第三幕「The King’s All-in」

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▼オリジナル小説

【>JW-03|μR:ci,bx-all,sys-st,sys-sl#play】

 ネオンがまだ鼓動している。

 だが、そこに人の鼓動はない。

 天井を覆う巨大パネルは正午の空を映し、一定周期で雲の影を流している。

 エレベーターは律儀に階を往復する。

 自販機は電子音を鳴らす。

 都市は動き続けている。

 ただ、人間だけがいない。

 ジョイ・チャンは路地の角を曲がった。

 ゴーグルの内側を汗が伝う。

 足音が乾いた舗装路を刻む。

 視界の端を人影が横切った。

「止まれ!」

 ジョイの声が路地へ響く。

 影が振り向いた。

 買い物袋が腕からぶら下がっている。

 足元にはレシートが散らばっていた。

 だが、その眼差しに人間らしい反応はない。

 口元から黒ずんだ液体が垂れている。

 影が飛びかかってきた。

 ジョイはMP5サブマシンガンを撃つ。

 銃声が壁へ反響する。

 それでも相手は止まらない。

 左腕へ衝撃が走った。

 歯が前腕へ食い込む。

「っ……!」

 ジョイは即座にナイフを逆手へ持ち替えた。

 噛みついた相手の顎を押しやり、距離を取る。

 路地の奥から別の影が現れる。

 さらに一人。

 その後ろからも続く。

「……市民が暴走……感染反応は陰性。いったん退避……」

 ジョイは後退し、崩れた防火壁の陰へ入った。

 消毒剤を開封する。

 患部を洗浄する。

 縫合する。

 固定する。

 生体端末のスキャンが走る。

 表示は陰性。

 ジョイは一度だけ息を吐いた。

 すぐに視線を路地へ戻す。

 影たちは無秩序に襲っているわけではなかった。

 左右へ分かれる。

 前へ詰める。

 逃げ道を狭める。

 ジョイの眉が寄る。

「制御されてる……?」

 視界の奥で、何かがこちらを見ていた。

 次の瞬間、身体が止まった。

 指が動かない。

 脚も動かない。

 呼吸すら浅くなる。

「……視線が……動けな……」

 通信へノイズが走った。

 押し寄せる影が視界を塞ぐ。

 記録映像が乱れる。

 音声が潰れる。

 そして通信が切れた。

 高層建築の縁に、一人の女が立っていた。

 かつて[統律特命局]デルタチームに所属したグアダルーペ・ガルシア・ゴンザレス。

 反転した眼差しには、第二世代思念系ネクス能力《イビルアイ》が宿っている。

 その能力はラズによる強化改造を受けていた。


 都市外郭を、軽機動偵察車両〈WC-RSV01〉のエンジン音が走り抜ける。

「こちらスカウト! 群れは私が引っ張る! 中央へ急げ!」

 キャメロン・アン・ステュディは車体を倒し込み、交差点を切り抜けた。

 光学迷彩を展開する。

 輪郭が街の色へ溶けていく。

 後方から複数の影が追ってくる。

 〈センチレット〉も旋回していた。

 機銃が火を噴く。

 弾丸が舗装路を削る。

 キャメロンは信号の周期を見る。

 路地の幅を見る。

 曲がり角の位置を確認する。

 追跡者との距離を測る。

 ここまで離せば、普段なら振り切れる。

 そのはずだった。

 後方から獣のような影が迫る。

 距離が縮まっていた。

「……速っ」

 キャメロンはさらにアクセルを開く。

 曲がる。

 視線を切る。

 迷彩を使う。

 それでも影は離れない。

 〈センチレット〉の銃撃が後輪を捉えた。

 車体が大きく跳ねる。

 キャメロンは〈WC-RSV01〉から飛び離れた。

 路面を転がる。

 すぐに身体を起こした。

 光学迷彩を最大出力へ上げる。

 〈WC-RSV01〉の後部から煙が上がっている。

 逃走を続ければ、追跡者を仲間の進行方向へ戻す可能性がある。

 キャメロンは中央方向を一度だけ見た。

 進路を変える。

 仲間から離れる方向へ走った。

「道、開けるよ――!」

 ブーツがコンクリートを蹴る。

 ナイフが〈センチレット〉の首部ジョイントを断つ。

 粘着爆薬を装甲へ押しつける。

 数秒後、爆発が鋼板を内側から吹き飛ばした。

 キャメロンは走り続ける。

 背後の気配が消えない。

 距離はさらに縮まる。

 これ以上は振り切れない。

 ならば、ここで止める。

 キャメロンは足を止め、振り向いた。

 ナイフを構える。

 風が変わった。

 耳の後ろで獣の息が鳴る。

 右。

 左。

 背後。

 位置を絞れない。

「……なんだ?」

 地面が弾けた。

 背中へ灼けるような衝撃が走る。

 装甲が裂ける。

「――視えないっ!?」

 キャメロンが振り向く。

 影がすでに目の前へ入っていた。

 次の一撃がキャメロンを路面へ叩きつける。

 通信が途切れた。

 影が静かに着地する。

 かつて[統律特命局]デルタチームに所属したマケナ・ムソニ・ムェンドア。

 第二世代野生系ネクス能力《レオパルドフォーム》によって強化された身体が、低く沈んでいた。

 さらにラズによる強化改造を受け、その速度と反応は通常状態を大きく上回っている。


 高層ビルの屋上。

 アレクセイ・ハベンスキーはスコープを覗いていた。

 呼吸を整える。

 照準を動かす。

「……チッ。速すぎて撃てねえ」

 十字線が追いつかない。

 角度。

 距離。

 風。

 計算できるものはすべて計算する。

 それでも、見えない相手は撃てない。

 その時、偵察ドローンが火花を散らして墜落した。

「……誰だ?」

 アレクセイが銃を構え直す。

 視界に人影はない。

 頬の横を何かが掠めた。

 皮膚へ熱い線が走る。

 アレクセイは遮蔽物へ身を滑らせた。

「くそっ……。これってゲームで言や――詰んでるってやつじゃないか」

 狙撃には原則がある。

 相手が見えず、自分が見られている。

 その状態では、狙撃手は狩る側ではなく標的になる。

 アレクセイはスコープから一度目を外した。

「あ~あ。あの大会であいつとの決勝戦……最後は勘でやったなぁ……」

 もう一度スコープを覗く。

 計算材料は足りない。

 ならば、残るのは勘だけだった。

「そうそう。その時、俺は選択を誤ったっけ……」

 引き金へ指を置く。

 その瞬間、スコープの中心が歪んだ。

 雫が飛来する。

 硬化した液体がスコープごとアレクセイの眼窩を撃ち抜いた。

 身体が後ろへ倒れる。

 衝撃でドッグタグのチェーンが切れた。

 金属片が屋上の床へ落ちる。

 滑る。

 そのまま縁を越え、地上へ落下した。

 離れた屋上で人影が揺れる。

 かつて[統律特命局]デルタチームに所属したフィンセント・ファン・フィッセル。

 第二世代変成系ネクス能力《リクイディウム》による遠距離攻撃だった。

 フィンセントもまた、ラズによる強化改造を受けていた。


 周辺確認を終えたファイシル・シャリフは、重装戦術車両〈WC-ATV01〉へ戻っていた。

 爆薬バッグの口を締める。

 通信にはノイズだけが残っている。

「ふざけやがって……!」

 デルロイ・ブラッドショーが運転席から声を上げた。

「隊長。このままじゃ全滅だ」

 マナイア・ケアは葉巻を噛んだまま前を見る。

「……あいつらを置いてはいけない」

 デルロイが小さく鼻を鳴らした。

「まっ、そうだよな」

 マナイアは葉巻を口から外した。

 残っていた火を車内の灰皿へ押しつける。

 葉巻をポケットへしまう。

 ファイシルが笑った。

「迎えに行くんだろ? だったら俺の役目は決まっているぜ!」

 首からドッグタグを外す。

 マナイアへ投げる。

 金属片が掌へ落ちた。

「ファイ、すまない」

「いいって事よ! ずっとやりたかった街中での爆破という夢が叶うぜ!」

 ファイシルはドアを開けた。

 ショットガンを握る。

「俺が引きつける! 先に行け!」

「デル! 行くぞ!」

 デルロイがハンドルを切る。

 〈WC-ATV01〉が加速した。

 ファイシルは後方へ残る。

「ガハハ! 必ず回収しろよ!」

 ショットガンが火を噴く。

 迫ってきた異形の市民が倒れる。

 ファイシルは撃ちながら後退する。

 敵を一か所へ集める。

 残っている爆薬を確認する。

 通りの幅を見る。

 建物までの距離を見る。

 〈WC-ATV01〉のエンジン音が遠ざかっていく。

 爆圧が仲間へ届かない距離まで離れたことを確かめる。

 ショットガンの弾が尽きた。

 ファイシルは空になった銃を追跡者へ投げつける。

 爆薬を身体へ固定する。

 信管を繋ぐ。

 起爆装置を握る。

 見た目は即興でも、爆破そのものに即興はない。

 爆薬の量。

 敵との距離。

 連鎖する順番。

 ファイシルは最後まで確認する。

「さあ! 派手に行くぜ!」

 異形の市民が集まる。

 〈センチレット〉が照準を向ける。

 銃撃がファイシルの身体を叩く。

 脚が沈む。

 それでも笑みは消えない。

「ドカーンと派手に行くぜ!」

 親指が起爆ボタンを押した。

 爆薬が連鎖して点火する。

 白い閃光が通りを覆う。

 衝撃波が舗装路を剥がす。

 熱風が建物の壁を叩く。

 ファイシルの笑い声は、爆音の中へ消えた。


 〈トーキョー・シティ〉の通りを、〈WC-ATV01〉が走る。

 デルロイは無言でハンドルを握っていた。

 マナイアも助手席で銃を抱えている。

 最初に向かったのは、ジョイの通信が途絶えた路地だった。

 車両が止まる。

 マナイアが降りる。

 そこにジョイの姿はない。

 血だけが残っている。

 その中に、ドッグタグが落ちていた。

 マナイアは拾い上げる。

 親指で血を拭う。

 胸ポケットへ入れる。

 次に向かったのは、高層ビルの麓だった。

 アレクセイのドッグタグが路上に落ちている。

 マナイアはそれも拾う。

 胸ポケットへ入れる。

 〈WC-ATV01〉は再び走る。

 最後に停車したのは、キャメロンの通信が途絶えた地点だった。

 壊れた〈WC-RSV01〉の装甲片が散らばっている。

 爪痕の残る破片のそばに、キャメロンのドッグタグがあった。

 マナイアはそれを拾い上げる。

 胸ポケットへ押し込む。

 すでに受け取っていたファイシルのタグを含め、四枚。

 金属同士が触れ、小さく鳴った。

 デルロイは何も言わない。

 再びアクセルを踏む。


 車内にはエンジン音だけが残っていた。

 マナイアは胸ポケットの上から四枚のドッグタグを押さえている。

 ジョイ。

 アレクセイ。

 キャメロン。

 ファイシル。

 デルロイが前を見たまま口を開いた。

「……隊長」

「なんだ」

「まだやるよな?」

 マナイアは即答した。

「当然だ。任務は続ける」

 デルロイが小さく頷く。

 その時、身体が硬直した。

「ぐっ……!」

 デルロイの腕がハンドルの上で固まる。

 グアダルーペの《イビルアイ》。

 操舵が乱れる。

 次の瞬間、獣の影が車体へ激突した。

 マケナの《レオパルドフォーム》による一撃が装甲を裂く。

 〈WC-ATV01〉が大きく傾いた。

 さらに遠距離から液体弾が飛来する。

 フィンセントの《リクイディウム》がエンジンブロックを撃ち抜いた。

 警告音が鳴る。

 エンジンが悲鳴を上げる。

 デルロイが必死にハンドルを戻そうとする。

 間に合わない。

 〈WC-ATV01〉は横転した。

 金属が路面を削る。

 火花が飛ぶ。

 車内が回転する。

 マナイアの身体がシートへ叩きつけられた。

 しばらくして動きが止まる。

 マナイアは身体を起こした。

「デル!」

 デルロイはシートへもたれ、口元から血を流している。

「……今回は前みたいにはいかねえな」

 デルロイは胸元へ手を伸ばした。

 自分のドッグタグを外す。

 マナイアの手へ押しつける。

「お前が生きりゃ、ワイルドカードは死なねぇ。任務を果たせ。あいつらのためにもな」

「デル――」

「ジョーカーを引いた罰だ。背負え」

 デルロイはマナイアを押し返した。

 壊れた車体の外では、複数の影が近づいている。

 デルロイは残った弾倉を確認した。

 手榴弾を掴む。

 小型ドローンを起動する。

「行け」

 マナイアは動かなかった。

「隊長」

 デルロイがもう一度言う。

「行け」

 マナイアは五枚目のドッグタグを握った。

 そして車外へ出る。

 デルロイは反対側のドアを蹴り開けた。

 ドローンを飛ばす。

 閃光が走る。

 敵の視線がデルロイへ向く。

 手榴弾を投げる。

 爆発。

 銃撃。

 デルロイは最後の弾倉を撃ち続ける。

 マナイアは振り返らない。

 前へ走る。

 背後でデルロイの銃声が続いていた。

 やがて、銃声が途切れた。


 マナイアは一人で走っていた。

 胸ポケットには五枚のドッグタグが入っている。

 走るたび、金属同士がぶつかる。

 乾いた音が鳴る。

 マナイアは胸元を押さえる。

 タグの角が掌へ食い込む。

 手袋の内側へ血が滲む。

 それでも速度を落とさない。

 都市の中心へ近づく。

 人工空は明るい。

 通りも照らされている。

 人間の声だけがない。

 ジョイの乾いた声が記憶に残っている。

 キャメロンの笑い声も残っている。

 アレクセイの皮肉も。

 ファイシルの大声も。

 デルロイの低い声も。

 胸元でタグが鳴る。

(走れ。)

 マナイアは前を見る。

 切り札は、もう一枚しか残っていない。

【<JW-03|μR#stop】


【>JW-03.ANL|μR#open】

 観測は続く。

 記録は欠落する。

 音は混線する。

 映像は断続する。

 それでも“順番”だけは明瞭だ。

 最初に切られたのは、命を繋ぐ手。

 視線に縫い止められた医療者。

 次に消えたのは、軽やかな足。

 獣に追いつかれた偵察者。

 見えない銃口に捕捉された狙撃者は、雫に眼窩を撃ち抜かれた。

 爆炎で道を描いた者は、笑い声を残して消えた。

 そして、盾。

 副隊長の背中。

 ――残されたのは一人。

 われわれはカードを混ぜる。

 記録の山札から順に引き、切り、配置する。

 止めたフレームには、握り締められた五枚の鉄片だけが映る。

 それで充分だ。

 カードを切る手は冷たい。

 だが、捨て札の山は血と記憶で重くなる。

 引き続けた最後の一枚。

 それがジョーカーであることに、われわれは気づいている。

 残された者の存在そのものが、罰であり証明である。

 切り札は、たった一枚でいい。

【<JW-03.ANL|μR#close】

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