Scene.18a ―「観測断片:Δ.H2」

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▼オリジナル小説

【<REFLOG–Δ.H2> 観測者:Δ.H0(M. Malik)】
【状態:記録最終段階に移行中──同期精度低下】
【注釈:観測構造に綻び/Δ.H1による因果干渉検出】

【補助観測ログ:M-04】

 EVAが沈黙してから、観測ノードの安定性が著しく低下している。
 人工的に制御されていた空間が、まるで深海のように軋んでいる。
 各局所センサーの反応は断続的。Δ.H1──Δ.H1を中心に形成された干渉波によって、座標演算の精度が破綻している。

 光点の乱れ、湿度の浮遊、音の鈍化。どれも数値で測定できるのに、実感がついてこない。
 ログ構造は維持されている。今はまだ。だが、観測者としての私の視点すら、

 既に曖昧になり始めていることを自覚している。
 感覚が、重ねた記録と現実との間でぶれている。

 モニターの光は同じ波長のはずなのに、見え方が違う。
 指先に走る触覚ノイズは、機器の震えではない。

 ……私自身の知覚が、“定義”から逸れてきている。
 順を追って、記録する。整理は意味を保つ最後の防壁だ。

———

──「Σ」(スペリオルズ):第一世代ネクス集団。

 PΣ(ポイゾナス):投入済み。観測不能因子“Δ.H1”と同域で接触中。
 感情値変動が高く、毒素放出パターンに乱れ。妹としての記憶が干渉している可能性。

 SΣ(スプロケット):Δ.H1への反応が異常。
 ゴーグル越しの視線追跡ログにて、Δ.H1を追うパターンが確認されている。

 しかし、観測中、一度だけ私は彼女を「感応不能対象」と分類しかけた。  表情も筋肉反応も、“誰か他の存在”を視ているような挙動だった。それは、幼い誰かに懐く眼差しではなかった。

 視線の奥で反射していたのは、既知の対象ではない、何かもっと根源的な……
 私の分類体系では補いきれない、記憶にも、感情にも似た“応答”。

 視線は対象に向いているが、認知反応は整合していない。
 Δ.H1との神経干渉。断定不能だが、排除もできない。

 FΣ(フェイズ):一時離脱後、護衛的行動を継続。
 表向きはΔ.H1に距離を取っているが、行動選択に観測不能な揺らぎがある。
 「Σ」との再合流の可能性は残されているが、未だに不安定な行動。

 TΣ(タウロス):RΓ(リョウ)と交戦後、戦域を離脱。生存確認済み。
 肉体強度が明らかに既存評価を超えており、“異常回復”が観測された。
 本来、あの出力差では臓器損傷が起きて然るべき。耐性モデルの再構築が必要。

 OΣ(オラトリオ):姿を消した。観測不能。
 ノードには一度だけ“逆波形干渉”のログが残る。
 謎の言語パケットと共に、通信遮断が発生。

———

──「Γ」(ガンマチーム) + RΩ(ラズ):遭遇及び戦闘。

 RΩ(ラズ):Δ.H1に直接接触。AΓ(アビゲイル)の制圧を試みるが失敗。
 発言内容に矛盾あり。Ω計画の完成を宣言しつつ、なおΔ.H1を「鍵」と呼ぶ。

 思考パターンが分裂的。
 彼自身がΔ.H1に感応している可能性すらある。

 AΓ(アビゲイル):ラズの言葉に動揺し、一時的な能力暴走を確認。  “第一世代ネクス能力”反応を記録。ただし出力未安定。

 JΓ(ジャン):EΩ(EVA)との接続による分析。
 カバー支援に専念。ラズの攻撃を回避しきれず後退。

 RΓ(リョウ):戦闘継続。
 生体金属による肉体変成にて対抗。  

──MW(マナイア):無改造人間。
 観測対象外として破棄済みのはずだった。
 戦闘不能――呼吸停止――生命反応ゼロ。

 ……私は、彼を一度、不要な“枝”として処理した。
 あらゆる可能性の収束から、外れた存在として。
 だが、その彼が立った。私の視界に、計算されなかった“答え”として。

 私の記録は、そう断定していた。だが、彼は立った。
 Δ.H1の前に、ガンマの前に、RΩ(ラズ)の目の前で。

『──ようやく動いたか、小僧──』

 あの言葉だけが音声ログに残った。
 音は記録された。だが、その映像には“時間の破れ”が混ざっていた。

 フレームが逆再生し、光が遅れて届くような錯覚。
 ノードが拾ったのは彼の言葉ではなく、存在の痕跡だけだった。

 映像は途中で途切れている。その後、彼は再び倒れ、沈黙した。
 Δ.H1が触れたことで、彼が“再起動”した可能性がある。

 あるいは……感応が記憶を呼び起こしただけか。
 判断は保留。だが一つだけ確かに言える。

 観測は、もう意味をなしていない。

———

──Z(リク・ロクジョウ) × 「Δ」(デルタチーム):戦闘と決着。
 強制進化体との交戦。デルタ側の制御チップ破損により意識回復。
 Z(リク・ロクジョウ)の義手がエネルギー吸収を最大化。旧ピークを超える。

 EΩ(EVA)の制御信号を逆流させた結果、デルタ全体に自我回復傾向。  ログ断絶直前、“HH(ヘンリック・ホフマン)の姿”をZ(リク・ロクジョウ)に投影。

 Z(リク・ロクジョウ)の拒絶により、EΩ(EVA)は自己演算系を停止。

【最終記録:SYS_SHUTDOWN > IDENTITY_CONFLICT】

 EΩ(EVA)の自律演算は消滅、観測中枢の再接続不能。

———

 私の記録が、これまで支えていたはずだった。
 予測し、収束を導き、余剰を削って最適解へと至る──それが私の“観測”だった。

 だが今、私は“記録”が怖い。
 書くことは、存在を確定する行為だった。

 けれど今はその一文字すら、未来を壊してしまいそうで、指が震える。
 記録は、選択ではなく、切り捨てだ。 一行の中に、生き残る未来と、断たれる未来がある。

  私は今、自らの指先がペンではなく、刃になっている気がしていた。
 可能性は、定義した途端に死ぬ。私は、殺しているのではないか。何かを、誰かを。

 記すほどに不確定が広がる。整理するほどに、正しさが揺れる。

 Δ.H1──Δ.H1。

 彼女が現れてから、モデルが全て飽和する。定義不能な存在が、観測系に常駐している。
 この状態そのものが、観測論の枠組み外事象に該当する。

———

 PΣ(ポイゾナス)を投入した。言い訳はしない。
 リソースとして、必要だった。妹としてではない。

 ……そのはずだった。

 Δ.H2──これは、記録されることのなかった真実の断片。
 Δ.H0としての観測は、ここで終わる。

 私はまだ、すべてを見届けたわけではない。
 しかし、観測形式としての限界は明らかだ。

 Δ.H1──その因果構造に対し、これ以上のログ構築は不可能。
 定義不能の対象は、観測ではなく、直接行動によってのみ接触可能領域へ移行する。よって、記録プロトコルは停止する。

 ここから先は、観測では届かない。
 対象は、既に“概念”ではなく、“出来事”としてしか語れない領域にいる。

 私はもう、記述者でいることを許されない。
 私は言葉を持つ者だった。 だが今、語彙も数式もすべてが足りない。

  この先にあるのは、書けない領域。 私の役割が終わる場所。

(ログ終了)

──以降、記録なし。Δ.H0プロトコル離脱。

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