第1部『404_NOT_FOUND』INTERRUPT_02|RETRIEVAL

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クロス・バグ

 防火扉が通路の外側へ膨らんだ。

 一度目の衝撃で中央が歪み、二度目で上部の固定具が外れた。

 男は生じた隙間へ肩を入れ、そのまま速度を落とさず通過した。

【TARGET STATUS:MOVING】​
【PROVISIONAL CLASSIFICATION:REMNANT CANDIDATE】​
【PERSONALITY CONTINUITY:POSSIBLE】​
【CAPTURE CONDITION:ALIVE】

 第八街区地下商業区の構造がリッジの視界へ重なる。

 北側は崩落している。

 西側はすでに閉じている。

 南側には旧搬送区画が残っている。

 東側だけが開いていた。

 逃げ道ではない。

 逃げ道として残した場所だった。

「ハリアー、東から――」

『もういるよ』

 上階から声が落ちてきた。

 ハリアーは吹き抜けの手すりを越え、短い噴射で男の進行方向へ滑り込んだ。

『右脚ちょっと遅いね』

『でも上へ行きたがってる』

『私なら今の段差ならそのまま二階へ上がるけど、この人は体重が前に残ってるから――』

「結論」

『南へ曲がるよ』

 男が床を蹴った。

 壁面へ足を掛け、一度の踏み込みで上階の手すりへ腕を伸ばす。

 ハリアーは身体を横へ倒した。

 男の指先が数センチ下を通過する。

『ほらね』

 ハリアーが右肩へ低出力弾を撃ち込んだ。

 男は空中で姿勢を崩し、着地した直後に南側へ進路を変えた。

『私ならもう一回上へ行くけど、あの着地なら無理だね』

「そのまま送れ」

『分かってる』

 ハリアーは男の斜め前を飛ぶ。

 捕まえる距離には入らない。

 逃げたくなる位置だけを維持した。

   ◇

「セッター」

『もう使ってる』

 地下商業区の照明が一斉に落ちた。

 男の進む南側だけが白く点灯する。

 停止していた清掃車両が分岐へ入り、東側を塞いだ。

 天井へ残っていた二基の警備ドローンが再起動する。

 閉鎖されていた案内板が点灯し、南側搬送区画への誘導表示だけが残った。

『ここ、思ったより生きてるな』

「復旧設備ではない」

『動けば同じだ』

「違う」

『私には同じ』

 男が清掃車両へ突進した。

 肩が車体へ当たる。

 無人車両が横転し、金属が床を擦った。

『おい』

 セッターの声が低くなる。

『それまだ使えたんだぞ』

 男は横転した車体を踏み台にして跳んだ。

『壊すなら使えない物から壊せ』

「対象には伝わらない」

『分かってる』

 セッターは別の清掃車両を起動した。

 開いた分岐が再び塞がれる。

『だから腹が立つ』

   ◇

 着地点へ三本の捕獲線が飛んだ。

 男は一本目を避けた。

 二本目を腕で弾く。

 三本目だけが左脚へ絡んだ。

 男は着地と同時に線を引き、固定具を壁から引き剥がした。

『反射』

 プロットの声が入った。

『見て理解した回避ではない』

『避けたなら同じじゃない?』

 ハリアーが返した。

『同じではない』

『結果は同じだよ』

『お前は前回もそれで捕獲経路を一つ無駄にした』

『まだ覚えてるの?』

『記録している』

『終わった話でしょ』

『お前が終わらせただけだ』

「プロット」

『分析は続けている』

「それだけ続けろ」

『了解』

 プロットはそれ以上ハリアーへ返さなかった。

 代わりに南側の保守扉を一つ閉じた。

 別の扉を半分だけ開く。

 男の視界から見れば、そこだけが通れそうに見えた。

『右へ寄る』

 プロットが言う。

『二秒後』

 男が開いた扉へ向きを変えた。

『一秒』

 男が右側へ寄る。

『入った』

   ◇

 リッジは鎮静弾の記録を確認した。

【SEDATIVE IMPACT:3】​
【MOBILITY REDUCTION:4.6%】​
【METABOLIC RESPONSE:ABNORMAL】

「ドゴ」

『追加投与は推奨しません』

「理由」

『現在の代謝速度では有効濃度へ到達する前に追加分が重なります』

『呼吸抑制へ移行する可能性があり、正確な安全域を出すには血中濃度と肝代謝速度の再計測が――』

「結論だけ」

『先に止めてください』

「時間は」

『十二秒維持します』

 ハリアーの声がすぐに重なった。

『南から入れる』

『十一度くらい』

『十一度なら適切です』

『十二度は?』

『十二度以内です』

『じゃあ十一度』

『適切です』

『最初からそう言ってよ』

『最初から十二度以内と回答しました』

『そういうところだよね』

 ドゴは返さなかった。

 会話が終わったと判断していた。

 南側搬送区画の正面へ黄色の識別表示が入る。

 重装フレームを展開したドゴが隔壁の前へ立った。

 ハリアーが男の視界へ降りる。

『こっち』

 男が加速した。

 ハリアーは接触寸前で上へ抜ける。

 男はそのままドゴへ突進した。

 衝突の瞬間、ドゴは正面から押し返さなかった。

 右脚を半歩だけ後ろへ引く。

 男の肩を受けた装甲が沈む。

 衝撃が脚部フレームから床へ流れ、その一部が背後の隔壁へ逃げた。

 壁面の表示板が砕ける。

 床が低く軋んだ。

 ドゴの位置は動かなかった。

『荷重正常』

 ドゴが言う。

『残り九秒』

「セッター、拘束」

『待ってた』

 床面の保守パネルが開く。

 即席で接続された拘束具が男の両脚へ巻きついた。

 一本が引きちぎられる。

 二本目が腰を固定する。

 三本目が右腕へ食い込んだ。

『六秒』

 ドゴが告げる。

 ハリアーが男の背後へ降り、肩へ捕獲具を撃ち込む。

『三秒』

 男が身体をひねる。

 拘束具が一つ切れる。

『二秒』

「薬剤」

 セッターが拘束具から鎮静剤を流した。

 男の身体が大きく震えた。

『一秒』

 膝が落ちる。

 ドゴは腕を緩め、男の頭部が床へ当たる前に身体を支えた。

【TARGET IMMOBILIZED】
​【VITAL STATUS:STABLE】
​【RETRIEVAL STATUS:ALIVE】

 男の指がドゴの前腕装甲を擦った。

「開けろ……」

 通信から雑音が消えた。

 男は正面の保守扉を見ている。

「通る……」

 呼吸が荒い。

「戻る……」

 リッジが男の前へ回った。

「名前は分かるか」

 反応はない。

「ここがどこか分かるか」

 男の目は扉から動かなかった。

「仕事へ戻る……」

 それだけだった。

   ◇

 ドゴが呼吸と脈拍を確認する。

 セッターはその横から男の左腕へ手を伸ばした。

『生体計測中です』

「腕は取らない」

 セッターが破損した端末を外す。

『端末の取り外しも計測条件へ影響します』

「動いてない」

『動作していないことと影響がないことは同義ではありません』

「長い」

 セッターは端末を裏返した。

 割れた画面の一部だけが点灯する。

【第8街区設備保守員】​
【勤務状態:終了未処理】

 内部記録が残っていた。

 氏名。

 所属部署。

 勤務開始時刻。

 トリガー発動当日の作業予定。

 セッターが一覧を送る。

『これ』

 作業予定の一つが表示された。

【MAINTENANCE TARGET:SOUTH TRANSFER GATE】​
【INSPECTION STATUS:NOT STARTED】

 男が何度も破ろうとしていた扉だった。

『仕事に戻ろうとしてたの?』

 ハリアーが聞いた。

『そう見える』

 プロットが答える。

『じゃあそうなんじゃない?』

『そう見えることと、本人がそう判断していることは別だ』

『またそれ?』

『同じ問題だ』

 ドゴが男の瞳孔反応を確認した。

『職業記憶が運動手順と空間認識へ残存している可能性があります』

『長期記憶は単一の機能ではなく、手続き記憶、意味記憶、エピソード記憶によって――』

「ドゴ」

『はい』

「結論」

『仕事の記憶だけが残っている可能性があります』

『それなら最初からそう言えばいいのに』

 ハリアーが言う。

『質問された内容が異なります』

『もういい』

『了解しました』

 ドゴは本当に説明を止めた。

   ◇

 セッターが生体情報と捕獲記録を統合する。

 移動速度。

 刺激反応。

 発話。

 過去十二日間に残された映像。

 社会的反応。

 身体能力。

 再分類処理が進んだ。

【REMNANT CRITERIA:INSUFFICIENT】
​【PERSONALITY CONTINUITY:UNCONFIRMED】
​【SOCIAL RESPONSE:LOW】
​【OCCUPATIONAL MEMORY:PARTIAL RESIDUE】
​【PHYSICAL ENHANCEMENT:HIGH】
​【ABILITY STATUS:NONE】

 表示が更新される。

【CLASSIFICATION:BOOSTED】
​【FACTOR STATUS:FORCED ACTIVATION】
​【MEMORY RESIDUE:DETECTED】
​【RETRIEVAL STATUS:ALIVE】

『レムナントじゃなかったね』

 ハリアーが言った。

「分類が変わった」

 リッジは男を見る。

『搬送は?』

「続行」

『レムナント回収じゃなくなった』

 ハリアーが確認する。

「生存回収条件は解除されていない」

『了解』

 それで終わった。

 男が誰だったのか。

 どこまで残っているのか。

 何を考えて扉へ戻ったのか。

 それを今ここで決める必要はなかった。

 搬送カプセルが区画へ入る。

 ドゴが男を載せる。

 セッターは破損した勤務端末も一緒に回収した。

 プロットが対象の移動記録を保存する。

 ハリアーは横転した清掃車両を見下ろした。

『あれ直る?』

「直す」

 セッターが即答した。

『左側駆動系と前輪支持部が変形しています』

 ドゴが言う。

「動く」

『移動可能であることと継続使用可能であることは――』

「また始まった」

 ハリアーが言う。

『故障しています』

 ドゴが結論だけに変えた。

「使える部品だけ取れ」

 リッジが言う。

「最初からそのつもりだ」

『今、直すって言ったよね』

 ハリアーが笑った。

「直せる部分は直す」

『それを普通は部品取りって言わない?』

「お前は黙って飛んでろ」

『飛びながら喋れるよ』

「知ってる」

   ◇

 搬送カプセルが地下商業区を離れた。

【RETRIEVAL COMPLETE】
​【CLASSIFICATION:BOOSTED】
​【TRANSFER:MEDICAL CLASSIFICATION FACILITY】
​【STATUS:ALIVE】

 セッターが次の経路を開く。

 その途中で別の端末が短く反応した。

『第十四街区で一つ起きた』

「種類」

『公共施設系』

 セッターが接続履歴を表示する。

【SECTOR 14 LEGACY TERMINAL:ACTIVATED】
【ACCESS DURATION:SHORT】
【USER:UNRESOLVED】

「内容」

『教育用データ、市民記録、変異市民の分類』

「外部通信」

『なし』

「今の任務との関係」

『ない』

「残せ」

『調べないのか?』

「次の対象を出せ」

 セッターは数秒だけ表示を残した。

「つまらない」

『任務はお前を楽しませるために存在していない』

 プロットが言った。

「お前に言われたくない」

『何年前から同じことを言っているか確認するか?』

「いらない」

『記録はある』

「聞いてない」

 次の回収候補が作戦盤へ表示された。

【NEXT RETRIEVAL SUBJECT:LOADING】
【PROVISIONAL CLASSIFICATION:AWAITING CONFIRMATION】
【CAPTURE CONDITION:ALIVE】

「次へ」

 リッジが言った。

『もう上にいるよ』

 ハリアーの声が先に返る。

「まだ場所を送っていない」

『大体分かる』

「大体で動くな」

『じゃあ送って』

 セッターが新しい経路を接続する。

 プロットは先に局所地図を開いた。

 ドゴが搬送路の構造データを確認する。

『南側経路は現在の車重と路面損傷率から計算すると――』

「結論」

『通行可能です』

「南へ行く」

 五人の返答は揃わなかった。

 動きだけが揃った。

 搬送車両は次の回収地点へ向かった。

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