Scene.12b ―「まぶしすぎて、だれも見えなかった」(後編)

スポンサーリンク
▼オリジナル小説

 ラズは満面の笑みで拍手していた。

「よくやってるね、みんな。ボクの演出に応えてくれて嬉しいよ」

「お前!」

 ポイゾナスが歯噛みする。

「安心して、毒女ちゃん。主役は、ちゃんと舞台に立ってる。もう……希望は、君たちの中にあるよ」

 ラズは陽名を指差した。

「――あまりに眩しくて、だれも直視できない。だから、誰も彼女の正体を問えない。それが一番、幸せな物語なんだよ」

 その声は、あくまで穏やかだった。だが、それゆえに寒気を覚える。  陽名にラズが顔を近づける。

「……観客はいらないんだ。これは、誰かに見せるためじゃない」

 廃墟の冷えた空気のなかで、ラズの言葉だけが浮かんだ。

「僕がずっと見たかった未来なんだよ。けど……思ってたより、ずっと眩しかったな」

 少年のような無垢な声で、それでも瞳の奥には、誰にも届かない寂しさがあった。満面の笑みの裏で、ほんのわずかな寂しさが滲んだ。
 ラズは微笑みながら、ふと空に目を向けた。指先を、陽の光にかざしてみる。けれど、掴めない。届かない。まるで、子どもの頃に夢見た“なにか”を、忘れたまま大人になったような感覚。

「ねぇ、EVA。僕って、いつから“見てるだけ”になったんだろうね」

 返答はなかった。
 ただ、彼の目の奥にある“空白”だけが、薄く揺れていた。

(……届かないんだろうな、誰にも)

 誰も返せなかった。空気だけが、ほんの少し揺れた。

「さてさて。ここから僕がもっと盛り上げてやるよ。みんな楽しんでね」

-増援出現/混乱-

 突如、廃ビルの隙間から呻き声が響いた。湿った風が吹くたび、異臭が這い寄る。
 黒ずんだ皮膚、虚ろな瞳、無数の感染者たちが群れをなして現れる。
 さらに機械仕掛けの義体兵〈センチレット〉部隊が、無機質な駆動音を立てながら包囲網を敷いていく。

「物量が違いすぎる……!」

 アビゲイルが歯を食いしばる。

「全員、後方へ!」

 リョウが唾を吐き捨てた。

「ちっ……ちまちま囲んできやがって……!」

-共闘の開始-

 アビゲイルは陽名を見つめた。“守る”と決めたはずなのに胸の奥で、かすかな異物感がざわめく。視線を逸らせない。なのに、見てはいけない気がする。

「……なんだろう、この感じ」

 気づけば皆が陽名の意志に導かれている。言語化できない不安だけが、彼女の胸に残った。

「……おい、金属野郎!」

 タウロスがリョウにスナックを投げた。

「スプロケットが隠してたやつだ。食って、暴れろ」

 受け取ったリョウが、目を見開く。

「これ、オレの好きなやつ……! まさか、お前!」

「……守りたい奴がいる。それだけで戦う理由には十分だろ」

 次の瞬間、リョウが叫ぶ。

「へへっ」

 スナックを一気飲みする。

「変身ッ!! クロガネフォーム!!」

 その身体が、金属の質感を帯びながら変化する。膨張する筋肉。硬質化する皮膚。鉄の叫びのような変異が、空気を揺らす。

 タウロスが笑った。

「よし……ついて来い、金属野郎!」

 咆哮一閃。タウロスの身体は、闘牛の獣形へと変貌する。
 二人の突進は、〈センチレット〉の列を真正面から打ち砕き、感染者をなぎ払った。一方は“守る力”を信じ、もう一方は“壊す力”の意味を探していた。ぶつかり合う拳が、瓦礫を越え、信念すらも打ち砕く音を立てて響いた。

 フェイズがアビゲイルに叫ぶ。

「……オレはもう、あの子の力を疑ってはいない。信じるに足る理由なんて、いまは要らない。今この瞬間、誰かの意思が世界を動かしている。それだけで十分だ」

 アビゲイルは、一瞬だけ迷ったが──頷いた。

「敵は共通だ。……足手まといになるな」

「それはこっちのセリフだっつうの」

 冷や汗をかくジャン、水晶玉を掲げるオラトリオ。

「ボクたちも加勢した方がいいと思うが?」

 ジャンの提案に、視線なきオラトリオは呪詛の言葉を止め、不気味な笑みを浮かべると敵に体を向ける。

 その玉が、陽名の周囲で鈍く曇る。

「……“魔女”にも見えぬのなら、それは……神の領域か」

 オラトリオの水晶玉が、一瞬だけ、薄紅に染まった。その奥に映っていたのは、誰でもない“影”。名前を持たず、形を定めず、ただ世界の外縁を彷徨う存在。
 それは、オラトリオですら見たことのない“ノイズ”だった。

「……名を持たぬ、観測の外側」  

 それは水晶玉の中にのみ存在する、言語すら届かぬ像。像ではない。ただの“揺らぎ”──だが、確かに“視た”のだ。
 オラトリオは理解していた。それは観測されることを拒絶した存在であり、すべての呪いをも跳ね返す、観測者殺しの概念。

「これは……“記録”ではない。これは、“祈り”だ」

 彼はそう呟いた──おそらく、自分のために。

 誰に向けるでもない呟きが、風とともに溶けていった。

-静寂の中の登場者-

 その瞬間──空気が、止まった。風も、音も、重力も、すべてが硬直する。  陽名が、静かに顔を上げた。
 廃墟の奥から、ゆっくりと男が歩いてくる。  義眼に青白い光。背中には無数の傷痕。

──リク・ロクジョウ。

 感染者たちは彼に群がるが、次の瞬間、まるで見えない圧に押し潰されるように沈黙した。
 ジャンの端末が異常を告げる。

【OBS.NODE ERROR : LOG OUT OF SYNC】
観測不能。記録媒体へのアクセスが停止されました。

 ジャンは、一瞬だけフリーズした。計測器に慣れた手が止まり、眼鏡の奥の瞳が揺れる。

(ログが消えた? まるで、最初から……存在していなかったように……?)

 理解が追いつかない現象に、観測者としての本能が警鐘を鳴らした。
 その姿には、誰もが“どこかで見た記憶”を重ねそうになった。だが、誰も思い出せなかった。
 ただ、陽名だけが彼を知っていた。

「……まさか……」

 アビゲイルが声を呑む。リクは誰にも目もくれず、ただ陽名の方へと歩く。その姿に、誰もが言葉を失った。
 足を踏み出すたびに、古い記憶が呼び起こされる。瓦礫の向こうで、誰かが自分を見ていた。荒野の炎の中で、微笑んでいた誰か。手を差し出すのではなく、ただ、そこにいてくれた存在。

(……ケイト)

 名を呼ぶことはなかったが、その面影が陽名に重なる。
 そして陽名だけが微笑んだ。
 風が、彼女の髪をそっと揺らした。 その微笑は、嬉しさでも、懐かしさでもなかった。
 ただ、“ここにいる”という証を、誰かに伝えたかっただけ。

(あなたが、見つけてくれるなら……)

 言葉にはしなかったが、彼女の眼差しがそう告げていた。
 誰かに“名を与えられた”こと。
 それは、彼女のすべてだった。
 その微笑みは誰にも届かないまま宙に溶けた。それは、敵でも味方でもない、誰にも見せたことのない笑み。
 だがリクにはその微笑が、かつて誰かが向けてくれた“救い”のように見えた。

 リョウがサングラス越しからぽつりと吐き出した。

「……まぶしすぎて、なにも見えねぇな」

 アビゲイルは、その言葉の意味を考えていた。 光は、本来、目印であるはずなのに。まぶしさは、視界を奪う。
 そして彼女もまた、あの少女の何を守るべきか、見失いかけていた。

(あれが、“意思”なの? それとも……)

 気づけば、拳を握っていた。 “守る”という言葉は、あまりに無力だった。

-終幕:ラズとEVA-

 ホログラムの中で、ラズがゆっくりと指を鳴らした。

「……だいたい、予定通り。綺麗に動いたね」

 ひと言ひと言を噛みしめるように、満足げに笑う。

「あとは、君だけか。どうしても“触れさせて”くれない」

 その“君”が誰かは、映像に映らない者だけが知っている。背後で、EVAの無機質な音声が淡々と続いた。

【EVA──「観測ノード Δ.H1 に不安定性を検知。未確定因子、再接近中。観測補正値 ±22.4 %」】

【[EVA SYSTEM]】
【デルタチーム再起動フェイズ、移行準備完了】
【対象確認。次戦域:最深層区画、アクセス承認】

 ラズは報告を聞き流すように目を細め、

「まあ、いいさ。想定外は、進化の発火点だからね」

 その光は、誰にも記録されず、誰にも語られることはなかった。
 どの観測ノードも反応せず、ログは白紙のままだった。ミーラの端末にすら、何も記されていない。けれど、確かに“何か”があったのだ。
 静かすぎるほどの空白。それは喪失ではなく、選択された無音。
 言葉にせず、形にせず、──ただ、そこに“あった”という痕跡だけが、風に残された。
 だが、確かにそこに“いた”。
 まぶしすぎたのではない。ただ、誰も、見ようとしなかったのだ。端末の光がフェードアウトし、戦場は静寂に沈む。

──誰も、陽名を直視できなかった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました