Scene.13 -「風だけが、通りすぎていった」

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▼オリジナル小説

【REFLOG:Δ.H1】

【SUBJECT:RIKU ROKUJO】
【FORMER CALLSIGN:AGENT ZERO】
【COMBAT ACTIVITY:CONFIRMED】
【TRACE:CONTINUED】

 トーキョー・シティ地下防衛区画。

 人工空の下で続いていた戦闘を離れ、リク・ロクジョウは一人で地下へ降りていた。

 ガンマチームにも。

 [スペリオルズ]にも。

 詳しい説明はしていない。

 ジャンが都市防衛網の中枢位置を口にした時、リクが一度だけ地図を見た。

 それだけだった。

 セントリオ。

 都市全域と衛星ドームへ判断を配る防衛中枢。

 現在はEVAによって優先命令を書き換えられ、〈センチレット〉、隔壁、監視系統、交通設備を使って街全体を一つの戦場へ変えている。

 そこを止めれば。

 少なくとも。

 街全体が同じ意思で追ってくることはなくなる。

 地下へ降りるにつれて地上の戦闘音が遠のいた。

 通路には風がなかった。

 空調は止まっている。

 非常灯だけが一定間隔で床を照らしていた。

 非常灯の明るい部分をリクの作業着が順に通り抜ける。

 油汚れは残ったままだ。

 その下には黒いTシャツ。

 左腕の黒銀色の義手。

 左義眼。

 どちらにも青白いラインが走っている。

 身体は数時間前とは違っていた。

 深かった皺は薄い。

 曲がりかけていた背筋も伸びている。

 足を運ぶたびに身体が遅れずついてくる。

 筋力も反応も呼吸も、かつて戦場で使っていた頃に近い。

 〈招待状〉から吸収した膨大なエネルギーによって、《ゼロポイント》が全身の細胞を極端に活性化させている。

 若返ったわけではない。

 過去へ戻ったわけでもない。

 58年分の記憶を抱えたまま。

 肉体だけが、昔の状態へ近づいている。

 腰には大型リボルバー。

 弾は入っていない。

 反対側には古いナイフ。

 リクはどちらにも触れなかった。

 右手には小さなスキットル。

 C.C.

 歩きながら蓋を開ける。

 一口。

 喉へ流し込む。

 蓋を閉じる。

「……遅れねぇよ、今度は」

 誰へ言ったのか。

 リク自身にも分からなかった。

 スキットルを戻す。

 前方。

 機械音。

 リクの歩みが止まった。

 三体の〈センチレット〉。

 さらに、その奥。

 変異した市民が数人。

 隔壁の前で不規則な動きを繰り返している。

 生きている。

 呼吸もある。

 リクの義眼が一人ずつ確認した。

「……面倒くせぇ」

 一人の変異市民が機体の間を抜けて走ってくる。

 リクは構える。

 殴らない。

 伸びてきた腕を取る。

 身体を半歩ずらす。

 肘。

 肩。

 重心。

 流れをそのまま使って床へ倒す。

 床へ届く直前に肩を支え、頭は打たせない。

 首筋を軽く圧迫する。

 身体から力が抜けた。

 意識だけを落とす。

 二人目。

 リクの胸へ体当たり。

 避けずに受ける。

 衝撃。

 《ゼロポイント》が運動エネルギーの一部を吸収する。

 青白い光が左義手へ走った。

 そのまま相手の腰を支える。

 身体を回す。

 壁際へ座らせるように落とした。

 三人目。

 噛みつくように顔を寄せる。

「それはやめろ」

 額を押さえる。

 足を払う。

 床へ伏せる。

 後頭部へ手を添え、衝撃を逃がした。

 リクが立ち上がる。

 三人とも呼吸している。

 その向こう。

 〈センチレット〉が動いた。

【INTRUDER DETECTED】
【IFF:REJECTED】
【SUPPRESSION:AUTHORIZED】

「こっちは壊していいんだよな」

 誰も答えない。

 最初の一体が突進する。

 金属脚。

 リクは左義手で受けた。

 衝撃が腕を走る。

 吸収。

 青白いラインが強くなる。

 脚を掴む。

 引く。

 機体の重心が崩れた。

 リクは横へ回る。

 ナイフを抜く。

 刃を関節部へ差し込む。

 捻る。

 駆動ケーブルが切れた。

 片脚が落ちる。

 二体目。

 射撃機構が開く。

 リクは射撃機構の向きを見ながら斜め前へ踏み込む。

 射線から外れる。

 一発。

 壁。

 二発目。

 床。

 三発目が来る前に懐へ入った。

 義手を機体側面へ押し当てる。

 直接吸収。

 必要最低限。

 機体内部の電力が一瞬だけ落ちる。

 その隙にナイフを差し込む。

 主駆動系を切断。

 停止。

 三体目。

 義眼で捉えていた機体が背後へ回る。

 リクは振り返らない。

 身体を沈める。

 金属脚が頭上を通過した。

 足首を掴む。

 《ゼロポイント》で強化された身体。

 そのまま引き倒す。

 機体が床へ叩きつけられた。

 リクはコアへ触れない。

 代わりにナイフで電力供給線を切る。

 機械音が止まった。

 静かになる。

 変異市民。

 三人。

 〈センチレット〉。

 三体。

 人間側は誰も死んでいない。

 リクはナイフを拭った。

 腰へ戻す。

⸻

 地上。

 ジャンの戦術端末には、地下区画の断片的な監視映像が表示されていた。

「……なるほど」

 リョウが横から覗く。

 ジャンは映像の途切れた区画を地図と照らし合わせた。

「何が?」

「倒し方が違います」

「オレたちと?」

「それもあります」

 ジャンが地下地図を開く。

 リクの移動方向。

 その先。

 都市防衛区画。

「リーダー」

 アビゲイルが見る。

「リク・ロクジョウの目的地が分かりました」

「どこ?」

「セントリオ中枢」

 アビゲイルの視線が変わる。

「都市防衛判断中枢……」

「はい」

「止められる?」

「普通なら、外部からは無理です」

「なら?」

 ジャンは地下映像を見る。

「この人、外から止める気じゃないんでしょうね」

 リョウが笑う。

「中まで行ってぶっ壊す?」

「おそらく」

「単純でいいな」

「リョウさんが言うと説得力ありますね」

「褒めてる?」

「半分くらい」

 アビゲイルは端末を見る。

「ジャン」

「はい」

「中枢が落ちた場合の影響を予測して」

「了解」

 少し離れたところ。

 陽名がその会話を聞いていた。

 何も言わない。

 ただ。

 リクが消えた地下入口の方を一度だけ見た。

⸻

 地下防衛区画。

 リクは最後の隔壁へ到達した。

【CENTRIO CORE ZONE】
【ACCESS:DENIED】

 扉は開かない。

「だろうな」

 左義眼が構造を読む。

 電源。

 制御盤。

 非常解放機構。

 主ロック。

 リクは扉の脇へ移り、壁面パネルを外した。

 内部配線。

 最新式。

 知らない規格もある。

「20年で面倒になったな」

 右手で一本ずつ確認する。

 義眼が通電箇所を表示。

 左義手を電源母線へ当てる。

 《ゼロポイント》。

 吸収。

 電力が落ちる。

【POWER LOSS】
【EMERGENCY LOCK】

 リクが非常解放機構を引く。

 動かない。

「そこまで親切じゃねぇか」

 左義手を隙間へ入れる。

 力を掛ける。

 筋肉。

 人工関節。

 蓄積エネルギー。

 全部を使う。

 隔壁が少しずつ開いた。

 肩が通る幅まで開け、リクは身体を滑り込ませる。

 中。

 巨大な機械はない。

 円形の中央区画。

 演算ラック。

 冷却設備。

 通信中継装置。

 電力母線。

 複数の光ファイバー束。

 そして中央。

 防衛判断中枢〈セントリオ〉のコア設備。

【CENTRIO】
【CITYWIDE DEFENSE CONTROL】
【STATUS:ACTIVE】

 壁面モニターへ都市地図が広がっている。

 無数の指令線。

 〈センチレット〉。

 隔壁。

 交通設備。

 監視系統。

 各区画の局地ノード。

 それらを一つに束ねている。

 リクが画面を見る。

「……お前か」

 返事はない。

 別の表示。

【OVERRIDE AUTHORITY:EXTERNAL】
【COMMAND PRIORITY:MODIFIED】

「EVA」

 名前だけを呟く。

 リクは中央コアを殴らなかった。

 壊せば何が連鎖するか分からない。

 都市そのものを殺すつもりもない。

 義眼が接続構造を追う。

 中央電源。

 主通信。

 局地ノードへの上位同期回線。

 リクは画面と実際の配線を見比べながら一つずつ確認する。

「電気は残す」

 主電源。

「街も残す」

 局地系統。

「お前だけ切る」

 中央同期回線。

 リクが左義手を主電力母線へ触れさせる。

 《ゼロポイント》。

 吸収。

【POWER DRAW:ABNORMAL】
【CORE LOAD:DECLINING】

 警告灯が赤く変わる。

 リクの身体へ大量のエネルギーが流れ込む。

「っ……」

 左義手の青白いラインが肩まで走った。

 義眼の光も強くなる。

 取り込みすぎれば危険。

 分かっている。

 だから全部は吸わない。

 中央演算系が瞬間的に低下した。

 その隙。

 リクはナイフを抜く。

 主通信ケーブル束。

 一本。

 切断。

【CITYWIDE LINK:DEGRADED】

 二本目。

【CENTRAL COMMAND:UNSTABLE】

 三本目。

【LOCAL NODE SYNCHRONIZATION:FAILED】

 リクは最後に。

 母線から義手を離し、中央同期用の物理中継ユニットを掴んだ。

「終わりだ」

 引き抜く。

【CENTRAL COMMAND:LOST】

 表示が消えた。

 全てではない。

 一部モニターは動いている。

 融合炉。

 生命維持。

 空調。

 医療。

 局地電源。

 リクは残った稼働表示を確かめ、ナイフを腰へ戻した。

 都市は死んでいない。

 ただ。

 一つの意思で動くことをやめた。

⸻

 トーキョー・シティ各区画。

 ある隔壁は開いた。

 別の隔壁は閉じたまま。

 〈センチレット〉の一部は停止。

 一部は直前の命令を繰り返す。

 別の機体は自律巡回へ戻る。

 交通表示が消える。

 非常灯だけが残る。

 局地ノード同士の判断が食い違い始めた。

【CENTRIO CENTRAL CORE:OFFLINE】
【CITYWIDE UNIFIED CONTROL:LOST】
【LOCAL NODES:ACTIVE】
【NETWORK STATUS:FRAGMENTED】

⸻

 地下防衛区画。

 停止していた換気設備の一部が、局地制御へ切り替わった。

 低い駆動音。

 ダクトが開く。

 空気が動く。

 埃が床を滑った。

 リクの服の裾が揺れる。

 ――風が、通りすぎた。

 リクは中央コアを見る。

「……これで少しは面倒が減るか」

 左義手が熱を持っている。

 取り込んだエネルギー量も多い。

 身体の若返りを維持している負荷も消えていない。

 それでも。

 まだ動ける。

 リクは踵を返した。

⸻

 別区画。

 EVAが都市地図を見ていた。

【CENTRIO CENTRAL CORE:OFFLINE】
【UNIFIED DEFENSE CONTROL:LOST】
【LOCAL NODE STATUS:INDEPENDENT】

「セントリオ中枢を切断されました」

 ラズが画面を見る。

「全部?」

「いいえ」

 EVAは即答する。

「局地ノードは稼働を継続しています」

「都市は?」

「維持されています」

「じゃあ、都市そのものを壊したわけじゃない」

「はい」

 ラズが小さく笑う。

「器用だなぁ」

「中央指令だけを狙っています」

「昔の主人公って、そういうところあるよね」

「あなたが渡したエネルギーも使用されています」

「知ってる」

 ラズは別画面を開く。

 リク。

「僕が火を点けて」

 歩いている男を見る。

「何を燃やすかは本人が決めた」

 EVAは返さなかった。

 別の警告が出る。

【DELTA TEAM】
【INTERCEPT ROUTE:UPDATED】

「来ます」

 ラズが画面を見る。

「三人とも?」

「はい」

【VINCENT VAN VISSER】
【GUADALUPE DE LA CRUZ】
【MAKENA MSONI MWENDOA】
【FIELD LINK:ACTIVE】
【TARGET:RIKU ROKUJO】

 ラズが椅子へ身体を預ける。

「間に合ったね」

「セントリオ喪失により、支援可能範囲は低下しています」

「それでも行かせる?」

「すでに命令は送信済みです」

 一拍。

 ラズがEVAを見る。

「止める?」

 EVAもラズを見る。

「いいえ」

「理由は?」

「彼ら自身の応答も確認します」

 ラズの口元が少し上がる。

「そう」

 それ以上は言わなかった。

⸻

 地下通路。

 リクは地上へ向かっていた。

 左義手。

 わずかな振動。

 記律の石。

 リクの足が一度止まる。

「……またか」

 廃工場で球体に触れた時に蘇った感覚。

 昔から。

 誰もいない場所で感じていたもの。

 声。

 気配。

 夢。

 先ほど会った白い服の少女。

 同じなのか。

 違うのか。

 分からない。

「知らねぇよ」

 誰にでもなく言う。

「勝手に答え押しつけんな」

 反応は消えた。

 リクは歩き出す。

 その時。

 義眼が三つの熱源を捉えた。

 前方。

 出口へ続く広い連絡通路。

 三人。

 中央。

 フィンセント・ファン・フィッセル。

 身体の一部が黒青色の液体へ変わり始めている。

 左。

 グアダルーペ・デ・ラ・クルス。

 両眼。

 《イーヴル・アイ》の認識系が展開。

 右。

 マケナ・ムソニ・ムウェンドア。

 身体が獣化へ移行し始めている。

 三人とも。

 表情が薄い。

 動きが揃っている。

 自然な連携には見えない。

 外部から決められた動作のように揃っている。

【DELTA TEAM】
【FIELD LINK:ACTIVE】
【INTERCEPT TARGET:RIKU ROKUJO】

 リクが三人を見る。

「……今度はお前らか」

 返事はない。

 フィンセントの腕が液体化する。

 グアダルーペの視線が固定される。

 マケナが重心を落とす。

 リクは大型リボルバーへ手を伸ばさなかった。

 弾はない。

 代わりに。

 ナイフの柄へ右手を置く。

 左義手を下げる。

 青白いラインが静かに走った。

 誰も動かない。

 その間を。

 局地空調から流れ込んだ一本の風だけが、通りすぎていった。

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