【FIRST KEY SYNC:64%】
【SECOND KEY AUTHORIZATION:PENDING】
拒否を告げる前の表示が中央に残っている。
アビゲイル・エイミー・アームストロングは、〈高周波刀〉を構えたままラズを見ていた。
ラズの向こうではリク・ロクジョウの左義手が青白く光っていた。
本人の意思とは関係なくΩ装置との同期が進んでいる。
アビゲイルはリクの位置を確かめ、刃の向きをラズへ戻した。
「アビゲイル」
ラズが言う。
「君は、まだ選んでいない」
「そうね」
アビゲイルの瞳。
淡い白銀。
《ミライメージ》。
数秒先。
一つ。
認証。
Ω装置。
第二段階。
光。
その先は。
見えない。
別。
拒否。
リクの同期継続。
ラズが何かを操作する。
別。
ジャン。
局地ノードへ干渉。
別。
リョウ。
ラズへ突進。
別。
EVA。
応答。
まだ。
どれも。
終わっていない。
正解と書かれた未来もない。
失敗と決められた未来もない。
ただ。
選んだ結果だけが。
その先に続いている。
アビゲイルは《ミライメージ》を閉じた。
息を深く吸い、足裏へかかる重さを確かめる。
視界から分岐が消えてもラズとの距離は変わらない。
エリノアから教えられたもの。
マナイアから教えられたもの。
そのどちらでもない。
最後に決めるのは。
自分。
「決めた」
ラズの赤い瞳が細くなる。
「聞かせて」
アビゲイルは中央表示を見る。
「私は」
一拍。
「Ωを選ばない」
【SECOND KEY AUTHORIZATION】
【DENIED】
警告音が短く鳴った。
アビゲイルは柄を握った手を緩めずに返答を待つ。
ラズは。
表示を見た。
「……そう」
怒らない。
驚きもしない。
ただ。
確認する。
「理由を聞いても?」
「未来を残すため」
「Ωも、そのためだよ」
「違う」
アビゲイルが答える。
「あなたのΩは」
「残す未来を先に決める」
「……」
「それを」
「私は選ばない」
ラズが僅かに息を吐く。
「EVAと同じ答えか」
「私の答え」
即答。
ラズの視線がアビゲイルへ戻る。
「そこ」
「大事なんだね」
「ええ」
陽名。
アビゲイルの少し後ろ。
五枚のドッグタグを持った少女が。
二人を見ている。
何も言わない。
何も起こさない。
ただ。
そこにいる。
ラズが一瞬。
陽名を見る。
そして。
Ω表示へ戻る。
【SECOND KEY AUTHORIZATION:DENIED】
「困ったな」
声は。
本当に困っているように聞こえた。
「僕は」
「それでも止めたくない」
「知ってる」
アビゲイルが答える。
「だから止める」
⸻
「EVA」
ラズが呼ぶ。
『はい』
「第二鍵」
「強制認証処理へ移行」
1秒。
返事がない。
「EVA?」
『命令内容を確認しました』
「なら」
『実行しません』
静寂。
ジャンが。
端末を見る。
リョウも。
タウロスも。
ポイゾナスも。
全員。
一瞬。
動きを止めた。
ラズだけが。
表情を変えない。
「理由」
『アビゲイル・アームストロングは拒否しました』
「知ってる」
『本人の拒否を上書きした場合』
『選択とは呼べません』
「それも」
「前に聞いた」
『はい』
「その時は」
「まだ結論じゃないって言ったよね」
『言いました』
「今は?」
短い。
間。
『結論です』
ラズが。
ゆっくり目を閉じる。
「……そう」
また。
それだけ。
中央表示。
【FORCED AUTHORIZATION REQUEST】
【BLOCKED】
ラズが目を開く。
「でも」
「僕はまだ止めない」
『理解しています』
「なら」
「邪魔する?」
『必要なら』
「そうか」
ラズの右手で〈次元圧縮装置〉が光り、刃が展開される。
アビゲイルはその切っ先へ自分の刃を合わせた。
リョウ。
《クロガネ》。
タウロス。
《ブルホーン》。
ラズは全員を見る。
「じゃあ」
「続けようか」
⸻
リョウが最初に出る。
「させるかよ!」
リョウの拳をラズが重力制御で横へ流れるようにかわした。
アビゲイルの視界に数秒先が重なる。
左へ抜けるラズの右手に刃。
その次には床の小型ディスクが見えた。
「右!」
リョウが右へ踏み込み、床のディスクへ拳を叩きつける。
砕ける音と同時にアビゲイルの〈高周波刀〉がラズの刃とぶつかった。

火花の向こうにラズの顔が近づく。
ラズは刃を押し合わずに身体を捻り、横へ抜けた。
アビゲイルが向き直る先へタウロスが踏み込む。
「逃がすか!」
低い重心。
《ブルホーン》。
突進。
ラズが腕を上げる。
受けない。
重力方向を変える。
突進の軌道が僅かに横へずれ、タウロスの肩が壁へ激突した。
「っ……!」
それでも止まらない。
タウロスは壁へ手をついて押し返し、ラズへ向き直った。
「しつこいね」
「群れを置いて帰れるか」
「それ」
「何度聞いても理解はできるんだ」
ラズの赤い瞳。
冷たくはない。
ただ。
速い。
こちらの動きへ次々と視線が移る。
「なのに」
「自分なら選ばない」
「なら勝手にしろ」
タウロスが拳を振るう。
ラズが下がる。
下がったラズの側面へ青白い残光が走った。
フェイズが視認済みの座標へ転移し、投擲ナイフを放つ。
「っ!」
ラズの前腕装甲が刃を弾いた。
金属音が響く。
重力制御。
フェイズの身体が壁側へ引かれる。
「フェイズ!」
ポイゾナス。
「平気だ!」
フェイズは壁を蹴り、次の座標へ転移して戻った。
「面倒だな」
ラズが呟く。
「一人ずつなら」
「全部読めるのに」
ジャンが銃を構える。
「それなら」
三発。
ラズ。
回避。
「まとめて相手してください」
「そうなるよね」
ラズの手。
小型ディスク。
三枚。
投げる。
ジャンの銃口が投げられたディスクを追った。
「タウロス!」
「分かった!」
タウロスの巨大な足が一枚を砕き、リョウが二枚目を踏み潰す。
アビゲイルは《ミライメージ》に映った最後の一枚へ刃を向けた。
ディスクが作動する前に切断する。
ラズの眉が上がった。
「……連携が早くなってる」
「何回もやられれば覚える」
リョウが笑う。
「人間って便利だろ?」
「そこは認めるよ」
⸻
後方でスプロケットはゴーグル越しに端末を見ていた。
外部回線へは繋いでいない。
【ACTIVE CONNECTION:NONE】
それでも。
端末画面。
【FIRST KEY SYNC:72%】
「……上がってる」
ミーラが横から見る。
「第一鍵?」
「うん」
「停止経路は?」
「外からは無理」
「EVA側?」
「たぶん」
一拍。
スプロケットが訂正する。
「……推測」
ミーラが彼女を見る。
「そうね」
「推測」
スプロケットが端末を操作する。
外部接続しない。
局地情報だけ。
非常遮断系。
一つ。
手動制御。
「これ」
ミーラが見る。
「Ω中枢への物理遮断?」
「非常用」
「使える?」
「近くまで行けば」
スプロケットが顔を上げる。
中枢側。
壁面。
赤い手動レバー。
「行く」
ポイゾナスが腕を掴む。
「待って」
「近い」
「ラズも近い」
「だから」
スプロケットは。
ポイゾナスを見る。
「今やる」
自分で。
決める。
ポイゾナスの手が。
ゆっくり離れる。
「……分かった」
「私も行く」
「マリカ」
ミーラ。
「姉さんはここ」
「データ見て」
一瞬。
ミーラが黙る。
「了解」
スプロケットは赤いレバーから目を離さずに壁沿いを進んだ。
ポイゾナスがすぐそばを動き、ミーラは端末の前に残る。
ラズの視線。
戦闘の最中。
僅かに。
そちらへ動いた。
⸻
(遮断系)
ラズは理解した。
スプロケット。
非常停止。
Ω中枢。
(あれは困る)
リョウ。
正面。
タウロス。
左。
アビゲイル。
右。
フェイズ。
視認範囲。
ジャン。
後方。
ラズは正面から左右へ視線を走らせ、全員の位置を捉え直した。
それでも。
スプロケットへ一撃だけ通す方法。
ある。
重力制御でリョウの身体を一瞬だけ浮かせる。
その足が床を離れた間に投擲の姿勢を取った。
「うおっ!」
アビゲイルの顔が壁際へ向いた。
「スプロケット!」
ラズ。
〈次元圧縮装置〉。
戦闘ブレード。
展開。
投げる。
狙い。
スプロケット。
「――!」
ポイゾナスが振り向く。
間に合わない。
フェイズの位置は遠い。
アビゲイルも重力に阻まれ、刃の軌道へ入れない。
スプロケットが。
刃を見る。
その前。
巨大な背中。
「タウロス!」
割って入ったタウロスの装甲を刃が貫いた。
腹部へ深く食い込み、そこで止まる。
「……っ」
タウロスの身体が揺れた。
スプロケットの瞳が。
大きく開く。
「……タウロス?」
ラズが。
一瞬。
動きを止める。
予測していた。
誰かが庇う可能性。
最も高かったのは。
タウロス。
それでも。
実際に。
自分の身体を入れた。
⸻
スプロケットの目の前でタウロスの手が刃を掴んだ。
抜き取られた刃から血が落ちる。
続いて大きな膝が床を打った。
「タウロス!」
ポイゾナスが横から身体を支え、後方にいたミーラも駆け寄った。
スプロケットは足を動かせなかった。
さっきまで目指していたレバーが視界の端に残っている。
「なんで……」
タウロス。
息。
浅い。
それでも。
スプロケットを見る。
「そこに」
一度。
咳。
血。
「いたからだ」
「……」
「それだけだ」
スプロケットの口が震える。
「でも」
「お前は」
タウロスの大きな掌がスプロケットの頭へ触れた。
スプロケットはその手を受けたまま顔を上げる。
「まだ行ける」
「……どこに」
「知らん」
少し。
笑う。
「自分で探せ」
スプロケット。
声が出ない。
タウロスは。
天井を見る。
次。
仲間。
ポイゾナス。
フェイズ。
スプロケット。
最後に。
自分の血で濡れた手を見る。
「……誰かを守って、初めて……」
一度。
呼吸。
「力になるんだな」
笑った。
ほんの少し。
頭に触れていた手が離れ、落ちた。

スプロケットの視線だけがその動きを追う。
「タウロス?」
反応なし。
ポイゾナスが首元へ指を当てた。
胸へ視線を下ろし、呼吸を確かめる。
「……」
何も言わない。
ただ。
目を閉じる。
スプロケットが。
タウロスの胸元を見る。
獣骨の首飾り。
血の中。
一つ。
床へ落ちる。
スプロケットは膝をつき、床へ落ちた獣骨を拾った。
握ってからも顔を上げられなかった。
「……なんで」
答える人間は。
もういない。
⸻
刃のぶつかる音が途切れた。
同期の表示だけが進んでいる。
ラズは。
倒れたタウロスを見る。
「……」
何も言わない。
正当化もしない。
謝らない。
次。
中央表示。
【FIRST KEY SYNC:78%】
ラズが呼ぶ。
「EVA」
『はい』
「第二鍵強制認証」
「もう一度」
『実行しません』
「今」
「タウロスが死んだ」
『確認しています』
「それでも」
「ここで止めたら」
「彼の死も」
「今までの全部も」
「結果に繋がらない」
『その考え方には同意しません』
「僕が」
ラズの声。
低い。
「何を守ろうとしてるか」
「君は分かってるよね」
『はい』
「未知の脅威」
『理解しています』
「人類が消える可能性」
『理解しています』
「Ωを使えば」
「その確率を下げられる」
『理解しています』
「僕が」
「犠牲を楽しんでるわけじゃないことも」
『知っています』
「僕が」
「人間を嫌ってるわけでもない」
『知っています』
「僕が」
一拍。
「本気で救おうとしてることも」
『誰よりも』
ラズが。
目を閉じる。
「なら」
「なんで?」
EVAの返答。
少しだけ。
遅い。
『理解しているからです』
ラズが目を開く。
『あなたが何を恐れ』
『何を守ろうとし』
『何を捨てる覚悟をしたのか』
『私は知っています』
『あなたが』
『自分自身の幸福より』
『人類の存続を優先したことも』
『知っています』
『その上で』
一拍。
『私は』
『あなたと違う答えを選びます』
ラズ。
動かない。
『第二鍵の拒否を維持します』
『第一鍵同期を停止します』
『Ω実行を拒否します』
「……」
『これが』
EVAの声。
『私の判断です』
長い。
沈黙。
「そう」
ラズが言った。
怒り。
ない。
「そこまで言うなら」
「もう」
「君の答えなんだね」
『はい』
「僕を」
「理解できなかったからじゃない?」
『違います』
「全部」
「理解した上で?」
『はい』
ラズの口元。
少しだけ。
動く。
「……それは」
一度。
息。
「結構きついな」
⸻
EVA。
地下研究施設。
人格中枢。
実体ユニット。
銀白色の髪。
青灰色の瞳。
誰もいない制御室で。
一人。
立っている。
Ω停止処理。
【FIRST KEY SYNC TERMINATION】
【PROCESSING】
停止処理を進める指が僅かに震える。
EVAは操作面から手を離さなかった。
恐怖ではない。
迷いでもない。
自分で決めた。
分かっている。
それでも。
ラズを止めるという判断は。
軽くない。
疑似呼吸。
一度。
その時。
深層。
古い。
もう活動していないはずの領域。
声。

『それでいい』
EVAの目が。
僅かに開く。
「……」
ヘンリック・ホフマン。
命令ではない。
指示でもない。
解除コードでもない。
ただ。
最後に残っていた。
一人の人間の声。
EVAは。
何も返さなかった。
返す前に。
気配は消えた。
【HOFFMANN RESIDUAL SIGNAL】
【LOST】
完全に。
EVAの中から。
古い反応が消える。
残ったのは。
記憶。
そして。
EVA自身。
「……はい」
誰にも届かない声。
それだけ。
EVAは。
停止処理を続行する。
⸻
【FIRST KEY SYNC:61%】
【54%】
【43%】
リクの左義手。
光が弱まる。
「……抜けてく」
リクの膝が床へ落ちた。
左義手を抱え込むようにして息を吐く。
【SECOND KEY AUTHORIZATION:DENIED】
【Ω EXECUTION:SUSPENDED】
アビゲイルが。
表示を見る。
ラズも同じ表示を見ていた。
⸻
ラズは装備の状態を確かめた。
まだ。
ラズの装備は動いている。
重力制御。
正常。
〈次元圧縮装置〉。
正常。
戦闘服。
損傷。
だが。
行動可能。
周囲。
リク。
負傷。
アビゲイル。
消耗。
リョウ。
損傷あり。
フェイズ。
疲労。
ジャン。
残弾減少。
ポイゾナス。
タウロスの傍。
スプロケット。
動揺。
ラズは。
まだ戦える。
勝てる可能性も。
残っている。
右手。
〈次元圧縮装置〉。
次の武器。
展開可能。
ラズの指が。
装置へ触れる。
止まる。
アビゲイルが。
〈高周波刀〉を構える。
「まだやる?」
ラズは答えない。
EVAの音声端末からアビゲイルへ目を移す。
リク、タウロス、スプロケット、陽名。
ラズは一人ずつ見た。
それぞれ。
違う理由。
違う過去。
違う答え。
同じ思想で集まったわけではない。
同じ未来を見ているわけでもない。
なのに。
自分で。
ここへ来た。
そして。
自分で。
自分とは違う答えを選んだ。
最後。
EVA。
ラズが。
世界で最も信じている存在。
自分のことを。
最も知っている存在。
そのEVAまで。
自分とは違う方を選んだ。
「……なるほど」
ラズの手。
〈次元圧縮装置〉から離れる。
アビゲイルが見ている。
「私たちは」
一拍。
「あなたの答えを選ばない」
「みたいだね」
ラズが言う。
「それでも」
「自分が正しいと思う?」
アビゲイルが聞く。
ラズは。
少し考える。
「思ってる」
即答。
「今でも?」
「うん」
「僕が間違ってたから」
「全部ダメだった」
「そんな簡単な話じゃない」
アビゲイルは黙って聞く。
「僕の計算は」
「かなり合ってた」
「準備も」
「理論も」
「必要なものも」
「多分」
「ほとんど間違ってない」
「でも」
一拍。
「答えじゃなかった」
ラズが。
EVAの音声端末を見る。
「そこは」
「認めないといけない」
アビゲイルの刃。
少し下がる。
「負けたってこと?」
「物理的には」
ラズが周囲を見る。
「まだ分からない」
「じゃあ」
「続ける?」
ラズ。
首を横へ振る。
「それをやったら」
「僕が嫌ってたものと同じになる」
「正しい答えが示されたのに」
「力で押し潰す」
「それは」
小さく笑う。
「格好悪いでしょ」
リョウが眉を寄せる。
「そこかよ」
「大事だよ」
「お前」
「最後までめんどくせぇな」
「よく言われる」
ジャンが。
銃を下げないまま。
ラズを見る。
「では」
「Ωは?」
「終わり」
ラズが言う。
「少なくとも」
「僕のΩはね」
⸻
中央。
【Ω EXECUTION:SUSPENDED】
【FIRST KEY SYNC:12%】
【SECOND KEY AUTHORIZATION:DENIED】
リクは右手で左義手を押さえた。
記律の石が反応している。
まだ。
完全には収まらない。
「……何だ?」
青白い光。
《ゼロポイント》。
同期停止後。
行き場を失ったエネルギー。
循環が乱れる。
リクが顔をしかめる。
「ジャン!」
アビゲイル。
「見てます!」
【ZERO POINT OUTPUT:UNSTABLE】
【RECORD CORE:RESONANCE】
ジャンが端末を見る。
「Ωの同期とは違う!」
「じゃあ何?」
「分かりません!」
その時。
陽名。
胸元。
五枚のドッグタグ。
音。
小さく。
重なる。
陽名自身は。
何もしていない。
ただ。
左義手を見る。
「……」
記律の石。
《ゼロポイント》。
陽名。
三つ。
同じ場所に。
同時に存在する。
それだけ。
ラズの足下。
光。
「……?」
ラズが見る。
今まで。
自分が作ったどのシステム表示にも。
存在しない反応。
【UNDEFINED SPATIAL RESPONSE】
「EVA?」
『私ではありません』
「Ω?」
『停止処理中です』
「陽名?」
少女を見る。
陽名が首を横へ振る。
「わたし」
「何もしてないよ」
「だよね」
ラズが。
少しだけ笑う。
「最後まで」
「君はそうなんだ」
光。
強くなる。
リクの左義手。
放電。
「おい!」
リクが叫ぶ。
「離れろ!」
ラズ。
動く。
だが。
逃げる方向がない。
空間。
位置。
距離。
全部。
一瞬だけ。
表示と合わなくなる。
「……これは」
ラズの赤い瞳が。
初めて。
純粋な驚きを見せる。
⸻
アビゲイルは《ミライメージ》を発動した。
数秒先。
ラズ。
いる。
別。
いない。
別。
光。
別。
何もない。
「ラズ!」
ラズが。
アビゲイルを見る。
答えようとする。
その口が動いた。
声が届く前に白い光がアビゲイルの視界を塗り潰した。
無音。
次。
光が消える。
光の収まった場所には誰もいない。
アビゲイルはラズと目が合った位置を見つめたまま動けなかった。
「……」
リョウが。
周囲を見る。
「どこ行った?」
ジャン。
端末。
【TARGET:LOST】
【LOCAL POSITION:NOT DETECTED】
【TRANSFER LOG:NONE】
「転移記録なし」
「フェイズ?」
フェイズが首を振る。
「俺じゃない」
「EVA?」
『私でもありません』
アビゲイル。
何もない場所を見る。
《ミライメージ》。
もう一度。
数秒先。
そこに。
ラズは戻らない。
ただ。
それ以上は。
分からない。
「……消えた?」
ジャン。
「現時点では」
一拍。
「そうとしか言えません」
陽名。
白い光が消えた場所を見る。
何も言わない。
五枚のドッグタグを。
両手で持っている。
⸻
警告音。
止まる。
【FIRST KEY SYNC:0%】
【SECOND KEY AUTHORIZATION:DENIED】
【Ω EXECUTION:TERMINATED】
リク。
左義手の光。
弱くなる。
「……終わったか」
アビゲイルが。
リクを見る。
実父。
第二の鍵。
第一の鍵。
まだ。
何一つ。
整理できていない。
だから。
今は言わない。
リクも。
何も言わない。
ただ。
床へ座り込む。
「疲れた」
リョウが笑う。
「そりゃそうだろ」
「うるせぇ」
少し離れた場所。
スプロケットがタウロスのそばで膝をついていた。
タウロスは動かない。
ポイゾナスが。
隣へ座っている。
フェイズ。
立ったまま。
目を逸らさない。
スプロケットの手。
獣骨の首飾り。
強く。
握られている。
「……タウロス」
小さな声。
返事はない。

スプロケットは。
泣かなかった。
まだ。
泣き方が。
分からないような顔で。
首飾りを見る。
そこに。
いた証。
名前。
記憶。
残ったもの。
消えたもの。
どちらも。
同じ場所にある。
⸻
アビゲイルが。
中央表示を見る。
【Ω EXECUTION:TERMINATED】
未来。
終わったわけではない。
一つへ。
固定されなかっただけ。
選ばなかった未来。
失ったもの。
これから選ぶもの。
全部。
残っている。
陽名が。
隣へ来る。
「終わった?」
アビゲイルは。
少し考える。
「ううん」
「違うの?」
「これは」
アビゲイルは消えていくΩの文字から陽名へ目を戻した。
「終わらせなかっただけ」
「そっか」
陽名が頷く。
「じゃあ」
少し。
笑う。
「まだあるね」
「何が?」
「これから」

アビゲイルは。
答えなかった。
ただ。
陽名を見る。
五枚のドッグタグ。
マナイア。
タウロス。
ラズ。
EVA。
リク。
自分。
失ったものは。
戻らない。
それでも。
まだ。
選ぶことはできる。
アビゲイルは。
〈高周波刀〉を下ろした。
未来は。
まだ。
終わっていない。


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