。

「違いは?」

「一個増えました」

 別の行が強調される。

【LEGACY NODE RESPONSE:ACCEPTED】

 オリヴィアの視線が止まった。

「発行元がないのに?」

「ないです」

「偽装」

「元になる認証がない」

「コピー」

「コピー元がない」

「侵入」

「侵入処理なら拒否ログか迂回ログが残る」

「残っていない」

「だから、おかしい」

 三浦主任の声は変わっていなかった。

 それで十分だった。

 三浦主任が「おかしい」と言うまでに、何度確認する人物かをオリヴィアは知っている。

「現地の端末は?」

「保存されています。ただし世界政府側の復旧処理が入ってるので、これ以上触らせない方がいい」

「停止できますか?」

「監査権限なら」

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉へ手を置いた。

「停止してください」

「もう申請してます」

 今度はオリヴィアが一瞬止まった。

「早いですね」

「そう言うと思いました」

 通信の向こうで三浦主任が僅かに笑った。

「監査官」

「はい」

「現地、まだ完全制圧じゃありません」

「把握しています」

「それと、旧設備は現在図と合わない場所があります。案内通りに歩かないでください」

「善処します」

「善処じゃなくて――」

「三浦主任」

「はい」

「現物を確認します」

 数秒の沈黙。

「……ですよね」

 通信が切れた。

 Aureaが移動経路を更新する。

【DESTINATION:CENTRAL LOGISTICS CENTER】
【AUDIT TARGET:LEGACY AUTHORIZATION NODE】
【ESTIMATED ARRIVAL:11 MIN 48 SEC】

「12分弱です」

「十分です」

 オリヴィアは中央物流センターのアクセス履歴を開いた。

 車窓には以前とは違うトーキョー・シティが流れている。

 変異した市民。

 止まった交通。

 同期しない警備機。

 半分だけ機能を残した都市。

 以前なら、もう少し長く見ていたかもしれない。

 今は画面から目を離さなかった。

 記録には発行元がない。

 しかし認証は成立している。

 存在しない権限が、存在するものとして扱われた。

 報告書では説明できない。

 証言でも説明できない。

 残っているのは現物だけだった。

 Haloは、中央物流センターへ向かって速度を上げた。


TRACE_01|CONTACT

 最初に気づいたのはエウロスだった。

 銀白色の長い髪が、わずかに揺れる。

 風はなかった。

 それでも白灰色の外套に沿うシアンの光が細く走り、右脚から伸びた粒子線が、まだ見えない何かを探るように遠くへ伸びた。

 エウロスは顔を上げた。

『動いた』

 誰に伝えるでもなく、そう言った。

 反応は一度だけだった。

【LEGACY NODE:RESPONSE】
【SOURCE:UNRESOLVED】

 弱い。

 接続と呼ぶには遠すぎる。

 それでも、停止していた経路が自分から応答した。

 エウロスは目を細める。

『白い反応じゃない』

 白い反応は、まだ別の場所にある。

 直接見ることはできない。

 残されている参照だけが、今も消えずに続いている。

 今回のものは違った。

 古い。

 もっと深い。

 現在の管理系統より前から存在していた形式が、一瞬だけ表面へ浮かび上がっている。

 エウロスの口元が、ほんの少し緩んだ。

『揃った』

『何がだ』

 短い声が返った。

 フラマが立っていた。

 短い銀灰色の髪。

 黒灰色の外殻。

 右腕は人間の腕よりわずかに長く、外縁が刃のように鋭い。

 その表面を走るマゼンタの亀裂が一度だけ明るくなる。

 エウロスとは違い、フラマは遠くを見ようとしなかった。

 反応がある。

 ならば、それが危険かどうか。

 必要なのは先の判断だった。

『鍵だよ』

 エウロスが答えた。

『一つは前からあった。もう一つが来た』

『来たとは限らない』

『反応した』

『接触していない』

『でも近づいた』

『だから?』

 フラマの答えは速かった。

『揃ったなら動く。待つ理由はない』

 エウロスが振り返る。

『何をするの?』

『必要な処理をする』

『まだ必要か分からない』

『必要になってからでは遅い』

 フラマの右腕がわずかに動く。

 何かを斬ったわけではない。

 それでも、彼の判断はすでに切断の形を取っていた。

『接続元が不明。現在系統に登録なし。こちらへ続く可能性がある』

『だから面白い』

『だから危険だ』

 二人の間へ重い声が入った。

『どちらも早い』

 テリオンは動いていなかった。

 大柄な身体。

 古い石像を思わせる顔。

 黒灰色の重い外殻の縁を古金色の粒子がゆっくり流れている。

 左脚は柱のように太く、その場へ打ち込まれているように見えた。

 エウロスが新しい方向を見る。

 フラマが危険へ向く。

 そのどちらにも加わらず、テリオンは現在の状態そのものを見ていた。

『揃った、という言葉を定義しろ』

 エウロスが瞬きをする。

『またそれ?』

『必要だ』

『鍵が二つになった』

『何を開く』

『まだ分からない』

『なら、揃ったとは確定できない』

『分かる』

『感覚は条件にならない』

 エウロスは少し考えた。

『四つを探した時も最初は分からなかった』

『結果を知っているから正しかったと判断しているだけだ』

『でも見つかった』

『偶然を排除できない』

『四回も?』

『回数は証明ではない』

 フラマが二人のやり取りを切った。

『どうでもいい』

 テリオンがフラマを見る。

『よくない』

『反応がある。確認すれば終わる』

『接触によって状態が変化する可能性がある』

『変化したら対応する』

『変化させないという選択肢もある』

『何もせず待つのか』

『固定できているものを理由なく動かす必要はない』

『もう動いてるよ』

 エウロスが言った。

 二人の視線が戻る。

 シアンの細い光が、もう一度伸びていた。

【LEGACY RESPONSE:CONTINUING】
【WHITE REFERENCE:PRESERVED】
【CORRELATION:INCOMPLETE】

『白い反応も探してる』

 エウロスは言った。

『新しい反応も、古い場所を探してる』

『同じものを?』

 テリオンが問う。

『分からない』

『なら相関とは呼べない』

『向きは違う。でも近づいてる』

『何に』

『同じところへ』

 テリオンはすぐには返さなかった。

 古金色の粒子が止まる。

 条件を組み直している。

 その時、黒い影が静かに近づいた。

 アクエルだった。

 青灰色を帯びた長い髪。

 肩から落ちる黒い外装は布にも液体にも見える。

 左手の周囲には薄い水膜のような粒子が漂い、指の動きに遅れて形を変えていた。

 アクエルは表示を見なかった。

 エウロスも見ない。

 フラマも見ない。

 先に確かめたのは別のことだった。

『痛みは出ていない』

 フラマが彼女を見る。

『何の話だ』

『接触したもの』

『接触していない』

『だから、まだ痛くない』

 アクエルは静かに答えた。

 エウロスが少し笑った。

『アクエルも揃ったと思う?』

『二つある』

『それを揃ったって言うんだよ』

『二つとも生きている』

 エウロスの笑みが消えた。

 フラマが言う。

『鍵なら使う』

 アクエルは彼を見る。

『使うために近づくの?』

『必要なら』

『壊れたら?』

『壊れる前に処理する』

『処理したら使えない』

『危険なら使う必要もない』

『まだ危険ではない』

『安全でもない』

『どちらでもないなら傷つけない』

 フラマのマゼンタの亀裂が強く光った。

『それで危険になった後に止めるのか』

『止められるなら』

『止められなければ』

『その時は私が静める』

 柔らかい声だった。

 だが、迷いはなかった。

 フラマが何も言わなくなる。

 アクエルにとって静めるという言葉は比喩ではない。

 テリオンが四人の間へ条件を置いた。

『整理する』

 誰も遮らなかった。

『白い反応は参照のみ残存。直接観測不能』

『うん』

『新しい反応は旧管理層へ一度接触。発信元不明』

『そう』

『双方の直接接続はない』

『まだね』

『鍵である証明もない』

 エウロスは少し不満そうだった。

『でも鍵だよ』

『根拠を出せ』

『知ってるから』

『何を』

 エウロスは答えようとして、止まった。

 遠くを見る。

『……この感じを』

『記録にあるか』

『ない』

『なら知っているとは言えない』

『記録の話はしてない』

 テリオンの表情が僅かに硬くなる。

 フラマが言った。

『前にも同じことを言った』

 エウロスを見る。

『理由を答えられない。だが分かる、と』

『当たったでしょう?』

『結果は出た』

『じゃあ』

『結果が出たことと、判断方法が正しかったことは別だ』

 今度はテリオンがフラマを見る。

『そこは同意する』

『珍しいね』

『必要だったことと、正しかったことも同じではない』

 アクエルが、その言葉に僅かに視線を伏せた。

『それでも、あの時は触れた』

 三人が彼女を見る。

 アクエルの左手を覆う黒い水膜が静かに揺れる。

『切らなかった』

 フラマは答えない。

『固定もしなかった』

 テリオンも答えない。

『眠らせなかった』

 エウロスが遠くを見る。

『だから覚えてる』

 短い沈黙が続いた。

 四人が同じものへ反応している時だけ言葉が減る。

 やがてフラマが右腕を下げた。

『今回は違う』

『何が?』

『同じ相手ではない』

『分かってる』

『似ているからという理由で判断するな』

『それも分かってる』

『なら何をする』

 エウロスはすぐに答えた。

『近づく』

『却下する理由はある』

 テリオンが言う。

『でも固定する理由もない』

 エウロスが返す。

 アクエルが続けた。

『接触しなければいい』

 フラマが彼女を見る。

『距離を縮めるだけか』

『今は』

『危険反応が出れば切る』

『出る前には切らないで』

『保証はしない』

『それでいい』

 テリオンが最後に条件を加えた。

『接続は保留する。進路だけを修正する。こちらから呼ばない。向こうから触れた場合も即時には応答しない』

『確認する時間はもらえる?』

 エウロスが聞く。

『状態が変化しない範囲で』

『十分』

 フラマは不満を示さなかった。

『異常なら切る』

 アクエルも静かに頷く。

『傷つける前に知らせて』

『必要なら』

 四人の判断は、完全には一致していなかった。

 それでも進む方向だけは決まった。

【LOCAL DIRECTION:UPDATED】
【CONTACT CONDITION:PENDING】
【DIRECT CONNECTION:HOLD】

 エウロスは、もう一度遠くを見る。

『近づいてる』

『こちらが近づいている』

 テリオンが訂正した。

 エウロスは少し考える。

『どっちでも同じじゃない?』

『違う』

 フラマが短く答えた。

 アクエルは何も言わなかった。

 ただ、まだ届かない何かへ向けるように、左手を静かに閉じた。

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