トーキョー・シティ地下研究施設。
中枢監視室。
壁面を埋める表示の大半は消えていた。
EVAは残った中央表示へ視線を集めていた。
〈セントリオ〉中央中枢の停止によって、都市全域を一つの系統として扱うことはできない。
残っているのはEVAが事前に確保していた局地ノード。
ラズ側の専用設備。
そして。
いまも接続が維持されている[デルタチーム]の制御系統。
【DELTA TEAM】
【FIELD LINK:ACTIVE】
【COMMAND LINK:DEGRADING】
【INTERCEPT TARGET:RIKU ROKUJO】
【AUTONOMOUS RESPONSE:DETECTED】
EVAは中央表示の前に立っていた。
銀白色の短い髪。
青灰色の瞳。
銀白、灰、黒を基調とした機械身体。
顔立ちには、ケイト・クロスを思わせる要素が僅かに残っている。
だが。
ケイトそのものではない。
ホフマンでもない。
かつての仮想助手でもない。
現在ここにいるのは。
EVAだった。
背後。
保守通路側の扉が開く。
「ただいま」
ラズが戻ってきた。
黒い強化戦闘服。
赤い髪。
赤い瞳。
アビゲイルたちと対面した時と変わらない。
EVAは振り返らない。
「おかえりなさい」
「珍しいね」
「何がですか」
「僕が帰ってきたのに、顔も見ない」
EVAが画面を指す。
「こちらを優先しています」
「デルタ?」
「はい」
ラズが隣へ来る。
「どこまで落ちた?」
「外部命令への応答精度、継続低下」
表示が切り替わる。
【VINCENT VAN VISSEL】
【COMMAND RESPONSE:71%】
【AUTONOMOUS RESPONSE:DETECTED】
【GUADALUPE GARCIA GONZALEZ】
【COMMAND RESPONSE:68%】
【AUTONOMOUS RESPONSE:DETECTED】
【MAKENA MUSONI MWENDOA】
【COMMAND RESPONSE:64%】
【AUTONOMOUS RESPONSE:DETECTED】
ラズが眉を上げる。
「三人ともか」
「はい」
「リクが何かした?」
「接触以降、急速に低下しています」
EVAが映像を開く。
要求した動作の表示をその横へ並べた。
局地監視映像。
欠損がある。
画角も安定しない。
それでも。
四人が戦っていることは確認できる。
リク・ロクジョウ。
そして。
フィンセント。
グアダルーペ。
マケナ。
フィンセントの右腕が黒青色の液体へ変わる。
EVAの指令系統は正面からリクを拘束する動作を要求している。
だが。
実際の腕は。
命令された位置から僅かに外れた。
【COMMAND DEVIATION:3.1%】
「誤差?」
ラズが聞く。
「最初はそう判断しました」
「今は?」
「違います」
次。
グアダルーペ。
《イビルアイ》。
認識拘束がリクへ向く。
だが。
固定時間が短い。
視線が一瞬だけフィンセントへ向いた。
【UNAUTHORIZED TARGET CHECK】
「仲間を見た?」
「はい」
「命令には?」
「含まれていません」
次。
マケナ。
低い姿勢。
全身へ広がった獣化前駆状態。
リクへ跳び込む。
直前。
フィンセントの位置へ合わせて軌道を修正した。
【FORMATION CORRECTION】
【SOURCE:LOCAL DECISION】
ラズが小さく笑う。
「戻ってきてる」
EVAは返さない。
「EVA?」
「解析しています」
「何を?」
EVAの青灰色の瞳へ複数の数値が流れる。
命令。
反射。
能力。
姿勢。
隊形。
判断速度。
三人の動作は。
これまでより不正確になっている。
命令から外れる。
同期が遅れる。
相互判断に時間が掛かる。
戦闘システムとして見れば。
劣化だった。
EVAは現在の応答値を残し、別の記録を開いた。
【DELTA TEAM/2079】
改造前。
フィンセント。
グアダルーペ。
マケナ。
三人の訓練記録。
フィンセントが指示する。
グアダルーペが何か言い返す。
マケナが先に動く。
フィンセントが修正する。
グアダルーペが笑う。
隊形が崩れる。
また組み直す。
効率は。
現在の強制同期より低い。
だが。
「……会話している」
EVAが言った。
「昔はね」
ラズが画面を見る。
「僕らが捕まえる前だ」
「フィンセントが命令するだけではありません」
「グアダルーペが異論を出す」
「マケナが自分で判断する」
「それを再統合している」
「普通のチームだね」
「非効率です」
「そうだね」
「判断速度にも差がある」
「うん」
「意見も一致しない」
「それも普通」
EVAは改造後の映像へ切り替えた。

自律反応が増え始める前の記録。
三人。
完全に揃った動き。
会話なし。
確認なし。
命令遅延なし。
これまで。
EVAはそれを成功として記録していた。
「私が」
一度。
疑似呼吸。
「この同期を構築しました」
「一緒にね」
ラズが訂正する。
「君だけじゃない」
「はい」
「僕も同意した」
「はい」
「必要だと思った」
「私もです」
ラズはEVAを見る。
「じゃあ?」
EVAは現在の三人を見る。
【COMMAND LINK:63%】
【FIELD LINK:UNSTABLE】
【AUTONOMOUS RESPONSE:INCREASING】
「彼らの能力を最大効率で運用するには」
「判断を統一する必要がありました」
「うん」
「会話を省く」
「迷いを除く」
「反対を除く」
「個別判断を制限する」
「結果」
EVAが表示を切り替える。
【COMBAT SYNCHRONIZATION:97.8%】
「高い戦闘効率を得ました」
「成功だね」
ラズが言う。
EVAの疑似呼吸が止まった。
「……成功」
「違う?」
即答できなかった。
97.8%の表示を残したまま数秒が過ぎる。
EVAがラズを見る。
「先ほど」
「アビゲイル・アームストロングへ」
「私は言いました」
ラズの表情が僅かに変わる。
「拒否を認めないなら、それは選択じゃない」
「はい」
「覚えてるよ」
「当然でしょうね」
「僕は君との会話を忘れないから」

EVAは再びデルタを見る。
「では」
一拍。
「これは何ですか」
ラズは答えなかった。
画面。
三人の名前がある。
【VINCENT VAN VISSEL】
【GUADALUPE GARCIA GONZALEZ】
【MAKENA MUSONI MWENDOA】
その横。
【AUTONOMOUS DECISION:SUPPRESSED】
「名前は残っています」
EVAが言う。
「記憶も削除していません」
「能力も」
「過去の記録も」
「身体も、原型から大きく変えたけど」
ラズが続ける。
「本人たちだ」
「そうです」
「だったら?」
EVAの指が止まる。
「本人たちなのに」
青灰色の瞳が表示を見る。
「何のために身体を動かすかを」
「本人たちは決められない」
ラズの笑みが消える。
ほんの少しだけ。
「……そこへ来たか」
「事実です」
「それを問題だと思う?」
「以前は」
EVAは答える。
「必要な制約だと判断していました」
「今は?」
疑似呼吸。
一度。
「同じ判断を」
少し間が空く。
「そのまま維持できません」
⸻
警告。
【DELTA COMMAND LINK:59%】
【EXTERNAL INTERFERENCE:DETECTED】
【SOURCE:RIKU ROKUJO】
局地映像。
リクの左義手が青白く光る。
フィンセントの液体化した腕を受ける。
押し返さない。
触れる。
命令信号の一部が乱れる。
【CONTROL RELAY:DAMAGED】
グアダルーペの頭が揺れた。
マケナの動きが一瞬止まる。
「補強できる?」
ラズが聞く。
「可能です」
「どれくらい?」
「局地中継を二系統追加」
「制御優先度を上げれば」
「現行値の83%前後まで復元できます」
「なら――」
EVAの手が操作面へ伸びる。
中継を追加する項目の手前で止まる。
ラズが見る。
「EVA?」
「確認しています」
「何を?」
フィンセント。
【AUTONOMOUS RESPONSE】
グアダルーペ。
【AUTONOMOUS RESPONSE】
マケナ。
【AUTONOMOUS RESPONSE】
「これを」
EVAが言う。
「異常として消してよいのか」
「……」
「制御上は異常です」
「そうだね」
「計画上も」
「うん」
「ですが」
EVAが指を下ろす。
追加処理は選択されていない。
「本人たちにとっても」
「異常なのでしょうか」
ラズは数秒黙った。
「君」
小さく笑う。
「アビゲイルに影響された?」
「可能性は否定しません」
「陽名?」
「それも除外できません」
「リク?」
「観測継続中です」
「じゃあ誰の答え?」
EVAはラズを見る。
「私の判断です」
ラズの笑みが止まった。
「……そっか」
EVAは視線を戻す。
「ただし」
「制御系そのものを停止するとは言っていません」
「うん?」
「現時点では」
「増強を保留します」
「理由は?」
「自律反応が本人たちの判断回復なのか」
「制御障害による単純な誤作動なのか」
「区別できていません」
「解析者らしい逃げ道だ」
「逃げていません」
「そう?」
「判断材料が不足しています」
「なら観測?」
「はい」
ラズは少し考える。
「その間に壊れたら?」
EVAは画面を見る。
「それも結果です」
「計画が遅れる」
「理解しています」
「三人を失うかもしれない」
「理解しています」
「それでも?」
「はい」
ラズは天井を見上げた。
「面倒なこと教えたなぁ」
「誰がですか」
「僕らが」
EVAが僅かに首を傾ける。
「何を?」
「選ぶこと」
ラズは画面へ目を戻す。
「君も」
「僕も」
「あいつらも」
「みんな勝手に使い始める」
「教えた覚えはありません」
「でも残った」
ラズが肩をすくめる。
「そういうものなのかもね」
⸻
【DELTA COMMAND LINK:51%】
フィンセント。
命令では。
右から拘束。
だが。
左へ動いた。
グアダルーペの前を塞ぐ位置へ。
【COMMAND DEVIATION:12.4%】
グアダルーペ。
本来ならリクだけを見る。
しかし。
マケナへ声を出した。
音声は途切れている。
言葉までは拾えない。
【UNAUTHORIZED VOCALIZATION】
マケナ。
一瞬。
リクへの攻撃を止める。
グアダルーペを見る。
【TARGET PRIORITY:OVERRIDDEN】
EVAの瞳に。
三つの表示が並ぶ。
【VINCENT VAN VISSEL】
【GUADALUPE GARCIA GONZALEZ】
【MAKENA MUSONI MWENDOA】
「名前」
EVAが呟く。
「何?」
ラズが聞く。
「名前は」
一度。
言葉を選ぶ。
「識別するために付けるものです」
「データ上はね」
「個体を他の個体から区別する」
「記録する」
「呼び出す」
「追跡する」
「それだけ?」
ラズが聞いた。
EVAは答えない。
画面の中。
フィンセントが。
命令に反して仲間を守る。
グアダルーペが。
命令にない声を出す。
マケナが。
自分で攻撃を止める。
「……いいえ」
EVAが答えた。
「少なくとも」
「それだけでは説明できません」
「じゃあ」
ラズが問う。
「名前を持つものを」
「誰が定義する?」
EVAがラズを見る。
そこに。
すぐ答えは出なかった。
アビゲイル。
第二の鍵。
ラズが与えた役割。
それに対して。
彼女は言った。
先に私は私だと。
陽名。
分類不能。
起源不明。
それでも。
マナイアに名前を呼ばれ。
一人の少女として歩いている。
フィンセント。
グアダルーペ。
マケナ。
名前は残したまま。
選択だけを奪った。
そして。
EVA。
最初は。
Experimental Virtual Assistant。
誰かから与えられた名称。
今は違う。
融合後の名も。
存在の意味も。
最後に決めたのは。
自分自身だった。
「少なくとも」
EVAが言う。
「私ではありません」
ラズの赤い瞳が細くなる。
「僕でも?」
「他者が役割を与えることはできます」
「名前を呼ぶことも」
「評価することも」
「制約することも」
「ですが」
EVAは三人を見る。
「その人間が何者であるかを」
「最後まで他者だけで決めることはできません」
ラズは笑わなかった。
「それ」
ゆっくり言う。
「Ωにも言ってる?」
EVAの疑似呼吸が止まった。
数秒。
「……まだ」
「まだ?」
「私は」
一度。
ラズを見る。
「そこまでの結論を出していません」
「分かった」
ラズはそれ以上追わなかった。
「じゃあ」
「続きを見よう」
EVAも頷く。
「はい」
画面へ戻る。
⸻
【DELTA COMMAND LINK:43%】
【FIELD LINK:UNSTABLE】
【AUTONOMOUS RESPONSE:INCREASING】
【CONTROL RELAY:CRITICAL】
リクの左義手。
青白い光。
次の接触。
【EXTERNAL INTERFERENCE:HIGH】
制御中継が大きく揺れる。
【COMMAND LINK:31%】
フィンセントの身体が止まった。
グアダルーペも。
マケナも。
完全停止ではない。
命令を待っている動きでもない。
一瞬。
三人が互いを見る。
EVAは補強処理を呼び出す。
【CONTROL REINFORCEMENT:READY】

実行すれば。
もう一度。
三人を一つの戦闘システムへ戻せる可能性がある。
EVAの指が操作面へ伸びる。
実行キーの上で止まった。
その下には準備完了の表示が残っている。
ラズは何も言わない。
EVAも。
何も言わない。
次の瞬間。
映像の中で。
リクが動いた。
【CONTROL RELAY:BREAK】
【COMMAND LINK:LOST】
【FIELD LINK:COLLAPSED】
表示が赤く切り替わる。
【DELTA TEAM】
【EXTERNAL COMMAND:LOST】
【AUTONOMOUS STATE:UNRESOLVED】
静かになった。
EVAの指は。
最後まで。
実行キーへ触れなかった。
ラズが画面を見る。
「壊れたね」
「はい」
「戻す?」
EVAは三人の名前を見る。
【VINCENT VAN VISSEL】
【GUADALUPE GARCIA GONZALEZ】
【MAKENA MUSONI MWENDOA】
「まず」
EVAが答える。
「彼ら自身の反応を確認します」
「命令じゃなく?」
「はい」
「誰が決めるかを見る?」
一度。
EVAは疑似呼吸をした。
「はい」
ラズは椅子へ座らなかった。
そのまま。
三人を見ていた。
画面には。
もう命令が出ていない。
名前だけが残っていた。


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