Block0
【RK-00|PS-2050|旧市街地|再構成】
瓦礫の熱が、まだ残っている。焦げた匂いが遅れて鼻に入り、焼けた金属と粉塵、そして血の混ざった重い空気が肺に引っかかる。
崩れた構造物の奥では、かつて床だった場所が沈み、抉れ、原形を失っている。その中心に、リクがいた。
片膝をついたまま動かない。左腕は肩から先が消失し、断面は焼け潰れて血はほとんど流れていない。左目も潰れ、残った視界だけでかろうじて前を捉えている。呼吸は浅く、間隔も不安定だが、意識は保たれている。
その視線の先にドミネーターが立っている。
微動だにしない。ただそこにいるだけで周囲の空気が歪み、近づこうとした兵士は踏み出した瞬間に膝を沈ませ、見えない圧に押し返される。銃声が響いても弾は届かず、途中で軌道を逸らされ地面に叩きつけられる。
ドミネーターは動かない。だが、その存在だけで道を塞ぎ、退路を確保している。
リクはわずかに息を吐く。喉は焼け、声にはならないが、それでも視線は外さない。ここで止めなければならない、その一点だけは明確に理解している。
だが身体は動かない。力を込めても指先がわずかに震えるだけで、それ以上は応えない。感覚は鈍く、内部にはまだ熱が残り、遅れてくる痛みが思考を削っていく。
それでも目は逸らさない。
ドミネーターがわずかに顔を傾け、仮面の奥の視線をリクに固定する。それは敵を見るものではなく、対象を測るような静かな観察だった。
呼吸が乱れる。それでも前へ出ようとするが、膝は持ち上がらず、支えも効かない。倒れないだけで限界の状態で、それでも対峙している。
銃声が再び響く。後方から怒号と足音が重なり、複数の兵士が瓦礫を踏み越えて駆け寄ってくる。
最初に視界へ入ったのはケイトだった。
「リク!」
はっきりと届く声。現実の音として、迷いなく一直線に駆けてくる。制止の声が背後で上がるが、意に介さない。
「待て! まだ——」
無視して距離を詰める。
その少し後ろで、ジェフリーが端末を片手に走ってくる。
「状況を報告しろ、今すぐだ!」
周囲を見てはいるが焦点は定まらず、情報の処理が追いついていない。それでも足は止めない。
リクは一瞬だけ二人に視線を向け、すぐにドミネーターへ戻す。外さない。外せない。
「……来るな」
かすれた声。ほとんど空気だけの音。
ケイトの動きが一瞬止まるが、すぐに踏み出す。
「黙ってて」
短く、強く言い切り、そのまま距離を詰める。
ドミネーターは動かない。ただ見ているだけで何もしないが、何もさせない距離を維持している。見えない境界がそこにある。
リクの指がわずかに動き、地面を掴んで力を込めるが、身体は持ち上がらない。
それでも、
「……まだ、終わってない」
息の中で呟く。誰に向けたものでもなく、ただ事実として。
その瞬間、ドミネーターの視線がわずかに変わる。
空気がほんのわずかに揺れる。
——そこで、止まる。
Bridge
記録には、欠落がある。
時間の連続性が一致しない。同一座標での事象が、前後して記録されている。
原因は特定されていない。観測機器の誤差か、外的干渉か、そのいずれにも断定できない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
この戦闘は、単一の流れとして成立していない。
複数の断片が、後から繋ぎ合わされている。その過程で、いくつかの因果が失われている。
あるいは——最初から存在していなかった可能性もある。
記録は、不完全だ。
それでも——
消えてはいない。
Block1
【RK-01|PS-2050|外壁|再構成】
足元の瓦礫が、踏み出すたびに沈む。砕けたコンクリートが滑り、靴底で鈍く鳴る。煙は低く流れ、視界は安定しない。
その中でロクストンは動かない。
崩れた構造物の前に立ち、ただそこにいる。
背後には複数の気配があり、重い足取りが遠ざかっていく。
逃がしている。
リクは足を止め、距離を測る。銃は上げない。
「ロクストン。降伏しろ」
短く告げる声は風に流れそうなほど弱いが、意図は明確だ。
「ここで終わらせる必要はない」
ロクストンは答えない。
ただわずかに体重を前へ移し、それだけで間合いが変わる。
「安全は保障する」
感情を排し、事実として言い切る。
ロクストンの肩がわずかに揺れる。それが呼吸か反応かは判別できない。
「……信用できんな」
低く切れた声が返る。
「……何度も見てきた。結果もな」
一歩踏み出すと地面が沈み、遅れてひびが走る。
リクの視線が細くなる。
「このままだと、全体が崩れるぞ」
「……分かっている。だから俺がここにいる」
ロクストンは振り返らないまま、さらに半歩前へ出る。
その動きで背後との線が完全に切れる。
「……それはお前の話だ。俺の全体は、後ろだけだ」
リクは息を吐く。
粉塵が喉に絡み、軽く咳が漏れる。
「数で負けてる」
「……分かっている」
「時間の問題だ」
「……分かっている」
すべて理解した上で、そこに立っている。
それがロクストンの動かない理由だった。
「……無駄だ」
完全には切り捨てない声音で続ける。
「待て。全部は守れない」
一瞬、間が落ちる。
「……ああ、だから選んでいる」
踏み込む。
地面が沈み、衝撃が遅れて広がる。
重い拳が空気ごと押し潰すように迫る。
リクはナイフを抜き、受けずに滑らせて軌道をずらす。
だが衝撃は消えず、肩に食い込む。骨が軋み、鈍い音が内側で響く。
それでも前へ出る。
拳を打ち込む。硬い。
石に近い感触だが、わずかに沈む。
遅れて手応えが返る。
「……合理性か」
息の中で問う。
「……違う。優先順位だ」
ロクストンは否定し、距離をさらに潰す。
二撃、三撃と衝撃が重なり、足元の瓦礫が押し潰される。
それでも体勢は崩れない。
「……エージェントゼロ。お前は広く守っている……俺はここを守るだけだ」
退かず、その場でぶつかる。
リクの呼吸がわずかに荒くなるが、動きは落ちない。
「どっちも守れない時はどうする」
短く問う。
「……すでに決めている」
拳が振り下ろされる。
リクは避けずに受ける。
衝撃が抜けた瞬間、体の奥で熱が動く。
流れ込み、わずかに吸収される。
踏み込みが変わる。
速くなる。ナイフで逸らし打つ。
今度は通る。
ロクストンの体表にハッキリと亀裂が走る。
それでも男は揺れない。
「……なるほど。それで来い」
理解しながらも譲らない。
リクは一歩だけ距離を取り、足裏に残る振動を逃がす。
呼吸を整え、内側の熱をまとめる。
「終わらせる」
「……来い」
背後の気配はさらに遠ざかっている。
時間は稼いだ。役目は終わっている。
それでも最後までロクストンは立つ。
リクが一直線踏み込む。
回避も防御もない。
ロクストンも同時に出ると、激しい衝突が繰り広げられる。
音は遅れて響き、先に地面が沈む。
ひびが広がり、衝撃が内側へと届く。
ロクストンの体が軋むが、それでも折れない。
「……まだだ……通す気はない」
リクは答えない。荒い呼吸だけが続く。
決着は近い。
だが、その瞬間。
地面がわずかに震える。
遅れて熱が来る。
Bridge
記録は、リアルタイムではない。
映像とログの間に、わずかな遅延がある。数値としては誤差の範囲だが、戦闘の進行とは一致していない。
同一の動作が、複数のタイミングで記録されている。どれが先かは特定できない。
因果が前後している。
処理が追いついていないのか、それとも——最初から順序が存在していないのか。
観測は成立している。
だが、理解が追いつかない。
Block2
衝突の余波が地面を走り、ひびが広がる。
遅れて瓦礫が崩れ、その振動の中に別の揺れが混じる。
周期が違う。規則性がない。
足裏に残る感触がわずかにズレる。
リクの動きが止まる。
一瞬だけ視線を落とし、ひび割れた地面の奥を見る。
そこに白く濁った光が滲んでいる。不安定で揺れている。
次の瞬間、熱が来る。
遅れて強く。空気が乾き、喉が焼ける。
ロクストンも動きを止める。
わずかに視線を逸らし、崩れた構造物の奥へ向ける。
露出した設備の外殻は割れ、内部がむき出しになっている。
歪んだ配管が裂け、その奥で光が脈打っている。
廃棄された原子炉。
損傷しており、低い音が響くが、本来連続しているはずの振動が途切れて聞こえる。
それは一定ではない。
リクは短く息を吐く。彼は理解している。
止めなければならないと。
だが、その前に——ロクストンが再び構える。
視線を戻し、低く言う。
「……まだ終わってない」
リクは頷かないが、視線は同じ場所にある。
一瞬だけ両者の意識が分かれる。
戦闘ではない、別の問題。
しかし同時に処理するしかない。
「先に行け」
短く告げる。命令でも提案でもない。事実の提示。
「……無理だな。ここが抜かれる」
即答だった。
理解している。だから動かない。
その間にも振動は強くなり、足元が沈む。
細かい破片が跳ね、熱が上がる。
皮膚が焼ける感覚とともに、空気が揺れ、光が膨らむ。
「……来るな」
ロクストンが背後へ低く告げる。振り返らないが、意図は伝わる。
気配がさらに遠ざかり、それは完全に逃がしている証拠になる。
その瞬間、空気が歪む。
視界の端で瓦礫が浮き上がり、重さを失ったようにゆっくりと持ち上がる。
それらが一点に集まり、押し出されるように弾けて飛ぶ。
速度は遅れて認識され、音はさらに後から届く。
リクが踏み込み、滑るように回避する。足裏に振動が残る。
ロクストンも動き、受けて叩き落とす。
だが違う。これはただの飛来物ではない。
制御されている。
リクの視線が上がる。
崩れた構造物の影。その中に——ドミネーターがいる。
動いていない。だが空間が歪んでいる。
距離感が合わない。近いはずが遠く、遠いはずが近い。
ロクストンもそれに気づき、わずかに構えを変える。
戦闘対象が変わる。
だが遅い。すでに場が動いている。
ドミネーターの指がわずかに動く。
それだけで空気が軋み、原子炉の光が強くなる。脈が速くなる。
制御が外れている。
いや——外されている。
リクの目が細くなる。
彼はすぐに理解する。
これは事故ではない。意図的に誘発されている。
ドミネーターは動かない。
全体と状況をただ見ている。
そして——選んでいる。
「撤退か」
リクが低く言う。
答えはない。だが意味は通る。
次の瞬間、光が跳ねる。
音が消える。
臨界が近い。

Block3
背後から熱が押してくる。原子炉の光はさらに強まり、白は濁って輪郭を失い始めている。
足元の振動も荒れ、規則性は完全に崩れている。
その中でロクストンは動かない。
一歩前へ出る。
それだけで背後との境界が引かれ、線は完全に切られる。
リクは構えを維持し、ナイフを低く保つ。
呼吸を整えながら、体内に残る熱を意識する。
まだ使える。
「……まだやるか」
短く問う。
ロクストンは頷かない。だが否定もしない。
「ここで終わらせる」
それだけを告げる。余計な言葉はない。
リクの視線が一瞬だけ閉じられる。
背後の光と熱、臨界の兆候を確認し、すぐに前へ戻す。
「——退け」
最後の確認。命令ではなく事実の提示。
ロクストンは答えず、踏み込む。
地面が沈み、遅れてひびが走る。重い拳が一直線に迫る。
リクは滑るように動き、刃で軌道を逸らす。
衝撃は消えず腕に残り、鈍い振動が骨へ伝わる。
それでも止まらない。
前へ出て拳を打つ。
硬い感触は変わらないが沈み方が違う。
深く抉る。
ロクストンの足元が沈み、支えが遅れる。
さらに一撃。
今度は浅く速く、内部を探るように打ち込む。反応が返る。
リクは短く息を吐く。
確実に削れている。
それでもロクストンは退かない。むしろ距離を詰める。
守るためではなく、押し切るために。
重い打撃が来る。
リクは受けるも流しきれず肩に入るが、衝撃が抜けた瞬間、体の奥で熱が動く。
その運動エネルギーを吸収していた。
一瞬の強化でリクの踏み込みが変わる。
さっきよりも速くなる。
「行くぞ!」
低く告げ、そのまま連撃に入る。
軌道をずらしながら打撃を重ね、亀裂がロクストンの体表に明確に走る。
それでも男は揺れない。視線も変わらない。
「……それでいい」
ロクストンがわずかに言う。
「……来い」
理解している。限界も、時間も、背後も。
そのすべてを把握した上で、ここに立っている。
リクは一歩だけ距離を取り、足裏に残る振動を逃がす。
呼吸を整え、熱をまとめる。
これで終わると判断する。
「終わらせる」
ロクストンは一度だけ頷く。それで十分だった。
背後の気配は完全に消えている。
逃げ切った。役目は果たされている。
それでも最後までロクストンは立つ。
リクが一直線に踏み込む。
そこには躊躇は一切ない。
ロクストンも同時に出る。
激しい衝突音は遅れて響き、先に地面が沈む。
ひびが広がり、衝撃が内側へ届く。
拳が沈む。外ではない。内側に。
ロクストンの身体が崩れ、支えが消える。
それでも立っている。
そのままロクストンの視線が動く。
リクではない。誰もいない背後の方向を確認する。
——十分だ。
ロクストンの言葉にはならないが意図は明確だった。
それと同時に力が抜ける。
身体の支える岩石の構造が崩れ、音もなく遅れて落ちる。
重く静かに。
ロクストンの身体がその場に崩れ、粉塵が舞っていた。
リクは動かない。
拳を引き、荒い呼吸のまま視線を落とす。
そこにあるのは勝利ではない。止めたという感覚もない。
残っているのは重さと、理解されなかったという事実だけだ。
すると、地面が大きく揺れる。
熱が跳ねる。光が膨らむ。
間に合わない。
Bridge
戦闘は終了していない。
記録上では決着している。だが、その直後の事象が同一の時間軸に収まっていない。
終わりと崩壊が、同時に記録されている。
前後の関係が成立していない。
因果が接続されていない。
どちらが先かは特定できない。
あるいは——その区別自体に意味がない。
この戦闘は、完結していない。
ただ、断片として残っている。
Block4
熱が背後から跳ね上がる。
原子炉の光は膨張し、白は濁って輪郭を失い始めている。
地面は規則なく揺れ、足裏の感覚も定まらない。
それでもリクは振り返らず前を見る。
そこに仁王立ちするドミネーターがいる。
動いていない。
だが空間が歪み距離が合わない。
近いはずが遠く、遠いはずが近い。
その奥で指がわずかに動く。
次の瞬間、瓦礫が浮き上がる。
音は遅れて届き、一拍後に質量ごと押し出されるように飛来する。
リクは踏み込み、滑るように回避する。止まらない。連続する飛来物をすべて逸らす。
体が軽い。さっきまでと違う。
内側に残った熱が、漏れ出すエネルギーを取り込み続けている。
ドミネーターはそれを見ている。明確に観測している。
次の瞬間、圧が来る。
直接、空間そのものが沈み、リクの周囲だけが重くなる。足が沈むが止まらない。
一歩、さらに一歩。
圧の内側へ踏み込む。
完全には押し切れないが、押し返している。
「遅い!」
低く言い放ち、距離を一気に詰める。
ドミネーターの目前。仮面の直前まで到達する。
拳を振るが止まる。
見えない力に阻まれる。
だが完全ではない。
わずかに近づく。一ミリ。さらに押す。
仮面の奥で初めて揺らぎが生じる。
想定外。危険。判断が走る。
その瞬間、後方で銃声が響く。
[統制防衛局]の兵士たちの射線が乱れ味方へ向く。
ドミネーターの視線が一瞬だけ逸れる。
圧がそちらへ流れる。銃弾が空中で止まり、軌道を歪めて逸れていく。
その一拍に一瞬の隙が生じてしまう。
リクの拳がさらに踏み込む。あと少しで届く。
だが——止まる。
完全に押し返される。
同時に背後で熱が跳ね上がる。
廃棄された原子炉の光が膨張し、白が強まり、音が消える。
臨界が近い。
リクの視線が切り替わる。
一瞬だけドミネーターから外れる。
リクの背後にはケイト、ジェフリー、兵士たち。
全員が爆心地の範囲内にいる。逃げられない。
ドミネーターは動かない。拳を止めたままリクを見ている。
その視線は問いでも試しでもない。
ただ、見ている。
次の判断を。
次の行動を。
リクの呼吸が乱れる。短いが迷いはない。
拳を引いて距離を取る。
ドミネーターは追わない。
その場に留まり、すでに選択している。
もはや戦闘ではない。事態は次の段階へ移っている。
原子炉の光が跳ねる。
臨界——もう止まらない。
Bridge
選択は記録されている。
しかし、その結果は確定していない。
同一時点で、複数の結果が観測されている。
到達と未到達。回避と被弾。停止と臨界。
いずれも否定できない。
優先された因果が、特定できない。
分岐は存在する。
だが——どれも、確定していない。
この戦闘は、完了していない。
結果だけが、残っている。
Block5
熱が背後から跳ね上がる。原子炉の光が膨張し、白が強まり、音が消える。
確実にやって来る破壊の光と熱。
リクの視線が切り替わる。
それはドミネーターではない。
その後方にいるケイト、ジェフリー、兵士たち。
全員が範囲内にいる。逃げられない。
判断は速い。一切の迷いはない。
リクは後方へ跳び、ドミネーターから距離を取る。そのまま一直線に原子炉へ向かう。
強烈な熱は皮膚を焼き視界が歪む。
それでもリクは止まらず手を伸ばす。
特殊系ネクス能力《ゼロポイント》の発動。
あらゆるエネルギーを吸収するリクの能力がすべてを呑む。
空気が引き込まれ、光が歪む。エネルギーが一気に体内へ流れ込む。
ドミネーターは動かない。干渉せず、ただ見ている。
その選択の意味は不明だが攻撃は来ない。
リクの身体が震え、両膝が耐えられず折れる。
それでも止めない。
吸収を続ける。まだ足りない。
光はさらに強まり、熱が上がる。皮膚の感覚が飛び始める。
それでも止めない。
「全部、来い」
低く吐き出す。
両手を突き出すリクの体内へエネルギーが一気に流れ込む。
臨界がついにピークを迎え、同時に崩れる。
制御が外れ、吸収が追いつかない。体内で圧が膨張する。
逃がせない。出口がない。
リクは身体の左側に集中する。
間に合わない。
膨張。
破裂。
左腕が内側から崩壊する。

砕け消える。
遅れて痛みが来る。
一拍遅れて思考を削る。
視界が白く染まる。
それでも止めない。
吸収を続ける。残りを押さえ込む。
次は頭部の左側。
同じ圧が集まる。
声が出ない。
圧縮とともに左眼が潰れる。
光が消え、世界が半分になる。
距離が歪む。
それでも吸収は続く。
残りのエネルギーをすべて呑み込む。
そして、周囲には沈黙が広がった。
光が消え、熱が落ち、空気が戻る。
遅れて音が帰ってくる。
崩落により瓦礫と粉塵が降り、すべてを覆う。
リクの視界が閉じられ、世界がまるで闇に覆われる感覚が走る。
リクの意識はそのまま——途切れる。
Bridge
当該区画におけるエネルギー異常は、臨界直前で収束している。
爆発には至っていない。周辺構造物の損壊状況からも、大規模な放出は確認されない。
ただし、記録の一部に不整合がある。
エネルギーの消失量と残存熱量が一致しない。吸収、または転移の可能性が示唆されるが、確証はない。
対象Aの損傷は外的衝撃によるものとは断定できない。局所的な高エネルギー反応が、身体内部に集中している。
原因は特定されていない。
また、対象Bの行動についても、戦闘継続の意図は確認できない。
撤退と判断するには行動が限定的であり、追撃の意思も観測されていない。
接触は、ここで途切れている。
以降の経過は、現場観測によって補完されている。
Block6
【GF-00|PS-2050|旧市街地|再構成】
瓦礫を踏む音が近づく。速い。滑り、砕けるが、それでも止まらない。
「リク!」
声が先に届く。
ケイトが一直線に駆けてくる。熱を切り、煙を抜け、躊躇なく距離を詰める。
「来るな——」
リクの声は掠れている。ほとんど空気だけだが、それでも届く。
ケイトの足が一瞬止まるが、次の一歩が早い。
「黙ってて」
短く言い切り、そのまま膝をつく。
リクの右側に入り、ほぼゼロ距離で支える。
触れた肩は熱い。皮膚は焼けている。
息が詰まるが、それでもケイトは手は離さない。
ケイトの視線がリクの状態を確認する。
左半身。
腕はない。焼けた断面に血は少なく、熱だけが残っている。
左眼も潰れ、血の涙を流している。
ケイトの呼吸が速くなる。だが声は出さない。押し込む。
「大丈夫。聞こえてる?」
反応は遅い。右目だけがわずかに動きケイトを見る。
しかし、次の瞬間には別のものを見ていた。
目の前に立っている仮面の男。
ドミネーター。
仮面の下から覗く視線は鋭い。
視線が戻る。逸らさない。
「……まだ……いる……」
リクの言葉に反応してケイトも見る。そこにいる。
動かない。だが近づけない。
空気が重く、距離があるはずなのに圧が届く。
「……何あれ」
小さく漏れる。答えはない。
その後ろで声が飛ぶ。
「医療班を回せ! 今すぐだ!」
ジェフリーが駆け寄る。端末を操作しながら瓦礫を踏み外し、よろけるが止まらない。
「エージェントゼロ! 意識はあるか? 聞こえるなら応答しろ!」
距離を詰め視線が合う。一瞬で状態を把握する。
表情が止まり遅れて歪む。
「……っ」
言葉を飲み込み、すぐに切り替える。
「出血は少ない……熱傷優先だ、循環が——」
言いながら膝をつきケイトの反対側に入る。二人で支える形になる。
触れた体温は異常に高い。
「熱が……上がりすぎてる」
低く確認するように言うが確信している。
「内部で何か——」
そこで止まる。言い切らない。
リクの指がわずかに動く。地面を掴み力を込めるが上がらない。
それでも、
「……行かせる……な……」
掠れた声。
ケイトとジェフリーが同時に顔を上げる。
リクの言葉が向けられたドミネーター。
彼はまだそこにいる。
動かない。ただ見ている。
こちらを。リクを。測るように。
「分かってる」
ケイトが短く言う。そのまま前を向く。
動かない。逃げない。
ジェフリーも視線を向ける。喉が鳴り、息が浅くなる。
それでも逸らさない。
三人で対峙する。
誰も動かない。
風が止まり、音が遅れる。時間が少しだけずれている。
ドミネーターがわずかに顔を傾ける。仮面の奥で視線だけが動く。
次の瞬間、空気が軽くなる。
圧が抜ける。
境界が消える。
ドミネーターの姿が揺れる。歪み距離が崩れる。
そして——消える。
音はない。ただそこにあった“重さ”だけが消える。
遅れて風が戻る。瓦礫がまとめて崩れ落ちる。

ケイトの肩が安堵から力が抜ける。
だが視線は戻さない。リクを見ている。
「終わった」
言い切らず、ただ置いた。
リクの目がゆっくり閉じる。意識が落ち力が抜ける。
体重が預けられる。
「まだだ!」
ジェフリーが即座に言う。
「終わってない!」
端末へ向き直る。
「回収を急げ。生体反応は維持されている。繰り返す! 維持されている——」
声が安定する。命令になる。
現実が戻る。
その中でリクは動かない。
Brief
当該戦闘記録は、複数の断片ログを統合した暫定再構成である。
時系列の整合性は保証されておらず、一部記録では同一事象の前後関係が逆転している可能性がある。
区画内で発生したエネルギー異常は臨界直前で収束している。
爆発規模に相当するエネルギー放出は確認されていないが、消失量と残存熱量が一致しない。
吸収、または転移の可能性が示唆されるものの確証はない。——分類保留。
対象A(リク・ロクジョウ)の損傷は外的衝撃によるものとは断定できない。
高エネルギー反応の痕跡が身体内部に局所的に集中しており、発生機序は不明である。
行動記録上、対象Aはエネルギー異常の中心へ自発的に接近している。
目的は推定可能だが、動機は特定されていない。
対象B(ドミネーター)の行動は戦闘継続の意図と一致しない。
撤退と判断するには行動が限定的であり、追撃の意思も確認されていない。——評価未確定。
また、対象Bの能力は既存のネクス体系と完全には一致しない。
類似事例は存在するが、本件との関連性は不明である。
対象C(ロクストン)の行動には戦術的合理性と一致しない部分が含まれる。
ただし、局所的な目的に対しては高い整合性が確認される。
当該戦闘は、結果として決着していない。記録は途中で途切れている。
崩落による物理的遮断、あるいは観測不能領域への移行が原因と推定される。
なお、本記録に含まれる複数の矛盾について、単なる情報欠落ではなく、再構成過程における歪みの可能性を否定できない。
——再検証が必要。

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