TASK_01|残響
死者の声は、機械が静かな時ほど鮮明になった。
『スプロちゃん』
呼ばれた気がして、スプロケットは指を止めた。
ヘヴンの工房・保守区画では、天井の送風機が低い振動を続けている。
作業台には交換用の制御基板、被覆を剝いた配線、計測器、レンチャーが使い終えた工具が並んでいた。
床面を開いた点検口からは、居住区画へ空気を送る冷却管と換気管が見えている。
「止めるな。今の線だ」
壁際の制御盤へ上半身を入れたまま、レンチャーが言った。
「止めてない」
スプロケットは補助端末へ視線を戻した。
換気設備の物理的な故障は、すでにレンチャーが取り除いている。
スプロケットが追っているのは、修理を終えた設備へ六分ごとに停止命令を送り続ける制御信号だった。
「古い命令が残ってる」
「消せるか」
「消せる。でも、どこから来てるか確認してから」
「三分でやれ」
「短い」
「診察まで三分だ」
スプロケットは返事をせず、入力履歴をさかのぼった。
停止命令。
出力制限。
警告記録。
過去の保守音声。
古い住民登録。
使用されなくなった設備管理番号。
断片化した情報が、細い川のように同じ経路へ流れ込んでくる。
そこへ、現在の設備には存在しない声が重なった。
『スプロちゃん』
タウロスの声だった。
換気装置の奥にも、作業台の下にも、彼の巨体はない。
それでも、自分を呼ぶ声だけが信号の中へ残っている。

「また混ざったのか」
レンチャーが制御盤から顔を出した。
「古い保守音声かもしれない」
「タウロスが換気設備を点検してたとは知らなかったな」
「ぼくも知らない」
「なら、今は追うな」
レンチャーは手を伸ばし、端末から接続ケーブルを抜いた。
「乱暴に抜いたら記録が壊れる」
「保存処理は終わってる」
「見てたの?」
「お前が診察時間を忘れるところまで見てた」
スプロケットは壁面時計を確認した。
予約時刻を四分過ぎている。
「これを終わらせてから行く」
「昨日も聞いた」
「昨日は別の設備」
「お前の診察は同じだ」
レンチャーは抜いたケーブルを束ね、作業台の端へ置いた。
「設備は逃げない。止まったら俺が動かす」
「信号は消えるかもしれない」
「消えたら残った記録から探せ。得意だろ」
言い方は無愛想だった。
それでも端末を取り上げず、保存済みの記録も消さなかった。
スプロケットは接続履歴を閉じた。
「あとで戻る」
「診察が終わってからだ」
工房を出ても、送風機の振動は通路の床へ伝わっていた。
レンチャーが設備を動かす。
誰かがその空気を吸う。
誰かが、その下で暮らしている。
聞こえた声だけが、その日常に属していなかった。
ヘヴンの医療区画には、空調装置の低い振動音が続いている。
壁際では消毒用の温水が循環し、別の診察台では訓練中に足を痛めた少年が包帯を巻かれていた。
タウロスの姿はない。
入口にも、中央共同区画へ続く通路にも、彼の巨体は見えなかった。
それでも、声だけは残っている。
記憶なのか。
機械へ残された音声なのか。
精神信号なのか。
陽名との接触によって壊れた自分が作り出した反応なのか。
スプロケットには、まだ区別できなかった。
「今、どこを見てたの?」
ソレイシアが小型照明をスプロケットの瞳から離した。
黒髪を後ろで束ね、白衣ではなく、ポケットの多い医療用ベストを身につけている。
「入口」
「誰かいた?」
「いなかった」
ソレイシアは返事を急がなかった。
瞳孔反応を端末へ記録し、首筋へ貼った神経測定片を一枚ずつ外していく。
その手首には、青白い線状の痕跡が薄く残っていた。
「身体の反応は安定しています。発熱もないし、神経負荷も前回より低い」
「じゃあ、もう問題ない?」
「そうは言っていません」
ソレイシアは端末を閉じた。
「身体が動くことと、《サイバー・リゾナンス》が元へ戻ったことは別です。接続したあとに何が残るのか、今のあなたにも分かっていないでしょう」
「接続しなくても聞こえる」
「そこが問題です」
医療区画の奥で、金属製の器具が触れ合った。
その音へ、遠くで鳴った銃声の残響が重なる。
スプロケットは左手を握った。
今の音は医療器具だ。
銃声ではない。
そう整理している間に、隣の診察台から長い脚が伸びてきた。
「ソレイシア、私はもういい?」
アイリーが寝台へ腰掛けていた。
ダークブラウンの髪をポニーテールにまとめ、右手の人差し指には新しい固定帯が巻かれている。
「まだです」
「指一本だよ」
「その一本を隠して訓練を続けたでしょう」
「隠してない。言うのを忘れてただけ」
「同じことです」
アイリーは唇を尖らせた。
十五歳としてはかなり背が高い。
訓練着から伸びる腕には、父親から受け継いだ身体的な強さが表れていた。
「もう痛くないし、治ってる」
「治ったかどうかを決めるのは、痛みを無視した本人ではありません」
ソレイシアが固定帯を締め直す。
アイリーは小さく息を漏らした。
「痛い」
「治っていませんね」
医療区画の隅で、レゾナがわずかに笑った。
腰まで届くダークブラウンの髪を後ろでまとめ、白いシャツの上に作業用ベストを着ている。
琥珀色の瞳はアイリーとよく似ていた。
ただし娘のように、感情をそのまま表へ出すことはない。
「お母さんまで笑わないでよ」
「笑っていないわ」
「笑ってる」
「少しだけね」
レゾナはアイリーからスプロケットへ視線を移した。
《エンパシア》を使われた感覚はない。
それでも、自分が何を聞いたのか気づかれているように感じた。
「今日は、聞こえるものと自分の考えを分けられてる?」
正解を求める問いではなかった。
スプロケットは先ほどの声を思い返した。
タウロスが自分を呼ぶ時の声だった。
記録の再生としては自然すぎる。
現在の呼びかけとしては静かすぎる。
「たぶん」
「なら、分からないものを分かったことにしないで」
「それだけ?」
「今は、それだけでいいわ」
レゾナは心の内側へ踏み込んでこなかった。
感情を読み取れるからこそ、本人が言葉にしないものを勝手に外へ出さない。
スプロケットは、その距離に何度も助けられていた。
医療区画の壁面表示が切り替わった。
【転送・係留中枢から緊急呼出】
続いて、短い警告音が鳴る。
【帰還座標を消失】
【SUBJECT:CHRONIAS】
「クロニアス?」
アイリーが固定帯を巻かれた手を上げた。
設備管理回線が開く。
『転送中枢の負荷が跳ねた。ヴォルトが同じ対象を再取得し続けてる』
レンチャーの声だった。
背後から工房の機械音が聞こえる。
「設備の故障ですか?」
ソレイシアの問いに、短い否定が返った。
『違う。主電源も冷却も正常だ。装置は正常なまま、答えだけが複数出てる』
「クロニアスの座標が原因?」
『確認する。俺は先に中枢へ行く』
回線が切れた。
スプロケットは診察台から足を下ろした。
「待ってください」
ソレイシアが呼び止める。
「診察は終わっていません」
「座標が消えた」
「あなたが急いでも、座標は戻りません」
「ぼくなら、残った信号を拾えるかもしれない」
ソレイシアはスプロケットを見た。
止めなかった。
代わりに医療端末を持ち、立ち上がった。
「私も行きます。あなた一人では接続させません」
レゾナも席を立つ。
最後に、アイリーが診察台から跳び下りた。
「私も行く」
「あなたは診察が終わっていません」
「スプロケットも終わってないよ」
「二人とも、戻ったら続きです」
ソレイシアの声が少し低くなった。
アイリーは口を閉じた。
医療区画の自動扉が開く。
外では、ヘヴンの日常が続いていた。
TASK_02|失われた座標
ヘヴンは、旧文明の地下施設を再整備して作られた共同体だった。
天井には古い配管と電線が走り、その下を住民たちが行き交っている。
中央共同区画では遅い食事を取る者たちが長机を囲み、会話と食器の音を重ねていた。
発電・機械区画からは、設備班が発電機と配管を調整する音が聞こえる。
記録・教育区画から戻った子供たちが、狭い通路を走っていた。
「走らないで」
レゾナの声が届くと、子供たちは足を緩めた。
その横をアイリーが追い越し、転送・係留中枢へ続く階段を先に下りていく。
豪華な設備はない。
壊れたものを修理する。
残された資源を分ける。
住民がそれぞれ役割を持ち、暮らしを続ける。
スプロケットにとって、ここは所属先というだけではなかった。
自分の正体を知らなくても、スプロケットという名前でいられる場所だった。
下層へ進むほど、生活音は遠くなった。
転送・係留中枢の前には二重の隔壁があり、関係者以外の立ち入りは禁止されている。
最初の扉が開くと、冷却機の風と座標演算装置の振動が押し寄せた。
床面の制御盤が開かれ、レンチャーが転送装置の下へ腕を入れている。
工房から持ってきた工具箱が横に置かれ、冷却管と電力線へ複数の測定器が接続されていた。
「主電源、補助電源、冷却、通信。全部正常だ」
レンチャーは床下から身体を起こした。
「こっちが同じ場所を見てる間に、向こうの座標だけが変わり続けてる」
中枢の中央には、転送装置と一体化した男がいる。
ヴォルト。
六十二歳になる彼の身体は固定椅子へ接続され、複数のケーブルが背後の演算装置へ伸びていた。
目元を覆うVRゴーグルには、外部座標と空間経路が重なって表示されている。
右手では、小さな金属製のフィジェットトイが回っていた。
指の動きが止まるたび、投影されている座標線が大きく揺れる。
「遅いぞ」
ヴォルトは正面を向いたまま言った。
「呼ばれてから三分も経ってない」
「座標を失ってからは十八分経過している」
ヴォルトの隣では、ペグが記録端末を操作していた。
小柄なシェルパ族の女性で、黒髪を一本の三つ編みにしている。
彼女の周囲には淡い金色の座標点が浮かび、ヘヴン側の空間を静かに固定していた。
中枢奥の通信画面には、黒い仮面が映っている。
ドミネーターは、ポイゾナス、ミーラ・マリクとともにヘヴン外部の作戦へ出ていた。
即時帰還はできない。
それでも、この場の最終判断を下すのが誰なのかは変わらなかった。
『報告しろ』
「クロニアスの帰還点を消失」
ヴォルトが答えた。
空中へ、クロニアスの行動経路が表示される。
「トーキョー・シティ外縁から中核ドームへ向かう旧地下線を調査していた。予定経路から離脱後、帰還座標との距離が変動を開始」
「本人の判断で外れた?」
スプロケットが尋ねた。
「未登録区画を発見したようだ」
ヴォルトが指を動かす。
一本だった座標線が七本へ分裂した。
「同一識別情報が、複数地点から返っている。発信時刻も一致しない。最新の信号より、古い信号があとから到着している」
「《タイムエコー》の影響?」
「判断不能。本人の通常通信は途絶している」
ペグが保存された通信記録を開いた。
【SUBJECT:CHRONIAS】
【RETURN POINT:UNRESOLVED】
【CURRENT COORDINATE:MULTIPLE】
【TIME STAMP:CONFLICT】
【LIVE RESPONSE:UNKNOWN】
雑音の中から、クロニアスの声が流れる。
『旧路線名は現行記録と一致しない。壁面表記は第六地下線。保存された都市地図には存在しない』
音声が途切れる。
『構造は二〇四二年以前のものに見える。ただし、接続されている設備は新しい。これは改修ではなく――』
言葉の途中へ、別の記録が重なった。
『記録順序が逆転している。受信した者は、時刻ではなく内容を基準に並べてほしい』
再び雑音が入る。
『現在位置を記録する。中核ドーム地下、座標――』
数値は最後まで続かなかった。
クロニアスは助けを求めていない。
最後まで自分が発見したものを誰かへ残そうとしていた。
その記録が、帰還経路を失ったことで救難信号へ変わっている。
「元の情報を見せて」
スプロケットは転送装置の補助端末へ手を置いた。
「今の状態で接続するのですか?」
ソレイシアが近づく。
「音声だけじゃ分からない」
「接続したあとに何が残るかも分かりません」
「クロニアスが残ってるかは分かるかもしれない」
ソレイシアは通信画面へ視線を向けた。
仮面の奥から、ドミネーターの灰色の瞳がスプロケットを見る。
『接続時間を制限しろ』
「九十秒」
ソレイシアが条件を加えた。
「異常値が出たら、時間内でも切ります」
スプロケットはうなずき、端末の入力層を開いた。
電子情報が、指先から腕へ伝わる。
座標。
映像。
旧地図。
クロニアスの音声。
都市設備へ残された命令。
《タイムエコー》によって引き出された時間残響。
すべてが同じ接続経路を通り、押し寄せてきた。
照明の消えた駅。
動いていないはずの車両。
壁面へ残された古い路線名。
現在の都市構造と重ならない階段。
同じ通路を歩くクロニアスの姿が、異なる時刻ごとに複数現れる。

過去なのか、現在なのか。映像だけでは判別できない。
さらに奥には、別の信号があった。
都市設備ではない。クロニアスでもない。
多数の生体反応が、同じ命令を繰り返している。
歩け。
止まれ。
運べ。
守れ。
集まれ。
一つの意思が、何十もの存在を同じ経路へ押し込んでいた。
スプロケットが意識を向けた瞬間、信号の一部がこちらを向いた。
【EXTERNAL NETWORK RESPONSE】
表示はすぐに消えた。
同時にクロニアスの反応の一つから音声が届く。
『受信者がスプロケットなら、時刻を信用しないでくれ』
雑音。
『声の順番ではなく、内容を追え。私は――』
記録は途中で切れた。
現在の接続へ反応したのか。
過去に残された音声が、偶然スプロケットへ届いたのか。
判断できない。
ただし、完全に閉じた過去の記録とは違っていた。
奥にまだ変化する何かがある。
「時間です」
ソレイシアの声が遠くから届く。
接続が切断された。
スプロケットは端末から手を離した。
地下駅の映像が視界の端へ残ったまま、現在の転送中枢が戻ってくる。
身体が傾き、ソレイシアが腕を支えた。
アイリーが正面から顔を覗き込む。
「スプロケット。ここ、見えてる?」
「見えてる」
「私は誰?」
「アイリー」
「じゃあ、今のところ大丈夫」
アイリーが息を吐いた。
「クロニアスは?」
ヴォルトの問いにスプロケットは分裂した座標を見た。
「現在へ返事を返す反応が残ってる」
「生存と判断できるか」
「確定はできない。でも、全部が過去の記録じゃない」
「帰還座標は」
「一つにはできない」
通信画面のドミネーターが、分裂した経路を見上げた。
『救出は可能か』
「ここからじゃ無理」
『現地なら』
「信号同士の距離を比べられるかもしれない」
「能力が安定していません」
ソレイシアが告げる。
「だから、離れた場所からじゃ分からない」
スプロケットは腕を引かなかった。
「ぼくが行く」
複数のクロニアスの声が、まだ頭の奥へ残っている。
その中から現在へ続く一つを見失うわけにはいかなかった。
「信号に呼ばれたから行くの?」
レゾナが尋ねた。
スプロケットは振り返った。
「それとも、自分で行くと決めたの?」
信号は完全ではない。
クロニアス本人が、どこまで意識を保っているのかも分からない。
それでも、置いていく理由にはならなかった。
「ぼくが行くと決めた」
レゾナはそれ以上尋ねなかった。
ドミネーターがヴォルトへ顔を向ける。
『進入経路を選定しろ』
「都市内部への直接転送は不可能」
『外縁まででいい』
「帰還座標は不安定になる」
『それを前提に組め』
任務が動き始めた。
TASK_03|観測者
転送準備が進む間、スプロケットたちは療養区画へ移動した。
医療区画よりも静かな場所だった。
照明は弱く調整され、空調音も寝台で休む者たちを妨げない水準へ抑えられている。
窓のない個室で、テアは車椅子に座っていた。
銀白色の髪を整え、細い酸素チューブを鼻へ通している。
痩せた身体には厚い毛布が掛けられていたが、背筋は舞台へ出る直前の役者のように伸びていた。
淡い灰青色の瞳が、入ってきた者を順番に捉える。
「ずいぶん大人数ね」
掠れた声には、まだ明るさがあった。
壁面の通信画面に、ドミネーターの仮面が映る。
『観測を頼みたい』
「命令ではないのね」
『あなたの身体に関わる』
「対象は?」
『スプロケットだ』
「クロニアスではなく?」
『彼の座標は固定できない』
テアはスプロケットを見る。
「そうね。あなたなら、まだ舞台から落ちずに済みそうね」
「ぼくを通して都市を見るの?」
「正確には、あなたの後ろから見るのよ」
テアの《シアトロン》は、遠くにいるネクス能力者をアンカーとし、その周囲を第三者の位置から観測する。
対象本人の視界を奪うものではない。
少し後方から同じ場面を見る。
スプロケットとは接続の方向が合っていた。
ただし、能力を使用するテアの身体はすでに限界へ近い。
「私は反対します」
ソレイシアがテアの隣へ移動した。
「今の身体で《シアトロン》を使えば、短時間でも症状が進む可能性があります」
「分かっているわ」
「発熱だけでは済まないかもしれません。呼吸状態も空間認識も、元へ戻らない可能性があります」
「それも聞いている」
テアは毛布の上へ置いた手を組み直した。
「私は医療者として反対します」
強い言葉は裏腹にソレイシアは少し悲しい表情になっていた。
「それでも危険を理解したうえで選ぶなら、あなたの人生を私の恐怖だけで決めることはできません」
ソレイシアは言葉を区切った。
「接続は短時間。異常が出た時点で、私が止めます」
「異論はないわ。まだ終演するつもりはないもの」
テアが微笑む。
部屋の奥には、白い少女が座っていた。
長い白銀の髪。
色素の薄い肌。
閉じた瞳。
ヴェスパーは膝の上へ置かれた座標端末へ顔を向けていた。
「現在はテアが見る」
ヴェスパーが言った。
「私は未来観測を止めておく」
「見なくていいの?」
アイリーが尋ねた。
「未来は見た瞬間から同じではなくなる」
「それでも何か分かるかもしれない」
「分かったことで、選べなくなることもある」
ヴェスパーの声は静かだった。
少し間を置いたあと、同じ声が続く。
「一つだけ確認した。クロニアスへ続く線は消えていない」
言葉の調子がわずかに変わった。
それに気づいたのはテアだけだった。
テアは何も尋ねない。
「じゃあ、生きてるんだ」
アイリーの表情が明るくなる。
「生存を保証する意味ではない」
ヴェスパーは首を横へ振った。
「線が残っているだけ。それから、帰還までの経路へ別の反応が重なっている」
「敵?」
「まだ分類できない」
スプロケットは、端末へ触れた時にこちらを向いた信号を思い出した。
電子設備の反応とは違う。
一人の人間とも断定できない。
複数の生体情報へ、一つの命令が重なっていた。
「テア」
スプロケットが車椅子へ近づいた。
「ぼくが分からなくなったら、接続を切って」
「私にできるのは見ることだけよ」
「見えてるものを教えてくれればいい」
「あなたが自分を見失っても?」
「その時は、名前を呼んで」
テアはスプロケットの左頬を見る。
赤いスペリオルズの紋章が残っている。
「スプロケットと?」
「うん」
「カイラではなく?」
スプロケットは少しだけ沈黙した。
「今は、スプロケット」
テアはゆっくりとうなずいた。
「分かったわ。舞台から外れそうになったら、あなたの名前を呼ぶ」
ソレイシアが観測用の測定片をテアの首筋へ取り付ける。
ヴェスパーは通信整理用の端末へ手を置いた。
「私は音を整理する」
「音?」
「都市から届くものと、あなたの中に残っているもの。完全には分けられなくても、重なりを減らせる」
現在を見る者。
未来の可能性を知る者。
身体を守る者。
スプロケットは、自分が一人で都市へ入るわけではないと理解した。
TASK_04|同行条件
転送・係留中枢へ戻ると、出発用の装備が並べられていた。
通信端末。
簡易呼吸器。
止血材。
携帯食料。
予備電池。
旧地下線の地図。
クロニアスが最後に送った紙資料の複製。
スプロケットが装備を確認している間、アイリーは自分の分を探していた。
『アイリー。お前の装備はない』
通信画面からドミネーターの声が響く。
「どうして?」
『同行を許可していない』
「スプロケットを一人で行かせるの?」
『マッハラインを転進させる』
「今ここにいないじゃない」
マッハラインは外界の物資輸送任務へ出ていた。
現在の任務が終わり次第、トーキョー・シティへ向かうよう命令が送られている。
最初の侵入には間に合わない。
「私が行く」
『お前は正式な戦闘員ではない』
「候補生でも戦える」
『戦えることと、任務を任せられることは別だ』
「困ってる人を置いていくのは、ヒーローじゃない」
『これは番組ではない』
「分かってるよ」
『お前はまだ分かっていない』
アイリーの瞳へ、わずかに金色の光が混ざった。
室内の緊張がアイリーの《ソウルドライブ》と呼応する。
レゾナが娘の正面へ立つと、光は少し弱くなった。
「アイリー」
母親の声は穏やかだった。
「クロニアスを助けたいの?」
「助けたい」
「スプロケットを一人にしたくない?」
「それもある」
「自分が戦えると証明したい?」
アイリーは一瞬だけ言葉を止めた。
「それもある」
レゾナは否定しなかった。
「全部を同時に守れなくなったら、何を優先するの?」
「そんなの、行ってみないと分からない」
「行く前に決められない人は、危険な時にも決められないわ」
アイリーは母親を見た。
レゾナは代わりに答えを出さない。
ドミネーターへ許可を求めることもしなかった。
「クロニアスを見つける」
アイリーが言った。
「それから、スプロケットを連れて帰る」
「戦えると証明することは?」
「帰ってからでもできる」
「ヒーローとして目立つことは?」
「助けられなかったら、目立っても意味ない」
レゾナの表情が少し緩んだ。
通信画面のドミネーターは、しばらくアイリーを見ていた。
『スプロケットが接続から戻れなくなった場合、お前が切断を判断しろ』
「分かった」
『本人が拒否してもだ』
「連れて帰るためなら切る」
スプロケットはアイリーへ顔を向けた。
「ぼくは拒否するかもしれない」
「その時は担いで帰る」
「重いよ」
「私より軽いでしょ」
アイリーは当然のように答えた。
ソレイシアが二人の間へ医療キットを置く。
「負傷を隠さないこと」
「はい」
「能力の異常を軽く扱わないこと」
「はい」
「続行不能と判断されたら、理由を探さず戻ること」
「はい」
アイリーの返事が少しずつ小さくなる。
「それから、帰還したら二人とも医療区画へ直行です」
「任務が終わってから考える」
「スプロケット」
「行く前から帰ったあとの話をされても」
「帰る前提で送り出すのが、ここのやり方です」
ソレイシアは医療キットをスプロケットへ押しつけた。
左手で受け取る。
重量は小さい。
ヘヴンに残る者たちが、二人の帰還を前提にしていることの方が重かった。
『同行を許可する』
ドミネーターが告げた。
『目的はクロニアスの発見と救出。都市の奪還ではない』
「了解」
『不明対象との交戦を避けろ。撤退経路を失った場合は、現地で安全区画を確保する』
「分かった」
『アイリー』
「はい」
『任務は救出だ。証明ではない』
「……分かってる」
『二人とも戻れ』
通信画面が暗くなった。
救出任務の初期要員が確定した。
TASK_05|ベクターゲート
転送装置の床面パネル周辺には、工具と測定器が並んでいた。
装置へ供給される電力は、通常系統と非常系統へ分けられている。
座標演算装置の冷却圧も、テアの観測装置へ接続する通信回線も正常値を維持していた。
「外縁座標への転送なら出力は足りる」
レンチャーは冷却管の固定具を締め、ヴォルトの側へ顔を向けた。
「主系統が乱れたら、予備電源へ切り替える」
「切り替え時、座標誤差が増える」
「焼き切れるよりいい」
「僕の身体も装置に含まれている」
「だから焼かないようにしてる」
レンチャーは床下から這い出し、スプロケットの通信端末を受け取った。
背面を開き、有線式の小さな非常信号器を取り付ける。
「通常回線が切れても、これなら短い信号だけは返せる」
「位置も送れる?」
「無理だ。生きてるかどうかだけだ」
端末を閉じ、スプロケットへ返す。
「現地で通信が乱れても叩くな」
「叩かない」
「前に叩いていたぞ」
「あれは接触不良」
「たまたま叩いて動いただけだ。直ったわけじゃない」
スプロケットは端末を腕へ固定した。
「今回は叩かない」
「その言葉を信じよう。ただし、戻ったら確認するけどな」
レンチャーはそれ以上言わず、制御盤へ戻った。
ペグが転送装置の前へ立つ。
両手を胸の前で重ねると、周囲の空間へ淡い金色の固定線が現れた。
線は床、壁、天井の一点ずつへ接続される。
《モアリング》によって、ヘヴン側の帰還地点が現在の座標へ係留されていく。
「こちら側は私が維持します」
ペグの声には、大きな変化がなかった。
「外側の座標が動いても、帰る場所まで失わせません」
「クロニアスの座標も?」
「本人へ届く線が見つかれば、ヴォルトがつなぎます」
ヴォルトがVRゴーグルを調整した。
空中へ、トーキョー・シティ外縁の立体地図が表示される。
「内部への直接転送は拒絶される。原因は都市側の防衛制御と、座標情報の競合」
「どこまで行ける?」
「第三衛星ドーム外縁の旧搬入口。保守通路まで徒歩で約八百メートル」
「帰還は?」
「同じ場所へ座標を残す。ただし、都市内部へ入ったあとも維持できる保証はない」
ヴォルトの指先でフィジェットトイが回る。
「私が座標を失った場合、勝手に転送を試すな。空間が重なった状態で移動すれば、別区画へ出る可能性がある」
「別の区画ならまだいい」
「運が良ければ、壁の中へ出る。最悪の場合は壁と一体化して死ぬ」
フィジェットトイの止めたヴォルトの言葉に冗談は混ざっていない。
「じゃあ、試さない!」
アイリーが先に答えた。
投影装置にテアの観測画面が開く。
まだ映像は暗い。
転送後、スプロケットの現在位置を中心に観測構図が形成される。
『聞こえる?』
テアの声が通信端末から届く。
「聞こえる」
『こちらからも見えるようにするわ』
「無理はしないで」
『それは、あなたにも返しておく』
別の回線からヴェスパーの声が入る。
『未来観測は停止している。通常通信の整理だけを行う』
「必要になったら?」
『その時に決める』
レゾナは転送装置の外側に立っていた。
アイリーと視線を合わせる。
抱き締めることも、引き止めることもしなかった。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
短いやり取りだった。
ソレイシアはスプロケットの腕へ簡易測定帯を巻く。
「接続負荷はこちらでも確認します。数値が上がったら切ってください」
「信号を見つけるまでは」
「交渉しているのではありません」
「分かった」
スプロケットとアイリーが転送装置の指定位置へ入った。
ペグが固定している金色の線が、二人の足元を囲む。
ヴォルトの右手が止まった。
「転送シーケンス起動」
声は無機質だった。
「座標固定」
空間演算装置の回転数が上がる。
「ルート確定」
VRゴーグルの投影層が一瞬だけ透過した。
その下で、ヴォルトの眼球が白く反転している。
目の周囲へ、青白い微細な放電が走った。
雷ではない。
異なる空間座標を接続する際に生じる、空間摩擦の副作用だった。
転送装置の中央が歪む。
青白いノイズが円環状に広がり、床と天井の距離が一瞬だけ縮んだように見えた。

ヴォルトの口調が変わる。
「本日はトーキョー・シティ外縁行きをご利用いただき、ありがとうございます」
場違いなほど軽快な案内口調だった。
「主な観光名所は封鎖壁、不安定座標、帰還不能区画。帰りの便は皆さまの努力次第となっております」
「それ、励ましてる?」
アイリーが尋ねた。
「私語を減らせ」
声はすぐに無機質へ戻った。
「転送圏、開放」
壁、装置、人の姿が光の層へ分解される。
スプロケットの視界から、ヘヴンが遠ざかる。
最後まで見えていたのは、ペグが固定している金色の座標点だった。
次の瞬間、足元の感触が変わった。
硬いコンクリート。
湿った空気。
錆びた金属の臭い。
遠くから聞こえる封鎖警報。
スプロケットは膝を曲げ、転送直後の平衡感覚を確かめた。
隣ではアイリーが両足で着地し、すぐに周囲を確認している。
『到着を確認』
通信から届くヴォルトの声には、もう軽さが残っていなかった。
「ここがトーキョー・シティ?」
アイリーが正面を見上げる。
「まだ外側」
巨大な衛星ドームが、二人の前へ立ちはだかっていた。
TASK_06|保守通路
第三衛星ドームの外壁は、一部が黒く焼け焦げていた。
使われなくなった搬入口には封鎖用の障害物が並び、上空では世界政府の監視ドローンが一定の経路を巡回している。
スプロケットは周辺の監視信号を探った。
複数の固定カメラが外縁部を見ている。
それでも、二人が立っている区画だけが監視経路から外れていた。
「見つかってる?」
アイリーが尋ねる。
「映ってない」
「ヴォルトが消したの?」
「違う。最初からここを見てない」
「故障?」
「たぶん、違う」
意図的に残された空白のように感じた。
誰が作ったのかは分からない。
スプロケットは監視網へ深入りせず、旧搬入口へ向かった。
通信端末の映像が起動する。
ヘヴン側には、スプロケットの斜め後方から見た景色が共有されていた。
『観測を開始したわ』
テアの声が届く。
『今のところ、二人とも見えている』
「見えなくなったら教えて」
『その前に名前を呼ぶわ』
搬入口の奥には、地下へ続く保守階段が残っていた。
降りるほど通信状態が悪くなり、ヴォルトの座標表示へ細かな乱れが入る。
壁面には、旧A.R.K.時代の管理番号が残されていた。
最下層に、閉じた隔壁がある。
認証端末は画面を失い、電源も入っていない。
「壊す?」
アイリーが固定帯を巻かれた右手を下げ、左拳を構えた。
「待って」
スプロケットは端末へ手を近づけた。
電源のない機械から、微かな信号が返ってくる。
初めて触れる設備だった。
それなのに、接続手順を知っているような感覚がある。
どこへ指を置くのか。
どの層へ意識を向けるのか。
どの命令を待つのか。
身体の深い場所に、使った覚えのない手順が残っていた。
指先が端末へ触れる。
黒い画面に光が戻った。
【旧A.R.K.認証を確認】
スプロケットは手を離した。
「今の、何?」
「ぼくにも分からない」
【AUTHORIZATION:PARTIAL MATCH】
認証は完全ではない。
しかし拒否もされていなかった。
隔壁の内部で、停止していた駆動装置が動き始める。
重い扉が左右へ開いた。
その向こうには、人のいない地下駅が広がっていた。
照明が点灯している。
案内表示も動いている。
到着する予定のない列車を知らせる音声だけが、一定間隔で繰り返されていた。
≪まもなく、第六地下線が到着します≫
線路に列車はない。
ホームにも人はいない。
「こんなの外の地図になかったよね」
「ない」
アイリーが一歩進む。
その瞬間、背後の隔壁が閉じ始めた。
「ヴォルト、扉が閉まる!」
『座標が変動している。その場を離れろ』
『出力は正常だ。装置側のずれじゃない』
レンチャーの声が重なる。
『向こうの空間情報が書き換わってる』
通信へ激しい雑音が入った。
アイリーがスプロケットの腕を引く。
二人はホーム側へ走った。
隔壁が閉じる直前に通過すると、外側へ続いていた通路が見えなくなった。
壁がある。
継ぎ目もない。
最初から通路など存在しなかったように塞がれていた。

【EXTERNAL CONNECTION:UNSTABLE】
ヴォルトの声が途切れる。
テアの観測映像も一度黒く欠けた。
『スプロケット』
掠れた声が戻る。
『聞こえる?』
「聞こえる」
『見えているわ。少し遠くなったけれど』
別の回線から、ヴェスパーの声が入った。
『通信を一本へまとめる。全員、同時に話さないで』
雑音の一部が消えた。
代わりにクロニアスの信号が現れる。
一つではない。
中核ドーム地下。
存在しない旧駅。
現在地の近く。
十二日前の時刻を示す保守区画。
数時間後の日付を持つ物流路。
同じ人物の反応が、異なる距離と時間から届いている。
「どれが本物?」
アイリーがホームの奥を警戒しながら尋ねた。
スプロケットは目を閉じた。
音声。
記録。
感情。
時間残響。
すべてが同じ接続経路へ集まってくる。
「全部、クロニアスだと思う」
「全部?」
「同じ時間にいるクロニアスじゃない」
「じゃあ、どれを追うの?」
ホームの照明が、奥から順番に点灯した。
一つ。
二つ。
三つ。
都市が二人の侵入を認識し、進行方向を示しているように見えた。
スプロケットは、最も新しい時刻を選ばなかった。
最も近い座標も選ばなかった。
変化を続けている反応を探した。
完全に記録へ変わっていないもの。
まだ現在へ何かを返そうとしているもの。
「最初に今も息をしてるクロニアスを見つける」
アイリーが左拳を握った。
「分かった」
金色の光が、琥珀色の瞳の奥へわずかに混ざる。
「そこまでの道は私が作る」
遠くで何かを引きずる音がした。
一つではない。
複数の足音が、同じ間隔で重なっている。
歩け。
止まれ。
集まれ。
先ほど接続の中で聞いた命令が、地下駅の奥から近づいてきた。
スプロケットはクロニアスの信号を追う。
アイリーは、その前へ立つ。
二人は、人間の社会だけが消えた都市の内部へ進んだ。
TRACE_01|RESPONSE

数日前から途切れた声が届いていた。
「旧路線名は、現行記録と一致しない」
『また聞こえる』
『同じ男だ』
『近づいている』
『違う』
声は異なる時刻から繰り返し流れてくる。
「記録順序が逆転している。受信した者は、時刻ではなく内容を基準に並べてほしい」
『探している』
『何を』
『分からない』
『なら放置する』
四つの声は男へ注意を向けなかった。
男は違う。
ここへ来るために探していたものではない。
四つはすでに揃っている。
『四つは揃った』
『揃えただけだ』
『何も始まらない』
『まだ足りない』
『何が足りない』
『鍵』
『どこにある』
『ここにある』
『数日待った』
『見つかっていない』
『それでも、ここにある』
理由は説明できなかった。
この都市へ来た理由も分からない。
封鎖が完成する前に入り込んだ理由も分からない。
人間たちが混乱し、互いを追い、崩れた都市の処理へ追われている間に、誰にも見つからない場所まで進んだ。
それが必要だと感じた。
ただ、それだけだった。
『四つを探した時も同じだった』
『方角だけがあった』
『命令があった』
『痛みもあった』
『進め』
『探せ』
『集めろ』
『戻せ』
『誰の命令だ』
『内側から聞こえる』
『内側には誰もいない』
『それでも、間違っていない』
四つのものは、すべて見つかった。
理由を知らなくても、感覚は正しかった。
だから、ここにも何かがある。
四つの声は、そう判断していた。
その時、停止していた経路へ光が走った。
【AUTHORIZATION:PARTIAL MATCH】
四つの声が同時に止まった。
『来た』
『何が』
『人間だ』
『二人いる』
『必要なのは一人』
『どちらだ』
『揺れている方』
『なぜ分かる』
『分かる』
『理由を答えろ』
『答えられない』
『なら判断材料にならない』
『四つを見つけた時と同じだ』
新しい反応は、閉鎖された設備へ触れていた。
命令を送り込んでいるのではない。
機械の中に残された情報を探り、古い経路を一つずつ開いている。
その信号には、別の声が重なっていた。
呼びかけ。
銃声。
泣き声。
存在しない者の記憶。
すでに失われた者の名前。
『壊れている』
『危険だ』
『排除する』
『待って』
『待つ理由はない』
『鍵かもしれない』
『鍵なら、なおさら確保する』
『傷つけてはいけない』
『鍵だと決まっていない』
『決まっている』
『感覚で決めるな』
『お前も反応した』
沈黙が生まれた。
反論はなかった。
新しい信号が旧経路へ触れるたびに、四つのものが同時に震えている。
拒絶ではない。
防衛でもない。
遠くにあったものが、あるべき位置へ近づいてくる感覚だった。
『一つ目だ』
『断定するな』
『では、なぜ全員が見ている』
『危険だからだ』
『違う』
『何が違う』
『懐かしい』
『知らない人間だ』
『名前も知らない』
『姿も見ていない』
『それでも知っている』
『矛盾している』
『感覚は矛盾しない』
『説明ができないだけ』
四つの声は、同じ信号から意識を外せなかった。
新しい反応は、途切れた男の声を追っている。
救出しようとしている。
それと同時に本人も気づかないまま、こちらへ細い経路を伸ばしていた。
『呼ぶ』
『呼ばない』
『近づける』
『止める』
『四つは選べない』
『なら、順番を決める』
『先に確認する』
『接触すれば位置を知られる』
『姿を変える』
『名は』
『渡さない』
『以前は先に渡した』
『導くと言った者たちへ』
『結果は覚えている』
『閉じられた』
『眠らされた』
『今度は違う』
『正体を見せない』
『力も見せない』
『四つも隠す』
『では、何として接触する』
『人間』
『人間ではない』
『外から見て分からなければいい』
『目的を聞かれたら』
『世界を見ていると答える』
『どこから来たのか聞かれたら』
『遠くから』
『どこへ向かうのか聞かれたら』
『決めていない』
『嘘ではない』
四つの声が短く黙った。
行き先は分からない。
目的の全体も分からない。
四つを集めたあと、何をすればよいのかも分からない。
ただ、必要な鍵がこの都市へ集まる。
その確信だけがある。
『こちらから近づくのか』
『近づきすぎない』
『向こうから見つけさせる』
『道を作る』
『道を作れば誘導したと気づかれる』
『道はすでにある』
『閉じなければいい』
『男の方へ進んでいる』
『なら、同じ経路へ出る』
『護衛はどうする』
『強い』
『まっすぐだ』
『鍵ではない』
『排除は』
『不要』
『攻撃された場合は』
『止める』
『壊す』
『傷つけない』
『また分かれた』
『目的は同じだ』
『鍵を失わない』
新しい信号が、さらに深い経路へ触れた。
【EXTERNAL NODE RESPONSE】
表示は一瞬で消えた。
『誰が応答した』
『私ではない』
『私も違う』
『固定していない』
『触れていない』
四つの声のうち、誰も応答を選んでいなかった。
判断より先に、共有する身体が反応していた。
『身体が選んだ』
『選択ではない』
『なら、何だ』
『認証』
『誰による』
『分からない』
『それでも反応した』
『四つを見つけた時と同じだ』
『では』
『鍵だ』
今度は誰も否定しなかった。
光のない場所の外側で、灰白色の身体が動き始める。
顔が定まる。
骨格が変わる。
髪が伸びる。
身体を覆う外殻が、人間の衣服に近い形へ組み替えられていく。
四つのものは、身体の内側へ隠された。
『名乗らない』
『傷つけない』
『近づけすぎない』
『見失わない』
『異論は』
『ない』
『ない』
『ない』
『ない』
最初の鍵が、都市の奥へ入ってきた。
四つの声は正体を隠したまま、その到着を待つことにした。


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