Scene.12a ―「まぶしすぎて、だれも見えなかった」(前編)

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オリジナル小説

【<REFLOG–Δ.H1> : MULTI-NODE CONFLICT DETECTED】
【EVA──「観測対象が複数地点に分岐。交戦予兆を検知。中継ログ転送開始」】

 仮想ネットワーク内。
 地下の空気は粘つくように湿り、遠くで金属が軋む音が反響していた。静けさは“音がない”というより、“音が届かない”という感覚に近い。
 誰も接続していないはずの中継端末に、突如として少女の姿が浮かび上がった。白いシャツ。軽く結ばれた髪。都市の残響を切り離すような静けさ。  その存在だけが、空間の奥行きすらも拒絶しているようだった。

「……陽名」

 ポイゾナスが呟く。その名が、人間のものかどうか、確信はなかった。

「スプロケットの反応、見て」

 フェイズの声で全員が振り向く。スプロケットはゴーグル越しに呻き、端末には高密度の錯乱信号。
 何かと“繋がって”いた。それが──

 「あの子、だな。間違いない」

 タウロスが低く言った。

「オレたちが追ってた、“勝つためのやつ”か?」

 端末の奥でホログラムが浮かび上がり、ゆるい拍手とともに、ラズが笑っていた。

「おや、毒女ちゃん。そんな顔しないで。せっかくの再会なんだから」

 ポイゾナスの眉がぴくりと動く。

「……何のつもり?」

「いやいや、別に。跳躍マンが反応しすぎただけでしょ?」

ラズはフェイズに向けて軽く手を振る。

「飛びすぎたら天井にぶつかるって、昔から言われてるのにさ」

「……見てたのか」

「見なくても分かるよ。だって、暴れ牛は黙ってられないし、電脳少女のノイズは遠くからでも響く」

 ラズの視線が、スプロケットの端末へと滑る。

「ねぇ、魔女は今回も黙り役? 本当に喋ると呪いでも飛びそうだし、それはそれで楽しみだけど」

 オラトリオは何も言わなかった。ただホログラムの光に無表情を返すだけ。

 「要件を言いなさい」

ポイゾナスの声は冷たい。

「うん。もう全部言ったよ。彼女はそこにいる。“鍵”だ。君たちのボスが顔だけ渡して、何も説明しなかった子。でも、それだけで充分でしょ?」

「場所は?」

「もう送っているよ。ほら、僕は優しいからね。それに匿っている未来ちゃん、眼鏡くん、ブリキ野郎の愉快な仲間たちのデータも送る出血大サービス付きと至り尽せり」

 ラズの無邪気そうな表情と違い、ポイゾナスたちは一様に顔がこわばっていた。

 「行くんでしょ? それとも、このまま“電脳少女”を見殺しにする?」

 通信が切れた。
 一瞬の沈黙。

 「……チッ、イヤな野郎だぜ」

タウロスが舌打ちする。

「ああ、だから笑っているヤツは昔から信用できない」

 フェイズが目を伏せて答える。
 ポイゾナスは、タウロスにスプロケットを任せて抱き抱えらせ、静かに立ち上がった。

 「行くしかない。今さら誰かに踊らされてるかどうかなんて関係ない。あの子が、スプロケットを壊しかけた。なら、確かめる」

 「灯る火は、誰にも見えぬ。色なき火こそ、いずれ世界を焼く」

 オラトリオの呟きに、水晶玉が共鳴するように赤く濁った。
 フェイズは真剣な眼差しとなる。

 「ちょっと乱暴になるが、我慢しろ」

 タウロスにポイゾナス、オラトリオ、それにフェイズが触れると、彼らは時空の歪みとともに消える。

──数時間後。

 市街地外縁、崩れかけた高架橋の陰。接近する四つの熱源へ向け、ガンマチームは半円陣を敷いた。 

「作戦は変わらない。陽名の保護、接触阻止。迎撃体勢に入る」

 アビゲイルの言葉に、二人が頷く。
 その視線の先──都市の風が吹き抜ける中心に、陽名は、静かに立っていた。
 誰も彼女に近づけない。白いシャツの裾が、わずかに揺れていた。あたかも彼女の周囲にだけ、世界の“規則”が適用されていないかのように。

──戦闘は、まもなく始まる。

-開戦-

 遮蔽壁の彼方から、複数の影が現れる。
 風が吹く。歪んだ空間に突如現れる四つと一つの消えそうな影。

 スプロケットを優しく置く──タウロス。
 毒による延命を試みる──ポイゾナス。
 静かなる怒りを浮かべる──フェイズ。
 水晶玉を掲げる不気味な──オラトリオ。

「無理してねぇか? フェイズ」

「ふん。冷静を装ってるお前には言われたくないね、タウロス」

「スプロケットは任せて」

「ポイゾナス。そなたの毒は何よりも危険で、優しく、悲しい」

 オラトリオの珍しい言葉にタウロスは驚き、疲れを忘れるフェイズ、仲間を信じるポイゾナスの眼差し。
 都市の廃墟に、沈黙が張り詰める。

 そんなスペリオルズの動きを捉える信号。
 ジャン=ジャック・ジャカールはハッキングしたドローンから彼らの存在を発見していた。

「熱源確認。個体識別完了──スペリオルズ、五名接近中。うち一名のバイタル低下」

 ジャンの音声に、アビゲイルが静かに頷く。
 完璧な熱源分析と識別コードの読み取り。それでも、ジャンの観測には“彼女”の存在がなかった。
 あたかも、世界そのものが、彼女を定義することを拒んでいるかのように。それが、ミーラの端末に表示された「観測対象なし」と奇妙に一致していた。

「任務は変わらない。作戦通り行く!」

 言葉と同時に、アビゲイルの高周波刀が音を立てて伸びる。

 「スプロケットは、そう長くは維持できない」

 ポイゾナスが口を開く。意識朦朧で震えるスプロケットを、優しい毒が包む。

 「あのガキを出せ!」

 スプロケットを一瞥したタウロスが、響き渡る声を上げる。

「……あのガキがいなければ、スプロケットは……壊れてしまう」

 戦闘態勢に入るフェイズ。

「悪いけど、そっちの都合で渡せる相手じゃない」

 オラトリオは呪詛の言葉を並べる。 「闇の中にある一筋、希望か絶望か」

(届かなくてもいい。それでも、“あの子”に届かせたいと思った。もう、誰も失いたくないから)

 アビゲイルが一歩、陽名の前に出た。その一歩を踏み出す瞬間、胸の奥に疼いたのは、不安か、それとも確信か。「守る」と言った自分の言葉が、陽名の意思にすら届かないのだとしたら──それでも、前に出るしかなかった。

 その瞬間、閃光。
 フェイズが跳躍していた。足音もなく横から迫るナイフの切っ先を、アビゲイルは間一髪で受け止める。

 〈高周波刀〉が火花を散らす。
 フェイズのナイフは、空間を歪めるようにして斜めから現れた。アビゲイルはわずかに身を引き、刃の軌道を“読んでいた”。青い放電を放つ〈高周波刀〉が逆巻きにきらめき、衝突の火花が空中に弾ける。

「リョウ!」

「おう! やっと来たな、牛野郎!」

 リョウが咆哮し、地面を踏み砕きながらタウロスへと突進した。

「ずいぶん張り切ってんじゃねぇか、政府の犬が!」

「犬じゃねぇ、ヒーロー様って呼べよ!」

 二人の拳がぶつかり、衝撃波が瓦礫を巻き上げる。

-陽名、拒絶発動-

 陽名のまわりの空気が、わずかに軋んだ。 空間そのものが、皺のように寄っている。 重力が揺らぎ、音が吸い込まれ、光が分解されていく。
 それはまるで、“世界”が彼女を拒んでいるのではなく、彼女が“世界”を拒絶しているかのようだった。
 誰も近づけない。視線さえ届かない。重力が、音が、光が、すべてが“跳ね返されている”ようだった。

「ぐ……っ、足が……重い……」

 リョウが声を上げる。

「重力がねじれてる……?」

 フェイズが膝をつく。

「拒絶……か? でも、これは……ただの反射じゃない」

———

【観測:ミーラ/Δ.H0断片】

 遠く離れた高台。観測端末を操るミーラは、画面の中で“消える光”を目で追っていた。

「空間圧縮率、閾値超過……Δ.H0観測フレーム、干渉率100%。……再現不能」

 ミーラの指先が止まった。

「この密度、この出力……理論上、“ヒト”が持ち得る力じゃない」

 端末には、陽名の座標を中心に異常密度の重力圏、遮断層の自己生成といったログが乱舞していた。可視領域外のノイズ、空間密度の異常、そして、感染阻止反応。それらのデータが、陽名を中心に渦を巻くように発生していた。 

「観測断片、Δ.H0……再現率0.03%。記録媒体に異常なし」

 指先が止まる。

「それでも、彼女だけが……抽出できない」

 画面には、ただひとつのエラーメッセージ。

【OBS.LOG ERROR : NO TARGET TO FIX】
【観測対象なし】

——— 

スプロケットの端末がノイズを放つ。甲高い共鳴音が、脳に突き刺さるような音圧で空間を振動させる。

「繋がってる……でも、壊れかけてる!」

 ポイゾナスがスプロケットの肩を抱きしめる。

 ふと、陽名が動いた。微かに震える指先が、空中に漂う見えない糸をそっとたぐるように伸びる。彼女の指先は、見えない糸をたぐるように震えた。  その手は届かないのに、まるでどこかで“繋がっていた”──そんな感触が、スプロケットの胸に微かに灯った。
 端末の警告音が一瞬だけ低くなった。それは“癒し”とも“干渉”ともつかない、ただの共鳴。世界の歪みがわずかに和らいだ。ぐったりした身体が微かに震えていた。

 そのとき、戦場の空間にラズのホログラムが再浮上した。

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