Scene.03 -「鉄王雷鳴」

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▼オリジナル小説

【>Ψ4g!gh{19@q-∆…}】

 廃工場群の奥深く。崩落した鉄骨が軋み、割れた窓から吹き込む砂混じりの風が鉄粉を舞い上げる。
 整備棟には機械油の濃い匂いがこびりつき、蛍光灯は幾本も切れ、赤色警告灯だけが断続的に明滅していた。溶接音が響き、床を這う〈レールガン〉の給電ケーブルを兵士たちが踏みしだくたび、鈍い金属音が低くこだました。
 その光景を監視するかのように、小型の虫ドローンが羽音を立て、赤いレンズを断続的に明滅させていた。

 アイアンキング――フェラン・フィエロは黙然と立ち尽くしていた。
 巨体を覆う高耐久装甲には幾度もの戦いの痕が刻まれ、義肢の接合部には溶接痕が生々しく残る。右腕に組み込まれた〈レールガン〉の砲身は沈黙を保ち、重苦しい存在感を漂わせていた。

(……限界は近い)

 ギアホールドは長らく防衛に徹してきた。だが物資不足と老朽化は臨界点に達し、都市電力の供給は途絶えがち。蓄電設備はすでに飽和寸前で、兵士の士気がいかに高くとも、兵器が動かなければすべては無意味だった。

 その時、端末に不意の着信音が鳴り響く。
 送信者不明。【暗号化通信受信】の表示と共に、不可解なコード列が流れ込んでくる。解析班が駆け寄り、若い技術兵が報告した。

「……小型融合炉の再起動プロトコルです。都市電力に依存せず、独立稼働が可能に……!」

 アイアンキングは眉一つ動かさず、スクロールを続ける。  画面の一部には、意味をなさない注釈が混ざっていた。

【EVA_FUNC:ghostcall】
【RAZ_SIG:delta-branch】
【NODE_KEY:phantom】

 技術兵が首を傾げる。

「動作には関係ありません。……書き込み者の癖か、署名のようなものかと」

(誰の仕業だ……?)

 名も顔も知れぬ者。しかしこの水準の技術を扱える存在は限られている。敵か味方かも分からぬ影が、視界の隅に漂った。

 操作が開始されると、地下の融合炉室が低く唸りを上げた。
 青白い照明が連鎖的に点灯し、冷却管を液体が駆け巡る。床下からの振動が次第に強まり、やがて端末に【起動シーケンス完了】が浮かび上がった。

 その瞬間、長らく沈黙していた〈レールガン〉の充電ゲージが上昇を始め、計器類が安定値を示した。
 兵士たちの顔に光が戻る。鉄の牙は、再び世界を裂く時を待っていた。
 歓声が広がる中、別の気配が満ちた。

 その頃、住民区では──。
 工場の隅に、細身の女性が現れる。フェリッサ・フィエロ──首領の妻であり、ギアホールドにおいて母と慕われる存在だ。彼女が歩くたび、子どもたちが自然と寄り添い、大人たちの顔にも安堵の色が差していた。

「フェリッサ様!」

 どこからともなく聞こえるフェリッサの名前を口にする声。
 これが起点となって彼女が歩むと、自然と子どもたちが近寄り、疲れた大人の顔にわずかな安堵の色が差す。だが同時に、虚弱な身体を気遣う眼差しがそこかしこに注がれる。

「フェリッサ様! お体は大丈夫ですか!」

「ええ、大丈夫よ。それより、皆さんの方が心配です」

 いつしかフェリッサの周囲には多くの住民が集まっていた。子どもたちが話しかけ、フェリッサは弱々しくも気持ちは強く笑顔で答えていた。

「痛い……痛いよ……」

 そんな中でかすかに聞こえる苦しむ声。輪の中にいたフェリッサの耳はその声を決して聞き逃さなかった。
 フェリッサは子どもたちへの笑顔を忘れず声の主の元へ歩む。
 その先には改造されたばかりと思えるサイボーグ兵士が座り込んでいた。スクラップを寄せ集めた左腕の機械の義手には、雑な溶接や余計なネジなどが見える。

「フェ、フェリッサ様……」

 フェリッサを見たサイボーグ兵士は痛みによる涙やよだれを流しながら彼女の名前を口にする。その痛々しい姿を見たフェリッサはいたわるように軽く触る。

「よく頑張ったわね」

 フェリッサは咳をしながら薬草袋を取り出し、うずくまる兵士に寄り添った。青く発光するインジケーターの義肢が痙攣し、呻き声を上げる兵士に、彼女は薬を塗布して痛みを和らげる。
 薬を塗布する手を止めぬまま、フェリッサは小さな声でアパッチの古い子守歌を口ずさんだ。その旋律に、集まった子どもたちが自然と声を合わせ、場の空気が柔らかく震えた。呻いていた兵士の呼吸が、わずかに落ち着いていく。

「その痛みは、あなたがまだ生きている証です。……誇りを忘れないで。自ら志願し、このギアホールドを守るために戦っていることを」

 慈愛に満ちた声に、兵士は震える手で護符を握りしめ、かすかに笑みを浮かべた。周囲にいた住民と兵士も、母にすがる子のように彼女を見つめる。

 工場内に再び風が吹き込み、光が揺らぐ。
 そこに立っていたのは、インディアンのシャーマン――オラトリオ。
 褐色の肌に呪文刺青、羽飾りを絡ませた黒髪、擦り切れた白衣装。胸元にはスペリオルズの紋はなく、アパッチ族の祈りのペイントだけが残されていた。

「……力は眠りから目覚めた。獣の咆哮が遠くで木霊する。牙は錆びず、雷は忘れぬ。狩人は、夜明けの影より早く走る。ならば、今こそ狩る刻だ」

 詩の断章のような言葉に兵士たちがざわめく。

 オラトリオは巨体を仰ぎ見て告げた。

「見せしめにせよ。守りでは飢えは収まらない。飢えを刈り取る牙となれ」

 オラトリオを大きく両手を広げて声が一段と強さを増す。

「……雷を解き放て。狩人の牙は、檻を破り、荒野を新たに生まれ変わらせる」

 その声には、冷静な預言ではなく、燃え上がる混沌への渇望が滲んでいた。
 オラトリオ自身でさえ制御できぬ別の意志――それは彼女自身の声か、あるいは別の存在の囁きか、誰にも区別できなかった。
 ただ混沌を求める衝動だけが、確かにそこにあった。

 アイアンキングは目を細める。

「俺は預言者じゃない。現実で動く」

 吐き捨てるような声。しかし、心の奥では確かに何かが揺れていた。
 哨戒ドローンが映したアッシュポイント――かつて荒野の王のように覇気を放っていたワイルドシングが、今は疲れた影となり、街もまた張り詰めた沈黙に覆われていた。

(荒野の吠え声も、今はかすれている……)

 遠くで爆発音が響き、虫ドローンが敏感に羽音を散らす。別の戦場が既に動き始めていた。

「オラトリオ。その言葉に偽りはないな?」

 問いかけに、シャーマンは銀の瞳を細めるだけで答えなかった。

 経験が告げる。外部の言葉を鵜呑みにしてはならない。だが壁に徹した防衛は資源を削り、檻と化す。
 今や融合炉の低周波振動が義肢を震わせている。この力をどう使うべきか――。

 兵士の一人が恐る恐る口を開いた。

「アイアンキング、今は防衛を……攻撃に出れば補給が――」

「黙れ」

 鋭い一言に、工場全体が凍り付く。 右腕を展開すると油圧シリンダーが唸り、砲身が露わになった。冷却液の霧が白く舞い散る。

「守りは終わりだ。これからは狩る」

 静かな宣言を、誰もが戦端の号砲と理解した。
 兵士たちは一斉に弾薬を抱え走り、補給ラインが再起動し、青い装甲が火花に照らされて整列していく。

 そこへ、住民区からフェリッサが戻ってきた。
 レールガンの準備を急ぐ夫のもとに歩み寄ると、それまで険しかったアイアンキングの表情は一変し、妻を気遣う夫の顔に戻った。

「体は……無理をしていないか」

「大丈夫です。みんなの顔を見れば、私も力をもらえます」

 彼女は微笑み、作業員たちの手で動き始めた〈レールガン〉を眺めた。

「すごい……。まるで雷そのもの……」

「ああ、これがギアホールドの未来を切り拓く鋼の爪だ」

「そうね」

 自信たっぷりのアイアンキングと対照的にフェリッサの顔は沈んでいた。

「今までは獣の王によって我々の領域が犯されていた。あのような獣に我々の土地を汚すのは許されん」

 〈レールガン〉を見上げるアイアンキングは過去の抗争と被害について思い出していた。
 ワイルドシングの解き放つ戦士たちは土地を蹂躙し、人や物資を奪う獣そのもの。まるでインディアン戦争で祖先の土地を奪ってきた入植者たちのように。だからこそ、アイアンキングは圧倒的な力を必要としていた。
 この力があれば、フェリッサを二度と飢えも病も恐怖もない世界へ導ける。それが彼にとって、ギアホールドを率いる理由のすべてだった。

「フェリッサ。この力さえ使えれば、明日から安心して暮らせる」

 何よりアイアンキング、フェラン・フィエロは妻を誰よりも心配している。世界政府の研究所から脱走した時から、フェリッサは弱っていた。
 フェラン・フィエロは彼女を必ず守り抜くと先祖に近い、自身をアイアンキングと称してギアホールドを作り上げた。

 その瞳に光が映る。しかし次の瞬間、静かに問いかけた。

「でも……本当に、それでいいのですか?」

「突き進む。それしか道はない」

 即答する夫に、フェリッサは悲しげな表情を浮かべる。

「……なら、私は従います」

 彼女の言葉は支えであり、同時に哀しみを帯びていた。
 それでも口元には微かな笑みが残っていた。だが、その微笑みの奥に潜む影を見抜けたのは、夫であるアイアンキングだけだった。

 アイアンキングはその顔を見て、なおも己の選択を固める。

 〈レールガン〉の充電音が雷鳴のように工場を満たす。
 虫ドローンが羽音を散らし、一斉に飛び立った。
 次に轟くのは防衛ではない。破壊と制圧を目的とした、狩人の雷だ。

 誰かが遠くで記録しているかのように、その瞬間の映像は切り取られ、虚空に刻まれていった。

【<θ0r//gh+3vL§=…】

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