【<REFLOG–Δ.H2>】
【補助観測ログ:M-06】
【観測者:ミーラ・マリク】
【観測レイヤー:Δ.H2】
【主要対象コード:Δ.H0】
【対象名:陽名】
【状態:中央同期喪失後の断片再構築】
時刻情報が一致しない。
〈セントリオ〉中央統制停止以降、局地ノードごとの記録時刻には細かなずれが生じている。
映像。
音声。
生体反応。
通信履歴。
個々のデータは取得できている。
問題は。
それらを一つの連続した記録へ戻す際に、欠損が残ること。
以前なら。
欠けた部分を前後の情報から補った。
もっとも整合性の高い仮説を置いた。
それで十分だと思っていた。
今は。
補う前に止まる。
【DATA】
【INFERENCE】
【MEMORY】
【PERSONAL RESPONSE】
四つのタグを作った。
入力欄の横へ並べておく。
私自身のために。
以前なら必要ないと思った分類。
だが。
今は必要だった。
記録と。
私が記録へ足したものを。
区別するために。
モニターの映像が切り替わる。
白い髪。
黒いパーカー。
ゴーグル。
その横。
黒紫の髪。
私は入力する。
【PΣ――】
指が止まった。
入力しかけたコードを消す。
【MALLIKA MALIK】
画面を見る。
現在映っているのは。
10歳の妹ではない。
36歳のポイゾナス。
[スペリオルズ]幹部。
《ヴェネナム》を持つネクス能力者。
それが現在の事実。
なのに。
黒紫の髪を見た瞬間。
私の中に浮かんだのは。
研究施設へ送られる以前のマリカだった。
【MEMORY】
タグを付ける。
今の映像ではない。
記録でもない。
私の記憶。
以前なら。
こんな注記は残さなかった。
ノイズとして捨てていた。
だが。
捨てれば。
その記憶が判断へ影響していないことにはならない。
⸻
【[スペリオルズ]関連記録】
【MALLIKA MALIK/POISONOUS】
【PHYSICAL CONDITION:STABLE】
【《VENENUM》:CONTROLLED】
【SPROCKET MEDICAL SUPPORT:CONFIRMED】
マリカ。
映像上。
毒素制御に大きな乱れはない。
感情値。
測定不能。
いや。
違う。
測定していない。
私は一度。
その二つを同じ意味で書きかけた。
訂正する。
【感情状態:観測資料不足】
本人に聞けばいい。
それは。
以前の私なら、解析の放棄と考えたかもしれない。
今はそう思わない。
次。
【SPROCKET】
【CONSCIOUSNESS:CONFIRMED】
【IDENTITY COHERENCE:PARTIAL】
【《CYBER RESONANCE》:RESIDUAL】
【ACTIVE CONNECTION:NONE】
【RESIDUAL DATA:PRESERVED】
陽名との接触後。
スプロケットは意識を回復している。
正確には。
接触以前と同じ状態へ戻ったわけではない。
残留情報あり。
自己整合は部分的。
外部への能動接続は現在確認されていない。
陽名からの攻撃反応。
【NOT CONFIRMED】
原因。
【UNRESOLVED】
以前の私なら。
この空欄を嫌った。
今も嫌いだ。
ただ。
嫌だからといって。
仮説を事実の欄へ移すことはしない。
次。
【PHASE】
【LAST CONFIRMED ACTION:ROUTE SCOUT】
【STATUS:ACTIVE】
フェイズ。
[スペリオルズ]から離反した記録なし。
最後に確認されたのは。
退路確認のための先行転移。
不安定。
という旧評価を削除する。
不安定なのは。
私の理解だった可能性がある。
次。
【TAURUS】
【STATUS:ACTIVE】
【SPROCKET SUPPORT:CONFIRMED】
異常回復。
確認なし。
重篤外傷。
確認なし。
削除。
次。
【ORATORIO】
【STATUS:ACTIVE】
【LAST CONFIRMED:WITH SUPERIORS】
消失記録。
なし。
通信逆波形。
なし。
未知言語パケット。
なし。
存在しないものを。
記録の欠損へ埋めない。
⸻
【[ガンマチーム]/RAZ接触記録】
局地映像の同期率。
【71%】
一部映像欠損。
音声は断続的。
それでも。
確認できる事実はある。
【ABIGAIL AMY ARMSTRONG】
【《MIRAI IMAGE》:ACTIVE】
【ABILITY CONTROL:MAINTAINED】
【Ω PROJECT:SECOND KEY INFORMATION RECEIVED】
能力暴走。
確認なし。
出生情報を提示された直後。
一時的な身体硬直と動作遅延。
その後。
指揮継続。
判断継続。
《ミライメージ》も制御下。
私は画面を止める。
音声の途切れる手前へ戻した。
彼女は。
知らなかった出生情報を与えられた。
それでも。
その場で答えを出さなかった。
保留した。
確認して。
自分で決めると言った。
【DATA】
事実。
それ以上でも以下でもない。
なのに。
私はその言葉を。
少し長く見ていた。
【PERSONAL RESPONSE】
タグを付ける。
次。
【JEAN-JACQUES JACQUARD】
【EXTERNAL ACCESS STRING:EVA】
【DIRECT CONNECTION:NOT CONFIRMED】
【COUNTER INTRUSION:DETECTED】
EVAとの直接接続ではない。
局地ノードを介した外部アクセス。
ジャンはその名称を初めて確認した。
正体までは把握していない。
次。
【RYO】
【《KUROGANE》:ACTIVE】
【GRAVITY FIELD:TEMPORARY RESTRAINT】
【FIELD OUTPUT DROP:CONFIRMED】
重力制御装置によって一時拘束。
ジャンによる通信経路干渉後。
出力低下。
行動再開。
単純。
理解できる因果。
こういう記録を見ると。
少し安心する。
私は。
まだ。
原因と結果が一対一で結べる世界を好んでいる。
⸻
【HINA】
【OBSERVER CODE:Δ.H0】
【VISUAL:CONFIRMED】
【AUDIO:CONFIRMED】
【THERMAL:CONFIRMED】
【PHYSICAL CONTACT:CONFIRMED】
【PERSON IDENTIFICATION:UNSTABLE】
【CROSS-SYSTEM TRACKING:INCONSISTENT】
私は以前。
観測不能。
と書こうとした。
違う。
陽名は見える。
声も記録できる。
触れた者もいる。
熱源もある。
問題は。
既存の人物識別系。
追跡系。
分類系。
それらの間で。
同一対象として固定できないこと。
陽名は消えていない。
記録も。
完全には消えていない。
システムが。
彼女を一つの既知分類へ収められていない。
それだけ。
少なくとも。
現在確認できる事実はそこまで。
画面の中。
陽名が歩く。
胸元。
五枚の金属片。
ドッグタグ。
【DELROY BRADSHAW】
【FAISAL SHARIF】
【CAMERON ANN STUDDY】
【ALEXEI HABENSKY】
【JOY CHAN】
五つの名前。
そして。
別の記録。
【MANAIA KEA】
【BIO SIGNAL:LOST】
【DEATH:CONFIRMED】
私はその行を見た。
生命反応なし。
死亡。
事実。
訂正する必要はない。
マナイア・ケアは死んでいる。
だが。
次の記録。
陽名が五枚のタグを持っている。
アビゲイルが撤退を選ぶ。
その後の指揮記録。
短い命令。
部下を先に動かす。
生存を優先する。
私は一度。
マナイアを。
非ネクス。
解析優先度低。
クロス・レガシー中核事象への直接関与なし。
そう分類した。
分類自体は。
間違いではなかった。
能力者ではない。
研究対象でもない。
それでも。
彼が残したものは。
死亡と同時には消えていない。
五枚の名前。
アビゲイルへ渡した判断基準。
陽名へ残した言葉。
それらは。
現在の選択へ残っている。
私は入力する。
【INFERENCE】

生命反応の終了と。
その人物が他者へ残した影響の終了は。
同義ではない。
入力後。
指が止まる。
これは。
数値ではない。
観測値でもない。
私の解釈。
だから。
タグはそのまま残す。
⸻
【RIKU ROKUJO/[デルタチーム]】
【COMBAT RECORD:PARTIAL】
【EXTERNAL COMMAND LINK:LOST】
【AUTONOMOUS RESPONSE:RESTORED】
フィンセント・ファン・フィッセル。
グアダルーペ・ガルシア・ゴンザレス。
マケナ・ムソニ・ムェンドア。
三名。
ラズ/EVAによる外部制御下。
身体。
能力。
反射。
判断。
命令応答。
それらが外部から統合されていた。
リク・ロクジョウとの戦闘中。
命令同期に継続的な崩れ。
リクによる近接干渉。
《ゼロポイント》を利用した外部制御系への負荷。
最終的に。
【COMMAND LINK:LOST】
その後。
三人は停止していない。
自分の身体を。
自分で動かしている。
フィンセント。
液状化した指を再形成。
グアダルーペ。
《イビルアイ》を自分で停止。
マケナ。
爪を自分で収納。
名前。
各自が自分で発話。
【VINCENT VAN VISSEL】
【GUADALUPE GARCIA GONZALEZ】
【MAKENA MUSONI MWENDOA】
この三行を見て。
私は。
マリカと向かい合った時のことを思い出した。
【MEMORY】
マリカ。
私は本人を前にして。
コードではなく。
名前で呼んだ。
記憶が。
現在のデルタ記録へ割り込んだ。
関連性は。
証明できない。
だから。
【PERSONAL ASSOCIATION】
新しいタグを追加する。
これも。
データではない。
⸻
【EVA】
【AUTONOMOUS PROCESS:ACTIVE】
【SYSTEM SHUTDOWN:NOT CONFIRMED】
【DELTA CONTROL REINFORCEMENT:NOT EXECUTED】
EVAは停止していない。
自律演算消滅。
確認なし。
ヘンリック・ホフマン出現。
確認なし。
自己演算停止。
確認なし。
確認できるのは。
デルタ制御への補強処理が実行されなかったこと。
なぜ実行されなかったのか。
【UNRESOLVED】
私は理由を推測できる。
いくつも。
だが。
今は書かない。
理由を知らないから。
空欄。
以前なら。
耐えられなかった空欄。
今も。
気になる。
答えが欲しい。
その性質は。
何も変わっていない。
私は。
急に別の人間になったわけではない。
ただ。
空白を。
自分の答えで埋めることに。
以前より慎重になった。
⸻
記録画面を戻す。
最初。
【MALLIKA MALIK】
その上には。
削除履歴。
【PΣ】
二つとも。
同じ人物を指している。
PΣは観測コード。
マリカ・マリクは名前。
どちらも。
間違いではない。
だが。
同じでもない。
私はポケットへ手を入れる。
黒曜石。
指先へ硬い感触。
【MEMORY】
妹と対で持っていた。
【DATA】
現在も私が所持している。
【PERSONAL RESPONSE】
捨てられなかった。
三つ。
以前なら。
一つの文章へまとめた。
今は。
分ける。
分けても。
完全には切れない。
それが。
以前と違う。
画面をさらに戻す。
【Δ.H0】
私はそこを見る。
少し考える。
消さない。
コードとして必要だから。
その下へ。
一行追加する。
【HINA】
陽名。
観測コードと。
本人の名前。
両方を残す。
コードが本人そのものではない。
名前だけで起源の全てが説明できるわけでもない。
それでいい。
いや。
それが。
今の記録として正しい。
⸻
私はこれまで。
記録し。
分類し。
構造を与えれば。
理解へ近づけると思っていた。
今も。
その考え自体を捨ててはいない。
記録は必要。
分類も必要。
数式も。
モデルも。
仮説も。
必要。
それが私の仕事だから。
だが。
記録が。
対象そのものになるわけではない。
分類した瞬間。
分類の外へ置いた情報が。
私の視界から消える。
怖いのは。
記録が未来を変えることではない。
そんな能力を私は持っていない。
怖いのは。
私自身が。
書いた分類を答えだと信じ。
その外側を見なくなること。
マリカ。
陽名。
マナイア。
アビゲイル。
デルタチーム。
EVA。
同じだったとは言わない。
同じ構造だとも。
まだ言えない。
ただ。
一つだけ。
以前よりはっきりしたことがある。
私は。
もう観測者だけではない。
M-05を閉じたあと。
私は席を立った。
マリカの前へ行った。
言葉を交わした。
自分の過去を。
観測対象ではなく。
本人へ返した。
その時点で。
私は記録の外へ足を出している。
だからといって。
記録者をやめる理由にはならない。
私は。
まだ答えが欲しい。
むしろ。
前より欲しい。
ただ。
答えと。
私が答えだと思いたいものを。
同じ欄へ書かない。
少なくとも。
今は。
それを守る。
画面。
【Δ.H2】
その記号を見ても。
意味を説明する文章は追加しなかった。
必要ない。
これは。
今の観測状態を示すためのもの。
それ以上に。
意味を与えれば。
また。
私が先に答えを作る。
私は最後に。
二つの行を残す。
【OBSERVER CODE:Δ.H0】
【NAME:HINA】
次。
【ANALYSIS CODE:PΣ】
一度止まる。
その下。
【NAME:MALLIKA MALIK】
削除しない。
どちらも残す。

そして。
ログを閉じる。
【M-06:CLOSED】
【OBSERVATION LAYER:Δ.H2】
【RECORD STATUS:CONTINUED】
(ログ終了)


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