【>JW-02|μR:ci,bx-all#play】
ドーム都市〈トーキョー・シティ〉。
天井一面に敷き詰められたパネルが、雲ひとつない淡い青を映し出している。
人工の陽光は規定値どおりの照度でビル群の外壁をなぞり、通りのガラス面を滑っては舗道の白線へ薄く広がる。
空調網は間断なく稼働し、温度は22度、湿度は45%付近で保たれていた。
生活のために整えられた環境だけが、変わらず動き続けている。
誰もいない街は、正常すぎた。
「もう一度確認する」
マナイア・ケアは展開した車両の前で立ち止まり、全員を見渡した。
重装戦術車両〈WC-ATV01〉の装甲が、人工光を受けて鈍く光っている。
その横では、軽機動偵察車両〈WC-RSV01〉のエンジンが低く鳴っていた。
マナイアの葉巻には、まだ火が入っていない。
「スカウトは偵察。ギークは高所に入って監視とドローン展開。ボンバードは爆薬、ブッチャーは応急処置、メカニックは運転だ。――問題ないか?」
デルロイ・ブラッドショーは工具袋のジッパーを一度開け、閉め直した。
「整備は万全だ。どこまでだって走れる。タイヤ、足回り、ブレーキ、全部チェック済みだ」
「爆破なら任せろ。一発で吹っ飛ばせるぜ!」
ファイシル・シャリフが肩の爆薬バッグを軽く叩いた。
「うん。いい音だ。ガハハ! 街のど真ん中はさすがに遠慮したいがな」
ジョイ・チャンが小さく咳払いする。
「市街地での爆破は最小限。状況と被害規模を評価してから」
ジョイは赤十字のポーチを押さえ、都市の奥へ視線を向けた。
マナイアは葉巻を噛み直す。
「そんじゃ、お前ら行くぞ。デルロイ、運転だ」
短い合図で車両が動き出した。
軽機動偵察車両〈WC-RSV01〉が先に飛び出す。
キャメロン・アン・ステュディがハンドルを握り、後部にはアレクセイ・ハベンスキーが乗っている。
後方から、デルロイの運転する重装戦術車両〈WC-ATV01〉が追随する。

人工空の下、都市は正常な動作を続けていた。
信号は規則正しく切り替わる。
自販機は低く振動している。
遠くではエレベーターが昇降を繰り返していた。
音はある。
だが、人の足音だけがない。
会話もない。
クラクションもない。
子どもの笑い声もない。
都市から、人間だけが抜け落ちている。
キャメロンは光学迷彩を起動した。
輪郭が周囲の景色へ溶けていく。
(……やけに静か。怪しさ満点ね……)
舗道には薄い足跡が残っていた。
倒れたカゴから果物が転がっている。
ペットボトルが路肩に残されていた。
人が慌てて動いた痕跡はある。
だが、都市全体を破壊したような形跡はない。
「こちらスカウト。市街の第一観測点、異常なし……人影なし。物的痕跡は散発、広域性は薄い。報告するほどの系統立った破壊は見えない」
「了解」
マナイアの短い返答が通信から返る。
キャメロンはさらに中枢方面へ進んだ。
途中、高層ビルの監視地点近くで〈WC-RSV01〉を止める。
アレクセイが後部から降りた。
「じゃ、上は任せた」
「下で迷子になるなよ」
「誰に言ってるの?」
キャメロンは再びアクセルを開き、そのまま先行する。
アレクセイは高層ビルのサービス用パネルへ端末を接続した。
ドアのロックが抵抗を示す。
「こんなに静かなトーキョーは初めてだな。……いや、前から静かだったか。俺にはいつも騒がしかったが」
ロックが外れた。
アレクセイは屋上へ出る。
狙撃位置を確保し、小型ドローンの起動準備へ入った。
「こちらギーク。上を取った。ドローン展開、上空マッピング開始。……隊長、視界はクリアだが、クリアすぎる」
小型ドローンが人工空へ上昇する。
送られてくる映像には、規則正しく並んだ車線と交差点が映っていた。
停止線の前には無人の車が残されている。
信号だけが決められた周期で変わり続けていた。
(誰かが作ったゲームのような街並みだな。なんだか気持ち悪いぜ)
アレクセイはモニターから一度目を離した。
重装戦術車両〈WC-ATV01〉では、デルロイが速度計と油温計を確認していた。
ファイシルは膝の上で小型起爆装置を点検している。
ジョイは窓の外を見続けていた。
「隊長! あれを」
ジョイが前方を指差した。
舗道に濃い染みが広がっている。
「デルロイ、止めろ」
重装戦術車両〈WC-ATV01〉が減速し、街角で停止した。
「ファイシル、ジョイ。俺と降りる。デルロイは車内待機。エンジンはかけたままだ。周囲は目視とレーダー、両方で見ろ」
「了解」
ドアが開く。
マナイア、ファイシル、ジョイが車外へ出た。
舗道の端では、ビルの外壁に不自然な亀裂が走っている。
ファイシルが足を止めた。
亀裂へ指を這わせ、破砕方向を確認する。
眉がわずかに寄った。
「……爆破じゃねえな。中から暴れてる」
ファイシルは周囲を見回す。
そのまま車両と路地の中間へ位置を取った。
ジョイは血痕の前へ膝をついた。

手袋越しに試験紙を押し当てる。
乾きかけている血液には、不自然な粘りが残っていた。
「……凝固異常。時間経過に対して粘度が高い。……体外での変化速度が遅延している?」
「化学的要因か?」
マナイアが問う。
「不明。サンプルを持ち帰れば解析はできるけど、今は断定できない」
「市民の可能性はあるか?」
「ある。ただ、ケガしている可能性大」
「そっか。そいつは放っておけねぇな」
マナイアが周囲へ視線を向ける。
運転席のデルロイが、仕方ないというように小さく息を吐いた。
「周囲を確認する。市民を見つけたら、すぐ通信を入れろ。いいな?」
ファイシルの笑みが消えた。
ショットガンを構え直す。
ジョイもMP5サブマシンガンを確認した。
二人は周囲へ散開する。
ジョイは歩調を落とし、周囲の音へ意識を向けていた。
その時、視界の端を影が走った。
ジョイがすぐに反応する。
人間に近い大きさ。
人間に近い動き。
「……生存者の可能性。追跡する」
ジョイは通信を入れ、路地へ向かう。
「待て。位置データを送れ」
マナイアの声が返った。
ジョイは足を止めずに端末を確認する。
「送信開始」
「追跡を許可する。無理はするな。位置データは常時送信だ」
「了解」
ジョイは路地へ入った。
背中の赤十字が角を曲がり、見えなくなる。

路地の奥には人工空の光が届きにくい。
ビルの間を空調の風が抜け、空き缶が転がった。
視界の先を、再び小柄な影が横切る。
「止まれ。こちら医療支援。負傷しているなら、手当ができる」
返事はない。
ジョイは速度を上げた。
救助対象である可能性が残っている。
それだけで、追う理由としては十分だった。
一方、重装戦術車両〈WC-ATV01〉では、マナイアが車内へ戻っていた。
デルロイは前方を見たまま口を開く。
「隊長……この任務、におうな」
「何がだ?」
「車も都市も、動作は綺麗すぎる。人間がいないこと以外、ノイズがない」
デルロイは計器へ目を走らせる。
「整備士の観点だが、“不具合のなさ”が不具合ってこともある」
マナイアは葉巻を噛み直した。
「……ああ。俺も感じてる」
通信機からジョイの呼吸音が流れてくる。
走っている。
「ブッチャー、状況を逐次報告しろ。対象の大きさ、歩容、方向、残置物……何でもいい」
「了解」
アレクセイのモニターには、高所から見た都市の輪郭が映し出されていた。
照準を動かしながら、道路と建物の間を確認する。
「……隊長。上から見える限り、群衆の形成はなし。熱源は排気系統、機械室、路面や建物からの反射だけだ。人間の温度が、ない」
「了解」
キャメロンは中枢タワーの外縁まで進んでいた。
壁面のメンテナンスパネルを確認していく。
「タワー外周、入口は複数。だが、どれも“人間の都合”で開く気配がない」
キャメロンが端末表示を見る。
「AI管理側の優先順位が変わってるかも」
「――だろうな」
人工空はどこまでも青かった。
その整いすぎた青さが、人気のない街ではかえって不自然に見える。
都市は壊れていない。
都市は動いている。
だからこそ、おかしい。
マナイアはフロントガラス越しに中枢タワーを見た。
今回の任務目的を頭の中で確認する。
要人ミーラの救出。
コア・データの回収。
どちらも中枢へ進まなければ達成できない。
「デル、エンジン回転を維持。すぐに動けるように」
「了解。……隊長」
「なんだ」
「戻ってきたら、あの改造プラン。特別に見せてやる。きっと満足するぞ」
マナイアが片方の口角を上げた。
「ほう、どんなモンか見てやる。――必ずな」
通信機から、ジョイの足音が止まる音がした。
「視認ロスト。曲がり角の先に進入。……足跡は、細い」
マナイアは葉巻を指で回す。
「記録継続。いいか、ブッチャー……」
そこで言葉を切った。
デルロイが低く呟く。
「隊長、やっぱりにおうな」
「……ああ」
マナイアは初めて葉巻に火を点けた。
小さな火が先端に灯る。
煙を一度吐き、中枢タワーの根元へ視線を向けた。
それぞれの通信は、まだ繋がっている。
六人はそれぞれの位置で任務を続けていた。
【<JW-02|μR#stop】
【>JW-02.ANL|μR#open】
動いている都市/動いていない人間。
稼働の律動と、生体の欠落。
観測は乖離の計測へと移行する。
先行する者、屋上に陣取る者、車を降りる者、影を追う者。
切断はすでに始まっている。
通信が線で、呼吸が点だ。
点は減少に向かう。
線は、やがて途切れる。
私は記録する。
有用性の指標がゼロ点へ収束する、その過程を。
【<JW-02.ANL|μR#close】


コメント