Basis
本件は同一戦闘における二個体の比較である。
対象はリク・ロクジョウとドミネーター。
両者は同一地点、同一時間において、同一対象と対峙している。
環境差は確認されていない。
記録の欠落も存在せず事象は連続している。
外部条件に差異はない。
だが、選択が一致しない。
同一条件下でありながら判断のみが分岐している。
これは結果の差ではなく、過程における乖離である。
ドミネーター単体ではこの差異は説明できない。
起点となる履歴が存在しないため、変化の発生点を特定できない。
一方で、リク・ロクジョウは追跡可能である。
形成過程および判断基準が連続した記録として残されている。
よって、本件では比較による抽出を行う。
同一戦闘を異なる視点から再構成し、判断の発生位置を特定する。
ここで扱うのは結果ではない。
——分岐そのものだ。
Block1
【RK-03|PS-2050|外壁|再構成】
輸送車両は減速している。
舗装の剥がれた路面に合わせて振動の質が変化する。
揺れは連続しているが乱れてはいない。制御は維持されている。
外は風が弱く遮蔽物も少ない。
視界は広く開けており、隊列全体の配置が把握できる。
護衛輸送車両は前後に二両。
間隔は保たれ、隊列に崩れはない。
過不足のない構成で厚みを持たせず隙も生まれていない。
問題はない。
オートバイで並走するリク・ロクジョウは内部へ視線を向ける。

後部区画には固定座席が並び、それぞれに子供が収まっている。
身体は拘束され、動きは制限されている。
意識の状態には差があるが、すべて管理範囲内に収まっている。
数は八人。
五人は安定している。呼吸は整い、反応も鈍い。
残り三人は不安定で脈拍が高く、意識の揺れも大きい。
それでも想定の範囲を逸脱していない。
記録と一致する。
対象はすべてネクス因子保有個体であり、未制御段階の処理前。
分類上の差はあっても扱いは同一である。
輸送が優先される。
リクは順に視線を巡らせる。
識別は完了している。
個体差も把握しているが、それは処理順の調整にのみ影響する。
それ以上の意味は付与されていない。
前方で通信が入る。
「残り三分。予定通り進行」
確認のみの音声で感情は含まれていない。
「了解」
短く返す。それで十分だった。
輸送車両が段差を越え、一度浮いて着地する。
衝撃は吸収されるが完全には消えず振動として残る。
その変化に同期して一人が動く。
最も小さい個体。
固定具の中で身体を捻り、視線を持ち上げる。
動作は遅いが止まらない。
目が合う。

数秒、その状態が続く。
声はない。泣きもない。
ただ視線だけが向けられている。
焦点は定まっている。意識は明瞭だ。
リクは視線を外し、前方へ戻す。
異常は確認されない。
外界に変化はない。
進路に障害はなく、隊列も維持されている。
全体の流れは崩れていない。
輸送は成立している。
——そのはずだった。
Bridge
同一時間、同一座標。
対象も状況も変化していない。
観測される事象は一致している。
車両配置、個体数、進行経路。
いずれも差異は確認されない。
だが、認識が一致しない。
一方はそれを輸送として定義する。
もう一方は同一対象を別の意味で捉えている。
差異は外部に現れていない。行動にも影響していない。
——この時点では。
以下、同一事象を別視点で再配置する。
Block2
【DM-03|PS-2055|外壁|再構成】
車列は遠方からでも判別できる。
速度は抑えられ、進路は限定されている。
逸脱の余地はなく、動線は固定されている。
護衛は最小限に見えるが配置に無駄はない。
前後の間隔も揃っており、全体として崩しにくい形を維持している。
ドミネーターは視線を動かす。
正面ではなく、その内側をなぞるように向ける。

対象は車両の外ではなく内部だ。
積載内容は把握している。
数も状態も事前情報と一致している。
だが、それだけでは足りない。
一拍の間を置き、呼吸を止める。
感覚を絞り込む。
外殻を隔てても完全には遮断されない。
微弱な反応が断続的に浮かび上がる。
揃っていない。
強弱にばらつきがあり、消えかけているものもあれば明確に残っているものもある。
均一ではない。
つまり、未完成である。
その認識は思考より先に成立する。
判断ではなく、事実として確定する。
背後で足音が止まる。
同時に周囲の空気がわずかに変質する。
体中を強く叩くような音。
大きく息を吸って膨らんだ胸部から吐き出される空気。
マストドン。
「ぶっ飛ばしてやる」
視界の端で黒が滲む。
煙の層が地面に沿って広がり始め、微かに咳をする音が聞こえる。
スモークブリンガー。
「思ったより厳重だな」
さらに足元のアスファルトが軋む。
ひび割れが連なり、粘性を帯びた黒がわずかに浮き上がる。
アスファルタス。
「へっ、今さら怖気づいたか?」
遠くで空気が震える。
まだ音にはならない圧力が、周囲の流れを歪めている。
ハウラー。
「問題はないはず」
空間に小さな穴が無数に空く。
安定させようと精神を強く集中する深呼吸が繰り返される。
ヴォルト。
「もう少し時間がかかりそうだ」
そして、背後で誰かの視線がずれる。
意味が一瞬だけ揺らぐ。
オラトリオ。
「……若い芽は世界を知らず……」
配置はすでに整っている。
「確認は済んでる。予定通りだ」
仁王立ちするロクストンの声は低く、余計な言葉を含まない。
決定事項として提示される。
「煙はいつでも撒けるぜ」
何度か繰り返される咳の中に短く重なる声。
スモークブリンガー。
「あのスピードなら止められる」
手揉みしながら低く粘る声。
アスファルタス。
ドミネーターは振り返らない。
「いつでも行ける」
喉元を確認しながら強い声。
ハウラー。
そして、オラトリオは水晶玉を取り出して何かブツブツと口にしていた。
「あれが全部か」
ドミネーターの仮面の下から放たれた問いに近い確認。
「……そうだ」
首をコキコキと鳴らすロクストンの短い応答。
それで足りる。
その言葉を合図に車列を見下ろす[ガーディアンズ]の面々が準備を始める。
進行を続ける車列の速度は変わらず、揺れも抑えられている。
管理されている状態であることは外部からも把握できる。
だが、ドミネーターの視線は再び内側へ向かう。
均されていない反応が残っている。
抑え込まれているが消失していない。
輸送される車両の中に渦巻いている感情の交錯を感じ取れる。
戦闘態勢に入る[ガーディアンズ]の中で、ドミネーターだけは何もせず見ているだけ。
精神を集中するドミネーターの中に一つだけ異なる質の反応が繰り返される。
それは非常に弱いが、決して途切れていない。
他と異なり揺れ方が一定で断続しない。
偶発ではない。
ドミネーターはそこで視線を固定する。
理由はないが、そこから外れない。
次の瞬間、ロクストンが動く。
「……始める」
ロクストンは岩石化した両拳を当てて合図にする。
その言動で全員が反応する。
位置が変わり、間合いが詰まる。
動きは統一されている。
ドミネーターも一歩踏み出す。

だが、視線は残ったままだ。
車列の内部。
固定されたままの一つ。
動かない。
それでも——消えていない。
Bridge
同一事象は継続している。
時間は進行しているが状況に変化はない。
車列は維持され、進路も保持されている。
外部から観測可能な異常はまだ発生していない。
だが、認識の差は解消されていない。
一方はそれを維持された状態として捉える。
もう一方は、すでに変化が始まっていると認識している。
差異は顕在化していない。
行動にも反映されていない。
——この時点では。
視点を戻す。
Block3
最初に気づいたのは音ではない。
揺れの遅れだった。
車両の振動が一拍だけずれる。
路面の状態は変わっていないはずなのに伝達の仕方が一致しない。
吸収の挙動が異なる。
異常の範囲内には収まっているが、無視できる差でもない。
リクは外へ視線を向ける。

車列は維持されている。
前後の間隔にも変化はない。
護衛車両の動きも安定している。
目に見える崩れは存在しない。
それでも、どこかが噛み合っていない。
遅れて通信が入る。
「——ノイズを確認。原因不明。再送する」
音声が途切れる。
すぐに復帰するが完全ではない。
歪みが残る。
リクは即座に判断する。
外的干渉。
範囲は限定されている。
意図的だ。
「全車、警戒レベルを一段階引き上げろ。速度は維持」
短く指示を出す。
余計な言葉は入れない。
減速は行わない。
停止もしない。
ここで止まる理由は存在しない。
車両が再び揺れる。
今度は差が明確に出る。
振動が地面からではなく横方向へ逃げている。
周囲の空間が均一ではない。
リクの視線が細くなる。
外を流れる空気の動きが変化している。
視界に歪みはないが、距離感が揃っていない。
奥行きが一定ではない。
干渉が始まっている。
車両の内部へ視線を戻す。
子供たちは動いていない。
拘束も維持されている。
反応にばらつきはあるが、先ほどから変化はない。
不安定な個体も範囲内に収まっている。
優先順位は変わらない。
輸送を維持する。
リクは再び外へ視線を向ける。
進路は確保されている。
障害物もない。
数値上の問題はまだ発生していない。
だが、確実に近づいている。
未発生ではない。
まだ形になっていないだけだ。
リクは手を動かす。
武装の状態を確認し、配置を再計算する。
射線、遮蔽物、退路を同時に更新する。

準備は整っている。
次に来るのは想定内だ。
——問題はない。
Bridge
変化は同時に発生している。
外的干渉は確認され、状況は移行段階に入っている。
数値上の異常も検出されている。
認識の順序は一致しない。
一方はそれを発生した異常として処理する。
もう一方はすでに進行している事象として捉えている。
差異は時間にある。
発生ではなく、認識の位置にある。
——同一事象である。
だが、開始点が一致していない。
Block4
最初に変わったのは光の質だった。
視界が曇る。
煙とも霧とも判別できない黒が地面に沿って広がり、輪郭が滲む。
距離の把握が不安定になる。
車列の形は維持されているが、外郭が揺らぎ始める。
呼吸に混じる違和感が増える。
「撒け。止めるな」
スモークブリンガーの声と同時に黒煙の濃度が一気に上がる。
視界だけでなく距離の認識そのものが鈍る。
次の瞬間、空気が震える。
低く押し出すような咆哮が広がる。
ハウラーの喉が震え、音ではなく圧力として叩きつけられる。
動いていたものが一拍止まる。
「今だ! 止めろ!」
ロクストンの声が重なる。
その隙間に質量が割り込む。
地面を踏み砕きながら突進してくる影。
マストドンの巨体が横合いから突き抜け、護衛車両を弾き飛ばす。

金属が歪み、整えられていた間隔が崩れる。
均衡が失われる。
「道は作ったぞ!」
荒い声が響く。煙の中で人影が分かれる。
動こうとした兵士の足元が崩れる。
黒いタールが這い上がり、絡みつき、引きずり込む。
アスファルタスが低く笑いながら動きを封じていく。
「動くなよ。沈めてやる」
粘りつく声。
その背後で別の声が重なる。
「違う。そちらではない」
オラトリオの言葉が意味だけを歪めて残る。
兵士たちの視線が揺れ、互いに向けられる。
認識がずれ、判断が崩れる。
同時に起きている。
順序は存在しない。
ただ、すべてが崩れていく。

その中心でロクストンが立っている。
動かない。
前に残っているのは彼だけだ。
「中央だ。外は捨てろ!」
中核となる目的を意識させるロクストンの強い口調。
それによって、バラバラになりそうな[ガーディアンズ]をまとめていく。
車列の中央。
煙の奥に形を維持しているものがある。
そこだけが他とは明らかに遅れている。
揺れておらず、固定されている。
視線がそこに留まる。
——中だ。
外殻の向こうから遮断された内部。
完全ではない。
微弱な反応が繋がっている。
断ち切られていない。
「座標、固定。いつでも開けるぞ」
遠くからヴォルトの無機質な声が届く。
衝突も拘束も認識の歪みも、すべてが同時に進行している。
視界の端で流れ続ける。
だが、ドミネーターはそこに入ってこない。
彼だけが単独に切り分けられている。
それは選別ではなく、単純に最初から異なっている。
念力が発動してドミネーターの足が動く。
緊張感が走る修羅場で唯一、呼吸は乱れておらず、淡々と行動を開始している。
空中を飛ぶドミネーターは煙の中へ踏み込む。
彼にとって一切の遮蔽も抵抗も関係ない。
ただ、崩れた隙間をそのまま通過する。
目標となる輸送車両との一気に距離が縮まる。
仮面の下にある瞳に映る光景は明確であり、[ガーディアンズ]が作り上げた舞台でもある。
外殻は維持されているが、周囲はすでに機能していない。
守るものは残っていない。
「……行け」
周囲の雑音を抑えるロクストンの声が低く響く。
そこへ向かうドミネーターは止まらない。
視線も決して外さず目標へ突き進む。
煙の向こう、閉じられた内部へ一直線に進む。
そこにあるものが、まだ消えていない。
Bridge
同一事象は継続している。
戦場は崩壊している。
構造は失われ、統制は分断されている。
ここまでは一致している。
両者は同一の局面に到達している。
対象も同一で、条件にも変化はない。
——だが、この地点で差異が発生する。
一方は優先順位を維持する。
もう一方はそれを変更する。
外的要因は確認されていない。
状況による強制でもない。
判断のみが分岐している。
この差異は結果ではない。
——起点である。
以下、分岐後の行動を観測する。
Block5
変化はすでに形になっている。
煙は視界を奪い、咆哮は一瞬の停止を生み、隊列は崩壊している。
外周は機能を失い、護衛は分断され、戦場は構造として成立していない。
だが、リク・ロクジョウの中で崩れているものはない。
視界を切り替える。
外部、内部、位置、数、反応を同時に捉え、優先順位を再構築する。
任務は変わらない。
輸送を完遂する。
それ以外はすべて二の次である。
「全車、隊列維持は放棄。中央車両を基準に再配置しろ」
短く指示を出す。
迷いはない。
「外周は持たない。内側に寄せろ。時間を稼げ」

リクの指示を受けた兵士の応答が返る。
乱れているが崩壊はしていない。
兵士たちは理解している。
守るべきは自分ではなく輸送対象であると。
彼ら[統制防衛局]の兵士たちはそのためにここにいる。
通信に別の声が割り込む。
「リク、それは——」
ジェフリー・モーガンの声。
息は荒く距離は近い。
彼は前方の護衛車両に乗り込み、敵に対して応戦していた。
「前線が持たない。押し込まれてる。このままだと——」
リクは遮る。
「位置を維持しろ。退くな」
即答だった。
その一瞬の間に別の回線が重なる。
「対象の損耗率が上昇しています」
冷静な声。
「現在の進行では全個体の維持は困難です。優先度の再設定を推奨」
ヘンリック・ホフマン。
感情はなく、数値のみを基準としている。
さらに別の声が重なる。
「違う」
静かで明確な声。
「あの子たちはそういう扱いじゃない」
ケイト・クロス。
否定は揺らがない。
「対象じゃない。人として扱って」
リクは応答しない。
すべて聞いている。
すべて理解している。
その上で選択する。
それがリクに課せられた役割であるから。
「後方車両、切り離す」
リクの淡々とした指示だけが残る。
「残存戦力で時間を稼げ。中央を通す」
そこには最良ではなく、最善でもない、瞬時の最適な判断。
この瞬時の判断において否定は返らない。
返せない。
兵士たちは理解している。
それが任務であり、自分たちの役割であることを。
「了解」
短い応答が複数重なる。
その瞬間、停止した状態から突破口を切り開くべくリクは動いた。
地面を蹴る。
踏み込んだ先で周囲の衝撃と熱が流れ込む。
爆発の余波、衝突の振動、散逸したエネルギーを取り込む。
身体が軽くなる。
筋力の出力が引き上がり、反応速度が一段階上がる。
特殊系ネクス能力《ゼロポイント》。
初動は遅い。
だが、ここから加速する。

煙の中を突き抜ける。
拘束された兵士の横を通過し、倒れた車両を踏み越え、一直線に中央へ向かう。
視界の先、煙の中で一つの影が動いている。
他とは明らかに異なる挙動。
リクの両目が捉えるのは止まらず、迷わず、周囲に干渉されない動き。
ドミネーター。
リクは即座に認識するが、それ以上の理解は行わない。
優先順位は変わらない。
対象は輸送対象に限定されている。
それ以外は排除対象として処理される。
リクは速度を上げる。
距離を詰める。
戦場は崩れている。
しかし、任務は崩れていない。
その中心に自分がいる限り。
Bridge
同一事象は継続している。
戦場は崩壊し、構造は失われている。外周は機能せず、統制も分断されている。
ここまでは一致している。
一方は任務を基準として再構築する。
損失を許容し、優先順位を維持する。
もう一方も同一局面に到達している。対象も条件も変化していない。
だが、選択が一致しない。
優先順位が再定義される。
外的要因は存在しない。
強制も確認されていない。
判断のみが変化している。
この差異は結果ではない。
以下、再定義後の行動を観測する。
Block6
煙は消えていない。
崩れた隊列の中で、機能しているものと失われたものが混在している。
動きは分断され、統一された行動はすでに存在しない。
その中で一つの流れだけが維持されている。
中央へ向かう動線。
ドミネーターは空中を高速で進む。減速はない。
周囲の干渉はすべて届いている。
咆哮の余波、衝突の振動、拘束の広がりが同時に存在している。
だが、それらは進行を妨げる要因として処理されていない。
排除も回避も行わない。
ドミネーターはただその上を通過しているだけ。
仮面の下にある視線が目標へ収束する。

煙の奥、輸送車両の外殻が捉えられる。
損傷は限定的で内部構造は維持されている。
防護機能は失われているが、保持するための形だけが残っている。
周囲を確認する。
近くには廃棄された原子炉がある。
熱が残っており、完全に止まっていない。
再び視線を目標へ戻す。
空中を飛来するドミネーターを止める者はおらず、その目的は変わらない。
速度も維持されたまま接近を続ける。
背後で声が重なる。
「中央は維持しろ! 外は捨てる!」
ロクストンの怒号に似た指示が飛ぶ。
岩石化した身体を使って銃弾を弾き、薙ぎ払う腕で兵士たちを倒していく。
ロクストンの声と攻撃は戦場全体に作用し、外周は切り離され、時間を稼ぐ動きへ移行している。
その流れにドミネーターは含まれていない。
確かに指示は届いていて意味も理解している。
それでも行動は変わらない。
台風の目になっている沈黙する車両。
ドミネーターはゆっくりと降りて足元に車両を据える。
外殻には触れず内側へ意識を向ける。
思念系ネクス能力《インペリウム》を発動。
精神を集中させたドミネーターは両手を翳して目標へ向ける。
すると、内部の反応を捉える。
そこには断続的な波形が複数重なっている。
その中に一つだけ揺れ方の異なるものがある。
ドミネーターは狙うように異なる揺れ方に強く干渉する。
拘束された子供たちに変化が生じる。
一人の拘束具が外れ、制限されていた動きが戻り始める。
これは完全な解放ではない。
停止していた流れの一部が再開される。
この変化は外部に共有されない。
戦場全体にも影響しない。
車両内部のみで進行している。
ドミネーターは干渉を維持し、処理を継続する。
彼にとって周囲の銃撃戦は無関係のように思える。
なぜなら[ガーディアンズ]が兵士たちを確実に抑え込んでいたから。
その時、背後に別の気配が接近する。
速い。
散開させていたドミネーターの感知がすぐに反応する。
それは一直線にこちらへ向かっている。
その正体は統制防衛局のエース、エージェントゼロ。
彼の接近は阻害されていない。
この崩壊した状況の中で最も安定した動線を持っている。
距離が縮まる。
同一地点へ向かう二つの軌道。
だが、交差しない。
目的が一致していない。

ドミネーターは振り返らない。視線も動かさない。
内部への干渉を維持したまま、次の個体へ移る。
拘束状態、反応の残存、接続の強度を順に捉え、同じ処理を繰り返す。
選別は行われていない。ただ、順序だけが存在している。
その規則は外部から読み取れない。
戦場は崩壊したままだ。
煙も拘束も誤認も同時に進行している。
その中心で進んでいる変化は別の流れに属している。
誰もそれを止めていない。
必要性も認識されていない。
ただ一つだけ確実に変わっている。
この戦場で何を優先するかという基準が、別の形で成立し始めている。
Bridge
同一事象である。
戦場は崩壊したまま、再構築と逸脱が同時に進行している。
一方は命令系統に従い、行動を最適化する。
組織、役割、任務。
それらを基準として判断は一貫している。
もう一方は外部の基準を持たない。
個体として対象を捉え、その場で判断を確定する。
参照点は存在しない。
だが、同一戦場において二つの系統が成立している。
以下、組織側の行動へ戻る。
Block7
中央への動線はすでに確保されている。
煙と衝突によって視界は乱れているが、進路そのものは失われていない。
外周は機能を低下させ、兵士たちは各所で足止めされている。
それでも中心へ向かう流れだけは維持されている。
リク・ロクジョウはその中を進む。
瓦礫を踏み越え、崩れた車両の影を抜け、最短距離で中央へ戻る。
余計な動きはない。
回避も最小限に抑え、一直線に進行する。
そこで動きが止まる。
前方に一人。
ロクストンが立っている。

崩れた地面の上、背後を切り離す位置に配置されている。
退路を塞ぐのではなく、通過を許さないための立ち位置である。
周囲の音が遠ざかる。
戦闘は続いている。
銃声も衝突も止んでいない。
だが、この間合いの内側では意味を持たない。
リクは距離を測る。対するロクストンは動かない。
そもそも、動くつもりは一切ない。
その証拠に彼の視線も構えもリクのみに固定されている。
リクによる降伏勧告に対し、ロクストンは応じない。
両者の意図は交わらない。
リクは迷いを断ち切り、踏み込む。
同時にロクストンも前へ出る。
衝突は一瞬で発生する。

衝撃が周囲へ広がる。
ロクストンの意志は岩石の壁として立ちはだかり、その身体は通過を拒む。
リクはそれを突破するため、周囲のエネルギーを吸収する。
結果は明確だった。
吸収による身体強化がロクストンを上回る。
力の差で決着がつく。
衝突の音は遅れて響く。
重い衝撃が内側に伝わり、ロクストンの支えが一点から崩れる。
だが、その視線は一瞬だけ後方へ向く。
対象はリクではなく守るべきもの。
確認したロクストンは頷く。
退避していく複数の影をしっかりと瞳に焼き付ける。
次の瞬間、ロクストンは安堵した表情を浮かべて力が抜ける。
岩石の身体が崩壊するが音はない。
遅れて欠片たちが地面に落ちる。
決着は成立する。
リクは視線を下げない。確認は不要である。
結果はすでに確定している。
身を挺して止めた岩石の男よりも、リクは気にするべき対象物がある。
そのまま前へ進む。
まだ吸収したエネルギーは残っていて接近するスピードは早い。
周囲の雑音を気にせず、一直線に向かっていた。
リクの足取りは短い時間で輸送車両の側面へ到達する。
すぐにリクは内部を確認する。
子供たちの拘束は維持されている。
だが、その視線は変化している。
リクへ向けられるそれは不満ではなく、別の意味を持ち始めている。
すると、リクは感じ取る。
上空に異質な気配を。
視線を上げた先に悠然と空中に一人の男が浮いている。
仮面越しの強烈な視線が向けられている。
ドミネーター。
右手が持ち上がった瞬間、子供を締め付ける拘束具が外れる。
順に解放されていく。
すぐに状況を把握したリクは大型リボルバーを構える。
しかし、構えた状態から次の動作が発動しない。
完全にリクはドミネーターの《インペリウム》によって動きを制限されていた。
それは強化された身体でも抵抗できないほどに。
視線が交錯する。
リクは抗う一方でドミネーターは拘束の解放を続ける。
敵意はなく、ただ目的のみが存在している。
動けないリクは絞り出すような言葉を述べる。
「……何をしているのか、わかっているのか?」
ドミネーターは反応しない。
拘束はリクの動きのみを制限している。
発声は阻害されていない。
「貴様こそ。自分が何をしているのか理解していない」
仮面の奥から言葉が出る。感情は含まれていない。
圧倒的な不利な状態のリクは反応する。
後方から響くエンジン音を瞬時に把握していた。
「お前らの負けだ」
鋭い視線を送るリクの言葉に対し、ドミネーターは視線を遠方へ向ける。
ドーム都市側で土煙が上がっている。
「増援か」
形勢逆転になるような状況でもドミネーターは落ち着いている。
だが、ほんの一瞬だけドミネーターの意識が割かれ拘束が緩んでしまう。
リクはその隙を利用して、大型リボルバーの引き金を引いた。
弾丸は一直線にドミネーターの仮面の眉間を穿つが、その直前で激しく回転しながら止まる。

再び両者は硬直する。
リクは次の弾丸をいつでも発射できる態勢を維持。
ドミネーターは目の前の弾丸を空中で止めている。
両者の睨み合いが鋭さを増していく。
Bridge
戦場の均衡はここで崩れている。
外周の分断は維持されている。
だが、それを成立させていた基点は消失している。
ロクストンの消失により、統制は失われた。
残されているのは、同一地点に収束した二つの行動系のみ。
一方は任務を基準とする。
対象の維持と輸送の完遂。
損失は許容される。
もう一方は基準を持たない。
個体を起点として判断が確定する。
全体構造は参照されない。
外的状況は変化している。
増援が接近している。
時間的猶予は残されていない。
——ここで選択が確定する。
同一事象に対し、異なる結果が導出される。
以下、分岐後の行動を観測する。
Block8
増援の気配はすでに視界に入っている。
煙の向こう地平の低い位置に土煙が連なる。
一直線に接近しているがまだ距離に余裕は残っている。
しかし、今は硬直する時間によって確実に削られている。
ドミネーターは動かない。
右手はリクへ向けられたまま空間を固定している。
見えない圧力が働き、リクの動線は制限されている。
完全な拘束ではないが、踏み込みを阻害するには十分である。
その状態のまま、もう一方の手が上がる。
左手が向けられた先は崩れた構造物の奥にある廃棄された原子炉。
損傷した外殻の内側で濁った光が脈打っている。
周期は乱れ、振動は不規則で、制御は崩壊しかけている。
次の瞬間、振動の質が変化する。
周期が崩れる。揺れが増幅する。
内部反応が加速し、光が膨張する。
白が濁り、輪郭が崩れる。《インペリウム》によって無理やり暴走が誘導されている。
動きを封じられたリクは即座に理解する。
その先にある構造物は単なる爆発では終わらない。
連鎖すると。
周囲の設備を巻き込み、地盤を伝い、ドーム都市へ影響が及ぶ。
局所では収まらない規模へ拡大する。
ただちに止める必要がある。
瞬時にリクの判断が働き優先順位が更新される。
その対象はすでにドミネーターではなく原子炉にあった。

すると、リクを拘束していた《インペリウム》に揺らぎが生じる。
完全ではないが、流れが切れる。
リクは迷わない。視線を向けないまま後方へ踏み込み、進路を切り替える。
彼の身体は一直線に原子炉へ向かう。
ドミネーターは追わない。
駆け出したリクの背中を見ず、《インペリウム》の対象は本来あるべき目的に向けられていた。
「間に合うか」
リクは周囲のエネルギーを吸収しながら身体能力を向上させる。
その先では原子炉の光がさらに膨らむ。
熱が上がり、空気が乾き、呼吸が焼ける。
早くも到達したリクは即座に状況を判断する。
損傷した外殻と露出した構造。
迷いなく手を伸ばす。
特殊系ネクス能力《ゼロポイント》を発動する。
空気が引き込まれる。光と音とエネルギーが一気に体内へ流入する。
制御は最初から捨てている。
リクは吸収できる容量を気にする余裕はなかった。
すぐに負荷が限界を超える。
それでも止めず吸収を維持する。
その甲斐もあって原子炉の膨張が抑えられる。
ただ、完全ではない。
さらに膨大なエネルギーの流入が続く。
エネルギーの波が強まり、体内に蓄積される。
逃がす手段はない。
圧力が偏る。
集中しているにもかかわらず、エネルギーは左側へ寄る。
違和感が走るが止めない。
その瞬間、リクは内側から嫌な音を耳にする。
左腕は莫大なエネルギーを抑え込む事ができず砕ける。
跡形もなく消失した左腕から遅れて痛みが到達する。
それでもリクは意識を途切れさせず、さらに吸収を続け奔流を押さえ込む。
次に頭部へ圧が移る。
激痛が走り左の視界がいつの間にか消えていた。
まるで光が弾けるように片側の世界が闇に暗転する。
血の涙が流れる。
それでも手は離さない。
残された右手は《ゼロポイント》を発動し続けている。
最後の流入を受け止める。
声にならない叫びの中で全てを呑み込む。
そして静止する。
光が消える。
振動が止まる。
熱が引く。
空気が戻る。
遅れて音が戻る。
瓦礫が落ちる。
視界が覆われる。
リクの身体が膝から崩れている。
動かない。正確にはもう動けない。
だが、意識は残っている。
膨大なエネルギーを吸収した代償はあまりにも大きかった。
そこへ煙の中に一つの影が近寄る。
ドミネーター。

空中に留まっている。
決して動かず能力による干渉も行われていない。
ただ存在している。
飛び込めるだけの近い距離にある。
しかし、リクの身体は動く事を拒否していた。
それでも視線は上がる。
仮面の奥の視線が捉えられる。
血走っているが、なぜか敵意はない。
沈黙の時間が流れる。
互いに視線を外さない。
その時、背後で音が生じる。
瓦礫を踏む複数の足音。
叫ぶ声がした。
「リク!」
ケイトの声。
続いて別の声。
「状況を報告しろ! 今すぐだ!」
通信を行いながら接近するジェフリー。
複数の兵士が展開し、武装が広がる。
その瞬間、ドミネーターが動く。
言葉はない。
振り返らない。
その場を離れる。
煙の中へ消える。
残るのは崩壊した戦場と、動けないリクだけである。
Brief
戦闘は終了している。
現場は制圧され、残存する脅威は確認されていない。
損害は甚大だが、ドーム都市への直接的被害は回避されている。
結果のみを見れば任務は成立している。
だが、その過程は整理がつかない。
記録を再確認する。
時系列に異常はない。
各個体の行動にも明確な破綻は確認されていない。
それでも整合しない部分が残る。
リク・ロクジョウは命令系統に基づく行動から逸脱している。
本来の最優先は輸送対象の維持と敵対勢力の排除にあるが、彼はそれを放棄し、廃棄原子炉の抑制を選択している。
結果としてドーム都市は維持された。
同時に輸送対象の大部分は奪取され、作戦は部分的に失敗している。
評価は分かれる。
リクの判断に迷いはない。
あの時点で彼は別の基準に基づいて行動している。
もう一方のドミネーター。
彼の行動はさらに不可解である。
救出は達成されている。
転送による離脱も可能だった。
それにもかかわらず、その場に留まっている。
理由は確認できない。
事実として、彼は動けないリクを攻撃していない。
排除は可能であり、抵抗も成立しない状態にあった。
それでも実行されていない。
単なる見逃しではない。
対象を認識した状態で干渉を行わなかった。
その後、増援の到達と同時に離脱している。
時間的余裕は存在しないはずだが、実際には数秒の空白が存在している。
合理性は確認できない。
ここで仮説を設定する。
両者の行動は戦闘としては非合理に見える。
最適な勝利条件が選択されていない。
それでも破綻はしていない。
むしろ一貫している。
基準が異なる。
リクは命令系を基準としていない。
ドミネーターもまた敵対関係を基準としていない。
両者は同の状況を認識しながら、異なる優先順位で行動している。
だが、完全に無関係とも断定できない。
少なくとも、当該時点において両者は互いを排除対象として扱っていない。
戦闘は成立していた。
しかし、その内部で別の関係が成立している。
敵対でも協力でもない。
分類不能である。
この戦闘は勝敗によって定義できない。
構造としても不完全である。
記録として残るのは事実のみである。
リク・ロクジョウは都市を維持し、代償として身体の一部を喪失した。
ドミネーターは目的を達成し、指揮個体を喪失しつつ対象の一部を確保している。
両者は交戦し、対峙し、離脱した。
それ以上の関係性は確認されていない。
現時点では、そう結論する。


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