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旧パース・シティ郊外の廃工場跡。
錆びた鉄骨が風に軋み、赤茶けた砂塵が視界を曇らせていた。かつては生産の象徴であったはずの巨大な建屋は、いまや廃墟と化し、崩れ落ちた壁面からは砂混じりの風が吹き込む。
その隙間を縫うように、低い羽音が絶え間なく響いていた。砂塵の渦に混じるその音は、虫か、あるいは不気味な監視の囁きか。誰も気に留めはしないが、緊張をさらに際立たせる雑音となって場に漂っていた。
その中心に、漆黒の仮面を戴く男──ドミネーターが立っている。背後では瓦礫がゆるやかに浮遊し、彼が言葉なくして支配を示していた。仮面の奥からは感情の読み取れない視線が注がれ、空気そのものを縛り上げる。
対峙するのは二人の首領。ワイルドシングとカニヴァルス。
荒んだテーブルを挟み、互いの背後には戦士と隊士が睨み合って並ぶ。鋭い牙の音と、冷ややかな息遣い。刃を交える寸前の緊張が、砂混じりの風に混ざって震えていた。
「……鉄屑め。レールガンで勝ち誇りやがって。許さねえ。次に撃ち込まれる前に、俺が奴らを叩き潰す」
ワイルドシングが吐き捨て、拳でテーブルを叩き割った。
木片が飛び散り、周囲の戦士が吠える。
その声音は強い。だが、失った戦士の痛みを覆い隠すための怒号でもあった。仲間の死を、声で埋めるしかなかったのだ。
カニヴァルスは短く応じる。
「……いいだろう。クロウズネストはアッシュポイントと組もう」
彼女は承諾を示す一方、無意識に失った右目へと手を添えた。残された左目で仮面の男を見据える。
――狙いは何だ。アウトサイダーズを掌握するためか、それとも別の企みか。
その思索の影が、片目の奥に沈んでいた。
その沈黙を切り裂いたのは、砂煙を巻き上げて駆け抜ける影。マッハラインだった。
「うーん、ピリピリしているなぁ。嫌だなぁ」
笑いながらも、彼の疾走は場を乱し、戦士と隊士の視線を強制的に吸い寄せた。砂塵と共に舞い上がった虫の群れが、彼の背後で黒い渦を描いた。
ドミネーターは前へ進み、低く声を響かせる。
「確かにギアホールドの砲撃は脅威だ。だが次に撃ち込まれるまで時間がある。今この瞬間、お前たちを滅ぼすのは──アルファだ」
その名が放たれた瞬間、空気が震えた。
ワイルドシングは吠え、戦士たちが武器を叩き合わせる。
「アルファチームか! 面白い! 世界政府の犬如きにワイルドシングは潰されねぇ!」
「吠えろ、戦士たちよ! 爪を研げ、牙を剥け! 獲物は目前にある!」
雄叫びに応じ、戦士たちは熱狂した。砂塵が舞い、黒煙が立ち昇るかのように場の熱が膨れ上がる。
その喧噪の片隅で、一人の少年が父の背を見上げていた。ワイルドシングの息子、トゥパ。
怒号と熱狂の渦に飲まれそうになりながらも、彼の瞳には畏怖と誇りが入り混じっていた。
──あれが父の背か。いつか自分も、戦士として立たねばならないのか。 胸の奥が熱くなる一方で、恐怖が喉を締め付けた。唇を噛みしめるその姿は、少年でありながらすでに戦場に足を踏み入れていた。
拳を握りながら、彼はふと幼い頃の記憶を思い出した。母に抱かれ、聞いた子守唄。穏やかな日差しの下で笑っていた時間。だが、その温もりは雄叫びにかき消され、記憶の残滓となって霧散した。
「戦士の子は戦士になる」──その運命に抗えぬことを、少年は痛いほど理解していた。
一方、カニヴァルスは隊士たちに告げる。
「……踊らされるな。火種はここにある。力を振るう前に、見極めろ」
冷ややかな視線が並び立ち、戦士たちの熱と鋭い対比を描いた。
ジョジョは隊士の列に紛れ、無表情を保っていた。拾われた青年──そう呼ばれるのが常だが、その瞳には年齢に似つかわしくない冷ややかな光が宿っている。彼が何を見て、何を記憶しているのか、誰も知らない。
その言葉を背後で聞きながら、ジョジョは小さく息を呑んだ。
まだ若い彼は、戦士でも隊士でもなく、ただ拾われた者に過ぎない。
それでも、彼の胸の奥には別の使命感が潜んでいた。周囲には決して悟られてはならない思索──見聞きした光景を心の奥に刻み込む、冷徹な視線。 カニヴァルスの冷徹な声に従うふりをしながら、彼は無意識に腰に忍ばせた小さな符の感触を確かめた。それは彼だけが持つ、誰にも見せられない印だった。
彼の耳に、冷徹に任務を語る隊士たちの声が刺さる。笑い合う輪に混じろうとしても、その笑みはぎこちなかった。
ジョジョの心の奥には、かつてアッシュポイントで出会った子どもたちの顔が焼き付いている。飢えに震える小さな手を握り返した記憶。今もなお、その温もりが指先に残っていた。 冷たい仮面を被らなければ、ここでは生きていけない──そう己に言い聞かせながら、彼は沈黙を守った。
その温度差すらも、仮面の支配は絡め取る。
「内に刃を向ける愚は許されぬ。敵は外にいる。アルファを前に、互いに牙を交える余裕などない。我々が力を集結すれば、世界政府であろうが打ち砕ける」
いつの間にか場は、一人の仮面に収束していた。
同じ頃、ギアホールド内部。煤にまみれた食堂に長い列ができていた。兵士が優先され、住民には劣化した保存食がわずかに渡るだけ。
鉄製の椅子をきしませながら、グリズロスは骨付き肉を荒々しく食いちぎる。兵士たちが息を潜める中、一人が不満を吐き出した。
「こんな餌じゃ戦えねぇ。俺たちを誰だと思ってる」
グリズロスの眼が光る。
「……お前は誰のために戦っている?」
その声に空気が凍りついた。兵士は青ざめ、周囲の食器の音すら止まった。
しかし、青白い輝きが間に割り込む。クリスタリクスだ。
「理想はやがて独裁に歪む。その兆しを忘れるな」

結晶が壁のように広がり、彼女の理性が激情を抑える。
グリズロスは鼻を鳴らして力を収めた。だが、飢えた子どもの視線が皿を突き刺していた。
それは声なき告発、やがて爆ぜる火種であった。
列の後方で、フェリッサは痩せた子どもの肩にそっと手を置いた。
わずかに残ったパンを裂いて渡しながら、彼女は微笑もうとしたが、口元は強張っていた。
──これでは足りない。飢えは人を狂わせ、やがて暴動になる。
アイアンキングの苛烈さを知るからこそ、彼女は不安を募らせていた。
パンを受け取った母親が泣きそうな顔で礼を言う。だが、兵士の一人が「情に流されるな」と吐き捨て、彼女を冷ややかに睨んだ。
フェリッサは何も言い返さず、ただ子どもの頭を撫でた。心の奥に、夫アイアンキングの姿が浮かぶ。彼は強さと恐怖で全てを制しようとする。
だが、自分が見ているのは血に濡れた剣ではなく、人々のかすかな笑顔だった。二人の間に広がる溝は、戦いが続く限り深まっていく──それを彼女は知っていた。
胸騒ぎが彼女を突き上げる。──あの人は、今日こそ決定的に戦いへ傾くだろう。
もし再び〈レールガン〉を握りしめれば、その轟音は住民たちの心までも砕いてしまう。フェリッサは目を閉じ、祈るように拳を握った。
砂塵の渦の中、マッハラインは疾走を続ける。
(……僕は、あの人に拾われた。すべてを失った僕に、生きろと命じてくれた)
少年の日、差し伸べられた手は仮面の男のものだった。彼にとって疾走は、生きる証そのものとなった。
「走れ。お前の役目は疾走だ」
耳奥で響くその声に応じ、マッハラインは更に加速する。砂煙の中に羽音が混じり、耳障りなノイズが疾走の余波と重なった。
砂煙の向こう、人影を捉えた。ハン・ファだ。
「よっ、知らない顔だな! こんな所で何してるんだ?」
適当に放たれた《斥力》が瓦礫を弾き飛ばす。
「遅い遅い! 止まって見えるぐらい遅い!」
笑いながら避けたマッハラインの背後で、戦士が悲惨な目に遭っていた。 彼は振り返らず、再び駆け出す。
「またな!」
疾走の余波が戦士と隊士の疑念を煽り、戦意を乱した。
遠くでその姿を見ていたトゥパは、息を呑んだ。父とは異なる速さを持つ戦士の存在に、憧れと恐怖が同時に芽生える。
一方、その姿を目で追いながら、ジョジョの胸はざわついていた。
あの無軌道な速さは、理に従う秩序ではなく、ただひとつの自由の形に見えた。
本来なら冷徹に記録すべき光景──だが、彼の心は観測者ではなく、一人の若者として震えていた。
ギアホールドの下層では暴動が拡大する。住民が石を投げ、兵士が殴り合いを始める。
苛立つグリズロスは拳を握りしめる。
「……くだらねぇ。弱ぇ奴らが声を上げても、力がなきゃ何も変わらねぇ」
その信念の奥に、親友タウロスとの記憶が残っていた。血を流し笑い合った日々。強さこそ真実──それが彼の掟だった。
クリスタリクスは再び制止する。
「……理想は独裁に歪む。その兆しを忘れるな」
彼女の理性もまた、過去の救済から生まれた忠誠だった。
その時、通信が走る。
『ベータが潜入している。座標不明、警戒を推奨』
ヴェスパーの声。だが即座に響く。
「ここに侵入者などいるはずがない」
アイアンキングの断言が火種を押し込めた。
グリズロスは歯を食いしばり、クリスタリクスは冷ややかに見つめる。二人はそれでも動き出した。制御室へ──ベータとの衝突へ。
上空に浮かぶドミネーター。
雄叫び、沈黙、怒声、慢心。そのすべてを盤上の駒のように把握していた。
「走れ。戦場を乱せ」
「導け。混沌の中に潜む者を」
低く放たれた二重の指令。
マッハラインは更に疾走を重ね、グリズロスとクリスタリクスは制御室へと進む。
それは単なる命令ではない。
──彼らの存在意義を縛る「仮面指令」であった。
砂塵の奥で巨大な影が立ち上がる。雷鳴のような轟音が響き、アイアンキングが動き出す。
砂塵は渦を巻き、戦場はさらなる混沌へと呑み込まれていった。

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