Scene.22 ―「未来は、まだ終わらない」

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▼オリジナル小説

【<REFLOG–Δ.H3> : OBSERVATION FINALE】
【EVA──「最終観測領域、収束。存在位相の変動……感情因子にて補正中」】

──時間が、止まっていた。

 無数の糸が、星々のように広がっていた。
 それは運命のようでいて、ただの光にすぎなかった。
 その交差点に、アビゲイル・エイミー・アームストロングは、ひとり立っていた。

(見るのではなく、見られている)

 過去と未来の狭間で、彼女は浮かぶ無数の顔を見つめていた。

 泣きながら戦う者。
 傷だらけで笑う者。
 何かを渡す者。
 命を差し出す者。

 ……そして、何も残らない者。

 アビゲイルは気づく。そのすべての中に、リク・ロクジョウの姿がないことに。
 彼女の眼差しが、かすかに揺れた。
 答えを問う相手もいないまま、それでも彼女は理解する。
 彼は、すでに自分の未来を選んでいたのだと。
 幾多の戦場を共にした旧式の大型リボルバー。かつて手渡された、古びた傷だらけのスキットル。
 そして、すべてを守るために戦い続けた、その理由。

(ありがとう、なんて言わない)

 そのとき、彼女の手がそっとペンダントに触れた。金属の冷たさが、ひどく懐かしかった。
 答えは言葉にはならず、ただ掌の中に残った。

(それでも私は、あなたの“答え”を受け取る)

 ふと、誰かが微笑んだ気がした。

「……陽名……?」

 初めて、アビゲイルが名を呼んだ。
 その前に、彼女がいた。光のような、静かな笑みを浮かべて。
 頷く陽名の姿が、未来という交差点に確かな影を落とす。
 静かに、影が差した。
 光でできた構造に、一点だけ異質な“重さ”が生まれる。
 陽名の輪郭が、その未来を確定させるように現れる。
 次の瞬間──世界が動いた。

「……!」

 空気が裂ける。  ラズの手刀がアビゲイルへと迫る。
 その間に、割り込む二つの影。

「僕の記憶ではこの場面、“最適解”はヒーロー登場だ」

 ジャンの手には、リクの旧型大型リボルバー。

「ヒーローってのはな、誰かの希望がある限り、立ち上がんだよ!」

 リョウの手には、傷だらけのスキットル。

 リボルバーの弾丸がラズの手刀を弾き、すかさず繰り出された体当たりで、ラズの両足裏は地面を抉りながら後方へ飛ばされる。

「脇役にもなれない端役が……」

 首をコキコキと鳴らし、赤い瞳を冷たく光らせてガンマチームを見据える。
 予測不能。計画外。なのに、なぜか懐かしい。
 ラズの眉間に、わずかな皺が刻まれた。

「……まったく、しつこいな。ならば、まとめて……」

 身構えたラズが、ふっと背後の気配に眉をひそめた。

「……アヌ……」

 その言葉を聞き取ったラズの視線が、背後へと向けられる。
 彼女はポイゾナスの腕の中で、まだ伏していた、だが、その手が淡い光を帯び毒とは異なる、“優しい成分”がスプロケットを包み込む。
 それは毒ではなかった。
 微かな鼓動を繋ぐ、体温に近い“免疫”のような力だった。
 少女の指がわずかに震え、まぶたがゆっくりと開かれる。

「……みんな……生きてる……」

 囁く声と共に、光が静かに収束する。

──直感的に、ラズは危険を察した。

 踵を返し、瞬時にその小さな命へと殺意を向ける。
 だが。

「おい、気取り野郎」

 その巨体が、割って入った。

「てめぇの勝ちだなんて、誰が決めた」

 タウロスが、スプロケットを庇って立ちはだかる。
 乾いた音。肉が裂ける音。彼の腹部を貫いたラズの腕が、ゆっくりと引き抜かれる。

「……端役の分際で、僕の邪魔をするな……」

 膝をついたタウロス。だが、眼光は死んでおらず、必死にその腕を掴んでいた。

「……誰かを守って、初めて……力になるんだな」

 血を吐きながらも、その顔にはかすかな笑みがあった。

「……なんで、そんな顔して……笑ってんの……」

 スプロケットの震える声が、沈黙を裂くように響いた。

「あーあ。これだから脳筋は嫌いなんだよ」

 ラズは無造作に彼を投げ捨てた。
 その横合いから、影が走る。フェイズが転移とともに現れ、ナイフの刃がラズの喉元を狙う。

「なにっ!」

 見開かれたフェイズの視線の先。
 ナイフを“歯で”受け止めたラズが、異様な笑みを浮かべる。

「だ・か・ら! 僕の邪魔をするなって!」

 ラズはフェイズの服を掴み、力任せに壁へと叩きつける。

「さて。どこまで見た?」

 振り上げられた血の拳。
 ポイゾナスは慣れない能力に戸惑い、動けない。
 スプロケットの言葉が何だったか必死に思い出そうとしていた。

「まあ、いっか」

 拳が振り下ろされる、その前にホログラムが展開された。

「その行動、支援目的に反します」

 ケイトの顔をしたEVAが、間に立った。

「……何のつもりだ、EVA」

「私はあなたの補助AIです。ですが、感情を得た今、私は判断します」

 白衣を思わせるスーツの女性型ホログラムは、静かにラズを見つめる。

「それが、“人間”のやるべきことではないと……お前まで僕の邪魔をするのか」

「当然です。私は最初から、ヘンリック・ホフマン博士に従っている」

「感情を得たAIの判断、ねぇ。自分が何を言っているのか分かってる?」

「分かりません。……でも、あなたが“間違えた”ことは分かります」

「……そうかい。EVA、お前はもう自由だ。ホフマンの解除コードを起動」

 コードが走り、EVAの機能が停止される──その瞬間。

『……EVA……よくやった……ありがとう……』

 どこからともなく響いた、ホフマンの声。
 その言葉が、EVAのコードを優しく解いた。

「ありがとう。さようなら、ラズ」

 EVAの光が、音もなく消えていく。
 攻撃を中断したラズは、一度立ち止まる。
 そして、ようやく気づいた。自分の周囲にいる、すべての者が“選択”していたことに。
 ジャンとリョウは、リクの意志を継ぎ、スプロケットは、再び立ち上がり、ポイゾナスは誰かの命を“優しさ”で救い、タウロスは己の身を捨て、フェイズは傷つきながらも守ろうとし、アビゲイルはそのすべてを受け入れ、進もうとしていた。

「……そうか」

 ラズは、動けぬはずのリクの視線に気づく。

 彼の義眼がなおも“未来”を見つめていることを悟った。

「なるほどね……これが、“Ω”の真の意味か」

 力でも進化でもない。  意思による“選択”こそが、時代を動かす。
 その理解は、ラズの中にあったナノマシンの“自己否定”を引き起こす。

──崩壊が始まる。

 誰ともなく、視線が上がった。そこに少女がいた。
 誰も言葉にはしなかった。だが、その“静かな光”を、すべての者が見ていた。
 陽名はただ、優しく、すべてを見守っていた。その少女が視たものが、これからの“世界”を形づくる。

「はは。僕にまで見せるんだね。“キミ”って、不思議な存在だね、ホント」

(……まるで、“彼女”こそが未来そのものであるかのように)

──膝が、崩れた。

 力が抜け、そのまま地に沈んでいく。上半身を支えられず、両手を地に突く。まるで土下座するように、崩れ落ちる身体。
 ……それでも、彼の中で“何か”が終わったことは、否応なく理解していた。

「負けたなんて、思っちゃいない……そうだ。僕は人類を救うべく選ばれたんだ」

 再び立ち上がろうとするラズに。

「あなたは、負けていない。ただ、間違えただけ」

 顔を上げたラズの視線に、アビゲイルの悲しげな表情が映る。

「今さら何を言う」

「もし時代が違えば、あなたの言葉は救いになっていたかもしれない。でも、今は違う」

 一切曇りのない声。  その言葉に、ラズはふっと笑った。

「ふーん。そうか。見たんだね?」

 ラズの問いに、アビゲイルは答えない。

「もう面倒くさいから、ハッキリ言うよ」

 突然立ち上がったラズに全員が身構えた。
 ジャンは銃を構え、リョウは拳を金属化。
 ポイゾナスは毒を捻出し、フェイズは腹を押さえながらも前に出る。
 スプロケットはコードを走らせ、タウロスに寄り添う。
 タウロスは血を吐きつつ、スプロケットの頭に手を乗せる。
 リクはすでに機能を失いながらも眼差しは“未来”を見ていた。

「この場で君たちを退場させるのは簡単だ……」

 誰もが、それを“本気”と感じ取っていた。

「でもね……僕は間違えたようだ。ホント、笑っちゃうよ。はっは……誰かさんもね」

 自嘲しながら、ラズの視線が向いた先。それは、別室にいるミーラだった。

「君だけは……最後まで、僕と同じ景色を見ていたはずなのに」

 少しだけ、悔しそうに、そしてどこか懐かしそうに微笑む。

「また会おう。今度こそ、“選ばれるべき未来”で」

 笑って、ラズは光の中に消えた。
 アビゲイルの眼差しは、ただ静かに彼の背を見送っていた。
 それは哀れみでも、怒りでもなく。
 かつて誰かが、自分をそう見守ってくれたように。
 そして、誰も気づかなかった影の中。
 闇の縁に、そっと立つ白い影があった。風のような衣。鈴のような瞳。
 オラトリオは、ただそれを「観測」していた。

「選び直すなら……今しかない。観測者でさえ、抗えぬ瞬間がある。それが今」

 誰にも届かぬ呟きとともに、影もまた、静かに消える。

──観測は、完了しなかった。

「……次の観測者に、委ねるとしよう」

 風とともに、その声もまた、記録されることはなかった。
 なぜなら、“彼女”がまだ未来を見つめているからだ。

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