第2部『403_FORBIDDEN』BOOT II|403_FORBIDDEN

スポンサーリンク
クロス・バグ三部作(絶賛連載中)

 地下医療搬送線を数キロ進んでも、五つの反応は一度も戻らなかった。

 スプロケットは歩きながら端末の端へ視線を移した。

【REAR PURSUIT RESPONSE:NONE】
【MEDICAL TRANSFER LINE:ACTIVE/PARTIAL】
【DESTINATION:EMERGENCY WING 06】

 表示は変わっていない。

 後ろから追ってくる反応はない。

 だから安全とは判断できなかった。

 [ネクス・ハウンズ]は、自分たちがこの搬送線へ入ったことを知っている。

 次の固定座標も分かっている。

 追跡する必要がないなら、反応が消えていることに矛盾はなかった。

「まだ来てない!」

 前方から声が届いた。

 数秒後、マッハラインが暗い搬送線の奥から戻ってきた。

 黒い高速機動スーツの表面に、壁面照明が細く流れる。

「次の隔壁まで見てきた。誰もいない」

「その先は?」

「閉まってた!」

「見てないってこと?」

 アイリーが聞いた。

「開けてないから!」

「じゃあ誰もいないか分からないじゃん」

「隔壁の手前にはいない!」

「それを先に言って!」

「今言った!」

 アイリーはクロニアスを背負い直した。

 左脚を固定されたクロニアスが、その動きに合わせて肩掛け鞄を押さえる。

「会話の内容としては、マッハラインの報告が正しい」

「クロニアスはどっちの味方?」

「記録の味方だ」

「じゃあ黙って休んでて」

「それは難しい」

 クロニアスの右手には、もう紙の手帳があった。

「書いてる」

 スプロケットが言った。

「必要なことだけだ」

「さっきもそれ言ってた」

「今回は本当に必要なことだけだ」

「その判断、信用ないから」

 アイリーが前を向いたまま言った。

 クロニアスはペンを止めた。

「なるほど」

「納得した?」

「記録者の信用性について考えている」

「休んで」

「分かった」

 手帳は閉じなかった。

 スプロケットはそれ以上言わなかった。

 明は三人より少し前を歩いている。

 壁面の案内表示。

 床に残った搬送ライン。

 天井を走る配管。

 閉鎖された保守扉。

 一つずつ確認しながら、進行方向から視線を大きく外さない。

「この先、少し構造が変わります」

 明が立ち止まった。

「どう変わる?」

「旧線と新しい搬送線が合流します。たぶん」

「たぶん?」

「僕が使ってた路線じゃないので」

 明は天井の案内板を指した。

 文字の半分が消えている。

【MEDICAL TRANSFER JUNCTION】
【OLD LINE:――】
【EMERGENCY ROUTE:06】

「でも、6号棟の表示は残ってます」

「距離は?」

「ここからなら、そんなに遠くないです」

 スプロケットも端末で経路を照合した。

【CURRENT POSITION:MEDICAL TRANSFER JUNCTION 04】
【NEXT FIXED COORDINATE:EMERGENCY WING 06】
【ESTIMATED DISTANCE:1.8 KM】

「合ってる」

「じゃあ行こう!」

 アイリーがすぐに歩き出した。

「待って」

「何?」

「隔壁」

 スプロケットは前方を見る。

 旧線と搬送線の合流地点に、大型隔壁が残っていた。

 中央は閉じている。

 左右に非常用の小型通路がある。

 右側だけに弱い電力反応が残っていた。

「マッハライン」

「見てくる!」

「まだ何も言ってない」

「右だろ?」

「……うん」

「行ってくる!」

 マッハラインの姿が消えた。

 足音はほとんど残らない。

 スプロケットは右側の非常通路へ近づいた。

 壁面端末は停止している。

 画面も暗い。

 それでも内部には微弱な待機電力があった。

 指先を端末へ触れる。

 《サイバー・リゾナンス》を深くする必要はなかった。

 暗かった画面に旧い認証表示だけが浮かんだ。

 旧い通信規格。

 遮断された都市網。

 医療搬送系統。

 その奥に、別の認証層が残っている。

 前にも触れたものだった。

【LEGACY AUTHORIZATION:PARTIAL MATCH】
【AUTHORIZATION ORIGIN:UNRESOLVED】

 スプロケットの指が止まった。

 同じ表示。

 トーキョー・シティへ入ってから何度も返されている。

 自分が要求していないのに開いた経路。

 現在図から消えていた保守設備。

 古い医療設備。

 どれも同じ認証へ反応した。

 発行元は分からない。

 これまでの検索結果も残っている。

【QUERY:LEGACY AUTHORIZATION ORIGIN】
【RESULT:NOT FOUND】
【QUERY:SPROCKET/LEGACY ACCESS HISTORY】
【RESULT:NOT FOUND】

 その下に検索セッションだけが残っていた。

【SEARCH SESSION:ACTIVE】

 スプロケットは非常通路の端末から返される旧系統を見た。

 先ほどまで使っていた搬送線とは接続先が違う。

 古い。

 現在の都市網より深い。

 消えているのではなく、切り離されている。

 スプロケットは検索範囲を変更した。

【QUERY:LEGACY AUTHORIZATION ORIGIN】
【SEARCH RANGE:LOCAL/CITY/LEGACY】
【SEARCHING】

 反応が返る。

 すぐには文字にならなかった。

 途切れた識別番号。

 読み取れない管理名。

 欠損した時刻情報。

 それらの奥で一つの応答だけが消えなかった。

【REFERENCE:DETECTED】

 スプロケットは瞬きをした。

 もう一度確認する。

【REFERENCE:DETECTED】
【ARCHIVE ENTRY:EXISTS】

 前と違う。

 見つからなかったのではない。

 ある。

 スプロケットは接続を一段深くした。

【ACCESS REQUEST:SUBMITTED】
【AUTHENTICATION:CHECKING】

 旧認証が送られる。

 入口側の照合までは通過した。

【LEGACY AUTHORIZATION:PARTIAL MATCH】

 その直後、処理が止まった。

【REQUESTER AUTHORITY:INSUFFICIENT】
【ARCHIVE ACCESS:DENIED】

「……え?」

 スプロケットは画面へ顔を近づけた。

 もう一度送る。

【ACCESS REQUEST:RESUBMITTED】
【AUTHENTICATION:CHECKING】
【REQUESTER AUTHORITY:INSUFFICIENT】
【ARCHIVE ACCESS:DENIED】

 同じ結果。

 検索条件を変える。

【QUERY:SPROCKET/LEGACY ACCESS HISTORY】
【REFERENCE:DETECTED】
【ARCHIVE ENTRY:EXISTS】
【ACCESS:DENIED】

 さっきまでは存在しなかった。

 少なくとも、自分が検索できる範囲にはなかった。

 今は違う。

 情報はある。

 そこへ続く経路もある。

 自分の認証も入口までは届いている。

 その先だけが閉じていた。

【403_FORBIDDEN】

 スプロケットは表示を見たまま動かなかった。

 404ではない。

 見つからないのではない。

 接続先が存在する。

 ただ、自分には開かない。

 それなら方法はある。

 認証を変える。

 別経路を探す。

 古い管理系統へ回る。

 現在の権限照合を迂回する。

 端末ではなく《サイバー・リゾナンス》から直接――

「……スプロケット……」

 声が近くから聞こえた。

 反応できなかった。

「スプロケット」

 肩へ手が触れた。

 スプロケットは顔を上げた。

 アイリーが目の前にいた。

「また止まってる」

「……うん」

「何かあった?」

 スプロケットは端末を見る。

 表示は消えていない。

【403_FORBIDDEN】

「見つかった」

「ほんと?」

「うん」

 アイリーの表情が明るくなった。

「じゃあ何だったの?」

「分からない」

「見つかったんでしょ?」

「あるのは分かった」

「何が?」

「それが分からない」

 アイリーの眉が寄った。

「つまり?」

「見せてもらえない」

「誰に?」

「それも分からない」

「……全然分からないじゃん」

「前よりは分かる」

「どこが?」

「前は、なかった」

 スプロケットは表示を指した。

「今はある」

 アイリーも画面を見る。

「入れない?」

「うん」

「壊れてるとかじゃなくて?」

「違う。拒否されてる」

「じゃあ開ければいいじゃん」

 スプロケットはアイリーを見た。

「開ける」

「今?」

「……」

 アイリーは自分の背中を少し揺らした。

 クロニアスの固定された左脚が視界へ入る。

 スプロケットは数秒黙った。

「今じゃない」

「うん」

「先に救急棟6号」

「うん」

「クロニアスを治療する」

「そう」

「帰還座標も作る」

「そう!」

 アイリーは満足したように頷いた。

「そのあと!」

「開ける」

「よし!」

「何がよしなの?」

「戻ってきたから」

「どこから?」

「そっち」

 アイリーは端末を指した。

 スプロケットは答えなかった。

 左頬へ指が触れかける。

 途中で止めた。

「聞こえてた?」

 クロニアスがアイリーの背中から尋ねた。

「何が?」

「今の話だ」

「聞こえる距離だよ」

「そうではなくて、記録していい内容か確認した」

「休んでって言ったよね?」

「確認だけだ」

「駄目」

「スプロケット?」

 クロニアスがこちらを見る。

 スプロケットは少し考えた。

「403だけ」

「403?」

「見つからないから、見せないに変わった」

 クロニアスの表情が変わった。

 疲労の残る目が端末へ向く。

「なるほど」

「書かないで」

「まだ何も言っていない」

「今、書こうとした」

「否定はしない」

「クロニアス」

「休む」

 手帳が閉じられた。

 明は少し離れた位置から端末を見ていた。

「それって」

「うん」

 スプロケットが返す。

 明は少し間を置いた。

「誰かが隠してるってことですか?」

「まだ分からない」

「でも、情報はある?」

「ある」

「じゃあ……消されたわけじゃない?」

「それも分からない」

 スプロケットは画面へ戻る。

「残ってるものがある。それだけ」

 見つからないことと、存在しないことは同じではない。

 今度は、その逆も増えた。

 存在することと、自分が知れることも同じではない。

「スプロケット!」

 前方からマッハラインの声が届いた。

 次の瞬間には本人が戻ってきた。

「開いてる!」

「隔壁?」

「非常通路! その先も行ける!」

「何かいた?」

「動いてるのはいない!」

「今度はちゃんと見た?」

 アイリーが聞いた。

「見た!」

「どこまで?」

「次の連絡区画!」

「その先は?」

「見てない!」

「じゃあ同じじゃん!」

「でも6号棟が見えた!」

 スプロケットが顔を上げた。

「見えた?」

「表示がある。あと、非常灯も点いてる」

「人は?」

「見えない」

「[世界政府]は?」

「見えない」

「ネクス・ハウンズは?」

「見えない!」

 マッハラインは一度後ろを見る。

「でも静かすぎる」

 その言葉だけ、少し速さがなかった。

 スプロケットは端末へ現在位置を更新した。

【CURRENT POSITION:MEDICAL TRANSFER JUNCTION 04】
【DESTINATION:EMERGENCY WING 06】
【ROUTE:RECALCULATED】
【DISTANCE:0.9 KM】

 後方反応はない。

 前方にも識別信号はない。

 救急棟6号だけが固定座標として残っている。

 行くしかない。

「進む」

「よし!」

 アイリーが歩き出す。

「俺、先行する?」

「見える範囲だけ」

「分かった!」

「戻ってきて」

「戻ってきてるだろ!」

「今度も」

「分かった!」

 マッハラインが先へ走った。

 明も非常通路へ入る。

 通路の奥を確認してから、スプロケットへ振り返った。

「行けます」

「うん」

 スプロケットは壁面端末から手を離した。

 403の表示は消えない。

 検索セッションを終了する選択肢も出ている。

 スプロケットは検索セッションだけを携行端末へ残した。

【ARCHIVE ENTRY:EXISTS】
【ACCESS:403_FORBIDDEN】
【SEARCH SESSION:ACTIVE】

 画面を端へ移す。

 中央へ救急棟6号までの経路を戻した。

【NEXT WAYPOINT:EMERGENCY WING 06】
【RETURN COORDINATE:UNAVAILABLE】

 今度は何も見つからなかったわけではない。

 閉じられていた。

 スプロケットは非常通路へ入った。

 背後で端末の光が消えた。

 携行端末には、一つの表示だけが残った。

【403_FORBIDDEN】
【SEARCH SESSION:ACTIVE】

コメント

タイトルとURLをコピーしました