Scene.27 -「たしかなものなど、なかったけれど」

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▼オリジナル小説

 事件から数日後。

 [統律特命局]仮設指揮所。

 薄い外壁の向こうを砂と灰を含んだ風が通り抜けていた。

 遠くで続く復旧作業の機械音が室内まで届いている。

 壁際。

 固定の甘い金属板が。

 風を受け。

 小さく鳴る。

 カチン。

 アビゲイル・エイミー・アームストロングの視線が。

 一瞬。

 そちらへ動く。

 ただの金属音。

 それだけ。

 なのに。

 五枚のドッグタグ。

 陽名。

 最後に呼んだ名前。

 短く。

 記憶へ浮かぶ。

(……返事みたい)

 そう思っただけ。

 確かめる方法はない。

 アビゲイルは。

 正面へ視線を戻した。

⸻

『[ガンマチーム]の諸君』

 壁面の大型通信画面には[世界政府]上層部との遠隔会議が映っていた。

 アビゲイルの左にジャン=ジャック・ジャカール、右にリョウが立っている。

 三人は画面に向き合ったまま通達を聞いた。

『トーキョー・シティ事案に関する公式処理を通達する』

 画面中央。

 上級官僚。

 声。

 平坦。

 感情ではなく。

 決定事項を読む声。

『本件は』

『反乱組織[スペリオルズ]による複合テロ事件として処理する』

 別画面。

【OFFICIAL INCIDENT CLASSIFICATION】
【SUPERIOR TERROR ATTACK】
【POISONOUS:TOXIC AGENT DISSEMINATION】
【SPROCKET:ANI/COMMUNICATION/DEFENSE SYSTEM INTRUSION】
【MEERA MALIK:INTERNAL COLLABORATION】

 アビゲイルの眉が僅かに動いた。

 表示された分類を端から読み直す。

『都市管理系統の脆弱性』

『未承認研究』

『機密AI関連事項』

『その他、社会秩序へ重大な影響を及ぼす情報は』

『非公開指定とする』

【RAZ:CLASSIFIED】
【EVA:CLASSIFIED】
【Ω PROJECT:CLASSIFIED】
【HINA:PUBLIC RECORD NONE】
【WILDCARD:RESTRICTED/ARCHIVED】

『ドーム都市の継続運用』

『市民の混乱防止』

『防衛情報保全』

『以上を総合した判断だ』

 言葉。

 理屈。

 ある。

 アビゲイルにも。

 理解はできる。

 理解できることと。

 受け入れることは。

 同じではない。

「確認します」

 上級官僚の視線が。

 アビゲイルへ向く。

『発言を許可する』

「公式発表では」

「[スペリオルズ]だけが事件を起こしたことになる」

『必要な整理だ』

「でも」

 一拍。

「私たちが現場で確認した事実は」

「それとは違います」

『公式記録と現場証言を同一視する必要はない』

「なら」

 アビゲイル。

 視線を逸らさない。

「現場証言まで消す必要もありません」

 沈黙。

『何を言いたい』

「存在した人たちを」

「存在しなかったことにはしない」

 胸元にはクロス型ペンダントがある。

 アビゲイルは手を伸ばさず、画面へ顔を向けたまま名前を告げた。

「デルロイ・ブラッドショー」

「ファイシル・シャリフ」

「キャメロン・アン・スタディ」

「アレクセイ・ハベンスキー」

「ジョイ・チャン」

 画面。

 反応なし。

「マナイア・ケア」

 短い間。

「リク・ロクジョウ」

 アビゲイルは続ける。

「[スペリオルズ]も」

「今回」

「私たちと同じ側で戦った」

『彼らの過去の行為まで免責されるわけではない』

「免責しろとは言っていません」

 即答。

「事実を変えるなと言っています」

 リョウが。

 鼻から息を吐く。

「まあ」

「オレはもっと簡単でいいけどな」

 上級官僚。

『発言を許可していない』

「もう喋ってる」

 リョウ。

 腕を組む。

「そっちが」

「公式記録から何を消すかは」

「オレには止められねぇ」

「でも」

 一拍。

「オレまで忘れろってのは」

「無理だ」

 それだけ。

 正義。

 英雄。

 大きな言葉は使わない。

 リョウは腕を組んだまま画面を見ている。

 アビゲイルにも彼と共に見た顔や聞いた声が浮かんだ。

 ジャンが。

 手元の端末を見る。

「ボクからも」

 上級官僚。

『簡潔に』

「はい」

 ジャンは取得済みデータの一覧を確かめ、画面へ顔を上げた。

「現場で取得した記録は」

「内部保全規定に従って保存します」

『公開するつもりか』

「いいえ」

「公開と保存は別です」

『命令があれば削除する』

「ボク自身が取得した経験まで」

「完全に消去することはできません」

 ジャン。

 穏やか。

「それに」

「非公開指定された情報でも」

「将来」

「再検証が必要になる可能性はあります」

『可能性を理由に機密を保持するつもりか』

「規定された保存範囲で」

「です」

 ジャンは。

 それ以上。

 言わない。

 脅さない。

 世界中へ流すとも。

 言わない。

 ただ。

 消す必要のないものまで。

 消さない。

 それだけ。

⸻

『三人とも』

 画面中央。

 上級官僚の声。

 少しだけ。

 低くなる。

『自分たちが』

『[統律特命局]所属のエージェントであることを』

『忘れているようだ』

 アビゲイル。

「忘れていません」

『今回の発言は』

『内部情報管理規定』

『指揮命令系統』

『双方の審査対象となる』

「分かっています」

『今なら』

『発言の一部を撤回できる』

 アビゲイルは隣の二人を見ずに息を整えた。

「撤回しません」

 リョウ。

 横を見る。

 ジャンも。

 アビゲイルを見る。

「処分が必要なら」

「受けます」

「でも」

「私たちが見た事実を」

「見ていないことにはしません」

 画面。

 しばらく。

 沈黙。

『了解した』

 声。

 冷たいわけではない。

 職務。

 それだけ。

『本件の公式分類は変更しない』

『後日』

『個別審査を通知する』

「了解しました」

【CONFERENCE:CLOSED】

 通信画面が暗くなった。

 通達の声が消え、外の機械音が再び耳につく。

 リョウが。

 肩を落とす。

「やっちまったな」

「リョウさんが途中で割り込んだからです」

 ジャン。

「オレだけ?」

「少なくとも」

「ボクよりは」

「お前も言ってただろ」

「許可を取ってからです」

「そこ?」

 アビゲイルが。

 少しだけ。

 息を吐く。

「二人とも」

「まだ終わってない」

「処分?」

 リョウ。

「多分」

「減給かな」

「そこを気にするの?」

「大事だろ」

 ジャン。

「現在の規定なら」

「減給だけでは済まない可能性もあります」

「言うなよ」

 扉。

 開く。

⸻

「だから」

「上に喧嘩を売るなら」

「もう少し手順を踏めと言っている」

 三人。

 振り向く。

 男。

 68歳。

 銀髪混じり。

 [統律特命局]長官。

 ジェフリー・モーガン。

 右手。

 古いコイン。

 指の間で。

 一度。

 回す。

「長官」

 アビゲイル。

「聞いていたんですか?」

「私の部下が」

「世界政府上層部と正式会議してるんだ」

「聞かない方がおかしい」

 リョウ。

「じゃあ」

「助け舟ぐらい出してくれても」

「嫌だ」

「即答かよ」

「私の立場も考えろ」

 ジェフリー。

 室内へ入る。

 暗くなった通信画面を見る。

「公式発表は」

「変わらない」

 アビゲイル。

 黙る。

「[スペリオルズ]による複合テロ」

「それが」

「世界政府の答えだ」

「長官も」

「正しいと思っているんですか?」

 ジェフリー。

 すぐには答えない。

 コイン。

 親指。

 一度。

 擦る。

「正しいかどうかだけで」

「行政は動かない」

 アビゲイルの表情。

 変わらない。

「ドーム都市の安全」

「ANIへの信用」

「市民の混乱」

「軍事情報」

「世界政府が隠したいものもある」

「全部まとめて」

「一つの発表にする」

「それが制度だ」

「……」

「気に入らないか」

「はい」

「私も」

 一拍。

「全部が気に入ってるわけじゃない」

 ジェフリーが机へ端末を一台置いた。

 アビゲイルは暗い通信画面からその端末へ視線を移す。

「これは?」

 ジャンが見る。

「現場保全用の複製だ」

【TOKYO INCIDENT】
【LOCAL ARCHIVE COPY】
【PUBLIC ACCESS:NONE】
【INTERNAL REFERENCE:RESTRICTED】

「公式報告書じゃない」

「公開資料でもない」

「私の権限で」

「現場確認用として残す」

 ジャン。

 端末を見る。

「ラズとEVAも?」

「名前だけ」

「詳細は?」

「私が知らない」

 即答。

「Ωについても」

「存在以上は知らん」

 ジャンが。

 ジェフリーを見る。

「長官でも?」

「長官を何だと思ってる」

「全知ではないことは」

「知っています」

「なら聞くな」

 ジェフリー。

 次。

 アビゲイルを見る。

「持っておけ」

「私が?」

「ガンマで管理しろ」

「公開するな」

「改変するな」

「勝手に英雄譚にもするな」

 リョウ。

「最後の一つ」

「オレに言ってる?」

「主に」

「ひでぇ」

「だが」

 ジェフリー。

 少し間を置く。

「捨てるな」

 三人。

 何も言わない。

「制度には」

「制度の都合がある」

「現場には」

「現場で見たものがある」

「片方だけで全部決めれば」

「どこかで壊れる」

 コイン。

 指の中。

 止まる。

「私は」

「壊れない程度に」

「間を繋ぐ」

「それだけだ」

 アビゲイルは机から端末を取り上げた。

 表示を確かめ、三人から見える向きで机へ戻す。

「処分は?」

「ある」

 リョウ。

「やっぱり?」

「私にも限界がある」

「どれくらい?」

「これから考える」

「長官権限で軽くできたり」

「黙れ」

「はい」

 ジャン。

「内部記録は」

「残してよいのですね」

「規定内で」

「はい」

「それ以上は」

「私に聞くな」

「了解しました」

 ジェフリー。

 扉へ向かう。

 途中。

 止まる。

「アビゲイル」

「はい」

「お前が見たものを」

「公式発表と同じ言葉で」

「覚える必要はない」

 アビゲイル。

 僅かに。

 目を細める。

「ただし」

「自分の記憶が」

「全部正しいとも思うな」

「……」

「人間は」

「忘れる」

「勘違いもする」

「だから」

 机上の端末。

 見る。

「記録も残す」

「両方だ」

 アビゲイル。

「分かりました」

「ならいい」

 ジェフリー。

 再び。

 歩き出す。

 リョウ。

「長官」

「何だ」

「オレら」

「間違ってました?」

 ジェフリーは。

 振り向かない。

「それを」

「私に決めさせるな」

 扉。

 閉じる。

⸻

 扉の閉まる音が途切れた。

 ジャンの指が腰の専用ホルスターに収まった大型リボルバーへ一度触れる。

 リョウも。

 上着の内側。

 傷だらけのスキットル。

 そこにあることだけ。

 確認する。

 アビゲイル。

 クロス型ペンダント。

 そして。

 机上。

 非公開端末。

 どれも。

 同じものではない。

 武器。

 私物。

 記録。

 記憶。

 残り方も。

 違う。

 風。

 壁の隙間。

 入る。

 固定金具。

 揺れる。

 カチン。

 アビゲイル。

 顔を上げる。

 陽名。

 五枚のドッグタグ。

 最後に。

『陽名』

 と呼んだ時。

 返ってきた。

 声。

 一瞬。

 思い出す。

 今の音が。

 本当に。

 誰かからの返事なのか。

 そんなことは。

 分からない。

 ただの金属音。

 その可能性の方が。

 ずっと高い。

 アビゲイルは。

 それでも。

 少しだけ。

 笑った。

「どうした?」

 リョウ。

「何でもない」

「そ?」

「ええ」

 ジャンが。

 端末の電源を切る。

「帰りますか」

「そうね」

 アビゲイルは電源の切れた非公開端末を持ち上げた。

 二人が続くのを確かめて扉へ向かう。

 公式記録。

 消えた名前。

 残った記録。

 曖昧な記憶。

 どれが。

 いつまで残るのか。

 分からない。

 何が。

 未来で意味を持つのかも。

 分からない。

 たしかなものなど。

 なかったけれど。

 それでも。

 渡されたものはあった。

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