【>JW-04|μR:ci,bx-mn,core-fr#play】
赤い非常灯が脈を打つたび、瓦礫の影が伸び縮みした。
マナイア・ケアが進んでいるのは、トーキョー・シティ第14街区だった。
帯電臭と油に濡れた鉄の匂いが空気へ混じっている。
遠くで高層棟の一部が崩れ、遅れて破砕音が届く。
排気ダクトは一定ではない周期で唸り、都市の呼吸はすでに乱れていた。
頭上の人工空には暗い雲と偽りの星が映り、ときおり表示がわずかに揺れる。
マナイアは独りで進む。
胸ポケットでは、五枚のドッグタグが小さくぶつかっていた。
金属音が鳴るたび、歩幅がわずかに変わる。
口には火のついていない葉巻がある。
第三幕で消したままの一本だった。
右肩には複合突撃銃。
グレネードは残り3発。
腰には祖父から受け継いだナイフ。
(任務は二つ。)
(要人ミーラの救出。)
(コア・データの回収。)
(俺一人でも、やる。)
瓦礫の向こうで金属音が鳴った。
損傷して停止していた〈センチレット〉が再起動する。
銃眼がマナイアを捉えた。
充填音が高くなる。
マナイアは膝を落とす。
射線を見る。
距離を見る。
遮蔽を見る。
最初の掃射が街路を裂いた。
マナイアは傾いた看板の裏へ滑り込む。
短い連射を返す。
銃眼付近へ二発。
雲台の基部へ一発。
〈センチレット〉の動きが鈍る。
マナイアはグレネードを一発転がした。
爆発が装甲を持ち上げる。
破片が街路へ降る。
衝撃が右肩と膝へ響いた。
「……っ」
それでも立つ。
グレネードは残り2発。
マナイアは壊れた〈センチレット〉の脇を抜けた。
(まだいける。)
(立てる。)
(撃てる。)
(動ける。)
背後の路地から唸り声が聞こえた。
振り返る。
三体。

一体は膝が逆向きに折れている。
二体目は片腕を不自然に垂らしている。
三体目は腹部が大きく裂けていた。
マナイアは銃口を下げ、個体ではなく三体全体の動きを見る。
最初の一体へ短く撃つ。
胸部に着弾する。
二体目が横から詰める。
マナイアは喉元を撃ち抜いた。
三体目が飛びかかる。
身体を入れ替える。
左腕で顎を押し上げる。
右手のナイフを肋間へ差し込む。
体重をかけ、壁へ押しつけた。
動きが止まる。
ナイフを抜く。
マナイアは二度浅く息を吸い、長く吐いた。
右肩が痛む。
膝にも重さが残っている。
握力はまだある。
装填中のマガジンには残り2発。
予備マガジンは1本。
グレネードは2発。
使えるものだけを頭の中へ並べる。
高層棟の向こうに中央研究柱が見えた。
そこが都市中枢。
ミーラとコア・データに最も近い場所。
マナイアは外縁へ向かう。
壁面に残されたメンテナンスターミナルが突然点灯した。
≪要人:生体反応 消失≫
≪データコア:物理破損/回収不能≫
≪緊急通達:当区画よりの撤退を推奨≫

画面へノイズが走った。
一瞬だけ別の文字列が浮かぶ。
【REFLOG–Δ.H0】
マナイアが意味を掴むより先に、その文字は消えた。
【>JW-04|μR:sysflag::glitch-1】
マナイアは立ち尽くした。
火の消えた葉巻が唇へ触れている。
(……死んだ。)
(データも、駄目か。)
胸ポケットの上から五枚のタグを握る。
角が掌へ食い込んだ。
怒りが込み上げる。
だが、それだけで足を止めることはできなかった。
(救出は失敗。)
(回収も不可能。)
(なら、次だ。)
マナイアは中央研究柱を見る。
トーキョー・シティ内部の異常を、都市の外へ出してはならない。
救出も回収もできないなら、残るのは封じ込めだった。
中枢に残る融合炉と送電設備を使い、この区域そのものを焼いて閉じる。
成功する保証はない。
それでも、他に選べる手段は見えなかった。
(……ここで終わらせる。)
五枚のタグが掌の中で触れ合う。
ジョイ。
キャメロン。
アレクセイ。
ファイシル。
デルロイ。
名前だけを頭の中で確認する。
手を開く。
五枚を胸ポケットへ戻す。
マナイアは中央研究柱へ歩き出した。
外縁には異形な市民と自律機械が集中している。
正面から地下へ進むには、弾もグレネードも足りない。
マナイアは周囲の保守通路と配管を確認する。
(正面が駄目なら、外周から入る。)
敵の薄い場所を探す。
次の経路へ足を向ける。
その時だった。
空気が一拍で遠ざかった。
音が消える。
【>JW-04|μR:env-silence:σ=0.97】
呻き声が消えた。
警報が消えた。
遠くの破砕音も消えた。
耳鳴りだけが薄く残る。
マナイアは反射的に身を低くした。
銃口を路地の奥へ向ける。
崩れたバス停の屋根の下に、小さな影があった。
少女が膝を抱えて座っている。
煤と血に覆われた街の中で、その周囲だけが不自然なほど静かだった。
埃が落ちない。
細かな破片も動かない。
少女の周囲だけ、空気の境界がわずかに揺れて見える。
澄んだ瞳がマナイアを見た。
「おじさん……どうして、そんな顔してるの?」
静かな声だった。
マナイアの指がトリガーからわずかに離れる。
(……生存者?)
(……何者だ?)
「……ここにいて、何してる」
少女はゆっくり立ち上がった。
マナイアは銃を構えたまま、その動きを見る。
「……ここで何があったか、分かってるのか?」
少女が小さく首を傾げた。
「気づいたら、ここにいたの……たぶん、ずっと昔から」
意味は分からない。
だが、目の前にいる少女は呼吸している。
マナイアは銃口を下げた。
「おじさんは助けに来たんだ」
少女が瞬きをする。
「でも、おじさん、疲れているみたい」
マナイアは短く息を吐いた。
「……そう見えるか」
少女は小さく頷いた。
「名前は?」
「……ひな。陽名」
「陽名、か」
マナイアは複合突撃銃を下げる。
右手を見せた。
掌を上へ向ける。
「行くぞ。理由は要らねえ。お前をここに置いていける理由が、どこにもねえ」

その直後、瓦礫の向こうから呻き声が響いた。
音が戻ったわけではない。
その声だけが、静寂の中へ滲むように届いた。
一体の異形な市民が立ち上がる。
頭部は裂け、腕の関節が不自然に曲がっている。
マナイアは陽名の前へ身体を入れた。
銃口を上げる。
陽名が一歩前へ出た。
「ダメ」
小さな声だった。
異形な市民の濁った目と、陽名の瞳が交差する。
動きが止まる。
しばらくして、異形な市民は踵を返した。
そのまま瓦礫の陰へ消えていく。
攻撃もない。
威嚇もない。
「……なんだ、今のは……」
マナイアは銃を下げた。
長年の戦場経験のどこにも、今の現象へ当てはまるものはなかった。
陽名を見る。
正体は分からない。
何をしたのかも分からない。
それでも、目の前にいるのは一人の少女だった。
「大丈夫か?」
陽名がマナイアを見る。
「俺がついている限り、安全だ」
マナイアは、もう一度手を差し出した。
陽名は一瞬だけその手を見る。
そして、迷わず取った。
小さな掌は温かかった。
マナイアは中央研究柱へ一度だけ目を向ける。
封じ込めの経路は、まだ頭の中に残っている。
だが今、最初に動かすべきものは別にあった。
(先に、この子を出す。)
マナイアは陽名を自分の近くへ寄せる。
群れの薄い方向を確認する。
歩き出す。
胸元で五枚のドッグタグが鳴った。
人工空の偽りの星が、赤い非常灯の向こうで瞬いている。
(守る。)
マナイアは陽名の手を離さなかった。

【<JW-04|μR#stop】
【>JW-04.ANL|μR#open】
これはログだ。
観測のために記録し、比較のために保存した。
比較は残酷だ。
数値は人間を薄くする。
しかし私は、薄くなった輪郭の中で濃くなる“選択”だけを見たい。
都市監視網も、隊員たちの視界も、すべて私に届いていた。
私はミーラ。
このクロス・ログを見ていたのは、私だ。
私は彼を絶望の底へ押しやった。
要人の死とデータの破損を偽装し、任務を断たせた。
私は、その後に何を選ぶのかを見たかった。
それでも彼は、封じ込めを選んだ。
そして最後に、守ることを選んだ。
――爆破よりも、陽名を。
人間の切り札は、破壊でも絶望でもない。
それは、選び直す力だ。
私はこの記録を、別の記録と照合する。
《比較》は冷たい。
だが、結論には温度がある。
だから私は見る。
記録する。
そして、もう一度シャッフルする。
【<JW-04.ANL|μR#close】


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