Scene.20 -「これは、対話ではない」

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▼オリジナル小説

 トーキョー・シティ地下研究施設。

 Ω装置中枢外郭。

 最後の保守隔壁が開く。

「止まって」

 アビゲイルが右手を上げた。

 後ろ。

 リョウ。

 ジャン。

 陽名。

 四人が同時に足を止める。

 アビゲイルは開いた隔壁の縁から回廊の内側を見た。

 陽名の胸元で。

 五枚のドッグタグが小さく触れ合った。

 正面。

 湾曲した回廊。

 天井。

 壁。

 床。

 通常なら保守設備しか存在しない場所へ複数の砲塔と小型ドローンが展開している。

 ジャンが端末を見る。

【LOCAL SECURITY NODE:ACTIVE】
【CENTRAL CONTROL:OFFLINE】
【EXTERNAL AUTHORITY:EVA】

「この区画だけ生きてます」

「中央統制じゃない?」

「はい」

「局地ノードです」

 アビゲイルの瞳へ。

 淡い白銀。

 《ミライメージ》。

 数秒先。

 右上。

 砲塔が旋回。

 照準。

 発射。

 別の未来。

 アビゲイルが先に走る。

 左壁からドローン。

 別。

 中央へ踏み込む。

 足下のセンサーが反応。

 隔壁閉鎖。

「右上」

 アビゲイルが言った。

「3秒」

「ジャン」

「見えてます」

「リョウ、中央」

「了解!」

「陽名」

「うん」

「私から離れないで」

「わかった」

 リョウが中央へ入り、アビゲイルは陽名をすぐ後ろに置いて右壁沿いへ動く。

 砲塔が回転を始める。

 まだ撃っていない。

 アビゲイルが踏み込む。

 〈高周波刀〉。

 一閃。

 砲身を支えていた駆動軸が切断された。

 砲身が駆動軸から垂れ、砲口が床へ向く。

 その直後。

 発射。

 熱線が床を焼いた。

「一つ!」

 ジャンが別の砲塔へ銃を向ける。

 三発。

 狙うのは露出した制御部。

 一発目。

 装甲。

 二発目。

 センサー。

 三発目。

 駆動系。

 砲塔が停止する。

「二つ」

「来たぞ!」

 リョウの正面。

 ドローン二機。

 《クロガネ》。

 右腕。

 肩。

 黒銀色へ変化。

 一機目。

 拳。

 中央部が潰れる。

 返す腕で二機目を壁へ叩きつける。

「三、四!」

「数える必要あります?」

「気分だよ!」

 ジャンが端末を操作する。

「次、左壁!」

 アビゲイルが振り返る。

 未来。

 新しい射線。

「伏せて!」

 アビゲイルが身を沈めると陽名もその背後でしゃがんだ。

 全員が頭を下げる。

 壁面砲塔の熱線が頭上を抜けた。

 リョウが走る。

「そこか!」

 砲塔基部。

 拳。

 金属がひしゃげる。

 沈黙。

 数秒。

 警告灯だけが赤く回る。

 陽名が顔を上げた。

「終わった?」

「この区画は」

 ジャンが答える。

「でも」

 端末。

【NEXT NODE:ACTIVE】
【DEFENSE LAYER:STANDBY】

「まだあります」

「当然か」

 アビゲイルが〈高周波刀〉を構え直す。

「進む」

 その時。

 正面の隔壁が。

 内側から開いた。

⸻

「ずいぶん早かったね」

 ラズ。

 黒い強化戦闘服。

 赤い髪。

 赤い瞳。

 両手をポケットへ入れたまま。

 一人で歩いてくる。

 アビゲイルが止まる。

「中枢にいたんじゃないの?」

「いたよ」

「君たちが来たから出てきた」

「わざわざ?」

「話したいこともあるし」

 リョウが前へ出る。

「オレらはねぇけどな」

「君はそうだろうね」

 ラズの視線が。

 陽名へ移る。

「でも」

「さっきの答えは良かったよ」

 陽名が首を傾げる。

「名前のこと?」

「そう」

「分かった?」

「少しね」

「全部じゃない?」

「残念ながら」

 陽名は考える。

「じゃあ、まだ考えればいいよ」

 ラズが僅かに笑った。

「簡単に言うね」

「難しいの?」

「僕にはね」

 アビゲイルが二人の間へ入る。

「陽名と話すなら」

「本人が嫌だと言ったら終わり」

「君」

 ラズがアビゲイルを見る。

「僕が何かする前から止めるね」

「あなたが何をするか知っているから」

「未来で?」

「経験で」

「それは手強い」

 ラズの右手がポケットから出た。

 小型ディスク。

「来る!」

 ジャンが叫ぶ。

 ラズが投げる。

 床。

 リョウの足下。

「またかよ!」

【GRAVITY FIELD:ACTIVE】

 空間が沈む。

 リョウの膝が落ちた。

「ぐっ……!」

「君は」

 ラズが言う。

「いろいろ考えたあとでも」

「最後は前へ出る」

「うる……せぇ……!」

「だから読みやすい」

 ラズは一歩近づく。

「でも」

「その選択を何度繰り返しても」

「君は僕の計算から消えない」

 リョウが顔を上げる。

「褒めてんのか?」

「半分くらい」

「じゃあ残り半分!」

 地響き。

 ラズが振り返る。

 横。

 保守扉。

 外側から。

 吹き飛ぶ。

「――!」

 巨大な影。

 肩。

 首。

 背中。

 身体の一部がバイソンを思わせる重量感へ変わっている。

 《ブルホーン》。

 タウロス。

「どけぇっ!」

 突進。

 ラズが横へ跳ぶ。

 だが。

 狙いはラズではない。

 床。

 リョウを拘束している小型ディスク。

 タウロスの踵が。

 叩き潰す。

【GRAVITY FIELD:LOST】

「っしゃ!」

 リョウが立つ。

 腕を回す。

「助かった!」

「立てるなら立て」

 タウロスが短く言う。

「仲間が待ってる」

 リョウが笑う。

「分かりやすくていいな!」

「お前が単純なんだ」

「そっちに言われたくねぇ!」

「……本当に来たか」

 ラズがタウロスを見る。

「君たちも」

「当たり前だ」

 タウロスの返答。

「なぜ?」

 アビゲイルが聞く。

 タウロスは一度だけ後ろを見る。

「家族のためだ」

 それだけ。

 奥の通路。

 複数の足音。

⸻

 ポイゾナス。

 スプロケット。

 ミーラ。

 三人が別経路から合流する。

 スプロケットはタウロスの肩を借りていない。

 自分で歩いている。

 ただ。

 足取りはまだ完全ではない。

 ポイゾナスはスプロケットが立ち止まれる間隔を空けて歩いていた。

 ゴーグル。

 一瞬。

 ノイズ。

「……っ」

 スプロケットが額へ手を当てる。

「スプロケ?」

 タウロスが振り返る。

「平気」

 ポイゾナスがすぐに横へ付く。

「平気って顔じゃない」

「ノイズだけ」

 ジャンが端末を見る。

「通信負荷が急に上がってます」

「外部接続は?」

 ミーラが聞く。

「確認します」

 数秒。

【SPROCKET】
【ACTIVE CONNECTION:NONE】
【RESIDUAL RESPONSE:INCREASED】
【IDENTITY COHERENCE:PARTIAL】

「接続はしてません」

「残留反応だけ上がってる」

 ミーラが頷く。

「現在の事実はそこまで」

 ポイゾナスがスプロケットを見る。

「どうする?」

 スプロケットの指が。

 ゴーグルの側面へ触れる。

「……繋がない」

「今は?」

「今は」

 一拍。

「外の回線はいらない」

 ジャンが即座に端末を操作する。

「分かりました」

「局地通信だけ残します」

「外部ハンドシェイクは全部拒否」

 スプロケットが頷く。

「それでいい」

 自分で。

 ゴーグルの通信設定を切る。

 ノイズ。

 少し減る。

 ポイゾナスが息を吐いた。

「姉さん」

 ミーラを見る。

「数値」

「意識状態に変化なし」

「自己整合PARTIAL」

「生体値は行動継続範囲」

「了解」

 それ以上。

 言葉はない。

 姉妹の間に。

 許したとも。

 戻ったとも。

 何もない。

 ただ。

 同じ現場で。

 同じ一人を見ている。

 スプロケットが顔を上げる。

「タウロス」

「なんだ」

「行って」

「……」

「ぼくは歩ける」

 タウロスは数秒だけ見た。

「分かった」

 前へ戻る。

⸻

 警告。

 頭上。

 新しいドローン。

「上!」

 ポイゾナスが言う。

 照準が。

 スプロケットへ向く。

 ジャンが銃を上げる。

 その前。

 機体が消えた。

 いや。

 違う。

 一瞬。

 横へ弾かれた。

 次の瞬間。

 青白い残光。

 ドローン背面。

 フェイズ。

 投擲ナイフ。

 センサー部へ突き刺す。

「面倒かける」

 もう一跳び。

 消える。

 別の砲塔。

 側面。

 現れる。

 ナイフ。

 駆動ケーブル。

 切断。

「フェイズ!」

 ポイゾナスが呼ぶ。

「聞こえてる」

 また消える。

 ジャンが端末を見る。

「その先、右奥に三基!」

「座標」

「送ります」

「見た場所だけでいい」

「偵察済みですか?」

「さっき全部見た」

「なら行けます」

「一回だけだぞ」

「十分です」

 青白い光。

 フェイズが跳ぶ。

 右奥。

 一基。

 二基。

 三基。

 順番に沈黙。

 戻ってくる。

「終わり」

 ジャンが小さく笑う。

「助かりました」

「礼はいらない」

 フェイズはスプロケットを見る。

「帰る時に道を塞ぐな」

 スプロケットが頷いた。

「分かった」

 フェイズはそれ以上言わない。

 戻った足を止め、壁へ背を預ける。

 逃げ道。

 正面。

 両方を見ている。

⸻

 ラズが周囲を見渡す。

 ガンマ。

 タウロス。

 ポイゾナス。

 スプロケット。

 フェイズ。

 ミーラ。

 陽名。

「増えたなぁ」

 リョウが拳を鳴らす。

「人気者だな」

「望んだ形じゃないけどね」

「最初に集めたのはあなたでしょう」

 アビゲイルが言う。

「最初はね」

 ラズの手。

 小型ディスク。

 二枚。

 床へ。

「今は」

「勝手に選んで来てる」

 起動。

【GRAVITY VECTOR:SHIFT】

 床ではない。

 横。

 身体が引かれる。

「っ!」

 アビゲイル。

 《ミライメージ》。

 未来。

 右へ避ける。

 その先。

 ラズ。

 〈次元圧縮装置〉。

 短い刃。

 首筋。

 別。

 後退。

 背後からドローン。

 別。

 左。

 床の第二ディスク。

 新条件。

(……追加された)

 未来が組み直される。

「リョウ!」

「分かってる!」

 リョウが床へ拳を叩く。

 衝撃。

 ディスクが跳ねる。

 重力方向が一瞬乱れた。

 その隙。

 アビゲイル。

 踏み込む。

 〈高周波刀〉。

 ラズが展開した短刃と接触する。

 火花。

 ラズが手首を返す。

 直接受け続けない。

 すぐ離す。

「やっぱり」

 ラズが言う。

「未来は間違ってない」

「あなたが条件を足してるだけ」

「正解」

「褒めなくていい」

「でも理解が早い」

「あなたを止めるために必要だから」

 背後。

 タウロス。

 《ブルホーン》。

 肩から入る。

 ラズが気づく。

 遅い。

 強化戦闘服。

 腕を交差。

 衝撃。

 身体が浮く。

 壁。

 激突。

「……っ!」

 ラズの息が漏れた。

 床へ着地。

 一度。

 膝をつく。

 赤い瞳。

 タウロス。

 そして。

 リョウ。

「数で来るの?」

「嫌か?」

 リョウが言う。

「別に」

 ラズは立つ。

「合理的だよ」

 口元。

 薄く血。

 指で拭う。

「ただ」

「君たちは本当に同じことをするね」

「仲間を庇う」

「戻る」

「見捨てない」

「効率が落ちても」

「また同じ人間を助ける」

 タウロスが拳を握る。

「悪いか」

「悪いとは言ってない」

 ラズは答える。

「だから読みやすい」

 一拍。

「でも」

 陽名を見る。

「その選択が」

「最後まで計算から消えない」

 アビゲイルが〈高周波刀〉を構える。

「なら」

「計算をやめれば?」

 ラズが笑う。

「それは無理かな」

「でしょうね」

「だから」

 アビゲイルが踏み出す。

「止める」

 リョウ。

 タウロス。

 同時。

 ラズへ向かう。

⸻

 戦闘。

 重力ディスク。

 床。

 壁。

 方向が変わる。

 アビゲイルが先を見る。

 避ける。

 切る。

 リョウが正面から圧力を掛ける。

 ラズはまともに受けない。

 重力方向をずらす。

 体勢を崩す。

 そこへタウロス。

 逃げ道を塞ぐ。

 ラズの〈次元圧縮装置〉から短刃。

 タウロスの肩を浅く切る。

 タウロスは踏み込んだ足へ体重を残した。

 タウロスが止まらない。

「重いな!」

「今さらか!」

 リョウが横から拳。

 ラズ。

 後退。

 アビゲイルの刃。

 さらに後退。

 初めて。

 ラズが三人から距離を取る。

「人数差」

 息を整えながら言う。

「ひどくない?」

「知らねぇよ」

 リョウ。

「戦争に公平とか持ち込むな」

 ラズが少し笑った。

「そこは同意」

 アビゲイルの瞳。

 未来。

 ラズの右手。

 ディスク。

 左。

 壁の局地ノード。

 新しい防衛機。

「ジャン!」

「切ります!」

 ジャン。

 端末。

【LOCAL NODE:INTERRUPT】

 1秒。

 2秒。

 局地ノード。

 停止。

 ラズのディスク一枚。

 応答遅延。

「今!」

 アビゲイル。

 三人。

 前。

 その時。

 床が揺れた。

⸻

 低い。

 重い音。

 一度。

 次。

 金属が潰れる。

 奥の隔壁。

 何かがぶつかった。

 ラズの視線が。

 そちらへ動く。

 アビゲイルも。

 リョウも。

 タウロスも。

 見る。

 隔壁。

 中央。

 凹む。

 もう一度。

 破断。

 煙。

 その奥。

 一人。

 男。

 黒い服。

 左義手。

 左義眼。

 右手。

 大型リボルバー。

 リク・ロクジョウ。

 アビゲイルの呼吸が。

 一瞬だけ止まった。

 先ほど見せられた壁面表示。

【BIOLOGICAL FATHER:RIKU ROKUJO】

 言葉が。

 頭へ戻る。

(父親)

 すぐ。

 押し戻す。

 今は。

 答えを出す時ではない。

「……エージェント・ゼロ」

 アビゲイルが言う。

 リョウの口元が上がった。

「ほらな」

 リクが見る。

「何がだ」

「ヒーローは遅れて来るんだよ」

「うるせぇ」

「本人が否定した!」

 リクは無視する。

 スキットルはポケットに収まっている。

 大型リボルバーを持った右手。

 下げたまま。

 歩く。

⸻

 陽名。

 リクの視線が。

 一瞬。

 止まった。

 少女。

 知らない。

 はず。

 なのに。

 左義手の奥。

 小さな違和感。

 記律の石。

 熱ではない。

 痛みでもない。

(……なんだ)

 陽名も。

 リクを見ている。

 何も言わない。

 五枚のドッグタグ。

 小さく鳴る。

 リクは視線を外した。

 今は。

 目の前。

 ラズ。

「デルタは?」

 アビゲイルが聞く。

「生きてる」

「制御は?」

「切れた」

 短い。

 それだけ。

 ジャンが息を吐く。

「良かった……」

 リクが周囲を見る。

 砲塔。

 ドローン。

 局地ノード。

 そして。

 ラズ。

「周り」

 大型リボルバーを僅かに上げる。

「頼めるか」

 アビゲイルが答える。

「任せて」

 リョウ。

 拳を鳴らす。

「了解」

 タウロスも頷く。

「行け」

 リクが前へ出る。

 ラズ。

 一人。

 向かい合う。

⸻

「やっと」

 ラズが言った。

「また直接会えたね」

 リクは返さない。

「第一の鍵」

 赤い瞳。

 青白い義眼。

「僕のこと」

「どこまで知ってる?」

「興味ねぇ」

「それはちょっと寂しいな」

「お前が俺を呼んだ」

「うん」

「若返らせた」

「結果的にはね」

「デルタも使った」

「必要だった」

「Ω」

 リクの声が低くなる。

「ケイト」

 ラズの表情が。

 ほんの僅かに変わる。

「そこまで来たんだ」

「来たくて来たんじゃねぇ」

「知ってる」

「君はずっと」

「戻らない方を選んでた」

 リクの大型リボルバーが上がる。

「だったら」

「なんで戻った?」

 ラズが問う。

 リクは。

 答えない。

 ケイト。

 黒須。

 左義手。

 デルタ。

 幼い声。

 陽名。

 全部。

 ここへ来るまでに。

 何度も。

 答えを求められた。

 だが。

 今。

 必要なのは。

 言葉ではない。

「リク」

 ラズが続ける。

「僕は君に――」

「話しに来たんじゃねぇ」

 ラズが止まる。

 少し。

 笑う。

「じゃあ?」

 リクの親指が。

 撃鉄を起こす。

「止めに来た」

 銃声。

 ラズの顔。

 横へ。

 弾丸が頬を掠める。

 背後の壁。

 着弾。

 同時。

 ラズの足下から小型ディスクが滑る。

 リクの左義手。

 青白い光。

 ラズの赤い瞳が細くなる。

 二人。

 踏み込んだ。

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