Scene.21 ―「君は、まだ選んでいない」

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▼オリジナル小説

 火花が弾け、床を砕いた拳が空気を裂く。
 リク・ロクジョウの動きは、まるで光そのものだった。
 かつて“全盛”と謳われた男。だが今、その彼自身すらも超えていた。
 放たれる銃弾の精度、義手から繰り出される衝撃、そして《ゼロポイント》を軸にした冷徹かつ完璧な制御。
 肉体の強化、反応速度、先読み。すべてが、ラズを凌駕していた。

(……進化って、あんたの言葉じゃなかったか、ケイト)

「……はは。いやぁ、これはまいったな」

 ラズは、どこか愉快そうに笑いながら両手の次元圧縮装置を起動。
 手元から、無数の拳銃がパラパラと落ちるように現れる。

「スペシャルワゴンセールだ。全部、あんた用だよ」

 瞬間、すべての銃口がリクを狙い、一斉に火を噴いた。  だが……

「無駄だ」

 リクは左手の義手をわずかに掲げただけだった。
 手のひらが描いた軌道が、全弾の軌跡を撥ね返す。

 ラズは一拍、頬を引きつらせた。

「じゃあ、シェフの渾身一太刀はいかが?」

 次の瞬間、ラズは突進。
 右手から現れた剣を閃かせ、一気に間合いを詰める。
 だが、リクの目はすでにそれを“見ていた”。
 旧式の大型リボルバーが火を噴き、視界を焼く閃光がラズの突撃を止める。

「くっ──!」

 ラズがその場で防御に移るが、間に合わない。
 視界が閉じたその刹那、リクの義手が弧を描き、顔面へと叩き込まれる。
 鈍い衝撃音と共に、ラズの身体が吹き飛び、壁へ激突し、破片を撒き散らす。

──だが、リクの左腕にも異常な放電が走っていた。

 筋肉が軋み、義手の接続部がわずかに音を立てる。生身の右目からは、血の涙が一筋、頬を伝う。

「……限界は……近いか」

 視線を落とす。  放電する義手の表面に、かすかに《クロス・レガシー》の紋様が浮かび上がっていた。

「いやぁ、もうちょい優しくしてくれりゃいいのに……」

 ラズが瓦礫を払いながら立ち上がった。
 唇の端が切れ、笑っているのか苦しんでいるのか、判別しがたい。

「まったく……子供相手に手加減ってもんを知らないな……ホント、大人気ないな……」

 言葉とは裏腹に、その目の奥には“焦り”が滲んでいた。
 ラズは足元の重力制御ブーツを起動。身体が軽く浮き、天井へと吸い寄せられるように跳躍する。

「天井走りって、ロマンあるよなぁ」

 つま先を地面となった天井でコンコンと鳴らす。

「それじゃ、これでフィナーレいっとこうか!」

 ラズが空中で両手を広げる。
 次元圧縮装置が唸り、そこから現れたのは──旧時代のロケットランチャー〈RPG〉。
 空気が火薬と油の混じった匂いに満ち、リクの義眼が熱量の上昇を警告する。

「なんと本日限定、時代錯誤の超火力でございます!」

 だが、リクは動かない。むしろ、わずかに顔を伏せ──微かに笑んだ。

(……ケイト)

 義眼とリンクした意識は、すでにラズの動きを数手先まで読んでいた。  だがその先で、思考の一部が彼女へと向かう。
 この義手と義眼を受け取った時、誰よりも笑ってくれた人。世界でただ一人、あの技術を「奇跡」だと信じた瞳。

(……もう、ちょっとだけ……見ててくれ)

 一瞬、右目を閉じたリクが見たケイトの笑顔。

(奇跡なんかじゃない。あんたがそう信じてくれたから、俺は進めた)

 ラズがロケット弾を放った瞬間、

(……終わらせるのは、あいつじゃない)

 リクのリボルバーが炸裂する。

(誰かに選ばれるんじゃない。……選び返すんだ、俺の意思で)

 弾丸は、ロケット弾の弾頭を正確に撃ち抜く。
 爆発。天井を突き破る光と爆風が交錯し、衝撃が空間を歪めた。

「っ、あ──がっ!」

 重力制御が崩れ、ラズが地面に叩きつけられる。
 その残光の向こうに、笑うケイトの面影が重なる気がした。

(……分かっている。ここが今の俺が望んでいた選択だ)

 ナノマシンが奔流のように彼の傷口を修復しようとするが、その勢いすら追いつかない。

「……やっぱり君か」

 リクは歩を進めながら、義手から漂う放電を抑えた。

「始まりにして終わりに、相応しい」

 ラズは咳き込み、血を吐きながら、それでも笑った。
 それは、勝者に向ける笑みではなかった。

「ケイト……あの約束は……」

 リクが銃口を、彼の額に向けた。

──だが。

「あ~あ。感傷的になるなんてねぇ……君らしくないよ」

 完全に終わったはずのラズの背中。戦闘服の装置が、自動展開を開始する。

「ざーんねん。僕は君と違って現実主義者なんだ」

 内部から溢れ出した光が、リクの義眼に反射する。
 中央にはあの球体が、あった。

-Ω計画、起動-

「……なにっ!」

 リクの全身から蒸気のような気流が立ち上った。
 一瞬にして、力が抜けていく感覚。

「エージェント・ゼロッ!?」

 離れた場所で戦うアビゲイルの声が届くより早く、《ゼロポイント》が暴走を始めた。

-《ゼロポイント》暴走:領域浸蝕開始-

 爆音と共に、世界が“吸い込まれて”いく。リクの膝が折れ、床に片手をつく。
 金属製の床がひび割れ、中心から青白いエネルギーの渦が噴き出す。  《ゼロポイント》暴走。その余波は、ただの破壊ではなかった。

「力が……?」 

 アビゲイルの手から高周波刀が滑り落ち、白い指が床に触れ、

「カ、カロリーが……っ!」

 リョウの全身を覆っていた金属の皮膚が、ゆっくりと解かれ、

「……どうなってやがる……?……体が……!」

 タウロスの獣化が解除され、呻き声をあげて膝をつく。
 三人は何が起きたか理解できず、ただその場で動けずにいた。

-仮想領域干渉:ジャン・ポイゾナス・スプロケット-

「っ……演算速度が……落ちてる……!」

 ジャンの声が乱れ、端末に浮かぶ仮想ウィンドウがノイズ混じりに崩れる。
 額には冷や汗。震える指で接続を維持しようとするが──スプロケットの仮想空間は、闇に沈んでいた。

「たすけて……だれか……」

 少女の声。途切れかけた幻影の中で、手が伸びる。

「まだだ……あきらめるな、スプロケット。君は“観測”されてる、今も……!」

「くそっ、引き上げろ、今だ!」

 ジャンは最後の出力を振り絞るが、その瞬間に接続は遮断された。

「……スプロケット……!」

 ポイゾナスが膝をつく。毒素処理が限界を超え、血流を逆走しはじめている。
 異常な静寂が訪れたあと──スプロケットの心拍が、ゼロを示した。

-EVA中枢/ミーラ観測室-

「《ゼロポイント》暴走確認。観測データ、脱落……」

 ケイトを模したホログラムが揺らぎ、EVAの声が掠れる。

「予備電源へ切り替え。観測継続不能、演算停止中──」

 突如として光と音を失った空間。

「……違う違う。まだ、観測は終わっていない。ええ、そのはずよ」

 ミーラは冷静さを欠いた様子で、手元の端末を乱暴に叩いていた。

「あと一歩……まだ、まだよ。もう少し……私ならやれる」

 でも、心のどこかで──それはもう“観測”ではなく、“祈り”に近かった。

-外周戦闘ライン:フェイズ-

 砲台の自動掃討に成功したフェイズが、回避機動で跳躍する──その瞬間、暴走したゼロポイント領域に触れてしまう。

「っ……なん……」

 一瞬の光。

 次に彼が立っていたのは、どこか懐かしい夕暮れの街角だった。

「……おいおい。ここって……あのポストカードのとこかよ」

 薄く笑い、すぐに視線を鋭くする。

「ふん……笑えねえ」

 フェイズは誰もいないその場所で、“家族”の姿を思い出していた。
 次の瞬間、彼は己の意思で視界外転移を試みる。

-静止する戦場:沈黙-

 静寂が降りる。
 リクは膝をついたまま、呼吸を荒げていた。
 アビゲイルは床に片手をつき、動けない。
 リョウもタウロスも崩れたまま、立ち上がれない。
 ポイゾナスはスプロケットを抱えて声を失っている。
 ジャンは端末の前で仮想ウィンドウを呆然と見つめていた。
 ミーラは暗転したモニターに拳を叩き、冷静さを失っていた。
 EVAはホログラムの点滅だけを残して沈黙していた。

──誰も、動けなかった。ただ、一人だけを除いて。
 《ゼロポイント》から溢れ出したエネルギーが、逆流するように彼の体を満たし、細胞を再構築していく。

-主演男優の登場-

「ふう……いやはや。やっぱり僕が主役だよね? そう思わない?」

 ラズが立ち上がった。
 《ゼロポイント》の暴走を利用し、エネルギーを吸収して再生した身体。
 それはリクとの同調によって得た力。まさに“完全形”。

「君を超えるには、君の力が必要だった」

 ホフマンが君の遺伝子をベースにしたのは意味が分かったよ。

「それにしても……」

 ラズは口元に笑みを浮かべながら、リクの耳元でささやく。

「皮肉だね。君の愛した女性の遺伝子が目の前にいるなんて……」

 指先が、アビゲイルを差す。

「さあ、次の舞台に上がるのは──君だよ」

-覚醒と未来視-

(このままじゃ……だめだ。何かが、何かが足りない──)

 〈高周波刀〉は動かず、やたら重さを感じる。それでも、アビゲイルは諦めようとしない。

(でも……あの時と同じ声が……)

 その瞬間、アビゲイルの瞳が、わずかに揺れた。

(……未来が、見えた)

 そこには、陽名の姿があった。
 夕暮れの中で微笑みながら、優しくこう言っていた。

『だいじょうぶ。まだ、ここにいるよ』

 アビゲイルの呼吸が整う。視界がひらける。
 時間が再び動き出した。
 すべてを見通す視点、すべての未来の枝──その中で、ただ一つの“正解”が浮かび上がる。

──あらゆる未来が、交差するその中心に。

 彼女の目が、答えを映していた。

 EVA──「観測再構築中……」

──少女の姿を、“未来”を、もう一度観測します。

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