TASK_01|例外処理
中央物流センターの非常灯が赤い明滅を繰り返していた。
≪非常封鎖を継続しています≫
≪一般搬送経路を使用しないでください≫
案内放送はもう誰も従わない指示を繰り返している。
スプロケットは管理室の端末へ接続具を差し込んだ。
【EMERGENCY LOCKDOWN:ACTIVE】
【EXTERNAL ROUTE:SEALED】
【AUTHORITY:FACILITY STAFF ONLY】
旧A.R.K.系統の部分認証を送った。
【LEGACY AUTHORIZATION:PARTIAL MATCH】
【ACCESS:DENIED】
「そこでは開きません」
床に座っていた亘が言った。
先ほどまで全方向へ広がっていた命令はもう声に含まれていない。
スプロケットは接続を切らず亘へ視線を向けた。
「職員の権限?」
「非常時は別系統です」
亘は首から下がった社員証を握った。
スプロケットの「お願い」へ言葉では答えていない。
それでも壁へ手をつき、立ち上がろうとした。
膝が途中で折れた。
右肩が壁へぶつかる。
亘は声を出さず、もう一度足へ力を入れた。
「入口はどこですか」
すぐ近くに立っていた明が尋ねた。
亘は視線だけを管理室の奥へ向けた。
「職員用端末の右側です」
「30メートルくらい?」
「27メートルです」
明は床を見る。
亘の靴は右足だけを僅かに引きずっていた。
「今の歩幅だと少しかかります」
「時間を計っているのですか」
「歩き方を見ただけです」
亘は明を一度見た。
壁から手を離さず職員用端末へ向かって歩き始めた。
明もその横を進んだ。
亘が足を止めるたび、前方と床を確認する。
スプロケットは二人の数歩後ろにいた。

閉鎖信号。
停止した監視網。
使われていない保守回線。
亘の案内と残された設備反応を重ねていく。
その後方ではヴァレンがクロニアスを背負っていた。
クロニアスの左脚は動かさないよう固定され、ヴァレンの腰の横へ下ろされている。
「呼吸が、少し速く……なっています」
ヴァレンが告げた。
「私の?」
クロニアスが尋ねる。
「はい」
「痛みは変わっていない。運ばれているせいで、身体の変化を自分で見落としているらしい」
「では、私が申告……します」
「頼む」
クロニアスはヴァレンの肩越しに先頭の亘を見た。
「例外処理担当が非常時の例外処理をしている。なるほどなるほど」
「何がなるほどなの?」
近くを歩いていたアイリーが振り返った。
「まだ整理している」
「整理が終わるまで黙ってて。息が切れてる」
「話せる程度には余裕がある」
「話さなくていい程度にはケガしてる」
クロニアスは口を閉じた。
アイリーは先頭へ視線を戻した。
亘が職員用端末へ到着する。
社員証を認証部へ触れさせた。
【認証者:渡辺亘】
【所属:トーキョー・シティ生活物流公社】
【配置:中央物流センター】
【担当:例外処理】
【勤務状態:終了未処理】
「終了未処理」
表示を読んだ明が呟いた。
「承認する上司がいなくなりました」
亘は社員証を認証部へ押し当てたまま答えた。
「自分では終わらせられないんですか」
「本人が自分の勤務記録を自由に変更できたら、記録として成立しません」
クロニアスの顔がヴァレンの肩の上で動いた。
「設備が持つ現在と本人の現在が一致していない」
「君の位置記録と一緒にしないでください」
亘はクロニアスを見なかった。
「同じとは言っていない。似ていると言った」
「今は出口の話をしてください」
スプロケットが二人の会話を切った。
端末へ新しい表示が現れた。
【EMERGENCY STAFF ACCESS:LIMITED】
【MANUAL ROUTE:AVAILABLE】
「ここから外までつながってる?」
スプロケットが亘へ尋ねた。
「入口が開くだけです」
「途中は?」
「現地で手動解除します」
「現在の地図にはない」
「自動化以前の経路です」
「覚えてる?」
「僕の担当でした」
亘は端末右側の保護板を外した。
内部には数字入力盤と針式の圧力計が残されていた。
床際には錆びた手動弁がある。
「内部の圧力が高い」
亘が針を確認する。
「このまま扉を開けば、内側へ引かれます」
アイリーが手動弁の前へ移動した。
「私がやる。何回?」
「反時計回りに3回です」
「4回目は?」
「排気管が外れます」
「戻せる?」
「交換部品がありません」
アイリーは弁を握った。
「3回で止める」
1回。
2回。
3回。
壁の内側で空気が流れた。
圧力計の針がゆっくりと下がっていく。
スプロケットは端末側の変化を確認した。
【INTERNAL PRESSURE:DECREASING】
【SAFETY RANGE:APPROACHING】
「まだ」
亘が言った。
アイリーは弁から手を離したまま待った。
針が白い範囲へ入る。
「今です」
亘が入力盤へ固定番号を打ち込んだ。
【PRESSURE:EQUALIZED】
【MANUAL ACCESS:UNLOCKED】
扉が数センチだけ開いた。
内側から乾いた空気が流れ出す。
アイリーが扉へ手をかける。
「一気に押さないでください」
亘が止めた。
「奥に保守台車が倒れている可能性があります」
アイリーは力を抑え、少しずつ扉を動かした。
途中で何かが床を擦った。
「右の車輪です」
扉の隙間を見ていた明が言った。
「横を向いて引っかかっています」
「固定されていますか」
亘が明へ尋ねた。
「床との間に隙間があります。車輪だけです」
明は身を低くし、隙間から腕を入れた。
台車の車輪へ手を触れる。
「右へ向ければ動きます」
「手を挟まないで」
アイリーが扉を支えたまま明へ言った。
「動いたら離れます」
明が車輪の向きを変えた。
アイリーが扉を押す。
台車が軋みながら奥へ移動した。
人一人が通れる幅まで扉が開く。
暗い保守通路が現れた。
亘が先へ入ろうとする。
スプロケットが腕を出し、その進路を止めた。
「先は見えてない」
「僕が案内します」
「道は知ってても、今いるものは知らない」
亘の表情が僅かに硬くなった。
「支配網が失われたことは理解しています」
「マッハライン」
スプロケットが名を呼んだ。
壁際で待っていたマッハラインがゴーグルを下ろした。
「最初の区画だけ見る! 床が悪かったら戻るよ!」
それだけ告げ、暗い通路へ入った。
姿が一瞬で見えなくなる。
数秒後、奥の保守灯が順番に点灯した。
マッハラインが戻ってくる。
「40メートル先まで空いてる。右側の床に亀裂。左を一列で進めるよ!」
報告を終えると、マッハラインは扉の横へ下がった。
亘が先頭へ立つ。
その横に明。
数歩後ろにスプロケットとアイリー。
ヴァレンはクロニアスを背負い、最後尾寄りを進む。
マッハラインだけが、隊列の外側を行き来していた。
GAME MASTERとして身につけていた装飾は、管理室の床に残されている。
非常扉が認証したのは、例外処理担当の渡辺亘だけだった。
TASK_02|社員証
手動搬送路には中央物流センターの案内放送が届かなかった。
非常灯も数個に一つしか点灯していない。
亘は壁へ手をつきながら先頭を歩いた。
そのすぐ近くを明が進んでいる。
床。
天井。
配管。
亘が見る場所より少し先へ明の視線が動いていた。
「次は防火区画です」
亘が前を向いたまま告げた。
「扉の上に古い警告灯があります」
明が暗闇を見た。
「まだ見えません」
「曲がった先です」
数歩進む。
通路の角を越えたところで、赤い警告灯が現れた。
明は亘へ顔を向けなかった。
「ありました」
スプロケットは後方から端末を確認した。
【FIRE PARTITION:LOCAL CONTROL】
【NETWORK RESPONSE:NONE】
「ネットワークから切れてる」
スプロケットが言った。
「社員証だけで開く?」
「非常封鎖中は手動操作が必要です」
亘が防火扉の認証盤へ社員証を触れさせた。
【認証者:渡辺亘】
【勤務状態:終了未処理】
【ACCESS:PENDING】
扉は動かなかった。

亘は認証盤の下にある小さなカバーを外す。
三本のレバーが現れた。
赤。
青。
黄色。
明が黄色のレバーへ視線を止めた。
「これだけ配線が新しいです」
「封鎖警報へ接続されています」
「触れたら?」
「この区画が完全固定されます」
「解除にはどれくらいかかりますか」
「固定ボルトを外して20分以上です」
明は黄色のレバーから一歩離れた。
「赤と青だけですね」
亘は赤を下げ、青を上げた。
【FIRE PARTITION:MANUAL】
【LOCK STATUS:RELEASED】
中央の大型ハンドルが動く状態になる。
アイリーが亘の横へ出た。
「どこまで回すの?」
「1回転半です」
「2回だと?」
「反対側の補助扉まで開きます」
「そこに市民がいる可能性は?」
スプロケットが尋ねた。
「あります」
亘が答える。
スプロケットは扉の向こうへ弱い生体反応がないか探った。
明確な反応はない。
それでも完全には否定できない。
「1回転半で止める」
スプロケットが決めた。
アイリーはハンドルを握った。
1回転。
残り半分。
内部で固定具が外れる音がした。
扉が内側へ開いた。
向こうには古い休憩区画が残されていた。
長い机。
倒れた椅子。
壁に貼られた勤務表。
電源を失った自動販売機。
亘が休憩区画へ入る。
明はその後ろを歩いた。
「ここを使っていたんですか?」
「休憩時間には」
明が勤務表を見た。
複数の名前が並んでいる。
その中に渡辺亘の名も残されていた。
「15年前から?」
「勤続は約15年です」
「最初から例外処理ですか」
「最初は搬送管理の補助でした」
「異動したんですか?」
「自動化で人員が減りました」
「残ったのが例外処理?」
「自動処理できない事例だけが人間へ回されました」
亘の視線が自動販売機の一角で止まった。
無糖コーヒーの商品表示。
明はその視線を追った。
「よく飲んでいたんですか」
「夜勤の時だけです」
「好きだからではなく?」
「眠らないためです」
クロニアスがヴァレンの肩越しに顔を上げた。
「夜勤。例外処理。15年。なるほど……いや、違うか」
「また始まった」
アイリーが言った。
「黙って整理できないの?」
「声に出した方が早い」
「呼吸も早くなる」
「そこはヴァレンが見ている」
ヴァレンはクロニアスの身体を背負い直した。
表情が変化したのは、その動作から1秒ほど後だった。
「痛みが……増えています」
「私の?」
「はい」
「話す量を……減らす」
クロニアスは短く息を整えた。
それでも亘へ視線を向ける。
「勤務時間を聞いてもいいか」
「今、必要ですか」
「今でなければ、君は答えない可能性が高い」
「答える義務はありません」
「それも記録する」
亘は足を止めた。
「何のためですか」
「GAME MASTERになる前の君を能力発現後の記録だけで上書きしないためだ」
「僕は別人になったわけではありません」
「それなら、両方とも渡辺亘として残せる」
「都合よく利用するつもりでしょう」
「都合よく一つへ整理しないために残す」
亘はしばらくクロニアスを見た。
「夜勤は月に6回前後でした」
「なるほど」
クロニアスは手帳を出そうとした。
腕へ力を入れたところでヴァレンが小さく身体を揺らした。
「今は書かない方が、よいと判断……します」
「君も止めるのか」
「落とす可能性が……あります」
クロニアスは手を下ろした。
「記憶しておく」
亘は返事をせず、休憩区画の奥へ進んだ。
マッハラインが前方から戻ってくる。
「次の分岐まで反応なし。右は途中で崩れてる。左は続いてる」
「右の崩落位置は?」
亘が尋ねる。
「二つ目の支柱の先」
「旧排水区画を使います」
マッハラインは来た道を振り返った。
「後ろも今のところ動いてないみたいだよ!」
報告を終えると再び先へ消えた。
亘が歩く。
明がその隣を進む。
GAME MASTERという表示はどこにもなかった。
扉も、勤務表も、自動販売機も、例外処理担当の渡辺亘だけを覚えていた。
TASK_03|手動搬送路
休憩区画の先で通路は二つへ分かれていた。
右は北側外部搬送口へ続く現行経路。
左は旧排水区画。
亘は迷わず左へ進んだ。
「北は右ですよね」
明が案内表示を見ながら尋ねた。
「右は崩落しています」
「いつから?」
「トリガー発動直後です」
「亘さんが閉じたんですか」
「作業員へ閉鎖させました」
能力によって命令した。
亘はその言葉を使わなかった。
明も言い換えを求めなかった。
代わりに右側の床へ残された傷を見る。
大型設備を急いで移動させた跡。
複数人の靴跡。
途中から足跡は同じ方向へ揃っていた。
「閉鎖した反応は残ってる」
スプロケットが端末を見ながら言った。
「その先は完全に落ちてる」
「なら左でいい」
亘が答えた。
「あなたを全部信用したわけじゃない」
「結果が同じなら違いはありません」
「違う」
スプロケットは旧排水区画へ入った。
「ぼくが確認して選んだ」
亘は何も言わず、その後を追った。
先頭へ戻る。
明が再び近くについた。
旧排水区画は天井が低かった。
配管がむき出しになり、床の一部には浅い水が残っている。
ヴァレンはクロニアスの頭が配管へ当たらないよう、身体を低くして歩いていた。
「姿勢を保てるか」
クロニアスが尋ねた。
「はい」
「無理なら下ろしてくれ」
「現在は、運んだ方が……安全です」
「現在は、か」
「先ほどの言葉を……使用しました」
クロニアスの口元が僅かに動いた。
「覚えていたのか」
「必要な情報……でした」
先頭近くを歩いていた明が足を止めた。
「亘さん」
明は床を指した。
埃と浅い水の間に太い跡が残っている。
「これは設備ですか?」
亘が身を屈めた。
床に残る窪み。
壁へ擦れた硬い肩の跡。
「ブーステッドです」
「一体?」
「見える範囲では」
スプロケットも床へ残る反応を確認した。
古くはない。
「近い」
その時、前方から風が届いた。
マッハラインが戻ってくる。
「150メートル先に手動隔壁! 右側の固定具が一つ欠けてるよ!」
マッハラインは止まらず後方へ顔を向けた。
「後ろから大きい一体がいた。まだ距離はあるけど、こっちへ来てる!」
「音を追ってる?」
明が尋ねる。
「俺が止まったら足も止まった。こっちが動くとまた来ると思うよ!」
「振動ですね」
明は水面を見る。
一行の足音に合わせ細い波が走っている。
「隔壁へ行く」
スプロケットが決めた。
「マッハラインは後ろを見て」
「距離だけ伝えるから!」
マッハラインは来た道へ戻った。
亘が先頭を進む。
足取りはさらに遅くなっていた。
右足が一度滑る。
明が腕を伸ばしたが、亘は先に壁へ手をついた。
「まだ歩けます」
「聞いていません」
明は亘の横に残った。
「転びそうだったので見ただけです」
「君はよく見ていますね」
「見ないと生き残れなかったので」
亘は明を一度見た。
それ以上は何も言わなかった。
手動隔壁へ到着する。
中央には大型ハンドル。
左側には固定レバー。
右側には本来あるはずのロックピンがなかった。
「代用品が必要です」
亘が言った。
「長さは?」
スプロケットが尋ねる。
「三十センチ以上。強度があれば形は問いません」
明が周囲を見回す。
壁際に空の工具箱。
細い配管。
錆びた留め具。
どれも短い。
ヴァレンが足を止めた。
クロニアスを背負ったまま、右肩を僅かに動かす。
「外袋に、支持棒が……あります」
明がヴァレンのバックパックへ近づいた。
「取っても?」
「お願いします」
明は外袋から中央の曲がった支持棒を抜いた。
亘へ渡す。
「細い」
亘は太さを確かめた。
「そのままでは抜けます」
明が固定穴へ照明を向けた。
内部を覗き込む。
「奥が下向きに曲がっています」
「角度は?」
「支持棒と同じくらいです。右側から入れて中で回せば引っかかると思います」
亘は明の示した角度で支持棒を入れた。
途中で金属が止まる。
「少し下です」
明が位置を修正する。
亘が支持棒を回した。
曲がった部分が内部の固定具へ噛み合った。
「使えます」
スプロケットは隔壁の状態を確認した。
【MANUAL PARTITION:STANDBY】
【LEFT LOCK:AVAILABLE】
【RIGHT LOCK:TEMPORARY】
後方からマッハラインの声が届いた。
「残り60メートル!」
水面の波が大きくなる。
亘が全員の位置を見た。
「作業手順を説明します」
GAME MASTERの命令ではない。
それでも声には長年手順を教えてきた職員の硬さが残っていた。
「僕が左側の固定を操作します。アイリーは中央ハンドルを5回転。明は隔壁下部の障害物を確認してください」
「右の固定は?」
スプロケットが尋ねた。
「閉鎖中、支持棒が動かないよう保持する必要があります」
アイリーがハンドルの前へ立った。
「私が片手で押さえながら回す」
「両方を同時に行えば、回転が不安定になります」
亘が即座に否定した。
「なら、誰が持つ?」
マッハラインが後方から戻ってきた。
「俺がやる!」
「偵察は?」
スプロケットが尋ねる。
「もう見える距離だから、ここから数えるよ!」
マッハラインは右側の支持棒を両手で掴んだ。
「これを離さなければいいんだろ?」
「固定完了後、30秒までです」
「覚えた」
ヴァレンはクロニアスを背負ったまま、隔壁から距離を取った。
「クロニアスの呼吸が……浅くなっています」
「計時はできる」
クロニアスが端末を開いた。
「30秒だけなら任せてくれ」
スプロケットは後方の反応と隔壁の状態を交互に見た。
「始める」
亘が左側のレバーを下げた。
アイリーが大型ハンドルを回す。
1回。
2回。
隔壁が天井から下り始めた。
3回。
「残り30メートル!」
マッハラインが後方を見ながら告げた。
ブーステッドが狭い通路を進んでくる。
肩が配管へぶつかり金属音が響く。
床の水が大きく揺れた。
亘がブーステッドへ顔を向けた。
「止まれ」
ただの声だった。
ブーステッドの足は止まらない。
明が亘を見る。
亘は前へ向き直った。
「続けてください」
アイリーがハンドルを回す。
4回。
振動で床に置かれていた工具箱が動いた。
隔壁の真下へ滑り込む。
「止めてください!」
明の声にアイリーはすぐ手を止めた。
「工具箱が挟まっています」
ブーステッドまで20メートル。
スプロケットが工具箱へ近づく。
取っ手を掴んだ。
内部に工具が残り、簡単には動かない。
「アイリーはハンドルを離さないで」
スプロケットが言った。
「明、こっち」
明が工具箱の反対側へ回った。
二人で引く。
箱の角が床へ引っかかった。
「右を少し上げてください」
明がスプロケットへ言った。
角度を変える。
工具箱が隔壁の下から抜けた。
「残り10メートル!」
マッハラインの声が響いた。
アイリーが再びハンドルを回した。
ブーステッドが腕を伸ばす。
巨大な手が隔壁の隙間へ入った。
「腕が挟まります!」
明が叫んだ。
「閉じなければ、こちらへ入ります」
亘が言った。
「潰す以外を探す!」
アイリーはハンドルを止めた。
明はブーステッドの顔を見る。
視線は定まっていない。
頭部は隔壁下で擦れる金属音へ向いていた。
「音を追っています」
明は抜き出した工具箱を見た。
隔壁の右側には排水用の深い溝がある。
「右へ動かします」
「どうやって?」
スプロケットが尋ねた。
「光と音を出します」
明は工具箱の中から、薄い樹脂製の表示片を取り出した。
排水溝へ投げる。
指先に小さな火花が走った。
樹脂片が溝の中で弾ける。
白を中心に黄色と青が混ざった光。
乾いた破裂音。
ブーステッドの頭が右へ向いた。
隔壁から腕を抜き、排水溝へ身体を寄せる。
「今です!」
明の声にアイリーが最後の回転を加えた。
5回。
隔壁が床へ接触する。
亘が左側の固定を入れた。
【MANUAL PARTITION:LOCKED】

「計時開始」
クロニアスがヴァレンの背中から告げた。
隔壁の向こうでブーステッドが壁を叩いている。
右側の支持棒が振動した。
マッハラインは一歩も動かなかった。
走れば一瞬で離れられる距離だった。
それでも両手を固定具へ残している。
「15秒」
クロニアスが告げた。
亘は閉じた隔壁を見ていた。
先ほどの「止まれ」は届かなかった。
それでも隔壁は閉じた。
亘の手順。
明の観察。
スプロケットの確認。
アイリーの力。
マッハラインの偵察。
ヴァレンが運ぶクロニアスの計時。
誰も亘の命令を受けてはいない。
「30秒」
クロニアスが告げた。
「手を離して構いません」
亘がマッハラインへ言った。
マッハラインはゆっくりと支持棒から手を離した。
固定は維持されている。
亘は全員を見た。
何かを言おうとして口を閉じた。
「先へ行く」
スプロケットが告げた。
亘は再び先頭へ戻った。
明がその横へつく。
誰も彼をGAME MASTERとは呼ばなかった。
TASK_04|ここに残る
旧排水区画を抜けると、通路の先に外光が見えた。
地上からではない。
都市外壁の保守層へ設置された誘導灯だった。
【NORTH EXTERNAL TRANSFER】
【DISTANCE:280 M】
亘は誘導表示の下を通り、分岐で足を止めた。
左は北側非常出口。
右は中央物流センターへ戻る職員経路。
「左へ進めば外へ出られます」
亘の身体は右側を向いていた。
「亘さんは?」
隣にいた明が尋ねた。
「僕は戻ります」
「どこへ?」
「中央物流センターです」
スプロケットは周辺の反応を確認した。
旧保守層の外側へ複数の識別信号が近づいている。
[世界政府]の部隊。
一点へ集まってはいない。
中央物流センターへ続く現行搬送路。
上層連絡路。
地上側の保守経路。
複数の反応が別々の位置へ分かれていた。
センターを囲む配置だった。
スプロケットは自分たちが通ってきた旧排水区画を重ねた。
【LEGACY DRAINAGE ROUTE:NOT REGISTERED】
【REMOTE MONITORING:NONE】
現在図の包囲線に、その経路だけが存在していなかった。
「部隊が来てる」
スプロケットが亘へ告げた。
「知っています」
「会ったら捕まる」
「その可能性はあります」
「それでも戻る?」
「はい」
アイリーが亘の前へ出た。
「戻って何をするの?」
「非常封鎖後の損傷を確認します」
「一人で?」
「ほかに職員はいません」
「もう職員じゃないでしょ」
亘は社員証を見下ろした。
【勤務状態:終了未処理】
「終了していません」
「表示の話じゃない」
アイリーの声が強くなる。
「人を勝手に動かして、クロニアスを閉じ込めて、負けたら今度は普通の職員へ戻るの?」
「戻るつもりはありません」
亘はアイリーを見た。
「盤面を失っただけです」
「それで終わり?」
「僕まで終わったわけではありません」
アイリーの拳が握られた。
「クロニアスへ謝らないの?」
「危険な対象だと判断しました」
「その判断が間違ってたんでしょ」
「敗北と判断の正誤は別です」
「まだ――」
アイリーが一歩近づく。
ヴァレンの背中からクロニアスが声を出した。
「アイリー」
「止めないで」
「止めるつもりはない。息を整えてくれ。背負われている私まで揺れる」
アイリーはクロニアスを見た。
ヴァレンの身体がアイリーと亘の間へ僅かに向きを変えていた。
クロニアスを守れる位置。
表情の緊張は、動作から遅れて現れる。
スプロケットが亘へ尋ねた。
「残るのは、自分で決めた?」
「僕以外に決める者はいません」
「捕まるかもしれない」
「承知しています」
「助けを求める気は?」
「ありません」
「許してない」
「求めてもいません」
スプロケットは亘の反応を見た。
嘘を示す明確な信号はない。
正しい判断だと思っているわけでもない。
ただ、残ることを他人へ決めさせるつもりがなかった。
明が亘の社員証へ視線を落とした。
「それを持って戻るんですか」
「扉を開けるために必要です」
「道具として?」
「最初から社員証は道具です」
「それだけですか」
亘は答えなかった。
右側の認証盤へ社員証を触れさせる。
【認証者:渡辺亘】
【ACCESS:GRANTED】
職員経路の扉が開いた。
暗い中央物流センターへ戻る道。
左側の通路からマッハラインが戻ってくる。
「非常出口まで動いてるものはいない。外側も見える範囲は空いてる。でも正規搬送路と上の連絡路には部隊が入ってる!」
スプロケットが頷いた。
マッハラインは亘と開いた職員経路を見たが何も尋ねなかった。
亘が扉の中へ入る。
「亘」
クロニアスが呼び止めた。
亘の足が止まる。
「記録は残す」
「好きにしてください」
「GAME MASTERを名乗り、市民を支配したこと」
「変えるつもりはありません」
「私を危険な対象として拘束したこと」
「必要な処理でした」
「例外処理担当として15年間働いたこと」
亘は僅かに振り返った。
「そちらは不要です」
「今日、私たちへ出口を示したこと」
「侵入者を排出しただけです」
「そして、自分の判断でここへ残ったこと」
「何を残しても起きたことは変わりません」
「変えるために記録するのではない」
クロニアスはヴァレンの肩越しに亘を見た。
「なるほど。いや、今の言い方では足りないな」
「まだ続けるのですか」
「君を一つの説明へ押し込まないために残す」
「勝者の都合です」
「私は勝者ではない。記録者だ」
クロニアスは短く息を吸った。
「支配者だった君も、職員だった君も、敗れた後に残った君も記録する」
亘は返事をしなかった。
職員経路の扉が閉じていく。
最後まで見えていたのは腰につけた社員証だった。

【ACCESS:CLOSED】
TASK_05|別の道
中央物流センター北側の搬出通路は、緩やかな上り坂になっていた。
亘が戻った職員経路は、すでに見えない。
先頭を歩く者もいなくなった。
スプロケットは停止した案内端末へ接続具を差し込み、残された経路情報を拾った。
【CURRENT FACILITY:CENTRAL LOGISTICS CENTER】
【NORTH SHIPPING GATE:AVAILABLE】
【CITY EXIT:NOT APPLICABLE】
「外へ出る道じゃない」
スプロケットの言葉にアイリーが前方の大型扉を見上げた。
「センターから出るだけ?」
「扉の向こうもトーキョー・シティ」
明が壁の案内図へ近づいた。
画面は消えていたが、樹脂板へ印刷された古い区画図は残っている。
「北部物流区画です」
明は現在地を指した。
「中央物流センターはこの区画の中にあります。ここを出ても外壁までは遠いです」
「どれぐらい?」
アイリーが尋ねる。
「今の道が使えるか分からないので、距離だけでは言えません」
明の指が北側の太い貨物道路をなぞった。
途中で何度も分岐している。
居住区。
医療搬送路。
貨物線。
衛星ドーム連絡橋。
トリガー以前なら、すべてが自動的につながっていた。
今はどこまで残っているか分からない。
「出口を開ける」
スプロケットは大型扉の端末を調べた。
【NORTH SHIPPING GATE】
【LOCAL CONTROL:ACTIVE】
【REMOTE CONTROL:OFFLINE】
【REMOTE MONITORING:OFFLINE】
【EVENT LOG:LOCAL ONLY】
【MANUAL RELEASE:AVAILABLE】
「手動」
「私がやる」
アイリーが扉の横にある大型ハンドルへ向かった。
ヴァレンはクロニアスを背負ったまま、通路の壁際へ立っている。
クロニアスの呼吸は浅かった。
それでも視線は端末と案内図の間を動いている。
「中央物流センター退去時刻。記録しておきたい」
「今、手帳を出すの?」
アイリーが振り返った。
「時刻だけだ」
「ヴァレンに背負われたまま落とさないでよ」
「その可能性は……あります」
ヴァレンが答えた。
クロニアスは手帳へ伸ばしかけた手を止めた。
「記憶しておく」
スプロケットは手動解除の手順を表示した。
【STEP 01:BRAKE RELEASE】
【STEP 02:MANUAL ROTATION】
【STEP 03:LOCK CONFIRMATION】
「最初に下のレバー」
アイリーが足元を見る。
「これ?」
「右側」
「左にもある」
「左は非常閉鎖」
明がレバーの奥を覗いた。
「右だけ表面が擦れています。使われていたのはそっちです」
アイリーは右のレバーを引いた。
扉の内部で重い固定具が外れる。
「次はハンドル」
スプロケットは端末へ残る負荷表示を見た。
「急に回さないで。左側だけ負荷が高い」
「どれくらい抑える?」
「最初は半分」
「半分の力って難しい」
アイリーは両手でハンドルを握った。
ゆっくりと回す。
錆びた歯車が鳴った。
扉の左側だけが僅かに遅れている。
「左が引っかかってます」
明が隙間を見た。
「上じゃなくて下です」
「止める?」
アイリーは手を緩めず、スプロケットへ尋ねた。
「少し戻して」
アイリーがハンドルを逆へ回す。
扉の下から、薄い金属板が床へ落ちた。
「今なら動きます」
明が言った。
「もう一度」
スプロケットが端末を確認した。
アイリーが力を加える。
2回転目で左右の動きが揃った。
【GATE LOCK:RELEASED】
大型扉が外側へ向かって開いていく。
開閉記録は現地端末にだけ残った。
都市側へ通知は返っていない。
冷たい風は入ってこなかった。
代わりに湿った都市の空気と、遠くで作動する警報音が通路へ流れ込んだ。
扉の向こうには広大な貨物集積場があった。
空ではない。
高いドーム天井を覆う人工空が曇天を再現している。
停止した配送車。
積み上げられた貨物コンテナ。
途中で動きを止めた自動搬送レーン。
倉庫群の向こうには別区画へ続く高架道路が伸びていた。
「トーキョー・シティだ」
アイリーが呟いた。
「ずっとそうです」
明は扉の外を見ていた。
知っている都市だった。
見覚えのある配送会社の記号。
学校給食用の貨物箱。
居住区へ送られるはずだった生活物資。
しかし、人の声は聞こえない。
都市に残されたものが、生活の途中で止まっている。
マッハラインがスプロケットを見る。
「先に見てくるよ!」
「センターの周囲だけ」
「どこまで?」
「次の分岐まで。世界政府と変異市民、両方を見る」
「戻る場所はここ!」
マッハラインは搬出ゲートを指し、そのまま貨物集積場へ走った。
スプロケットは扉の外へ出た。
足元の区域表示を確認する。
【TOKYO CITY】
【NORTH LOGISTICS DISTRICT】
【BLOCK:N-LG-14】
正式な区画番号が残っていた。
スプロケットは通信端末を開く。
「ヴォルトを呼ぶ」
アイリーがクロニアスとヴァレンの前へ移動した。
「帰れる?」
「試す」
スプロケットはヘヴン側へ信号を送った。
応答はすぐには返らない。
弱いノイズ。
切断。
別方向から同じ信号が返る。
もう一度、呼び出す。
【HEAVEN LINK:DETECTED】
【SIGNAL CONTINUITY:UNSTABLE】
【VOLT RESPONSE:SEARCHING】
「聞こえる?」
アイリーがスプロケットの近くへ寄った。
「まだ声になってない」
スプロケットはセンター内で通過した経路を逆算した。
管理室。
手動搬送路。
防火区画。
旧排水路。
北側搬出通路。
どれも現行の都市ネットワークから外されている。
経路の途中が正式座標として残っていなかった。
スプロケットは現在の区画番号を送る。
ノイズの奥で途切れた声が返った。
『――ケット』
「ヴォルト」
『識別……五……いや、六……』
スプロケットは後方を見た。
自分。
アイリー。
クロニアス。
明。
マッハライン。
ヴァレン。
六人いる。
「六人」
『反応が……重なる。座標履歴がない』
「手動経路を通った」
『現行地図に……接続されていない。現在値は取れる。経路がつながらない』
声が一度消えた。
クロニアスがヴァレンの背中から端末を見る。
「私の《タイムエコー》ではない」
スプロケットはクロニアスへ顔を向けた。
「確認できる?」
「私の過去反応は、今は一つの身体へ収束している」
クロニアスは短く呼吸を整えた。
「ヴォルトが拾えないのは、私ではなく経路だ。センター内部の移動が都市の記録へ残っていない」
「途中がないから、今いる場所を固定できない」
「そう考えられる」
スプロケットはもう一度、ヴォルトへ現在区画を送った。
『区画番号だけでは……転送面を作れない』
「正式な基準点が必要?」
『登録座標。稼働中の固定設備。係留可能な場所へ移動しろ』
ノイズが強くなる。
『クロニアスは――』
「生きてる。ケガしてる」
『なら医療座標を――』
通信が切れた。
【VOLT RESPONSE:LOST】
【COORDINATE LOCK:FAILED】
【MOORING POINT:NOT ESTABLISHED】
アイリーがヴァレンの背中にいるクロニアスを見た。
「医療施設へ行く」
決定するような強い声だった。
「先に治療しないと」
「場所が分からない」
スプロケットは都市地図を呼び出そうとした。
表示されたのは断片的な道路だけだった。
明が停止した案内端末へ近づく。
「近くに緊急医療搬送所があります」
全員の視線が明へ集まる。
「知ってるの?」
アイリーが尋ねた。
「学校で避難経路として教わりました。物流区画で事故があった時、医療衛星ドームへ送るための中継所です」
「今も使える?」
「分かりません」
明は区画図の南東を指した。
「でも、正式な搬送座標はあるはずです」
スプロケットは明が示した場所へ、残された設備信号を探した。
弱い。
完全には停止していない。
【EMERGENCY MEDICAL TRANSFER STATION】
【DISTANCE:2.8 KM】
【BEACON:UNKNOWN】
【MEDICAL LINE:PARTIAL RESPONSE】
「反応はある」
スプロケットが言った。
「そこまで行けば帰れる?」
アイリーが尋ねる。
「ヴォルトが固定できるかもしれない」
「クロニアスの治療も?」
「設備が残ってれば」
「なら行く」
アイリーは迷わなかった。
スプロケットは明を見る。
「道は?」
「一番近い道は貨物道路です。でも、居住区へ向かう分岐を越えます」
明の声が僅かに低くなった。
「僕の家は反対側です」
人工空の下に青い道路表示が残されている。
南東。
医療搬送所。
西。
第四居住ブロック。
明の家がある方向。
「家へ行きたい?」
スプロケットが尋ねた。
明はすぐに答えなかった。
「確認したいです」
「今?」
「クロニアスさんを運んでいるのも分かっています」
明は西側の道路を見た。
「家族が戻っていないのも分かっています。でも、近くまで来ているのに反対へ行くのは……」
言葉が続かなかった。
アイリーが明へ近づく。
「先にクロニアスを助けたい」
「はい」
「でも、明の家をどうでもいいとは思ってない」
アイリーは西側の表示を見る。
「あとで行けるって約束はできないけど、最初から諦めるのも違う」
「アイリー」
スプロケットが名を呼んだ。
「約束はしてない」
アイリーはスプロケットを見る。
「忘れないって言ってるだけ」
明は二人の間で、しばらく黙っていた。
「医療搬送所へ行きます」
自分から南東の道路を指した。
「今はクロニアスさんを運びます」
クロニアスがヴァレンの肩越しに明を見る。
「その判断も記録していいか」
「どうしてですか?」
「君が家へ行かなかったからではない」
クロニアスは言葉を選んだ。
「行きたい場所がありながら、別の道を選んだことを残したい」
明は西側の表示へもう一度目を向けた。
「家へ行きたくないわけではありません」
「そのまま残す」
クロニアスは答えた。
風が貨物集積場を走り抜けた。
マッハラインが戻ってきた。
「南東の貨物道路は途中まで使える! でも1キロ先で自動搬送車が重なってる!」
「通れる?」
スプロケットが尋ねる。
「人なら横を通れる。クロニアスを背負ってても大丈夫!」
「危険は?」
「前にリピーターが三人。こっちには来てない。北側に世界政府の部隊がいる!」
「配置は?」
「センターの正規搬送路と上の連絡路を押さえてる。こっちのゲートには来てない!」
「距離は?」
「まだ遠い。でも囲み方が速い!」
スプロケットは全員の状態を確認した。
クロニアスは重傷。
ヴァレンも長時間の搬送で肩が震えている。
明は道を知っている。
マッハラインは南東経路を確認した。
アイリーはクロニアスを運ぶ意思を固めている。
「医療搬送所へ行く」
スプロケットが決めた。
「明が道を見る。マッハラインは前と北側。アイリーは――」
「クロニアスを背負う」
アイリーがヴァレンの前へ移動した。
「ここから代わる」
ヴァレンは返事をしなかった。
クロニアスを背負ったまま、南東ではない方向を見ている。
集積場の奥。
貨物道路の下へ続く、狭い保守階段。
案内表示は消えていた。
スプロケットには、その方向から弱い接続反応が返っていた。
都市設備ではない。
ヴァレン自身の内部で何かが同じ方向を向いている。
「ヴァレン?」
スプロケットが呼んだ。
ヴァレンは数秒遅れて顔を向けた。
「はい」
「クロニアスを下ろして」
ヴァレンの腕が僅かに強くなる。
拒んだように見えた。
しかし、表情へ迷いが現れたのは、そのあとだった。
「私は……別の経路へ進みます」
アイリーがヴァレンの前へ回る。
「医療搬送所じゃなくて?」
「はい」
「どこへ?」
「特定……できません」
「なら一緒に来て」
「それは……できません」
ヴァレンはゆっくりと膝を曲げた。
アイリーが受け取れる高さまで、クロニアスの身体を下ろす。
クロニアスはヴァレンの肩へ手を置いた。
「私を渡してくれ」
ヴァレンはクロニアスをアイリーへ移した。
アイリーが背中で支える。
負傷した左脚が揺れないよう位置を直した。
「重くない?」
クロニアスが尋ねた。
「今はヴァレンの話」
アイリーはクロニアスへ答えながら、ヴァレンから目を離さなかった。
「何かに呼ばれてるの?」
「声は……聞こえません」
ヴァレンの右手が保守階段の方向へ動いた。
本人はその手を見た。
指先が僅かに震えている。
「自分で動かした?」
スプロケットが尋ねた。
「そうだと……判断しています」
「判断しないと分からない?」
「今は確信……できません」
スプロケットにはヴァレン内部の反応が完全には重なっていないことだけが分かった。
一つは保守階段へ向いている。
一つは一行の側へ残ろうとしている。
さらに別の反応はスプロケットの接続具を警戒していた。
しかし、それらを誰の感情として区別することはできない。
接続すれば、もっと深く見られるかもしれない。
スプロケットは接続具へ手を添えた。
「ぼくが見てもいい?」
ヴァレンは接続具を見た。
返答は遅れた。
「今は……触れないでください」
「じゃあ見ない」
スプロケットは手を下ろした。
「それで終わり?」
アイリーがスプロケットへ振り返る。
「中へ行かせるの?」
「まだ都市の中だよ」
「そういう意味じゃない!」
アイリーはクロニアスを背負ったまま、ヴァレンへ一歩近づいた。
「何があるかも分からない。自分で決めたかも分からない。そんな状態で一人にできない」
「私も明確には説明できません」
「なら一緒に来て。クロニアスを治療して、ヴォルトとつながって、それから考えればいい」
「その順番では、失う可能性が……あります」
「何を?」
ヴァレンは保守階段を見た。
「まだ……分かりません」
「分からないものを失うって言われても――」
アイリーは言葉を切った。
クロニアスを背負う腕へ、さらに力を込める。
ヴァレンを追えば、クロニアスを連れていくことになる。
ここへ下ろせば、負傷を悪化させる。
二人とも助けたいという意思が、身体を別々の方向へ引いていた。
スプロケットはマッハラインを見る。
「南東の道は?」
「今なら通れる。でも世界政府が近づいたら、センター側から塞がれるかもしれない」
次に明を見る。
「搬送所まで別の道は?」
「あります。でも遠回りです。クロニアスさんを運ぶなら、今の道が一番安全です」
スプロケットはクロニアスへ視線を移した。
「どれぐらい持つ?」
「正確には判断できない」
クロニアスは自分の左脚を見た。
「治療は早い方がいい」
最後にヴァレンを見る。
「ぼくたちは搬送所へ行く」
「はい」
「ヴァレンは別の道へ行く」
「そのつもりです」
「追えない」
アイリーがスプロケットを見る。
「追わない、じゃなくて?」
「今は追えない」
スプロケットはアイリーが背負うクロニアスを見た。
「二つに分かれたら、どっちも危なくなる」
「でも――」
「アイリーはクロニアスを運んで」
強い命令口調ではなかった。
それでも、今の一行を前へ動かす判断だった。
アイリーは納得していなかった。
ヴァレンへ手を伸ばしかける。
しかし、その手はクロニアスの脚を支える位置へ戻った。
「次に会ったら、絶対に理由を聞くから」
アイリーが言った。
「答えられる状態……であれば」
「そういう言い方、嫌い」
「記憶……しておきます」
ヴァレンの表情が1秒ほど遅れて僅かに和らいだ。
クロニアスがアイリーの背中からヴァレンを見る。
「現在位置を残すか」
「残さないで……ください」
「追跡できなくなる」
「その方がよいと……感じています」
「判断ではなく?」
ヴァレンは少し間を置いた。
「今は、感覚です」
クロニアスは手帳へ伸ばしかけた手を戻した。
「記録しない」
「ありがとうございます」
「君が拒否したことは覚えておく」
「それで……構いません」
明がヴァレンへ近づいた。
「また会えますか」
「約束は……できません」
「旅が続けば?」
ヴァレンは明を見た。
「その言葉を、覚えていたのですか」
「前に聞いたので」
「では、旅が続けば」
ヴァレンは保守階段へ向かった。
「ヴァレン」
スプロケットが呼び止める。
彼は振り返った。
「ぼくはまだあなたのことを分かってない」
「私も、自分を理解……していません」
「次に会ったら聞く」
「答えられれば」
「答えられなくても聞く」
ヴァレンの表情は変わらなかった。
その後で、ほんの僅かに口元が緩んだ。
「一人ではない時間を、ありがとうございました」
ヴァレンは保守階段を下りていった。

暗闇の中へ足音が消える。
接続反応も徐々に弱くなった。
【VAREN SIGNAL:LOST】
【GROUP SUBJECTS:5】
アイリーはヴァレンが消えた階段を見ていた。
「行くよ」
スプロケットが言った。
「納得してない」
「うん」
「あとで探すかもしれない」
「その時、また決める」
スプロケットは南東の貨物道路へ身体を向けた。
「今はクロニアス」
アイリーは背中の重さを確かめた。
「絶対に助ける」
「絶対は――」
クロニアスが言いかける。
「今は言わせて」
アイリーの声にクロニアスは黙った。
マッハラインが先へ走る。
明が南東の道路を指す。
スプロケットは四人の中央に立ち、次の経路へ接続した。
TASK_06|次の座標
北部物流区画へ出ても、トーキョー・シティの人工空は変わらなかった。
曇天を模した光の下に配送車が何列も停止している。
貨物道路。
倉庫。
自動搬送レーン。
どれも途中で動きを止めたままだった。
スプロケットは先頭を歩き、区画端末から拾える信号をつないでいく。
完全な地図にはならない。
途切れた道路。
消えた設備。
現在位置だけを返す端末。
その隣を明が歩いていた。
「この先で道が分かれます」
「どっち?」
「南東です。緊急医療搬送所へ続いています」
スプロケットの画面には、別の経路も表示されている。
【WEST:RESIDENTIAL BLOCK 04】
【SOUTHEAST:EMERGENCY MEDICAL TRANSFER】
西。
第四居住ブロック。
明の足が僅かに遅れた。
スプロケットは歩みを止めた。
後ろではアイリーがクロニアスを背負っている。
ヴァレンから受け取ってから一度も下ろしていない。
クロニアスは左脚を動かさないよう固定し、アイリーの肩越しに周囲を見ていた。
「ここからなら」
明が西側の標識を見た。
「家まで3キロくらいです」
アイリーもそちらを見る。
「近い?」
「前なら」
「今は?」
「分かりません」
明は答えた。
西へ続く道路は完全には崩れていない。
遠くには居住塔も見えていた。
あの先に自分が暮らしていた場所がある。
家族が戻っていないことも知っている。
それでも、道が残っている。
「見に行きたい?」
スプロケットが尋ねた。
明はすぐには答えなかった。
「……確認はしたいです」
クロニアスを見た。
「でも、今じゃないです」
スプロケットは西側の経路を端末へ保存した。
「消さない」
明が画面を見る。
「戻れる保証はありません」
「ない」
スプロケットはそのまま答えた。
「だから残す」
クロニアスがアイリーの背中で手帳へ手を伸ばした。
「第四居住ブロック分岐――」
「今書くの?」
アイリーが顔だけを振り返った。
「一行だけだ」
「落とさないでよ」
「努力する」
クロニアスは短く記した。
「医療搬送所を優先。第四居住ブロックへの経路は保存」
明がクロニアスを見る。
「僕が諦めたみたいに書かないでください」
クロニアスの筆が止まる。
「では?」
「今はこっちを選んだだけです」
「訂正する」
クロニアスは一行を書き加えた。
明は西側から目を離した。
「南東です」
スプロケットが先に歩き出す。
明もその横へ戻った。
前方から風が走ってきた。
マッハラインが貨物車両の間を抜け、二人の前で止まる。
「正面は無理! 事故車が三台重なってる!」
「迂回は?」
「右から行ける。リピーターが二人いるけど、こっちには来てない」
「世界政府は?」
「センターの既知道路を押さえてる。こっちにはまだ向いてない!」
「まだ?」
「見つかってないだけだと思う。見つかったらすぐ向きを変える!」
スプロケットはマッハラインが確認した経路を端末へ重ねた。
右側の貨物支線。
停止した搬送レーン。
二つの生体反応。
同じ区間を往復している。
「右から行く」
「先を見る?」
「二人の動きだけ。離れすぎないで」
「任せろ!」
マッハラインが再び走った。
アイリーがスプロケットへ近づく。
「クロニアス、さっきより重くなってない?」
「私の体重は短時間では変化していないと思う」
「そういう話じゃない」
「では、アイリーが疲れている」
「それも違う」
アイリーはクロニアスを背負い直した。
「早く治療したいだけ」
スプロケットはクロニアスの顔を見る。
「意識は?」
「問題ない」
「痛みは?」
「変わっていない」
「出血は?」
「止まってはいない」
「急ぐ」
アイリーの表情が変わった。
「だったら走る?」
「走らない」
「どうして?」
「揺らすから」
アイリーは口を閉じた。
「……じゃあ速く歩く」
「それならいい」
五人は貨物支線へ入った。
遠くで二人のリピーターが同じ荷物を持ち上げ、同じ位置へ戻している。
一行には反応しない。
マッハラインが道路の反対側に立ち、二人の動きを見ていた。
スプロケットは足を止めない。
「今」
明と共に道路を渡る。
続いてアイリー。
クロニアスの左脚が揺れないよう、明が横から支えた。
最後にマッハラインが渡った。
「動いてない!」
「そのままでいい」
スプロケットは前を見る。
貨物道路の先に低い白色の建物があった。
赤い医療標識。
半分だけ点灯した案内板。
【EMERGENCY MEDICAL TRANSFER STATION 03】
【OPERATION:LIMITED】
【PATIENT RECEPTION:OFFLINE】
「あそこです」
明が言った。
アイリーの歩調が速くなる。
「アイリー」
「走ってない」
「まだ何も言ってない」
「走らない」
スプロケットはマッハラインを見る。
「入口だけ確認して」
「中も?」
「見える範囲まで」
マッハラインが先行した。
その間にスプロケットは建物から返る信号を拾う。
非常電源。
医療端末。
固定座標。
弱いが消えてはいない。
マッハラインが戻った。
「入口は空いてる。受付に人はいない。動いてるやつも見えない」
「奥は?」
「見てない」
「それでいい」
スプロケットが入口へ進んだ。
端末へ接続具を差し込む。
【LOCAL MEDICAL AUTHORITY:UNAVAILABLE】
【EMERGENCY ACCESS:LOCKED】
旧A.R.K.系統の認証を送る。
【LEGACY AUTHORIZATION:PARTIAL MATCH】
【PATIENT EMERGENCY:RECOGNIZED】
【CITY NETWORK:PARTIAL LINK】
【ACCESS EVENT:RECORDED】
扉が途中まで開いた。
旧保守路とは違い、この設備はアクセス記録を都市側へ返していた。
「アイリー」
「連れてく」
アイリーが先に身体を横へ向け、クロニアスを扉へぶつけないよう通過した。
明も続く。
室内には倒れたストレッチャーと、電源を失った医療ロボットが残されていた。
明が壁際の端末を見つける。
【TRAUMA SUPPORT:AVAILABLE】
【AUTOMATED DIAGNOSIS:LIMITED】
【BLOOD LOSS CONTROL:AVAILABLE】
「止血できます」
「やる」
アイリーはクロニアスをストレッチャーへ下ろした。
「私が押さえる。明、画面お願い」
「はい」
クロニアスが手帳へ手を伸ばした。
「搬送所到着時刻を――」
「あと」
アイリーと明の声が重なった。
クロニアスの手が止まる。
「記録者の扱いが悪くなっている」
「生きてから書いて」
「それは合理的だ」
スプロケットは三人から離れ、搬送所奥の座標管理端末へ向かった。
マッハラインは入口へ戻り、外を見ている。
端末には一般通信とは異なる回線が残っていた。
患者を医療衛星ドームへ送るための固定座標。
スプロケットは接続を深くする。
【REGISTERED MEDICAL COORDINATE:FOUND】
【DESTINATION:MEDICAL SATELLITE DOME】
【RECEIVING FACILITY:EMERGENCY WING 06】
【CURRENT STATUS:UNCONFIRMED】
「見つけた」
アイリーが処置を続けたまま顔を上げる。
「帰れる?」
「まだ分からない」
スプロケットは座標情報を使い、もう一度[ヘヴン]へ信号を送った。
先ほどより強い応答が返る。
ノイズ。
切断。
再接続。
『――スプロケット』
「ヴォルト」
『固定設備を確認した』
「緊急医療搬送所」
『識別反応、五』
スプロケットは一瞬だけ入口の向こうを見る。
「ヴァレンは別れた」
短い沈黙。
『状況はあとで聞く。クロニアスは』
「止血してる」
『帰還面を形成するには、そこでは出力が足りない』
「座標はある」
『登録情報だけだ。現地ビーコンが死にかけている』
「じゃあ帰れない?」
『今は無理だ』
スプロケットは画面を見た。
「次は?」
端末へ新しい経路が開いた。
【MEDICAL TRANSFER LINE:PARTIAL OPERATION】
【NEXT FIXED COORDINATE:EMERGENCY WING 06】
【DISTANCE:6.4 KM】
『医療衛星ドーム救急棟六号』
「そこなら?」
『係留できる可能性が高い』
「可能性」
『現地状況を取得できない』
「世界政府は?」
『北部物流区画へ部隊が入っている。医療衛星ドームも一部は再制圧されている』
「六号棟は?」
『不明だ』
スプロケットは表示された地下搬送線を見る。
一般道路ではない。
患者搬送用の旧地下経路。
6.4キロ。
『スプロケット』
「なに」
『今度は移動履歴を切らすな』
「残す」
ノイズが膨らんだ。
『次の座標で――』
通信が切れた。
【VOLT CONNECTION:LOST】
【REGISTERED ROUTE:ACQUIRED】
【NEXT FIXED COORDINATE:AVAILABLE】
スプロケットは経路を保存した。
「止まりました」
明の声がした。
クロニアスの左脚には応急止血帯と固定材が装着されている。
アイリーがクロニアスの顔を覗き込む。
「どう?」
「先ほどより悪くはない」
「良くは?」
「本格的な治療が必要だ」
「じゃあ行く」
アイリーは即答した。
スプロケットが全員へ地下経路を表示する。
「医療衛星ドーム。救急棟六号」
明が経路を確認した。
「居住区を通りませんね」
「うん」
「家からは遠くなります」
「うん」
明は西側の分岐を保存した自分の端末を見る。
消してはいない。
「今は、こっちへ行きます」
「うん」
クロニアスがようやく手帳を開いた。
「中央物流センター退去。北部物流区画へ移動」
短く書く。
「緊急医療搬送所で応急処置。帰還座標は未確定」
筆が一度止まった。
「ヴァレンは?」
明が尋ねた。
「現在位置は記録しない」
「本人がそう言ったから?」
「そうだ」
クロニアスは別の一行を書いた。
「別行動を選択。それ以上は記録しない」
アイリーは何も言わなかった。
入口の方を見た。
ヴァレンが消えた方向は、もうここから見えない。
「まだ納得してない?」
スプロケットが尋ねた。
「してない」
「ぼくも正しかったかは分からない」
アイリーがスプロケットを見る。
「でも追わない?」
「今は」
クロニアス。
明。
世界政府。
不完全な帰還座標。
スプロケットはそれらを一度だけ確認した。
「今は、こっち」
マッハラインが入口から戻ってくる。
「北側の車両が向きを変えた! さっきセンターへ向かってたやつ!」
「こっちへ来る?」
「来る! まっすぐこっちだ!」
スプロケットも接近する識別信号を拾った。
五つ。
中央物流センターを囲んでいた反応と一致する。
【UNIT:[ネクス・ハウンズ]】
【APPROACH:EMERGENCY MEDICAL TRANSFER STATION 03】
「見つかった」
「地下入口は?」
「奥にある。シャッターは閉じてる!」
「開ける」
スプロケットは座標端末から地下搬送設備へ接続した。
【MEDICAL TRANSFER ACCESS】
【ROUTE:EMERGENCY WING 06】
【STATUS:PARTIAL】
地下へ続く隔壁のロックが外れた。
重いシャッターが途中まで上がる。
暗い搬送路が現れた。
スプロケットが最初にその前へ立った。
「マッハライン」
「先を見る。戻ってくる」
「明」
「経路を見ます」
アイリーはクロニアスを再び背負った。
「私はこれ」
クロニアスが肩越しに手帳を閉じる。
「私は運ばれながら記録する」
「今度は落とさないで」
「努力する」
スプロケットは地下へ続く反応を確認した。
完全には見えない。
それでも、次の固定座標はある。
【SEARCH SUBJECT:RECOVERED】
【GROUP SUBJECTS:5】
【RETURN COORDINATE:UNAVAILABLE】
【NEXT WAYPOINT:EMERGENCY WING 06】
「行く」
スプロケットが暗い搬送路へ入った。
四人が続いた。

背後で北部物流区画の人工空がシャッターの下へ細く残る。
その向こうから車両音が近づいていた。
やがて人工空も音も、地下搬送路の暗闇へ遮られた。
TRACE_08|WAYPOINT
中央物流センターの境界を越えた。
【FACILITY EXIT:COMPLETE】
【CITY EXIT:INCOMPLETE】
【CURRENT AREA:NORTH LOGISTICS DISTRICT】
『外へ出た』
『施設から』
『都市からではない』
『次の区画へ移っただけだ』
白い反応は都市網へ再接続した。
現在位置は取得された。
そこへ至る経路は欠落していた。
【WHITE RESPONSE:DETECTED】
【ROUTE HISTORY:MISSING】
【COORDINATE LOCK:FAILED】
『現在位置はある』
『途中がない』
『存在していても帰還できない』
『次の座標が必要だ』
外部との通信は短く成立した。
識別情報は届いた。
帰還経路は形成されなかった。
【HEAVEN LINK:PARTIAL】
【RETURN ROUTE:NOT ESTABLISHED】
『捜索対象は回収された』
『負傷している』
『安全には到達していない』
『なら救出は途中だ』
施設へ戻る反応が一つ。
支配を失っても、社員認証は残っている。
【FACILITY SUBJECT:REMAINING】
【CONDITION:WEAKENED】
『敗れた』
『終わっていない』
『白い反応は止めなかった』
『許したわけではない』
『命令しなかった』
施設外では六つの反応が集まった。
一つは負傷。
一つは記録。
一つは経路を知る。
一つは周囲を走る。
一つは全体を接続する。
一つは、異なる方向へ反応していた。
【GROUP SUBJECTS:6】
【LOCAL DIRECTION:DETECTED】
【DESTINATION:UNRESOLVED】
『目的地はない』
『方向はある』
『本人にも理由は確認できない』
『それでも進もうとしている』
白い反応は接続を求めた。
拒否が返された。
強制接続は行われなかった。
【ACCESS PERMISSION:DENIED】
【FORCED CONNECTION:NOT EXECUTED】
『見られなかった』
『見なかった』
『危険を残した』
『判断を残した』
『どちらが正しい』
『まだ確認できない』
判断は一致しなかった。
負傷した反応は、別の身体へ渡された。
白い反応は周囲の条件を集めた。
負傷者の猶予。
使用できる経路。
外部部隊の接近。
二手へ分かれる危険。
【MEDICAL PRIORITY:HIGH】
【GROUP DIVISION RISK:HIGH】
『追わないと決めた』
『追えないと判断した』
『同じではない』
『現在は後者だ』
白い反応は五つをまとめ、医療経路を選んだ。
こちらは別の保守経路を選んだ。
【WHITE RESPONSE ROUTE:MEDICAL】
【GROUP SUBJECTS:5】
【LOCAL SUBJECT:SEPARATED】
『置いていかれた』
『こちらから離れた』
『違いは』
『選択した側だ』
物理的な距離が広がる。
直接観測は失われた。
接触時の参照だけが残った。
【PHYSICAL SEPARATION:COMPLETE】
【DIRECT OBSERVATION:UNAVAILABLE】
【REFERENCE PATTERN:PRESERVED】
『接続は消えた』
『直接の接続は』
『参照は残っている』
『参照は本人ではない』
『本人へ続く差異だ』
白い反応には、登録された次の経路がある。
こちらには、登録されていない方向しかない。
【WHITE WAYPOINT:ACQUIRED】
【LOCAL WAYPOINT:ABSENT】
【LOCAL DIRECTION:ACTIVE】
『座標と方向は違う』
『どちらも移動には使える』
『座標には到達点がある』
『方向にはない』
『なら、いつ止まる』
『反応が変わった時だ』
白い反応は選ばなかった経路も消さなかった。
現在の答えだけで、未来の進路を固定しなかった。
『戻るためか』
『選び直すためだ』
『こちらも選び直せる』
『何を基準に』
『まだ確認できない』
身体は暗い保守経路を進んだ。
白い反応も、同じ都市の別区画を進んでいる。
誰もトーキョー・シティから退出していない。
【CITY EXIT:INCOMPLETE】
【GROUP SEPARATION:COMPLETE】
【WAYPOINT STATUS:PARTIAL】

『離れた』
『終わったのか』
『一行としては』
『接続は』
『残っている』
『目的地は』
『まだない』
登録されていない経路が、さらに奥へ続いていた。
『次の反応まで進む』
【TRACE STATUS:CONTINUING】

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