第2部『403_FORBIDDEN』THREAD_02|LIN

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クロス・バグ三部作(絶賛連載中)

THREAD_02|LIN

TASK_01|AFTERACTION

 〈Halo Limousine〉は再制圧された幹線区画を抜け、中央物流センターへ向かっていた。

 浮遊車体の下を雨水と細かな瓦礫が静かに流れていく。

 車外では復旧用の無人機が動いていたが、歩道を歩く市民の姿はなかった。

 オリヴィアは後部管理席で、中央物流センターまでの監査経路を確認していた。

 その正面に新しい通信要求が開いた。

【NEX HOUNDS】
【FIELD COMMAND CHANNEL】
【RIDGE】

 正面に表示された[ネクス・ハウンズ]の現地回線へ、オリヴィアはそのまま接続した。

『監査官、現地報告だ』

「聞いています」

 低く落ち着いたリッジの声に大きな疲労は感じられなかった。

『救急棟6号は確保した』

「対象は?」

『逃げた』

「確保とは言いませんね」

『施設の話だ』

「そういうことにしておきます」

 Aureaが二人の間へ現地情報を展開した。

【EMERGENCY WING 06】
【LOCAL MEDICAL SYSTEM:USED】
【EXTERNAL CONTROL:SEVERED】
【FIXED COORDINATE:ACCESSED】
【TARGET GROUP:WITHDRAWN】

「クロニアスの治療痕跡があります」

 Aureaは一度、言葉を区切って続ける。

「座標基準も使用されています」

 Aureaの声は車内から直接聞こえていた。

 オリヴィアは救急棟6号の制御履歴を拡大した。

「医療設備は壊していません」

『壊す必要がなかったんだろ』

「外部管理だけを切っています」

『こっちから触れなくした』

「その上で必要なものだけ使った」

『そうだ』

 リッジの返答は短かった。

 現場側がどう見たのか、オリヴィアにはそれで十分だった。

「逃走経路を一つ残しましたね」

『残した』

「誘導用?」

『そうだ』

「使わなかった」

『使わせられなかった』

 Aureaが現場ログを巻き戻した。

 ネクス・ハウンズが意図的に開けた非常経路へ、スプロケットたちは入っていない。

 代わりに秋山明が別方向へ反応を作り、その間に未登録の旧保守経路を開いている。

「秋山明の小規模爆発を囮として利用しています」

『爆発そのものは問題じゃない』

「スプロケットが使い方を判断した?」

『そっちだ』

 リッジは少し間を置いた。

『こっちが何をさせたいかまで見てる』

 オリヴィアは表示された経路を追った。

 マッハラインが単独先行した記録もない。

 最も速い彼を、今回は最後まで単独で出していなかった。

「こちらの観測情報を逆に利用されていますね」

『一度見せた動きは次に使いにくい』

「ネクス・ハウンズにとって?」

『俺たちに限らない』

 オリヴィアはその言葉を否定しなかった。

 スプロケットは電子系統へ侵入できるから危険なのではない。

 接続した先の構造と人間を同時に見て、次の行動へ組み込めるから危険だった。

「Aurea、能力危険度を更新して」

「《サイバー・リゾナンス》単体ですか?」

「対象判断を含めます」

「了解しました」

【SUBJECT:SPROCKET】
【SYSTEM INTRUSION RISK:HIGH】
【ENVIRONMENTAL ADAPTATION:HIGH】
【TACTICAL LEARNING:CONFIRMED】
【THREAT ASSESSMENT:UPDATING】

『随分上がったな』

「現地評価と違いますか?」

『いや』

 リッジの声に僅かな息が混ざった。

『もっと早く上げてもよかった』

「あなたがそう言うなら検討します」

『俺が言わないと上げないのか?』

「あなたが現場にいる意味は、そのためでしょう」

『相変わらずだな』

 言葉だけなら業務上のやり取りだった。

 それでも、上層部へ報告する時のリッジとは声の硬さが少し違っていた。

 オリヴィアは次の記録を開いた。

【PRIMARY RECOVERY SUBJECT:SPROCKET】
【RECOVERY PRIORITY:HIGHEST】
【ALIVE:MANDATORY】
【CRITICAL NEURAL DAMAGE:PROHIBITED】

 危険度が上がってもMr.Xが設定した回収条件は一つも変わっていなかった。

「リッジ」

『何だ』

「この条件は現場から見て妥当?」

『妥当かどうかで仕事は選ばない』

「答えになっていません」

『面倒だ』

「それなら答えになっています」

 通信の向こうで小さく息を吐く音がした。

『殺傷を選べるなら捕獲工程はかなり減る』

「そうでしょうね」

『頭を壊すな、生かせ、能力は使わせるな』

『注文としては多い』

 オリヴィアは表示を見た。

 通常なら対象の危険度が上がるほど、許容される制圧手段も拡大する。

 スプロケットだけは逆だった。

 危険度だけが上がり、損傷許容値は固定されている。

「能力危険度だけでは説明できません」

『今さら気づいたのか』

 オリヴィアの指が止まった。

「いつからそう思っていたの?」

『最初から』

「報告にはありません」

『任務に必要な情報じゃなかった』

「今は?」

『必要になり始めてる』

 リッジはそれ以上を要求しなかった。

 開示されていない事情へ感情的に踏み込む人物ではない。

 任務達成率へ影響した時だけ、必要な情報として扱う。

「こちらでも確認します」

『頼む』

 正式な報告回線が閉じかけた。

 しかしリッジ側から、個別回線だけが残された。

『オリヴィア』

「何?」

 呼び方だけが変わった。

『現場への指示はここまでにしろ』

「指示はしていません」

『知ってる』

『お前が指示する時はもっと短い』

「なら問題ないでしょう」

『そういうところだ』

 オリヴィアは現地装甲の歩行ログを横へ開いた。

 リッジの移動周期に、僅かな偏りが残っている。

「左脚は?」

 短い沈黙が入った。

『仕事の話じゃなかったのか』

「歩調が乱れています」

『見なくていいところまで見るな』

「見えるものは確認します」

『……切るぞ』

「どうぞ」

 通信が閉じた。

 Aureaは何も指摘しなかった。

 オリヴィアも先ほどまでの監査画面へ戻った。

「Mr.Xの回収条件を再照合して」

「既存の開示範囲では、能力危険度が主理由です」

「それ以外は?」

「封鎖されています」

【DECLARED BASIS:ABILITY RISK】
【ADDITIONAL BASIS:RESTRICTED】
【DISCLOSURE:DENIED】

 オリヴィアは新しい監査項目を追加した。

【TEMPORARY AUDIT ITEM】
【RECOVERY BASIS-A】
【STATUS:UNRESOLVED】

「これで残して」

「了解しました」

 次に救急棟6号の旧アクセス層へ接続する。

 オリヴィアは格納部から〈A.R.K. Conductor改〉を取り出した。

 短縮状態の白銀の端末へ指を添える。

【CUSTODIAN AUTHORIZATION:ACCEPTED】
【LEGACY TRACE:LOADING】

 いつもの認証音が鳴った。

 直後に、聞き慣れない低いノイズが重なった。

 オリヴィアは画面ではなく、手元の〈Conductor〉へ視線を落とした。

【LEGACY CHANNEL:RESPONSE】
【SOURCE:――――】
【AUTHORITY:――――】

 表示が崩れた。

 1秒も続かず、通常の監査画面へ戻った。

「保存して」

「取得済みです」

「原因は?」

「現時点では確定できません」

「外部侵入?」

「該当痕跡はありません」

「再現して」

 同じ処理を行う。

【CUSTODIAN AUTHORIZATION:ACCEPTED】
【LEGACY TRACE:LOADING】

 何も起きなかった。

 オリヴィアは〈Conductor〉を見た。

 ジオン・ゼラー系統の旧管理端末を基礎に、自分用へ改修された装備だった。

 長く使用してきたが、先ほどの応答は通常動作に含まれていない。

「暫定名を付けます」

「名称は?」

「《LEGACY RESPONSE-A》」

【TEMPORARY PHENOMENON:LEGACY RESPONSE-A】
【REPRODUCIBILITY:NONE】
【CAUSE:UNRESOLVED】

「中央物流センターで再試験します」

「監査計画へ追加しました」

 〈Conductor〉を閉じようとした時、車外監視画面の一部が乱れた。

 オリヴィアの視線がそちらへ移った。

TASK_02|INTERCEPTION

 〈Halo Limousine〉は停止していなかった。

 再制圧区画の中央車線を、地上から僅かに浮いたまま一定速度で進んでいる。

 両側には閉鎖された商業施設と、復旧途中の高架設備が続いていた。

「今の乱れは?」

「通信品質に異常はありません」

 Aureaが車外映像を分割した。

 一つの監視映像だけが、0.8秒ほど対象処理を失っていた。

「カメラ故障?」

「自己診断では正常です」

「他系統と比較して」

「比較します」

 車両はそのまま進む。

 オリヴィアは中央物流センターの資料へ戻ろうとした。

「もう一度発生しました」

 Aureaの声で手を止める。

 今度は別の監視系統だった。

【LOCAL OPTICAL DROP:0.7 SEC】
【SENSOR FAILURE:NOT CONFIRMED】

「共通点は?」

「位置があります」

 地図上に二つの観測欠落が表示された。

 場所は80メートルほど先の交差区画だった。

「経路上?」

「近接していますが、通過に支障はありません」

「では進路維持」

「了解しました」

 車両は減速しなかった。

 Aureaが欠落前後の映像を重ねる。

 数秒後、一つの人影が抽出された。

「人間反応があります」

 オリヴィアが映像を開いた。

 荒れた歩道を、一人の少女が歩いている。

 走っているわけでも、何かから隠れているわけでもなかった。

 目的地があるようにも見えない。

 長い黒髪は湿気と汚れで乱れ、学校制服にも泥と小さな破損が残っている。

 手には何も持っていなかった。

「生存市民?」

「会話能力は未確認です」

「分類候補は?」

「リピーター、レムナント、未分類個体の順です」

 トーキョー・シティで、何の変異も受けていない市民が残っている可能性は極めて低い。

 見た目だけで一般人と扱う理由はなかった。

「現地部隊へ位置を送って」

「送信します」

 [世界政府]の戦術回線が開いた。

『受信した』

「歩行中の女性個体一名を確認しています」

『こちらは東側区画でロスト群と交戦中です』

「到着まで?」

『最短5分』

 5分なら、オリヴィアが待つ理由はなかった。

「位置情報を維持してください」

『了解』

 回線を閉じる。

「中央物流センターへ進路維持」

「了解しました」

 〈Halo Limousine〉は少女のいる交差区画へ近づいていく。

 そこでAureaが別の反応を拾った。

「高速度接近反応があります」

 映像の奥から、大柄な変異市民が姿を現した。

 肥大した上半身と、不自然に前傾した走行姿勢。

【FIELD CLASS:Boosted / PROVISIONAL】
【COGNITIVE RESPONSE:LOW】
【PHYSICAL OUTPUT:HIGH】
【THREAT ASSESSMENT:HIGH】

「少女が標的?」

「進路が一致しています」

「現地部隊へ追加送信」

「送信しました」

 少女がようやく背後へ気づいた。

 その瞬間だけ歩調が崩れた。

「接触まで14秒です」

 オリヴィアは前方映像を見た。

 現地部隊は間に合わない。

 だからといって、自分がここで戦う必要もない。

「回避経路を取って」

「了解しました」

 車体が緩やかに車線を変え始めた。

「監査官」

「何?」

「先ほどの観測欠落が再発しています」

 画面上から少女の識別枠が消えた。

【SUBJECT TRACK:LOST】

 しかし少女の姿は映っている。

 オリヴィアは映像を拡大した。

「見えています」

「光学情報は存在します」

「では何を失ったの?」

「対象としての継続取得です」

 ブーステッドが少女へ腕を伸ばした。

 その直前、少女の輪郭が僅かに背景へ沈んだ。

 消えたわけではない。

 それなのにブーステッドの腕は少女の横を通過した。

 攻撃した本人まで、そこにいる相手を一瞬見失っていた。

「人間側の認識にも作用しています」

 オリヴィアは回避経路を閉じた。

「停車」

 車体が滑らかに減速した。

「〈Halo-Class〉へ接続」

【HALO COMMAND LINK:ACTIVE】

「周辺防護を局所展開」

「了解しました」

 上空待機中の〈Halo-Class〉から、〈Halo Unit〉の防護資産が切り離された。

 同時にオリヴィアは〈Conductor〉を展開した。

「周辺交通管理へ接続」

【CUSTODIAN ROOT AUTHORIZATION】
【LOCAL TRAFFIC CONTROL:ACQUIRED】

 ブーステッドが少女を再取得した。

 再び走り出す。

「進路予測」

「3経路です」

「二つ消して」

「実行します」

 交差路の可動式分離壁が上がった。

 ブーステッドの左右が塞がれ、少女へ届く直線だけが残る。

 逃げ道を与えたのではない。

 動ける場所を一つへ固定した。

「〈Halo Unit〉、第一制圧」

 上空から二つの小型防護機が降下した。

 指向性音響がブーステッドの左右から重なる。

 巨体が僅かに傾いた。

「停止しません」

「出力を一段上げて」

「非殺傷範囲内です」

 二度目の照射が入った。

 ブーステッドの走行が乱れた。

 それでも前へ出る。

「少女との距離4.8メートル」

 〈Halo Limousine〉が動いた。

 オリヴィアを乗せた車体が、少女とブーステッドの間へ滑り込む。

【DEFENSE SHIELD:ACTIVE】

 ブーステッドの拳が透明な防御面へ叩きつけられた。

 車体は僅かに揺れただけだった。

「攻撃線を固定」

「固定しました」

 オリヴィアは〈Conductor〉を握ったまま動かなかった。

「第二制圧」

 〈Halo Unit〉が左右へ分かれた。

 光学撹乱と音響制圧が狭い範囲へ重ねられる。

 ブーステッドが一歩下がった。

「今」

 道路上の分離壁がさらにせり上がった。

 ブーステッドの背後と左右が閉じる。

 前方には〈Halo Limousine〉の防御面がある。

 完全に動ける場所を失った。

「制圧継続」

 〈Halo Unit〉の出力が集中した。

 ブーステッドの膝が落ちる。

 数秒後、その巨体は路面へ倒れた。

【HOSTILE SUBJECT:INCAPACITATED】
【LETHAL FORCE:NOT USED】

「生命状態を監視」

「継続します」

 オリヴィアは〈Conductor〉を短縮した。

 銃も持っていない。

 ブーステッドへ一度も触れていない。

 それでも戦闘は終わっていた。

「少女は?」

 Aureaが一拍遅れた。

「再取得しています」

 オリヴィアは側面扉を開いた。

TASK_03|MISSING

 外気には雨と焦げた金属の匂いが残っていた。

 オリヴィアが降車すると、Aureaも肩の後方へ浮遊して続いた。

 少女は〈Halo Limousine〉の反対側に立っている。

 汚れたダーク系のブレザーと白いシャツに、暗色のリボンとプリーツスカート。

 裾や袖には細かな裂けがあり、長い黒髪も濡れたまま乱れていた。

 遠目なら、荒廃した街に取り残された普通の中学生にしか見えない。

 近くで見ると、その印象だけが少し定まらなかった。

 顔立ちは人間として自然なのに、どの民族的特徴へ置くべきか一つに絞りにくい。

「負傷は?」

「外傷は軽微です」

「敵対反応?」

「確認できません」

「能力発動準備は?」

「確認できません」

 オリヴィアは少女との距離を数歩残して止まった。

「聞こえますか?」

 少女がこちらを見る。

「はい」

 会話は成立した。

「名前を教えてください」

 少女の目が少し下がった。

 拒否する様子ではなかった。

 何かを探すような沈黙だけが続く。

「……リン」

 オリヴィアはすぐに端末へ入力した。

【SELF-DECLARED NAME:リン】
【TEMPORARY IDENTIFIER:LIN】

「暫定識別、LIN」

 少女が表示を見る。

「リン?」

「呼び方は変えていません」

「字が違う」

「綴りを決める情報がありません」

 オリヴィアはLINを見る。

「姓は?」

 LINは再び記憶を探すように黙った。

「分からないです」

「年齢は?」

「それも……」

「学校は?」

「学校は分かります」

「あなたが通っていた学校は?」

 LINは首を横へ振った。

「分かりません」

「家族という言葉は?」

「分かります」

「自分の家族は?」

 少し長い沈黙が入った。

「思い出せないです」

 オリヴィアはAureaへ視線を送った。

「照合」

「実行します」

【FACIAL MATCH:NONE】
【IRIS MATCH:NONE】
【VOICEPRINT MATCH:NONE】
【BIOMETRIC MATCH:NONE】
【CITIZEN REGISTRY:NO MATCH】

 制服を着ていること以外、少女を特定の記録へ繋ぐものがなかった。

 所持品もない。

 学生証も端末も持っていない。

「一般知識は残っています」

「自伝的情報のみ欠落している可能性があります」

 Aureaの分析に、オリヴィアも同じ評価を置いた。

「LIN」

「はい」

「先ほど自分が見えなくなった感覚はありましたか?」

「見えなく?」

「追っていた個体が、あなたを一度見失いました」

 LINは戸惑った。

「ずっとそこにいました」

「こちらもそう見えています」

 答えながら、オリヴィアの視界が僅かに滑った。

 LINは目の前にいる。

 それなのに、一瞬だけそこへ人がいるという認識が抜けた。

 次の瞬間には戻っていた。

 Aureaが警告を出す。

【SUBJECT TRACK:LOST】
【OPTICAL CONTINUITY:FAILED】
【BIOMETRIC CONTINUITY:FAILED】

「今です」

 LINが周囲を見る。

「何がですか?」

「あなたを見失いました」

「ここにいます」

「ええ」

 オリヴィアは否定しなかった。

「だから問題です」

 LINは自分の腕を見る。

 そこには普通に腕がある。

 身体も消えていない。

「何かした?」

「何もしてないです」

「意識的な操作反応はありません」

 Aureaが補足した。

 オリヴィアは複数の観測結果を並べた。

【HUMAN VISUAL RECOGNITION:INTERRUPTED】
【AUREA TRACKING:INTERRUPTED】
【HALO TRACKING:INTERRUPTED】
【LOCAL SENSOR TRACKING:INTERRUPTED】

 単なる光学迷彩では説明できない。

「暫定分類を作ります」

「名称を指定してください」

「L系列」

【ANOMALOUS OBSERVATION SERIES:L】

「第一確認現象をL-1」

「了解しました」

 オリヴィアは数秒だけ考えた。

「《LUCENCY》」

【L-1 / LUCENCY】
【CONTROL:UNCONFIRMED】
【TRIGGER:UNRESOLVED】

「それ、私の名前ですか?」

「違います」

「よかった」

 僅かに安心した反応が出た。

「あなたではなく、現象につけた名前です」

「じゃあ私はLIN?」

「暫定的には」

「暫定って?」

「もっと正確な情報が見つかるまでです」

 LINは少し考えた。

「見つからなかったら?」

「見つからないという結果を残します」

 その答えにLINは何も返さなかった。

 オリヴィアの手元で、〈Conductor〉が小さく震えた。

 今度は音ではなく、〈Black Core〉の表示が一度だけ乱れた。

【LEGACY――――】
【――RESPONSE】

 すぐに消えた。

「Aurea」

「取得しています」

「《LEGACY RESPONSE-A》と一致?」

「一致しません」

「類似部分は?」

「あります」

 オリヴィアはLINから〈Conductor〉を離した。

 反応は変わらない。

 近づけても変化しなかった。

「LINとの因果は保留」

「了解しました」

「《LEGACY RESPONSE-B》として独立保存」

【TEMPORARY PHENOMENON:LEGACY RESPONSE-B】
【CORRELATION WITH A:PARTIAL】
【CORRELATION WITH LIN:UNCONFIRMED】

 同じ日に、同じ装備が二度未定義応答を返した。

 それだけで一つの原因へ結びつける理由にはならない。

 しかし無関係として捨てる理由にもならなかった。

 遠くで銃声が続いた。

 世界政府の戦術回線が再び開いた。

TASK_04|LIN

『監査官、そちらのブーステッド制圧を確認した』

「回収をお願いします」

『すぐには行けない』

 Aureaが周辺戦況を開いた。

 東側区画で複数のロストが移動している。

 その奥には、アウェイクンド候補の高出力反応も一つあった。

「到着予測は?」

『7分以上』

「先ほどより延びましたね」

『こっちも予定どおりには動いてくれない』

「対象LINの引き渡しは?」

 回線の向こうで一拍置かれた。

『会話できるのか?』

「できます」

『ならレムナント候補だ』

「その可能性はあります」

『監査官、そこから離れた方がいい』

 現地側の反応は自然だった。

 トーキョー・シティで、意思疎通できる変異市民が保護を求めてくる事例はほとんどない。

 会話能力があることは、安全である証明にはならない。

 むしろ未知の判断力を持つ対象として警戒する理由になる。

「Aurea、現在危険度」

「直接攻撃兆候なし」

「能力使用の自覚なし」

「心拍と呼吸は高値ですが、恐怖反応との整合が高いです」

「敵意指標は低値です」

「戦闘能力は?」

「外見上推定される年齢帯の一般的な女性の範囲です」

 LINが二人の会話を聞いている。

 内容を理解している顔だった。

『それでも変異市民だ』

「否定していません」

『車へ乗せるなよ』

 オリヴィアは〈Halo Limousine〉を見た。

 専用車両へ未確認個体を乗せる合理的理由は通常ならない。

 現地部隊が到着するまで待てばいい。

 規定上も、それで問題はなかった。

 しかし周辺の安全度は下がり続けている。

 さらにLINは、監視そのものから瞬間的に外れる。

 路上へ残せば、保護側が存在を見失った時に何が起きるか予測できない。

「ここで7分待機した場合の生存率は?」

「周辺反応を含め、低下傾向です」

「車内へ移した場合は?」

「大幅に改善します」

『監査官?』

 オリヴィアは返答しなかった。

 LINを見る。

 少女は助けを求めていない。

 逃げようともしていない。

 ただ、次に何をすればいいのか分からないまま立っている。

 この場へ残すという選択肢を、オリヴィアは確定できなかった。

「対象LINは私が一時収容します」

『聞いてたか?』

「聞いています」

『俺は乗せるなと言った』

「正式命令ですか?」

 通信の向こうで沈黙した。

『……違う』

「では参考意見として記録します」

『そういう使い方するのか』

「意見ですから」

 オリヴィアはLINを見る。

「一緒に来てください」

「どこへ?」

「中央物流センターです」

「私、行っていいんですか?」

「今ここへ残すより安全です」

「それだけ?」

 オリヴィアは少しだけ間を置いた。

「あなたの観測も必要です」

「そっちが本当っぽい」

「両方本当です」

 LINは数秒考えた。

「じゃあ行きます」

 拒否する様子はなかった。

 オリヴィアは戦術回線へ戻る。

「ブーステッドだけ回収してください」

『LINは?』

「私の直接観測へ移します」

『何か起きたら?』

「記録します」

『それで済まなかったら?』

「その時に再分類します」

 相手は何も言わなかった。

「以上です」

『了解した』

 回線が閉じた。

 オリヴィアは側面扉を開いた。

「どうぞ」

 LINは車内を覗き込んだ。

「これ、乗っていい車に見えないです」

「正しい認識です」

 LINがオリヴィアを見る。

「本当にいいんですか?」

「今回は例外です」

 LINはそれでも少し躊躇した後、車内へ入った。

TASK_05|DIRECT OBSERVATION

 側面扉が閉じると、Aureaが車内設定を自動変更した。

【CABIN STATUS:SECOND PERSON DETECTED】
【GUEST SUPPORT:ACTIVE】
【SECURITY LEVEL:MAINTAINED】

「LIN、こちらへ座ってください」

 Aureaが緊急医療区画側の座席を示した。

 LINは周囲を見ながら、言われた場所へ腰を下ろした。

「軽度の脱水を確認しています」

「水分補給を推奨します」

 車内備蓄から未開封の水が出された。

 LINはそれを受け取った。

「飲んでいいの?」

「あなたのために出しました」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 LINは一度オリヴィアを見る。

 オリヴィアはすでに管理席へ戻っていた。

 中央物流センターの旧設備記録を再び開く。

 救急棟6号。

 スプロケット。

 クロニアス。

 アイリー。

 マッハライン。

 秋山明。

 渡辺亘から得た証言。

 そこへ新しく、《LEGACY RESPONSE-A》と《LEGACY RESPONSE-B》が加わっている。

【PRIMARY AUDIT:SPROCKET】
【NEXT SITE:CENTRAL LOGISTICS CENTER】

【TEMPORARY PHENOMENON】
【LEGACY RESPONSE-A】
【LEGACY RESPONSE-B】

【DIRECT OBSERVATION SUBJECT:LIN】
【L-1 / LUCENCY】

 オリヴィアは三つを同じ案件へ統合しなかった。

 関連しているという証拠がまだない。

 だから別々に残した。

「これ、本当に車なんですか?」

 後ろからLINの声がした。

 オリヴィアは作業を続けた。

「分類上は車両です」

 代わりにAureaが答えた。

「タイヤないけど」

「浮遊走行を使用しています」

「誰が運転してるの?」

「私です」

 LINがAureaを見る。

「あなたが?」

「はい」

「手もないのに?」

「必要ありません」

 LINは水を少し飲んだ。

「すごい」

「ありがとうございます」

「褒めたら喜ぶの?」

「評価として受け取ります」

「喜んではない?」

「喜びを必要条件としていません」

 LINは少し考えた。

「難しいね」

「よく言われます」

 オリヴィアの手が一瞬だけ止まった。

 Aureaが誰からよく言われるのか、少し気になった。

 質問する必要はないので、そのまま作業を続ける。

「この車、オリヴィアの?」

「専用車両です」

「じゃあ、あなたもオリヴィアの?」

「専用支援ユニットです」

「友達ではない?」

 Aureaはすぐには答えなかった。

「定義によります」

「そこも難しいんだ」

 LINが笑った。

 声に先ほどまでの緊張が少しだけ薄れていた。

 オリヴィアは中央物流センターの旧認証層を開いた。

 スプロケットの旧認証反応が記録された位置を特定する。

 その間にも、LINから向けられる視線には気づいていた。

 数秒続いている。

 オリヴィアは作業を止めなかった。

「何ですか?」

 画面を見たまま聞く。

「気づいてたんですか?」

「見られていますから」

「ずっと仕事してる」

「移動中もできます」

「疲れない?」

「疲れます」

 LINが少し意外そうな顔をした。

「疲れるんだ」

「身体がありますから」

「もっと機械みたいな人かと思った」

 オリヴィアがようやくLINを見る。

「会ってから20分も経っていません」

「じゃあ違う?」

「判断が早いと言っています」

「そうなんだ」

 LINは水をもう一口飲んだ。

「オリヴィアって何してる人?」

「監査官です」

「何を監査するの?」

「今は、人と記録が一致しない理由を」

 LINが自分を指した。

「私?」

「あなたも含みます」

「他にもいる?」

「います」

 オリヴィアはスプロケットの記録へ視線を戻した。

 その時、秘匿通信が開いた。

『監査官』

 三浦主任だった。

「聞こえています」

『中央物流センターの接続準備が終わりました』

「ありがとうございます」

『到着は少し遅れそうですか?』

「予定より4分です」

『珍しいですね』

「何が?」

『監査官の移動が予定からずれるのが』

 LINがこちらを見る。

 オリヴィアはその視線も把握した。

「予定外の対応が入りました」

『報告が来ています』

「早いですね」

『ブーステッド一体を止めて、未登録個体を拾ったと』

「拾ってはいません」

 LINが水を飲む手を止めた。

『では保護ですか?』

「直接観測です」

『監査官が自分の車に乗せている時点で、かなり直接ですね』

「遠隔観測が成立しません」

『そこが気になっています』

 三浦主任の声が少し変わった。

 冗談を言う時の調子が消えている。

『複数系統で同時に落ちたんですよね?』

「はい」

『機器故障ではなく?』

「Aurea、Halo、現地設備、人間視覚で同時発生しています」

『なら一つにまとめない方がいい』

「そのつもりです」

『現象名は?』

「《L-1 / LUCENCY》」

『もう付けたんですか』

「名前がないと扱いにくいので」

『監査官らしい』

 三浦主任は少し黙った。

『〈Conductor〉側のノイズも見ました』

「二件あります」

『同じですか?』

「完全一致しません」

『なら別で残してください』

「すでに分けています」

『でしょうね』

 オリヴィアは僅かに口元を緩めた。

「主任」

『はい』

「何かありますね?」

 三浦主任の返事まで、一拍あった。

『まだありません』

「では?」

『何もないことを確認してます』

「いつものことですね」

『監査官に言われたくないです』

「勤務時間の話はしていません」

『先に言われた』

 LINが二人の会話を黙って聞いている。

『ところで監査官』

「何ですか?」

『本当にその子を中央物流まで連れてくるんですか?』

「その予定です」

『珍しいですね』

 LINがまた反応した。

 通信が閉じた後も、こちらを見ている。

「何ですか?」

「私、珍しいんですか?」

「現象は珍しいです」

「私じゃなく?」

「あなた自身については、まだ情報が足りません」

 LINは少し不満そうに見えた。

「Aurea」

「はい」

「三浦主任の発言を補足して」

「オリヴィアが他者を〈Halo Limousine〉へ乗せる頻度が低いという意味です」

 LINの視線がオリヴィアへ戻った。

「そっちなんだ」

「そうです」

「じゃあ私、結構珍しい?」

「状況がです」

「そこは変えないんだ」

 オリヴィアは返事をせず、監査画面へ戻った。

 LINはまた水を飲み始めた。

 車内には、Aureaの低い稼働音だけが残る。

 前方映像の奥に、中央物流センターの巨大な構造が見え始めた。

 スプロケットが触れた旧設備が、あの中に残っている。

 遠隔では一度しか起きなかった〈Conductor〉の応答も、現地なら再現できる可能性がある。

 Mr.Xがスプロケットへ設定した異常な回収条件も、その先で別の意味を持つかもしれない。

 オリヴィアは〈A.R.K. Conductor改〉を手元へ置いた。

 その斜め向かいには、予定になかったLINが座っている。

 中央物流センターへ向かう目的は変わっていない。

 ただ、確認しなければならないものだけが増えていた。


TASK_06|PARALLEL

 オリヴィアとの通信が切れた後、三浦主任は中央物流センターの接続待機画面へ戻った。

 海上ドーム都市の[統律特命局]本部では、トーキョー・シティから届く情報が複数の画面へ分かれている。

 現地復旧状況。

 中央物流センター。

 ネクス・ハウンズの作戦記録。

 スプロケットの追跡情報。

 渡辺亘の収容記録。

 そこへ今日、新しい項目が一つ増えていた。

【TEMPORARY IDENTIFIER:LIN】
【DIRECT OBSERVATION:OLIVIA O'CONNELL】
【L-1 / LUCENCY】
【CLASSIFICATION:UNRESOLVED】

 三浦主任は表示を数秒見た。

 遠隔観測が成立しない。

 現地部隊への引き渡しも遅れている。

 その状態でトーキョー・シティの路上へ残すより、オリヴィア自身の管理下へ置いた方が安全性は高い。

 本人の専用車へ乗せたことだけを見れば珍しい。

 判断そのものに不自然なところはなかった。

 三浦主任はLINの記録を閉じた。

 中央物流センターでは、オリヴィアから指定された旧設備だけが復旧工程から外されている。

【CENTRAL LOGISTICS CENTER】
【LEGACY EQUIPMENT:PRESERVATION ACTIVE】
【RESTORATION:HOLD】

 現地班から復旧再開の要求が一件届いていた。

 三浦主任は保留を返す。

 もうすぐ監査官本人が到着する。

 今触る理由はない。

 次に〈Conductor〉から発生した二件の未定義応答を開いた。

【LEGACY RESPONSE-A】
【LEGACY RESPONSE-B】
【CORRELATION:UNRESOLVED】

 似ている。

 それだけだった。

 同じだと判断するには足りない。

 オリヴィアも同じ理由で二件を分けている。

 三浦主任は比較画面を残したまま、中央物流センターから送られてきた旧アクセス履歴を重ねようとした。

 その時だった。

【SECURE CONNECTION REQUEST】
【AFFILIATION:――――】
【AUTHORIZATION:PRIORITY OVERRIDE】

 三浦主任の手が止まった。

 所属が表示されていない。

 通信元も通常の世界政府系統ではなかった。

 それでも認証だけは成立している。

「照合」

【AUTHENTICATION:VALID】
【TRANSFER:PROHIBITED】
【REJECTION:PROHIBITED】

 三浦主任は僅かに眉を寄せた。

 自分が扱える認証階層より上だった。

 そこまで確認してから接続する。

「三浦主任です」

『三浦主任』

 低い男の声だった。

 聞き覚えはない。

 認証識別を開く。

 表示される情報はほとんどなかった。

 名前だけで十分だった。

「Mr.Xですね」

『そうだ』

 三浦主任は椅子へ座り直した。

 Mr.Xの存在は知っている。

 自分の直属上司ではない。

 統律特命局の組織図を辿っても、この人物へ到達する明確な役職は存在しない。

 それでも今、自分の端末はこの通信を拒否できない。

「用件を」

 短い間があった。

『オリヴィア・オコネルについて別記録を作れ』

 三浦主任の視線が僅かに動いた。

「監査官を、ですか?」

『トーキョー・シティ監査の間だけでいい』

 新しい項目が転送されてくる。

【AUTHORITY USE】
【ACCESSED RECORD LAYER】
【MISSION DEVIATION】
【ROUTE DEVIATION】

 三浦主任は順に確認した。

「通常記録にも残ります」

『知っている』

「なら、なぜ分けるんです?」

『通常記録は結果を残す』

 Mr.Xの声は変わらない。

『私が見るのは変化だ』

 三浦主任はそこで一度黙った。

「監査官の変化?」

『そうだ』

「何か問題があると?」

『問題があるとは言っていない』

 答えはすぐに返った。

 三浦主任は四項目をもう一度見る。

「通信内容は?」

『いらない』

「私的な行動は?」

『いらない』

「関係者との会話も?」

『監査判断へ影響した時だけ残せ』

「つまり、監査官が何を考えたかではなく、何をしたか」

『そうだ』

 三浦主任は少し考えた。

「変化の基準は?」

『君が決めろ』

 三浦主任の眉が僅かに上がる。

「自分が、ですか?」

『ああ。オリヴィア・オコネルを長く見ている』

「ええ、まあ、仕事上では」

『それでいい』

 それ以上の説明はなかった。

 三浦主任は表示された指示を受理する前に、もう一つだけ確認した。

「この記録を理由に監査官の行動を止める必要はありますか?」

『ない』

「問題が起きても?」

『その時は通常の手順で処理しろ』

 声が少し低くなる。

『この指示は介入命令ではない』

「記録だけ、ですか」

『そうだ』

 三浦主任は受理操作を行った。

【PARALLEL RECORD:AUTHORIZED】
【SUBJECT:OLIVIA O'CONNELL】
【PERIOD:TOKYO CITY AUDIT】

「報告はいつしますか?」

『変化があった時だけでいい』

「珍しい行動も含めますか?」

 数秒、返答がなかった。

『珍しいだけなら要らない』

 三浦主任はLINの記録へ一度視線を向けた。

『変化だけを残せ』

「分かりました」

『三浦主任』

「はい」

『判断を増やすな』

 三浦主任の視線が戻る。

『分かったことだけを書け』

 今度は三浦主任が一拍置いた。

「……それなら普段と変わりませんね」

『だから君に頼んでいる』

 そこで通信が切れた。

【SECURE CONNECTION:CLOSED】

 三浦主任はしばらく画面を見ていた。

 Mr.Xの所属情報は残っていない。

 認証が通ったという履歴だけが存在する。

 新しく作られた記録領域を開いた。

 最初にオリヴィアの現在位置を確認する。

【DESTINATION:CENTRAL LOGISTICS CENTER】
【SCHEDULE DELAY:04 MIN】
【CURRENT ROUTE:ORIGINAL ROUTE RESUMED】

 予定から4分遅れている。

 理由はブーステッドへの現地対応とLINの保護。

 目的地は変わっていない。

 三浦主任は入力する。

【ROUTE DEVIATION:TEMPORARY】
【CAUSE:FIELD RESPONSE】
【CURRENT STATUS:RESOLVED】

 次にLIN。

 予定に存在しなかった対象。

 オリヴィア自身の〈Halo Limousine〉へ収容。

 直接観測へ移行。

 普段ならほとんど選ばない行動だった。

 三浦主任の指が止まる。

 珍しい。

 しかし、Mr.Xが求めているのは珍しい行動ではない。

 遠隔観測が成立しない。

 現地へ残す危険性がある。

 オリヴィア自身が監査対象として管理できる。

 理由は成立している。

 三浦主任は記録した。

【UNSCHEDULED SUBJECT:LIN】
【DIRECT OBSERVATION:ACTIVE】
【MISSION RELEVANCE:CONFIRMED】
【MISSION DEVIATION:NOT ESTABLISHED】

 報告条件は満たしていない。

【REPORT:HOLD】

 三浦主任は画面を閉じなかった。

 端へ移した。

 中央には今まで通り中央物流センターの監査支援画面を戻す。

【OLIVIA O'CONNELL】
【ONSITE AUDIT SUPPORT:ACTIVE】

 Mr.Xが何を確認しようとしているのかは分からない。

 オリヴィアが変わると考えているのか。

 すでに何かが変わっていると考えているのか。

 そこを推測して記録へ混ぜれば、自分まで監査対象と同じ過ちを犯す。

 分からないなら、分からないままでいい。

 分かったことにする必要はない。

 三浦主任は中央物流センターの接続状況を確認した。

 オリヴィアはまだ監査官として動いている。

 なら、自分の仕事も変わらなかった。


TRACE_02|PROXIMITY

 最初に変化へ気づいたのは今回もエウロスだった。

 銀白色の髪の先を流れていたシアンの粒子が、ゆっくりと一方向へ揃っていく。

『止まってない』

 フラマが顔を向けた。

『何がだ』

『新しい方』

 エウロスは遠くへ伸びる粒子線を見ていた。

『場所が変わってる』

 テリオンの周囲で古金色の粒子が低く広がった。

 反応の強度と位置が切り分けられていく。

【LEGACY RESPONSE:ACTIVE】
【SOURCE POSITION:UPDATED】
【SIGNAL STRENGTH:FLUCTUATION/MINOR】

『強くなっただけではない』

 テリオンが言った。

『発生位置そのものが移動している』

 エウロスが少し笑う。

『来てる』

『その表現は正確ではない』

『でも動いてるでしょう』

『移動していることだけは認める』

『ほら』

『前の判断が正しかった証明にはならない』

 エウロスの笑みが僅かに薄くなる。

『そこまで言ってない』

『言う前に訂正した』

 フラマは二人のやり取りを待たなかった。

『距離は』

 テリオンが新しい変化を確認する。

【WHITE REFERENCE:PRESERVED】
【LEGACY SOURCE:MOBILE】
【RELATIVE DISTANCE:DECREASING】

『縮まっている』

『なら、まだ待つのか』

『何を待つ』

『接触だ』

 フラマの右腕を走るマゼンタの亀裂が一度だけ強く光った。

『前回は進路だけを合わせた』

『そうだ』

『結果として近づいた』

『そうだ』

『なら次の条件へ進める』

 テリオンはすぐには答えなかった。

 エウロスが二つの反応を見比べる。

 一つは以前から残っている白い参照だった。

 もう一つは古い管理形式を伴ったまま現在も位置を変えている。

 両者は一致していない。

 それでも、離れていく動きでもなかった。

『白い方も動いてる』

 エウロスが言った。

『同じ方向か』

『違う』

『では関連性は確定しない』

『でも近づいてる先は似てる』

『似ていることと同一であることは違う』

『それも前に聞いた』

『必要なら何度でも言う』

 その時、アクエルが左手を僅かに上げた。

 薄い水膜のような粒子が、指先から離れる前に形を崩した。

『二度目だけ違った』

 三人の視線が向く。

『何が』

 フラマが尋ねた。

『途中がない』

 エウロスが粒子線を見る。

『切れた?』

『違う』

 アクエルはゆっくり首を振った。

『切れたなら、切れた場所が残る』

『今回は?』

『そこだけ掴めなかった』

 テリオンが反応履歴を分離した。

【LEGACY RESPONSE:CONTINUITY CONFIRMED】
【SECONDARY DISCONTINUITY:DETECTED】
【CORRELATION:UNRESOLVED】

『主反応とは分ける』

『同じ時に起きたよ』

 エウロスが言った。

『同時発生は同一原因の証明にならない』

『じゃあ残すだけ?』

『それが現在できる最大の処理だ』

 アクエルは崩れた粒子を見ていた。

『消えたわけじゃない』

『何がだ』

『分からない』

 フラマの声が僅かに硬くなる。

『分からないものを増やすな』

『増やしてない』

 アクエルはフラマを見る。

『最初からあった』

 フラマは返さなかった。

 エウロスのシアンの光が再び伸びる。

『やっぱり似てる』

 テリオンが顔を向けた。

『何に』

 エウロスはすぐに答えなかった。

 遠くの反応を見ながら何度か言葉を探す。

『返し方』

『記録にあるか』

『ない』

『では比較できない』

『でも知ってる感じがする』

『感覚は条件にならない』

『それも前に聞いた』

 エウロスは少し不満そうに言った。

『前よりはっきりしてる』

『何が』

『こっちが触ったから返したんじゃない』

 テリオンの古金色の粒子が止まる。

『説明を続けろ』

『向こうにも動かしてるものがいる』

 フラマがすぐ反応した。

『意思があると?』

『少なくとも、ただ残ってるだけじゃない』

 テリオンは否定しなかった。

 反応源は一つの場所に固定されていない。

 旧管理形式を維持したまま、現在の都市内部を移動している。

 自動応答だけでは説明できない変化だった。

『操作主体の存在は仮定できる』

『仮定?』

『確定ではない』

『十分だ』

 フラマが言った。

『接触域へ入れば確認する』

 アクエルがフラマを見る。

『切るの?』

『異常なら』

『触れる前に?』

『必要なら』

『まだ必要じゃない』

『接触してからでは遅い可能性がある』

『接触する前に壊したら、何だったのか分からなくなる』

『危険なら知る必要もない』

『それを決めるために見てるんでしょう』

 フラマの亀裂が一度だけ明滅した。

 エウロスは二人を見比べる。

『ぼくは見たい』

『知っている』

 フラマが短く返した。

 テリオンが四人の間へ条件を置く。

『整理する』

 誰も遮らなかった。

『旧管理形式を持つ反応源は移動中』

『うん』

『白い参照とは別系統』

『そう』

『両者の直接接続は確認されていない』

『まだね』

『二度目の応答には別の不連続が混在した』

 アクエルが頷く。

『それは主反応から分離する』

『分かった』

『現在の距離は前回より短い』

 フラマが言う。

『なら接触条件だけ決めろ』

 テリオンは少し間を置いた。

『こちらから接続は開始しない』

『前と同じだ』

『最後まで聞け』

 フラマが黙る。

『相手が接触可能域へ入った場合、回避のための進路変更は行わない』

 エウロスの目が僅かに明るくなる。

『避けないんだ』

『接触するとは言っていない』

『でも逃げない』

『その表現なら否定しない』

 フラマが右腕を下げた。

『異常なら切る』

 アクエルが続ける。

『異常か確認してから』

『保証はしない』

『前よりはいい』

 エウロスが遠くへ向き直る。

『触れたら?』

 テリオンが答えた。

『その時点で再判断する』

【LEGACY SOURCE:MOBILE】
【PROXIMITY:RISING】

【DIRECT CONNECTION:HOLD】
【CONTACT INITIATION:NONE】
【PROXIMITY CONDITION:ACCEPTED】

 四人の位置は変わっていなかった。

 それでも、前には遠すぎた反応が確実に近くなっている。

 エウロスは伸びていた粒子線を指先でなぞった。

『次は見えるかな』

 フラマが答える。

『見えるとは限らない』

『触れられる?』

『それもまだだ』

 テリオンが訂正する。

『現在確認できるのは距離だけだ』

 アクエルは何も言わなかった。

 左手を覆う薄い粒子だけが、まだ届かない反応へ向けて静かに揺れていた。

【TRACE STATUS:PROXIMITY】

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