Scene.04 -「三勢界震」

スポンサーリンク
▼オリジナル小説

【>κ2c!cn{11#z—Ω…}】

 砂塵を含んだ風は、補給路の窪地で褐色の渦を巻いていた。耳の奥で、かすかな羽音が続く。黒い点の群れ――目に見えぬほど小さな“虫”が、油と鉄と血の臭気に惹かれるように漂っている。周囲の景色に溶け込むような隊士の偵察部隊。その中にいるジョジョは瓦礫に身を伏せ、双眼鏡の奥で息を止めた。

 偵察部隊への転属は今朝、唐突に告げられたばかりだ。だがジョジョにとって、世界を「観測する」役目はむしろ馴染んでいた。彼の眼差しは戦場を怯えるよりも測り取るように動き、仲間の隊士にはどこか異質に見えた。

 錆び継ぎの装甲車列が、ゆっくりと砂を踏みしめてくる。護衛の兵士たちは銃口を散らし、無言で左右の崖を警戒していた。ジョジョの喉は乾いて、唇が砂を噛む。指先が震えるのを、片目を閉じてやり過ごした――その瞬間。

 遠い地平線が白く裂けた。
 空気が軋む。刹那、稲妻にも似た閃光が走り、次いで遅れて〈レールガン〉の咆哮が山肌を叩いた。先頭の戦士が、音もなく粉々に散る。衝撃波が崖の上まで跳ね上がり、ジョジョの頬を打った。耳鳴りの中で、黒い点が散り散りに飛び、また集まり、血の匂いに渦を巻く。
 偵察部隊の隊士が黙ってその光景を見る中、ジョジョだけが驚きを隠せなかった。だが同時に、彼の瞳は恐怖の奥で「記録」するようにその光景を焼き付けていた。

(……これが、狩人の牙。雷鳴が、荒野を喰らう)

 次弾。三弾。
 光の矢は容赦なく補給路を縫い、鉄も肉も、叫び声すら熱に溶かしていく。ジョジョはようやく我に返ると、伏せたまま後ずさった。自分の呼吸がうるさい。生きるためだけの動きで岩陰を離れ、斜面を転げ落ちる。砂に濡れた掌に、血が滲んだことにすら気づかなかった。

 ――戻らなければ。報告しなければ。

 廃港都市の冷たい潮風が頬の熱を奪ったころ、偵察部隊はクロウズネストの指令室に立っていた。塩気のある湿りと錆の匂い、薄闇の蛍光灯。片眼の女が椅子から身を起こす。

「やはり、鉄の王は〈レールガン〉を使いました」

 偵察部隊のリーダーからの報告。カニヴァルスは表情を変えず納得したように言葉を発する。

「補給路の再編、偵察経路の入れ替え。――ワイルドシングが削れ、鉄の王が酔う。両方が傾いた時に手を出す。影は雷より早く、獣より静かに。これが我々が取るべき最良の行動だ」

 カニヴァルスによる指示を受けた偵察部隊は「はっ!」と返事して立ち去る。

「ジョジョ」

 隊士たちが出ていく中、呼び止められたジョジョは残る。

「はっ!」

 背筋をピンと伸ばしたジョジョ。赤い服装と仮面を被ったジョジョにカニヴァルスは左目で見抜く。

「楽にしていい」

 そう言われると、カニヴァルスの手振りによりジョジョは仮面を外す。 

「……どう見るか?」

 カニヴァルスの声は乾いている。ジョジョは言葉を選ぶ余裕もなかった。だが彼の眼差しは、ただ恐怖に怯えるものではなく、どこか“外側から観測する”ような冷ややかさを帯びていた。

「雷でした。空が割れて……装甲も、人も……」

「いい。恐怖は覚えたか」

「……はい」

「お前は私の右の“目”として見届ける役目を与える」

 カニヴァルスの片眼が細く光り、短い精神衝撃が室内の空気を震わせた。ジョジョの背筋に冷たい汗が走る。彼女は端末に指を走らせ、内陸の地図に針をいくつか刺した。

 ジョジョは傷だらけの掌を握りしめ、喉の奥から言葉を出す。

「僕にそのような大役を?」

「ああ、お前の“目”は私にないモノがある」

 それが何かは言葉にできなかった。だが彼女は直感する――この青年はただの敗者ではない、と。

「はっ! カニヴァルス様の目となって見届けます!」

 しかし、ジョジョにはカニヴァルスの感情がかすかに伝わっていた。  彼は一礼してから立ち去った。

 窓外では潮風が鳴り、黒い影が舞った。虫の羽音が、記録の起動音のように微かに続いている。

 ――観測継続。雷の爪、効果決定的。影、進路修正。

【<λ7f//cn+8dT§=…】


【>Δx9!ap{07§k-…}】

 アッシュポイントの門前に、砂嵐とともに帰還の列が現れた。
 担架、引き摺られる足、ちぎれた装甲。薬液の甘い匂いと焼けた肉の臭気が、昼の熱気に混じって漂う。群衆のざわめきの中、トゥパの両手や服は血で汚れていた。

 男たちの胸は陥没し、肩口には〈レールガン〉の空気を焼いた弾丸の飛沫で焼けた痕が黒く固まっている。治療係が喉に管を挿し、砂で汚れた包帯を巻く。非力なトゥパに唯一できる事は治療の手伝いであり、その手際は鮮やかとも言える。すると、担架の縁を握る手が、彼の袖を掴んだ。

「……あ、あれは……死だ……」

 ひび割れた声。トゥパは膝をついた。

「無理に喋るな。水を――」

 恐怖に慄く戦士はトゥパの顔を引き寄せる。

「……無理だ……獣王でも……無理なんだ……」

 その言葉は、トゥパの胸奥で何かを砕いた。父でさえも怯える未来――兵士の恐怖と父の焦りが重なり合う。
 絶望する戦士の言葉にトゥパは〈レールガン〉の威力以上に、恐怖を与える絶望に危機感を持つ。
 戦士が手術の為に奥へ運ばれる中、佇むトゥパの視線は獣王がいるテントに向けられていた。

「前線の戦士たちが全滅した。あのレールガンの直撃で、半数以上が……」

 ワイルドシングは拳を握りしめた。
 鉄と炎に屈した戦士たちの姿が脳裏に浮かぶ。荒く息を吐きながら、彼は天幕の支柱を殴りつけ、乾いた音が響いた。

「……過去に囚われた亡霊め」

 怒りと無力が混ざった声だった。

「あれでは近づけないぞ!」

「くそっ! 鉄の野郎! 卑怯だ!」

「オレたちはどうすればいいんだ!」

 〈レールガン〉による惨状の報告にテントではざわめきが起きていた。幹部だけに限らず、屈強な戦士たちにも戸惑いの空気がテント内を支配しようとしていた。その光景を黙って見ていたワイルドシングはイラつきを隠せない。

「てめぇら! ピーピーうるせぇ!」

 ワイルドシングの一喝でその場は一瞬で静まり返る。

「それでもアッシュポイントの戦士か!?」

 怒声とともに鋭い眼光にその場の者たちは押し黙る。
 しかし、それ以上ワイルドシングから言葉はなかった。なぜなら、彼自身も戸惑っている。ありえなかったアイアンキングによる破壊的な攻撃は、それほどアッシュポイントに与えたダメージは大きかった。

 だがその時、帳の隙間から滑り込むように現れたのは、フードを被った預言者の影。オラトリオである。

「炎に焼かれし獣は、影と共に生き延びるだろう……」

 詩のようなその言葉は、今まさに失地を味わう彼の胸に、冷たく突き刺さった。
 誰かが助言を与えるなど、本来ならば耳を貸さぬ。だが、仲間を失ったばかりの彼の心は揺れていた。

「……あの女と組め、というのか」

 返答はない。ただ静かに頷く影。
 その沈黙こそが答えだった。

 ワイルドシングは深く息を吸い込み、力強く吐き出す。
 選択肢は一つしかない。獣が生き延びるためには、影と手を取り合うしかないのだ。

【<µ3p//ap+0rX§=…】


【>Ψ4g!gh{19@q-∆…}】

 揺れは、まず天井のひびに細かな砂を降らせた。次いで壁の配管がカタリと鳴り、住民地区に一拍遅れで〈レールガン〉の雷鳴が届く。フェリッサ・フィエロは身籠の女の肩に布を掛け、怯える子を抱く母をそっと包んだ。

「大丈夫。ここにいて。深く息を吸って――吐いて」

 声は弱い。けれど、不思議と人を落ち着かせる温度を持つ。
 遠くで何かが崩れる音。照明が明滅するたび、通路の奥に黒い小影が集まり、また散る。羽音が、地下の薄暗がりに染み込んでいく。

「フェリッサ様、砲撃は成功したと……!」

 その言葉にフェリッサは小さく頷く。だが、それ以上は何も反応を見せない。

「そう……。みんな、水を回して。子どもと年寄りを先に」

 彼女は薬草袋を開き、簡易の軟膏を取り出して老人の擦過傷に塗った。義肢の痛みに顔を歪める青年兵士に、短く呼吸を合わせる。

「大丈夫よ……アイアンキングは私たちの為に力を使っている」

 フェリッサの優しい言葉に青年の肩から力が抜け、浅い呼吸が整っていく。彼女は微笑んだが、その目の底に沈む影を隠せない。壁際の掲示板には「住民配給の減量」「兵站優先」の紙が貼り替えられたばかりなのだ。

(守るために手に入れた力が、人々を遠ざけていく)

 雷鳴の余韻に、幼い泣き声が重なる。フェリッサは膝をつき、子どもと目を合わせた。

「怖かったね。でも、大丈夫。ここには“母さん”がたくさんいる」

 薄い歌声を口ずさむ。アパッチの古い子守歌。
 やがて泣き声は静まり、空気は少しだけ柔らかく揺れた。
 しかし、その静けさの下で、フェリッサの胸は血に塗れた未来を直感していた。だが彼女の胸の奥では、別の音がつづく。

 ――その子守歌をかき消すような金属と機械の駆動音。

 〈レールガン〉の振動がまだ残る制御室。モニターには撤退するワイルドシングの兵が映し出されていた。
 アイアンキングは椅子に深く腰掛け、満足げに腕を組む。

「これでわかったはずだ……誰が支配者かを」

 小型融合炉の再起動によって、ギアホールドはかつてない安定を手にしている。
 エネルギーが余剰に回り、兵士たちの機械肢を支え、砲台を稼働させ、都市を動かしていた。
 ただ、その裏で住民への分配は削られ、不満は燻っている。だが彼の耳には届かない。

「獣どもが退いた今、俺が相応しい支配者だと運命が語っている」

 その呟きは慢心の象徴にほかならなかった。

 と、不意に煙のように現れたのは、アパッチ族のシャーマンの姿をしたオラトリオだった。
 奇怪な杖を持ち、声は深い洞窟のように反響する。

「雷鳴は栄光を照らし、同時に瓦礫を積み上げる……」

 アイアンキングは眉をひそめた。

「……どういう意味だ」

「炎の覇者は崩れゆく城の王。勝利と崩壊は同じ歌を奏でる」

 曖昧な予言に苛立ちながらも、アイアンキングは笑みを浮かべた。
 自らが「覇者」と呼ばれたことが、彼の虚栄を満たしていたのだ。

【<θ0r//gh+3vL§=…】

コメント

タイトルとURLをコピーしました