第十四街区の旧端末が反応してから三十七分後、新しい記録が復旧網へ流れ込んだ。
【LOCAL VISITOR NODE:RECOVERED】
【AREA:NORTH SCHOOL DISTRICT/EXTERNAL VISITOR FACILITY】
【RECORD DELAY:37 MIN】
【DATA CONDITION:PARTIAL】
リアルタイムの監視情報ではなかった。
外部訪問者施設に残っていたローカル端末が短時間だけ復旧網へ接続し、内部に蓄積していた記録を吐き出しただけだった。
オリヴィア・オコネルは受信時刻と記録時刻を分離した。
【RECORD DURATION:7.4 SEC】
【BIOLOGICAL SUBJECTS:4】
【VISUAL DATA:PARTIAL】
【AUDIO DATA:CORRUPTED】
「四人」
映像を開く。
七秒間のうち正常に残っているフレームは半分もない。
床。
壁。
人影。
一瞬だけ映る顔。
画像が崩れ、次のフレームでは別の位置へ飛んでいる。
人物照合をかける。
【FACIAL CORRELATION:RUNNING】
一件だけ高い一致率が返った。
【SUBJECT CODE:SPROCKET】
【AFFILIATION:SUPERIORS】
【MATCH CONFIDENCE:HIGH】
「まだいるのね」
オリヴィアはそれ以上スプロケットの記録を開かなかった。
戻ってきた理由はまだ分からない。
だから前回と同じように記録だけを残す。
問題は残る三人だった。
【SECOND SUBJECT:UNRESOLVED】
【THIRD SUBJECT:UNRESOLVED】
【FOURTH SUBJECT:UNRESOLVED】
映像を順番に送る。
一人は若い女性。
一人は少年。
最後の一人だけ外見が大きく異なる。
暗い青灰色のコート。
使い込まれたバックパック。
頭部には応急処置らしい包帯が巻かれている。
現在のトーキョー・シティ市民登録とは一致しなかった。
【TOKYO CITY REGISTRY:NO MATCH】
【CURRENT VISITOR REGISTRY:NO MATCH】
旧記録まで検索範囲を広げる。
候補がいくつか出た。
破損した登録番号。
期限切れの入域許可。
統合前の旅行者記録。
ほとんどが照合途中で消え、一件だけ残った。
【VISITOR REGISTRY:PARTIAL MATCH】
【NAME:VAREN】
【VISITOR STATUS:TEMPORARY】
【TRAVEL GROUP:DATA LOST】
【ORIGIN:UNAVAILABLE】
「ヴァレン」
オリヴィアは表示された文字列を声に出した。
姓かもしれない。
名かもしれない。
登録時に使われた呼称だけかもしれない。
生体認証欄も途中から破損している。
「名前まで半分ね」
現在の対象と同一人物だと確定する材料には足りなかった。
【VAREN/IDENTITY CORRELATION:UNCONFIRMED】
それでも候補を消す理由もない。
オリヴィアは名称を仮登録のまま残した。
◇
同じ記録には簡易医療センサーの測定値も含まれていた。
【BIOLOGICAL STATUS:ALIVE】
【PHYSICAL CONDITION:STABLE】
【HEAD INJURY:POSSIBLE】
【NEX FACTOR:UNCONFIRMED】
【TRIGGER EXPOSURE:UNRESOLVED】
異常な値ではない。
外部から来た負傷者として処理しても成立する。
その下に別系統の測定結果が残っていた。
【INTERNAL RESPONSE:4】
【SIGNAL CONTINUITY:UNSTABLE】
【CLASSIFICATION:FAILED】
オリヴィアの指が止まった。
「四?」
表示を一つ戻す。
【BIOLOGICAL RESPONSE:1】
【INTERNAL RESPONSE:4】
一つの生体。
四つの内部反応。
測定時刻は同じだった。
「分離」
【SUBJECT SEPARATION TEST:RUNNING】
四人分の反応を一つの対象へ誤って統合した可能性を確認する。
【SUBJECT SEPARATION TEST:FAILED】
【BIOLOGICAL ORIGIN:SINGLE】
【INTERNAL SOURCES:MULTIPLE】
一つの身体から出ている。
オリヴィアは再計測要求を送った。
【LOCAL NODE:DISCONNECTED】
【NEW MEASUREMENT:UNAVAILABLE】
「七秒だけ」
確認できる記録はそれで終わっていた。
通常なら破損設備による測定異常として保存しても不自然ではない。
オリヴィアは分類欄を開いた。
入力する前に手を止める。
見覚えがあった。
「前にもあった」
記憶を頼りにはしなかった。
監査履歴を検索する。
【SEARCH CONDITION:BIOLOGICAL RESPONSE 1/INTERNAL RESPONSE MULTIPLE】
一件だけ一致した。
【AUDIT TAG:MULTI-01】
【BIOLOGICAL RESPONSE:1/UNREPRODUCED】
【INTERNAL RESPONSE:4/UNREPRODUCED】
【SOURCE:UNRESOLVED】
【CLASSIFICATION:NOISE】
【RECORD:PRESERVED】
数時間前に確認した記録だった。
再測定では消失し、原因も確認できなかった。
オリヴィアは二つの記録を左右へ並べた。
【STRUCTURAL COMPARISON:RUNNING】
四つという数。
反応の間隔。
生体信号との重なり。
内部反応が完全には同期しない点。
すべてが一致するわけではない。
発生場所も違う。
測定設備も違う。
同じ人物だと判断できる情報はなかった。
【SIGNAL PATTERN CORRELATION:HIGH】
【IDENTITY CORRELATION:UNCONFIRMED】
「残しておいて正解だった」
言ってからオリヴィアは画面を見た。
「……正解はまだ早いか」
以前の判断が正しかったと証明されたわけではない。
ただ、ノイズだったという判断を維持する理由も弱くなった。
処理結果だけを変更する。
【MULTI-01】
【PREVIOUS STATUS:NOISE】
【CURRENT STATUS:UNRESOLVED ANOMALY】
【IDENTITY:UNCONFIRMED】
【RECORD:PRESERVED】
そこで共有回線が開いた。
『そのデータ、私が直した』
セッターだった。
「聞いていません」
『壊れてたから直した』
「何を?」
『欠けてたフレームとセンサーパケット』
「原記録は?」
『ある』
別の声が入る。
『私が残させた』
プロットだった。
『こいつは補間した値まで同じ記録へ入れようとした』
『読めないまま保存して何になる』
『読めないという事実が残る』
『使えない』
『お前が勝手に意味を追加した記録よりは使える』
『は?』
「二つとも送ってください」
オリヴィアが割り込んだ。
『補正版だけで十分だ』
セッターが返す。
「私が決めます」
『原記録だけで十分だ』
今度はプロットだった。
「あなたにも聞いていません」
数秒後に二つのデータが届いた。
【SOURCE A:RAW RECORD】
【SOURCE B:RECONSTRUCTED RECORD】

オリヴィアは補正版を閉じ、先に原記録を開いた。
欠損。
ノイズ。
途中で崩れた数値。
それでも問題の箇所は残っていた。
【INTERNAL RESPONSE:4】
「四という値は補正前からあります」
『だから言った』
セッターが即座に返した。
『誰もお前の評価をしていない』
プロットが続ける。
『結果は合ってた』
『今回の結果が過去の改変行為を正当化するなら、2077年の三番中継器から――』
『また始める気か?』
『事実を確認している』
「リッジ」
オリヴィアは別回線を開いた。
『聞いている』
「原記録と補正版を両方保存します」
『それでいい』
『ほら』
セッターが言った。
『お前の案が採用されたわけではない』
プロットが返す。
『結果は同じだ』
『同じではない』
『二人とも通信量を減らせ』
リッジの一言で回線が静かになった。
仲裁ではない。
必要な情報が揃ったので、それ以上の通信を不要と判断しただけだった。
オリヴィアは二つの記録を保存した。
◇
別の警告が画面右端へ上がった。
【CENTRAL LOGISTICS SECTOR】
【MUTATED CIVILIAN MOVEMENT:CHANGE DETECTED】
オリヴィアはヴァレンの記録を閉じずに、別画面として開いた。
中央物流区画周辺の監視データが更新されている。
【LOST:MOVEMENT CHANGE DETECTED】
【REPEATER:ROUTINE DEVIATION DETECTED】
【BOOSTED:COORDINATED MOVEMENT DETECTED】
ロストが複数の通路へ分かれている。
通常なら刺激へ集まりやすい個体が一定の間隔を保っていた。
ブーステッドは交差点と連絡路へ移動している。
最も目立つのはリピーターだった。
同じ店舗入口を往復していた個体。
停止した改札へ何度もカードを当てていた個体。
存在しない勤務先へ向かい続けていた個体。
それまで十二日間維持していた反復行動から外れている。
「リピーターまで?」
【ROUTINE DEVIATION:MULTIPLE】
【COMMON MOVEMENT VECTOR:DETECTED】
偶然同じ方向へ移動した数ではなかった。
異なる状態の変異市民が、複数の通路へ分散しながら中央物流区画周辺へ再配置されている。
【COMMAND-LIKE TRAFFIC:DETECTED】
【SOURCE AREA:CENTRAL LOGISTICS SECTOR/PROBABLE】
【CENTRAL-01:CORRELATION INCREASED】
中央物流区画に残っている高価値レムナント候補。
これまでにも周辺個体との異常な行動相関が確認されている。
しかし、今回の移動がCENTRAL-01自身の意思によるものかは分からない。
【COMMAND ORIGIN:UNCONFIRMED】
担当者から音声が入る。
『先ほどの四重反応と関連がありますか?』
「ありません」
『ないと確認できていますか?』
「確認できていません」
『では可能性は』
「あります」
『なら関連記録へ――』
「入れないで」
オリヴィアは答えた。
「同じ時間帯に起きているだけです」
『はい』
「関連が確認されたら結びます」
『了解しました』
二つの画面を離して配置する。
左には一つの身体から返った四つの内部反応。
右には中央物流区画へ再配置される変異市民。
どちらも異常だった。
それだけだった。
【EVENT A:MULTIPLE INTERNAL RESPONSE】
【EVENT B:MUTATED CIVILIAN REORGANIZATION】
【CROSS-CORRELATION:NOT ESTABLISHED】
オリヴィアはその状態で保存した。
◇
外部訪問者施設の記録へ戻る。
【SUBJECT CODE:SPROCKET】
【SECOND SUBJECT:UNRESOLVED】
【THIRD SUBJECT:UNRESOLVED】
【FOURTH SUBJECT:VAREN/PARTIAL MATCH】
スプロケットの同行者が増えていた。
誰なのかはまだ分からない。
どこへ向かったのかも記録には残っていない。
そのうち一人にだけ、不完全な旅行者記録があった。
そして、その一人から四つの内部反応が返っている。
オリヴィアはVARENの処理欄を開いた。
【REGISTRY:PARTIAL】
【BIOLOGICAL RESPONSE:1】
【INTERNAL RESPONSE:4】
【NEX FACTOR:UNCONFIRMED】
【CLASSIFICATION:UNRESOLVED】
【DETENTION REQUEST:NONE】
【ACTIVE PURSUIT:NONE】
捕まえる理由はない。
安全だと判断する理由もない。
スプロケットと一緒にいることにも、今のところ意味を付けない。
ただ一項目だけ追加する。
【MULTI-01/STRUCTURAL CORRELATION:HIGH】
【IDENTITY CORRELATION:UNCONFIRMED】
保存する。
画面を閉じる操作へ指を置いた。
少し考えてやめた。

数時間前なら一度しか現れなかった測定異常だった。
今は二度目がある。
「もうノイズでは片づけにくいわね」
返事はない。
オリヴィアは画面を開いたまま別の記録へ移った。
【MULTI-01:REVIEW REOPENED】
【VAREN:IDENTITY UNCONFIRMED】
【CENTRAL-01:OBSERVATION CONTINUE】
一人分の生体反応。
その内側から返った一つ目の信号。
二つ目。
三つ目。
そして四つ目。
四つとも、まだ何なのかは分からなかった。


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