第2部『403_FORBIDDEN』INTERRUPT_04|CENTRIO

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クロス・バグ三部作(絶賛連載中)

 また一つ消えた。

 スプロケットは〈センチレット〉から返された経路を閉じた。

【EVACUATION ROUTE:RESTRICTED】
【MAINTENANCE ROUTE:UNAVAILABLE】
【ALTERNATIVE ROUTE:UNRESOLVED】

「こっちも駄目ですか?」

 明が表示を覗いた。

「……うん」

「さっきまでは使えましたよね?」

「使えた」

 壊れたわけではない。

 新しい危険が発生したわけでもない。

 それでもスプロケットたちが進める条件だけが消えていた。

 別の〈センチレット〉へ接続する。

 建物状態。

 電力。

 復旧作業。

 人の移動。

 取得できる情報そのものは正常だった。

 そこから経路を組み直す。

 一つ選ぶ。

 確定する前に閉鎖へ変わった。

「また?」

 アイリーが横から覗き込んだ。

「……また」

「絶対待ってるじゃん」

「たぶん」

「そこは絶対でいいと思うけどなあ」

 マッハラインが前方を見る。

「だったら俺が直接――」

 身体が先に動きかけた。

 そこで自分から止まる。

「……いや」

 マッハラインはスプロケットを振り返った。

「見に行く?」

「待って」

「了解」

 返事は早かった。

 足だけはまだ前へ出たそうにしている。

 アイリーがそれを見て笑った。

「ちゃんと聞いた」

「だろ?」

「今のは認める」

「もっと褒めていいよ」

「そこまでじゃない」

「厳しいな」

 二人の声を聞きながらスプロケットはもう一度情報を並べた。

 結果は変わらない。

 〈センチレット〉が間違っているわけではなかった。

 見えている範囲が足りない。

 一機が見ている街。

 近くにいる人。

 周辺設備。

 それらを集めても相手が都市の外側で決めたことまでは見えない。

 スプロケットは表示の奥に残っている名前へ視線を移した。

【LOCAL JUDGMENT:〈CENTILLET〉】
↓
【CITY AGGREGATION:〈CENTRIO〉】

 前に見つけたまま触れなかった上流だった。

「……これなら」

 明が画面を見る。

「〈セントリオ〉ですか?」

「うん」

「〈センチレット〉より深いんですよね?」

「たぶん」

「大丈夫なんですか?」

 スプロケットは答えなかった。

 大丈夫かどうかを知るためにも触れるしかない。

「使えるなら使えば――」

 マッハラインが言いかけた。

 今度はスプロケットではなく自分で言葉を切った。

「……いや」

 少し考えてから続ける。

「決めるのはスプロケットだな」

 アイリーも頷いた。

「私もそう思う」

 スプロケットが見る。

「反対しないの?」

「する理由があるならするよ」

「今は?」

「怖いとは思う」

 アイリーはいつもの明るさを残したままスプロケットを見る。

「でも必要なんでしょ?」

「……うん」

「じゃあ一個だけ」

「何?」

「やるならちゃんと戻ってきてね」

「どこから?」

「そこは分かんない」

「分かんないんだ」

「でも言いたいから言うの」

 アイリーは笑った。

「ヒーローってそういうもんでしょ」

「たぶん違う」

「そこは否定するんだ」

 クロニアスは〈セントリオ〉の表示を見たまま口を開いた。

「接続して何か変だと思ったら切った方がいい」

「クロニアスもそう思う?」

「今の僕は特にね」

 少し困ったように笑う。

「見えるものが増えたから正しいとは限らないって分かったばかりだから」

 スプロケットは小さく頷いた。

「……分かった」

 〈センチレット〉との接続を残す。

 そのさらに上へ手を伸ばした。

【〈CENTRIO〉】
【CONNECTION REQUEST】

 拒絶を待った。

 来なかった。

 接続していた一機の〈センチレット〉が中継点へ変わる。

【CONNECTION:ESTABLISHED】

 視界が増えた。

 スプロケットは反射的に目を細めた。

 一つの映像が大きくなったのではない。

 別々の場所にいる複数の〈センチレット〉が同時に存在した。

 人の流れを見る個体。

 道路を見る個体。

 閉鎖区画を監視する個体。

 復旧設備を確認する個体。

 それらをさらに上から束ねる大きな視界。

 光学。

 赤外線。

 音響。

 交通。

 警戒。

 物流。

 復旧。

 バラバラだった情報が一つの判断へ集まっていく。

 スプロケットは息を止めた。

「……これが〈セントリオ〉」

 今まで見ていたものとの違いが分かった。

 〈センチレット〉から見えるのは街の一部分だった。

 〈セントリオ〉にあるのは街が次に何をするかを決めるための材料だった。

 どこを見るか。

 何を危険とするか。

 何を先に直すか。

 どの〈センチレット〉をどこへ向かわせるか。

 結果ではない。

 結果が出る一つ前だった。

「スプロケット?」

 アイリーの声が少し遠い。

「……聞こえてる」

「ならいい」

 スプロケットは閉鎖された経路を追った。

 ハウンズの姿はない。

 都市網から切り離されたものは〈セントリオ〉にも見えていなかった。

 代わりに空白が見える。

 手動へ移された隔壁。

 都市側の監視から外れた区画。

 現場判断へ変更された設備。

 〈セントリオ〉が知らない場所だけを重ねる。

 穴が形になった。

 包囲だった。

(……ここ)

 一つだけ判断が保留された経路がある。

 閉じられているわけではない。

 復旧する理由も使う理由もないまま放置されている。

 スプロケットはそこへ避難経路としての再評価を入れた。

【EVACUATION PRIORITY:REASSESS】

 近接区画の復旧優先度を上げる。

【RESTORATION PRIORITY:UPDATED】

 複数の〈センチレット〉へ割り当てられていた巡回判断が変わる。

【〈CENTILLET〉 DEPLOYMENT:RECALCULATING】

 命令している感じはしなかった。

 条件を置いている。

 その条件を受けて〈セントリオ〉自身が判断している。

 閉じていた保守扉が開いた。

「開いた!」

 マッハラインの声が響く。

 停止していた搬送設備が動き始める。

 こちらを監視していた〈センチレット〉の一機が別区画へ進路を変えた。

 明が表示と現実を交互に見る。

「本当に道になってます」

「……うん」

 スプロケット自身も少し驚いていた。

 一つだけ変えたつもりだった。

 その変更を〈セントリオ〉が別の判断へ渡した。

 さらにその判断が別の設備へ届く。

 街の一部が連鎖して動いている。

「すごいじゃん!」

 アイリーの声が近づいた。

「これなら逃げら――」

 そこで声が途切れた。

 聞こえなくなったわけではない。

 別の音が重なった。

 スプロケットの指が止まる。

 〈セントリオ〉へ流れ込む情報の奥に何かがいる。

 都市管理の信号ではなかった。

 今までに何度も感じたものだった。

 白い人影。

 しかし今回は違う。

 もう人影とは呼べなかった。

 男だった。

 銀白の髪が見える。

 白い服が見える。

 両手には白い手袋。

 顔も以前よりはっきりしていた。

 目の位置が分かる。

 その目がこちらを向いている。

 スプロケットの胸が一度だけ強く鳴った。

『――カイラ』

 スプロケットの呼吸が止まった。

 名前を間違えたわけではない。

 確かに自分を呼んでいる。

「……なんで」

 男は答えない。

「なんで、ぼくの名前を知ってるの」

 カイラ・ノラ・キーガン。

 母親であるノラから与えられた名前。

 [スペリオルズ]へ入ってから使うことの減った名前。

 それを目の前の男が知っている。

 今まで聞こえていた声と同じ声で。

 スプロケットは男の顔を見ようとした。

 以前より輪郭は明確だった。

 銀白の髪。

 白い服。

 白い手袋。

 目の位置も分かる。

 それでも誰なのかは分からない。

「……ぼくを知ってるの?」

 返事はなかった。

 代わりに〈セントリオ〉から都市の情報が流れ込んでくる。

 通路。

 監視。

 電力。

 物流。

 〈センチレット〉の視界。

 〈セントリオ〉の判断。

 それらをスプロケットが見ている。

 そう思った。

 男も同じものを見ているように感じた。

 自分の目を通して。

 あるいは自分が男の側から街を見ている。

 どちらなのか分からない。

『カイラ』

 もう一度呼ばれた。

 今度は名前そのものではなく、その呼び方に引っかかった。

 知らない男の声なのに初めて呼ばれた感じがしない。

 記憶を探す。

 何も出ない。

 それでも胸の奥だけが先に反応する。

「……誰なの」

 男は答えなかった。

 スプロケットは自分の手を見る。

 〈セントリオ〉へ接続している指。

 経路を選んだのは自分だった。

 避難優先度を変えたのも自分だった。

 〈センチレット〉の配置を動かしたのも自分だった。

 そのはずだった。

 確信するまでに僅かな間が必要になった。

「スプロケット?」

 明の声だった。

「……大丈夫ですか?」

「うん」

 返事はできた。

 しかし自分の名前を知っている男が誰なのか。

 なぜその声が自分の内側から聞こえるのか。

 それだけは答えがなかった。

「スプロケット!」

 アイリーの声が強くなる。

 スプロケットは接続を切った。

【〈CENTRIO〉】
【CONNECTION:TERMINATED】

 視界が一つへ戻る。

 複数の〈センチレット〉が消える。

 都市全体から流れ込んでいた判断も消える。

 男もいなくなった。

 目の前には仲間しかいない。

 アイリーがすぐ近くまで来ていた。

「いる?」

 いつもの確認だった。

「……いる」

「ほんと?」

「いる」

「ならいい」

 スプロケットはそれ以上何も言わなかった。

 カイラと呼ばれたことも。

 知らない男が自分の本名を知っていたことも。

 今はまだ説明できない。

 何より自分自身が一番分かっていなかった。

 ただ一つだけ確かなことがある。

 今まで聞こえていた声と、さっき見た男は同じだった。

 ノイズだったものに声がついた。

 声だったものに姿がついた。

 そして今度は、自分の名前まで呼んだ。

 男との距離が縮まっている。

 それが男の方からなのか。

 自分の方からなのか。

 スプロケットにはまだ分からなかった。

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