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砂塵が渦を巻いていた。墜落した輸送機の残骸は、まだ赤く燻り、金属が熱を吐きながら軋んでいる。黒煙が風に流され、砂と混じって濁った色の空を覆っていた。焼け焦げた匂いに、鉄と油の臭気が混じる。戦場に立つ者の鼻孔を刺すそれは、嫌でも死を意識させた。
だが、戦場の空気には最初から罅が走っていた。
前日、[ギアホールド]で起きた些細な諍い――ワイルドシングの戦士に紛れた獣のスパイと、クロウズネストの隊士に潜んだ影が小競り合いを起こし、血を流したのだ。
本来なら取るに足らぬ小事。だが、そこへ現れたのはオラトリオ。
≪影は獣を喰らい、獣は影を裂く。どちらが敵か、誰が味方か――≫
詩のような囁きが戦場全体に広がり、不信は増幅された。
アッシュポイントとクロウズネスト、互いに背を預けられぬまま今日を迎えていた。
正面には、咆哮を上げる獣のような戦士たち。アッシュポイントの王――ワイルドシングに従う荒くれの軍勢。
両端には、黒い影のように散開する少数精鋭。クロウズネストの「隊士」たち。不完全ながら鋭い力を宿した者ばかりで、動きは無駄なく、鋼の匂いを纏っている。
そして、上空――。瓦礫が不自然に宙に浮かび、静かに旋回する。戦場全体を支配する仮面の圧。その存在だけで空気が歪む。スペリオルズ総帥、ドミネーター。
不意に、砂を切り裂く音が走った。疾風。
均衡を破るその一撃は、誰の目にも早すぎて、ただ軌跡だけが残る。
マッハラインが突風のように駆け抜け、砂塵の幕をめくった。次の瞬間、戦士たちは一斉に吠え、突進する。咆哮と足音が重なり、大地そのものが震えた。
ヨハンは視線を横に流した。仲間の動きを確認する。
ロドリゴは膝をつき、両手を組んで祈るように頭を垂れていた。まるで戦場の只中にいることを忘れたかのように静かだ。だがその祈りの奥には、燃えるような力が潜んでいるのをヨハンは知っていた。
一方で、ファは輸送機の破片に腰を下ろし、気だるげに片手を振るう。斥力が広がり、近付く敵をまとめて弾き飛ばしていく。鈍い音を立てて鉄骨に叩きつけられた戦士の体は、砂上を転がり、二度と立ち上がらない。
その一撃で敵の戦列が崩れ、仲間が踏み潰して進もうとするたびに、別の悲鳴が上がった。ファは興味も示さず、ただ砂煙の中で指先を払った。
(……ファは放っておいても死なないな)
冷静な判断。彼女は極端に躁鬱が振れるが、死の瀬戸際であっても、どちらの状態でも生存本能だけは揺るがない。
だが、その近くに一人の戦士が這い寄り、祈るロドリゴに刃を振り下ろそうとしていた。ヨハンは即座に掌へ白炎を宿し、槍の形を取った鉄片を焼き払う。灼ける臭気が広がり、戦士は断末魔を上げて倒れた。
ヨハンは息を吐き、前へと踏み出す。掌に白炎を灯し、迫る槍を払い落とす。炎が刃を炭化させ、黒煙とともに崩れ落ちる。さらに相手の影を焼き切り、反撃の隙を与えない。
「ロドリゴ! 目ェ覚ませ!」
一喝。祈りに縋るように沈んでいたロドリゴの目の奥に、金色の光がにじんだ。呼吸が変わり、肺が戦いの空気を吸い込む。
戦列を割って現れたのは巨躯だった。荒々しい足取り、大地を踏み砕く重量。
ワイルドシング――その姿は、かつて「タネ・トア」と呼ばれた男。ロドリゴは風の噂で、彼が薬によって変貌したことを聞いていた。だが、目の前に立つその姿は、人間だった頃の面影をほとんど残していない。膨張した筋肉、獣の牙、血管を走る青白い光。理性の匂いが希薄で、ただ本能と力だけが燃え盛っていた。
(力に囚われた者の末路……他人事じゃない)
胸の奥にざらついた感覚が広がる。嫌な予感が、あえて自身を縛る「制限」へと手を伸ばさせた。
ロドリゴは出力を抑え、力の奔流に錘を下ろす。全てを解き放てば、確かに強大になる。しかし、同時に呑まれて戻れなくなる。だからこそ境界線を引き、その内側で戦う。
その光景を、離れた瓦礫の影から一人の少年が見つめていた。
ワイルドシングの息子、トゥパ。まだ十代の細い体は、咆哮の衝撃で押し倒されそうになっていた。
父の背は、もはや人のものではなかった。
膨張する筋肉は裂け、牙は獣のように伸び、赤く光る瞳は血を求めていた。
それでも、彼は「父だ」と信じようとした。
拳と拳が衝突する轟音。
ロドリゴが祈りを込めた怪獣の腕で押し返す。
砂煙に包まれる中、トゥパの耳には父の咆哮と、ロドリゴの祈りの声が重なって響いていた。
「……父さん……」
胸の奥で呟いたその声は、恐怖と、わずかな希望を混じらせて震えていた。
「偉くなったもんだな、小僧! アルファ様の犬が!」
嘲る声とともに、タネ・トア――否、ワイルドシングは腰の薬筒を噛み砕いた。液体が喉奥に流れ込み、瞬時に血管を駆け巡る。筋肉がさらに膨張し、牙が伸び、瞳が赤に染まる。
咆哮とともに突進。
ロドリゴは片腕を怪獣化させ、そのまま正面から受け止めた。
砂塵が爆ぜ、祈りと咆哮が衝突する。拳がぶつかるたび、大地が抉れ、残骸が跳ね上がった。
その衝撃で周囲の戦士や隊士がよろめき、尻餅をついた。誰も近寄れない。次元の違う戦いが始まったのだと、全員が悟った。
ファは無表情のまま、斥力を繰り返した。軽く払うたび、戦士も隊士も鉄骨に叩きつけられ、鈍い音を残して崩れ落ちる。
骨の折れる音が続き、巻き込まれた敵兵が砂を這いながら呻いた。ファは視線を動かすことなく、ただ煩わしい虫を追い払うように次の動作へ移った。
風がざわめき、視界を横切る残像。マッハラインが姿を現す。
その声は軽やかで、どこか芝居がかっていた。
「見た目と能力のギャップがありすぎるんじゃない? ここは戦場だよ! 居眠りするところじゃないんだ!」

注意しているような口ぶり。だが、彼の立ち回りは子供の悪戯めいて、戦場を縦横無尽に駆け抜ける。砂煙を蹴散らし、残骸の隙間を抜けるたび、ファの目に映るのは背中だけ。
彼の速度に巻き込まれ、敵兵が次々と砂に叩き伏せられた。呻き声があがり、血が舞うたびにマッハラインは鼻歌を口ずさむように駆け続ける。
ファは小さく目だけで溜め息をついた。右手を振るい、斥力を広げる。舞うのは戦士と瓦礫ばかりで、当のマッハラインは笑みを浮かべてすり抜けていく。
「……うるさい」
低く吐き捨てる声。その奥に、わずかな苛立ちが混じった。敵兵の断末魔とマッハラインの軽口が重なり、彼女の心をじわじわと侵食していった。
その背後では、別の混乱が芽吹いていた。
斥力に弾かれた戦士が、クロウズネストの隊士へと激突する。
「邪魔をするな!」
「お前こそ狙って押し付けただろう!」
怒声が飛び交い、両陣営が睨み合う。
やがて拳が振るわれ、互いを敵と錯覚したかのように斬り結ぶ。
同盟のはずの陣営同士が、疑念に突き動かされていた。
ヨハンは戦場を睨み上げた。そこには瓦礫の冠と仮面――ドミネーターが静かに浮かんでいる。
その仮面の圧に晒され、兵も戦士も息を呑み、動けなくなる。瓦礫が不自然に宙に浮き、空間そのものが支配されていく。
その傍らに、黒いコートを翻して隻眼の女が舞い降りた。クロウズネストの頭目――カニヴァルス。
翼を広げた瞬間、砂煙が巻き上がり、近くの戦士たちが吹き飛ばされる。隻眼が赤く輝き、収束した光が一直線に奔った。破壊光線。砂地を抉り、爆炎が敵兵を呑み込む。
「お前の相手は私だ。アルファのリーダー、ヨハン・ヨンソン……!」
宣告と同時に、彼女の爪が鉱物質に変化し、鋼鉄を裂く音を立てる。ヨハンは白炎を噴かせて飛び退き、炎弾を放つ。
だがカニヴァルスは腕を掲げ、空間が一瞬ねじ曲がる。炎は呑み潰され、直後に彼女の腕が痙攣した。歯を食いしばり、再生能力が焼けただれた皮膚をすぐに塞ぐ。
さらに彼女は精神衝撃を放ち、周囲の兵たちが頭を抱えて倒れる。呻き声が戦場を満たし、弱者は戦闘不能に陥る。だがヨハンは歯を食いしばり、光に耐えて前進した。
その一部始終を、隊士の列の陰から見上げる青年がいた。
ジョジョ。クロウズネストの新参にして、誰よりも戦況を注視する存在。
空で交錯する二人――ヨハンとカニヴァルス。
隻眼の女は、翼、鉱物化した爪、空間歪曲、精神衝撃……次々と異なる力を繰り出す。 だが同時に、腕が痙攣し、息が荒くなる。再生で皮膚を塞ぎながら、必死に戦っていた。
(……借り物の力で戦う。俺と同じ……)
ジョジョは胸の奥で呟いた。
ヨハンの白炎が空を裂く。カニヴァルスが必死にそれを防ぐ。
その光景を見ながら、彼の瞳には「強さ」と「不完全さ」が交錯して映った。
(……不完全な力を寄せ集めたか。だが侮れない)
白炎を背から噴かし、ヨハンはロケットのように上昇する。
カニヴァルスは翼を翻し、隻眼を光らせて追う。上空で交錯する影が、互いの限界を測り合うように舞った。
砂煙を割るように、ワイルドシングが吠えた。再び薬を追加し、異形はさらに深まる。筋肉が裂けるように膨張し、血走った眼が獲物を求める。
ロドリゴは全身を怪獣化させた。しかし枷は外さない。自分を保つための戒め。
拳と拳がぶつかり、大地が割れた。砂礫が跳ね、鉄骨が砕け、衝撃波が戦場を横切る。
近くにいた戦士たちは悲鳴を上げ、恐怖に駆られて後退した。誰もその中心に近づこうとしない。
やがてロドリゴの理性の灯が揺れた。視界が赤に染まり、咆哮が喉を震わせる。
祈りが乱れ、心が一瞬、黒く沈む。
(枷を……外せば……)
その囁きに抗おうとした瞬間、タネ・トアの声が鋭く刺さる。
「力に呑まれるな、小僧!」
怒号に似た声。しかしその響きは、祈りにも似ていた。

そしてさらに遠く。砂嵐の影から、ひとりの女が戦場を俯瞰していた。 隻眼の魔女――オラトリオ。
≪祈りと咆哮。影と獣。どちらが堕ち、どちらが残るか――≫
詩のような声が風に混じり、羽音のざわめきとともに戦場の空気を揺らす。
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