第2部『403_FORBIDDEN』INTERRUPT_05|INTERDICTION

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クロス・バグ三部作(絶賛連載中)

 旧地下管理結節点を抜けた先で、スプロケットは歩調を落とした。

 正面の旧搬送路は外周方向へ緩く下りながら三本へ分かれている。

 〈セントリオ〉から拾った都市構造へ、旧緊急搬送網の記録を重ねる。

【RETURN COORDINATE CANDIDATES:03】
【LOCAL STATUS:INCOMPLETE】
【MOORING RESPONSE:UNSTABLE】

 三か所とも登録上は固定座標だった。

 現在も使えるかは表示されない。

 スプロケットは一番近い座標を開く。

 電力はある。

 接続設備の稼働状態は取れない。

 閉じる。

 二つ目。

 外周側の復旧経路と一部が重なっている。

 人員情報は欠けていた。

 三つ目。

 距離は最も遠い。

 旧設備の応答だけが微弱に残っている。

 スプロケットは表示を閉じなかった。

「全部見るのは無理?」

 アイリーが横から覗き込む。

「みんなで行ったら遅い」

「じゃあ一個に絞る?」

「……まだ絞れない」

 スプロケットは一つ目を開き直す。

 次に二つ目。

 三つ目。

 どれも決め手がない。

 都市は壊れている。

 その上で、こちらの判断に必要な情報だけが都市網から順に消えている。

 [ネクス・ハウンズ]が意図的に切り離している可能性が高い。

 接続を深くすれば、もっと拾えるかもしれない。

 スプロケットはその項目へ触れなかった。

 視線を上げる。

 明が周囲の壁と床を見ている。

 アイリーは分岐の先を確認している。

 クロニアスは固定具の残る左脚を庇いながら立っている。

 最後にマッハラインを見る。

 目が合った。

 彼は壁へ背中を預けたまま待っていた。

 黒いゴーグルはすでに下ろされている。

「俺だろ?」

 スプロケットはすぐには答えなかった。

 マッハラインが笑う。

「違った?」

「……三つ」

「全部ね」

「見るだけでいい。設備には触らないで」

「了解」

「追われたら通信を切って」

「それも了解」

 マッハラインは腕の端末へ三つの座標を送る。

 帰還経路を一度確認する。

 次に合流地点を設定した。

「通信が切れたら待つなよ」

 アイリーの表情から笑みが消える。

「それどういう意味?」

「そのまんま」

 マッハラインは肩を軽く回した。

「相手、俺たち捕まえる専門家なんだろ?」

 スプロケットは彼を見る。

「……戻って」

 一瞬だけ沈黙した。

「戻るつもりで行く」

 それから笑った。

「じゃ、行ってくる!」

 赤い髪が揺れる。

 身体が消えた。

 数拍遅れて風が搬送路を抜け、床の埃が長く舞い上がった。

 アイリーがその先を見る。

「絶対戻ってくる言い方じゃん」

「本人は戻るって言った」

「そうだけど」

 スプロケットは中央の経路を選ぶ。

「ぼくらも動く」

「どこまで?」

「三つの真ん中」

 アイリーが頷いた。

「どこに決まっても行けるように?」

「うん」

「それなら行こう!」

 先に歩き出す。

 明が続く。

 クロニアスも自分の足で進む。

 歩幅はまだ狭い。

 それでも治療前のように誰かへ身体を預ける必要はなかった。

「脚、大丈夫?」

 アイリーが振り返る。

「大丈夫と断言すると、あとで訂正が必要になりそうだ」

「歩ける?」

「それなら歩ける」

「じゃあよし!」

「基準が簡潔だね」

「分かりやすいでしょ?」

「否定はしない」

 スプロケットは二人の声を聞きながら都市情報を狭く保つ。

 構造。

 電力。

 通行状態。

 固定設備。

 それ以上は見ない。

 曲がり角へ差しかかったところで明が足を止めた。

「待ってください」

 アイリーが止まる。

「どうしたの?」

 明は正面の通路ではなく足元を見ている。

 床には薄い粉塵が積もっていた。

 中央だけが帯状に削れている。

「ここ、何か通ってます」

 スプロケットが都市記録を見る。

【MAINTENANCE TRAFFIC:NONE】
【RESTORATION ACTIVITY:NONE】

「記録にはない」

「最近です」

 明が壁際へ移動する。

 資材扉の下に新しい擦過痕が残っている。

「同じ幅の物を何回か運んでます」

「復旧班?」

 アイリーが聞く。

「復旧班なら記録があると思います」

 明は正面を見る。

「あと、この道を使うなら端の埃ももっと崩れるはずです」

 スプロケットは経路を閉じた。

「別を探す」

「あります」

 明の返答は早かった。

 アイリーが見る。

「もう?」

「さっきの分岐に古い清掃区画の番号がありました」

 明は後方を指す。

「今の地図には出てないですけど、この規格なら横に点検路があると思います」

 スプロケットが構造層だけを開く。

 壁の向こうに細い空間が延びていた。

「……ある」

「行けます?」

「入口を探せば」

「じゃあ戻りましょう」

 明が先に方向を変える。

 その時、通信が入った。

『一個目、駄目!』

 マッハラインだった。

 声の後ろで風が鳴っている。

「状態は?」

『電源あり。設備あり。ビーコンだけ死んでる! 切った跡もある!』

「人は?」

『見てない!』

 短い金属音。

『次行く!』

 通信が切れた。

 スプロケットは一つ目を閉じる。

【CANDIDATE-01:BEACON OFFLINE】
【REMAINING CANDIDATES:02】

「壊してないんだ」

 アイリーが表示を見る。

「……帰るところだけ」

 スプロケットは歩き出す。

 明が見つけた古い表示は、分岐から少し戻った壁面に残っていた。

 半分は塗装で潰されている。

 明が下側のパネルを押す。

 動かない。

 もう一度位置を変える。

 小さく音がした。

「ここです」

 アイリーが手を掛ける。

「開けていい?」

「少し固いだけだと思います」

「なら任せて!」

 古い扉が軋む。

 アイリーが両腕で引くと、錆びた金属板がゆっくり開いた。

 人が一人ずつ通れる幅が現れる。

「よし!」

 明が中を見る。

「空気は動いてます」

「先、分かる?」

「途中までは」

「十分!」

 アイリーが最初に入った。

 スプロケットが続く。

 明。

 クロニアス。

 狭い通路を進んで数分後、通信が再び鳴った。

『二つ目!』

 今度は声が近い。

 スプロケットが足を止める。

「どう?」

『設備は生きてる! でも先客いる!』

「何人?」

『見えたの二人!』

 直後に風切り音が変わる。

 金属が弾けた。

『あ、来た』

 アイリーが眉を上げる。

「軽く言うこと!?」

『速いやつ!』

「戻って」

『三つ目見てから!』

「マッハライン」

 返事が一瞬遅れた。

『……まだ行ける』

 そこで通信が切れた。

 アイリーが端末を見る。

「追う?」

 スプロケットは首を振る。

「信じる」

 短く答えて進む。

 清掃通路の終端へ近づくにつれ、床の傾斜が変わった。

 クロニアスが急に止まる。

 明が振り返る。

「脚ですか?」

「違う」

 クロニアスは前を見た。

 古い壁しかない。

 塗装。

 配管。

 使われなくなった表示灯。

 それなのにクロニアスの視線だけが、何かを追うように横へ動いた。

「……そこ」

 アイリーが周囲を見る。

「何?」

「今、誰かが通った」

「誰が?」

「分からない」

 クロニアスが壁へ近づく。

「今じゃない」

 スプロケットが彼を見る。

「《タイムエコー》?」

「たぶん」

 クロニアスは壁の一点を見たまま答える。

「前より長く見えた」

「あの男?」

「違う」

 即答だった。

 スプロケットはそれ以上聞かなかった。

 クロニアスが壁を指す。

「ここで止まった」

 明がしゃがむ。

 壁際を確認する。

 塗装の境目。

 床の擦れ。

 下側に埋められた古い金具。

「扉です」

 アイリーが近づく。

「本当に?」

「たぶん、閉鎖したあと壁と同じ色に塗ったんだと思います」

 明が金具へ指を掛ける。

 外れない。

 クロニアスが少し左を見る。

「見えた人はその辺りへ手を伸ばした」

 明も左を見る。

 小さな窪みがある。

 押す。

 内部で古い機械音がした。

 壁が数cmだけ奥へ下がる。

「開いた」

 アイリーが笑う。

「二人ともすごい!」

 明は壁の奥を覗く。

「まだ通れるかは分かりません」

「そこは見てから!」

 アイリーが扉を押し広げる。

 奥へ旧管理路が続いていた。

 現在の都市図には存在しない。

 5分ほど進めば三つ目の固定座標候補へ抜けられる位置だった。

「近道」

 スプロケットが言う。

「なら使おう」

 クロニアスが歩き出す。

 アイリーが横から彼を見る。

「さっきの人、誰なんだろうね」

「分からないから面白い、と言いたいところだけど」

「けど?」

「今は帰る方が先だね」

「それ正解!」

 旧管理路を抜ける。

 出口の向こうに小さな管理区画があった。

 中央へ古い座標設備が残されている。

 非常灯が点いていた。

 固定ビーコンも微弱に動いている。

 スプロケットが反応を拾う。

【REGISTERED FIXED COORDINATE:AVAILABLE】
【LOCAL BEACON:ACTIVE】
【EXTERNAL LINK:SEARCHING】

「ここ」

 明が周囲を見る。

「誰か来た跡はあります?」

「今のところないです」

 スプロケットは設備へ近づく。

 正面の操作部へ触れる。

 何も返らない。

【PRIMARY INTERFACE:OFFLINE】

 電源は落ちていない。

 スプロケットは接続先を探す。

 反応がない。

 その時、視界の端に白いものが入った。

 人はいない。

 白い袖。

 手袋。

 古い設備へ伸びる手。

 一瞬だけ重なる。

 右側。

 スプロケットの視線が動く。

 保守板がある。

 表示はない。

 手が上がる。

 止まる。

「スプロケット?」

 明の声がした。

 保守板を見る。

「……ここ」

「何かあります?」

「知らない」

「え?」

「でも、開く」

 下側へ指を入れる。

 押す。

 右ではなく左へずらす。

 保守板が外れた。

 奥に旧式の手動入力端子が現れる。

 明が目を見開く。

「知ってたんですか?」

「……知らない」

 スプロケットは端子を見る。

 次に何をするかも分かる。

 自分の記憶にはない。

 それでも迷わない。

 接続線を取り出す。

「使う」

 端子へ繋ぐ。

 大きなノイズが返った。

【SECONDARY INTERFACE:DETECTED】
【MANUAL LINK:ACTIVE】
【EXTERNAL LINK:SEARCHING】

 都市の外へ細い線が伸びる。

 途中で切れる。

 また繋がる。

 遠くに一点だけ動かない反応がある。

【MOORING RESPONSE:DETECTED】

 出発した時にも見た。

 トーキョー・シティのどこへ移動しても、[ヘヴン]側に残り続ける固定反応。

 帰還地点を《モアリング》で支えている人がいる。

 ノイズの奥から声が届いた。

『こちら側は残っています』

 アイリーの顔が上がる。

「ペグ!」

 明が振り返る。

「ペグ?」

「ヘヴンを固定してる人」

 スプロケットは線を追う。

「帰る方を残してる」

『聞こえています。皆さん、無事ですか?』

「今は!」

 アイリーが答える。

 スプロケットは端末を見る。

 別の回線が重なる。

『スプロケット』

 ヴォルト。

「聞こえる」

『現在座標を送れ』

「送る」

【LOCAL COORDINATE:TRANSMITTING】
【MOORING RESPONSE:STABILIZING】

 返ってくる演算信号が変わる。

 現地ビーコン。

 固定座標。

 遠い《モアリング》の反応。

 三つが一つの線へまとまる。

【MOORING RESPONSE:STABLE】
【LOCAL COORDINATE:LOCKED】
【HEAVEN LINK:ESTABLISHED】

 アイリーが息を飲む。

「つながった?」

「……うん」

『まだ動くな』

 ヴォルトの声が低くなる。

『帰還面を作る。座標固定』

 空気が歪む。

 青白いノイズが輪を作る。

 その奥へ淡い金色の線が見える。

 アイリーが一歩近づく。

『入るな』

「分かってる!」

 笑っている。

 目は輪から離れない。

 クロニアスも静かに見ていた。

「今度は線が一本だ」

 スプロケットにも分かる。

 今までと違う。

【RETURN PLANE:FORMING】
【STABILITY:43%】

 外から風が来た。

 管理区画の入口。

 赤い影が飛び込む。

 マッハラインだった。

 壁へ手を突き、勢いを殺す。

「ただいま!」

 アイリーが振り返る。

「遅い!」

「三つ目まで見たからな!」

「知ってる!」

 マッハラインのゴーグルに傷が増えている。

 左袖も裂けていた。

 それでも立っている。

「速いやつは?」

「来る!」

 笑顔が消える。

「あと、でかいのも」

 スプロケットが入口を見る。

 遠くで重い音がした。

【RETURN PLANE:61%】

 あと少し。

 床が揺れた。

 固定設備の左側で警告が出る。

【LOCAL REFERENCE NODE-03:LOST】

「何?」

 アイリーが見る。

 次の衝撃。

【LOCAL REFERENCE NODE-02:LOST】

 電灯は消えない。

 換気も動いている。

 帰還設備の周囲だけが崩れていく。

「来た」

 スプロケットが接続を押さえる。

 入口側の重量隔壁が下降を始めた。

 アイリーが走る。

「先に行って!」

 落ちる隔壁へ両手を入れる。

 肩より上で受け止める。

「アイリー!」

「まだ持てる!」

 金属が軋む。

 靴底が滑る。

 片膝が床へ落ちた。

 隔壁が数cm下がる。

「くっ……!」

 腕が震える。

 アイリーは歯を食いしばった。

「ヒーローは……」

 息を吸う。

「諦めない!」

 瞳へ金色が満ちる。

 《ソウルドライブ》。

 背中から脚へ力が走る。

 落ちかけた隔壁が止まる。

 少しずつ上がる。

「早く!」

 明が先に潜る。

 クロニアスが続く。

 マッハラインは動かない。

「俺、最後!」

 スプロケットは帰還面を見る。

【RETURN PLANE:72%】
【LOCAL REFERENCE NODE-01:UNSTABLE】

『入るな!』

 ヴォルトの声が強くなる。

『座標が動いている』

 青白い輪が横へ歪む。

 金色の線が二重になる。

 座標固定が外れている。

 このまま転送すれば、出口の位置を保証できない。

「切る」

『切れ』

 スプロケットは手動入力を落とした。

 輪が消える。

【HEAVEN LINK:LOST】
【LOCAL COORDINATE:UNSTABLE】
【TRANSFER:ABORTED】

 帰還面が消えた場所へ空気だけが流れ込む。

 通信にノイズが走る。

『次の候補を――』

 ヴォルトの声が途切れた。

 端末へ座標データが落ちる。

【REGISTERED RETURN CANDIDATES:02】
【DATA RECEIVED】

 通信が切れる。

 《モアリング》の反応だけが微弱に残った。

 外から強い衝撃が来る。

 アイリーの腕が沈む。

「スプロケット!」

「行く!」

 設備から離れる。

 明が奥の壁を指した。

「こっちです!」

 さっきクロニアスが見た人影が消えた方向だった。

 現在の壁には古い非常用レバーがある。

 明が引く。

 隠し通路が開く。

「クロニアス!」

「分かってる」

 クロニアスが入る。

 スプロケットも続く。

 マッハラインが隔壁の前に残る。

「アイリー!」

「今!」

 アイリーが両腕を外す。

 隔壁が落ちる。

 マッハラインが彼女の腰を掴んだ。

「飛ぶぞ!」

「え、ちょ――」

 二人が消える。

 直後に隠し通路の中へ転がり込んだ。

「普通に運んで!」

「間に合っただろ!」

「そういう問題じゃない!」

 明が手動レバーを戻す。

 壁が閉じる。

 外側で何かが止まった。

 足音はすぐには離れない。

 五人はその場に留まらなかった。

 暗い管理路を進む。

 マッハラインが裂けた袖を見た。

「惜しかったな」

 アイリーが彼の腕を叩く。

「捕まりかけてた人が言う?」

「捕まってない」

「袖なくなってるじゃん!」

「袖は捕まった」

「馬鹿!」

 クロニアスが後ろで小さく笑った。

「その理屈なら袖だけ置いてきたことになるね」

「だろ?」

「褒めてはいない」

 明が前を見ながら言う。

「次の分岐、右です」

「分かる?」

「空気が流れてます」

 スプロケットは端末を開く。

 ヴォルトから受け取った二つの帰還用固定座標が残っている。

 遠い《モアリング》の反応も消えていない。

 右手を見る。

 さっき旧端末を開いた指。

 知らない手順だった。

 使えた。

 誰の痕跡だったのかは分からない。

 答えは出さない。

「スプロケット」

 マッハラインが前から呼ぶ。

「次、どっち?」

 二つの座標を重ねる。

 片方は近い。

 もう片方はハウンズの封鎖線から遠い。

 スプロケットは少しだけ考える。

「……近い方」

「よし!」

 マッハラインが前を向く。

 走り出す前に一度だけ振り返った。

「今度は戻るのももっと早くする」

 アイリーが笑う。

「今度は私ももっと持つ!」

「隔壁を?」

「何でも!」

 クロニアスは歩きながら手帳を開いた。

「僕はさっきの人影を忘れないうちに書いておく」

 明が横を見る。

「前も見てください」

「見てるつもりではいる」

「つもりじゃなくて見てください」

「努力する」

 スプロケットは端末を閉じた。

 帰る場所はある。

 帰還面も一度は開いた。

 次の固定座標もある。

 五人は止まらなかった。

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