Scene.20 ―「これは、対話ではない」

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▼オリジナル小説

【<REFLOG–Δ.H3> : OBSERVATION COLLISION】
【EVA──「交戦確認。各勢力が中枢外郭に集結。観測不能領域、拡大中」】

 熱線の閃光が、回廊の曲面を焼いた。
 赤く染まる警告灯の残光が、金属と血の匂いを交互に照らす。

──中枢外郭・分岐回廊。ドームの最深部へ続く、演算と兵器の交差点。

「ジャン、右上! 二番砲塔の軸がズレてる!」

 アビゲイルの声が飛ぶ。《ミライメージ》時間先読みの閃光が、脳裏を貫いてラインを描いた。
 〈高周波刀〉が唸り、降下中のレーザー砲を刃先で弾く。

「了解。露出15°、3発目で機構停止を狙う」

 ジャンは端末を肩越しに滑らせ、ピンポイントで3点射を叩き込んだ。  回廊の支柱が火を吹き、装甲板が音を立てて落ちる。

「おらぁああああああああっっ!!」

 リョウが突進。《クロガネ》状態の拳が、ドローンの胸部コアを叩き潰す。粉砕された電子機器の火花が飛び散るたびに、彼のスーツには焦げ跡が刻まれていった。

「ふーん。頑張るねぇ。でも、まだ届かない」

 ラズの顔は笑っている。だが赤い瞳は、ガンマチームの連携を静観する観測者のそれだった。
 そのとき、通路の東壁が爆ぜた。  金属の扉をねじ伏せるように、別の集団が突入してくる。

「うぉぉぉっ!」

 荒れ狂う闘牛のような大男が怒号と破壊とともにラズを目がけて突進する。

「おいおい。君たちは招待した覚えはないけどね」

 余裕の表情でタウロスの突進を跳躍で避けたラズの前に、金属の拳が見えた。

「もらったっ!」

 しかし、リョウの拳は空を切り、代わりに足下には見覚えのある小型ディスク。

「……残念。今度は僕の番だよ」

 磁力フィールドがリョウを拘束し、膝が床にめり込んだ。周囲の金属片がかすかに振動し、床には螺旋状の痕が浮かぶ。
 まるで重力が渦を巻いてねじれるような音がリョウの背を走り抜け、膝から上へ、臓腑の奥まで重く沈んだ。

「……クソッ! ……またこれかよ……!」

 ラズは笑う。

「選択肢が多ければ多いほど、定義は難しくなる。けれど、君はいつも、“まっすぐ殴る”という選択に戻ってくる」

 跪くリョウを指差し、見下すラズ。

「それって、優しさか? それとも、愚かさかな?」

 ラズは手首の次元圧縮装置から刃物を展開させる。

「想定と対処。君のパターンは、前より読みやすい」

 そこへ、爆風が走った。ラズの背後から、巨大な突進。
 タウロスがディスクごと地面を砕いてラズを弾き飛ばす。

「てめぇの“読み”で止まるほど、オレ様はお利口じゃねえんだよ!」

 壁に叩きつけられたラズが、一瞬だけ、面食らった表情を見せる。
 赤い瞳が細くなる。ほんのわずかに、頬の神経が痙攣する。
 それは──論理の中に混入した“定義不能な乱数”。不快なノイズ。

「……野蛮だね。だが、嫌いじゃないよ。それ」

 タウロスは振り返り、リョウに声を投げる。

「金属だろうがなんだろうが、てめぇの魂まで鈍らせてんじゃねぇ!」

 タウロスの思わぬ言葉に、リョウが驚き、そして笑う。

「考えるな。動け。てめぇは、そうやって命を通す奴じゃないのか?」

「へへっ、確かにそうだ」

 小型ディスクによる高重力から解き放たれたリョウは、確かめるように腕を回す。

「なぜ、ここに来た?」

 〈高周波刀〉を振るうアビゲイルが合流し、周囲を警戒しながらタウロスに尋ねる。

「家族のためだ」

 タウロスの目は一瞬、奥でポイゾナスの毒による延命措置をチラッと見る。
 端末を操作するジャンのモニターに異常なコードが映し出され、その元を辿るとポイゾナスとスプロケットがいた。
 ジャンが駆け寄ってくる。端末で何かを解析しているようだった。指先は冷静に動いているのに、視線はわずかに泳ぐ。

「これは……制御信号か? いや、もっと根っこが違う……」

「思考の形式じゃない。“直感”のような、感応のような……」

 ジャンの中で、既知の知識が崩れかけていた。

「彼女の状態、制御信号が……いや、これは……」

 端末の画面には、幾何学的な模様がノイズのように浮かび上がり、通常の解析アルゴリズムでは処理できない形で変換を続けていた。
 まるで、言語ではなく“意思”そのものが、映像に刻まれているかのようだった。

「ミーラが言ってた。陽名の中にある解除コードを使えば、スプロケットの神経接続が外れるって……」

 あのとき、彼女は確かに言った。

「このコードは、人間が記述したものではない。陽名の“存在そのもの”から生まれた信号」

 ポイゾナスは願うような眼差しでジャンを見る。

「それを通せば、スプロケットの神経同調は、強制解除できる」

 彼らの中で、ミーラの言葉が、いま現実になろうとしていた。

「……嘘だ」ジャンが即答する。

「あの女は何も解除する気なんてなかった」

 ポイゾナスの顔に、微かな苦悶が浮かぶ。

(まただ……また姉に裏切られた)

「でも……スプロケットは……助けなきゃ」

「分かってる」

 ジャンは迷いなく頷く。

「敵だろうが味方だろうが、放っておけないだろ」

 だが、ジャンは心のどこかで気づいていた。
 ミーラが隠していた“何か”が、まだこの中にあることを。

「おそらく、スプロケットの神経伝達は彼女の網膜信号と連動してる。解除には、陽名の視界そのものを……」

 言いかけて、ジャンは唇を噛む。

「いや、やれるさ。任せてくれ」

 祈るようなポイゾナス、必死に解読するジャン、呼吸が浅くなっていくスプロケット。

「……それでも、あたし……また騙されてたのに……信じていいのかな……?」

「信じるってのは、誰かのために“選ぶ”ってことだろ」

 ジャンは一瞬だけ、優しく笑って続けた。

「君はもう、自分で選べてる。十分、強いさ」

 その瞬間、一台のドローンが三人をこうげきしようとする。
 すると、虚空が歪んだ。

「面倒のかけるヤツらだ」

 フェイズの白いナイフがドローンを撃ち落とす。

「フェイズ!」

 驚くポイゾナスに、フェイズは視線を外す。

「やっぱり、オレがいないとダメか」

「もちろんだ。その代わり、あれを頼めるか?」

 ジャンの問いにフェイズは鼻で笑う。

「まさか、政府の人間に頼み事をするとはなぁ。オレも変わったかな?」

 自嘲気味に呟いたフェイズは消える。
 タレット群の後方、ホバードローンの周囲に、奇妙な瞬間移動の残光が走った。

「……やっぱり、来てくれたのね……」

 次々と破壊されるタレットやドローンを見て、ポイゾナスは少し笑う。ジャンも軽く笑い、再び解読に突入する。
 命の灯はまだ、わずかに残っている。

———

──少し離れた回廊の高台。
 そこから、ミーラは静かに全体を観測していた。

「観測核……全ての演算が〈観測対象K-HN01〉を中心に歪んでいく。やはり、この因子は……」

 彼女にとって陽名は人間ではない。観測すべき“因子”であり、予測不能な演算障害を引き起こす存在にすぎなかった。
 ミーラは言葉を返さない。代わりに、わずかに握った拳が震えていた。それでも、視線は逸らせなかった。
 あの少女の存在が、観測よりも先に“心”を動かすことがあるのだと、認めたくはなかった。だが、リクの姿が──そして陽名の輪郭が、かつての誰かを重ねさせる。
 その視線の先にはリクがいた。

「また、狂うのかもしれない」

 彼女の中に残った、かすかな迷いが、制御不能な因子のように揺れていた。
 そう呟く彼女の視線の先に、浮遊する球体──その中で眠る、白い少女の姿。

———

「三対一。君たち卑怯とは思わないかい?」

 両手を広げて語るラズの前に、息を切らすアビゲイル、金属化を必死に維持するリョウ、血を流すタウロス。

 悔しい表情のアビゲイル。「……よく言う……」

 半笑いのリョウ。「差ありすぎだろ……」

 苛立ちを見せるタウロス。「気取り野郎め」

 ラズはその様子を見て笑う。

「希望だの家族だの──定義できない信念ほど、壊すのは簡単だ。頑張っていると思うよ。うんうん。でもね、現実ってやつは厳しい」

 語尾とともに、刹那の瞬間。
 アビゲイルのミライメージをも超えて、ラズの暴力が伸びようとする。

 ──その時だった。地響き。鉄が踏みしめられるような、重く、鈍い音。空気が一瞬、静止したかのように感じた。

 銃火と喧騒の中に、異物のような“沈黙”が落ちる。
 振り返ると、そこに一人の男がいた。片手にぶら下げた義手と旧式大型リボルバー。スキットルから酒を一口飲み、義眼が青白く光る。

「へっ、ヒーローは決まって遅れて到着するんだな……!」

「エージェント・ゼロ……!」

 リョウが叫び、アビゲイルが息を呑む。

「……ったく。またコイツに助けられるのかよ」

 タウロスが不満げに呟くが、その口元にはどこか嬉しそうな色があった。  リク・ロクジョウが、ゆっくりと前に出る。

「周りのザコは頼めるか? こいつはオレに任せろ」

 アビゲイルとリョウは一瞬だけ視線を交わし、即座に頷いた。  タウロスも近くの敵をまとめて破壊する。

──そして、対峙する。ラズとリク。

「いやいや、あれからずいぶん久しぶりだね。だいぶ若返ったみたいだけど、僕のあげたアレは良かったみたいだね」

 鋭い視線のリクに、ラズは語りかける。

「……まさか、君がまだ“人の側”に立っているとはね。僕たちは、もう同じ場所にいないはずだったのに」

 ラズがにやけながら言う。だが、その瞳は赤く、冷たい。
 リクは何も答えない。ただ、陽名に一瞥をくれて、再びラズを睨む。
 それがすべての答えだった。
 一瞬後。義手がうなり、戦闘が始まる。  

──遠く、ジャンの声が響く。

「ポイゾナス、見えた! スプロケットの信号、手がかりはある!」

「ほんとに……!?」

「なんとかする! 絶対助ける!」

 ポイゾナスの目に、ようやく希望の光が戻っていた。

———

──その頃、ミーラはただ一人、観測を続けていた。

「観測因子Δ.H0……ログ記録、継続中」

 観測者は常に外側にいる──そう定義されてきた。
 だが今、彼女の中で、その「外側」が崩れていく音がしていた。

 陽名という因子が、記録ではなく“選択”を迫ってくる。
 ミーラの視線は、ついにその意味を理解し始めていた。

 観測ログに記された数値が、かすかに揺れる。
 微細な補正値。彼女自身が入力した覚えのない、謎のノイズ。

──Δ.H0。観測不能因子。

 その定義不能性が、観測者の座を脅かしていた。
 だがそれ以上に、彼女の中で揺れていたものがあった。

 拳を開く。そこには、記録装置のコアが残っていた。

(私は──いま、何を“記録”しようとしている?)

 その問いかけだけが、ログには残された。

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