Scene.28 -「継がれた欠片たち」

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▼オリジナル小説

Scene.28 ―「継がれた欠片たち」

──ねぇ。

 あのとき。

 ほんとうに。

 わたしは。

 ここにいたのかな。

 風が。

 そっと吹いてた。

 焼け焦げた匂い。

 遠くで。

 何かが崩れる音。

 その中。

 小さな。

 金属の音。

 チリン。

 五枚。

 重なった音。

 指を動かすと。

 手の中で。

 また少し。

 重なり方が変わった。

 わたしが。

 もらったものだった。

 そして。

 最後に。

 残したものでもあった。

 それには。

 名前がなかった。

 受け取った気持ちにも。

 そこに込められていたものにも。

 たぶん。

 ひとつの名前はつけられなかった。

 でも。

 わたしには。

 名前があった。

──ねぇ。

 誰かが。

 歩き出すところを。

 見たことがある?

 声もかけず。

 ただ。

 背中だけ残して。

 遠くへ行く人。

 足を止めて。

 それを見ている人。

 わたしには。

 全部は分からなかった。

 どうして行くのか。

 どうして止めないのか。

 どうして。

 何も言わないのか。

 背中が小さくなっても。

 見ている人は。

 すぐには動かなかった。

 でも。

 少しだけ。

 寂しいんだってことは。

 分かった気がした。

 それだけで。

 じゅうぶんだった。

⸻

 いろんなものが。

 残ってた。

 割れた獣骨の飾り。

 傷だらけの金属のびん。

 古い銃。

 銀色のペンダント。

 五枚のドッグタグ。

 どれも。

 きれいじゃなかった。

 傷があった。

 欠けていた。

 使われていた。

 でも。

 だから。

 そこに誰かがいたって。

 少しだけ。

 分かる気がした。

 手に取らなくても。

 誰のものだったか。

 全部知らなくても。

 その人が。

 何かを残したことだけは。

 消えない。

──ねぇ。

 わたしも。

 何かを。

 受け取ってたのかな。

 誰にも。

『これを持って』

 なんて。

 言われなかったもの。

 お願いとも。

 命令とも。

 約束とも。

 呼べないもの。

 でも。

 人が誰かを守る時。

 誰かの名前を呼ぶ時。

 離れる時。

 残る時。

 そこにあった。

 名前のつけられないもの。

 わたしは。

 それを。

 少しずつ。

 見ていた。

⸻

 誰かが。

 去っていった。

 誰かが。

 残った。

 誰かが。

 別の場所へ歩き始めた。

 みんな。

 同じ答えじゃなかった。

 同じものを。

 望んでもいなかった。

 それでも。

 みんな。

 歩き出していた。

 選ばされたことも。

 あったのかもしれない。

 自分では。

 どうにもできなかったことも。

 たくさん。

 あったと思う。

 わたしにも。

 最初から。

 自分で決められなかったことがあった。

 わたしになる前から。

 そこにあったもの。

 誰かから。

 受け取ったもの。

 それでも。

 最後の一歩だけは。

 違った。

 あれは。

 わたしが。

 選んだ。

 誰かに。

 言われたからじゃない。

 何かに。

 決められたからでもない。

 わたしが。

 行くって。

 決めた。

 だから。

 あの一歩は。

 わたしのものだった。

⸻

 わたしは。

 名前を呼ばれたことがある。

 最初。

 一人の人が。

 わたしを。

 陽名って呼んだ。

 それから。

 また。

 別の人が。

 呼んでくれた。

 最後にも。

 何度も。

『陽名』

 って。

 呼ばれた。

 不思議だった。

 同じ名前なのに。

 呼ぶ人が違うと。

 少しずつ。

 違って聞こえた。

 でも。

 どれも。

 ちゃんと。

 わたしの名前だった。

 返事をするたび。

 次の声がした方へ。

 顔を向けた。

 ひとりだけじゃなかった。

 それが。

 うれしかった。

⸻

──ねぇ。

 だれかの願いって。

 さわれないのに。

 どうして。

 こんなに。

 残るんだろう。

 わたしの目の前。

 瓦礫のあいだ。

 小さな花が。

 咲いてた。

 手を伸ばせば。

 触れたと思う。

 でも。

 触らなかった。

 手を伸ばさずに。

 もう少しだけ。

 見ていた。

 触らなくても。

 生きてるって。

 分かったから。

 それだけで。

 少し。

 うれしかった。

 足もと。

 誰かの足跡。

 崩れかけて。

 もうすぐ。

 消えそうだった。

『ここを通ったよ』

 そんなふうに。

 見えた。

 わたしは。

 その足跡を。

 追ったんじゃない。

 同じ道を。

 歩いたわけでもない。

 ただ。

 わたしも。

 自分の方へ。

 一歩。

 歩いただけ。

 風。

 足跡。

 消えた。

 でも。

 見てた。

 あったことは。

 知ってる。

 それで。

 よかった。

──ねぇ。

 あの問いは。

 どこから。

 来たんだろう。

 わたしが。

 考え始めたのかな。

 それとも。

 わたしになる前から。

 どこかに。

 あったのかな。

 分からない。

 わたしの中には。

 わたしになる前のものが。

 たくさんあった。

 夢。

 気持ち。

 願い。

 誰かの残したもの。

 でも。

 それを受け取ったあと。

 考えたのは。

 わたしだった。

 迷ったのも。

 わたし。

 名前を好きになったのも。

 わたし。

 最後に。

 選んだのも。

 わたし。

 それだけは。

 分かる。

⸻

 風が。

 吹いてた。

 静か。

 でも。

 冷たくなかった。

 わたしの足音。

 一つ。

 小さな音。

 誰かに。

 聞いてもらうための。

 一歩じゃない。

 みんなは。

 見てくれてた。

 名前も。

 呼んでくれた。

 でも。

 歩いたのは。

 わたし。

 足を置いたところから。

 小さな音がした。

 あの一歩を。

 わたしが選んだことは。

 わたしが知ってる。

──それで。

 じゅうぶんだった。

⸻

 わたしが。

 受け取ったもの。

 昔から。

 ずっと継がれてきたものなのか。

 わたしのところで。

 初めて生まれたものなのか。

 分からない。

 たぶん。

 両方。

 なのかもしれない。

 誰かから。

 もらった。

 でも。

 そのままではなかった。

 わたしの中に入って。

 少し。

 変わった。

 そして。

 わたしも。

 何かを。

 残した。

 それが。

 何だったのか。

 わたしには。

 まだ。

 うまく言えない。

 でも。

 誰かが。

 覚えてくれるなら。

 それで。

 いい。

⸻

 チリン。

 また。

 金属の音。

 五枚のタグなのか。

 別の何かなのか。

 それとも。

 ただ。

 風が鳴らしただけなのか。

 分からない。

 誰のものとも。

 決められない。

 小さな音。

 でも。

 少しだけ。

 返事みたいだった。

 わたしは。

 聞いた。

 それだけ。

──ねぇ。

 ほんとうに。

 これで。

 よかったのかな。

 わたしには。

 まだ。

 分からない。

 自分で選んだからって。

 それが。

 正しい答えになるわけじゃない。

 選んだ先で。

 何が起きるのか。

 分からない。

 それでも。

 分からないまま。

 選んだ。

 だから。

 たぶん。

 それで。

 いいんだと思う。

 正しかったから。

 じゃなくて。

 わたしが。

 選んだから。

⸻

 風が。

 吹いていた。

 小さな。

 金属の音と。

 一緒に。

 わたしは。

 ここにいた。

 誰かの夢だけじゃない。

 誰かの願いだけでもない。

 名前のない残りものだけでもない。

 わたしは。

 わたしだった。

 ……たしかに。

 そう思える。

 名を呼んでくれた。

 あなたがいたから。

 何度も。

 陽名って。

 呼んでくれたから。

 だから。

 わたしは。

 覚えていられる。

 陽の名を持つ。

 わたしを。

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