第三章 Scene.04 -「冥視決着」(後編)

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 赤茶けた砂がまだ渦を巻き、崩れた鉄骨の残骸を叩きつけていた。戦場は沈黙を取り戻しつつあったが、空気の中にはなおも焦げた金属と血の臭気が濃く残っている。低い羽音が混じり、砂塵の隙間で黒い点がざわめいていた。

 その中を走り抜けていたマッハラインの脚が、突然ふっと止められた。  四方から見えぬ圧が押し寄せ、身体が軋む。瓦礫ごと宙に持ち上げられ、重力がねじれた牢獄の中に捕らわれる。操っていたのはアルファのサブリーダー、ハン・ファだった。淡々とした瞳で手を翳し、まるで獲物を弄ぶかのように空間を歪めていた。

「……おおっと」

 マッハラインは軽く声を漏らす。驚きはある。だが、慌てはしない。口元に笑みを浮かべたまま、心の奥では(少し厄介だけど、どうにかなるさ)と楽観している。父のように仰ぐ仮面の存在を思えば、絶望する理由などどこにもなかった。

 だがハン・ファは容赦なく圧を重ねた。意図的に躁鬱の均衡を取った彼女の斥力と引力が交互に襲い、マッハラインは宙に浮かされる。
 両脚や両腕を懸命に振っても空振りでその場に留まる。マッハラインはまだ笑っているが、視線の向こうにいるハン・ファは決めに来ていた。
 マッハラインは骨がきしみ、肺を圧迫され呼吸が細くなる。羽音さえも震えを帯び、砂粒が細かく振動していた。視界は赤く染まり、耳鳴りが頭蓋を叩く。関節という関節が逆向きにねじ曲げられる錯覚が走り、背骨が悲鳴を上げた。
 足掻くほどに圧は強まり、胸の奥からは破裂音のような鼓動が響き、肺の奥の空気が削り取られていく。

「はっ、は……あんまり、遊びすぎじゃない?」
 軽口の声がわずかに裏返る。額を汗が伝い、笑みが崩れ始める。

 次の瞬間、さらに強烈な重圧が襲い、視界が白く弾けた。
 動いても意味がないと悟ったマッハラインはその場で胡座を掻くような態勢を取る。

(やべぇ……このままじゃ潰される)
 初めて焦りが胸を掠め、マッハラインは必死に思考を巡らせていた。


 ドミネーター。黒き仮面は砂塵の上空から戦場を見下ろしていた。
 眼下にはアッシュポイントの葬列。ワイルドシング――タネ・トアの亡骸を担ぐ戦士たちが沈黙の列を作っていた。雄叫びもなく、砂塵を踏む音だけが続いていく。敗北よりも深い喪失。その中で戦士たちの咆哮を一度止めた少年、トゥパも捉えていた。
 悲しき葬列の中にあって、一際存在感をドミネーターはしっかりと見ていた。

 更に視界内には戦闘の音と熱が伝わる。
 クロウズネストの頭目であるカニヴァルスと、アルファチームのリーダーであるヨハンが激突している。

 過去に総帥の座を狙ったカニヴァルスは新たな能力を手にしている。再生能力と空間歪曲は一度目にしているが、他は初めて見る能力だが、どれも不完全と言える。
 隻眼から放たれる光線に破壊力はなく、硬化する面が歪になり、精神を揺さぶる衝撃波は無効化され、羽ばたく翼にも力がなくなっている。
 白炎の竜が巻き上がり、空を裂いた。
 熱風は砂を吹き飛ばし、地表を黒く焦がして波打たせた。焼け焦げた羽片が散り、焦臭が鼻を突く。硬化した翼が炎を切り裂くたびに、裂け目から蒸気のような煙が噴き出す。
 精神衝撃は空気ごと揺らし、鼓膜が裂けるほどの振動が響き渡った。 熱気が地表を波打たせ、砂粒が硝子のように溶けて飛散する。硬化した翼はその炎を切り裂くが、裂け目から焦げた鱗片が剥がれ落ちる。
 精神衝撃波は空気そのものを震わせ、耳の奥を震動させるが、ヨハンの炎衣に吸い込まれて消える。それでも隻眼は光を放ち続け、必死の抵抗を刻む。
 対するヨハンは、ほんのわずかに口角を上げる。余裕ある一歩、そして待ち構える静けさが支配していた。

「……?」

 カニヴァルスとヨハンの決着が見えた時、ドミネーターの視線は隊士の一人に止まる。
 その姿は、一見すればただの若い隊士に過ぎなかった。だが、ヘルメットを外した瞬間に見せた瞳の奥には、年齢に似つかわしくない冷ややかな光が潜んでいた。
 拳を握りしめ、何かを胸の内で語りかけているような素振り。その仕草は、古代の儀式に伝わる印を無意識に描き出していた。
 その拳には、小さな符を握り込んでいるかのような錯覚すら漂っていた。彼自身も理由を説明できない衝動──だが確かにそこには「記録する者」としての視線が宿っていた。
 一瞬だけ、そこにいたのは隊士ではなく、どこか別の組織に縛られた影──迷いに囚われた若者の姿だった。

「……なるほど」

 ドミネーターの声が仮面内に小さく響いた。
 それは彼の記憶にある秘密結社[白章会]だけが見せる独特な儀式のような動きを思い出す。

「……カニヴァルス。厄介な手駒を手にしたな」

 カニヴァルスの元に駆け寄ったジョジョはヨハンから助け出す。すでに決着がついた場面でワザワザ介入したジョジョにドミネーターはその真意を予想して納得する。

「……ふん」

 鼻で笑うドミネーター。なぜなら自身に向けられるヨハンの視線を見ていたから。

「よう、あんたはスペリオルズの頭だろ?」

 ようやく同じ目線まで来たヨハンからの言葉。
 ドミネーターは一切反応せず、まだその視線はジョジョに向けられていた。

「まっ、彼女は良く戦ったと思う」

 明らかにヨハンの方が強いのはドミネーターも最初から分かっている。だからこそ、ヨハンが敢えてその言葉を投げかけた。
 ドミネーターがヨハンに視線を戻した瞬間、そこには白炎のドラゴンが襲いかかる。
 だが、ドミネーターが片手で受け止め簡単に解体した。
 さすがのヨハンも強力な攻撃を涼しい感じで無効化された状況に戸惑う中、〈レールガン〉の弾丸がドミネーターを狙って飛来する。

「おっと!」

 慌ててヨハンが体を炎に変えて通過させるが、ドミネーターは一切動かない。

「……鉄の王」

 小さく響くドミネーターは再び片手を翳して弾丸を受け止め、ヨハンのドラゴンほど簡単ではなかったが、拳を握るとともに金属の塊を四方から押し潰して地上へ落とした。

「マジか」

 規格外の圧倒的な力を見たヨハンは素直な感想を述べるが、ドミネーターの視線はすでに戦場すべてを俯瞰していた。


 同じ頃、瓦礫都市ギアホールド。 ベータ三人は押されていた。シャレヴは血を吐き、ワサンは煙に咳き込み、ハナンは精神侵入を弾かれてよろめく。グリズロスの豪腕が壁を砕き、クリスタリクスの結晶が銃弾を無力化する。

「……弱いな」
 グリズロスの嗤いが響いた。

 そこへ轟音。外壁が裂け、砲撃の閃光と共に巨影が踏み込む。
 アイアンキングだった。青白い装甲を纏い、右腕の砲口を光らせていた。

「裏切り者ども……この場で葬る!」

 その砲口は、ベータではなくスペリオルズへと向けられていた。
 轟音。結晶が火花を散らし、グリズロスが豪腕で受け止める。

「チッ……やりやがる!」
「……理性を失った王か」

 アイアンキングの猛撃。レールガンの砲弾と近接戦闘を織り交ぜた圧倒的な攻勢。
 砲撃が壁を抉り、鉄骨が赤熱して崩落する。結晶盾が衝撃を受け砕け散り、破片が雨のように降り注いだ。
 爆風が通路を駆け抜け、隠れていた住民が吹き飛ばされる。悲鳴と共に崩れた瓦礫が落下するが、クリスタリクスの結晶壁が展開され、かろうじて命を繋いだ。
 それでも震える住民の眼には、王と怪物とが街を蹂躙する影しか映らなかった。
 グリズロスの拳とアイアンキングの装甲がぶつかり合う度に火花が散り、耳をつんざく金属音が街に反響する。
 それでもグリズロスは嗤い続ける。

「もっと来い、壊す相手がいりゃあ十分だ!」

 対してクリスタリクスは、砕けた結晶を再構築しながら冷ややかに二人の間に割り込む。

「……意味のない衝突だ。無駄な消耗をやめろ」

 グリズロスとクリスタリクスは二人がかりで互角に渡り合う。火花が散り、結晶片と鉄骨が飛び交った。

 その隙を、ベータは逃さなかった。
「今だ、退くぞ!」
 シャレヴが叫び、ワサンが煙を広げ、ハナンが兵士を操って追撃を止める。

 爆炎の隙間で、女の影が煤に咳き込みながらも子どもを抱き寄せ、肩を貸す兵士の腕を支えていた。
 裏でフェリッサが負傷兵や子どもを支え、母の声で避難を導いていた。

「こっちへ……慌てないで」

 戦闘は続いたが、意味を失っていた。
 ベータを逃した後も、グリズロスは楽しげに拳を振るい、アイアンキングと渡り合う。
 だがクリスタリクスは冷静に二人を制止しようとしていた。

 やがて街全体の灯りが一斉に消える。小型融合炉の停止。
 エネルギー供給を絶たれたアイアンキングの身体が硬直し、動きを止めた。

「……もうつまらん」
 グリズロスは拳を下ろし、興味を失う。

 その耳にヴェスパーの通信が響いた。
『……目的は達成しました』

 クリスタリクスは静かに頷き、住民地区へと歩を向ける。
 やがて二人は踵を返し、ヴォルトの転送に包まれ姿を消した。


 戦場の収束を仮面は見下ろしていた。
 ヨハンは追ってこない。白炎を鎮めた姿は、余裕に満ちた静けさだった。  
 ファは拳を握り締め、「あと一度で潰せた」と唇を噛む。
 ロドリゴはただ瓦礫の上に立ち尽くし、虚ろな眼で空を見ていた。
 その下で、砂を踏みしめる葬列の音が途切れなく響く。時折混じる嗚咽が、戦場をさらに重く染めた。

 仮面はマッハラインを掬い上げる。重圧から解かれた少年は安堵と恐怖の入り混じった声を漏らした。
「うわ……やっぱ助けてくれるんですね、総帥!」

『ヴォルト、転送だ』

 その時、視界の端にひとつの影が揺らいだ。
 オラトリオ。いつの間にか戦場に立っていた彼女は、静かに背を向けると、輪郭ごと霞のように薄れていく。同化の魔術。ドミネーターは確かにそれを“観測した”はずだった。

 だが次の瞬間、記憶はすべて削ぎ落とされていた。思考からも記録からも、オラトリオという存在は消え去る。残ったのは、焼き付いた残像――誰かがそこにいた気配だけ。
 仮面はしばし無言でその虚空を見据え、やがて踵を返し、同時にヴォルトの返答が来る。

『はーい、それではただいまより転送の準備に入らせていただきまーす♪  お座席の背もたれを元に戻し、シートベルトをしっかりお締めくださーい』

 降り注ぐ光は戦場を焼き尽くし、幹部たちの影を連れ去っていく。
 羽音は熱に弾かれ、砂の奔流に呑まれて散った。
 葬列と敗北者の影、その全てを記録するかのように、微細な音がなおも空に漂っていた。

 駒にすぎぬはずの存在に、なぜ心が揺らぐのか。
 その問いを噛み殺し、仮面は冷徹な観測者として視線を伏せる。
 光が収束する時、戦場にはただ「記録」だけが残されていた。

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