地下医療搬送線へ入ってから、背後の追跡反応は戻らなかった。
スプロケットは歩きながら端末を確認した。
入口側のローカル設備はすでに遠い。
[ネクス・ハウンズ]を示していた五つの識別信号も表示範囲から消えている。
【REAR PURSUIT RESPONSE:NONE】
【CURRENT ROUTE:MEDICAL TRANSFER LINE】
【DESTINATION:EMERGENCY WING 06】
「来てない」
前方から戻ってきたマッハラインが言った。
「少なくとも後ろにはいない」
アイリーがクロニアスを背負ったまま振り返った。
「振り切った?」
「分からない」
スプロケットは足を止めなかった。
明が端末の経路表示を見る。
「地下へ入ったから見失ったんじゃないですか?」
「それならいいけど」
「違うと思う?」
「うん」
スプロケットは緊急医療搬送所で起きたことを思い返した。
未登録経路を進んでいる間、ネクス・ハウンズはこちらを捕捉できなかった。
登録された緊急医療搬送所へ接続した直後に五つの信号が動いた。
そして今、自分たちはその設備から取得した正式な搬送経路を使っている。
【REGISTERED ROUTE:ACTIVE】
【NEXT FIXED COORDINATE:EMERGENCY WING 06】
「この道、向こうにも分かる」
アイリーの歩調が僅かに落ちた。
「じゃあ、来てないんじゃなくて」
「追う必要がなくなったのかもしれない」
「先に行った?」
マッハラインが聞いた。
「可能性はある」
「救急棟六号へ?」
「そこまでしか、ぼくらも行き先を決めてない」
クロニアスがアイリーの肩越しに端末を見た。
「合理的ではある」
「何が?」
アイリーが聞き返した。
「こちらを追跡するより、目的地を押さえた方が早い」
「敵のやり方を褒めないで」
「評価と賞賛は違う」
「今はどっちもいらない」
クロニアスは反論しなかった。
スプロケットは次の分岐を確認した。
救急棟六号までの経路は残っている。
別の医療座標は出ていない。
「道を変えますか?」
明が尋ねた。
スプロケットはクロニアスを見る。
左脚には応急処置しかされていない。
顔色も中央物流センターにいた時より悪かった。
帰還面を形成できる可能性がある次の固定座標も救急棟六号だった。
「変えない」
「待ってるかもしれないよ」
アイリーが言った。
「うん」
「それでも行く?」
「クロニアスを治療できる場所が必要」
スプロケットは経路表示を指した。
「帰るための座標も」
アイリーは前を向いた。
「じゃあ行く」
「私を理由に進路を固定する必要はない」
クロニアスが言った。
「してない」
「負傷者がいなければ、別経路を選択する可能性はあった」
「クロニアスがいるから今の条件になってる」
「同じ意味では?」
「違う」
スプロケットは少し考えた。
「いないことにして決めないだけ」
クロニアスは数秒黙った。
「なるほど」
「記録しなくていいよ」
「まだ何も書いていない」
「書こうとしてた」
「否定はしない」
「休んで」
アイリーが背中を揺らさないよう身体を支え直した。
「今度こそ本当に」
「努力する」
「それは禁止」
「では、休む」
五人は搬送線を進んだ。
壁面の案内灯が一つずつ点灯する。
通過すると後ろから消えていった。
スプロケットは歩きながら[ヘヴン]への回線を開いた。
【HEAVEN LINK:SEARCHING】
【VOLT RESPONSE:NONE】
【COORDINATE LOCK:FAILED】
応答は返らなかった。
地下へ入ったことで通信条件がさらに悪くなっている。
【RETURN COORDINATE:UNAVAILABLE】
【NEXT FIXED COORDINATE:EMERGENCY WING 06】
「つながらない?」
アイリーが聞いた。
「今は」
「救急棟六号まで行けば?」
「ヴォルトは係留できる可能性が高いって言ってた」
「可能性なんだよね」
「うん」
「そこにもあの五人がいるかもしれない」
「うん」
アイリーは一度だけ天井を見た。
「帰るの、難しくなってない?」
スプロケットは答える前に端末を見た。
クロニアスは見つかった。
中央物流センターからも出た。
渡辺亘の支配網も切れた。
最初に探していた一人は、もうここにいる。
それでも帰還座標はない。
ヴァレンもいない。
[世界政府]の部隊は進路を変えながら追ってくる。
「なってる」
アイリーが少しだけ肩を落とした。
「やっぱり」
「でも、帰れないって決まったわけじゃない」
「今は帰れない?」
「うん」
スプロケットは現在の状態を保存した。
【SEARCH SUBJECT:CHRONIAS】
【STATUS:RECOVERED】
【CITY EXIT:INCOMPLETE】
【RETURN COORDINATE:UNAVAILABLE】
【NEXT WAYPOINT:EMERGENCY WING 06】
クロニアスが表示を見た。
「救出任務としては半分成功か」
「半分?」
「捜索と回収は完了した。帰還は未完了だ」
「それなら、まだ終わってない」
アイリーが言った。
「私もそう思う」
スプロケットは表示を閉じた。
別の記録がその下に残っていた。
【LEGACY AUTHORIZATION:PARTIAL MATCH】
【AUTHORIZATION ORIGIN:UNRESOLVED】
トーキョー・シティへ入ってから何度も返された認証だった。
自分が要求する前に応答した設備もある。
現在図から消えた経路も開いた。
ヴァレンへ触れた時には、設備とは違う古い接触まで重なった。
スプロケットは認証履歴を開いた。

発行元を検索する。
【QUERY:LEGACY AUTHORIZATION ORIGIN】
【SEARCHING】
結果は短かった。
【RESULT:NOT FOUND】
検索範囲を広げた。
【QUERY:SPROCKET/LEGACY ACCESS HISTORY】
【SEARCHING】
同じ結果が返る。
【RESULT:NOT FOUND】
「何してるの?」
アイリーが前を向いたまま聞いた。
「ぼくの認証を調べてる」
「今?」
「歩きながら見られるところだけ」
「前も見て」
「見てる」
マッハラインが前方から振り返った。
「見てないだろ」
「見てる」
「二回壁に寄ったぞ」
「ぶつかってない」
「基準そこ?」
明が小さく笑った。
スプロケットは端末を少し下げた。
検索は止めなかった。
次にヴァレンの記録を開く。
【SUBJECT:VAREN】
【CURRENT LOCATION:UNRESOLVED】
【LAST CONTACT:PRESERVED】
名前以外の確かな情報は少ない。
登録情報も途中で切れている。
スプロケットは関連記録を検索した。
【QUERY:VAREN/RELATED ARCHIVE】
【SEARCHING】
数秒後に表示が変わった。
【RESULT:NOT FOUND】
明が端末を覗き込んだ。
「ないんですか?」
「見つからない」
「消された?」
「分からない」
「最初からない可能性は?」
「それもある」
スプロケットは結果を断定しなかった。
見つからないことと存在しないことは同じではない。
トーキョー・シティへ来て、それを何度も見た。
停止した設備にも記録は残っていた。
現在図に存在しない経路も実際にはあった。
誰も使っていない端末が認証を返した。
現在位置を失った記録も、別の場所には残っていた。
見つからないだけで終わらせるには、残っているものが多すぎた。
スプロケットは検索結果をまとめた。
【LEGACY AUTHORIZATION ORIGIN:NOT FOUND】
【SPROCKET/LEGACY ACCESS HISTORY:NOT FOUND】
【VAREN/RELATED ARCHIVE:NOT FOUND】
画面中央に一つの表示が残った。
【404_NOT_FOUND】
スプロケットはしばらく見ていた。
「スプロケット」
アイリーが呼んだ。
「なに」
「また止まってる」
足が止まっていた。
スプロケットは歩き出した。
「ごめん」
「見つからなかった?」
「うん」
「じゃあ今はクロニアス」
「分かってる」
「本当に?」
「先に救急棟六号」
スプロケットはクロニアスを見た。
「治療する」
次に経路表示を見る。
「帰れる座標を作る」
最後に検索画面へ戻った。
「そのあと、まだここにいるなら」
「いるなら?」
「探す」
アイリーが何を、と聞く前に明が前方を指した。
「分岐です」
旧搬送線が二つへ分かれている。
右側だけに弱い案内灯が残っていた。
【EMERGENCY WING 06】
【ROUTE:RIGHT】
マッハラインが先へ走った。
「見てくる!」
「戻ってきて」
「今度はちゃんと戻る!」
明が右側へ進む。
アイリーもクロニアスを背負ったまま続いた。
スプロケットは一度だけ後ろを見た。
誰もいない。
追跡音も聞こえない。
だから安全だとは思わなかった。
ここへ入った時、ネクス・ハウンズは自分たちの位置を知っていた。
今は追ってこない。
次の目的地は登録されている。
それだけで十分だった。
「先にいると思う?」
アイリーが尋ねた。
「分からない」
「でもいるかもしれない?」
「うん」
「それでも行く?」
スプロケットは右側の経路へ入った。
「行く」
救急棟六号へ向かう。
クロニアスを治療するため。
[ヘヴン]へ帰るため。
その先に何が待っているかは分からない。
自分を追っている相手が何を知っているのかも分からない。
ヴァレンがどこへ向かったのかも分からない。
自分の認証がなぜ古い設備へ通るのかも分からない。
分からないものは増えていた。
それでも、最初に探していた一人は見つけた。
なら次も探せる。
スプロケットは端末を閉じなかった。
【404_NOT_FOUND】
【SEARCH SESSION:ACTIVE】


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