第三章 Scene.01 -「仮面交渉」

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▼オリジナル小説

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 曇天の空が低く垂れ込み、錆と油にまみれた空気が肌を重く押し潰す。旧パース・シティ郊外──三大勢力のひとつ、〈ギアホールド〉は廃工場群を寄せ集めた鉄の要塞だった。かつての重機械工場の外殻をそのまま壁とし、銃座や監視塔が等間隔に並ぶ。荒野のワイルドシング、湾岸のカニヴァルスと並び、この街を割拠する勢力の中でも、最大級の防衛力を誇る。

 崩れかけた工場の壁には、かつての企業名を刻んだプレートが錆びつき、判読も困難になっている。蜘蛛の巣のように張り巡らされた電源ケーブルが塔や壁を走り、機械油の染みが地面に点々と広がっていた。監視塔のサーチライトには小さな黒い影が群がり、虫の羽音が耳にまとわりつく。兵士のひとりが苛立ち紛れにそれを手で払い落としたが、緊張に乾いた指先が震えていた。

 外周の関門に、四つの影が現れた。
 黒と深紅の装束を纏い、仮面の奥から一切の感情を覗かせないドミネーター。
 その背後に、熊のような巨体を持つグリズロス、透き通る結晶のような肌を部分的に光らせるクリスタリクス、そして赤毛の青年マッハライン。いずれも[スペリオルズ]旧パース組、現地先行部隊である。

「止まれ。身元を示せ」

 ゲート前の武装兵が銃口を向ける。厚い防弾盾と強化外骨格が全身を覆い、目は一切笑っていない。
 ドミネーターは仮面を傾け、わずかに低い声を返した。

「我々は交渉に来た。……その主に通すがいい」

「通行は許可制だ。お前たちのような者が、そう簡単に会えると思うか?」

 短いやり取りの間にも、周囲の銃座からの視線が突き刺さる。兵士たちの喉は乾き、胸に詰まる心音が自分の耳にまで響いていた。
 ドミネーターは肩越しに部下を振り返らずに告げた。

「ほう、兵士の教育はしっかりしているようだ。ただ、我々は鉄の王に利益の話しを持ってきた」

「そうかよ。そんな事は知らねぇ」

 ドミネーターの前に立つ兵士は相手が誰か分かっていない。そもそもどうでもいい。自分には多くの兵士に加え、強力な銃座の銃口まで味方をしているから。

「待て」

 兵士の態度にグリズロスが動こうとするが、ドミネーターは制止する。

「やめた方がいいぜ。あんちゃん」

 兵士はグリズロスを小バカにするような言葉を発し、周囲の兵士の笑いを誘う。

「訂正しよう。相手の力量も見極められない兵士は必要ない」

 ドミネーターの言葉に兵士たちは意味が分からず、彼が右手を上げる動作を見ていた。
 すると、金属が無理やり曲げられるような歪な音が響く。兵士たちは銃口を見ると、ドミネーターの拳を握る動作に連動して内側へ折りたたまれていった。

「な、なんだ!?」

 ドミネーターの前に立っていた兵士は体が宙へ持ち上げられる。

「やめてくれ!」

 そこへサイボーグ兵士がやって来ると、ドミネーターはその言葉に従って手を下ろす。同時に浮いていた兵士は地面に叩きつけられる。

「通せ」

 厚い鋼鉄門が重低音を響かせて開く。内部は迷路のような通路と監視カメラに覆われ、明確に外敵を拒む構造だった。


 やがて、廃工場の奥、鉄骨の影から巨躯が現れる。
 鉄色の高耐久装甲に覆われた体躯、右腕には都市電力を用いる巨大な〈レールガン〉。アパッチ族の末裔、アイアンキング。

 その隣には青衣を纏った女が座していた。痩せた体を支えながらも優しい視線を絶やさず、時折咳を抑え込む。アイアンキングの妻、フェリッサである。

 銃口を握る兵士の手には汗が滲み、呼吸音がヘルメット内部にこもって金属的に反響していた。兵士たちは一斉に緊張しながらも、フェリッサを盗み見る。
 彼らの胸板の奥では、補助バッテリーの駆動音と心音が競うように脈打っていた。機械で強化されたはずの体が、皮肉にも恐怖で硬直し、義肢の関節からわずかなきしみ音が漏れる。
 彼女の微笑は母のように優しく、押し潰されそうな緊張の中でかすかな安らぎを覚えていた。

 その背後には数十名の武装兵が並び、規律正しく動きを止めている。


「ここはもう俺の庭だ」

 低く短い声。だが、その瞳には独りよがりではない確信が宿っている。

「庭は、風向き一つで荒れる。……[世界政府]が動いている」

 ドミネーターは、仮面越しに視線を合わせて告げた。その言葉に迷いはない。

 アイアンキングは目を細める。

「奴らは敵だ。だが、獣の王も影の王も同じだ。俺は、奴らを許さん」

 その声の裏には、彼の血に刻まれた記憶があった。アパッチの大地を奪われ、抵抗の末に倒れた祖先の姿。アイアンキングはその光景を思い出すたび、決して同じ轍は踏まぬと心に誓うのだ。

 言葉を吐くごとに、彼は無意識にフェリッサへと視線を送る。彼女の静かな頷きが、その誓いを裏打ちしていた。兵士たちもまた、その仕草に目を奪われ、恐怖よりも誇りを思い出していく。

 一方で、ドミネーターは何も言わず仮面の奥から視線を注ぐだけで、兵士たちは息を呑んだ。
 呼吸を忘れたかのように静まり返る兵列。額を伝う汗がゴーグルの内側を曇らせ、わずかに震える指先が引き金に触れ続ける。撃てば死ぬ、撃たなくても押し潰される──その板挟みが、冷徹な沈黙の中で一層際立っていた。 言葉すら必要とせず、存在そのものが支配となって場を覆っていた。まるで、彼の呼吸に合わせて空気そのものが律動しているかのようだった。

「我々は、その均衡を揺るがす者ではない」

 ドミネーターは緩やかに言葉を続けた。

「均衡を壊せば、我々たちも立つ場所を失う。だが……壊しに来る奴らを誘い出すことはできる」

 仮面の奥で、わずかに通信インジケータが光る。

【通信:ヴェスパー】

『ベータチーム、侵入確認。ふーん、なーんだ、防衛はガバガバなんだね……ほんと、ここって看板だけは立派というのはワザとかな?』

 ドミネーターは敢えて何も言わなかった。それはアイアンキングに限らず、同行するグリズロス、クリスタリクス、マッハラインにも。

「……すぐにアルファが来るぞ」  ドミネーターの低い声が鉄骨に反響する。

「ああ、あの破壊者たちか。世界政府の切り札だな」

「そうだ。いくらギアホールドでも耐えられんだろう」

「はっは! かつてのギアホールドならば、な」

 アイアンキングの右腕のギミックが動き、連動して固定された巨大レールガンも唸りを上げる。

「俺は奪うだけの者は支配者ではない。配り、守り、腹を満たしてやる者こそ支配者だ。白人が持ち去った大地を、俺はこの手で分け与える。それが俺たちの戦だ」

 アイアンキングは期待と不安を見せる手下たちに力強い視線を送る。

「俺が配るのは食料や水だけじゃない。ここで生きる誇りだ ……奪う奴らからは、命ごと奪ってやる」

 アイアンキングの片眉が動く。 「一撃で仕留める。見てろ。これが俺たちの力だ」

 アイアンキングの右腕は巨大な〈レールガン〉に繋がれ、低い唸りを上げ、機構が展開する。

 内部の磁場が空気を震わせ、床の鉄板には細かな亀裂が走る。冷却蒸気が白い霧となって広がり、兵士たちの視界を覆った。高圧電流の放電音が耳を刺し、金属のきしむ振動が工場全体を揺らす。誰もが思わず息を呑み、武器を握る手が震える。

 ≪目標確認。高度二千。接近速度一定≫

「破壊者だろうが、俺たちの自由はこの雷光によって示された!」
 アイアンキングの言葉に迷いがなかった。

 閃光と雷鳴が同時に走る。
 曇天を突き抜けた砲弾が、上空をかすめる輸送機を直撃した。機体は爆炎を吐きながら急降下し、遠くで地表に激突。遅れて衝撃波が押し寄せ、瓦礫と砂塵が風に乗って流れ込んでくる。

 爆炎の光に照らされ、群れていた黒い虫が一斉に四散し、羽音が悲鳴のように廃墟に反響した。兵士たちの間から歓声が上がる。しかし、その声の中には、圧倒的な光景に怯えた小さな震え声も混じっていた。
 歓声に混じり、嗚咽にも似た声が漏れる。
 爆炎の閃光で一瞬視界を奪われた兵の膝は、補強骨格の内側で震え続けていた。勝利を信じたい叫びと、心臓を突き上げる不安がせめぎ合い、統制された青の軍勢に不協和音を生じさせていた。

「これが俺たちの力だ。分かったか?」

 ドミネーターは無言で黒煙を見つめ、仮面の奥の視線を細める。

「……なるほど。確かに威勢は充分だ」

 アイアンキングの笑みがわずかに硬直する。ドミネーターは低く続けた。

「……空を裂く音は立派だが、狩れたのは鉄屑だけだ」

 ドミネーターの意味を含ませた言葉にアイアンキングの眉がかすかに動く。

「どういう意味だ?」

 レールガンが冷却状態に移行して轟音が響く中、ドミネーターを睨むアイアンキングは右腕を装置から外しながらも隙を見せない。

「アルファは無傷だ」

「ふん! あの一撃を食らってか?」

「見込みは甘かったようだ。世界政府が派遣する最強と言われる者たち。そのような攻撃で倒せる弱さではない」

 ドミネーターの言葉を信じないアイアンキングは、撃墜された輸送機を望遠鏡で観察していた手下の報告を待っている。
 その間に流れる沈黙と緊張感。ドミネーターは微動だにせず、スペリオルズの幹部たちもまたどっしりと構えている。対して、アイアンキングの兵士たちは怯えるような態度を見せる。

「アイアンキング! ヤツらはまだ生きているぞ!」

 観察する手下からの報告でドミネーターの言葉が事実と分かると、アイアンキングはそれでも余裕の表情を崩さない。
 一方、兵士たちの顔色は一気に蒼白となり、青白いインジケーターの光にすら怯えるほどだった。誰もが無意識にフェリッサの方へ視線を送り、彼女の静かな仕草に縋るように心を支えようとしていた。
 ざわめきが鉄骨の天井に反響し、兵士たちの視線が一斉に主の背中に集まる。

 動揺する兵士たちの中で、フェリッサは小さな薬草袋を握りしめていた。その仕草は言葉を持たぬ祈りのように、兵士たちの心を静める。
 一方でドミネーターは仮面越しにわずかに呼吸を整えるだけで、まるで場の空気がそれに同調するかのように全員を沈黙させた。

「あそこは獣の王と影の王の縄張りだ。狙い通りよ」
 アイアンキングは慌てず余裕の笑みを見せる。

「何事も思い通りには行かぬ。それが現実だ」
 ドミネーターは仮面越しにマッハラインへ視線を送る。

「行け」

「待ってました!」

 マッハラインが足を鳴らし、その場から風のように消えた。白と水色の閃光が残り、瞬時に数十メートル先へ移動していく。

「戦場を整えるのは我々の役目だ。お前らは、守れ」

 グリズロスとクリスタリクスが頷き、〈ギアホールド〉の防衛へ残る。

「正面から来るなら叩き潰すまでだ!」と豪放に笑うグリズロス。

「透過防御を展開する」と無機質に告げるクリスタリクス。


 その頃、姿を消したオラトリオは廃墟群の裏手にいた。胸の[スペリオルズ]の紋章は消され、異国の助言者を装ったローブ姿。
 ワイルドシングとカニヴァルスの陣営に紛れ込み、低い声で耳打ちする。

「機は熟す。敵を前に、踊らせろ。……舞台はもう整っている」

 その声に呼応するように、周囲に潜んでいた虫がざわめき、羽音が一斉に高鳴った。廃墟全体がその囁きに震えるかのように、空気は不穏に揺らいでいた。

 曇天の下、鉄と火薬の匂いが混じり合う中、〈ギアホールド〉は嵐の前の静けさを保っていた。

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