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戦場の空気はすでに熱と怒声で飽和していた。砂塵は荒れ狂い、焦げた残骸は赤黒く歪み、互いの力がぶつかるたびに大気そのものが軋んだ。
爆炎が散るたびに、黒い点が散り飛ぶ。虫の羽音が耳の奥をざわつかせ、焦げ跡に群がる影が戦場を観測しているかのようだった。
その只中で、三人のアルファと三人の強敵が、それぞれに刃を交えていた。 しかもその怒声のいくつかは、敵にではなく、隣に並ぶはずの同盟者へと向けられていた。戦士が隊士を突き飛ばし、隊士が戦士の背を撃つ。 誰かの命令ではなく、不信の連鎖が暴走していた。前日の諍いが尾を引き、オラトリオの囁きが残した毒が抜けていないのだ。
戦場はアルファとの戦闘だけでなく、同盟の崩壊によってさらに錯綜していく。砂塵の渦に飲まれ、叫びは敵味方の区別を失っていた。
挑発は止まらなかった。マッハラインは影のように駆け、砂煙の中を滑るように抜けていく。言葉もまた矢のように絶え間なく飛ぶ。
「ねえ、退屈じゃない? ここ、すごく面白いのにさ。もっと楽しもうよ!」
ファは無言で手を払う。斥力に弾かれた戦士と瓦礫が跳ね飛ぶ。しかし肝心の標的は、ひらりと身を翻して抜けていく。
視界をよぎる影に、心の奥がわずかにざわめいた。躁と鬱――振幅の激しい精神が、戦場の極限で一瞬だけ釣り合う。硬質の光が瞳に宿り、口元に薄い笑みが浮かんだ。
「……ふふ。逃げられると思う?」
その瞬間、空気が悲鳴を上げた。高重力と反重力が同時に立ち上がり、周囲の瓦礫が浮き、落ち、軌道を失う。
空間がきしみ、砂塵がねじれる。数秒――それだけの均衡。だが戦場全体を呑み込むほどの危険な力だった。
爆炎の閃光に照らされ、虫の群れが一斉に散り飛ぶ。黒い影の群れは戦場の熱に翻弄されながらも、どこか冷静に見下ろしているかのようだった。
マッハラインは直感で飛び退き、余波を避けた。風切り音の中で、軽口の調子だけがわずかに崩れている。
「今のは……ヤバかったな。あのまま続いたら戦場ごとひっくり返っちゃう」
均衡はすぐに消え、ファはまた視線を落とした。躁の光は消え、無表情が戻る。戦いは再び平行線に戻った。
炎と影が空で交錯した。ヨハンは炎の翼を背負い、白炎を矢のように放つ。カニヴァルスは硬化した翼を盾にし、軌跡を逸らしながら迫る。交差するたび、残骸が燃え、砂が弾ける。一見拮抗。しかし、呼吸は確実に削られていく。
隻眼から放たれる破壊光線の威力が収縮、精神衝撃はすでに無効化された。鉱物変化による硬化の精度が下がり、翼の力が徐々に抜けていく。切り札の空間歪曲はもう使えず、再生能力は火傷の治癒で何度も使ったせいで回復が遅くなっている。
先に息が乱れたのはカニヴァルスだった。飛行の限界を悟り、静かに地面へ降り立つ。背中の翼は羽根が数枚落ちて退化した。肩で息をし、荒い呼吸を抑えきれない。
ヨハンは上空に留まり、眼差しを投げる。その目には嘲りはなかった。
「負けを承知で来る心意気は、嫌いじゃない」
短く、だが確かに認める。
その直後、砂煙を割って影が飛び込んだ。ジョジョだった。
砂塵を裂いて飛び込んだ影の袖口から、一瞬だけ奇妙な紋様が光を反射した。誰も意味を問う暇はなく、その拳はまっすぐヨハンへと伸びていた。 拳に《空間衝撃》を込めると同時に、肌の下を走る熱が脈打った。だが白炎の壁に触れた瞬間、力はかき消され、空気ごと霧散した。
衝撃はヨハンの体を捉え白炎が四散するが、すぐに下に戻ってしまう。驚くジョジョに向けてヨハンの拳が顔面を捉え、彼の身体は地に叩きつけられる。鼻血が滴る。
それでも立ち上がり、拳を構えた。
「……守るためなら、退かない!」
ヨハンはわずかに目を細め、苦笑に似た笑みを浮かべた。
「無謀だな……だが、悪くない」
爆炎に照らされ、虫の群れが黒い影となって散り、再び戦場へ舞い戻った。ジョジョはふらつきながらも、カニヴァルスの前に立ち続けた。若さと無謀、その両方が、敵であるはずのヨハンに「希望」を感じさせた。
ジョジョは鼻血を拭い、荒い息を吐きながらも立ち続けた。
腕に走る焼けるような痛みを押さえ込み、ジョジョは荒い息を吐いた。恐怖はある。だがそれ以上に、仲間を守れたという誇りが胸を支えていた。
(俺は……負け犬じゃない。ここで終わっても、次に繋がる)
そんな確信が、痛みを越えて彼の背筋をまっすぐにした。
砂煙の奥。二つの巨体がぶつかり合い、大地が悲鳴を上げていた。ロドリゴの全身は怪獣化し、鋼の鱗と禍々しい筋肉がせめぎ合う。だが出力の枷は外さない。己を保つための戒め。
対するワイルドシングは薬を追加し続け、もはや人間の形を逸脱していた。膨張した肉体は歪に膨れ上がり、骨が軋む音すら響く。
拳と拳が衝突し、地形が抉れる。爆発的な衝撃が残骸を吹き飛ばし、砂塵が渦を巻いた。ロドリゴの視界は赤に染まり、理性が薄れていく。獣の咆哮が喉を突き上げる。 その瞬間、ワイルドシング――タネ・トアの声が鋭く刺さった。
「力に溺れるな、小僧!」
怒号。だが、祈りのような響きを孕んでいた。
次の瞬間、タネ・トアは懐から残りの薬をすべて打ち込んだ。全身の血管が膨張し、巨体はさらに肥大化する。理性の残滓を繋ぎ止めたまま、彼はロドリゴを抱き止め、強引に押さえつける。歪な肉体が悲鳴を上げ、膝が沈む。
遠方から、白光が迫った。レールガン。空を裂く轟音とともに、砲弾が一直線に突き進む。タネ・トアは振り向かない。そのまま胸を張り、衝撃を受け止めた。
爆ぜる光。鉄と肉が同時に裂け、巨体が崩れる。ロドリゴの瞳に理性が戻り、ただ一人の人間としてその姿を見つめた。傍らに倒れたのは、かつて敬礼を捧げた上官だった。
「……タネ……トア上官……!」
掠れた声が返る。血に濡れた口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
「力は……恐れるんじゃない。受け入れろ。過去より……未来を、信じろ」
その言葉を聞いたロドリゴは人間の姿に戻り、タネ・トアの満足そうな表情を見つめる。
戦場の奥から傍らに駆け寄ったのはトゥパだった。
「父上……!」
ワイルドシングは最後の力で拳を持ち上げ、息子の胸に押し当てる。 「……心で、動け」
掠れた声が熱となり、胸の奥に沈んだ。
戦士たちが泣き叫びながら駆け寄る。だがやがて罵声が混じる。
「触れるな! お前は戦士じゃない!」
「弱き王子に何ができる!」
その瞬間、トゥパの華奢な身体から圧が溢れた。獣の片鱗が一閃し、戦士たちは思わず退いた。血の臭気に惹かれていた虫の群れが一斉に羽音を立て、夜空へ散っていく。
トゥパは震える拳を握りしめ、父の亡骸を守るように立ち尽くした。
胸に残る父の拳の重みが、今も脈打っていた。
(俺は弱い。だが、動くことはできる……心で動け。父上が遺した言葉だ)
唇を噛みしめ、トゥパは涙を隠すようにうつむいた。
その影は、かすかに炎王の姿に重なって見えた。
王を失った戦士たちは悲しみに沈み、怒りではなく静かな葬送の列を作り始める。トゥパは己が発した獣の威圧に驚きながら、葬列に加わってアッシュポイントへ帰還しようとする。
「……」
立ち止まったトゥパは最後にロドリゴを一瞥する。ロドリゴから小さな頷きを受けると、トゥパはそれに答えるように同じく小さな頷きをして葬列へ戻った。
取り残されたロドリゴは一人、軍人時代の自分を思い出していた。
自身の拳を見たロドリゴは、普段なら十字を切って祈るはずだった。しかし、そこではかつての軍人時代と同じように力強い敬礼を送った。

ヨハンは上空の仮面を見据えた。呼吸を整え、心を研ぎ澄ます。仮面は動かず、ただ圧だけで戦場を支配している。瓦礫が不自然に浮き、空間が軋む。
「どうしたもんかな」
頭を掻くヨハンは威圧感を放つ仮面の男を見据えていた。
「仕方ないか」
意を決したヨハンは炎を集め、巨大な竜骨を組み上げた。白炎は竜と化し、咆哮とともに突進する。
「……様子見は終わりだ。どうせ世界政府にとっちゃ危険な存在。余計なこと考える前に、ここで終わらせる」
炎竜が牙を剥き、仮面を飲み込もうとした。だがドミネーターは片手を翳すだけで進撃を止めた。拳を握る所作ひとつで、炎の構造そのものが解体され、白炎は無に帰す。
その瞬間、遅れてレールガンの砲弾が飛来した。ヨハンは炎の残滓に身を透かし、すり抜ける。仮面は念力で砲弾を掴み、四方から圧潰して鉄屑へと変え、砂上に落とした。
「……いくらなんでも反則だろ」
背筋に冷たい汗が伝う。ヨハンは奥歯を噛み締め、仮面を睨み続けた。
目の前の仮面は、動かぬままに大気を縛っていた。踏み込めば融合炉ごと吹き飛ばす。退けば仲間の士気が折れる。
選択肢は二つしかなく、どちらも破滅に近い。
(……やはり、あいつは桁違いだ。それでも引けない)
胸の奥に宿る白炎が震え、ヨハンは己の足を踏みとどめた。
上空をかすめた砲弾を見送り、マッハラインが笑った。
「速いね。ねえ、俺とあれ、どっちが速いと思う?」
「……どっちもどっち」
ファは淡々と答え、斥力と引力を操り、瓦礫と残骸をぶつける。マッハラインは軽やかに抜ける。しかし、一瞬だけ引力が彼を捕らえた。
彼は即座に姿勢を崩し、速度で振り切る。口元に笑みを浮かべつつも、汗が滲んでいる。
「ヒヤッとした。さっきの。もう一回は勘弁だよ」
マッハラインの問いかけにファは大きな欠伸をして、まだ襲ってくる戦士たちを薙ぎ払う。マッハラインも楽しみながら軽々と避けていく。
「面倒くさいから──」
ファが突然やる気を出す。引力によってマッハラインを初めて的確に引き寄せるが、踏ん張った彼が抜け出そうとして斥力を使った自身を飛ばす。
「急に来る?」
驚くマッハラインの前にファが来ると、意図的に躁鬱の均衡を作り出して空間を支配する。
「──終わり」
血走ったファの眼力とともにマッハラインの体が重力の膜に包まれ、いくら手足を動かしても抜け出せなくなっていた。
「うん、かなりヤバいかも」
さすがのマッハラインも宙に浮かされる状態ではできる事が限られる。
「まいったな」
渾身とは言えないが、強力な攻撃を繰り出したのに軽くかき消された。それに〈レールガン〉の一撃も片手で防いでいる。その事実にヨハンは次に打つべき手を考えていた。
ただ、出てくる答えは「全力」であり、今のヨハンはそれをやるにはリスクが高いと踏んでいる。近くにある小型融合炉への影響を考慮すると動けない状態となる。
すると、仮面が低く告げた。
「目的は果たされた」
その言葉を合図に、ドミネーターは念力で重力の膜に囚われたマッハラインを拾い上げ、戦場を一瞥した。
ヨハンは去っていくドミネーターに手が出せず、ファは重力を破られた事に苛立ち、ロドリゴはただこちらを見ているだけ。
「退避だ」
ジョジョの肩を借りて立つカニヴァルスは集まる隊士たちに命じる。クロウズネストの影は散開し、砂塵の中に消えていった。
やがて戦場に残ったのは、焦げ跡と風の唸りだけ。だがその影には、血に惹かれた虫が群がり、ざわめく羽音が記録を刻むかのように漂っていた。
誰もが去った後も、その羽音だけは途切れない。砂塵と焦げ跡をなぞりながら、まるで世界の奥底に報告するかのように。観測者の視線は、まだこの戦場に残されていた。
すると、耳元で通信が鳴った。ジェフリーの声だ。
『アルファ、撤退だ。詳細は次のブリーフィングで共有する』
ヨハンは短く応じ、ロドリゴは沈黙のまま頷いた。ファは砂塵を払って立ち上がり、無表情を崩さぬまま二人に歩み寄る。
三人は言葉少なに、ただ背を向けた。砂塵の荒野へと、アルファの影は静かに消えていった。

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