第2部『403_FORBIDDEN』THREAD_04|FACE

スポンサーリンク
▼オリジナル小説

TASK_01|NEW LOGS

 中央物流センターの上層連絡路からは巨大な貨物フロアの大半を見渡すことができた。

 半円状の天井を支える鉄骨は暗闇の奥まで続き、その一部には以前の混乱で生じた歪みが残っている。

 破損箇所を塞ぐ仮設材の隙間から水滴が落ちていた。

 濡れた床へ白い作業灯が反射している。

 停止した搬送レーンの横では復旧した別系統のコンベアが低い音を立てて動いていた。

 貨物コンテナを載せた無人搬送車が決められた線だけを往復している。

 その間を[世界政府]の復旧班と警備要員が行き交っていた。

 人は多い。

 それでも生活の気配はなかった。

 連絡路の外側には巨大なトーキョー・シティが広がっている。

 ドーム天井の下には高層建築が密集し、その中心から中央研究柱が垂直に伸びていた。

 点灯している区域もあれば完全に暗い区域もある。

 遠くでは小さな火災の橙色が残り、その上に煙が薄く溜まっていた。

 都市は止まっていない。

 しかし以前と同じ意味では動いていなかった。

「……人はいるんですね」

 LINが手すり越しに下を見ていた。

 Aureaが隣へ並ぶ。

「復旧班と警備要員です」

「街の人は?」

「ここにはいません」

 LINはしばらく下を見ていた。

「人がいるのに街の人はいないんですね」

「そうなります」

 Aureaの返答にLINは小さく頷いた。

 ヴァレンは二人から少し離れた場所に立っていた。

 彼が見ているのは貨物フロアではなかった。

 連絡路の向こうにあるトーキョー・シティの中心部だった。

 オリヴィアはその視線を確認したが質問はしなかった。

 ヴァレンが都市を見ているだけなら異常行動にはならない。

 問題は現在も説明できていない接近行動の方だった。

 〈A.R.K. Conductor改〉が新しい通信を受信した。

【[ネクス・ハウンズ]】
【FIELD COMMAND】
【RIDGE】

「接続」

『監査官』

 リッジの声の後ろでは複数の通信が重なっていた。

 まだ現場を移動しているらしい。

「結果を」

『対象群は離脱した』

「負傷者は?」

『こちらにはいない』

「対象側は?」

『重大損傷は確認してない』

「では捕獲失敗」

『それだけならな』

 新しい記録が送られてきた。

 オリヴィアは歩きながら表示を開いた。

【TARGET:SPROCKET】
​
【〈センチレット〉 ACCESS:CONFIRMED】
【DIRECT HIJACK:NOT DETECTED】
【SYSTEM OVERRIDE:NOT DETECTED】
【LOCAL MANAGEMENT RESPONSE:ESTABLISHED】

 オリヴィアの歩調が僅かに落ちた。

「乗っ取りではない?」

『俺たちが確認した範囲では違う』

「前回と同じですか?」

『そこも違う』

「説明を」

『こっちが都市網から戦術情報を外した』

「確認しています」

『その後は俺たちを探すのをやめた』

 別の取得履歴が開く。

 建造物。

 電力。

 市民移動。

 復旧状況。

 スプロケットが取得した情報は都市そのものへ偏っている。

 ハウンズ側の位置情報は含まれていなかった。

「利用方法を変更した」

『そう見てる』

「〈センチレット〉から拒絶された形跡は?」

『ない』

 オリヴィアは足を止めた。

 前方を歩いていたAureaも同じ位置で止まる。

 LINが気づいて振り返った。

 ヴァレンも少し遅れて止まった。

「中央物流センターと同じ」

『何がだ』

「拒絶されていません」

 旧端末はスプロケットを完全な侵入者として処理しなかった。

 〈センチレット〉も同じだった。

 仕組みは異なる。

 結果だけが似ている。

『監査官』

「はい」

『もう一つ送る』

 表示が切り替わった。

【RECOVERY CONDITIONS】
​
【TARGET:SPROCKET】
​
【SURVIVAL:MANDATORY】
【FATAL CRANIAL DAMAGE:PROHIBITED】
【MAJOR NEURAL DAMAGE:PROHIBITED】
【GENETIC MATERIAL:PRESERVATION REQUIRED】

 オリヴィアは最後の行を見る。

 以前から存在していた条件だった。

 今回初めて追加されたわけではない。

 それでも旧認証と並べたことで意味が変わった。

『俺たちは何を回収してる?』

「質問の意図を限定してください」

『危険なネクスを生かして捕まえるなら分かる』

「はい」

『頭を壊すなも分かる』

「はい」

『神経を壊すなも目的次第では分かる』

 リッジがそこで止めた。

『遺伝情報まで残す理由は何だ』

「説明されていません」

『能力危険度は上がってる』

「その評価には同意します」

『でも条件は動かない』

 オリヴィアは返答しなかった。

『捕まえる条件じゃなくて保存する条件に見える』

「その可能性はあります」

『知ってるのか?』

「いいえ」

 オリヴィアは回収条件を保存した。

「設定理由はこちらで確認します」

『任せる』

「そちらは現行作戦を継続してください」

『言われなくてもやる』

 正式な報告はそこで終わった。

 通信はまだ切れなかった。

『……監査官』

「何ですか?」

『そっちは無事か』

「現地作業に支障はありません」

『それは聞いてない』

 オリヴィアは目の前にいる三人を見る。

 LINはまだ貨物フロアを見ている。

 Aureaは彼女の近くにいる。

 ヴァレンは都市中心部から視線を戻していた。

「その質問には後で答えます」

『分かった』

「リッジ」

『何だ』

「あなたも同じです」

 短い沈黙が入った。

『それも後で答える』

「了解しました」

 通信が切れた。

 Aureaが横からオリヴィアを見る。

「私的通信として保存しますか?」

「不要です」

「了解しました」

 オリヴィアは再び歩き始めた。

 旧認証。

 都市管理側からの応答。

 遺伝情報保存。

 三つは別の事実だった。

 しかし調査対象を変更するには十分だった。

「Aurea」

「はい」

「《サイバー・リゾナンス》の解析優先度を下げます」

「能力ではなく対象個体を見る?」

「そうします」

 スプロケットが何をできるのかは分かり始めている。

 次に必要なのは別の問いだった。

 なぜスプロケットが受け入れられるのか。

 オリヴィアは中央物流センターの旧管理区画へ戻る方向へ進路を変えた。


TASK_02|ACCEPTANCE

 旧管理区画へ戻ると物流センターの音は急速に遠ざかった。

 復旧された現行設備は入口付近までだった。

 その先には旧[A.R.K.]時代の壁材と配線が残っている。

 天井灯も全ては点灯していない。

 明るい区画と暗い区画が交互に続いていた。

 オリヴィアは保存指定した旧管理室へ入った。

 LINとヴァレンも室内へ入る。

 Aureaは二人とオリヴィアの間に位置を取った。

 〈A.R.K. Conductor改〉を旧端末へ接続する。

 三浦主任との回線も維持されていた。

『こっちでも見えてます』

「能力情報を除外します」

『かなり削りますね』

「能力を入れると説明可能な経路が増えすぎます」

『今度は認証だけ見る』

「はい」

 《LEGACY ACCEPTANCE-S》から《サイバー・リゾナンス》に関する項目を外した。

【《LEGACY ACCEPTANCE-S》】
​
【CURRENT CREDENTIAL:NONE】
【REJECTION:NOT DETECTED】
【BYPASS:NOT DETECTED】
【LEGACY RESPONSE:ESTABLISHED】

『消えませんね』

「そこが問題です」

 能力を除外しても旧設備から応答されたという事実は残る。

「Aurea」

「現行利用者認証より前の方式を検索します」

 旧端末の表示が切り替わる。

 管理者ID。

 職員認証。

 保守権限。

 そのさらに下に現在では使用されていない認証形式が残っていた。

【LEGACY AUTHENTICATION】
​
【BIOMETRIC IDENTIFICATION:FOUND】
【GENETIC CORRELATION:FOUND】
【INHERITED AUTHORIZATION:FOUND】

『遺伝系?』

 三浦主任の声が少し低くなった。

「開きます」

 オリヴィアは継承認証を選択した。

 旧設備側が利用者本人の権限だけを見ていたわけではない。

 過去に登録された生体系列との相関を参照する形式が含まれている。

「《LEGACY ACCEPTANCE-S》と比較」

「開始します」

【BIOLOGICAL CORRELATION:POSSIBLE】
【INHERITED AUTHORIZATION:POSSIBLE】

『能力を外しても残った』

「はい」

『ならスプロケット本人の何かを見てる』

「その可能性が上がります」

 参照先をさらに一段遡った。

 画面が止まった。

 中央物流センターの古い換気装置だけが低い音を続けている。

 次の表示を見た瞬間にオリヴィアは右手を止めた。

【DESIGN LINE:《FACE》】

 三浦主任の回線はまだ開いている。

『《FACE》?』

「三浦主任」

『はい』

「ここから先はこちらで引き取ります」

 短い沈黙が入った。

『階層が変わりました?』

「はい」

『了解しました』

「質問しないのですか?」

『聞いても答えない時の声です』

 オリヴィアは一度だけ目を伏せた。

「必要になればこちらから呼びます」

『その方が助かります』

「回線を閉じます」

『了解』

 三浦主任の通信が切れた。

 オリヴィアは次に室内を見る。

 LIN。

 ヴァレン。

 二人とも部外者だった。

 監視対象でもある。

 このまま同じ室内へ置くことはできない。

「Aurea」

「はい」

「二人を隣接待機区画へ移してください」

 LINがこちらを見る。

「私たちですか?」

「はい」

「何か問題がありました?」

「あなたたちの問題ではありません」

 オリヴィアは旧端末へ視線を戻した。

「扱える情報の範囲が変わりました」

「分かりました」

 ヴァレンは質問しなかった。

「直接観測は維持してください」

「了解しました」

 Aureaが二人を連れて管理室を出た。

 隣接待機区画は貨物フロアへ張り出したガラス張りの観察廊だった。

 管理室の壁面へAureaからの監視映像が表示される。

 LINとヴァレンが並んで歩いている。

 Aureaはその少し後ろにいた。

 同時に秘匿回線が開いた。

『二人とも直接観測範囲内です』

「継続してください」

『了解』

 オリヴィアは《FACE》を開いた。

 その間にも監視音声は低優先度で流れている。

『ヴァレンさん』

 LINの声だった。

『何だ』

『どこへ行くつもりだったんですか?』

 少し間が空いた。

『分からない』

『ずっと?』

『そうかもしれない』

 LINも少し黙った。

『私も似ています』

『そうなのか』

『でも今はここにいます』

 ヴァレンはすぐに返さなかった。

『そうだな』

 オリヴィアは監視音声だけを下げた。

 映像は残す。

 Aureaの視界も残す。

 その上で《FACE》へ意識を戻した。

 デザイン人間計画。

 第三世代。

 その分類を三浦主任へ見せることはできない。

 インター・フェイス計画へ繋がる情報ならなおさらだった。

 オリヴィアは検索権限を切り替えた。

【《FACE》 REFERENCE SEARCH】
【STANDARD ARCHIVE:NO RESULT】

 結果はなかった。

 オリヴィアはそれを異常とは判断しなかった。

 この層で簡単に出てくる方がおかしい。

 それでもスプロケット側の旧認証は《FACE》へ繋がっている。

 記録がないことと参照先が存在しないことは同じではなかった。

「Aurea」

『聞いています』

「通常アーカイブを外します」

『旧[D.A.R.K.]系へ移行?』

「まだです」

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉側に残った参照情報だけを追った。

 誰の記録かではない。

 どこへ問い合わせようとしているかを見る。

 その瞬間だった。

 〈A.R.K. Conductor改〉の中核が一度だけ低く振動した。

 旧端末には存在しない応答だった。


TASK_03|ZEON

 最初に変化したのは画面ではなかった。

 〈A.R.K. Conductor改〉の白銀の外装に埋め込まれた認証灯が一つだけ点灯した。

 現在の世界政府認証とは色が違う。

 オリヴィアは接続を切らなかった。

 信号の発生元を確認する。

 中央物流センターではない。

 世界政府の記録保管領域でもない。

『オリヴィア』

 Aureaの声が秘匿回線から入る。

「確認しています」

『外部から応答があります』

「送信元を」

『現行登録なし』

「A.R.K.?」

『一致しません』

 次の表示が現れた。

【DORMANT HANDOFF:REACTIVATED】
【REMOTE STORAGE:RESPONSE】

 オリヴィアは手を止めた。

 こちらから記録を発見したのではない。

 《FACE》へ到達したことで向こう側が起動した。

 それまで存在しなかった転送経路が開く。

【ARCHIVE PACKAGE:INBOUND】
【DOWNLOAD:STARTED】

「Aurea」

『はい』

「隔離領域へ」

『変更します』

 受信先が〈A.R.K. Conductor改〉内部の独立領域へ切り替わった。

 外部へ実行権限は与えない。

 中央物流センターにも展開させない。

 取得するだけに留める。

 ダウンロードが終了した。

【ARCHIVE PACKAGE:DOWNLOADED】
【INSTALLATION:LOCKED】
【AUTHORIZATION REQUIRED】

「破損確認」

『なし』

「外部実行要求」

『なし』

「自動通信」

『現在は停止しています』

 そこで初めてオリヴィアはインストール条件を開いた。

【AUTHORIZATION KEY:LEGACY MANAGEMENT ASSET】
【STATUS:PENDING】

【AUTHORIZATION KEY:AUREA SECURE LINK】
【STATUS:PENDING】

 オリヴィアの視線が止まった。

 〈A.R.K. Conductor改〉。

 Aurea。

 現在自分が使用している二つの管理資産が条件になっている。

『私が鍵に含まれています』

「確認しました」

『認識はありません』

「私もありません」

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を握り直した。

「第一認証を実行」

【LEGACY MANAGEMENT ASSET:ACCEPTED】

「Aurea」

『待機しています』

「第二認証」

『実行します』

【AUREA SECURE LINK:ACCEPTED】

 ロックが外れた。

【INSTALLATION:AUTHORIZED】

 オリヴィアはすぐには実行しなかった。

 ガラス越しの監視映像を見る。

 AureaはLINとヴァレンの間にいる。

 LINは貨物フロアを見下ろしていた。

 ヴァレンは動いていない。

 周辺警備にも異常はない。

「インストール」

 隔離領域だけで展開が始まった。

 ファイル群が順番に構築される。

 通常のアーカイブ形式とは違う。

 削除された情報を復元しているのではなかった。

 別の場所に残されていた記録を新しくこちらへ配置している。

 最後に一つの名前が現れた。

【ARCHIVE OWNER】

【ZEON ZELLER】

 オリヴィアは動かなかった。

 名前そのものは知っている。

 問題はその名前がここへ戻ってきたことだった。

 2059年以降。

 ジオン・ゼラーの公的人格は削除されている。

 映像。

 音声。

 個人史。

 現在の行政記録から追える人物ではない。

 それでも本人が消える前に別の保管経路を残していた。

 しかも《FACE》へ到達した者だけが起動できるようにしている。

 オリヴィアは最初の情報層を開いた。

【ZEON ZELLER】

【A.R.K.】
【[統制防衛局]:局長】
【PERTH CITY:MAYOR】

【PUBLIC RECORD STATUS:TERMINATED/2059】

 そこまでだった。

 デザイン人間計画は出ない。

 インター・フェイス計画も出ない。

 外部へ開示できるのは消された一人の行政官と都市統治者としての記録だけだった。

「Aurea」

『はい』

「外部開示可能層を分離してください」

『完了後に三浦主任を戻しますか?』

「はい」

『LINとヴァレンも?』

 オリヴィアは少し考えた。

「同じ範囲までなら問題ありません」

『了解』

 記録が二つに分かれた。

 表へ出せるもの。

 出せないもの。

 その境界が確定した。

 オリヴィアは《FACE》の表示を閉じた。

 デザイン人間計画へ繋がる項目も非表示にする。

「戻してください」

『向かいます』

 監視映像の中でAureaが二人へ声をかけた。

 オリヴィアはその間に三浦主任の回線を再接続した。

『監査官』

「お待たせしました」

『思ったより長かったですね』

「必要な処理がありました」

『聞かない方がいい?』

「今は」

『分かりました』

「代わりに確認してほしい人物がいます」

『名前は?』

 オリヴィアは画面を見た。

「ジオン・ゼラーです」

 長く消されていた名前が再び記録の中へ戻った。


TASK_04|KYRA

 Aureaたちが戻った頃には中央物流センターの照明が一段落とされていた。

 電力不足ではない。

 復旧班が作業区画を移したため不要な照明が順番に消されている。

 遠くの貨物フロアだけが青白く残っていた。

 その奥では大型搬送車がゆっくりと移動している。

 トーキョー・シティの中心部もまだ明るい。

 中央研究柱だけは暗い市街地の中で縦に光を残していた。

 LINが旧管理室へ戻る。

 その後ろにヴァレン。

 最後にAureaが入った。

「こちらで待ってください」

「はい」

 LINは先ほどと同じ場所へ座った。

 ヴァレンは壁際へ立つ。

 三浦主任の回線は開いたままだった。

『ジオン・ゼラー』

 三浦主任が名前を繰り返した。

『ほとんど出ませんね』

「想定内です」

『断片はあります』

「内容を」

『統制防衛局の旧人事記録』

 表示へ断片が追加される。

『パース・シティ行政記録にも名前だけ残ってる』

「役職は?」

『局長』

 別の記録が重なる。

『市長』

 ヴァレンが顔を上げた。

「パース・シティの市長だった」

 オリヴィアがヴァレンを見る。

「知っているのですか?」

「知っている」

「どこで知りました?」

 ヴァレンは答える前に少し時間を使った。

「古い話だと思う」

「誰から?」

「覚えていない」

 三浦主任が通信越しに黙っている。

 オリヴィアはヴァレンから視線を外さない。

「現在参照できる一般記録にはほとんど残っていません」

「そうなのか」

「それでも知っている?」

「知っている」

 嘘を作ろうとしている反応には見えない。

 しかし説明にもなっていない。

「Aurea」

「記録しました」

 ヴァレンの件はそこで切った。

 ジオンとヴァレンの関係を調べる必要はある。

 ただし今の優先順位ではない。

「三浦主任。続けてください」

『了解』

 ジオンの個人アーカイブから一つの参照先が見つかっていた。

 行政記録ではない。

 保護対象に関する記録だった。

【PROTECTED RELATION RECORD】

【NORA KEEGAN】
【DEPENDENT RECORD:EXISTS】

『ノラ・キーガン』

 三浦主任が検索する。

『こっちは少し出ます』

「年代を」

『2050年代後半から増える』

「それ以前は?」

『かなり薄い』

 オリヴィアはジオン側アーカイブの参照を開いた。

 別の年が表示される。

【DEPENDENT BIRTH RECORD】

【YEAR:2055】

 三浦主任が止まった。

『待ってください』

「どうしました?」

『現行側の登録と合わない』

「何年ですか?」

『2060年』

 オリヴィアの目が表示を往復する。

 2055年。

 2060年。

 誤差として扱える差ではない。

『名前を出します』

【KYRA NORA KEEGAN】

【REGISTERED BIRTH YEAR:2060】

 LINが僅かに身を起こした。

「カイラ?」

 オリヴィアは返答せずジオン側の記録を重ねた。

【KYRA NORA KEEGAN】

【BIRTH:2055】
【FATHER:ZEON ZELLER】
【MOTHER:NORA KEEGAN】

 三浦主任から言葉が消えた。

 オリヴィアも画面を閉じなかった。

 父。

 母。

 子。

 記録だけなら珍しい構造ではない。

 問題は父親だった。

 オリヴィアだけがその意味を別の階層でも知っている。

 ジオン・ゼラー。

 第三世代《FACE》。

 その事実をここで口にすることはできない。

『5年ずらしてる』

 三浦主任が先に戻った。

「意図的だと思いますか?」

『一個ならミスもある』

 三浦主任が別の記録を開く。

『医療記録も開始位置がずれてる』

 次。

『移動記録も切れてる』

 次。

『認証も別系統に分けてある』

「偶然ではない?」

『僕ならそう判断しません』

 三浦主任らしい答えだった。

 分からないものを分かったことにしない。

 それでも複数の不一致が同じ方向を向けば残す。

「《LEGACY ACCEPTANCE-S》と照合」

 Aureaが処理を開始する。

 中央物流センターでスプロケットが残した旧認証。

 ジオンの保護記録に残されていた継承参照。

 二つが重なる。

【LEGACY SUBJECT REFERENCE】

【KYRA NORA KEEGAN】

【《LEGACY ACCEPTANCE-S》:MATCH】

 オリヴィアは画面を見る。

 スプロケット。

 カイラ・ノラ・キーガン。

 別々に存在していた二つの名前が同じ旧認証へ接続された。

「現在対象との照合を更新」

「実行します」

【CURRENT TARGET:SPROCKET】
【BIRTH RECORD:KYRA NORA KEEGAN】

【IDENTITY CORRELATION:CONFIRMED】

「……スプロケットさんなんですか?」

 LINが聞いた。

「出生記録上はカイラ・ノラ・キーガンです」

「じゃあスプロケットって名前は?」

「本人が現在使用している名前です」

「どっちが本当なんですか?」

 オリヴィアはLINを見る。

 質問の意味を分類する必要はなかった。

「両方です」

 LINの目が少し大きくなった。

「記録にある名前が本人の選んだ名前を否定する理由にはなりません」

 LINは数秒だけ黙った。

「……そうなんですね」

「はい」

 AureaがLINを見る。

 何も付け加えなかった。

 ヴァレンはジオンの名前が表示された画面を見ている。

「娘がいたのか」

 小さな声だった。

 オリヴィアは聞き逃さなかった。

「その反応も記録します」

 ヴァレンはこちらを見る。

「構わない」

「あなたがジオン・ゼラーを知っている理由は後で確認します」

「分かった」

 三浦主任が通信へ戻る。

『監査官』

「はい」

『これで回収条件の意味も変わりますね』

 オリヴィアは以前の条件を開いた。

【GENETIC MATERIAL:PRESERVATION REQUIRED】

「一部だけです」

『父親との関係を残したいなら遺伝情報保存は分かる』

「はい」

『でも生存必須までは分からない』

「同意します」

『神経損傷禁止も』

「説明できません」

『能力との関係も?』

「未確認です」

 三浦主任はそれ以上広げなかった。

 オリヴィアも広げない。

 分かったのはスプロケットの出生だった。

 《サイバー・リゾナンス》の由来ではない。

 なぜMr.Xがここまで厳しい保存条件を付けたのかも完全には分からない。

 オリヴィアは記録を更新した。

【SPROCKET】

【BIRTH IDENTITY:KYRA NORA KEEGAN】
【FATHER:ZEON ZELLER】
【MOTHER:NORA KEEGAN】

【BIRTH:2055】
【REGISTERED BIRTH YEAR:2060】

【RECORD ALTERATION:CONFIRMED】
【ALTERATION PURPOSE:UNRESOLVED】

 三浦主任に見せるのはここまでだった。

 しかしオリヴィアの中では別の記録がすでに開いている。

 第三世代《FACE》。

 自然出生した娘。

 その二つを同じ画面へ置くことはまだできなかった。

 少なくとも全員が見ている場所では。


TASK_05|INHERITANCE QUESTION

 調査を一度終了した時には貨物フロアの人員も減っていた。

 完全に停止することはない。

 物資。

 医療品。

 封鎖区域へ送る装備。

 復旧用部材。

 トーキョー・シティが通常の都市でなくなった後も物流だけは動き続けている。

 オリヴィアは上層連絡路へ戻った。

 ガラス越しに中央研究柱が見える。

 旧東京から引き継いだ地下網。

 新しく重ねられた高速輸送網。

 ドーム都市になった後の管理系統。

 直近の混乱で壊された現在の都市。

 トーキョー・シティは異なる時代の構造を残したまま動いている。

 古いものを捨てて新しくなった都市ではない。

 古いものの上へ新しいものを重ね続けてきた都市だった。

「三浦主任」

『はい』

「もう一件お願いします」

『ジオン関連?』

「関連します」

『内容を』

「2059年以降の旧A.R.K.管理資産の移管履歴」

『範囲広いですよ』

「最終移管先を私に限定してください」

 三浦主任が少し黙った。

『監査官自身?』

「はい」

『具体的な資産は?』

 オリヴィアは手元の〈A.R.K. Conductor改〉を見る。

「管理端末系統とAI補助系統」

『〈Conductor〉とAurea』

「その系譜です」

『理由を聞いても?』

「現在確認した旧認証との関連を調べます」

『現在案件との関連あり』

「はい」

『分かりました』

 三浦主任はそれ以上聞かなかった。

「今日はそこまでで構いません」

『監査官』

「何ですか?」

『今日はって言いました?』

 オリヴィアは一瞬だけ黙った。

「言いました」

『珍しいですね』

「三浦主任」

『冗談です』

「ではお願いします」

『了解』

 回線が切れた。

 オリヴィアはAureaを見る。

「もう一度お願いします」

「二人を移動?」

「はい」

 LINがこちらを見る。

「またですか?」

「またです」

「今度も私たちの問題じゃない?」

「違います」

 LINは少しだけ笑った。

「分かりました」

 ヴァレンも立ち上がる。

 Aureaが二人を先ほどの観察廊へ連れていった。

 今度は遠くまで移動させない。

 透明な隔壁越しに位置を確認できる。

 扉が閉じる。

 音だけが遮断された。

 Aureaの秘匿通信が開いた。

『監視を維持しています』

「お願いします」

『秘匿会話へ切り替えます』

「はい」

 オリヴィアはジオンのアーカイブへ戻った。

 今度は三浦主任へ見せなかった領域を開く。

【ZEON ZELLER】

【GENERATION:THIRD】
【FUNCTION:《FACE》】

 次にカイラの出生記録を並べた。

【KYRA NORA KEEGAN】

【BIRTH:2055】
【ARTIFICIAL GENERATION:NONE】
【NATURAL BIRTH:CONFIRMED】

 オリヴィアは同じ表示をもう一度開いた。

 内容は変わらない。

 閉じる。

 もう一度開く。

『オリヴィア』

「見ています」

『同じ記録です』

「分かっています」

 〈A.R.K. Conductor改〉へ置いた指を離した。

 第三世代デザイン人間が自然人類との間に子を残した。

 人工生成された次世代ではない。

 計画で作られた個体でもない。

 役割も与えられていない。

 管理者もいない。

 それでもデザイン人間系統は次へ続いていた。

「第五世代ではありません」

『はい』

「計画外です」

『その分類が最も適切です』

 オリヴィアはスプロケットの現在記録を見る。

 ネクス能力者。

 《サイバー・リゾナンス》。

 陽名接触。

 旧認証。

 世界政府管理外の所属。

 自分で選んだスプロケットという名前。

 どの項目もデザイン人間計画が与えたものではない。

「設計されていない」

『はい』

「それでも継承されている」

『遺伝的には』

「そこが問題です」

 オリヴィアの視線が回収条件へ移る。

【GENETIC MATERIAL:PRESERVATION REQUIRED】

 Mr.Xはこれを最初から設定していた。

 中央物流センターで旧認証を再現する前から。

 《FACE》へ到達する前から。

 カイラ・ノラ・キーガンという名前をオリヴィアが知る前から。

「Mr.Xは知っていました」

『可能性は高いです』

「少なくとも遺伝的価値を把握していた」

『回収条件からはその推定が成立します』

 オリヴィアはMr.Xへの通信画面を開かなかった。

『照会しますか?』

「しません」

『理由を確認しても?』

「答えだけを受け取っても意味がありません」

『彼が何を知っていたかではなく、どこまで知っていたかを確認する?』

「それもあります」

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を見る。

「もう一つあります」

『何ですか?』

「今回の監査担当が私である理由です」

 Aureaはすぐには返答しなかった。

「スプロケットの遺伝情報保存条件をMr.Xが知っていた」

『はい』

「ジオンの記録は通常検索では出なかった」

『はい』

「《FACE》へ到達して初めて外部保管領域が起動した」

『はい』

「そのアーカイブを開けたのは〈A.R.K. Conductor改〉とAureaです」

『その二つが認証条件でした』

「そして二つとも私の管理下にある」

 オリヴィアはそこで言葉を止めた。

 偶然と分類するには条件が重なりすぎている。

 しかし誰かが意図的に配置したともまだ確定できない。

「Aurea」

『はい』

「あなたは自分が鍵になることを知っていましたか?」

『いいえ』

「過去記録にも?」

『現在の私が参照できる範囲にはありません』

「〈A.R.K. Conductor改〉側も同じ?」

『該当する事前記録はありません』

 オリヴィアは都市を見る。

 巨大なドームの下で中央研究柱が光っている。

 その周囲には新しい都市がある。

 さらにその下には旧東京の地下網が残っている。

 見えている現在だけで都市はできていない。

 自分も同じだった。

 現在の監査官という役割だけでは説明できないものを持っている。

 Aurea。

 〈A.R.K. Conductor改〉。

 旧D.A.R.K.権限。

 ジオンから残された資産。

 それらがなぜ自分へ集められたのかをオリヴィアはこれまで問題にしてこなかった。

 管理することが自分の役割だったからだ。

 それでは足りなくなった。

「Aurea」

『はい』

「監査対象を追加します」

【AUDIT EXPANSION】

【SPROCKET ORIGIN:PARTIALLY RESOLVED】

【LEGACY ASSET TRANSFER:UNRESOLVED】
【CURRENT HOLDER:OLIVIA O'CONNELL】

【ASSIGNMENT ORIGIN:UNRESOLVED】

『あなた自身を含めますか?』

 オリヴィアは最後の行を見た。

「含めます」

『Mr.Xへの報告は?』

「まだしません」

『三浦主任への開示は?』

「必要な範囲だけです」

『了解しました』

 ガラスの向こうではLINがトーキョー・シティを見ていた。

 ヴァレンはその横にいる。

 Aureaの本体は二人を監視している。

 こちらでは同じAureaがオリヴィアの判断を記録している。

 スプロケットを調べるために始めた監査だった。

 その監査記録へオリヴィア自身の名前が加わった。

 次に確認しなければならない対象はもう外側だけではなかった。


TRACE_04|INHERITANCE

 白い残響が近くにあった。

 新しく生じたものではない。

 以前から残っていたものが見える距離まで戻ってきただけだった。

 エウロスが最初に口を開いた。

『……懐かしい』

 フラマがすぐに返す。

『不要な評価だ』

『評価じゃないよ』

 エウロスは残響から目を離さなかった。

『懐かしいだけ』

 アクエルが静かに手を伸ばす。

『覚えてる』

 テリオンが彼女を見る。

『何を』

『手』

 誰も続きを急がなかった。

『境界の外にいればよかったのに』

 アクエルの声は小さい。

『入ってきた』

 エウロスが笑う。

『そうだった』

 フラマは黙っている。

 消そうとはしなかった。

 テリオンが残響を見た。

『あの時も規定外だった』

『いつもそう言う』

『事実だ』

 アクエルは首を振る。

『違う』

『何が』

『あの人は選ばなかった』

 エウロスが振り返る。

『何を?』

『どれが本物か』

 空白が残る。

 四つの反応。

 中心には何もない。

 それでもあの時の声は迷わなかった。

『全部だって言った』

 誰も否定しなかった。

 フラマがようやく言う。

『過去だ』

『うん』

 アクエルは答えた。

『でも残ってる』

 エウロスが白い残響の向こうを見る。

 以前にはなかった別の気配が続いている。

『あの人も残したんだね』

 テリオンが訂正する。

『本人ではない』

『分かってる』

『継承されたものだ』

 エウロスは少し考えた。

『それでも続きだろ』

 フラマが短く返す。

『同一ではない』

『それも分かってる』

 アクエルが二つの異なる反応を見る。

 一つには体温のような揺らぎがある。

 もう一つには古い管理経路の硬さが残っている。

『一つは生まれた』

 テリオンは答えない。

『もう一つは渡された』

 今度はフラマも否定しなかった。

 アクエルは白い残響へ視線を戻す。

『あの人が守りたかったものかな』

 テリオンが僅かに間を置く。

『確定できない』

『そうじゃなくて』

 アクエルは笑った。

『そうだったらいいなって思っただけ』

 フラマが目を閉じる。

『感情判断は不要だ』

 エウロスが横を見る。

『でも覚えてるんだろ』

 返答はなかった。

 それで十分だった。

 あの時に触れたものは消えていない。

 本人がいなくても。

 名前が消えていても。

 四つの中にはまだ残っていた。

【TRACE STATUS:INHERITANCE】

コメント

タイトルとURLをコピーしました