Scene.18 -「かすかに触れたものが、まだここにいる」

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▼オリジナル小説

 少し前。

 トーキョー・シティ地下。

 〈セントリオ〉中枢区画から続く旧業務施設。

 連絡通路から旧業務施設へ入り、リク・ロクジョウは崩れた柱の陰から三人を見ていた。

 三人は柱を挟んで正面と左右に分かれている。

 若い。

 全員。

 だが。

 普通の若い兵士ではない。

 男の右腕が、透明感のある黒青色の液体へ変わる。

 肩。

 肘。

 手首。

 本来なら骨格が動きを制限する場所まで、形そのものを変えている。

 《リクイディウム》。

 少し離れた女。

 瞳がこちらを捉えている。

 《イビルアイ》。

 もう一人。

 黒いブレイズの女は人間の輪郭を残しながら、四肢へ大型猫科の特徴を強く発現させている。

 三人。

 能力も違う。

 身体の使い方も違う。

 それなのに。

 動き出す瞬間だけが、異常なほど揃っていた。

 男が踏み込む。

 同時。

 視線が来る。

 右。

 獣化した女が壁を蹴った。

(速ぇ)

 リクは身体を沈める。

 液状化した腕が頭上を抜けた。

 壁へ穴が開く。

 振り返るより先。

 視界がずれた。

「……っ」

 柱が二本に見える。

 床の距離が狂う。

 正面にいた女の位置が一瞬だけ消える。

 《イビルアイ》。

 リクは右目を閉じた。

 左義眼。

 熱源。

 動体。

 距離。

 機械側の情報だけを残す。

 それでも。

 一瞬。

 別の人影が見えた。

 長い髪。

 細い肩。

 こちらへ伸ばされた手。

(……ケイト)

 瞬きをする。

 消えた。

 そこにいるのはグアダルーペだけだった。

 能力がケイトを見せたわけではない。

 乱された認識へ自分の記憶が勝手に意味を足したのだとリクは捉えた。

「まだ残ってんのかよ」

 誰へともなく呟く。

 返事はない。

 代わりに。

 遠くで幼い笑い声が聞こえた気がした。

 リクが顔を上げる。

 何もいない。

「……今はそっちじゃねぇ」

 次の攻撃が来る。

⸻

 マケナが低く沈む。

 脚部。

 腰。

 肩。

 全身が一気に連動した。

 跳ぶ。

 リクは避けない。

 右腕で受ける。

 衝撃。

 《ゼロポイント》が運動エネルギーを吸収する。

 身体へ流す。

 筋力。

 反応速度。

 左義手。

 青白いラインが強くなる。

 マケナの身体を押し返さず。

 受け流す。

 その横。

 フィンセント。

 液状化した腕が再び伸びる。

 リクは右腕を引き戻してナイフを抜く。

 斬らない。

 槍状の腕を刃の腹で逸らす。

 続いてグアダルーペ。

 目が合う。

 認識がまた沈む。

「面倒な目だな」

 リクが横へ跳ぶ。

 フィンセント。

 グアダルーペ。

 マケナ。

 三人が追う。

 無駄がない。

 声もない。

 合図もない。

 誰かが一歩動けば。

 残り二人が、その答えを知っている。

 完璧だった。

 だから。

 おかしい。

(兵士じゃねぇ)

 連携が上手いからではない。

 あまりにも揃いすぎている。

 確認しない。

 迷わない。

 互いを見ない。

 それなのに。

 次に何をするかを全員が知っている。

(動かされてる)

 左義眼の解析表示。

 三人の動きへ。

 同じ周期の微弱な通信反応が重なる。

 リクには中身までは分からない。

 どんな改造をされたのかも。

 誰がどこから操作しているのかも。

 ただ。

 外から入っているものがある。

 そこまでは見える。

 フィンセントが来る。

 リクは拳を避ける。

 踏み込む。

 左義手を胸元へ当てようとする。

 直前。

 グアダルーペが割り込んだ。

「……」

 リクが止まる。

 命令された援護。

 そう見えた。

 だが。

 違う。

 グアダルーペを見る前。

 フィンセントの身体が一瞬だけ彼女側へ動いていた。

 攻撃ではない。

 庇う位置へ。

 ほんの僅か。

 すぐに元の軌道へ戻った。

(今のは)

 命令された動きと。

 少し違う。

 リクは三人を同じ視界へ収められる位置まで下がった。

 今度はグアダルーペ。

 《イビルアイ》を維持したまま。

 一瞬だけ。

 マケナを見た。

 攻撃対象ではない。

 確認するような視線。

 すぐ。

 リクへ戻る。

 マケナが跳ぶ。

 爪。

 首を狙う。

 だが。

 途中で軌道が変わった。

 フィンセントとの衝突を避ける。

 外部命令による完璧な同期なら。

 最初から重ならない。

 これは。

 三人がその場で。

 自分たち自身を見ている。

「……まだいるじゃねぇか」

 リクが呟く。

 フィンセントの瞳が。

 一瞬だけ。

 動いた。

⸻

 攻撃が続く。

 リクは三人を殺さない。

 頭。

 首。

 心臓。

 避ける。

 骨もできるだけ折らない。

 狙うのは三人へ共通して入っている制御だけ。

 義眼に重なる通信反応を見ながら接触できる位置を探す。

 マケナの爪が右肩へ触れる。

 戦闘服が裂ける。

 リクは構わない。

 左手。

 マケナの前腕を掴む。

 義眼へ。

 同じ周期の信号。

「これか」

 《ゼロポイント》。

 吸収。

 熱ではない。

 衝撃でもない。

 身体表面と装備周辺へ流れている微弱な電力だけを引く。

 マケナの身体が跳ねた。

 リクは掴んだ前腕をすぐ離す。

 神経そのものから奪えば危険だ。

 必要なのは。

 外から入ってくるものを乱すこと。

 マケナの右腕が止まった。

 爪が。

 一度。

 出る。

 戻る。

 また出る。

「……っ」

 初めて。

 声が漏れた。

 リクは見た。

(効いてる)

 次。

 グアダルーペ。

 視線を正面から受ける。

 身体が重く感じる。

 左義眼の距離表示がずれる。

 リクは見えている数字を捨てた。

 最後に確かめた立ち位置へ踏み込む。

 伸ばした左義手が肩へ触れた。

 短く吸う。

 微弱電力。

 制御周期が崩れる。

 グアダルーペの瞳が揺れる。

 リクから。

 外れる。

 1秒。

 自分の意思で。

 再び戻ろうとする。

 だが。

 途中で止まった。

「……見たく、ない」

 小さな声。

 それは。

 命令口調ではなかった。

 最後。

 フィンセント。

 男は止まらない。

 液状化。

 再構成。

 また液状化。

 身体が自動的に攻撃へ最適化されている。

 本人の意思とは関係なく。

 形を変える。

 リクが正面から受ける。

 黒青色の腕。

 左義手。

 二つがぶつかる。

「お前」

 フィンセントの目がリクを見る。

「自分でやってんのか」

「対象……排除……」

「違うな」

 フィンセントの腕がさらに液体化する。

「身体だけ動いてる」

「任務……」

「なら」

 リクは力を込める。

「自分で止めろ」

 フィンセントの瞳が揺れた。

「……」

「止まりたくねぇなら」

「そのまま来い」

「どっちか決めろ」

 フィンセントの腕が震える。

 外部から。

 動け。

 攻撃しろ。

 拘束しろ。

 そう押し込むように。

 身体が前へ出る。

 だが。

 右足だけ。

 一瞬。

 床を踏んだ。

 自分を止めるために。

 リクが笑う。

「十分だ」

 左義手を押し当てる。

 《ゼロポイント》。

 短い放出。

 青白い電流が。

 フィンセント本人を焼かない出力で。

 外部制御の同期を乱す。

 男の身体が大きく強張った。

 液状化した腕が崩れる。

 床へ落ちる。

 再び集まる。

 だが。

 今度は。

 攻撃形状へ戻らない。

 指。

 一つ。

 人間の形へ戻る。

 次。

 二本目。

 三本目。

 フィンセントが自分の右手を見る。

 リクは押し当てた義手の力を緩めた。

「……」

 呼吸が荒い。

 それでも。

 一本ずつ。

 自分の意思で戻していく。

 リクは手を離した。

 その瞬間。

 三人の動きが。

 完全に揃わなくなった。

⸻

 マケナの身体が前へ傾く。

 止まる。

 爪が出る。

 本人がそれを見る。

 歯を食いしばる。

 右手。

 一本。

 爪を戻す。

 次。

 左手。

 ゆっくり。

 引っ込める。

 獣化した肩が震える。

 呼吸。

 深く。

 自分で取る。

 グアダルーペ。

 リクを見る。

 瞳にまだ能力の光が残る。

 顔を横へ向ける。

「……見ない」

 自分で決める。

 《イビルアイ》が弱まる。

 リクの視界が戻る。

 床。

 柱。

 三人。

 全部。

 正しい位置へ戻る。

 フィンセントは右手を見続けている。

 五本。

 人間の指。

 握る。

 開く。

 もう一度。

「……動く」

 声が震える。

 だが。

 機械的ではない。

 フィンセントが顔を上げる。

「グアダルーペ」

 女が反応した。

 名前を呼ばれて。

 ではない。

 その声を知っているから。

「……聞こえてる」

「マケナ」

 マケナが顔を上げる。

 まだ犬歯が長い。

 瞳も人間だけのものではない。

 それでも。

 自分でフィンセントを見る。

「いる」

 三人。

 互いを見る。

 初めて。

 命令ではなく。

 確認する。

 リクは右手のナイフを下ろした。

 三人が互いを確かめる間は近づかなかった。

「動けるか」

 フィンセントがこちらを見る。

 すぐには答えない。

 自分の腕。

 脚。

 呼吸。

 グアダルーペ。

 マケナ。

 一つずつ確認する。

「……確認中だ」

 リクの口元が僅かに動く。

「そうか」

 グアダルーペが額へ手を当てる。

「頭、最悪……」

 声に。

 僅かな苛立ちが戻っている。

 マケナが自分の腕を見る。

「私の……身体」

「動かせる?」

 グアダルーペが聞く。

 マケナは爪を一度だけ出す。

 すぐ戻す。

「……私がやった」

「うん」

「今のは」

「私が」

 グアダルーペは何も言わなかった。

 フィンセントがリクを見る。

「お前は」

 息を整える。

「リク・ロクジョウ」

 リクの眉が上がる。

「知ってんのか」

「任務対象として」

 フィンセントの顔が歪む。

「……知っていた」

「そうか」

 リクはナイフを収める。

「なら楽だ」

「待て」

 フィンセントが呼ぶ。

 リクが止まる。

「制御を」

「お前が切ったのか」

「外から入ってたもんを壊しただけだ」

「……」

「頭ん中までは知らねぇ」

 リクが三人を見る。

「戻ってきたなら」

「それはお前らだ」

 沈黙。

 フィンセントは右手をもう一度開いて閉じた。

 視線が指の動きを最後まで追っている。

「名前」

 リクが言った。

 三人が見る。

「任務データじゃなく」

 一拍。

「自分で言えるか」

 最初。

 フィンセントが姿勢を起こす。

 まだ完全には真っ直ぐにならない。

 それでも。

 自分で立つ。

「フィンセント・ファン・フィッセル」

 次。

 グアダルーペ。

 乱れた呼吸を整える。

「グアダルーペ・ガルシア・ゴンザレス」

 最後。

 マケナ。

 自分の手首へ触れる。

 ビーズ腕輪。

「マケナ・ムソニ・ムェンドア」

 三人の名前。

 誰かに入力された識別記号ではない。

 自分の口で。

 自分自身へ戻す。

 リクが頷いた。

「なら」

 三人を見る。

「あとは自分で決めろ」

「どこへ行くか」

「誰に従うか」

「何をするか」

「俺に聞くな」

 グアダルーペが僅かに眉を寄せる。

「助けておいて、それ?」

「助けた覚えはねぇ」

「感じ悪い」

「知ってる」

 ほんの一瞬。

 グアダルーペの口元が動いた。

 笑いにはならない。

 だが。

 命令された表情でもない。

 フィンセントが言う。

「二人」

 グアダルーペとマケナを見る。

「まず、この場所を離れるべきだと考える」

 一度。

 言葉が止まる。

 フィンセントは二人を見たまま言い直した。

「……これは指揮命令ではない」

 グアダルーペの目が僅かに開く。

「二人の判断を聞きたい」

 マケナが最初に答えた。

「離れる」

 グアダルーペも周囲を見る。

「賛成」

「ここに残る理由ないし」

 フィンセントが頷く。

「了解」

 三人。

 動き始める。

 揃ってはいない。

 グアダルーペが少し遅れる。

 マケナが先へ出すぎる。

 フィンセントが振り返る。

 完璧ではない。

 リクはそれを見た。

 何も言わない。

 自分も反対方向へ歩き出す。

「リク・ロクジョウ」

 後ろから。

 フィンセント。

 リクは振り返らない。

「なんだ」

「……借りは」

「いらねぇ」

「まだ何も言っていない」

「分かる」

「なら」

 少し間。

「生き残れ」

 リクの足が一瞬だけ止まる。

「それは命令か?」

 フィンセントも。

 一瞬。

 黙る。

「……違う」

「そうか」

 リクは再び歩く。

「なら聞いとく」

 瓦礫の間。

 青白い義手の光が遠ざかる。

 その先に。

 ラズがいる。

 第一の鍵として呼ばれた理由。

 ケイト。

 Ω計画。

 まだ何も終わっていない。

 背後。

 三人の声が聞こえる。

「マケナ、先行しすぎ」

「歩ける」

「歩けるのと勝手に前へ行くのは別よ」

「グアダルーペ」

「なに?」

「周辺警戒を」

「それ命令?」

 沈黙。

「……依頼する」

「なら考える」

「今考えてくれ」

 短いやり取り。

 不揃い。

 面倒で。

 遅い。

 それでも。

 三人の声だった。

 リクは振り返らない。

 ただ。

 足を止めずに進んだ。

 かすかに残っていたものは。

 消えていなかった。

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