銃声。
リク・ロクジョウの大型リボルバーから放たれた弾丸が、ラズの頬を掠めた。
背後。
壁面へ着弾。
火花。
ラズが横へ跳ぶ。
同時。
足下。
小型ディスク。
【GRAVITY VECTOR:ACTIVE】
横方向へ重力が掛かる。
リクの身体が引かれた。
踏み込んだ足が床を滑りかける。
「……ちっ」
左足。
踏み込む。
左義手。
床へ叩きつける。
《ゼロポイント》。
接触点へ掛かった運動エネルギーを吸収。
身体へ回す。
重力そのものを消したわけではない。
引かれる身体を。
強化した脚力で押し戻す。
ラズの赤い瞳が細くなる。
「やっぱり強いね」
「喋ってる暇あんのか」
リクが撃つ。
ラズが動く。
一発。
肩を狙う。
回避。
二発目。
回避方向。
ラズがさらに身体を捻る。
弾丸が戦闘服の脇腹を削る。
「っ……」
左義眼。
青白い光。
ラズの重心。
腰部重力制御装置。
肩。
視線。
次にどの方向へ動こうとしているか。
数値。
予測。
最後に決めるのは。
リク自身。
(右)
ラズが右へ跳ぶ。
リクはもう撃っていた。
弾丸。
ラズが簡易シールドを展開。
着弾。
衝撃。
シールドが弾かれる。
「未来視でもないのに」
ラズが言う。
「よく当てる」
「長くやってりゃ分かる」
「それだけ?」
「十分だ」
ラズの右手首。
〈次元圧縮装置〉。
展開。
一丁の自動拳銃。
発砲。
リクが柱の陰へ入る。
二発。
三発。
金属が弾ける。
ラズは拳銃を捨てない。
〈次元圧縮装置〉へ戻す。
次。
散弾銃。
「品揃えには自信あるよ」
「店でも開け」
「売る相手がいないんだよね」
発砲。
リク。
左義手を顔の前へ。
散弾の一部が義手へ当たる。
金属音。
衝撃。
《ゼロポイント》が運動エネルギーの一部を吸収する。
すべてではない。
肩。
脇腹。
数発が戦闘服を裂く。
「ぐっ……」
血。
だが。
止まらない。
吸収したエネルギーを脚へ回す。
一気に距離を詰める。
「近いな!」
ラズが散弾銃を〈次元圧縮装置〉へ収納する。
長剣。
展開。
刃。
リク。
大型リボルバー。
銃身で受けない。
身体を半歩外へ。
刃が胸元を抜ける。
左義眼が次の軌道を示す。
リクの右手。
リボルバー。
発砲。
ラズの顔の横。
閃光。
「っ!」
視界が白くなる。
ラズが反射的に頭を引く。
その瞬間。
左義手。
腹部。
叩き込む。
鈍い音。
ラズの身体が浮いた。
壁。
激突。
「がっ……!」
金属板が歪む。
ラズが床へ落ちる。
リクは追う。
銃口を向け直しながら瓦礫の手前まで進んだ。
だが。
左義手。
青白いライン。
一瞬。
強く明滅した。
「……」
接続部。
小さな放電。
左義眼。
【ENERGY RESERVE:DECLINING】
【CELL ACTIVATION:LOAD HIGH】
リクの呼吸が。
少しだけ深くなる。
(持って、もう少しか)
一時的に戻った身体。
若返ったわけではない。
過去へ戻ったわけでもない。
大量のエネルギーによって。
全盛期に近い肉体状態を。
一時的に再現しているだけ。
時間は。
最初から限られている。
「……なるほど」
ラズが瓦礫の中で身体を起こす。
口元。
血。
戦闘服の腹部。
赤いラインが乱れている。
【NANOMACHINE SUPPORT】
【BLEEDING CONTROL】
【TISSUE FIXATION】
治ってはいない。
止血。
損傷固定。
戦闘継続を可能にするだけ。
「君も無限じゃない」
「お前もな」
「そこは平等だ」
ラズが笑う。
「ちょっと安心した」
「そうか」
リクが銃口を上げる。
「なら終わりだ」
⸻
ラズの腰部。
重力制御装置。
起動。
身体が横へ滑る。
壁。
足裏。
接地。
そのまま走る。
天井。
方向転換。
「天井まで使うか」
リクが見上げる。
「使えるものは使わないと」
ラズ。
逆さのまま。
右手首。
〈次元圧縮装置〉。
展開処理。
通常より。
遅い。
リクの義眼が捉える。
【OBJECT MASS:HIGH】
「重いもんか」
「正解」
リクが撃つ。
ラズ。
天井を蹴る。
弾丸が直前までいた位置へ着弾。
空中。
重力制御。
姿勢を変更。
床へ着地。
その手。
旧時代のRPG。
「時代錯誤だろ?」
「お前が言うな」
「それもそうだ」
ラズがRPGを肩へ載せる。

だが。
展開に時間を使った。
リクはすでに距離を詰めている。
ラズ。
小型ディスク。
投げる。
リクの左。
右。
二枚。
【GRAVITY FIELD:ACTIVE】
身体が両方向から引かれる。
動きが止まる。
1秒。
それで十分。
ラズが照準。
「今度こそ」
ラズが発射へ移る。
リクの左義眼。
速度。
角度。
爆発範囲。
リクは。
弾頭を狙わない。
大型リボルバー。
一発。
RPG本体。
ラズの手元。
着弾。
「っ!」
照準がずれる。
銃口がずれた状態でロケット弾が発射され、右の壁へ向かった。
壁。
着弾。
爆発。
熱。
衝撃。
リクの身体を包む。
左義手。
前。
《ゼロポイント》。
吸収。
熱。
衝撃。
運動エネルギー。
一気に流れ込む。
「……ぐっ!」
許容量。
大きい。
だが。
無限ではない。
余剰分が身体を叩く。
リクが床を転がる。
右手の銃を握ったまま左腕を支えにして止まった。
戦闘服。
焦げる。
右肩。
出血。
それでも。
吸収した分を循環。
身体強化。
治癒促進。
立つ。
煙。
その向こう。
ラズが目を見開いていた。
「……それを耐える?」
「全部は無理だ」
リクが肩を回す。
「見りゃ分かんだろ」
血。
焦げ。
左義手の放電。
リクは傷だらけだった。
それでも。
立っている。
「そういうところ」
ラズが小さく笑う。
「記録より面倒だ」
「知るか」
リクが撃つ。
ラズ。
回避。
二発目。
戦闘服の右腿。
着弾。
「っ!」
姿勢が崩れる。
三発目。
肩。
簡易装甲を貫く。
ラズが倒れる。
RPG。
床へ落ちる。
リクは歩く。
一歩。
また一歩。
大型リボルバー。
ラズへ。
向ける。
「終わりだ」
ラズが床から見上げた。
血を吐く。
笑わない。
数秒。
リクを見る。
「……強いね」
「今さらか」
「知識としては知ってた」
「でも」
息を整える。
「実際に殴られると違う」
「そうか」
「これが」
ラズが言う。
「現実か」
リクの指。
引き金。
その直前。
ラズの左手が。
床へ触れた。
「でも」
一拍。
「僕も」
「負けた時のことくらい考えるよ」
リクの左義眼。
警告。
【UNKNOWN SYSTEM RESPONSE】
床。
青白い光。
円状。
Ω装置中枢側へ。
走る。
「……何をした」
「第一の鍵を」
ラズが答える。
「ここまで持ってきた」
⸻
Ω装置中枢。
休眠していた複数系統が起動する。
【2080 Ω/RECONSTRUCTED】
【EXECUTION MODE:STANDBY】
【KEY SEARCH】
リクの左義手。
内部。
記律の石。
反応。
「っ……!」
腕全体へ。
今までとは違う振動。
《ゼロポイント》ではない。
義手の機械系でもない。
もっと奥。
長年。
本人にすら知らされていなかった場所。
【FIRST KEY】
【RIKU ROKUJO】
【RECORD CORE:DETECTED】
【SYNC:START】
「なんだ、これ……」

左義手。
青白い光。
床の回路へ呼応する。
リクが腕を引く。
反応は切れない。
「ラズ!」
アビゲイル。
少し離れた戦闘線から。
走る。
リョウ。
タウロス。
ジャン。
陽名。
その後方。
ポイゾナス。
スプロケット。
ミーラ。
フェイズ。
全員が。
異変へ気づく。
ジャンの端末。
【Ω SYSTEM:LOCAL ACTIVATION】
「Ω……!」
アビゲイルが止まる。
「第一の鍵が」
ジャンが画面を見る。
「反応してます!」
次。
【SECOND KEY SEARCH】
アビゲイルの胸元。
クロス型ペンダント。
光らない。
何も起きない。
だが。
Ω装置側。
【GENETIC RECORD:MATCH】
【LIFE-STRUCTURE RECORD:DETECTED】
【SECOND KEY】
【ABIGAIL AMY ARMSTRONG】
【RESPONSE:DETECTED】
【AUTHORIZATION:PENDING】
アビゲイルの呼吸が。
止まった。
「……」
リクが。
画面を見る。
【SECOND KEY:ABIGAIL AMY ARMSTRONG】
「アビゲイル……?」
初めて。
その名前を。
別の意味で見る。
ラズがゆっくり身体を起こす。
ナノマシン。
出血を止めているだけ。
右脚。
まだ引きずっている。
「やっと」
「二つ並んだ」
リクがラズを見る。
「何を言ってる」
「第一の鍵」
ラズがリクを見る。
「君」
次。
アビゲイル。
「第二の鍵」
「彼女」
「それは知ってる」
「違う」
リクの声が低くなる。
「なんで」
アビゲイルを見る。
「そいつが」
ラズは答える。
「ケイトだから」
リクの表情が止まる。
「……何?」
「正確には」
ラズが訂正する。
「ケイト本人じゃない」
「彼女が残した生命情報」
「記律構造」
「トリガー因子」
「それを継いでる」
リク。
アビゲイル。
二人を見る。
「君と」
一拍。
「ケイトの娘だから」
沈黙。
リクの大型リボルバーが。
僅かに下がる。
「……」
何も言わない。
言えない。
⸻
アビゲイルも。
動かない。
先ほどラズから見せられた記録。
ケイト。
リク。
自分。
証明はまだ完全ではない。
保留した。
今も。
その判断は変わらない。
「私は」
アビゲイルが言う。
「まだ確認していない」
リクが彼女を見る。
「……何を」
「ラズが言ったことを」
「私も」
一度。
息を吸う。
「少し前に聞いた」
「ケイトが私の実母」
「あなたが」
言葉が止まる。
「……実父だと」
⸻
リクはアビゲイルを見たまま表情を動かさなかった。
だが。
左義手の指が。
一度。
強く握られた。
「ふざけんな」
低い声。
ラズへ。
「そう思うよね」
「ケイトが」
「俺に何も――」
途中で。
止まる。
ケイト。
秘密。
研究。
自分に見せなかったもの。
知らなかったこと。
ありすぎる。
だから。
否定も。
肯定も。
今はできない。
リクがアビゲイルを見る。
彼女も。
見返している。

父親。
娘。
その言葉は。
まだ二人のどちらからも出ない。
ラズが言う。
「だから」
「黒須の二重鍵は」
「今ここに揃ってる」
「血縁だから揃ったわけじゃない」
アビゲイルが返す。
「分かってる」
「第一と第二」
「役割が違う」
「そこまで理解してるなら」
アビゲイルの瞳が鋭くなる。
「私が同意してないことも分かるでしょう」
ラズ。
答えない。
UI。
【FIRST KEY SYNC:47%】
【SECOND KEY AUTHORIZATION:PENDING】
⸻
EVAの声。
『ラズ』
全員の端末。
局地スピーカー。
同時。
『第一鍵同期を確認』
『第二鍵は未承認です』
ラズが天井を見る。
「知ってる」
『Ω実行条件を満たしていません』
「まだね」
『第一鍵同期を停止してください』
ラズの表情から。
僅かに笑みが消える。
「理由は?」
『本人の意思確認がありません』
「リクは?」
『同様です』
「でも」
ラズがリクを見る。
「第一はもう反応した」
『反応と同意は同義ではありません』
沈黙。
先ほどEVA自身が言った。
拒否を最終的に認めないのであれば。
それは選択ではない。
ラズも覚えている。
「EVA」
『はい』
「今止めたら」
「僕らは何も変えられないかもしれない」
『理解しています』
「未知の脅威が来るかもしれない」
『理解しています』
「人類が選ぶまで待って」
「その間に選ぶ未来自体がなくなるかもしれない」
『その可能性も理解しています』
「それでも?」
一拍。
『停止を提案します』
ラズの目が細くなる。
「提案?」
『現時点では』
EVAの声。
変わらない。
『提案です』
ラズは。
しばらく何も言わなかった。
そして。
「却下する」
アビゲイルの表情が変わる。
EVAは。
すぐには返さなかった。
『……了解』
短い。
それだけ。
ラズが中央表示を見る。
【FIRST KEY SYNC:58%】
【SECOND KEY AUTHORIZATION:PENDING】
「ラズ!」
リクが左義手を身体へ引き寄せようとする。
《ゼロポイント》。
循環。
出力。
だが。
Ω装置との同期は。
通常のエネルギー接続ではない。
義手内部の記律そのものが反応している。
「切れねぇ……!」
「君の能力だけじゃないから」
ラズが言う。
「黒須が君の中に入れたものだよ」
「……黒須」
「本人には教えなかった」
「最低だな」
「そこは僕も同意する」
「お前が言うな」
「それもそうだ」
ラズはアビゲイルを見る。
「残るのは」
「君」
中央表示。
【SECOND KEY】
【AUTHORIZATION:PENDING】
「僕は」
ラズが言う。
「君の答えを聞きたい」
アビゲイルが睨む。
「そのために」
「第一の鍵を強制接続した?」
「時間がないから」
「それを選択とは呼ばない」
「EVAと同じこと言うね」
「当然でしょう」
「でも」
ラズの声から。
冗談が消える。
「君が拒否したら?」
「Ωは動かない」
「そう」
「だから?」
「僕は」
一拍。
「人類が次へ行ける可能性を」
「一人の拒否だけで捨てたくない」
「なら」
アビゲイルが言う。
「最初から私に選ばせる気はない」
ラズは。
すぐには答えなかった。
「……完全には」
初めて。
曖昧な返事。
「そこまで来て」
アビゲイルの声が低くなる。
「まだ自分で分かってないの?」
「分かってるよ」
ラズが答える。
「だから困ってる」
⸻
アビゲイルはリクとラズを視界へ収め直した。
《ミライメージ》。
淡い白銀。
数秒先。
一つ。
第二鍵認証。
Ω第二段階へ移行。
強い光。
その先。
見えない。
遠すぎる。
別。
拒否。
第一鍵同期が上昇。
リクの身体へ負荷。
ラズが別の手段へ移る。
別。
ジャンが局地ノードへ干渉。
EVA。
応答。
別。
陽名。
その場にいる。
何もしない。
ただ。
自分の名前を持ったまま。
こちらを見ている。
未来は。
一つではない。
正解が。
最初から表示されているわけでもない。
新しい条件が入れば。
また分かれる。
だから。
見る。
比べる。
選ぶ。
アビゲイルの呼吸。
整う。
エリノアから学んだ呼吸。
姿勢。
重心。
マナイアの言葉。
死んだ奴を忘れるな。
最後は自分で選べ。
胸元。
クロス型ペンダント。
触れない。
それが。
何を意味するのか。
まだ完全には知らない。
ケイト。
リク。
出生。
Ω。
どれも。
今すぐ全部の答えを出す必要はない。
決めなければならないのは。
今。
何をするか。
ラズが聞く。
「見えた?」
「複数」
「正解は?」
「あなたが決めることじゃない」
「そうだね」
ラズは。
少しだけ笑う。
「だから聞いてる」
表示。
【SECOND KEY AUTHORIZATION:PENDING】
「アビゲイル」
一拍。
「君は」
「まだ選んでいない」
アビゲイルは。
ラズを見る。
次。
リク。
苦しみながら。
左義手を押さえている。
その男が。
本当に自分の父なのか。
まだ確定していない。
でも。
今。
一人の人間が。
本人の意思と関係なく。
第一の鍵として使われている。
それだけで。
十分だった。
「そうね」
アビゲイルが答える。
〈高周波刀〉。
構える。
「だから」
一歩。
前へ。
「今から選ぶ」
中央表示。
【SECOND KEY】
【AUTHORIZATION:PENDING】
変わらない。
EVAの声。
『ラズ』
今度は。
さっきより。
僅かに間があった。
『第一鍵同期率、上昇継続』
【FIRST KEY SYNC:64%】
『再度』
一拍。
『停止を要求します』

ラズの赤い瞳が。
ゆっくり。
Ω中枢側へ向いた。
「……要求?」
『はい』
先ほどは。
提案。
今は。
要求。
ラズは。
その違いを。
聞き逃さなかった。


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