終章 Scene.03 -「廃鉄再起」

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▼オリジナル小説

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 闇が降りた。
 かつて煌々と光に包まれ、機械音が鳴り響いていたギアホールドは、いまや沈黙に沈んでいる。
 小型融合炉の停止により、監視塔も砲台も兵器工場も、すべて鉄屑と化した。吹き抜ける風が錆と油の臭気を攫い、崩れた外殻の隙間から砂塵が舞い込む。その砂塵に混じって、小さな羽音が漂い続けていた。誰も気に留めはしないが、群衆の頭上を巡るそれは、外部からの観測者のようでもあった。

 街は死んだ機械の墓標のようだった。剥き出しになった配線が風に鳴り、折れたアンテナが地面を擦って火花を散らす。油の染みついた石畳にはひびが走り、そこに溜まった雨水が赤黒く濁っている。かつて兵士たちの行進で踏み固められた広場は、今では避難してきた住民の靴跡で泥に塗れていた。松明の炎が等間隔に掲げられ、その光に照らされる群衆の顔は、怯えと憎悪と諦念で濁っている。

 徴兵と改造に追い立てられた日々が刻み込まれた瞳。その視線の先に、一人の巨躯が立つ。
 フェラン・フィエロ──かつて「鉄の王」と呼ばれ、《アイアンキング》の名を冠した支配者。だが彼はすでに、鉄王の称号を自ら捨て去った。

 〈レールガン〉を引き剥がし、膝を折り、民に赦しを乞うた夜があった。右肩から肘へかけての装甲は外され、今は簡素な義手が骨のように露出している。武器のための腕ではなく、掴み、支えるためだけの腕だ。彼は「俺は鉄の王ではない。人として生き直す」と誓った。その誓いを誰もが覚えている。今この広場は、その誓いを果たす最初の場だった。

 しかし──真実は、さらに重かった。

 崩れた工房から数名の技術者が現れ、ざわめきが広がる。彼らは長らく兵士や義肢の改造を担ってきた者たちだ。だがその正体は、隠され続けていた。

「……[D.A.R.K.]」

 フェランは低く呟く。
 技術者たちの背後に積まれた機材には、軍の刻印とは異なる符号が残っていた。人体実験の記録、義肢接合の失敗例、不可解なプロトコル。世界政府の公式系譜から外れたもう一つの流れ──科学的“進化”を信奉する過激派集団[D.A.R.K.]の痕跡だった。

 フェランは知っていた。いや、見て見ぬふりをしていた。
 彼らはかつて約束したのだ。病弱な妻フェリッサを治療する、と。代償は兵士の身体、そして自分自身。右腕に埋め込まれた〈レールガン〉、兵士たちの義肢化された肉体──すべてが「実験の延長」だった。成功例は戦力に、失敗例は廃棄物に。

 小型融合炉を失った後でさえ、彼らは叫んだ。

「さらなる改造が必要だ」
「失敗を恐れるな」
「次こそは完全な戦士を」

 その執念に、フェランはようやく気づく。自分たちは利用され、終わりなき実験に付き合わされていたのだ、と。

 脳裏に焼き付いている光景があった。
 鉄王と呼ばれた日々、彼は義肢の兵士たちを率い、戦場を突き進んだ。爆炎に巻き込まれ散る仲間、血に濡れた機械の関節、勝利を掲げるたびに失われていく人の顔。その時は誇りだと信じた。だが今は違う。あれは守るためではなく、奪うための行進だったのだ。
 守ると信じていた手が、住民の糧を奪い、子どもから未来を奪っていた──その事実が胸を締め付けた。

「……俺は、妻を救うためにここまで来た。だが──」
 巨体が震え、声が潤む。
「お前たちは……俺たちを、駒としか見ていなかった!」

 羽音が一際強く鳴り、群衆の間にざわめきが走る。兵士たちの列の奥で、誰かが唸るように吐き捨てた。

「駒? 俺たちは自分の意志で戦ってきた! 体を削って、この街を守ってきたんだ!」

 別の声が返す。

「守るだって? お前らが力を持ってから、誰が飢えた? 子どもが薬を削られ、老人が口を噤まされて──」

「黙れ! 戦えない者に、何が分かる!」

「戦えるからって、人の上に立てると思うな!」

 罵声の刃が交差し、列と列が押し合う。

「俺は前線で仲間が爆発四散するのを見た! 腕一本残らず、砂に消えたんだ!」

「だから何だ! 私の子は工場に送られ、戻ってきたのは灰だった! 誰が償ってくれる!」

 叫びが叫びを上書きし、怨嗟と怒りは渦を巻いていった。義肢の兵士が壁を叩き割り、住民が石を掴んで振りかざす。火種は確実に燃え広がろうとしていた。
 怒号が爆ぜ、火種が広場全体に走る。暴発は、もう目の前だった。
 フェランが一歩踏み出す。だが、その前に彼女が動いた。

 フェリッサが、人波の中へ入っていく。虚弱な身体を押して、咳をこらえ、浅い呼吸のまま。兵士に膝をつき、薬草を塗布し、次の瞬間には押し倒されそうな住民の手を取って起こす。彼女の黒髪の編み込みは乱れ、白い頬は青ざめている。それでも、その眼差しは穏やかで揺るがなかった。

「やめて。あなたたちは、どちらも人です」
 彼女は兵士の義手の関節に触れ、住民の荒れた掌を包む。

「その痛みは……あなたが人である証。戦ってきた誇りは、ここにある」  そして住民に向き直る。

「犠牲を強いたのは、あなたたちではない。外から来た者たち──[D.A.R.K.]の影です。怒りを、互いに向けないで」

 ざわめきが揺らぎ、押し合いが緩む。だが、限界は近かった。フェリッサは胸を押さえる。視界のふちが暗く沈み、足もとがほどける。

「フェリッサ!」

 フェランの声とほぼ同時に、彼女の身体が崩れ落ちた。
 その瞬間、広場の空気が凍りついた。怒号も罵声も消え、ただ衣擦れの音と彼女のか細い息だけが響く。誰もが目を見開き、母を失う恐怖に打たれた。
 彼女は群衆に最後の視線を投げかけた。兵士も住民も、その眼差しに射抜かれるようにして口を閉ざす。
 兵士も住民も、反射的に彼女を支える。担架が走り、医療棟から白布が運ばれ、祈りの声が広場の端に集まる。
 寝台に横たわる彼女は目を細め、かすかな笑みを浮かべた。

「……私は、ここまでです。これからは……あなたが……」

 言葉は細く切れ、胸の上下だけが生を示した。医師が低く告げる。 「しばらく……起き上がれません」

 彼女は、その夜から寝所に伏す身となった。人の手を直接取り、泣く子を抱くことは、もうできない。

 煙の中から、一人の影が現れる。褐色の肌に刺青を刻み、羽飾りを垂らした黒髪。擦り切れた白衣装。シャーマンのような姿の男──オラトリオ。

「……鉄は雷を呼ぶ。だが、雷はまた鉄を焦がす。牙を選べば血を呼び、炎を選べば己を焼く。ならば、人が誇りを掲げるなら……その炎は灯火となる」

 詩の断章のような声が、夜に落ちる。兵士も住民も息を呑み、フェランはその言葉を正面から受け止めた。銀の瞳がわずかに光り、やがて影は煙の向こうに溶けていく。観測者は、ただ経過を見届けるだけだった。

 フェランはゆっくりと顔を上げ、群衆に向き直る。

「聞け」

 声は掠れていたが、広場の隅々まで届いた。

「俺は過ちを犯した。兵士に力を与え、住民から奪い、街を分断した。俺の間違った方向性が、すべての原因だ」

 兵士が歯を食いしばる。住民が泣きながら頷く。

「だが、もう同じ過ちは繰り返さない。フェリッサは、寝台から起き上がれなくなった。……だから、これからは俺が彼女の代わりをする。分け与え、手を取り、怒りを受け止める。鉄の腕ではなく、この不格好な義手で」

 彼は寝台の方角に頭を垂れ、それから技術者たちを振り返った。

「俺たちは、もう[D.A.R.K.]の鎖に縛られない。お前たちの実験は終わりだ。義肢も、改造も、まず“人”を生かすためにしか使わない。兵士は住民を殴る腕ではなく、抱き起こす腕を持て。住民は兵士の痛みを“見えない鎧”として忘れるな」

 沈黙が長く伸び、やがて最初の声が落ちた。

「……分け合おう」それは、義肢の兵士だった。

「俺は、工場区画の配給を半分、外縁の家族に回す」住民が続く。

「私たちは、修理と清掃を手伝う。あなたたちの関節に油を差す。……その代わり、子どもに食べ物を」 別の兵士が叫ぶ。

「俺は、外周の見張りを倍にする。内側へ銃口は向けない」涙声が重なる。

「ありがとう」
「ごめん」
「一緒に」

 暗闇に松明が灯っていく。炎の揺らめきが鉄と涙を照らし、虫の羽音がその上を周回した。爆炎の閃きはない。ただ、灯火が増えていく。背景のどこかで、記録する赤い点がひとつ、またひとつと遠ざかった。

 揺れる光が、兵士の義肢の影と住民の素手の影を重ねていく。炎に照らされて伸びる二つの影は、もはや敵対ではなく、一つの輪を描いていた。 フェランは震える義手を差し出し、住民の粗い掌がそれを包んだ。ぎこちないが、確かな握手だった。 その光景に嗚咽が重なり、赦しと誓いが広場を覆っていった。

 フェランは最後にもう一度、広場を見渡す。

「鉄の王は、死んだ」

 静かな宣言が夜気に沈む。

「だが、人の王としてなら……まだ歩ける。俺は、お前たちと共に行く」

 歓声と嗚咽が混じり、肩と肩が触れ合い、義肢と素手が握手を交わす。担架が通り過ぎ、寝台の上でフェリッサの胸がゆっくり上下する。その呼吸に合わせるように、街が、わずかに脈を取り戻した。

 こうして、「鉄の王」は死に、ギアホールドは新しい歩みを始めた。誰かが遠くで観測しているかのように、その瞬間の映像は切り取られ、虚空に刻まれていく。

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