Scene.28 ―「継がれた欠片たち」
──ねぇ。
あのとき。
ほんとうに。
わたしは。
ここにいたのかな。
風が。
そっと吹いてた。
焼け焦げた匂い。
遠くで。
何かが崩れる音。
その中。
小さな。
金属の音。
チリン。
五枚。
重なった音。
指を動かすと。
手の中で。
また少し。
重なり方が変わった。
わたしが。
もらったものだった。
そして。
最後に。
残したものでもあった。
それには。
名前がなかった。
受け取った気持ちにも。
そこに込められていたものにも。
たぶん。
ひとつの名前はつけられなかった。
でも。
わたしには。
名前があった。

──ねぇ。
誰かが。
歩き出すところを。
見たことがある?
声もかけず。
ただ。
背中だけ残して。
遠くへ行く人。
足を止めて。
それを見ている人。
わたしには。
全部は分からなかった。
どうして行くのか。
どうして止めないのか。
どうして。
何も言わないのか。
背中が小さくなっても。
見ている人は。
すぐには動かなかった。
でも。
少しだけ。
寂しいんだってことは。
分かった気がした。
それだけで。
じゅうぶんだった。
⸻
いろんなものが。
残ってた。
割れた獣骨の飾り。
傷だらけの金属のびん。
古い銃。
銀色のペンダント。
五枚のドッグタグ。
どれも。
きれいじゃなかった。
傷があった。
欠けていた。
使われていた。
でも。
だから。
そこに誰かがいたって。
少しだけ。
分かる気がした。
手に取らなくても。
誰のものだったか。
全部知らなくても。
その人が。
何かを残したことだけは。
消えない。

──ねぇ。
わたしも。
何かを。
受け取ってたのかな。
誰にも。
『これを持って』
なんて。
言われなかったもの。
お願いとも。
命令とも。
約束とも。
呼べないもの。
でも。
人が誰かを守る時。
誰かの名前を呼ぶ時。
離れる時。
残る時。
そこにあった。
名前のつけられないもの。
わたしは。
それを。
少しずつ。
見ていた。
⸻
誰かが。
去っていった。
誰かが。
残った。
誰かが。
別の場所へ歩き始めた。
みんな。
同じ答えじゃなかった。
同じものを。
望んでもいなかった。
それでも。
みんな。
歩き出していた。
選ばされたことも。
あったのかもしれない。
自分では。
どうにもできなかったことも。
たくさん。
あったと思う。
わたしにも。
最初から。
自分で決められなかったことがあった。
わたしになる前から。
そこにあったもの。
誰かから。
受け取ったもの。
それでも。
最後の一歩だけは。
違った。
あれは。
わたしが。
選んだ。
誰かに。
言われたからじゃない。
何かに。
決められたからでもない。
わたしが。
行くって。
決めた。
だから。
あの一歩は。
わたしのものだった。
⸻
わたしは。
名前を呼ばれたことがある。
最初。
一人の人が。
わたしを。
陽名って呼んだ。
それから。
また。
別の人が。
呼んでくれた。
最後にも。
何度も。
『陽名』
って。
呼ばれた。
不思議だった。
同じ名前なのに。
呼ぶ人が違うと。
少しずつ。
違って聞こえた。
でも。
どれも。
ちゃんと。
わたしの名前だった。
返事をするたび。
次の声がした方へ。
顔を向けた。
ひとりだけじゃなかった。
それが。
うれしかった。
⸻
──ねぇ。
だれかの願いって。
さわれないのに。
どうして。
こんなに。
残るんだろう。
わたしの目の前。
瓦礫のあいだ。
小さな花が。
咲いてた。
手を伸ばせば。
触れたと思う。
でも。
触らなかった。
手を伸ばさずに。
もう少しだけ。
見ていた。
触らなくても。
生きてるって。
分かったから。
それだけで。
少し。
うれしかった。
足もと。
誰かの足跡。
崩れかけて。
もうすぐ。
消えそうだった。
『ここを通ったよ』
そんなふうに。
見えた。
わたしは。
その足跡を。
追ったんじゃない。
同じ道を。
歩いたわけでもない。
ただ。
わたしも。
自分の方へ。
一歩。
歩いただけ。
風。
足跡。
消えた。
でも。
見てた。
あったことは。
知ってる。
それで。
よかった。

──ねぇ。
あの問いは。
どこから。
来たんだろう。
わたしが。
考え始めたのかな。
それとも。
わたしになる前から。
どこかに。
あったのかな。
分からない。
わたしの中には。
わたしになる前のものが。
たくさんあった。
夢。
気持ち。
願い。
誰かの残したもの。
でも。
それを受け取ったあと。
考えたのは。
わたしだった。
迷ったのも。
わたし。
名前を好きになったのも。
わたし。
最後に。
選んだのも。
わたし。
それだけは。
分かる。
⸻
風が。
吹いてた。
静か。
でも。
冷たくなかった。
わたしの足音。
一つ。
小さな音。
誰かに。
聞いてもらうための。
一歩じゃない。
みんなは。
見てくれてた。
名前も。
呼んでくれた。
でも。
歩いたのは。
わたし。
足を置いたところから。
小さな音がした。
あの一歩を。
わたしが選んだことは。
わたしが知ってる。
──それで。
じゅうぶんだった。
⸻
わたしが。
受け取ったもの。
昔から。
ずっと継がれてきたものなのか。
わたしのところで。
初めて生まれたものなのか。
分からない。
たぶん。
両方。
なのかもしれない。
誰かから。
もらった。
でも。
そのままではなかった。
わたしの中に入って。
少し。
変わった。
そして。
わたしも。
何かを。
残した。
それが。
何だったのか。
わたしには。
まだ。
うまく言えない。
でも。
誰かが。
覚えてくれるなら。
それで。
いい。
⸻
チリン。
また。
金属の音。
五枚のタグなのか。
別の何かなのか。
それとも。
ただ。
風が鳴らしただけなのか。
分からない。
誰のものとも。
決められない。
小さな音。
でも。
少しだけ。
返事みたいだった。
わたしは。
聞いた。
それだけ。

──ねぇ。
ほんとうに。
これで。
よかったのかな。
わたしには。
まだ。
分からない。
自分で選んだからって。
それが。
正しい答えになるわけじゃない。
選んだ先で。
何が起きるのか。
分からない。
それでも。
分からないまま。
選んだ。
だから。
たぶん。
それで。
いいんだと思う。
正しかったから。
じゃなくて。
わたしが。
選んだから。
⸻
風が。
吹いていた。
小さな。
金属の音と。
一緒に。
わたしは。
ここにいた。
誰かの夢だけじゃない。
誰かの願いだけでもない。
名前のない残りものだけでもない。
わたしは。
わたしだった。
……たしかに。
そう思える。
名を呼んでくれた。
あなたがいたから。
何度も。
陽名って。
呼んでくれたから。
だから。
わたしは。
覚えていられる。
陽の名を持つ。
わたしを。



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