Scene.16a -「君の目に、答えを映して」(前編)

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▼オリジナル小説

 トーキョー・シティ地下。

 南東保守通路。

 アビゲイル・エイミー・アームストロングを先頭に、ガンマチームは〈レイヴン〉との合流地点へ向かっていた。

 後方ではリョウが来た道を警戒している。

 ジャン=ジャック・ジャカールは端末を持ち、その間を陽名が歩いていた。

 陽名の胸元では、五枚のドッグタグが歩くたびに小さく触れ合っている。

 デルロイ。

 ファイシル。

 キャメロン。

 アレクセイ。

 ジョイ。

 マナイアから預かった五つの名前。

 アビゲイルは音を聞いた。

 振り返らない。

 マナイアの生体信号が途絶えてから、まだそれほど時間は経っていない。

 それでも。

 止まることは選ばなかった。

 後ろから届く足音を確かめ、次の曲がり角へ視線を移す。

「ジャン」

「はい」

「〈レイヴン〉まで?」

「このままなら5分以内です」

 ジャンが端末を見る。

「ただ、局地ノードの判断が一定じゃありません。隔壁が切り替わる可能性があります」

「迂回候補を維持」

「了解」

 リョウが後方を確認する。

「追っ手は?」

「今のところなし」

「なら急ごうぜ」

 アビゲイルが頷く。

 その瞬間。

 ジャンの端末が短く鳴った。

【EXTERNAL ACCESS】
【SOURCE:UNRESOLVED】

「……ん?」

 ジャンの指が止まる。

「どうした?」

 リョウが聞く。

「外部アクセスです」

「ラズか?」

「まだ分かりません」

 ジャンが接続先を追う。

 画面を確かめるために歩幅が狭まった。

 中央ネットワークは〈セントリオ〉停止によって分断されている。

 都市全域から自由に侵入できる状態ではない。

 それでも。

 この局地ノードだけに、外部から一本の経路が通っている。

【AUTHORITY STRING:EVA】

「EVA……」

 ジャンが呟く。

「知ってる?」

 アビゲイルが聞く。

「いいえ」

 即答。

「送信者名か、権限名か、それすら分かりません」

 ジャンは《エイドメモリア》で既知記録を検索したが、該当する記録を示さなかった。

「少なくとも、ボクが取得した政府系プロトコルにはありません」

 次の表示。

【LOCAL NODE:OVERRIDE】

「来ます」

 ジャンが顔を上げた。

 前方。

 閉鎖されていた保守扉が動く。

 重い金属音。

 扉が左右へ開いた。

 アビゲイルが〈高周波刀〉へ手を掛ける。

「リョウ、前」

「了解」

「ジャン、陽名の近くへ」

「はい」

 リョウが陽名の横を抜けて前へ出る。

 空いた位置へジャンが寄った。

 陽名がアビゲイルを見る。

「また戦うの?」

「まだ分からない」

 アビゲイルは扉を見る。

「だから、まず見る」

 開いた通路。

 一人の男が歩いてくる。

 黒い強化戦闘服。

 赤く走る神経線状の発光ライン。

 赤い髪。

 赤い瞳。

 淡い青色の肌。

 ラズ。

 これまで画面越しで見ていた男が、初めて同じ場所へ立った。

 ラズは数メートル手前で止まった。

「やあ」

 軽く片手を上げる。

「直接会うのは初めてだね」

「ラズ」

 アビゲイルが呼ぶ。

「覚えててくれた」

「目的は?」

「早いなぁ」

「答えて」

 ラズは少し笑う。

「君に会いに来た」

 アビゲイルの表情は変わらない。

「私に?」

「そう」

 ラズの視線がリョウ。

 ジャン。

 陽名。

 再びアビゲイルへ戻る。

「ようやく主役の一人と直接話せる」

「こっちは話す気ねぇけどな」

 リョウが前へ出る。

 両腕の皮膚が黒銀へ変わり始める。

 《クロガネ》。

「リョウ」

「分かってる」

 リョウは両足を止め、拳を構えたまま待った。

 ラズが感心したように眉を上げる。

「ちゃんと待てるんだ」

「一言多いんだよ、お前」

「よく言われる」

 ラズの右手が動いた。

 小さな円盤。

 リョウの足元へ向けて床を滑る。

「リョウ、離れて!」

 アビゲイルの声。

 だが。

 小型ディスクが先に展開した。

【GRAVITY FIELD:ACTIVE】

「ぐっ……!」

 リョウの身体が沈む。

 膝が床へつく。

「重っ……!」

 《クロガネ》で硬化した腕が床へ押しつけられる。

「出力型には分かりやすい対策が一番なんだ」

 ラズが言う。

「力を増やせば、その身体を支える負荷も増える」

「てめぇ……!」

「無理に立たない方がいい」

「言われると立ちたくなるんだよ!」

「そういうところは嫌いじゃないよ」

「ジャン」

 アビゲイルが呼ぶ。

「解除を」

「やってます!」

 ジャンの端末へ指が走る。

 重力ディスクの制御信号。

 局地ノード。

 外部通信。

 探す。

 その瞬間。

【ACCESS DENIED】
【COUNTER INTRUSION:DETECTED】

「……逆に来た」

 ジャンが接続を切る。

 直後。

 天井側の保守ダクトが開いた。

 一機の小型防衛ドローン。

 今ここまで飛んできた音はなかった。

 先にダクトへ収められていた機体だ。

 照準がジャンへ向く。

「ジャン」

「見えてます」

 ジャンはカスタム拳銃へ手を伸ばさない。

 動けばドローンが撃つ。

 ジャンは手を端末に留め、ドローンの照準と距離を確かめた。

「都市全体は落ちたはずなんですけどね」

「全体はね」

 ラズが答える。

「一つの街を全部使えなくなっても、必要な舞台だけ残しておけばいい」

「EVA?」

 ジャンが聞く。

「そう」

「さっきの名前」

「僕の共同実行者」

「AI?」

 ラズが少しだけ考える。

「その説明だと、だいぶ足りない」

「じゃあ何です?」

「本人に聞いてよ」

「今います?」

「聞いてるよ」

 ジャンの端末へ新しい表示。

【EVA:LOCAL SUPPORT ACTIVE】

 それだけ。

 音声はない。

 ジャンが画面を見る。

「……なるほど」

「何が?」

 ラズが聞く。

「あなた一人でここまでやってるわけじゃない」

 ラズが笑った。

「正解」

「なら」

 アビゲイルが〈高周波刀〉を抜く。

「あなたを止めればいい」

 低い振動音。

 ラズがアビゲイルを見る。

「そう来るよね」

 《ミライメージ》。

 アビゲイルの瞳が淡い白銀へ変わる。

 数秒先。

 複数の残像。

 正面。

 左。

 右。

 ラズの位置。

 腕。

 重心。

 退路。

 攻撃軌道。

 三つの未来。

 右から入る。

 一つ。

 刃が届く。

 選ぶ。

 アビゲイルが踏み込んだ。

 呼吸。

 重心。

 エリノアから叩き込まれた身体操作。

 軍学校で磨いた実戦歩法。

 《ミライメージ》で得た未来へ刃の軌道を重ねる。

 2074年以降、そうして〈高周波刀〉を組み合わせてきた。

 刃がラズへ届く。

 そのはずだった。

 壁面。

 赤い点灯。

 アビゲイルの視界が一瞬で再分岐した。

(新しい条件――)

 二枚目の小型ディスク。

 先ほどまで視界の外にあった壁面へ取り付けられている。

【GRAVITY VECTOR:SHIFT】

 身体が横へ引かれる。

 アビゲイルは斬撃を中断。

 足を滑らせない。

 腰を落とす。

 左へ流す。

 未来が変わる。

 すぐに次を見る。

 ラズへ届く未来。

 なくなってはいない。

 ただ。

 さっきとは別の経路になった。

 アビゲイルは追わない。

 横へ引かれる力を逃がし、距離を取る。

 足裏が安定してから切っ先をラズへ戻した。

「……」

 ラズが少し楽しそうに目を細めた。

「いいね」

「何が?」

「未来が外れたのに、能力を疑わなかった」

「外れていない」

 アビゲイルが答える。

「条件が増えた」

「そう」

 ラズが頷く。

「君の眼はちゃんと見えてる」

 指を一本立てる。

「でも未来って、見た瞬間に固定されるものじゃない」

「新しい情報が入れば」

「また分岐する」

 アビゲイルが続ける。

 ラズが笑う。

「話が早い」

「だから?」

「僕は君の《ミライメージ》を無意味だとは思ってない」

 ラズが少し間合いを取る。

「むしろ厄介だよ」

「それで罠を?」

「未来そのものは止められないからね」

「なら、君が選んだ後で条件を足す」

「随分と回りくどい」

「正面から斬られるより安い」

 リョウが床から声を上げる。

「聞こえてんぞ!」

「聞かせてるよ」

「この野郎……!」

 ラズは楽しそうに笑った。

 アビゲイルは構えを崩さない。

 その刃を。

 ラズが見る。

「それも懐かしいな」

「何?」

「〈高周波刀〉」

 アビゲイルの眉が僅かに動く。

「黒須蔵人が設計」

「ヘンリック・ホフマンが製作」

 ラズは刃へ近づかない。

「クロス・レガシーから派生した兵装の一つ」

 ジャンが反応する。

「……知ってるんですか」

「知ってるよ」

「どこで?」

「原型を見たから」

 アビゲイルの刃先が動かない。

「私は由来を知らされていない」

「世界政府って、便利なところだけ使うの上手だよね」

「話を逸らさないで」

「逸らしてない」

 ラズがアビゲイルを見る。

「むしろ、ここからが本題」

 笑みが少し薄くなる。

「未来ばかり見てる君に」

 通路脇の壁面モニターが点灯する。

「今日は過去の答えを映してあげるよ」

 アビゲイルの目が画面へ動く。

【CROSS LEGACY ARCHIVE】
【SUBJECT:CATE CROSS】

 一人の女性の記録。

 ケイト・クロス。

 画面には研究分野として遺伝子工学とネクス理論が並ぶ。

 黒須蔵人の基礎理論を引き継いで体系化した人物と記されていた。

「ケイト・クロス」

 ラズが名前を口にする。

 アビゲイルは画面を見る。

「知らない」

「そうだろうね」

 次の表示。

【ABIGAIL AMY ARMSTRONG】
【GENETIC RECORD:CROSS-CHECK】

 アビゲイルの目が細くなる。

「何をしている」

「比較」

「私のデータをどこから」

「超人兵士計画」

 ラズが答える。

「能力発現前後の検査で、君はかなり詳しい生体情報を残してる」

 画面。

 二つの遺伝記録。

 ケイト。

 アビゲイル。

 重なる部分が表示される。

【MATERNAL LINE:MATCH CONFIRMED】

 アビゲイルの呼吸が一度だけ止まった。

 刀の柄を握る手を保ち、もう一度表示を読む。

 ラズが言う。

「ケイト・クロス」

 一拍。

「君の生物学上の母親だ」

「違う」

 即答だった。

 声も揺れない。

「私の母はエリノア・アームストロングだ」

「うん」

 ラズは否定しなかった。

 その反応の方が。

 アビゲイルには不快だった。

「エドワード・アームストロングが父」

「エリノア・アームストロングが母」

「私はその二人の娘だ」

「君にとってはね」

「それ以外に何がある」

「出生」

 ラズが画面を切り替える。

【BIRTH RECORD:RECONSTRUCTED】
【BIOLOGICAL MOTHER:CATE CROSS】
【CHILD:ABIGAIL】
【TRANSFER RECORD:SEALED】

 アビゲイルの視線が止まる。

「捏造できる」

「できるよ」

 ラズはあっさり答える。

「僕ならね」

 ジャンが端末から顔を上げて割って入る。

「だから信用しろって話にはなりませんよ」

「もちろん」

「なら何を根拠に?」

「君が確認すればいい」

 ラズがジャンを見る。

「持ってる現行記録と照合して」

 ジャンはドローンの照準を見上げてから端末へ指を戻した。

「リーダー」

「やって」

「了解」

 ジャンが政府側のアビゲイル生体記録へ限定アクセスする。

 識別情報。

 検査時系列。

 トリガー因子。

 表示された一部データを照合。

 数秒。

「……アビゲイルさん側の記録は一致しています」

「ケイト側は?」

「ボクには照合元がありません」

「つまり」

 アビゲイルが言う。

「まだ証明ではない」

「そうですね」

 ジャンは明確に答える。

「ただ」

「ただ?」

「少なくとも、完全な出鱈目を並べているだけではありません」

 アビゲイルはラズを見る。

「続けて」

「強いなぁ」

「続けて」

「はいはい」

 ラズが次の資料を出す。

【NEXUS THEORY】
【KUROSU KURANDO:FOUNDATION】
【CATE CROSS:SYSTEMATIZATION / COMPLETION】

「黒須が基礎を作った」

「ケイトが体系化して完成させた」

「その理論が後に人工ネクス適応、能力安定化、超人兵士計画へ繋がった」

 アビゲイルの視線が僅かに変わる。

「私の《ミライメージ》も?」

「直接同じ能力を受け継いだわけじゃない」

 ラズが答える。

「でも」

 画面へ新しい項目。

【TRIGGER FACTOR:INHERITED】

「君の能力発現には、ケイト由来のトリガー因子が関わっている」

 アビゲイルは胸元へ手を伸ばしかける。

 クロス型のペンダント。

 指がペンダントへ届く前に止めた。

 ラズはその動きを見ている。

 何も言わない。

「それで」

 アビゲイルが聞く。

「私の出生と」

「あなたの計画に何の関係がある?」

 ラズの笑みが戻る。

「やっとそこまで来た」

 壁面表示が変わる。

【Ω PROJECT】

 初めて見る名称。

「Ω計画」

 アビゲイルが読む。

「黒須蔵人が残した計画の一つ」

 ラズが言う。

「人類そのものの生命状態を変えるためのシステム」

 ジャンが眉をひそめる。

「規模は?」

「原型が成立すれば地球規模」

 リョウが床から顔を上げる。

「おい」

「なに?」

「サラッと言う話じゃねぇだろ」

「重い話ほど軽く言った方が聞きやすいよ」

「そういう問題じゃねぇ!」

 アビゲイルはラズだけを見る。

「目的は?」

「黒須原型なら」

 ラズは一度区切った。

「精神統合体に対抗できる段階まで、人類構造を変えること」

「あなたは?」

「そのままじゃ足りないと思った」

「だから再構成した」

【2080 Ω / RECONSTRUCTED】

「天然ネクス」

「[スペリオルズ]」

「陽名」

「原型には存在しなかった変数まで組み込んだ」

 陽名が自分の名前に反応する。

「わたし?」

 ラズが陽名を見る。

「君は予定外だったけどね」

「じゃあ入れないで」

 ラズが少し笑う。

「本人に言われると弱いなぁ」

 アビゲイルが一歩前へ出る。

「私の話をして」

「そうだった」

 ラズは画面を戻す。

【Ω KEY STRUCTURE】
【DUAL KEY SYSTEM】

「Ωは一人じゃ起動できない」

「二つの鍵が必要になる」

「一つは」

 表示が伏せられたまま。

「現在成立している人類構造を解除する側」

 もう一つ。

【SECOND KEY】
【LIFE-STRUCTURE DEFINITION】

「もう一つは」

「次に成立する生命状態を定める側」

 ラズがケイトの記録を表示する。

「本来、その第二の鍵はケイト・クロスだった」

 次。

 アビゲイル。

「でもケイトは死んだ」

 アビゲイルの目が動く。

「いつ」

「2059年」

「……」

「彼女の身体に組み込まれていた記律構造は単なる石じゃなかった」

「遺伝情報」

「細胞情報」

「精神構造」

「ネクス因子」

「トリガー因子」

「生命情報そのものへ変換されていた」

 ラズはアビゲイルを見る。

「そして」

【INHERITANCE:CONFIRMED】

「娘へ継承された」

 沈黙。

 ジャンも。

 リョウも。

 言葉を挟まない。

 陽名の胸元で。

 五枚のドッグタグが一度だけ触れた。

 小さな金属音。

 アビゲイルの〈高周波刀〉は下がっていない。

「だから私を呼んだ?」

「そう」

「ガンマチームのリーダーだからではなく」

「違う」

「アームストロング家の人間だからでもない」

「それも違う」

「ケイト・クロスの娘だから」

 ラズが少し考える。

「より正確には」

「ケイト・クロスの生命情報を継承しているから」

 アビゲイルの目が冷たくなる。

「私の意思は?」

 ラズの笑みが僅かに止まった。

「そこが」

 一拍。

「これから君と話したいところなんだ」

「質問に答えて」

 アビゲイルは退かない。

「私が嫌だと言ったら?」

 ラズはすぐには答えなかった。

 EVAの表示が。

 ジャンの端末の隅で一度だけ揺れた。

 ラズが端末へ僅かに視線を動かした。

 そして。

 アビゲイルへ戻す。

「まずは」

 ラズが言う。

「自分が何なのかを知ってから決めればいい」

「何なのかは私が決める」

 即答。

 ラズの目が少し細くなる。

「……そういう答えか」

「違う?」

「いや」

 ほんの少しだけ。

 楽しそうに笑った。

「いいと思うよ」

 壁面モニター。

 二つの鍵を示す図。

 一方はまだ伏せられている。

 もう一方。

 アビゲイルの名前。

【SECOND KEY:ABIGAIL AMY ARMSTRONG】

 ラズがその表示を指した。

「でも、事実は事実として知っておいて」

「君は――」

 赤い瞳が、アビゲイルを捉える。

「Ω計画の第二の鍵だ」

 アビゲイルは表示を見る。

 第二。

 その一語だけが残る。

「……第二の鍵?」

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