火花が弾け、床を砕いた拳が空気を裂く。
リク・ロクジョウの動きは、まるで光そのものだった。
かつて“全盛”と謳われた男。だが今、その彼自身すらも超えていた。
放たれる銃弾の精度、義手から繰り出される衝撃、そして《ゼロポイント》を軸にした冷徹かつ完璧な制御。
肉体の強化、反応速度、先読み。すべてが、ラズを凌駕していた。
(……進化って、あんたの言葉じゃなかったか、ケイト)
「……はは。いやぁ、これはまいったな」
ラズは、どこか愉快そうに笑いながら両手の次元圧縮装置を起動。
手元から、無数の拳銃がパラパラと落ちるように現れる。
「スペシャルワゴンセールだ。全部、あんた用だよ」
瞬間、すべての銃口がリクを狙い、一斉に火を噴いた。 だが……
「無駄だ」
リクは左手の義手をわずかに掲げただけだった。
手のひらが描いた軌道が、全弾の軌跡を撥ね返す。
ラズは一拍、頬を引きつらせた。
「じゃあ、シェフの渾身一太刀はいかが?」
次の瞬間、ラズは突進。
右手から現れた剣を閃かせ、一気に間合いを詰める。
だが、リクの目はすでにそれを“見ていた”。
旧式の大型リボルバーが火を噴き、視界を焼く閃光がラズの突撃を止める。
「くっ──!」
ラズがその場で防御に移るが、間に合わない。
視界が閉じたその刹那、リクの義手が弧を描き、顔面へと叩き込まれる。
鈍い衝撃音と共に、ラズの身体が吹き飛び、壁へ激突し、破片を撒き散らす。
──だが、リクの左腕にも異常な放電が走っていた。
筋肉が軋み、義手の接続部がわずかに音を立てる。生身の右目からは、血の涙が一筋、頬を伝う。
「……限界は……近いか」
視線を落とす。 放電する義手の表面に、かすかに《クロス・レガシー》の紋様が浮かび上がっていた。
「いやぁ、もうちょい優しくしてくれりゃいいのに……」
ラズが瓦礫を払いながら立ち上がった。
唇の端が切れ、笑っているのか苦しんでいるのか、判別しがたい。
「まったく……子供相手に手加減ってもんを知らないな……ホント、大人気ないな……」
言葉とは裏腹に、その目の奥には“焦り”が滲んでいた。
ラズは足元の重力制御ブーツを起動。身体が軽く浮き、天井へと吸い寄せられるように跳躍する。
「天井走りって、ロマンあるよなぁ」
つま先を地面となった天井でコンコンと鳴らす。
「それじゃ、これでフィナーレいっとこうか!」
ラズが空中で両手を広げる。
次元圧縮装置が唸り、そこから現れたのは──旧時代のロケットランチャー〈RPG〉。
空気が火薬と油の混じった匂いに満ち、リクの義眼が熱量の上昇を警告する。
「なんと本日限定、時代錯誤の超火力でございます!」
だが、リクは動かない。むしろ、わずかに顔を伏せ──微かに笑んだ。
(……ケイト)
義眼とリンクした意識は、すでにラズの動きを数手先まで読んでいた。 だがその先で、思考の一部が彼女へと向かう。
この義手と義眼を受け取った時、誰よりも笑ってくれた人。世界でただ一人、あの技術を「奇跡」だと信じた瞳。
(……もう、ちょっとだけ……見ててくれ)
一瞬、右目を閉じたリクが見たケイトの笑顔。
(奇跡なんかじゃない。あんたがそう信じてくれたから、俺は進めた)
ラズがロケット弾を放った瞬間、
(……終わらせるのは、あいつじゃない)
リクのリボルバーが炸裂する。
(誰かに選ばれるんじゃない。……選び返すんだ、俺の意思で)
弾丸は、ロケット弾の弾頭を正確に撃ち抜く。
爆発。天井を突き破る光と爆風が交錯し、衝撃が空間を歪めた。
「っ、あ──がっ!」
重力制御が崩れ、ラズが地面に叩きつけられる。
その残光の向こうに、笑うケイトの面影が重なる気がした。
(……分かっている。ここが今の俺が望んでいた選択だ)
ナノマシンが奔流のように彼の傷口を修復しようとするが、その勢いすら追いつかない。
「……やっぱり君か」
リクは歩を進めながら、義手から漂う放電を抑えた。
「始まりにして終わりに、相応しい」
ラズは咳き込み、血を吐きながら、それでも笑った。
それは、勝者に向ける笑みではなかった。
「ケイト……あの約束は……」
リクが銃口を、彼の額に向けた。
──だが。
「あ~あ。感傷的になるなんてねぇ……君らしくないよ」
完全に終わったはずのラズの背中。戦闘服の装置が、自動展開を開始する。
「ざーんねん。僕は君と違って現実主義者なんだ」
内部から溢れ出した光が、リクの義眼に反射する。
中央にはあの球体が、あった。
-Ω計画、起動-
「……なにっ!」
リクの全身から蒸気のような気流が立ち上った。
一瞬にして、力が抜けていく感覚。
「エージェント・ゼロッ!?」
離れた場所で戦うアビゲイルの声が届くより早く、《ゼロポイント》が暴走を始めた。
-《ゼロポイント》暴走:領域浸蝕開始-
爆音と共に、世界が“吸い込まれて”いく。リクの膝が折れ、床に片手をつく。
金属製の床がひび割れ、中心から青白いエネルギーの渦が噴き出す。 《ゼロポイント》暴走。その余波は、ただの破壊ではなかった。
「力が……?」
アビゲイルの手から高周波刀が滑り落ち、白い指が床に触れ、
「カ、カロリーが……っ!」
リョウの全身を覆っていた金属の皮膚が、ゆっくりと解かれ、
「……どうなってやがる……?……体が……!」
タウロスの獣化が解除され、呻き声をあげて膝をつく。
三人は何が起きたか理解できず、ただその場で動けずにいた。
-仮想領域干渉:ジャン・ポイゾナス・スプロケット-
「っ……演算速度が……落ちてる……!」
ジャンの声が乱れ、端末に浮かぶ仮想ウィンドウがノイズ混じりに崩れる。
額には冷や汗。震える指で接続を維持しようとするが──スプロケットの仮想空間は、闇に沈んでいた。
「たすけて……だれか……」
少女の声。途切れかけた幻影の中で、手が伸びる。
「まだだ……あきらめるな、スプロケット。君は“観測”されてる、今も……!」
「くそっ、引き上げろ、今だ!」
ジャンは最後の出力を振り絞るが、その瞬間に接続は遮断された。
「……スプロケット……!」
ポイゾナスが膝をつく。毒素処理が限界を超え、血流を逆走しはじめている。
異常な静寂が訪れたあと──スプロケットの心拍が、ゼロを示した。
-EVA中枢/ミーラ観測室-
「《ゼロポイント》暴走確認。観測データ、脱落……」
ケイトを模したホログラムが揺らぎ、EVAの声が掠れる。
「予備電源へ切り替え。観測継続不能、演算停止中──」
突如として光と音を失った空間。
「……違う違う。まだ、観測は終わっていない。ええ、そのはずよ」
ミーラは冷静さを欠いた様子で、手元の端末を乱暴に叩いていた。
「あと一歩……まだ、まだよ。もう少し……私ならやれる」
でも、心のどこかで──それはもう“観測”ではなく、“祈り”に近かった。
-外周戦闘ライン:フェイズ-
砲台の自動掃討に成功したフェイズが、回避機動で跳躍する──その瞬間、暴走したゼロポイント領域に触れてしまう。
「っ……なん……」
一瞬の光。
次に彼が立っていたのは、どこか懐かしい夕暮れの街角だった。
「……おいおい。ここって……あのポストカードのとこかよ」
薄く笑い、すぐに視線を鋭くする。
「ふん……笑えねえ」
フェイズは誰もいないその場所で、“家族”の姿を思い出していた。
次の瞬間、彼は己の意思で視界外転移を試みる。
-静止する戦場:沈黙-

静寂が降りる。
リクは膝をついたまま、呼吸を荒げていた。
アビゲイルは床に片手をつき、動けない。
リョウもタウロスも崩れたまま、立ち上がれない。
ポイゾナスはスプロケットを抱えて声を失っている。
ジャンは端末の前で仮想ウィンドウを呆然と見つめていた。
ミーラは暗転したモニターに拳を叩き、冷静さを失っていた。
EVAはホログラムの点滅だけを残して沈黙していた。
──誰も、動けなかった。ただ、一人だけを除いて。
《ゼロポイント》から溢れ出したエネルギーが、逆流するように彼の体を満たし、細胞を再構築していく。
-主演男優の登場-
「ふう……いやはや。やっぱり僕が主役だよね? そう思わない?」
ラズが立ち上がった。
《ゼロポイント》の暴走を利用し、エネルギーを吸収して再生した身体。
それはリクとの同調によって得た力。まさに“完全形”。
「君を超えるには、君の力が必要だった」
ホフマンが君の遺伝子をベースにしたのは意味が分かったよ。
「それにしても……」
ラズは口元に笑みを浮かべながら、リクの耳元でささやく。
「皮肉だね。君の愛した女性の遺伝子が目の前にいるなんて……」
指先が、アビゲイルを差す。
「さあ、次の舞台に上がるのは──君だよ」
-覚醒と未来視-
(このままじゃ……だめだ。何かが、何かが足りない──)
〈高周波刀〉は動かず、やたら重さを感じる。それでも、アビゲイルは諦めようとしない。
(でも……あの時と同じ声が……)
その瞬間、アビゲイルの瞳が、わずかに揺れた。
(……未来が、見えた)
そこには、陽名の姿があった。
夕暮れの中で微笑みながら、優しくこう言っていた。
『だいじょうぶ。まだ、ここにいるよ』
アビゲイルの呼吸が整う。視界がひらける。
時間が再び動き出した。
すべてを見通す視点、すべての未来の枝──その中で、ただ一つの“正解”が浮かび上がる。
──あらゆる未来が、交差するその中心に。
彼女の目が、答えを映していた。
EVA──「観測再構築中……」
──少女の姿を、“未来”を、もう一度観測します。


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